説明

クエン酸鉄系化合物

【課題】鉄とともに、マンガン等の植物、微生物、細菌等にとっての微量必須元素を同時に供給することができるクエン酸鉄系化合物を提供する。
【解決手段】クエン酸鉄系化合物は、クエン酸と、鉄源と、Mn及びZnのうちの少なくとも1種の非鉄金属元素を有する非鉄金属化合物と、が溶解された水溶液から水を除去してなる。このクエン酸鉄系化合物は、例えば、クエン酸粉末と、鉄源粉末と、非鉄金属化合物粉末と、水と、を含有する水溶液を調製し、その後、水溶液から固形物を析出させ、その後、水を除去することにより製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クエン酸鉄系化合物に関する。更に詳しくは、本発明は、陸上植物の生育、藻類等の水中植物の生育、微生物の増殖、及び細菌の光合成等に必須の鉄元素及び非鉄金属元素を含有するクエン酸鉄系化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄は陸上植物及び水中植物の生育等に必須の金属元素であり、欠乏すると、例えば、陸上植物では、葉が黄白化したり、蛋白質の合成反応が損なわれたりする等の特有の症状を生じることが知られている。また、鉄以外にも、植物の生育等に必須の非鉄金属が存在し、欠乏すると種々の特有の症状が生じることが知られている。
【0003】
例えば、植物に供給される鉄は、イオン化された状態で植物に取り込まれるが、鉄イオンのうち、3価の鉄イオンは、これを供給しても植物に対して十分な効用が得られ難いことが知られている。特に、アルカリ性環境下では、鉄イオンの酸化が加速されるとともに、鉄イオンが水酸化鉄等となって沈殿してしまうため、鉄イオンを、特にアルカリ性環境下でイオン状態で長期間保持することは困難である。そのため、従前より、鉄を植物が取り込むことができるイオン状態で長期に亘って安定して供給することができる技術が必要とされている。この植物に対して鉄を供給する鉄供給剤として、鉄粉、転炉滓、水酸化鉄等の使用が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。更に、硫酸鉄及び硝酸鉄等の水溶性無機鉄塩を用いる方法、及びエチレンジアミン四酢酸(以下、単に「EDTA」という)によるEDTA鉄錯体を用いる方法等が知られている。また、特許文献1には、非鉄金属元素を供給する組成物についても開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−277183号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に記載の鉄含有組成物から溶出される鉄分は酸化され易く、植物が取り込むことは困難であると考えられる。また、水溶性無機鉄塩も酸化され易く、従来と同様に塩類の蓄積を引き起こすという問題もある。即ち、各種肥料として水溶性無機金属塩類がこれまで長く使用されており、これら水溶性金属塩を構成する強酸陰イオンが土壌中の他の元素と結合して水不溶性の塩を形成して土壌に蓄積することが問題となっており、水溶性無機鉄塩ではこの問題を解消することができない。更に、EDTAは強いキレート化剤であり、土壌中の重金属を固定して土壌汚染を引き起こすこと、及び地下水に溶け込んで水汚染を引き起こすこと等が危惧されている。また、特許文献1に記載の非鉄金属元素を含有する組成物についても、鉄イオンと同時に供給することができるものの、鉄の酸化を抑え、且つ非鉄金属元素を同時に供給することはできない。
【0006】
本発明は、上記の従来の状況に鑑みてなされたものであり、陸上植物及び水中植物の生育等にとって必須の金属元素である鉄を継続的に供給することができ、且つ植物の生育等にとって必須の非鉄金属元素であるMn及び/又はZnを同時に供給することができるクエン酸鉄系化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下のとおりである。
