説明

クロロシラン類の精製方法

【課題】硼素不純物や燐不純物を含有するクロロシラン類から高純度のクロロシラン類を得るための方法を提供すること。
【解決手段】芳香族アルデヒドを添加してクロロシラン類の精製を行う際の固形分の副生原因が鉄イオンあるいは錆び状の鉄による触媒反応であるとの知見に基づき、マスク効果のあるルイス塩基をクロロシラン類に加えることとした。ルイス塩基としては、2価のイオウ含有化合物やアルコキシシラン類が例示される。前者はR−S−R´(R:炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基、R´:炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基あるいは炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基が置換されたカルボニル基、R及びR´が有する炭素数の合計は7以上)が好ましく、後者はRSi(OR´)4−x(R及びR´は炭素数1〜20のアルキル基、x=0、1、2、又は3)が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロロシラン類の精製方法に関する。より詳細には、硼素不純物や燐不純物を含有するクロロシラン類からこれらの不純物を除去して高純度のクロロシラン類を得るための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、半導体などの製造原料となる多結晶シリコンには高い純度が求められる。そのため、多結晶シリコンを製造するための原料とされるクロロシラン類は、極めて高純度であることが要求される。例えば、クロロシラン類に硼素や燐が不純物として含有されている場合、その量がたとえ微量であっても、多結晶シリコンの電気的特性(抵抗率)に著しい影響を与える結果となる。このため、クロロシラン類に含有されている硼素不純物や燐不純物を効率的に除去する技術を提供することは、実用的に大きな意義をもつこととなる。
【0003】
一般に、クロロシラン類は、不純物を比較的多量に含む冶金級シリコン(いわゆる金属グレードシリコンであり、以下では、「金属シリコン」と呼ぶ)から、公知の方法によって得られた粗クロロシラン類を、さらに蒸留などにより高純度に精製することによって得られる。しかし、一般的に、金属シリコン中には元素換算で硼素及び燐が数百ppb〜数百ppmのオーダで含まれているため、粗クロロシラン類の精製過程でこれらの不純物が充分には除去されず、最終的に得られたクロロシラン類中に硼素及び燐が不純物として残留してしまい、この残留不純物が問題となる場合がある。
【0004】
粗クロロシラン類を得るためには、触媒の存在下で金属シリコンと塩化水素とを接触させて塩素化を行い、その生成物を蒸留する方法が良く知られている(例えば、特開2005−67979号公報(特許文献1)参照)。粗クロロシラン類とはこの蒸留における留分であり、一般的には、ジクロロシラン、トリクロロシラン、テトラクロロシランより選ばれる一種または二種以上のクロロシランの混合物である。
【0005】
金属シリコンに含まれている硼素不純物及び燐不純物は、粗クロロシラン類を製造する際に同時に塩素化され、粗クロロシラン類中に種々の構造の化合物となって混入する。このような粗クロロシラン類を精製してクロロシラン類とするのであるが、最終的に得られるべきクロロシラン類と沸点が近接している化合物は、蒸留工程で分離・除去することは困難である。このため、蒸留留分中には硼素化合物及び燐化合物が不純物として混入(残存)する場合があり、かかるクロロシラン類を用いて多結晶シリコンを製造すると、多結晶シリコン中に硼素および燐が取り込まれてしまい所望の特性のものを得ることができない結果となる。
【0006】
