説明

キチン分解物の製造方法

【課題】 キチンを加水分解することでNアセチルグルコサミンと、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物とを容易に作り分けることができるキチン分解物の製造方法を提供する。
【解決手段】 キチンを30%以上の濃塩酸を用いて、反応温度5℃以上30℃以下にて加水分解する加水分解工程を有し、製造するキチン分解物の種類に応じて前記加水分解工程における反応時間を1時間以上120時間以下の範囲で設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、キチンを加水分解して、キチン分解物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カニ、エビ等の甲殻類、イカ甲や菌類の細胞等から抽出されるキチンを加水分解することにより得られるキチンオリゴ糖に、いくつかの生理活性が見い出されている。例えば、キチンを限定分解して得られ、Nアセチルグルコサミンがβ1,4グリコシド結合してなるキチンオリゴ糖は、抗腫瘍活性や免疫賦活作用を有することが見い出されている。又、近年注目されている5大栄養素に次ぐものとして食物繊維が挙げられるが、難消化性食物繊維としてキチンオリゴ糖及びキトオリゴ糖が挙げられ、不溶性食物繊維としてはキチン及びキトサンが挙げられる。
【0003】
キチンの低分子化技術の一つである加水分解は、塩酸等酸触媒、キチナーゼ等酵素を利用して行うことが可能である。この加水分解により得られたキチンの単糖であるNアセチルグルコサミン、キチンオリゴ糖、ヘテロオリゴ糖及び低分子化物等は食することができる。
【0004】
ここで、キチンの加水分解は塩酸を用いて行うことが一般的であり、製造する目的物に応じて反応温度や反応時間を変更される。非特許文献1では、30%塩酸を用いたキチンの加水分解について述べられている。この文献では、反応温度を40℃、反応時間を4.5時間とした場合において、Nアセチルグルコサミンの生成量が最大となり、キチンの50%がNアセチルグルコサミンに変換されたとされている。又、この文献では、反応時間をさらに長くすることで、グルコサミンの生成量が増大すると述べられている。
【0005】
又、非特許文献2では、37%塩酸を用いたキチンの加水分解について述べられている。この文献では、反応温度を40℃、反応時間を約5時間とした場合において、キチンの90%がNアセチルグルコサミンに変換されたとされている。又、この文献では、すべてのキチンがグルコサミンに変換されるまでに、720時間を要したことが述べられている。
【0006】
上記非特許文献1,2によれば、同一の反応温度である40℃であるにもかかわらず、塩酸の濃度によって、Nアセチルグルコサミンに変換されるキチンの割合が大きく変化している。即ち、塩酸によるキチンの加水分解において、Nアセチルグルコサミンへの変換には、塩酸の濃度が影響すると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Falk,M.;Smith,D.G.;McLachla,J.;McInnes,A.G.Can.J.Chem.1966,44(19),2269-2276
【非特許文献2】Aslak Einbu and Kjell M. Vaarum. Biomacromolecules 2008,9,1870-1875
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ここで、キチンの加水分解においては、該キチンがキチンオリゴ糖に変換され、続いて該キチンオリゴ糖がNアセチルグルコサミンに変換され、更に該Nアセチルグルコサミンが脱アセチル化されてグルコサミンとなる。非特許文献1,2に開示される方法おいては、反応時間が5時間程度でNアセチルグルコサミンが多く生成されており、キチンが急速に分解されていることが示唆されている。従って、これらの文献に開示される方法では、Nアセチルグルコサミンと、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を作り分けていくことが困難である。
【0009】
