説明

ガラス状炭素の製造方法

【課題】高圧を長時間加えなくても成形型の凹部に熱硬化性樹脂を充填可能で、その上、成形型からの脱型時における樹脂の変形や破損が抑えられたガラス状炭素の製造方法の提供。
【解決手段】粘度が200P以下、成形収縮率が2.0〜8.0%である熱硬化性樹脂を成形型の凹部に流し込ませる樹脂充填工程と、成形型に流し込ませた熱硬化性樹脂を加熱により成形する成形工程と、成形した樹脂を脱型させる脱型工程と、脱型させた樹脂を炭化させる炭化工程と、を有するガラス状炭素の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に凸形状を有するガラス状炭素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス状炭素は、化学的な高安定性、高耐熱性、高表面硬度等の特徴を生かし、燃料電池用セパレーター、ナノインプリント用パターン転写型、マイクロ化学チップ用基板等、様々な用途材料に適用されている。これらの用途においては、表面に幅100μm以下、時には50nm程度の微細な溝、突起、穴等が形成されたガラス状炭素が使用される。
【0003】
上記のような表面形状が微細なガラス状炭素を製造する場合、大別して、次の二つの手法のいずれかがガラス状炭素の製造方法に取り入れられる。
【0004】
その一つは、ガラス状炭素の表面に微細形状を形成する手法であり、収束イオンビームや反応性イオンビーム等のイオンビームを用いてガラス状炭素表面に微細形状を形成する。この手法は、表面形状の形成に極めて長い時間を要するため、生産性に問題がある。また、表面形状の微細化に限界がある。
【0005】
もう一つは、ガラス状炭素の前駆体である硬化樹脂を微細な表面形状を有するものとして製造する方法あり、目的とする表面形状に対応した成形型に熱硬化性樹脂を充填した後、この成形型内で樹脂を硬化するものである。この手法は、例えば特許文献1に開示されている。図3は、特許文献1に開示されている従来の樹脂硬化方法を説明するための図であり、図3(a)は、成形型を表す断面図であり、図3(b)は、成形型に充填された樹脂を表す断面図である。特許文献1に開示されている手法は、下型3aと上型3bとの内部空間に熱硬化性樹脂を流し込み、そのまま樹脂を硬化させるものである。この手法は、容易に実施できるように見える。しかし、成形型の微細な凹部5に樹脂充填を行うとき、凹部の脱泡を行って歩留まりの低下を抑えるには、10MPa程度の極めて高い圧力を長時間加えて熱硬化性樹脂を成形型に押し込むことが必要となり、工程の煩雑さが伴う。また、長時間の高圧で熱硬化性樹脂が押し込まれているので、変形や破損を抑えつつ硬化樹脂を脱型させることが困難である。この変形や破損は、射出成形等の一般的な熱硬化性樹脂の成形でも同様に生じる。
【特許文献1】特開2005−167077号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、高圧を長時間加えなくても成形型の凹部に熱硬化性樹脂を充填可能で、その上、成形型からの脱型時における樹脂の変形や破損を抑えられるガラス状炭素の製造方法の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のガラス状炭素の製造方法は、表面に凸部を有するガラス状炭素の製造方法であって、粘度が200P以下、成形収縮率が2.0〜8.0%である熱硬化性樹脂を成形型の凹部に流し込ませる樹脂充填工程と、前記成形型に流し込ませた熱硬化性樹脂を加熱により成形する成形工程と、前記成形した樹脂を脱型させる脱型工程と、前記脱型させた樹脂を炭化させる炭化工程と、を有することを特徴とする。本発明において、表面の一箇所のみが凹部となっているガラス状炭素の場合、他の表面は、ガラス状炭素表面の凸部となる。
【0008】
本発明の樹脂充填工程において、成形収縮率が3.0〜7.0%の熱硬化性樹脂を使用すると、表面凸部の最小幅寸法が100nm以上1μm未満であるガラス状炭素の製造に好適である。また、成形収縮率が3.0〜5.5%の熱硬化性樹脂を使用すると、表面凸部の最小幅寸法が50nm以上1μm未満であるガラス状炭素の製造に好適である。
【0009】
前記方法における成形型は、シリコン製であることが好ましい。
【0010】