粗クロロシラン類に含有される不純物としての硼素及び燐を一般的な蒸留方法で除去することが困難な主な理由は、これらの不純物が低沸点の化合物の形態で存在していることにある。すなわち、粗クロロシラン類中の硼素及び燐は各種の水素化物や塩化物の形態を取り得るが、通常は低沸点の三塩化硼素(BCl)及び三塩化燐(PCl)の形態で存在している。しかし、このような揮発性化合物は、一般的な蒸留方法によっては、多結晶シリコンを所望の特性のものとするために必要とされる程度の極低濃度レベルまでは、クロロシラン類から容易には除去できないのである。
【0007】
このような事情から、粗クロロシラン類やクロロシラン類中の硼素不純物や燐不純物の含有量を低減させる方法(クロロシラン類の精製方法)として、種々の方法が提案されてきた。例えば、D.R.ディーらによる特表昭58−500895号公報(特許文献2)では、高温条件でクロロシラン類に少量の酸素を導入して反応させることによって錯体を形成させ、この錯体と硼素不純物及び燐不純物との反応により新たな錯体を生成させ、これをクロロシラン類の蒸留工程で分離することにより、不純物濃度の低いクロロシラン類を得る方法が提案されている。
【0008】
また、F.A.Pohlらの米国特許第3,126,248号明細書(特許文献3)では、ベンズアルデヒドやバレロラクトンなどの孤立電子対を保有する元素を含む有機物と硼素不純物との付加物を生成させ、ついで蒸留することで不純物除去する方法が提案されている。
【0009】
更に、同じ発明者らによる米国特許第3,252,752号明細書(特許文献4)では、活性炭やシリカゲル等の吸着剤に固定化したベンズアルデヒドやプロピオニトリルなどによって硼素不純物を捕捉して除去する方法が報告されている。
【0010】
一方、特開2009−62213号公報(特許文献5)には、硼素不純物及び燐不純物を含有するクロロシラン類を、芳香族アルデヒドの存在下で酸素を導入して処理すると、特許文献2に開示されている方法のような高い温度を用いることなく、硼素不純物と燐不純物を同時に高沸化することができ、クロロシラン類の蒸留時に容易に除去できることが報告されている。
【0011】
特許文献5に開示の芳香族アルデヒドを用いた不純物除去方法によれば、不純物の高沸点化、単蒸発器や蒸留塔の缶出からの留出の抑止、高濃度での濃縮除去が可能となり、廃棄に同伴されるトリクロロシラン類の量が削減できるためコスト的にも有利となる。
【0012】
しかし、本発明者らの検討の結果、多量のクロロシラン類を芳香族アルデヒドで処理すると、配管やストレーナにアルデヒド化合物由来の固形物が新たに生成して、精製用装置を含む精製系システムの管理に支障を来すことがあることが判明した。特に、蒸留缶から残渣を排出するための配管等のように芳香族アルデヒドが濃縮された液が滞留する箇所では固形分の発生が顕著になり、配管やストレーナを閉塞させ、場合によっては配管を分解して固形分除去作業を行うことが必要となる。
【0013】
また、多少なりとも、固形分による上述の弊害を緩和するために、濃縮率を下げて残渣中のアルデヒド化合物濃度を下げた場合には、精製目的の化合物であるクロロシランの廃棄量が増加してしまうため、実用的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2005−67979号公報
【特許文献2】特表昭58−500895号公報
【特許文献3】米国特許第3,126,248号明細書
【特許文献4】米国特許第3,252,752号明細書
【特許文献5】特開2009−62213号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、芳香族アルデヒドを添加して行うクロロシラン類の精製方法において、蒸留時の固形分の発生を抑制し、配管やストレーナの閉塞を防止して精製システムの運転管理を容易化する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
かかる課題を解決するために、本発明のクロロシラン類の精製方法は、不純物除去剤として芳香族アルデヒドを用い、固形分副生防止剤として非求核性ルイス塩基を添加することを特徴とする。
【0017】