本願発明は、上記のような課題を解決することを目的としてなされたものであり、キチンを加水分解することでNアセチルグルコサミンと、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物とを容易に作り分けることができるキチン分解物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、請求項1記載のキチン分解物の製造方法は、キチンを30%以上の濃塩酸を用いて、反応温度5℃以上30℃以下にて加水分解する加水分解工程を有し、製造するキチン分解物の種類に応じて前記加水分解工程における反応時間を1時間以上120時間以下の範囲で設定することを特徴としている。
【0011】
請求項2記載のキチン分解物の製造方法は、前記キチンが、100cps以下の粘度であることを特徴としている。
【0012】
請求項3記載のキチン分解物の製造方法は、前記濃塩酸が、前記キチンに対し3倍量以上12倍量以下であることを特徴としている。
【0013】
請求項4記載のキチン分解物の製造方法は、前記反応時間を5時間以上24時間以下に設定して、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を製造することを特徴としている。
【0014】
請求項5記載のキチン分解物の製造方法は、前記反応時間を48時間以上96時間以下に設定して、Nアセチルグルコサミンを製造することを特徴としている。
【0015】
請求項6記載のキチン分解物の製造方法は、請求項5記載のキチン分解物の製造方法において、製造したNアセチルグルコサミンを結晶化した後に残存する母液を脱水する脱水工程と、該脱水工程により得た残留物を30%以上の濃塩酸を用いて、反応温度5℃以上30℃以下にて加水分解する2次加水分解工程とを有し、Nアセチルグルコサミンを製造することを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
請求項1記載のキチン分解物の製造方法では、反応温度を5℃以上30℃以下として、キチンを30%以上の濃塩酸を用いて加水分解する加水分解工程の反応時間を、製造するキチン分解物の種類に応じて1時間以上120時間以下の範囲で設定することで、Nアセチルグルコサミンと、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物とを作り分けて製造することができ、又、前記加水分解により変換したNアセチルグルコサミンが脱アセチル化されてグルコサミンとなることも抑制することができる。
【0017】
請求項2記載のキチン分解物の製造方法では、キチンが粘度100cps以下であるので、濃塩酸に均一に溶解しやすい。そのため、本キチン分解物の製造方法は、製造されるキチン分解物の収量を増やすこと等ができる。
【0018】
請求項3記載のキチン分解物の製造方法は、濃塩酸がキチンに対し3倍量以上12倍量以下であるので、キチンの溶解性を良くする等して、効率よくキチン分解物を製造することができる。
【0019】
請求項4記載のキチン分解物の製造方法では、反応時間を5時間以上24時間以下に設定することで、Nアセチルグルコサミンと作り分けて、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を製造することができる。
【0020】
請求項5記載のキチン分解物の製造方法では、反応時間を48時間以上96時間以下に設定することで、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物と作り分けて、Nアセチルグルコサミンを製造することができる。
【0021】
請求項6記載のキチン分解物の製造方法では、請求項5記載のキチン分解物の製造方法においてNアセチルグルコサミンを結晶化した後に残存する母液から、脱水工程、2次加水分解工程を経て、Nアセチルグルコサミンを生成することができるので、キチンからの実質的なNアセチルグルコサミンの製造量を増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例1に係るHPLC分析の結果を示すグラフ。
【図2】実施例2に係るHPLC分析の結果を示すグラフ。
