説明

キレート剤を用いた卵子の活性化

【課題】卵子活性化用培地の製造方法、当該方法により製造される卵子活性化用培地、当該培地を用いた卵子の活性化方法、および当該製造方法に使用する組成物を提供すること。
【解決手段】カルシウム含有培養培地にキレート剤を添加するこうていを包含する卵子活性化用培地の製造方法、当該方法により製造される卵子活性化用培地、当該培地を用いた卵子の活性化方法、および当該製造方法に使用する組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵子活性化用培地の製造方法、当該方法により製造される卵子活性化用培地、当該培地を用いた卵子の活性化方法、および当該製造方法に使用する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
排卵された哺乳動物の卵子は、受精に際しての一連のカルシウム振動(Ca2+ oscillation)により卵子減数分裂の再開が誘導されるまで第2分裂中期で停止している(非特許文献1)。この精子誘導性カルシウム振動はイノシトール三リン酸(Insp3)レセプターによって媒介される(非特許文献2、3)。この振動によって引き起こされる活性化事象は、表層粒放出、減数分裂の完了(第二極体の放出を伴う)および前核形成を含む。人工的活性化に関する研究によって、受精および細胞シグナリングの機構の理解が進んでいる。また、精子を使用しない人工的な卵子の活性化が、現在の補助繁殖技術、特に体細胞核移植および円形精子細胞注入(ROSI)のために必要である(非特許文献4、5)。
【0003】
現在までに、エタノール、電気刺激およびカルシウムイオノフォアを含む多くの人工的活性化法が開発されている(非特許文献6)。しかし、大部分の単為生殖剤はカルシウムイオンの単調な増加を引き起こすのみである。一方、ストロンチウムイオンを含有する培地は、受精におけるような反復性の細胞内カルシウム振動を誘導する(非特許文献7、8)。従って、ストロンチウム誘導性卵子活性化は、精子によって誘導される活性化を完全には模倣していなものの、正常受精後の活性化に類似していると考えられている(非特許文献9、10)。現在、特にマウスにおいてストロンチウム誘導性卵子活性化が、円形精子細胞注入(ROSI)(非特許文献11および12)および体細胞核移植(非特許文献4、13)後の満期発生のために広く使用されている。最近の研究により、ストロンチウム誘導性卵子活性化がマウス以外の哺乳動物にも適用可能であることが実証されている(非特許文献14〜18)。
【0004】
ストロンチウム誘導性卵子活性化は以前から知られていたが(非特許文献19、20)、ストロンチウムイオンによる卵子活性化の分子機構は十分には解明されていなかった。最近の研究により、VIII型アデニル酸シクラーゼの刺激(非特許文献21)、カルシウム依存性カルシウム放出(非特許文献10)といったいくつかの方法によって、ストロンチウムイオンが細胞内の貯蔵カルシウムを放出させ得ることが示されている。効率的なストロンチウム誘導性卵子活性化にはカルシウム不含培地が必要とされる(非特許文献20)が、カルシウムイオンによるストロンチウム誘導性卵子活性化の干渉が何に起因するかは本願以前には知られていなかった。
【0005】
このように、ストロンチウム誘導性卵子活性化に及ぼすカルシウムの悪影響を簡便かつ効果的に排除するための方法が求められていた。
【0006】
【非特許文献1】Cuthbertson KS, Cobbold PH. Phorbol ester and sperm activate mouse oocytes by inducing sustained oscillations in cell Ca2+. Nature 1985; 316: 541-542.
【非特許文献2】Miyazaki S, Yuzaki M, Nakada K, Shirakawa H, Nakanishi S, Nakade S, Mikoshiba K. Block of Ca2+ wave and Ca2+ oscillation by antibody to the inositol 1,4,5-trisphosphate receptor in fertilized hamster eggs. Science 1992; 257: 251-255.
【非特許文献3】Miyazaki S, Shirakawa H, Nakada K, Honda Y. Essential role of the inositol 1,4,5-trisphosphate receptor/Ca2+ release channel in Ca2+ waves and Ca2+ oscillations at fertilization of mammalian eggs. Dev Biol 1993; 158: 62-78.
【非特許文献4】Wakayama T, Perry AC, Zuccotti M, Johnson KR, Yanagimachi R. Full-term development of mice from enucleated oocytes injected with cumulus cell nuclei. Nature 1998; 394: 369-374.
【非特許文献5】Yanagimachi R. Intracytoplasmic injection of spermatozoa and spermatogenic cells: its biology and applications in humans and animals. Reprod Biomed Online 2005; 10: 247-288.
【非特許文献6】Marcus GJ. Activation of cumulus-free mouse oocytes. Mol Reprod Dev 1990; 26: 159-162.
【非特許文献7】Bos-Mikich A, Swann K, Whittingham DG. Calcium oscillations and protein synthesis inhibition synergistically activate mouse oocytes. Mol Reprod Dev 1995; 41: 84-90.
【非特許文献8】Kline D, Kline JT. Repetitive calcium transients and the role of calcium in exocytosis and cell cycle activation in the mouse egg. Dev Biol 1992; 149: 80-89.
【非特許文献9】Kline D. Activation of the mouse egg. Theriogenology 1996; 45: 81-90.