前記固形分副生防止剤である非求核性ルイス塩基は良く知られているように、ルイス塩基性を示す非共有電子対を有する原子を分子中に含むものであると共に、クロロシラン類のケイ素原子に対して求核置換反応を起こさない分子である。好ましくは、前記固形分副生防止剤は、少なくとも1種以上の2価のイオウ含有化合物を含み、例えば、R−S−R´で表記される化合物である。但し、Rは炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基であり、R´は炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基あるいは炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基が置換されたカルボニル基であり、R及びR´が有する炭素数の合計は7以上である。
【0018】
前記固形分副生防止剤は、少なくとも1種以上のアルコキシシラン類を含むものであってもよい。
【0019】
前記アルコキシシラン類は、例えば、RSi(OR´)4−xで表記される化合物である。但し、R及びR´は炭素数1〜20のアルキル基であり、x=0、1、2、又は3である。
【0020】
また、前記クロロシラン類は、例えば、トリクロロシラン(HSiCl)である。
【発明の効果】
【0021】
本発明では、芳香族アルデヒドを添加してクロロシラン類の精製を行う際の固形分の発生(副生)原因が鉄イオンあるいは錆び状の鉄による触媒反応であるとの知見に基づき、マスク効果のあるルイス塩基をクロロシラン類に加えることとしたので、蒸留時の固形分の発生が抑制され、配管やストレーナの閉塞を防止して精製システムの運転管理を容易化する技術の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明のクロロシラン類の精製方法の第1の工程例を説明するための図である。
【図2】本発明のクロロシラン類の精製方法の第2の工程例を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照して、本発明のクロロシラン類の精製方法について説明する。
【0024】
本発明者らは、芳香族アルデヒドを添加してクロロシラン類の精製を行う際の蒸留時に発生する固形分の抑制について鋭意検討した結果、当該固形分の発生(副生)原因が、蒸留装置または配管等の材質に由来する鉄イオンあるいは錆び状の鉄による触媒反応であることを付きとめた。そして、この触媒作用を抑制することにより上述の固形分副生を抑制可能であることを見出し、本発明をなすに至った。
【0025】
本発明者らが検討したところによれば、精製クロロシラン製造装置内で、芳香族アルデヒドを微量不純物の除去剤として用いてクロロシラン類の精製を行なう際には、フラスコ実験等では発生しない固形分が副生するが、当該固形分は蒸留設備または配管等の材質に由来する鉄イオン或いは錆状の鉄が触媒として作用した結果発生する。
【0026】
すなわち、蒸留設備等の製造設備は一般に鉄製或いはステンレス製であるが、クロロシラン類のような化合物の精製に用いられる実用規模の設備では、極微量の鉄イオンや錆び状鉄分は不可避的に精製設備内に混入してしまう。そして、このような鉄イオンや錆び状鉄分は、固形分副生反応時における触媒として作用する。
【0027】
本発明者らによる副生物分析等の検討によれば、上述した固形分の副生経路は、主として、以下の2通りであると推定される。
【0028】
第1の副生経路は、下式に示すように、芳香族アルデヒド(PhCHO)がクロロシランと反応し、PhCHCl2とシロキサン結合を有する化合物、すなわちシリカ固形分を発生する経路である。
【0029】
先ず、Fen+或いは鉄錆が介在する下記の反応式1により、HCl2SiOSiHCl2が生成する。
PhCHO+2HSiCl3→PhCHCl2+HCl2SiOSiHCl2 (反応式1)
【0030】
上記反応式1で生成したHCl2SiOSiHCl2は、Fen+或いは鉄錆が介在する下記の反応式2に従い、PhCHOおよびHSiCl3と反応する。
PhCHO+HSiCl3+HCl2SiOSiHCl2→PhCHCl2+HCl2SiOSiHClOSiHCl2 (反応式2)
【0031】
従って、上述のFen+或いは鉄錆が介在する反応は、下記の反応式3で表記することができる。