【図3】実施例3に係るHPLC分析の結果を示すグラフ。
【図4】実施例4に係るHPLC分析の結果を示すグラフ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に説明する本発明のキチン分解物の製造方法は、出発原料であるキチンを、濃塩酸を使用して加水分解する加水分解工程を含み、キチン分解物として、Nアセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖を含むキチン分解物とを作り分けて製造できるものである。
【0024】
前記キチンは、カニ、エビ等甲殻類、イカから抽出される物等であり、酸処理等によりカルシウム分が除去され、更に水酸化ナトリウム処理等により蛋白質が除去されたものである。
【0025】
又、キチンは、脱アセチル化度が5%以下のものが望ましい。これは、キチンの脱アセチル化度が高いと、前記加水分解工程において、キチン分子鎖中の脱アセチル化された部分であるグルコサミン残基のアミノ基が酸性条件下でプラスにチャージされるため、グリコシド結合の酸素へのプロトネーションが阻害され、前記キチン分子鎖の加水分解反応が遅くなり、又、製造目的物でないヘテロオリゴ糖の生成量が多くなってしまうためである。これに対し、キチンの脱アセチル化度を5%以下とした場合には、上記のような現象の発生を抑制して、キチンオリゴ糖、Nアセチルグルコサミンの収量を増やすことができる。
【0026】
又、キチンは、100cps以下の低粘度とすることが望ましい。これは、キチンの粘度を100cps以下とすることで、前記加水分解工程にて、キチンを濃塩酸中に均一に溶解させやすくなり、キチン分子鎖の加水分解反応が均一に進行し易くなるためである。キチン分子鎖の加水分解反応を均一に進行させることは、Nアセチルグルコサミンを製造する場合において、製造されたキチン分解物中のキチンオリゴ糖の量を低減して、当該Nアセチルグルコサミンの結晶性を向上できることにつながる。更に、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を製造する場合においては、収量を多くすることにつながる。
【0027】
尚、キチンの粘度は、塩化リチウムの8wt%ジメチルアセトアミド溶液を用いて、キチンの0.2wt%のジメチルアセトアミド溶液を作成し、これを回転粘度計を用いて25℃の条件下で測定することにより求めた。
【0028】
又、キチンは、5mm以下の大きさに粉砕していることが望ましい。これは、キチンの大きさを5mm以下とすることで、キチンを100cps以下の低粘度とした場合と同様の効果を得ることができるためである。勿論、キチンを5mm以下の大きさに粉砕すると共に、100cps以下の低粘度とすることは、より効果的である。
【0029】
又、キチンは、水分率を10%以下とすることが望ましい。これは、キチンの水分率を10%以下とすることで、前記加水工程中に濃塩酸の濃度が低下することを抑制することができるためである。
【0030】
前記加水分解工程は、上記のように調整されたキチンに対し、重量比で3倍量以上、より好ましくは5倍量以上の濃塩酸を使用して行う。これは、濃塩酸をキチンに対し3倍量以上とすることでキチンの濃塩酸への溶解が好適に行われ、更に5倍量以上とすることでキチンの濃塩酸への溶解がより好適に行われるためである。但し、濃塩酸の量は、前記キチンに対し重量比で12倍量以下、より好ましくは10倍量以下とする。これは、濃塩酸をキチンに対し12倍量以下とすることで、後工程における中和の際に使用するNaOH等のアルカリの使用量を削減でき、更に10倍量以下とすることで前記アルカリの使用量を一層削減することができるためである。
【0031】
又、加水分解工程は、前記キチンと前記濃塩酸とを反応槽に入れておこなう。この反応槽は、濃塩酸の影響を受けず、撹拌機能を有し、外部から温調できるあって、更に、密閉性を有しているものが好ましい。
【0032】
又、加水分解工程に用いる濃塩酸の濃度は30%以上であり、より好ましくは35%以上である。これは、加水分解工程において、キチン分子鎖の加水分解と、Nアセチルグルコサミンの脱アセチル反応、即ちグルコサミンへの変換とが同時に進行するが、30%以上の濃塩酸を用いることで、キチン分子鎖の加水分解反応の速度が、Nアセチルグルコサミンの脱アセチル反応の速度をはるかに上回るようになり、更に35%以上の濃塩酸を使用することで、キチン分子鎖の加水分解反応と、Nアセチルグルコサミンの脱アセチル反応との速度差がより大きくなるためである。
【0033】
又、濃塩酸の濃度は、加水分解工程中において、高い状態に保つ必要がある。これは、同工程中に濃塩酸の濃度が低下することで、Nアセチルグルコサミンの脱アセチル反応が促進されるためである。尚、濃塩酸の濃度は、上記のようにキチンの水分率を水分率は10%以下とすること、及び前記反応槽を密閉性を有するものとすることで、容易に高い状態に保つことができる。
【0034】
尚、加水分解工程における反応温度は、前記反応槽を温調して、5℃以上、より好ましくは20℃以上とする。これは、反応温度を5℃以上とすることで、キチン分子鎖の加水分解反応を進行させることができ、更に20℃以上とすることで、より好適にキチン分子鎖の加水分解反応を進行させることができるためである。但し、反応温度は、30℃以下、より好ましくは25℃以下とする。これは、反応温度を30℃以下とすることで、Nアセチルグルコサミンの脱アセチル反応を抑制することができ、更に25℃以下とすることで、Nアセチルグルコサミンの脱アセチル反応をより抑制できるからである。
【0035】
又、加水分解工程における反応時間は、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を製造する場合と、Nアセチルグルコサミンを製造する場合とで異なる。
【0036】
まず、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を製造する場合においては、加水分解工程における反応時間を、1時間以上、より好ましくは5時間以上に設定する。これは、反応時間を1時間以上とすることでキチン分子鎖の加水分解反応を進めてキチンオリゴ糖を生成することができ、更に5時間以上とすることでキチン分子鎖の加水分解反応をより進めてキチンオリゴ糖の収量を多くすることができるためである。但し、反応時間は、48時間未満、より好ましくは24時間以下とする。これは、反応時間を48時間未満とすることで、キチンオリゴ糖の殆んどがNアセチルグルコサミンに加水分解されてしまうことを防ぐことができ、更に24時間以下とすることで、キチンオリゴ糖の収量を多くすることができるためである。尚、このキチンオリゴ糖を含むキチン分解物を、より甘味の高いものとする必要がある場合には、反応時間を24時間以上、48時間未満に設定することが好ましい。これは、製造されるキチンオリゴ糖を含むキチン分解物中に、甘味の高いNアセチルグルコサミンが多く含まれるようになるためである。
【0037】
一方、Nアセチルグルコサミンを製造する場合においては、加水分解工程における反応時間を、48時間以上、より好ましくは72時間以上に設定する。これは、反応時間を48時間以上とすることで、製造されるNアセチルグルコサミン中に含まれるキチンオリゴ糖を少なくすることができ、更に72時間以上とすることで、キチンオリゴ糖の含有量をより低減して、製造されるNアセチルグルコサミンの結晶性を向上できるためである。但し、前記反応時間は、120時間以下、より好ましくは96時間以下に設定する。これは、反応時間を120時間以下とすることで、Nアセチルグルコサミンが脱アセチル化されることにより生成されるグルコサミンの量を少なくすることができ、更に96時間以下とすることで、前記グルコサミンの量をより少なくすることができるためである。
【0038】
以上説明した加水分解工程後は、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を製造する場合、及びNアセチルグルコサミンを製造する場合何れも、中和工程、濾過工程、脱塩工程、イオン変換工程を順次行う。尚、濾過工程、イオン交換工程については、必要に応じて実施すればよく、省略することも可能である。又、イオン交換工程後、又は該イオン交換工程を省略した場合における脱塩工程後は、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を製造する場合において乾燥工程、Nアセチルグルコサミンを製造する場合において結晶化工程を行うことで、夫々目的物を製造することができる。