1.クエン酸と、鉄源と、Mn及びZnのうちの少なくとも1種の非鉄金属元素を有する非鉄金属化合物と、が溶解された水溶液から水を除去してなることを特徴とするクエン酸鉄系化合物。
2.上記水溶液から生成する多成分系クエン酸鉄(II)化合物を含有する上記1.に記載のクエン酸鉄系化合物。
3.上記多成分系クエン酸鉄(II)化合物は、クエン酸鉄(II)化合物が有する鉄元素の一部が上記非鉄金属元素により置換されたものである上記1.又は2.に記載のクエン酸鉄系化合物。
4.クエン酸のモル数(M)と、鉄元素のモル数及び非鉄金属元素のモル数の合計モル数(M)との比(M/M)が0.9〜1.1となる上記3.に記載のクエン酸鉄系化合物。
5.上記クエン酸鉄(II)化合物が有する鉄元素の1/2〜1/50が上記非鉄金属元素により置換されている上記3.又は4.に記載のクエン酸鉄系化合物。
尚、上記の多成分系クエン酸鉄(II)化合物における(II)、及びクエン酸鉄(II)化合物における(II)は、それぞれ鉄が2価であることを意味する。
【発明の効果】
【0008】
本発明のクエン酸鉄系化合物によれば、陸上植物及び水中植物の生育等にとって必須の金属元素である鉄を継続的に供給することができ、且つ植物の生育等にとって必須の重要な非鉄金属成分であるMn及び/又Znを鉄と同時に供給することができる。
また、水溶液から生成する多成分系クエン酸鉄(II)化合物を含有する場合は、この化合物が鉄元素とMn及び/又Znとを有するため、植物の生育等に必須の複数の金属元素を効率よく供給することができる。
更に、多成分系クエン酸鉄(II)化合物が、クエン酸鉄(II)化合物が有する鉄元素の一部が非鉄金属元素により置換されたものである場合は、植物の生育等に必須の複数の金属元素をより効率よく供給することができる。
また、クエン酸のモル数(M)と、鉄元素のモル数及び非鉄金属元素のモル数の合計モル数(M)との比(M/M)が0.9〜1.1となる場合は、鉄とMn及び/又Znとを有する多成分系クエン酸鉄(II)化合物をより効率よく得ることができる。
更に、クエン酸鉄(II)化合物が有する鉄元素の1/2〜1/50が非鉄金属元素により置換されている場合は、鉄とMn及び/又Znとをバランスよく、且つ同時に植物等に供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】種々のMn濃度の多成分系クエン酸鉄化合物(II)のX線回折チャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳しく説明する。
[1]クエン酸鉄系化合物
上記「クエン酸鉄系化合物」は、クエン酸と、鉄源と、Mn及びZnのうちの少なくとも1種の非鉄金属元素を有する非鉄金属化合物と、が溶解された水溶液から水を除去してなる。
【0011】
本発明のクエン酸鉄系化合物は、陸上植物の生育、藻類等の水中植物の生育、微生物の増殖、及び細菌の光合成等に必須の鉄元素並びにMn及び/又はZnを、各種の植物、微生物及び細菌に供給する用途において使用することができる。また、このクエン酸鉄系化合物は、アルカリ土壌における植物の生育にも用いることができる。このアルカリ土壌とは、風燥した土壌10gに蒸留水25mlを加えて1時間振とうし、得られた懸濁液のpHを測定した場合に、そのpHが7を越える土壌のことをいう。また、このアルカリ土壌には、本来的なアルカリ土壌及び非アルカリ土壌が後天的に、例えば、施肥、砂漠化等によりアルカリ化してなるアルカリ土壌が含まれる。上記の本来的なアルカリ土壌としては、貝化石土壌、石灰質土壌、珊瑚質土壌等の各種の石灰質成分が含有される土壌が挙げられる。これらの石灰質成分は1種のみ含有されていてもよく、2種以上含有されていてもよい。更に、これらの各種の石灰質成分が含有されるアルカリ土壌と、非アルカリ土壌との混合土壌であって、全体としてアルカリ土壌である土壌も含まれる。