nPhCHO+(n+1)HSiCl3→nPhCHCl2+HCl2Si(OSiHCl)n-1OSiHCl2 (反応式3)
【0032】
第2の副生経路は、下式に示すように、PhCHOとクロロシランより生成したPhCHCl2がヒドロクロロシランと反応しPhCH2Clを発生し、そのPhCH2Cl或いは残存PhCHCl2がフリーデルクラフツ反応しベンジリデンポリマ固形分を発生する経路である。
【0033】
先ず、Fen+或いは鉄錆が介在する下記の反応式4により、PhCHCl2が生成する。
PhCHCl2+HSiCl3→PhCH2Cl+SiCl4 (反応式4)
【0034】
上記反応式4で生成したPhCHCl2は、Fen+或いは鉄錆が介在する下記の反応式5に従い、PhCHRClと反応する。
PhCH2Cl+PhCHRCl→PhCH2-PhCHR+HCl (R:H又はCl) (反応式5)
【0035】
従って、上述のFen+或いは鉄錆が介在する反応は、下記の反応式6で表記することができる。
nPhCHRCl→PhCHR-(PhCHR)n-2-PhCHRCl+(n-1)HCl(R:H又はCl) (反応式6)
【0036】
上述の第1及び第2の副生経路において、鉄分がルイス酸触媒として関与している。従って、副生防止のためには、マスク効果のあるルイス塩基をクロロシラン類に加えることが有効である。ルイス塩基をクロロシラン類に加えると、鉄イオンあるいは錆び状の鉄による触媒反応を抑制することができ、固形分副生を抑制することができる。
【0037】
このような固形分副生防止剤としての非求核性ルイス塩基としては、少なくとも1種以上の2価のイオウ含有化合物を挙げることができる。2価のイオウ含有化合物は、固形分の副生を有効に抑制し、かつクロロシラン類の品質を劣化させる危険が低い。
【0038】
具体例としては、R−S−R´で表記される2価イオウ含有化合物を例示することができる。ここで、Rは炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基であり、R´は炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基あるいは炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基が置換されたカルボニル基であり、R及びR´が有する炭素数の合計は7以上である。
【0039】
Rで表わされる炭化水素基は、脂肪族基でも芳香族基でも良く、また芳香環を置換基として有するアルキル基やアルキル置換基を有する芳香環でも良い。炭化水素基としては、炭素数1〜20の直鎖、分岐、又は環状のアルキル基を挙げることができ、途中不飽和結合を含んでいても良い。また、芳香族基としてはフェニル基、ナフチル基、アントラセニル基等を挙げることができる。また、芳香環を置換基として有するアルキル基としては、ベンジル基、2フェニルエチル基等を挙げることができる。
【0040】
上記式中のR´は、Rで表記されるものと同一範囲内から選択することとしてもよく、上述したRが置換されたカルボニル基(−(C=O)−R)でもよい。この場合には、一般式R−S−R´で表記される化合物は、いわゆるチオエステル化合物となる。
【0041】
上記一般式R−S−R´で表記される化合物のうち、安価に大量に入手可能で実用的な化合物としては、メチルフェニルチオエーテル、ジフェニルチオエーテル、酢酸フェニルチオエステル等を挙げることができる。
【0042】
一般式R−S−R´で表記される化合物による固形分副生防止機能は、RおよびR´の大きさ自体には余り大きな影響を受けず、広い範囲から選択可能である。しかし、ルイス塩基として機能するためにはイオウ原子(S)の置換基があまり嵩高くないことが好ましい。このため、RおよびR´が共に炭化水素基である場合、少なくとも一方は、イオウ原子と結合する炭素がメチル基あるいはメチレン基であることが好ましい。
【0043】
本発明者らの行なったモデル実験によれば、上述した第1の副生経路による固形分副生を抑制するためには、少なくとも1種以上のアルコキシシラン類を添加することも有効である。