【非特許文献10】Jellerette T, He CL, Wu H, Parys JB, Fissore RA. Down-regulation of the inositol 1,4,5-trisphosphate receptor in mouse eggs following fertilization or parthenogenetic activation. Dev Biol 2000; 223: 238-250.
【非特許文献11】Ogura A, Matsuda J, Yanagimachi R. Birth of normal young after electrofusion of mouse oocytes with round spermatids. Proc Natl Acad Sci U S A 1994; 91: 7460-7462.
【非特許文献12】Kimura Y, Yanagimachi R. Mouse oocytes injected with testicular spermatozoa or round spermatids can develop into normal offspring. Development 1995; 121: 2397-2405.
【非特許文献13】Kishikawa H, Wakayama T, Yanagimachi R. Comparison of oocyte-activating agents for mouse cloning. Cloning 1999; 1: 153-159.
【非特許文献14】Okada K, Miyano T, Miyake M. Activation of pig oocytes by intracytoplasmic injection of strontium and barium. Zygote 2003; 11: 159-165.
【非特許文献15】Kato M, Hirabayashi M, Aoto T, Ito K, Ueda M, Hochi S. Strontium-Induced Activation Regimen for Rat Oocytes in Somatic Cell Nuclear Transplantation J Reprod Dev 2001.
【非特許文献16】Tomashov-Matar R, Tchetchik D, Eldar A, Kaplan-Kraicer R, Oron Y, Shalgi R. Strontium-induced rat egg activation. Reproduction 2005; 130: 467-474.
【非特許文献17】Yamazaki W, Ferreira CR, Meo SC, Leal CL, Meirelles FV, Garcia JM. Use of strontium in the activation of bovine oocytes reconstructed by somatic cell nuclear transfer. Zygote 2005; 13: 295-302.
【非特許文献18】Meo SC, Yamazaki W, Leal CL, de Oliveira JA, Garcia JM. Use of strontium for bovine oocyte activation. Theriogenology 2005; 63: 2089-2102.
【非特許文献19】Whittingham DG, Siracusa G. The involvement of calcium in the activation of mammalian oocytes. Exp Cell Res 1978; 113: 311-317.
【非特許文献20】Cuthbertson KS, Whittingham DG, Cobbold PH. Free Ca2+ increases in exponential phases during mouse oocyte activation. Nature 1981; 294: 754-757.
【非特許文献21】Gu C, Cooper DM. Ca(2+), Sr(2+), and Ba(2+) identify distinct regulatory sites on adenylyl cyclase (AC) types VI and VIII and consolidate the apposition of capacitative cation entry channels and Ca(2+)-sensitive ACs. J Biol Chem 2000; 275: 6980-6986.
【非特許文献22】Raz V, Fluhr R. Calcium Requirement for Ethylene-Dependent Responses. Plant Cell 1992; 4: 1123-1130.
【非特許文献23】Chatot CL, Ziomek CA, Bavister BD, Lewis JL, Torres I. An improved culture medium supports development of random-bred 1-cell mouse embryos in vitro. J Reprod Fertil 1989; 86: 679-688.
【非特許文献24】O'Neill GT, Rolfe LR, Kaufman MH. Developmental potential and chromosome constitution of strontium-induced mouse parthenogenones. Mol Reprod Dev 1991; 30: 214-219.
【非特許文献25】Kishigami S, Mizutani E, Ohta H, Hikichi T, Thuan NV, Wakayama S, Bui HT, Wakayama T. Significant improvement of mouse cloning technique by treatment with trichostatin A after somatic nuclear transfer. Biochem Biophys Res Commun 2006; 340: 183-189.
【非特許文献26】Kishigami S, Wakayama S, Thuan NV, Ohta H, Mizutani E, Hikichi T, Bui HT, Balbach S, Ogura A, Boiani M, Wakayama T. Production of cloned mice by somatic cell nuclear transfer. Nat Protocols 2006; 1: 125-138.
【非特許文献27】Kishigami S, Bui HT, Wakayama S, Tokunaga K, Thuan NV, Hikichi T, Mizutani E, Ohta H, Suetsugu R, Sata T, Wakayama T. Successful Mouse Cloning of an Outbred Strain by Trichostatin A Treatment after Somatic Nuclear Transfer. J Reprod Dev 2007; 53: 165-170.
【非特許文献28】Cavaleri F, Gentile L, Scholer HR, Boiani M. Recombinant human albumin supports development of somatic cell nuclear transfer embryos in mice: toward the establishment of a chemically defined cloning protocol. Cloning Stem Cells 2006; 8: 24-40.
【非特許文献29】Ma SF, Liu XY, Miao DQ, Han ZB, Zhang X, Miao YL, Yanagimachi R, Tan JH. Parthenogenetic activation of mouse oocytes by strontium chloride: a search for the best conditions. Theriogenology 2005; 64: 1142-1157.
【非特許文献30】Abramczuk J, Solter D, Koprowski H. The beneficial effect EDTA on development of mouse one-cell embryos in chemically defined medium. Dev Biol 1977; 61: 378-383.
【非特許文献31】Whittingham DG. Culture of mouse ova. J Reprod Fertil Suppl 1971; 14: 7-21.
【非特許文献32】Lawitts JA, Biggers JD. Culture of preimplantation embryos. Methods Enzymol 1993; 225: 153-164.