本発明において、硬化性樹脂の「粘度」、および「最小幅寸法」は、次の通り定義される。「粘度」とは、B型粘度計(例えば、英弘精機株式会社製のB型回転式粘度計)を使用し、樹脂を成形型に流し込ませる温度と同温度、ローターNo.4、回転数30rpmの条件で測定される値である。「最小幅寸法」とは、最小の幅であり、略円柱状の場合にはその最小直径を意味する。
【0011】
また硬化性樹脂の「成形収縮率」は、次の通りである。幅10mm、深さ10mm、長さ100mmの矩形溝を有するステンレスの金型に、液状熱硬化性樹脂を約5mmの深さまで充填し、80℃で72時間保持して硬化させた後、室温に冷却し、成形体を脱型する。その後、空気中において1℃/分の速度で130℃まで昇温し、この温度を60分間保持した後、室温まで冷却する。この成形体の長さの型長さ(100mm)からの変化率(%)が成形収縮率とされる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法では、凹部に流し込ませる硬化性樹脂に所定の粘度および成形収縮率の熱硬化性樹脂を選択しているので、長時間の高圧を樹脂に加えなくても、気泡残存を抑えつつ樹脂を成形型凹部に流し込むことが可能となり、また、脱型時における樹脂の変形や破損が抑制される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明を実施形態に基づき説明する。本実施形態におけるガラス状炭素の製造方法は、成形型内に硬化性樹脂を流し込ませる樹脂充填工程と、成形型に流し込ませた樹脂を加熱により成形する成形工程と、成形した樹脂を成形型から脱型させる脱型工程と、脱型させた樹脂を炭化させる炭化工程と、を順次経るものある。図1は、本実施形態の工程を説明するための断面図であり、図1(a)が成形型を表す図、図1(b)が樹脂充填工程および成形工程を説明するための図、図1(c)が脱型工程を説明するための図、図1(d)が炭化工程を説明するための図、である。
【0014】
先ず、樹脂充填工程について説明する。本発明において使用される成形型は、目的とするガラス状炭素の表面形状に応じた成形面形状であれば、限定されない。本実施形態では、図1(a)に示す如く、樹脂成形面(図示上面)に最小幅が1μm未満、深さが10μm以下に設定された複数の溝1aを有する成形型1を使用する。また、図示の成形型1における成形面の中心線平均粗さが1nm以下になっている。このように成形面の表面粗さが小さいと、優れた表面平坦性のガラス状炭素を製造できるので好適である。ここでの中心線平均粗さは、光学表面粗さ計WYKOで計測される値である。
【0015】
成形型1の材質は、一般的な成形型材質(例えば、ステンレス等の金属製)であっても良いが、本実施形態では、硬化性樹脂との濡れ性や表面平滑性に優れたシリコンが選択される。シリコン製の成形型であれば、公知のフォトリソグラフィー技術を使用して、樹脂成形面に優れた表面平坦性の成形パターンを容易に形成できる。
【0016】
硬化性樹脂には、フェノール樹脂、フラン樹脂、アミノ樹脂、エポキシ樹脂、アルキッド樹脂、キシレン樹脂等の熱硬化性樹脂が使用される。また、これらの混合樹脂を使用しても良い。この樹脂には、成形型に流し込ませるときに液状であることが必要なため、常温で液状の樹脂、加熱されると液状になる樹脂、又は溶液状の樹脂から選択される。好ましくは、130℃のオーブン加熱後の不揮発分が75質量%以上の樹脂を選択する。この不揮発分が75質量%未満であると、成形工程での収縮率が過大となって樹脂が破断し易くなる。
【0017】
成形型1内に流し込ませる樹脂は、流し込み工程の温度における粘度が所定範囲であるものが選択されているか、または流し込み工程の温度での粘度が所定範囲となるように調整されている。これは、本発明者が成形型の凹部に樹脂を容易に流し込ませるために鋭意検討した結果見出したものである。従来は、樹脂粘度を調整しても、最小幅寸法が50nm〜1μmどころか100μmの成形型凹部に流し込ませることが不可能と考えられていた。これは、成形型の凹部に樹脂を流し込ませる場合、外部からの加圧が樹脂を流し込ませるための駆動力と考えられていたからである。しかし、従来考えられていた駆動力とは全く異なる樹脂と成形型表面の「濡れ現象」を駆動力とすることを本発明者は見出した。そして「濡れ現象」を駆動力とする場合には、流し込み工程の温度において200P以下の樹脂粘度にすることが必須となる。200Pを超える場合、工業的実施に不適当な長時間の樹脂充填となり、一方、短時間では樹脂充填が不十分となる。好ましい粘度は、5P以上であり、更に好ましくは、10〜150P、特に30〜130Pの粘度である。