【0044】
具体的には、RSi(OR´)4−xで表記されるアルコキシシラン類を例示することができる。ここで、R及びR´は炭素数1〜20のアルキル基であり、xは0、1、2、又は3である。
【0045】
このようなアルコキシシラン類のうち、入手し易く実用的なものとして、Si(OCH、CHSi(OCH、CHSi(OC、CSi(OCH、CSi(OC、(CHSi(OCH、(CHSi(OC、Si(OCを例示することができる。
【0046】
本発明者らの行なったモデル実験によれば、アルコキシシラン類は、上述した第1の副生経路による固形分副生の抑制に有効である一方、第2の副生経路による固形分副生に対する抑制効果は然程高くないという結果が得られている。しか下記のような好ましい特性を有している。
【0047】
すなわち、上述したように、ルイス塩基として機能するためにはイオウ原子(S)の置換基があまり嵩高くないことが好ましい。従って、当該置換基がやや嵩高くなった場合には、固形分副生防止効果が不十分となる場合があり得る。例えば、本発明者らが行なったモデル実験によれば、ジフェニルチオエーテルを固形分副生防止剤として用いてベンズアルデヒドとトリクロロシランを長時間処理すると、少量の固形分が形成されてくる。モデル反応によれば、ジフェニルチオエーテルのような両側に比較的嵩高い置換基を有するチオエーテル類を固形分副生防止剤として用いると、上述した第1の副生経路による固形分副生に対する抑制能が下がってくるが、当該第1の副生経路による固形分副生に対して強い抑制効果を示すアルコキシシラン類と2価イオウ化合物とを併用することにより、固形分副生を効果的に抑制できることが見出された。
【0048】
不純物除去剤として芳香族アルデヒドを用い、固形分副生防止剤としてルイス塩基を添加する本発明のクロロシラン類の精製方法は、特にクロロシラン(HSiCl)の精製において有用であり、高効率な高純度ポリシリコンの製造を可能とする。
【0049】
図1は、本発明のクロロシラン類の精製方法の第1の工程例を説明するための図で、反応器101には、硼素不純物と燐不純物を含有するクロロシラン類と酸素が供給され、不純物除去剤としての芳香族アルデヒド及び固形分副生防止剤としてのルイス塩基が添加された環境下で酸素と反応させて硼素不純物及び燐不純物を高沸点化合物に転化させる。当該反応器101で処理された後のクロロシラン類(および硼素および燐の高沸点化物)は蒸留器102へと排出され、クロロシラン類と硼素及び燐の高沸点化合物が分離されて、クロロシラン類の精製が行なわれる。
【0050】
本発明では、トリクロロシランはもちろん、ジクロロシランやテトラクロロシラン等の他のクロロシラン類も精製の対象足り得る。
【0051】
また、本発明で精製対象とされるクロロシラン類は、例えば、金属シリコンとHClとの反応により副生された粗クロロシラン類(このようなクロロシラン類は、一般に、トリクロロシランの他にジクロロシランもしくはテトラクロロシランを含んでいる)、当該粗クロロシラン類を蒸留して高沸成分が除去されたクロロシラン類、あるいは低沸成分が除去されたクロロシラン類、更にはかなり高純度化されたトリクロロシラン分画など広範なものであり、これら何れのクロロシラン類も本発明の対象となる。
【0052】
なお、反応器101内での処理温度等の諸条件は、特許文献5(特開2009−62213号公報)に記載のものと同様のものでよい。
【0053】
反応器101内での反応は芳香族アルデヒドの存在下で行なわれるが、当該芳香族アルデヒドとして、ベンズアルデヒドなどのベンズアルデヒド誘導体を用いることができる。
【0054】
本発明で使用される芳香族アルデヒドの好適な例として、下記の化学式で表記されるベンズアルデヒド誘導体を挙げることができる。
【0055】
【化1】

【0056】
なお、上記化学式において、Rは炭素数1〜30の直鎖状もしくは分枝鎖状もしくは環状のアルキル基であるか、または炭素数1〜30の直鎖状もしくは分枝鎖状もしくは環状のアルキル基で置換されていても良いフェニル基であり、nは0、1、2もしくは3である。好ましくは、Rはメチル基あるいはエチル基であり、nは0、1もしくは2である。