【非特許文献33】Yokoyama A, Eto K, Igarashi T, Ueno K, Kitagawa H. Embryotoxic effects of EGTA-induced hypocalcemic condition on cultured rat embryos. Res Commun Chem Pathol Pharmacol 1985; 48: 309-312.
【非特許文献34】Martell AE, Smith RM. Critical Stability Constants. New York: Plenum; 1974.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、卵子活性化用培地の製造方法、当該方法により製造される卵子活性化用培地、当該培地を用いた卵子の活性化方法、および当該製造方法に使用する組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、
[1]カルシウム含有培養培地にキレート剤を添加する工程を包含する、卵子活性化用培地の製造方法であって、卵子活性化用培地がさらにストロンチウムを含有する、方法;
[2]キレート剤がエチレングリコールビス(β−アミノエチルエーテル)−N,N,N’,N’−4酢酸(EGTA)である、[1]の方法;
[3]EGTAの終濃度範囲の下限が培地中のカルシウムイオン濃度に基づいて決定され、上限が培地中のカルシウムイオン濃度およびストロンチウムイオン濃度の合計に基づいて決定される、[2]の方法;
[4]EGTAを終濃度1〜5mMで添加する、[2]または[3]の方法;
[5]卵子活性化用培地中のストロンチウムの終濃度が1〜20mMである、[4]の方法;
[6]カルシウム含有培養培地が0.5〜5mMのカルシウムを含む、[1]〜[5]のいずれかの方法;
[7]製造された卵子活性化用培地を使用した場合の卵子の死滅率がカルシウム不含培地を使用した場合の卵子の死滅率より低い、[1]〜[6]のいずれかの方法;
[8]活性化された卵子が最終発生する、[1]〜[7]のいずれかの方法;
[9][1]〜[8]のいずれかの方法により製造される、卵子活性化用培地;
[10][9]の卵子活性化用培地中で卵子を活性化する工程を包含する、卵子の活性化方法;
[11]キレート剤を含有する、[1]〜[8]のいずれかの卵子活性化用培地の製造方法に使用する、組成物、
[12]カルシウム含有培養培地中で卵子を培養する工程、およびカルシウム含有培養培地にさらにカルシウムイオンに対する優先性を有するキレート剤およびストロンチウムを加えて卵子を培養する工程を包含する、卵子の活性化方法;
[13]前記卵子が核移植後の卵子である[12]記載の方法;
[14]カルシウム含有培養培地、カルシウムイオンに対する優先性を有するキレート剤、およびストロンチウムを含む、卵子活性化用キット、
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、卵子活性化用培地の製造方法、当該方法により製造される卵子活性化用培地、当該培地を用いた卵子の活性化方法、および当該製造方法に使用する組成物が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明により、カルシウム含有培養培地にキレート剤を添加する工程を包含する、卵子活性化用培地の製造方法であって、卵子活性化用培地がさらにストロンチウムを含有する、方法が提供される。さらに、当該製造方法により製造される卵子活性化用培地、および当該卵子活性化用培地中で卵子を活性化する工程を包含する卵子の活性化方法が提供される。
【0011】
本明細書において「卵子活性化用培地」とは、卵子の活性化に使用される培地をいう。本明細書において「卵子の活性化」とは、精子を使用しないで人工的に卵子を活性化することをいう。従って、卵子活性化用培地は、精子を使用しない人工的な卵子の活性化のために使用される培地である。卵子の活性化は、例えば、体細胞核移植、円形精子細胞注入(ROSI)などにおいて用いられる。本発明の卵子活性化用培地は、ストロンチウムを含有する。ストロンチウムの存在下で行う卵子活性化を本明細書において「ストロンチウム誘導性卵子活性化」という。卵子活性化用培地中のストロンチウムの終濃度は、例えば、1〜20mM、好ましくは2〜10mM、より好ましくは3〜8mM、さらに好ましくは5mMである。卵子活性化用培地に含まれるストロンチウムはストロンチウムイオンが生じるのであればその形態に限定はなく、例えば、塩化ストロンチウムが挙げられる。
【0012】
なお、本発明の1つの実施態様において、本発明の卵子の活性化方法は、下記のようなカルシウム含有培養培地中で卵子を培養する工程、およびカルシウム含有培養培地にさらに下記のようなカルシウムイオンに対する優先性を有するキレート剤およびストロンチウムを加えて卵子を培養する工程を包含する。ここで、前記卵子は核移植後の卵子であってもよい。
【0013】
本発明には、任意の哺乳動物由来の卵子が使用できる。哺乳動物の例としては、限定するものではないが、マウス、ラット、ブタ、ウシなどが挙げられる。
【0014】
本明細書において「最終発生」とは、活性化された卵子を代理母に移植し、クローン化胚が得られ、正常に生育、離乳することをいう。
【0015】