【0012】
クエン酸鉄系化合物を施用する植物は、特に限定されないが、例えば、イネ、ほうれん草、キャベツ、白菜、小松菜、ブロッコリー、カリフラワー、大根、玉葱、人参、落花生、さつま芋、馬鈴薯、スイカ及びメロン等の農作物に用いた場合に、特に十分な作用効果が得られる。クエン酸鉄系化合物の使用量も特に限定されず、上記の生育させる各種の植物の種類、併用する肥料の種類及び施肥量、土壌の種類並びに土壌のpH等により適宜調整することが好ましい。また、クエン酸鉄系化合物における非鉄金属元素と鉄元素の各々の含有量も適宜調整することが好ましい。
【0013】
上記「鉄源」は、鉄の供給源となる鉄及び/又は鉄元素を有する化合物であればよく、特に限定されない。鉄としては、ミルスケールを還元して製造される還元鉄粉、溶鋼を水でアトマイズして製造されるアトマイズ鉄粉等の鉄粉などを用いることができる。また、鉄元素を有する化合物としてはFeO、製鋼工程等で発生するミルスケールなどを用いることができる。FeOは、NaCl型の結晶構造を有し、主として鉄と酸素とからなる物質である。このFeOには、鉄原子の一部が遷移金属原子等で置換された物質、及び酸素原子の一部がハロゲン元素などの他の元素で置換された物質が含有されていてもよい。また、原子空孔を有する物質が含有されていてもよい。FeOは、通常、粉末状である。このFeOとしては、複合酸化物が含有され、FeOの酸化が効率よく抑えられる特定のFeOを用いることが好ましい。
【0014】
上記「クエン酸」は、カルボキシル基及びヒドロキシル基を備える酸である。このクエン酸は優れた安定性を有し、鉄イオンを含有する水溶液を調製した場合に、その酸化を十分に抑えることができる。
【0015】
上記「非鉄金属化合物」は、Mn及びZnのうちの少なくとも1種を有する。鉄元素を除く他の金属元素である非鉄金属元素のうち、Mn及びZnは、植物等にとって特に必須の金属元素であるため、植物等に供給する価値が高い。尚、「有する」とは非鉄金属元素のうち、Mn及びZnを除く他の非鉄金属元素を有していてもよいことを意味する。非鉄金属化合物はMn又はZnを有する化合物であればよく、特に限定されないが、通常、酸化物又は水酸化物であり、MnO、ZnO等が多用される。
【0016】
上記「水溶液」は、クエン酸と、鉄源と、Mn及びZnのうちの少なくとも1種を有する非鉄金属化合物と、が溶解された水溶液である。即ち、溶解されていないクエン酸、鉄源及び非鉄金属化合物等の固形物が含有されない水溶液である。但し、溶解していない固形物が含有される固液共存液中における上澄み液であってもよい。また、クエン酸、鉄源及び非鉄金属化合物の水溶液中における溶解状態は特に限定されない。例えば、この水溶液には、クエン酸錯体及びクエン酸イオン等が含有される。
【0017】
この水溶液に溶解させるクエン酸及び溶解している鉄イオン、Mnイオン、Znイオンの各々の量は特に限定されないが、通常、水1リットル当たり、クエン酸は100〜180g、特に120〜160g溶解させることが好ましい。一方、鉄イオンは、水1リットル当たり、5〜30g、特に10〜25g溶解していることが好ましい。更に、Mnイオンは、水1リットル当たり、1〜20g、特に5〜15g、Znイオンは、水1リットル当たり、1〜40g、特に5〜25g溶解していることが好ましい。
【0018】
また、水溶液を構成する水は、特に限定されず、種々の水を用いることができる。この水は、純水及びイオン交換水等の高度に精製された水であってもよく、水道水、工業用水、農業用水及び地下水等の通常使用される水であってもよい。この水溶液を調製する方法は特に限定されないが、後述する製造方法によって調製することができる。
【0019】