【0057】
これらの中でも、特に好ましくは、nが0のベンズアルデヒドである。nが0のベンズアルデヒドの利点は幾つかあるが、安価であり、比較的低分子量のためにモル当たりの使用量が少なくて済むため、経済性に優れている。また、常温で液体であり、沸点も比較的高く(178℃)、しかも安全性にも優れているため、取り扱い易いという利点もある。さらに、硼素不純物との高い反応性および燐不純物と酸素分子との反応に対する触媒効果の高さといった利点等もある。
【0058】
芳香族アルデヒドの添加量には特に制限はないが、硼素や燐不純物のモル数の総和に対して、1倍モル〜1000倍モルであることが好ましく、1倍モル〜100倍モルであることが特に好ましい。1倍モル以下では不純物が残留する場合があり、1000倍モル以上では経済的に不利な場合がある。
【0059】
上記固形分副生防止剤は、蒸留時の固形分副生防止方法としても、蒸留残液の移送時における固形分副生防止方法としても使用される。蒸留時は副生反応も促進されるが、回分蒸留とした場合には、比較的短時間で行えば固形分の形成をある程度は避けることはできる。しかし、蒸留残液の処理配管等では、高濃度の芳香族アルデヒド化合物関連誘導体の滞留を避けることができない。そこで、上記固形分副生防止剤は、蒸留時の固形分副生防止のために用いる場合には、芳香族アルデヒドと予め混合した後、後述の不純物除去反応に用いることが好ましいが、配管や廃液タンク等の蒸留残液が滞留する箇所に特化して添加して固形分副生を防止する場合には、別途、反応後の反応装置や、移送のための配管、タンクに添加しても良い。
【0060】
芳香族アルデヒドを用いるクロロシランの精製方法は、酸素を含有させることなく硼素不純物の除去方法として用いることができるが、芳香族アルデヒドに酸素を含有する気体の両方をクロロシラン類に導入して、処理することにより、低温で燐不純物の高沸点化を行うことができる。この燐化合物の高沸点化反応の温度には特に制限はないが、0〜150℃が好ましい。0℃以下である場合、燐不純物が高沸点化合物となる反応効率が落ちる可能性がある。また、150℃以上である場合には、芳香族アルデヒドが副反応を起こす可能性や安全上の問題があり好ましくない。
【0061】
クロロシラン類を芳香族アルデヒドと処理する混合時間には特に制限はないが、回分方式の場合は、好ましくは数分〜24時間が良い。なお、半連続方式もしくは連続方式で反応させる場合には、処理した混合物の反応器における滞留時間を任意に選択することができる。
【0062】
また、クロロシラン類と酸素の混合は液状でもガス状でも良いが、芳香族アルデヒドと混合する際は、液状であることが好ましい。なお、液状のクロロシラン類に、酸素を含有する気体もしくは芳香族アルデヒドの混合物を導入する際には、液中に供給しても良いし、液面に供給しても良く、特に制限はない。
【0063】
酸素を含有する気体及び芳香族アルデヒドとクロロシラン類に含有される硼素及び燐不純物との反応効率を向上させるためには、反応器101内での混合時もしくは滞留時に、混合物全体を撹拌もしくは振とうした状態にしておくことが好ましい。なお、上記操作においては、回分方式、半連続方式、連続方式のいずれも選択することができ、操作方式には特に制限はない。
【0064】
蒸留器102は、公知の蒸留装置であってよい。なお、必要に応じて、蒸留で得られたクロロシラン類を反応器101に循環させて、再度の不純物除去および蒸留を繰り返すようにしてもよい。ここで、図1には、単一の反応器101に循環させる工程例が図示されているが、別途の反応器および蒸留器を設けて精製を繰り返すようにしてもよいことは言うまでもない。
【0065】
また、図2に例示したように、蒸留器を複数設けることとして、精製後のクロロシラン類から特定のクロロシラン類(トリクロロシラン)を分離する工程を設けるようにしてもよく、さらには、当該分離により得られたトリクロロシランを反応器101に循環させるようにするなどしてもよい。
【0066】