本明細書において「カルシウム含有培養培地」とは、カルシウムを含有する任意の細胞培養用培地をいう。カルシウム含有培養培地はカルシウムを含んでいればその成分に限定はなく、市販されているものを使用することができる。その例としては、限定するものではないが、mCZB培地、M16培地、KSOMおよびα−MEM培地が挙げられる。カルシウム含有培養培地に含まれるカルシウムの濃度は、例えば、0.5〜5mM、好ましくは1〜2.5mM、より好ましくは1.5〜2.0mM、さらに好ましくは1.7mMである。カルシウム含有培養培地に含まれるカルシウムはカルシウムイオンを生じるのであればその形態に限定はなく、例えば、塩化カルシウムが挙げられる。
【0016】
本明細書において「カルシウム不含培地」とは、成分としてカルシウムイオンを含まない任意の細胞培養用培地をいう。このような培地は従来から卵子活性化用培地として使用されており、例としては、カルシウムイオン不含mCZB培地が挙げられる。
【0017】
本明細書において「キレート剤」とは、金属イオンとキレートを形成する物質をいう。本発明の目的のためには、キレート剤は、カルシウムイオンに対する優先性を有することが好ましい。カルシウムイオンに対する優先性とは、他の金属イオンよりもカルシウムに対して高い安定度定数を示すことをいう。例えば、エチレングリコールビス(β−アミノエチルエーテル)−N,N,N’,N’−4酢酸(EGTA)またはEGTAの4ナトリウム塩が本発明において使用され得る。EGTAは、金属イオンと、金属:試薬分子比1:1の安定なキレート錯体(金属キレート)を形成することが知られている。EGTAは膜不透過性Ca2+キレート剤である(非特許文献22)。このようなキレート剤を、培地中の終濃度よりも高い濃度で含有する組成物を調製し、本発明の活性化卵子用培地の製造方法に使用することができる。
【0018】
例えば、カルシウムイオンに対する優先性を示し、金属イオンと、金属:試薬分子比1:1のキレート錯体を形成するEGTAをキレート剤として使用する場合、EGTAの終濃度範囲の下限を培地中のカルシウムイオン濃度に基づいて(培地中のカルシウムイオンによる影響を排除できるように)決定し、上限を培地中のカルシウムイオン濃度およびストロンチウムイオン濃度の合計に基づいて(培地中のストロンチウムイオンによる効果を損なわないように)決定することができる。例えば、培地中に1.7mMの塩化カルシウムおよび5mMの塩化ストロンチウムが含まれる場合、EGTAの終濃度範囲の下限を塩化カルシウムイオン濃度(1.7mM)と同程度の1mMとすることができ、上限をカルシウムイオン濃度およびストロンチウムイオン濃度の合計(6.7mM)より低い5mMとすることができる。すなわち、この場合、添加するEGTAの終濃度は例えば1〜5mMであり、好ましくはEGTAの終濃度は2mMである。
【0019】
当業者はキレート剤を上記の例示および以下に記載するような本発明者らによる知見に基づいて適切に使用することができる。
【0020】
本発明者らは、カルシウム不含培地を使用するかわりに、通常のカルシウム含有培養培地においてEGTAのようなキレート剤を用いてカルシウムイオンをキレート化することによって、ストロンチウムイオン誘導性卵子活性化を増強し得るか否かを検討した。そして、本研究者らは、EGTAを添加することによって、3つの標準的な培養培地(mCZB(非特許文献23)、M16(非特許文献31)、KSOM(非特許文献32))におけるストロンチウム誘導性卵子活性化の効率が劇的に増加すること、そして一定の(例えば、1〜5mM)のEGTA濃度範囲が効率的な卵子活性化に有効であることを見出した。より詳細には、例えば、2mMのEGTAを用いて、上記3つの培地全てにおける最高の活性化率が得られ得る。
【0021】
また、本発明者らは、活性化にEGTAのようなキレート剤を用いた結果、卵子の死滅がカルシウム不含培地を用いた従来の活性化より有意に少なくなることを見出した。卵子の死滅率は、活性化に供した卵子のうち、その後の培養において死滅した卵子の割合をいう。従来のカルシウム不含培地を用いた卵子活性化における卵子の死滅率に比較して、キレート剤を添加したカルシウム含有培養培地を用いた卵子活性化における卵子の死滅率が低い場合に、本発明の卵子活性化用培地を使用した場合の卵子の死滅率がカルシウム不含培地を使用した場合の卵子の死滅率より低いと判断される。本発明による卵子の死滅率の低下は、EGTAが胚毒性効果を有することが知られていたことを考慮すると予想外である(非特許文献33)。
【0022】
さらに、本発明者らは、EGTAのようなキレート剤を用いた活性化によって、体細胞核移植後に最終発生が達成され得ることを示した。このこともまた、上記のようなEGTAの有毒性を考慮すると予想外である(非特許文献33)。
【0023】
本発明に従ってEGTAのようなキレート剤を添加することによって通常の培養培地を卵子活性化培地に転換すれば、培養培地に加えて、卵子活性化のための別の培地(すなわち、カルシウム不含培地)を調製することが不要となる。すなわち、任意の市販の培地が容易に卵子活性化のために使用できる。
【0024】