【0018】
樹脂粘度の調整は、次の観点から行われる。低温とするほど樹脂を高粘度化することができ、樹脂硬化が進行しない程度の高温とするほど樹脂を低粘度化することができる。また、熱硬化性樹脂は、加熱すると硬化反応が進行するので、加熱時間を設定して樹脂の硬化反応を適宜進行させることで、樹脂粘度を高めることができる。
【0019】
また、上記粘度に調整された樹脂のうち、所定の成形収縮率の樹脂が選択される。成形工程での成形は、樹脂の硬化反応を進行させることにより行われるが、成形収縮率が過小であると、後の脱型工程において樹脂2を損傷させることなく脱型させることが困難となり、成形収縮率が過大であると、樹脂成形時に割れが生じやすくなる。即ち、収縮が大きい樹脂であると、成形型と樹脂との空間が大きくなって樹脂の脱型が容易となる一方で、成形中に樹脂が破断する問題が生じる。更に、樹脂の成形収縮による樹脂の破断や割れは、成形樹脂表面の凸部の最小幅寸法にも依存する。要は、このような樹脂破断や割れは、表面樹脂の凸部を形成するための成形型凹部の寸法を前提に、樹脂を脱型させるために必要な成形型と成形された樹脂との間に生じる空間と、成形中に樹脂が破断しないための収縮率と、の関係に帰着する。そして、成形収縮率を2.0〜8.0%に制御すれば、樹脂2の最小幅寸法を200nm以上1μm未満程度にまで小さくしても、樹脂の破断や割れを抑制できる。また、成形収縮率を3.0〜7.0%に制御すれば、最小幅寸法を100nm以上1μm未満程度にまで小さくしても、樹脂の破断や割れを抑制できる。また、成形収縮率を3.0〜5.5%に制御すれば、最小幅寸法を50nm以上1μm未満程度にまで小さくしても、樹脂の破断や割れを抑制できる。
【0020】
上記所定の粘度および成形収縮率の樹脂2を成形型1の成形面に流し込ませることにより、樹脂充填工程が行われる。この成形型1に流し込まれる樹脂2は、成形型1との十分な濡れ性を有しているので、成形型1の溝1aに十分に充填される。なお、本実施形態では樹脂2との接面が成形型1の成形面だけとなっているが、樹脂2のその他の部分が成形型と接していても良い。
【0021】
樹脂充填工程は、無加圧ないし減圧雰囲気で行われる。減圧雰囲気で樹脂充填が行われる場合には、樹脂2内に気泡が含まれることを極力抑えることができる。
【0022】
次に、成形型1に流し込ませた樹脂2をそのまま熱硬化させて成形する。一般的には50〜150℃、5〜200時間の範囲で適宜設定して成形する。
【0023】
次に脱型工程について説明する。脱型工程では、図1(c)に示す通り、成形型1と樹脂2とを引き離すと良い。本実施形態では、機械的応力で硬化樹脂2を脱型させるが、フッ化水素酸等の試薬で成形型1のみを溶解しても良い。
【0024】
次に、図1(d)に示す炭化工程について説明する。一般的な硬化樹脂の炭化と同様、不活性雰囲気、1000℃以上の条件で樹脂2を炭化すると良い。温度は、更に高温或いは低温であっても良い。なお、脱型工程と炭化工程との間にキュアリング処理工程を設けても良い。キュアリング処理工程は、例えば、空気中または不活性雰囲気中で温度を200℃〜250℃、時間を20〜100時間に設定して行われる。
【0025】
以上の各工程を経ることにより、ガラス状炭素が製造される。本実施形態の方法で製造されたガラス状炭素は、必要により被成形面以外を所望の形状に加工して使用される。
【0026】
以下に実施例および比較例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、下記実施例によって限定されるものではなく、前・後記の趣旨に適合しうる範囲で適宜変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0027】
実施例および比較例で使用した熱硬化性樹脂および成形型は、次の通りである。
【0028】
[熱硬化性樹脂]