何れにせよ、蒸留工程は、硼素及び燐不純物の除去を主たる目的とするものでも良く、クロロシラン類の中から特定のクロロシラン類(例えば、トリクロロシラン)を分離する目的を兼ね備えるものであってもよい。
【0067】
上記の蒸留方法については、公知の装置及び方法を特に制限なく選択することができる。例えば、蒸留塔の種類、蒸留段数、本数などを任意に選ぶことができる。また、蒸留塔としては、充填塔や棚段塔のいずれも選択することができる。さらに、蒸留方式としては、回分方式、半連続方式、連続方式のいずれも選択することができる。
【0068】
回分方式の場合には、蒸留釜で酸素を含有する気体及び芳香族アルデヒドの両方を、硼素及び燐不純物を含有するクロロシラン類に導入して、同時に両不純物を処理した後、そのまま蒸留操作に移行することもできる。また、連続方式の場合には、あらかじめ別の反応器で、酸素を含有する気体及び芳香族アルデヒドの両方を当該クロロシラン類に導入して、同時に両不純物を処理した後に、その混合物を連続的に蒸留釜もしくは蒸留塔へ移送して、蒸留することもできる。
【0069】
ただし、クロロシラン類の回収利用率を上げることを目的とする場合には、全工程中の何れかにクロロシラン類から高沸点化された硼素及び燐不純物を分離除去する蒸留工程が入ることになる。この蒸留工程により、クロロシラン類中の硼素及び燐不純物が転化した高沸点化合物は、クロロシラン類と分離して蒸留残渣となって蒸留釜に残留するので、選択した蒸留方式に準じて系外へ排出される。また、芳香族アルデヒドの未反応分も該蒸留残渣に含まれるため、同様に処分される。この際、本発明の上記固形分副生防止剤が蒸留時に使用された場合には、その効果により上記反応‐精製工程において固形分の副生が抑制されていることから、従来の方法に対して大きく濃縮率を上げても、残渣分が少なく、残渣を排出するために同伴されるクロロシラン類の量を大きく減少させることができる。
【0070】
蒸留後、蒸留残液は、蒸留缶より廃液用配管を通り、一旦廃液タンクに貯留され、更に無害化反応の後に廃棄される。この段階で本発明の固形分副生防止剤を用いる場合には、蒸留後に蒸留残液に上記固形分副生防止剤を加えてから廃液タンクに送液することが好ましく、また、特に固形分の付着が問題になる部位、例えばストレーナやタンク付近で別途添加する方法を用いても良い。
【実施例】
【0071】
[実施例1]固形分副生反応に関与する鉄分をマスクすることを目的に、イオウ含有化合物を添加して固形分副生防止剤としての効果を確認した。
【0072】
具体的には、HSiCl3(20g)に対し、PhCHO、PhCH2Cl、PhCHCl2のうちの何れかを1gとSPh2、CH3SPh、CH3COSPhのうちの何れかを2g加え、さらに触媒物質としてのFeCl3を0.01g添加した。これらの試料を密閉容器に入れ、常温にて1週間放置して固形分の副生状態を調べた。その結果を表1に示す。
【0073】
【表1】

【0074】
表1に示した結果から、上記9試料のうち、PhCHOとSPh2を加えた試料以外では、固形分副生は認められなかった。この結果は、PhCH2Cl、PhCHCl2がFe分の存在によって重合するフリーデルクラフツ重合はCH3SPhやSPh2などのイオウ含有化合物にて効果的に抑制されること、及び、シロキサン重合に対しては抑制効果が十分ではない場合があることを示している。
【0075】
[比較例1]HSiCl3(20g)に対し、PhCH2Cl、PhCHCl2のうちの何れかを1g加え、触媒物質としてのFeCl3を0.01g添加した。つまり、イオウ含有化合物は添加していない。これらの試料を密閉容器に入れ、常温にて1週間放置して固形分の副生状態を調べた。その結果を表2に示す。
【0076】
【表2】

【0077】
これらの試料の何れにおいても副生固形分が発生し、赤外吸収スペクトル分析の結果、フェニル基とメチレン基に起因する強い吸収が観察され、副生固形分はベンジリデンポリマであることが判明した。
【0078】
[実施例2]シロキサン重合による固形分副生反応の抑制を目的に、アルコキシランを添加して固形分副生防止剤としての効果を確認した。
【0079】