カルシウム不含培地は効率的なストロンチウム誘導性卵子活性化に重要であることが知られている(非特許文献20)。本発明者らによる開示は、卵子活性化の増強に関して、カルシウムイオンをキレート化することによって得られる効果が、カルシウム不含培地を使用した場合の効果とほぼ同等であることを示す。キレート剤としてEGTAを用いる場合、一旦[Ca(EGTA)]2−錯体が形成されれば、カルシウムイオンによってストロンチウム誘導性卵子活性化が干渉されることはないことが本発明者らによって示された。この増強は非常にEGTA濃度(例えば、1〜5mM)依存性である。前記のような濃度は以前の報告において使用された濃度より少なくとも10倍高い(非特許文献29、30)。また、上記のようにEGTAは胚毒性効果を有することが知られている(非特許文献33)。それゆえ、活性化期間(例えば、6時間)中に胚を錯体へ曝露することが胚発生の進行に干渉するか否かを調べることが重要である。本発明者らは、ストロンチウム誘導性卵子活性化に1〜2mMのEGTAを用いても、体細胞核移植によってマウスのクローン化に成功することを示した。このことは、卵子活性化の間のEGTAの存在が胚発生を妨害しないことを示す。
【0025】
例えば、5mM SrClに対して1〜5mMの濃度範囲のEGTAを使用して、卵子を活性化できることが本発明者らによって示された。上記範囲より高いまたは低いEGTA濃度では、卵子活性化の有意な促進が見られない可能性がある。このことは、0.1mM EGTAを使用した以前の類似の試みが失敗したことを説明し得る(非特許文献29)。より低濃度での活性化の場合は、不十分なキレート化によって上記失敗が説明され得る。すなわち、上記のような標準的な培養培地には1.7mMのカルシウムが含まれており、1mM未満のEGTAを使用した場合、半分以上のカルシウムイオンがキレート化されないままであり、残存するカルシウムイオンによってストロンチウム誘導性卵子活性化が妨げられると考えられる。
【0026】
一方、より高い濃度の場合は幾分複雑である。EGTAは、マグネシウムイオン(Mg2+)よりもカルシウムイオンに結合するという強い優先性を示すことが知られている。マグネシウムイオン、ストロンチウムイオンおよびカルシウムイオンについてのlog(安定度定数)は、それぞれ5.2、8.5および11.0である(非特許文献34)。すなわち、EGTA4−は、ストロンチウムイオンおよびマグネシウムイオンよりも優先的にカルシウムイオンに結合し、[Sr(EGTA)]2−および[Mg(EGTA)]2−は、[Ca(EGTA)]2−錯体よりそれぞれ約3桁および6桁低い安定度定数を示す。それゆえ、培養培地が同レベルの濃度のカルシウムイオン(約1.7mM)およびストロンチウムイオン(5mM)を含んでいても、EGTAは選択的かつ優先的にカルシウムイオンに結合する。このEGTAのカルシウムに対する優先性により、効率的な卵子活性化の目的で、EGTAを添加したカルシウム含有培養培地をカルシウム不含培地の代わりに使用することができる。しかし、より高濃度のEGTA(例えば、10mM EGTA)はカルシウムイオン(1.7mM)をキレート化した後にストロンチウムイオン(5mM)までもキレート化し得る。キレート化されたストロンチウムイオンはもはや卵子を活性化する能力を有しないと考えられる。このスキームは、10mM EGTAの存在下でもより多くのストロンチウムイオン(10mM)を添加することによって卵子活性化が回復することと一致する。すなわち、卵子活性化のためのEGTA濃度は、ストロンチウムイオンのキレート化を回避するように培養培地中に含まれるカルシウムイオンの濃度付近に調整することが望ましい。
【0027】
本発明者らの研究において、5mMの塩化ストロンチウム(SrCl)に対して2mMのEGTAを添加することによって、試験した3つの標準的な培地(mCZB、M16およびKSOM)の全てにおいて最高の活性化率が得られた。この結果は、これらの培地が、他の化学成分のイオン濃度が異なるにもかかわらず、1.7mMの塩化カルシウム(CaCl)を共通して含有することと一致する(表1)。それゆえ、任意の他の培地において、卵子活性化のために添加すべきEGTAの至適濃度は、各培地に含まれるカルシウム濃度とほぼ同じか若干高いことが望ましい。一方、本発明者らは、10mMの塩化ストロンチウムに対して10mMのEGTAを用いた結果、90%より多くの卵子が活性化されることを見出した(図3A)。このことは、10mMの塩化ストロンチウムとともに、より広範囲のEGTAを使用できることを示す。それゆえ、適正なEGTA濃度を塩化ストロンチウムの濃度に依存して変化させることもできる。しかし、EGTAの潜在的な毒性を考慮すれば、できるだけ高い胚発生率が得られように、できるだけEGTA濃度を低くして、ストロンチウム誘導性卵子活性化の条件を至適化することが望ましい。
【0028】
従来から、マウスのクローン化やROSIのためにカルシウム不含培地が使用されている。しかし、多数の培地が市販されているにもかかわらず、カルシウム不含培地を得るためには手製または注文による培地調製が必要となる。これは、培地調製の手間、費用および品質管理の点から好ましくない。一方、本発明によれば、適正な濃度のキレート剤を使用してカルシウムイオンをキレート化することにより、簡便かつ低コストで、通常のカルシウム含有培養培地をカルシウム不含培地に転換することができる。それゆえ、本発明者らの方法は繁殖技術分野で有用である。
【0029】
さらに、本発明は、カルシウム含有培養培地、カルシウムイオンに対する優先性を有するキレート剤、およびストロンチウムを含む、卵子活性化用キットを提供する。
【0030】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0031】
材料および方法
動物
B6D2F1(C57BL/6×DBA/2)系統の雌マウスを、卵子および体細胞(卵丘細胞)ドナーの調製に使用した。精管切除した同系の雄マウスと交配させたICR雌マウスを代理母とした。動物を日本エスエルシーから購入した。
【0032】