【0039】
前記中和工程では、冷却機能及び撹拌機能を有する中和槽に砕氷を所定量投入後、前記加水分解工程後の反応液を投入し、該反応液を急冷しつつ、アルカリ、例えば48%NaOHを投入して中和する。この中和工程では、中和中に中和熱が生じるが、前記中和槽の冷却機能を利用する等により、冷却して速やかに中和処理を行うことが必要である。これは、中和熱の上昇により、Nアセチルグルコサミンが脱アセチル化されて、グルコサミンに変換されてしまうからである。
【0040】
前記濾過工程では、濾過槽に、中和工程後の反応液、活性炭、及びセライト等の濾過補助剤を投入して脱色濾過する。
【0041】
前記脱塩工程では、電気透析膜を具備した脱塩装置により、濾過工程後の反応液を脱塩処理する。尚、濾過工程を省略した場合には、中和工程後の反応液を脱塩処理する。又、脱塩工程終了時の反応液の設定電気伝導度は、1〜10mS/cmとすることが適当である。
【0042】
前記イオン交換工程では、強酸性樹脂等からなるカチオン交換樹脂及び弱塩基性樹脂等からなるアニオン交換樹脂を使用して、イオン交換により前記脱塩工程において十分に除去された無かった塩を脱塩し、更にグルコサミンやグルコサミン残基を持つヘテロオリゴ糖等製造目的物でない成分の除去を行う。
【0043】
前記乾燥工程では、イオン交換工程又は脱塩工程後の反応液を、そのまま又は濃縮後に、凍結乾燥、又はスプレードライして紛体とする。この紛体が、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物である。
【0044】
前記結晶化工程では、イオン交換工程又は脱塩工程後の反応液を濃縮して、Nアセチルグルコサミンを結晶化させ、該結晶化したNアセチルグルコサミンを反応液と分離する。
【0045】
ここで、前記結晶化工程において、結晶化したNアセチルグルコサミンと分離された反応液は母液と呼ばれ、該母液を利用してNアセチルグルコサミンを更に製造することができる。以下では、このNアセチルグルコサミンの製造方法について説明する。
【0046】
前記母液に対しては、まず脱水工程を行う。これは、後工程において、濃塩酸の濃度が低下することを防ぐためである。母液は、凍結乾燥、又はスプレードライにより処理されて、水分量が5%程度以下の粉末等の残留物とされる。
【0047】
次に、前記脱水工程で得られた残留物を、濃塩酸を使用して加水分解する2次加水分解工程を行う。これは、上記説明した加水分解工程と同様であるが、反応時間のみ変更される。具体的には、反応時間を24時間以上に設定する。これは、反応時間を24時間以上とすると、反応液中に存在するジNアセチルキトビオースの量を少なくすることができるためである。但し、反応時間は72時間以下に設定する。これは、反応時間を72時間以下とすると、Nアセチルグルコサミンが脱アセチル化されてグルコサミンになることを抑制できるためである。
【0048】
前記2次加水分解工程後は、上記説明した中和工程、濾過工程、脱塩工程、イオン交換工程、結晶化工程を順次行う。尚、濾過工程、イオン交換工程については、必要に応じて実施すればよく、省略することも可能である。
【0049】
以上説明した本発明のキチン分解物の製造方法では、加水分解工程において、反応温度を5℃以上30℃以下として、キチンを30%以上の濃塩酸を用いて加水分解することで、Nアセチルグルコサミンに変換されるキチンの割合を高くすると共に、反応速度を抑えることができる。これにより、本製造方法では、加水分解工程の反応時間を1時間以上120時間以下の範囲で設定することで、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物と、Nアセチルグルコサミンとを作り分けて製造することができる。特に、本キチン分解物の製造方法では、反応時間を5時間以上24時間以下に設定することでキチンオリゴ糖を含むキチン分解物を、48時間以上96時間以下に設定することでNアセチルグルコサミンを好適に製造することができる。
【0050】
又、本発明のキチン分解物の製造方法では、Nアセチルグルコサミンが脱アセチル化されて生成されるグルコサミンや、グルコサミン残基を持つヘテロオリゴ糖の生成量を抑制することができる。このグルコサミン及びヘテロオリゴ糖は、製造目的物でなく、イオン交換工程においてカチオン交換樹脂により除去する必要があるが、上記のように本発明の製造方法では、グルコサミン及びヘテロオリゴ糖の生成量を抑制できるので、前記カチオン交換樹脂に係る負担が小さく、該カチオン交換樹脂の容量を小さくすることができる。又、本発明の製造方法では、グルコサミン等の生成量が抑制されることに基づき、イオン交換工程を省略することも可能である。
【0051】
又、本発明のキチン分解物の製造方法では、結晶化工程において残存する母液から、脱水工程、2次加水分解工程を経て、Nアセチルグルコサミンを生成することができるので、キチンからの実質的なNアセチルグルコサミンの製造量を増加させることができる。尚、この脱水工程、2次加水分解工程を経てNアセチルグルコサミンを製造する方法は、本発明のキチン分解物の製造方法以外の方法によりキチンを分解してNアセチルグルコサミンを製造する際に生じる母液を使用しても行うことができる。
【0052】
次に、本願発明のキチン分解物の製造方法を実施例により更に詳細に説明するが、本願発明はこれに限定されるものでなく、本発明の思想の範囲を逸脱しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【実施例1】
【0053】
出発原料としてキチン(TCL:甲陽ケミカル製)5gを使用した。このキチンは、脱アセチル化度が5%以下、粘度が数10cpsであり、5mm以下に粉砕されたものである。
【0054】
まず、前記キチン5gを200mlの三角フラスコに入れ、50mlの35%濃塩酸に分散、溶解し、又、ウォータバスの加温により反応温度を25℃に保ちつつ加水分解する加水分解工程を行った。この加水分解工程は、反応時間を、5時間、24時間、48時間、72時間、96時間に夫々設定して行った。
【0055】
前記加水分解工程後は、各反応液中に約300gの氷を投入し反応液を急冷させ、48%NaOHを用いてpH5〜6に中和する中和工程を行った。該中和工程後は、活性炭で一昼夜脱色し、セライトと共に濾過して濾過工程を行った。該濾過工程後は、電気透析膜を具備した脱塩装置(マイクロアシライザーS3:旭化成工業製)にて、電気伝導度が1〜2ms/cmとなるまで脱塩する脱塩工程を行った。
【0056】
前記脱塩工程後の反応液については、500mlに調整して、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析を行った。尚、このHPLC分析は、カラム(Shodex Asahipak NH2P−50 4E、Shodex Asahipak NH2p−50G 4A:何れも昭和電工製)の温度を27〜30℃、移動相をアセトニトリル/水=75/25(V/V)、流量を0.7ml/minに設定し、検出器として示差屈折計を使用して行った。その結果は、表1及び図1に示す通りである。
【0057】
尚、表1において、GlcNAcはNアセチルグルコサミン、GlcNはグルコサミン、GlcNAc2はジNアセチルキトビオースであり、又、図1において、aはNアセチルグルコサミン、bはグルコサミン、cはジNアセチルキトビオースに対応するピークである。又、反応時間とは前記加水分解工程の反応時間である。
【0058】
【表1】

【0059】
このHPLC分析の結果によれば、反応時間が5時間では、前記キチンが殆んど水可溶となっておらず分解が殆んど進んでいないが、反応時間が24時間以上では、キチンが90%以上水可溶となって、Nアセチルグルコサミンの生成が認められるようになる。又、反応時間が48時間以上では、Nアセチルグルコサミンの量に大きな差が認められないが、ジNアセチルキトビオースに対するNアセチルグルコサミンの量が多くなる。ジNアセチルキトビオースに対するNアセチルグルコサミンの量は、反応時間が長くなるほど大きくなっており、Nアセチルグルコサミンの結晶性が良くなると考えられる。
【0060】
従って、Nアセチルグルコサミンを製造する場合には、加水分解工程における反応時間を48時間以上、96時間以下とすればよく、特にNアセチルグルコサミンの結晶性を考慮するのであれば、加水分解工程における反応時間を72時間以上、96時間以下とすればよいことが示された。