具体的には、HSiCl3(20g)に対し、PhCHO、PhCH2Cl、PhCHCl2のうちの何れかを1gとCH3Si(OCH3)3または(CH3)2Si(OCH3)2の何れかを2g加え、さらに触媒物質としてのFeCl3を0.01g添加した。これらの試料を密閉容器に入れ、常温にて1週間放置して固形分の副生状態を調べた。その結果を表3に示す。
【0080】
【表3】

【0081】
この実験から、アルコキシシランには、シロキサン重合を抑制する効果が認められること、および、イオウ含有化合物が有するベンジリデンポリマの副生防止効果は認められないことが明らかとなった。
【0082】
[比較例2]
HSiCl3(20g)に対し、PhCHOを1g加え、さらに触媒物質としてのFeCl3を0.01g添加した。この試料を密閉容器に入れ、常温にて1週間放置して固形分の副生状態を調べた。その結果を表4に示す。
【0083】
【表4】

【0084】
この試料では副生固形分が発生し、赤外吸収スペクトル分析の結果、フェニル基とメチレン基に起因する吸収は観察されず、副生固形分はポリシロキサンであることが判明した。
【0085】
[実施例3]イオウ含有化合物とアルコキシシランを併用した場合の効果確認実験を実施した。
【0086】
具体的には、HSiCl3(20g)に対し、PhCHO、PhCH2Cl、PhCHCl2のうちの何れかを1gと、イオウ含有化合物としてCH3SPhを2gと、アルコキシシランとしてCH3Si(OCH3)3を2g加え、さらに触媒物質としてのFeCl3を0.01g添加した。これらの試料を密閉容器に入れ、常温にて1週間放置して固形分の副生状態を調べた。その結果を表5に示す。
【0087】
【表5】

【0088】
何れの試料からも固形分副生は認められず、それぞれの抑制効果の相乗によって固形分副生反応を抑制することが可能であることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、硼素不純物や燐不純物を含有するクロロシラン類からこれらの不純物を除去して高純度のクロロシラン類を得るための方法を提供する。
【符号の説明】
【0090】
101 反応器
102、102A、102B 蒸留器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロロシラン類の精製方法であって、不純物除去剤として芳香族アルデヒドを用い、固形分副生防止剤として非求核性ルイス塩基を添加することを特徴とするクロロシラン類の精製方法。
【請求項2】
前記固形分副生防止剤は、少なくとも1種以上の2価のイオウ含有化合物を含む請求項1に記載のクロロシラン類の精製方法。
【請求項3】
前記2価のイオウ含有化合物は下式(1)で表記される化合物である請求項2に記載のクロロシラン類の精製方法。
R−S−R´ (1)
(但し、Rは炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基であり、R´は炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基あるいは炭素数1〜20の脂肪族又は芳香族骨格を含む炭化水素基が置換されたカルボニル基であり、R及びR´が有する炭素数の合計は7以上である)
【請求項4】
前記固形分副生防止剤は、少なくとも1種以上のアルコキシシラン類を含む、請求項1乃至3の何れか1項に記載のクロロシラン類の精製方法。
【請求項5】
前記アルコキシシラン類は下式(2)で表記される化合物である請求項4に記載のクロロシラン類の精製方法。
Si(OR´)4−x (2)
(但し、R及びR´は炭素数1〜20のアルキル基であり、x=0、1、2、又は3である)
【請求項6】
前記クロロシラン類は、トリクロロシラン(HSiCl)である請求項1乃至5の何れか1項に記載のクロロシラン類の精製方法。

【図1】
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【図2】
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