上記「除去」は、水溶液から水の一部又は全部を除去する作業を意味するが、通常、クエン酸鉄系化合物に含有される水分量は、通常、3質量%以下であり、このクエン酸鉄系化合物は実質的に全ての水が除去されてなる固形物である。水を除去する方法は特に限定されず、減圧加熱乾燥、常圧加熱乾燥、非加熱減圧乾燥、及び凍結乾燥等の手段を用いることができる。これらのうちでは、水を除去する過程で鉄が酸化されることを抑えることができる減圧加熱乾燥が好ましい。尚、低酸素分圧下の乾燥でもよく、この場合も減圧乾燥と同様に鉄の酸化を抑えることができる。
【0020】
水を除去する際に加熱する場合、加熱された水溶液の温度は特に限定されないが、150℃を越えると鉄が酸化される傾向があるため、150℃以下に保持することが好ましい。この加熱による水溶液の温度は、140℃以下、特に135℃以下、更に130℃以下であることがより好ましい。一方、下限温度も特に限定されず、水を除去する際の圧力下で水が蒸散する温度であればよいが、例えば、60℃以上、特に80℃以上、更に100℃以上であることが好ましく、115℃以上、特に120℃以上であることがより好ましい。この加熱時の上限温度及び下限温度はそれぞれ組み合せることができ、例えば、60〜150℃が好ましく、100〜140℃がより好ましく、110〜130℃が更に好ましい。これら以外の組み合せであってもよい。
【0021】
更に、減圧下に水を除去する場合、その圧力は特に限定されないが、0.1〜50kPa、特に0.1〜20kPa、更に3〜15kPaであることが好ましく、4〜10kPaであることがより好ましい。
【0022】
水を除去して生成する固形物は、クエン酸鉄(II)化合物、クエン酸非鉄金属化合物、鉄元素と非鉄金属元素とを有する多成分系クエン酸鉄(II)化合物[化学式Fe1−x・HOで表され、Fe元素の一部がM元素(Mn元素及び/又はZn元素)により置換されている。また、(1−x)とxとはFeとMとのモル比を表し、0<x<1であり、好ましくは0.02<x<0.5である。]のうちの少なくとも1種を含有する。これらの化合物は、いずれも植物等に対して必須の金属元素を供給するうえで重要な化合物である。これらの化合物のうちでは、特に多成分系クエン酸鉄(II)化合物がより多く含有されていることが好ましい。
【0023】
多成分系クエン酸鉄(II)化合物は、上記の化学式のように、鉄元素を有し、且つMn元素及び/又はZn元素を有する。多成分系クエン酸鉄(II)化合物は、Mn元素及びZn元素のうちのいずれか1種のみを有していてもよく、Mn元素とZn元素とを併せて有していてもよい。このように、鉄元素の他、Mn元素及び/又はZn元素を有することにより、1種類のクエン酸鉄系化合物により、植物等に複数の必須金属元素を同時に供給することができる。
【0024】
多成分系クエン酸鉄(II)化合物は、クエン酸鉄(II)化合物が有する鉄元素の一部をMn元素及び/又はZn元素により置換した化合物であり、これにより、上記のように鉄元素とMn元素及び/又はZn元素とを同時に供給することができる。この多成分系クエン酸鉄(II)化合物におけるクエン酸と、鉄元素並びにMn元素及びZn元素の合計とのモル比は特に限定されないが、クエン酸のモル数(M)と、鉄元素のモル数及び非鉄金属元素のモル数の合計モル数(M)との比(M/M)が0.9〜1.1、特に0.95〜1.05であることが好ましい。比(M/M)が0.9〜1.1であれば、多成分系クエン酸鉄(II)化合物をより効率よく得ることができる。
【0025】
また、クエン酸鉄(II)化合物が有する鉄元素のうちのMn元素及び/又はZn元素に置換される割合は特に限定されないが、モル比で鉄元素のうちの1/2〜1/50がMn元素及び/又はZn元素により置換されていることが好ましい。このような多成分系クエン酸鉄(II)化合物を含有するクエン酸鉄系化合物であれば、植物等に鉄元素とMn元素及び/又はZn元素とを十分に、且つ効率よく供給することができる。
尚、「多成分系クエン酸鉄(II)化合物を含有する」とは、少なくとも多成分系クエン酸鉄(II)化合物を含有していることを意味し、他の化合物が含有されていてもよい。例えば、クエン酸鉄(II)、クエン酸マンガン、クエン酸亜鉛等が含有されていてもよい。
【0026】
クエン酸鉄系化合物を、特に陸上植物の肥料として用いる場合、他の有用な成分を含有させることもできる。
例えば、生分解性バインダを含有させることができる。生分解性バインダを含有させることにより、バインダの分解とともにクエン酸鉄系化合物が徐々に放出されて鉄イオン等が生成する。そのため、長期に亘って鉄等の供給を継続することができる。即ち、クエン酸鉄系化合物に徐放性を付与することができる。生分解性バインダとしては生分解性樹脂等を用いることができ、この生分解性樹脂としては、ポリブチレンサクシネート系樹脂、ポリ乳酸系樹脂、尿素樹脂、ポリカプロラクトン系樹脂、セルロース系樹脂、澱粉系樹脂及びポリビニルアルコール系樹脂などが挙げられる。これらは1種のみ用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
生分解性バインダの含有量は特に限定されないが、クエン酸鉄系化合物を100質量%とした場合に、10質量%以下、特に2〜7質量%(通常1質量%以上)とすることが好ましい。
【0027】
本発明のクエン酸鉄系化合物には、その用途等によって、生分解性バインダを除く他の成分を含有させることもできる。この他の成分としては、リポ酸、オリザ油、各種ビタミン類、Cu、Cr、Si、Co、Mo、Ni、B等の各成分(例えば、金属単体、金属酸化物等)、S及びCl等の化合物などが挙げられる。これらは1種のみ用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
この他の成分は、クエン酸鉄系化合物を100質量部とした場合に、10質量部以下とすることが好ましい。
【0028】
本発明のクエン酸鉄系化合物の使用方法は特に限定されない。例えば、陸上植物の生育に用いる場合は、粉末状又は塊状等の形態で土と混合する、粉末状等で土に撒布する、粉末状又は塊状等の形態で土中に埋める等の使用方法が挙げられる。また、藻類等の水中植物の生育に用いる場合は、粉末状のまま水中に撒く等の使用方法が挙げられる。更に、微生物の増殖促進、及び細菌の光合成促進に用いる場合は、培地に混合する等の使用方法が挙げられる。
【0029】
[2]クエン酸鉄系化合物の製造方法
本発明のクエン酸鉄系化合物の製造方法は特に限定されないが、クエン酸鉄系化合物は、例えば、クエン酸粉末と、鉄源粉末と、非鉄金属化合物粉末と、水と、を含有する水溶液を調製し、その後、水溶液から固形物を析出させ、その後、水を除去して製造することができる。
【0030】
クエン酸粉末は、クエン酸を主成分(通常、純度は99%以上である。)とする粉末であり、その純度は特に限定されず、粉末形態であればよく、粒子の形状及び粒径なども特に限定されない。
【0031】
鉄源粉末は、前記の鉄及び/又は鉄元素を有する化合物の粉末であり、粒子の形状及び寸法等は特に限定されない。また、鉄源粉末として、例えば、FeO粉末を用いる場合、このFeO含有粉末におけるFeOの含有量は特に限定されないが、FeO含有粉末を100質量%とした場合に、通常、50質量%以上、特に65質量%以上であることが好ましく、実質的に全量がFeOであってもよい。このFeO粉末は特に限定されず、市販の各種のFeO粉末を用いることができ、前記の複合酸化物を含有するFeO粉末を用いることが好ましい。また、鉄粉を用いる場合、この鉄粉も特に限定されず、前記の各種の鉄粉を用いることができる。
【0032】