採卵および胚培養
8〜12週齢の雌マウスに5IUの妊馬血清性腺刺激ホルモン(PMSG)を投与し、48時間後に5IUのヒト胎盤性性刺激ホルモン(hCG)を投与して過排卵を誘発し、その卵管から成熟卵子を採集した。hCG注射の約16時間後に卵管から採卵し、HEPES緩衝化CZB培地に入れ、卵丘細胞が分散するまで0.1%のヒアルロニダーゼで処理した。次いで、卵子を改変CZB培地(mCZB、5.56mM D(+)グルコースを補充したCZB培地(非特許文献23))、KSOM培地(Specialty Media、MR−020P)またはM16培地(Sigma、M7292)に入れ、鉱油(Sigma、M8410)で覆い、37℃(5%CO/空気)で貯蔵した。
【0033】
EGTAを用いたストロンチウム誘導性卵子活性化
EGTA4ナトリウム塩(エチレングリコールビス(β−アミノエチルエーテル)−N,N,N’,N’−4酢酸4ナトリウム塩、Sigma、E8145)を蒸留水に溶解して、0.5Mストック溶液を作製した(4℃で貯蔵)。塩化ストロンチウム(SrCl)を添加した際に、EGTAストック溶液を培地(mCZB、M16またはKSOM)に添加して、所望の終濃度(0.2〜10mM EGTA)を得た。使用した培地の成分を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
採卵後少なくとも20分間、活性化に使用する培地と同じ培地中で卵子をインキュベートした。単為生殖活性化を、EGTAを含有するカルシウム不含mCZB培地またはいずれかの培地中、5mMの塩化ストロンチウムによって誘導し、6時間後に卵子活性化を、レリーフコントラスト装置を備えた倒立顕微鏡(IX71、オリンパス)を使用して調べた。ストロンチウム誘導性卵子活性化の効率に対するEGTAの効果を評価するために、ストロンチウムイオンにより活性化した卵子を以下の4つのカテゴリーに分類した:1)1個の前核および第二極体を有する卵子を指標とした活性化卵子(1PN+1PB)、2)異常卵子(2個の前核を有する卵子および断片化した卵子を含む)、3)死滅卵子、および4)MII卵子。各カテゴリーに属する卵子の数をストロンチウムイオンによる活性化に供した卵子の総数で割ることによって、比率を算出した。各EGTA濃度について、少なくとも20個の卵子を使用し、3回反復した。
【0036】
単為生殖二倍体胚の作製
二倍体単為生殖胚を作製するために、成熟卵子を、5mMのストロンチウムイオンによって、2mMのEGTAを含有するmCZB培地またはカルシウム不含mCZB培地中、5μg/mlサイトカラシンBの存在下で、6時間活性化し、37℃、空気中5%CO下、4日間(96時間)までカルシウム含有mCZB培養培地中で培養した(非特許文献4、24)。
【0037】
クローン化胚の作製
トリコスタチンA(TSA)処理(非特許文献25〜27)した以外は、非特許文献4に記載のように核移植を実施した。すなわち、除核したB6D2F1マウスの卵子に、同じB6D2F1系マウス由来の卵丘細胞を個別に注入した。核移植後、再構築卵子を、6時間、5mM塩化ストロンチウムによって、5μg/mlサイトカラシンBおよび5nM TSA(Sigma、M8552)の存在下で活性化した。次いで、この活性化卵子を洗浄し、さらに4時間、5nM TSAを含有するKSOM培地中に静置した。次いで、卵子をTSA非存在下で胚移植に使用するまで培養した。
【0038】
統計解析
イエーツ連続補正χ検定を使用してデータを比較した。P<0.01の値を統計的に有意であるとした。
【0039】
実施例1:mCZB培地を用いたストロンチウム誘導性卵子活性化のEGTA濃度依存性
卵丘を含まないマウス卵子を、mCZB培地中、5mM塩化ストロンチウムで処理したところ、6時間の処理で約0〜25%のみの卵子活性化が見られた。しかし、この活性化率は塩化ストロンチウムを用いないものと有意には異ならず(データは示さず)、このことは活性化がストロンチウムイオン非依存的に自然に起こったことを示唆する。残りの卵子はMII期に留まった(図1A)。
【0040】
対照的に、カルシウム不含mCZB培地中での5mM塩化ストロンチウムでの処理によって、72%の平均活性化率が得られた。この培地中では、他の卵子はMII卵子としては残存せず、28%といった高いストロンチウム誘導性卵子死滅率が示された(図1F)。従って、以前に報告されたように(非特許文献20)、カルシウム不含培地が効率的なストロンチウムイオンでの卵子活性化に重要であった。
【0041】
次に、mCZB培地中でのストロンチウムイオンでの処理を、カルシウムキレート剤であるEGTAの存在下で実施した。EGTAの濃度を0から10mMまで増加させた。活性化率の上昇は1〜5mMのEGTAを添加した場合のみで見られ(図1B〜EおよびG)、より高いまたはより低いEGTA濃度では見られなかった。2mM EGTAを用いた場合、約96%の卵子において1個の前核および極体を生じ、1%未満の卵子がMII卵子として残存した。これらの結果は、適切な濃度のEGTAを使用すれば、カルシウム含有培養培地でさえも、効率的なストロンチウム誘導性卵子活性化のために使用することができることを示唆する。さらに驚くべきことに、2mM EGTAを用いたストロンチウムイオンでの処理の後に約1%のみの卵子が死滅した。生存卵子数に関しては、カルシウム不含培地におけるストロンチウムイオンでの処理、2mM EGTAを用いるストロンチウムイオンでの処理によってそれぞれ100%、97%の卵子活性化が見られたが、2mM EGTAを用いるストロンチウムイオンでの処理後の活性化卵子の正味の量は、カルシウム不含培地におけるストロンチウムイオンでの処理のものより、卵子死滅が少ないことから、有意に高いということができる。