液状フェノール樹脂(群栄化学工業株式会社製PL−4807)にヘキサメチレンテトラミンを0.1質量%添加し、100mmHgの減圧下、70℃に加熱して、この樹脂の粘度を調整した。このときの樹脂粘度調整加熱時間を0、1、2、2.5、3、4、5、6、8、又は10時間とした。
【0029】
[成形型]
フォトリソグラフイーにより複数のトレンチが形成されたシリコンウェハを成形型に使用した。トレンチの寸法は、長さが2000μm、深さが100nmであって、幅が50、100、200、又は600nmであった。
【0030】
実施例および比較例のガラス状炭素を次の通り製造した。
【0031】
先ず、成形型表面10mm□あたりに熱硬化性樹脂を0.2g供給して、成形型の成形面に熱硬化性樹脂を流し込ませた。次に、樹脂硬化時間を48時間とし、樹脂硬化温度を70、75、又は80℃にして、熱硬化性樹脂を硬化させた。その後、硬化樹脂を成形型から引っ張って脱型し、この脱型させた硬化樹脂を大気中200℃、48時間でキュアリング処理した。次に、窒素雰囲気中、昇温速度5℃/hで1000℃まで加熱し、この温度を5時間保持して硬化樹脂の炭化を行った。この炭化における樹脂の収縮率は、20%であった。
【0032】
下表1に、ガラス状炭素の被成形面をSEMで観察した評価を示す。評価項目は、成形型に樹脂を流し込ませたときの樹脂充填、および成形型から脱型させた樹脂破損である。なお、表1における評価基準は、以下の通りである。
[樹脂充填]
○:良好、△:一部に充填不良、×:全体的に不良
[樹脂破損]
○:破損なし、△:一部が破損、×:全体的に破損
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示す通り、粘度が200P以下であって成形収縮率が2.0〜8.0%の場合のみ、トレンチ幅200nmの成形型で形成された凸部に破損がなかったことを確認できる。また、成形収縮率が3.0〜7.0%の場合には、幅100nmのトレンチで形成された凸部に破損がなく、収縮率が3.0〜5.5%の場合には、幅50nmトレンチで形成された凸部に破損がなかったことを確認できる。
【0035】
なお、表1における破損のなかったガラス状炭素の表面には、高さ80nm、長さ1600μmの断面矩形状の凸部が形成されていた。光学表面粗さ計WYKOで測定した凸部の中心線平均粗さは、0.9nmであった。なお、破損の無い凸部が形成されたガラス状炭素の代表例として、図2に実施例3のガラス状炭素のSEM観察写真を示す。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施形態に係る方法を説明するための断面図である。
【図2】実施例3のガラス状炭素のSEM観察写真である。
【図3】従来の樹脂硬化方法を説明するための図である。
【符号の説明】
【0037】
1 成形型
1a 溝
2 樹脂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に凸部を有するガラス状炭素の製造方法であって、
粘度が200P以下、成形収縮率が2.0〜8.0%である熱硬化性樹脂を成形型の凹部に流し込ませる樹脂充填工程と、
前記成形型に流し込ませた熱硬化性樹脂を加熱により成形する成形工程と、
前記成形した樹脂を脱型させる脱型工程と、
前記脱型させた樹脂を炭化させる炭化工程と、
を有することを特徴とするガラス状炭素の製造方法。
【請求項2】
前記熱硬化性樹脂の成形収縮率が3.0〜7.0%であり、表面凸部の最小幅寸法が100nm以上1μm未満のガラス状炭素を製造する請求項1に記載のガラス状炭素の製造方法。
【請求項3】
前記熱硬化性樹脂の成形収縮率が3.0〜5.5%であり、表面凸部の最小幅寸法が50nm以上1μm未満のガラス状炭素を製造する請求項1に記載のガラス状炭素の製造方法。
【請求項4】
前記成形型がシリコン製である請求項1〜3のいずれかに記載のガラス状炭素の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−161544(P2007−161544A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−361891(P2005−361891)
【出願日】平成17年12月15日(2005.12.15)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】