非鉄金属化合物粉末は、植物等にとって必須の非鉄金属元素であるMn元素又はZn元素を有する金属化合物の粉末であればよく、特に限定されない。例えば、MnO粉末、ZnO粉末等を用いることができる。
【0033】
水溶液は、クエン酸粉末と、鉄源粉末と、非鉄金属化合物粉末と、水と、を混合したものであり、混合方法は特に限定されない。例えば、容器に水を投入し、その後、各々の粉末を一括して投入し、撹拌して混合してもよく、水を投入した容器に、クエン酸粉末と鉄源粉末とを投入し、攪拌して混合し、その後、非鉄金属化合物粉末を投入し、撹拌して混合してもよい。また、水を投入した容器に、クエン酸粉末を投入し、その後、鉄源粉末と非鉄金属化合物粉末とを一括して、又は順次、投入し、撹拌して混合してもよい。更に、容器にそれぞれの粉末を投入し、固体状態で混合し、その後、水を投入し、撹拌して混合してもよい。
尚、混合水溶液に用いる水としては、前記の各種の水を特に限定されることなく、用いることができる。
【0034】
水溶液は、クエン酸粉末と、鉄源粉末と、水と、を混合して第1溶液とし、クエン酸粉末と、非鉄金属化合物粉末と、水と、を混合して、第2溶液とし、その後、第1溶液と、第2溶液とを混合して調製することもできる。この場合、第1溶液と第2溶液との混合前に、各々の水溶液を濾過し、不純物としての固形物を除去しておくことが好ましい。不純物としての固形物としては、溶解しきらなかったクエン酸粉末及び鉄源粉末等が挙げられる。固形物の除去方法は特に限定されないが、通常、濾過により除去することができる。この濾過の条件は特に限定されないが、例えば、濾過フィルターとして孔径10μm以下、特に5μm以下、更に3μm以下のメンブランフィルターを用いる方法が好ましい。
【0035】
また、第1溶液の調製方法は特に限定されないが、この第1溶液は、クエン酸粉末と、鉄源粉末と、水と、を混合して得られ、混合割合は特に限定されないが、例えば、クエン酸粉末、鉄源粉末及び水を混合した水溶液において、水1リットル当たり、クエン酸粉末は100〜180g、特に120〜160gであることが好ましい。クエン酸粉末が100g未満であると、クエン酸鉄系化合物を効率よく製造することができないため好ましくない。一方、180gを越えると、第1溶液調製の段階でクエン酸が析出してしまうため好ましくない。更に、鉄源粉末は、この鉄源粉末に含有される鉄として、水1リットル当たり、5〜30g、特に10〜25g含有されていることが好ましい。鉄源粉末が鉄として5g未満であると、クエン酸鉄系化合物を効率よく製造することができないため好ましくなく、30gを越えると、第1溶液調製の段階で鉄又は鉄化合物が析出してしまうため好ましくない。
【0036】
第2溶液の調製方法も特に限定されないが、この第2溶液は、クエン酸粉末と、非鉄金属化合物粉末と、水と、を混合して得られ、混合割合は特に限定されないが、第2溶液調製の段階で析出物が生じない濃度であることが好ましい。この第2溶液におけるクエン酸粉末の混合割合は第1溶液の場合と同様である。また、非鉄金属化合物粉末の混合割合は、その種類によって相違するが、非鉄金属化合物が有する非鉄金属がMnの場合、このMnとして、水1リットル当たり、1〜20g、特に5〜15g含有されていることが好ましい。Mn化合物粉末がMnとして1g未満であると、クエン酸鉄系化合物を効率よく製造することができないため好ましくなく、20gを越えると、第2溶液調製の段階でMn化合物が析出してしまうため好ましくない。
【0037】
また、非鉄金属化合物が有する非鉄金属がZnの場合、このZnとして、水1リットル当たり、1〜40g、特に5〜25g含有されていることが好ましい。Zn化合物粉末がZnとして1g未満であると、クエン酸鉄系化合物を効率よく製造することができないため好ましくなく、40gを越えると、第2溶液調製の段階でZn化合物が析出してしまうため好ましくない。
尚、第1溶液と第2溶液とに分けて調製しないときも、水溶液に含有されるクエン酸粉末、鉄源粉末及び非鉄金属化合物粉末の各々の含有量は上記と同様とすることができる。
【0038】
水溶液には、例えば、メタノール及びエタノール等が含有されていてもよい。これらを含有させることで、減圧下に水をより効率よく除去することができる。これらは1種のみ用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0039】
水溶液から固形物を析出させるには、室温(20〜30℃)で攪拌する、又は加熱しながら撹拌することが好ましい。加熱条件は特に限定されないが、温度は100℃以下に保持することが好ましい。100℃を越えると、鉄が酸化される傾向があるため好ましくない。この加熱時の水溶液の温度は、80℃以下、特に60℃以下であることがより好ましい。一方、温度の下限も特に限定されず、例えば、20℃以上、特に40℃以上であることが好ましい。この加熱時の温度の上限及び下限は、それぞれ組み合せることができる。例えば、20〜100℃、特に40〜60℃であることが好ましい。尚、加熱時の圧力は特に限定されない。
【0040】
加熱した場合、より多くのクエン酸粉末が水に溶解し、これと同時に、鉄源粉末及び非鉄金属化合物粉末の溶解量も増加し、目的とする鉄イオン、Mnイオン、Znイオン及び錯体の濃度が高くなるものと考えられる。また、加熱時間も特に限定されないが、粉末をより十分に溶解させるためには、24〜48時間とすることが好ましい。
【0041】
固形物を析出させた後、この固形物は、濾過により水を除去し、その後、乾燥することにより、クエン酸鉄系化合物の粉末として回収することができる。この乾燥の条件も特に限定されず、自然乾燥でもよいが、減圧下に加熱して水を除去する方法が好ましい。減圧下に加熱して水を徐々に除去することにより、酸化され難い鉄イオン及び錯体等が濃縮され、多成分系クエン酸鉄(II)化合物が生成するものと考えられる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
(1)クエン酸鉄系化合物の製造
実験例1〜10
表1に記載のように、水1リットルに、クエン酸とFeとを表1に記載の溶解量となるように溶解させた水溶液(実験例1)、クエン酸、Fe及びMnを表1に記載の溶解量となるように溶解させた水溶液(実験例2〜5)、クエン酸とMnとを表1に記載の溶解量となるように溶解させた水溶液(実験例6)、クエン酸、Fe及びZnを表1に記載の溶解量となるように溶解させた水溶液(実験例7〜10)を調製した。
【0043】
その後、実験例1〜10の各々の水溶液の酸化還元電位が−300mV、温度が40〜60℃の条件下、24時間撹拌した。次いで、濾過して固形物を析出させ、回収し、乾燥して、実験例1ではクエン酸鉄、実験例2〜4及び実験例7〜9ではクエン酸鉄系化合物、実験例6ではクエン酸マンガンを得た。尚、Mn含有量の多い実験例5及びZn含有量の多い実験例10では、固形物が析出しなかった。
上記の実験例1〜4及び実験例6〜9の乾燥後の固形物に含有される金属元素をICP発光分析法により分析し、定量した。結果を表1に併記する[数値は析出した固形物を100質量%とした場合の、各々の金属元素の割合(単位は質量%)である。]。
【0044】
【表1】

【0045】
表1によれば、いずれの金属元素も、水溶液における含有量が増加するとともに、固形物における含有量も増加する傾向があり、必ずしも比例関係にはないが、水溶液における含有量の差が大きい場合は、固形物における含有量の差も大きくなることが分かる。
【0046】
[2]クエン酸鉄系化合物が生成していることの確認
(1)X線回折分析