【0042】
実施例2:M16培地およびKSOM培地中での卵子活性化のEGTA濃度依存性
多くのカルシウム不含培地(例えば、カルシウム不含M16、α−MEM、CZB培地)を卵子活性化に使用できるので(非特許文献4、6、28)、EGTAの一般的な効果を確認することが重要である。そこで、M16培地およびKSOM培地へのEGTAの添加を、効率的ストロンチウム誘導性卵子活性化について検討した。
【0043】
その結果、EGTAの効果が確認され、2mM EGTAの添加により、M16培地、KSOM培地において、それぞれ99%、82%の最も効率的な活性化率が得られた(図2AおよびB)。興味深いことに、EGTAを含むKSOM培地中での活性化によって、有意に多くのストロンチウム誘導性卵子死滅が示された。このことは、ストロンチウム誘導性卵子死滅がマグネシウムイオン(Mg2+)やカリウムイオン(K)のような他のイオンによって増強され得ることを示唆する(表1)。それにもかかわらず、これらのEGTAを用いた卵子活性化率はカルシウム不含培地(mCZB)におけるものに匹敵するかそれより高かった。従って、EGTAの添加がここで検討したいずれの培地においても、効率的なストロンチウム誘導性卵子活性化に有効に作用することが実証された。
【0044】
実施例3:過剰EGTAによる卵子活性化の妨害
上記で観察されたように、1〜5mMのEGTAのみが有意な卵子活性化を導いた。例えば、10mMのEGTAとともに5mMのストロンチウムイオンを用いた場合、10%未満の卵子を活性化することができた(図1および2)。より高濃度のEGTAによって卵子活性化が妨げられる理由として、より高濃度のEGTAがカルシウムイオンに加えてストロンチウムイオンをキレート化し、活性化を妨げた可能性がある。この可能性を確認するために、本発明者らは、ストロンチウムイオンを増加することによって、10mM EGTA存在下で、効率的な卵子活性化を回復させることができるか否かを検討した。
【0045】
その結果、10mM EGTAを用いても、10mMのストロンチウムイオンによって93%の卵子が活性化された(図3A)。従って、10mM EGTAは1.7mMのカルシウムイオンおよび5mMのストロンチウムイオンの両方をキレート化するのに十分である。これと一致して、本発明者らは、10mM EGTAによって培地のpHが0.2上昇することを見出した(図3B)。このことは、EGTAが、カルシウムイオン、ストロンチウムイオンおよびマグネシウムイオンを含む全ての二価カチオンをキレート化した後に、水素イオンをキレート化して、HOの加水分解を促進することを示唆する。この上昇したpH値は、ストロンチウムイオンを増加させることによって正常に戻った(図3B)。このように、EGTAの濃度はカルシウムイオンおよびストロンチウムイオンの濃度に基づいて至適化すべきである。
【0046】
実施例4:EGTAを用いた卵子活性化後の胚発生
EGTAを培養培地中で使用した報告は以前にもあるが、大部分の場合、その濃度は1mM未満であった(非特許文献29、30)。そこで、本発明者らは、EGTAを用いた卵子活性化がその後の胚発生に影響を及ぼすか否かについて検討した。まず、単為生殖二倍体胚をサイトカラシンB(CCB)の存在下で作製した。CCBは、第二極体の放出を妨げ、二倍体単為生殖胚を生じる。EGTAを用いた単為生殖活性化後の移植前発生の結果を表2に示す。
【0047】
【表2】

【0048】
2mM EGTAおよびCCBを用いた活性化の後、90%より多くの卵子が活性化卵子として観察され、これはカルシウム不含培地中での活性化後のものより有意に高かった(表2)。これもまた、EGTAを使用した場合に死滅卵子が少ないことによる(表2)。活性化後96時間培養したところ、EGTAを用いた実験群とカルシウム不含培地を用いた実験群との間で、生存活性化胚の胚盤胞形成に有意な差は見られなかった(図4Aおよび表2)。しかし、ここでもまた最終的に得られた、EGTAを用いた活性化により作製された胚盤胞の数は、カルシウム不含培地を用いてストロンチウム誘導性卵子活性化を行ったものより有意に高かった(表2)。
【0049】
次に、本発明者らは、このEGTAを用いた活性化方法を卵丘細胞からのマウスのクローン化に適用した。近年のTSAクローニング法(非特許文献25)に従い、2細胞クローン化胚を代理母に移植した。EGTAを用いた単為生殖活性化後の卵丘細胞クローン化の結果を表3に示す。
【0050】
【表3】

【0051】
その結果、クローン化胚が4%より高い成功率で得られ(図4B左および表3)、正常に離乳した(図4B右)。従って、活性化効率および胚発生に関して、EGTAを用いたストロンチウム誘導性卵子活性化法がカルシウム不含培地を用いたストロンチウム誘導性卵子活性化方法と同等であることが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明により、卵子活性化用培地の製造方法、当該方法により製造される卵子活性化用培地、当該培地を用いた卵子の活性化方法、および当該製造方法に使用する組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1−1】mCZB培地中、種々の濃度のEGTAを用いた5mM ストロンチウムイオンによる卵子活性化率のプロフィールを示す図である。