【0061】
尚、脱塩工程後の反応液うち、加水分解工程における反応時間を72時間、96時間としたものに対し、イオン交換工程、結晶化工程を順次行ったところ、何れも、約2gの白色のNアセチルグルコサミンの結晶を得ることができた。又、同反応液に対し、イオン交換工程を省略して、結晶化工程を行った場合でも、結晶を得ることができた。
【実施例2】
【0062】
前記結晶化工程により得られた母液を、スプレードライして粉末とする脱水工程を行った。尚、以下では、この粉末を母液SD品とする。
【0063】
次に、前記母液SD品10gを200ml三角フラスコに入れて、100mlの35%濃塩酸に分散、溶解し、又、ウォータバスの加温により反応温度を25℃に保ちつつ加水分解する2次加水分解工程を行った。この2次加水分解工程は、反応時間を、24時間、48時間、72時間に夫々設定して行った。尚、この2次加水分解工程において、反応液を観察したところ、母液SD品の濃塩酸への溶解が進むと共に濃赤色に変化し、72時間経過時においても外観的な変化は見られなかった。
【0064】
前記2次加水分解工程後は、実施例1の場合と同様の中和工程、脱塩工程を順次行った。該脱塩工程後は、強酸性樹脂からなるカチオン交換樹脂でグルコサミン及びグルコサミン残基を持ったヘテロオリゴ糖を除去し、弱塩基樹脂からなるアニオン交換樹脂にて中和するイオン交換工程を行った。
【0065】
前記イオン交換後の反応液については、実施例1の場合と同様のHPLC分析を行った。このHPLC分析の結果を表2及び図2に示す。尚、表2において、GlcNAcはNアセチルグルコサミン、GlcNはグルコサミン、GlcNAc2はジNアセチルキトビオースであり、又、図2において、aはNアセチルグルコサミン、cはジNアセチルキトビオースに対応するピークである。又、反応時間とは2次加水分解工程の反応時間である。
【0066】
【表2】

【0067】
このHPLC分析の結果によれば、反応時間が0時間、即ち母液SD品そのものでは、ジNアセチルキトビオースに対するNアセチルグルコサミンの量が、1.5倍程度であったが、反応時間が72時間では、6.3倍程度まで高まっていた。又、Nアセチルグルコサミンの生成量は、反応時間を24時間とした場合と、72時間とした場合とで殆んど差がなかった。
【0068】
更に、別途行った薄層クロマトグラフィー分析では、反応時間の経過と共に、母液SD品中に含まれているキチンオリゴ糖のスポットが消失していくことが観察された。
【0069】
従って、前記母液よりNアセチルグルコサミンを製造する場合には、2次加水分解工程における反応時間を24時間以上、72時間以下とすればよく、特にNアセチルグルコサミンの結晶性を考慮するのであれば、2次加水分解工程における反応時間を48時間以上、72時間以下とすればよいことが示された。
【実施例3】
【0070】
出発原料としてキチン(TCL:甲陽ケミカル製)50gを使用した。このキチンは、脱アセチル化度が5%以下、粘度が数10cpsであり、5mm以下に粉砕されたものである。
【0071】
まず、前記キチン50gを250mlの35%濃塩酸に分散、溶解し、又、ウォータバスの加温により反応温度を25℃に保ちつつ加水分解する加水分解工程を行った。この加水分解工程の反応時間は、17時間に設定した。
【0072】
前記加水分解工程後は、実施例1と同様の中和工程、濾過工程、脱塩工程、イオン交換工程を順次行った。該イオン交換工程後の反応液に対しては、凍結乾燥による乾燥工程を行って紛体とした。これにより、19.12gのキチンオリゴ糖を含むキチン分解物が製造された。
【0073】
製造されたキチンオリゴ糖を含むキチン分解物については、HPLC分析を行った。尚、このHPLC分析は、カラム(Shodex Asahipak NH2P−50 4E、Shodex Asahipak NH2p−50G 4A:何れも昭和電工製)の温度を27〜30℃、移動相をアセトニトリル/水=65/35(V/V)、流量を0.8ml/minに設定し、検出器として示差屈折計を使用して行った。その結果は図3に示す通りである。尚、図3において、dは1糖、eは2糖、fは3糖、gは4糖、hは5糖、iは6糖、jは7糖に対応するピークである。
【0074】
このHPLC分析の結果によれば、製造したキチンオリゴ糖を含むキチン分解物には、1糖が23.29%、2糖が15.95%、3糖が15.91%、4糖が15.05%、5糖が12.28%、6糖が9.34%含まれおり、1〜6糖が合計で91.8%含まれていた。又、このキチンオリゴ糖を含むキチン分解物には、7糖も3.31%含まれていた。
【実施例4】
【0075】
出発原料として、実施例3で使用したキチンより脱アセチル化度が低いキチンを50g使用した。このキチンは、粘度が数10cpsであり、5mm以下に粉砕されたものである。
【0076】
前記キチンに対し、実施例3と同様の加水分解工程、中和工程、濾過工程、脱塩工程、、イオン交換工程、乾燥工程を順次行った。これにより、24.85gのキチンオリゴ糖を含むキチン分解物が製造された。尚、この製造されたキチンオリゴ糖を含むキチン分解物の量は、実施例3の場合と比べて多いが、これは、出発原料としたキチンの脱アセチル化度が低いことに起因するものと考えられる。
【0077】
又、製造されたキチンオリゴ糖を含むキチン分解物については、実施例3と同様のHPLC分析を行った。このHPLC分析の結果を図4に示す。尚、図4において、dは1糖、eは2糖、fは3糖、gは4糖、hは5糖、iは6糖、jは7糖、kは8糖に対応するピークである。
【0078】
このHPLC分析の結果によれば、製造したキチンオリゴ糖を含むキチン分解物には、1糖が21.84%、2糖が15.56%、3糖が16.27%、4糖が14.25%、5糖が11.92%、6糖が10.40%含まれており、1〜6糖が合計で90.2%含まれていた。又、このキチンオリゴ糖を含むキチン分解物には、7糖が4.15%、8糖が0.65%含まれていた。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明に係るNアセチルグルコサミン、及びキチンオリゴ糖を含むキチン分解物の製造方法は、Nアセチルグルコサミンと、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を作り分けられる製造方法として用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチンを30%以上の濃塩酸を用いて、反応温度5℃以上30℃以下にて加水分解する加水分解工程を有し、製造するキチン分解物の種類に応じて前記加水分解工程における反応時間を1時間以上120時間以下の範囲で設定することを特徴とするキチン分解物の製造方法。
【請求項2】
前記キチンは、100cps以下の粘度であることを特徴とする請求項1記載のキチン分解物の製造方法。
【請求項3】
前記濃塩酸は、前記キチンに対し3倍量以上12倍量以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のキチン分解物の製造方法。
【請求項4】
前記反応時間を5時間以上24時間以下に設定して、キチンオリゴ糖を含むキチン分解物を製造することを特徴とする請求項1〜3の何れか記載のキチン分解物の製造方法。
【請求項5】
前記反応時間を48時間以上96時間以下に設定して、Nアセチルグルコサミンを製造することを特徴とする請求項1〜3の何れか記載のキチン分解物の製造方法。
【請求項6】
請求項5記載のキチン分解物の製造方法において、製造したNアセチルグルコサミンを結晶化した後に残存する母液を脱水する脱水工程と、
該脱水工程により得た残留物を30%以上の濃塩酸を用いて、反応温度5℃以上30℃以下にて加水分解する2次加水分解工程とを有し、Nアセチルグルコサミンを製造することを特徴とするキチン分解物の製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−217396(P2012−217396A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−87154(P2011−87154)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【出願人】(391003130)甲陽ケミカル株式会社 (17)