Mnが含有されていない実験例1の固形物、Mnが0.7質量%含有されている実験例2の固形物、及びMnが4.4質量%含有されている実験例3の固形物をX線回折により分析したところ、図1のように、実験例1の固形物及び実験例2の固形物では、2θ=30.8°に顕著な回折ピークが認められた。一方、実験例3の固形物では、2θ=30.7°に顕著な回折ピークが認められた。このように、実験例3の固形物では、実験例1の固形物及び実験例2の固形物と比べて、回折ピ−クが2θ値で0.1°低い側にシフトしており、Feの一部がMnに置換されたクエン酸鉄マンガン化合物が生成していることが分かる。尚、実験例2の固形物では、Mnの含有量が少量であるため、回折ピ−クのシフトが明確には表れていないものと推察される。
【0047】
(2)固形物中の元素含有量
上記の実験例4及び実験例9の乾燥後の固形物に含有される元素を、C及びHは全自動元素分析装置、金属元素はICP発光分析法により分析し、定量した。結果を表2に記載する[数値は析出物を100質量%とした場合の、各々の元素の割合(単位は質量%)である。]。
【0048】
【表2】

【0049】
表2によれば、上記の分子式で表した場合に、実験例4の固形物では、Feが15.5質量%、Mnが5.8質量%含有されている(分析値、下段の計算値とよく一致している。)。また、実験例9の固形物では、Feが12.6質量%、Znが9.7質量%含有されている(分析値、下段の計算値とよく一致している。)。このように、実験例4、9の固形物には、Feとともに非鉄金属であるMn又はZnが含有されていることが確認された。この分析結果と、上記(1)のX線回折分析の結果は、クエン酸鉄非鉄金属化合物が生成していることを裏付けるものである。
尚、表2における「x」は、Mのモル数を、Feのモル数とMのモル数との合計モル数で除した数値であり、クエン酸鉄系化合物においてFeがMに置換された割合の指標となる数値である。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明のクエン酸鉄系化合物は、農林分野、水産分野等の広範な分野において利用することができる。例えば、農産物の生産、園芸植物の生産、公園及びゴルフ場の植栽の保持、森林の保持等において幅広く利用することができ、各種の農産物の生産分野において特に有用である。また、本発明のクエン酸鉄系化合物は、微生物の増殖の促進、及び細菌の光合成の促進等の技術分野においても有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クエン酸と、鉄源と、Mn及びZnのうちの少なくとも1種の非鉄金属元素を有する非鉄金属化合物と、が溶解された水溶液から水を除去してなることを特徴とするクエン酸鉄系化合物。
【請求項2】
上記水溶液から生成する多成分系クエン酸鉄(II)化合物を含有する請求項1に記載のクエン酸鉄系化合物。
【請求項3】
上記多成分系クエン酸鉄(II)化合物は、クエン酸鉄(II)化合物が有する鉄元素の一部が上記非鉄金属元素により置換されたものである請求項1又は2に記載のクエン酸鉄系化合物。
【請求項4】
クエン酸のモル数(M)と、鉄元素のモル数及び非鉄金属元素のモル数の合計モル数(M)との比(M/M)が0.9〜1.1となる請求項3に記載のクエン酸鉄系化合物。
【請求項5】
上記クエン酸鉄(II)化合物が有する鉄元素の1/2〜1/50が上記非鉄金属元素により置換されている請求項3又は4に記載のクエン酸鉄系化合物。

【図1】
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【公開番号】特開2010−241631(P2010−241631A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−91193(P2009−91193)
【出願日】平成21年4月3日(2009.4.3)
【出願人】(000116655)愛知製鋼株式会社 (141)
【Fターム(参考)】