A)成熟卵子をmCZB培地中でEGTAの非存在下で5mMのストロンチウムイオンに曝露したところ、活性化卵子はほとんど見出されなかった。終濃度1〜5mMのEGTAを添加した後、卵子が1個の前核および第二極体を有することを指標に同定される活性化卵子の数が有意に増加した(B〜D)。特に、2mM EGTAによって最高の活性化率が得られた(C)。対照的に、5mMまたはそれ以上(10mM)のEGTAを用いて活性化した後は、活性化率が低下した(D、E)。10mM EGTAで6時間活性化した後、前核を有しない膨潤した卵子がしばしば見出された(矢尻で示す)。対照としてのカルシウム不含培地(Ca−free)を用いたストロンチウム誘導性卵子活性化の場合、高い卵子活性化率が示されたが、有意な卵子の死滅(黒矢印で示す)が観察され、その結果、活性化卵子の正味の量が減少した(F)。各パネルにおいて、異常な卵子(2個の核を有する卵子および断片化した卵子を含む)を白矢印で示す。スケールバー=100μm。
【図1−2】(G)上記観察をまとめたグラフである。平均±SEM(n=3)のデータを示す。
【図2】M16培地またはKSOM培地中、種々の濃度のEGTAを用いた5mMのストロンチウムイオンによる卵子活性化率のプロフィールを示す図である。A)M16培地にEGTAを添加した場合、mCZB培地と同様のプロフィールが得られた。B)KSOM培地にEGTAを添加した場合、mCZB培地やM16培地の場合と類似するが若干異なるプロフィールが示された。特徴的には、1mM EGTAの存在下でもより高い活性化率が観察され、そしてより多数の卵子の死滅が観察された。
【図3】ストロンチウムイオンの添加による過剰EGTAの効果に対する優勢。A)mCZB培地におけるストロンチウム誘導性卵子活性化は、10mM EGTAによって強く妨げられた。ストロンチウムイオン濃度を5mMから10mMに増加させることによってこの妨害が解消され、卵子活性化能が回復した(A)。B)1〜5 mMのEGTAはmCZB、M16およびKSOM培地のpHに影響を及ぼさなかったが、10mM EGTAによって培地のpHが上昇した。このことは、EGTAが全ての2価カチオン(カルシウムイオン、ストロンチウムイオンおよびマグネシウムイオン)をキレート化した後に水素イオンをキレート化したことを示唆する。10mM EGTAによるこのpH上昇は、ストロンチウム濃度を5mMから10mMとし、より多くのストロンチウムイオンを供給することによって中和された(B)。
【図4】胚発生に対するEGTAの効果。A)EGTAを用いたストロンチウム誘導性卵子活性化単為生殖胚は、カルシウム不含培地(Ca2+−free)を用いたストロンチウム誘導性卵子活性化の場合との差なしに胚盤胞に発生した。B)EGTAを用いてストロンチウム誘導性卵子活性化した卵丘細胞由来クローン化胚は最終発生した。誕生後、TSA処理したクローン化マウスは正常に生育し離乳した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウム含有培養培地にキレート剤を添加する工程を包含する、卵子活性化用培地の製造方法であって、卵子活性化用培地がさらにストロンチウムを含有する、方法。
【請求項2】
キレート剤がエチレングリコールビス(β−アミノエチルエーテル)−N,N,N’,N’−4酢酸(EGTA)である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
EGTAの終濃度範囲の下限が培地中のカルシウムイオン濃度に基づいて決定され、上限が培地中のカルシウムイオン濃度およびストロンチウムイオン濃度の合計に基づいて決定される、請求項2記載の方法。
【請求項4】
EGTAを終濃度1〜5mMで添加する、請求項2または3記載の方法。
【請求項5】
卵子活性化用培地中のストロンチウムの終濃度が1〜20mMである、請求項4記載の方法。
【請求項6】
カルシウム含有培養培地が0.5〜5mMのカルシウムを含む、請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
製造された卵子活性化用培地を使用した場合の卵子の死滅率がカルシウム不含培地を使用した場合の卵子の死滅率より低い、請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
活性化された卵子が最終発生する、請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項記載の方法により製造される、卵子活性化用培地。
【請求項10】
請求項9記載の卵子活性化用培地中で卵子を活性化する工程を包含する、卵子の活性化方法。
【請求項11】
キレート剤を含有する、請求項1〜8のいずれか1項記載の卵子活性化用培地の製造方法に使用する、組成物。
【請求項12】
カルシウム含有培養培地中で卵子を培養する工程、およびカルシウム含有培養培地にさらにカルシウムイオンに対する優先性を有するキレート剤およびストロンチウムを加えて卵子を培養する工程を包含する、卵子の活性化方法。
【請求項13】
前記卵子が核移植後の卵子である請求項12記載の方法。
【請求項14】
カルシウム含有培養培地、カルシウムイオンに対する優先性を有するキレート剤、およびストロンチウムを含む、卵子活性化用キット。

【図1−1】
image rotate

【図1−2】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate