説明

ゴム複合体及びゴム組成物

【課題】加硫遅延剤を使用することなく加硫反応の速度を適切に調整する。
【解決手段】スルフェンアミド化合物を加硫促進剤とするゴム複合体において、半経験的分子軌道計算法を用いて計算したスルフェンアミド化合物から生成するアミンと、金属材料の表面との結合次数が0であり、非経験的分子軌道計算法を用いて計算したスルフェンアミド化合物のS−N(アミン部位)の結合距離が1.67Å未満であり、かつS−N結合が解離した結果生成されるアミンラジカルのN電荷が−0.295以下であるスルフェンアミド系加硫促進剤を用いて、直接加硫接着法によりゴム複合体を作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スルフェンアミド系加硫促進剤を使用して加硫されたゴム組成物と金属材料との複合体、及びスルフェンアミド系加硫促進剤を使用して加硫されたゴム組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車用タイヤ、コンベアベルト、ホース等のように高い強度及び耐久性が要求されるゴム製品では、ゴムはスチールコード等の金属材料によって補強される。これらのようなゴムと金属材料との複合体を製造する方法として、ゴムの加硫並びに金属材料とゴムとの接着を同時に行う方法、すなわち、直接加硫接着法が知られている。
【0003】
例えば、自動車用タイヤを製造する際には、素練りゴムにカーボンブラック、加硫剤等を混入して混練りゴムを形成する。その後、混練りゴムに加硫処理が行われる。加硫処理では、加硫反応の速度を促進するために加硫促進剤が用いられる。
【0004】
しかし、加硫反応を促進する効果が高過ぎる場合には、加硫処理前の貯蔵中或いは加硫処理前の作業中に初期段階の加硫反応が進行すること(スコーチという)が懸念される。このため、スコーチを防止する効果(遅効性という)を有する加硫遅延剤を加硫促進剤と併用することにより、加硫反応の速度を調整している。
【0005】
直接加硫接着法の場合、例えば、下記式(1)で表されるN,N−ジシクロヘキシル−2−ベンゾチアゾリルスルフェンアミド(以下、DCBSと記す)等のスルフェンアミド系加硫促進剤が用いられる。
【化1】

【0006】
DCBS以外のスルフェンアミド系加硫促進剤としては、例えば、ビススルフェンアミド(例えば、特許文献1参照)や、天然油脂由来のアミンを原料としたベンゾチアゾルリルスルフェンアミド系加硫促進剤(例えば、特許文献2参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−139082号公報
【特許文献2】特開2005−139239号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、加硫促進剤と加硫遅延剤とを用いた直接加硫接着法では、次のような問題点があった。すなわち、ゴムに添加された加硫遅延剤が加硫後のゴムの物性及び金属材料とゴムとの接着性を低下させることがあった。また、ゴムに添加された加硫遅延剤が経時変化によって、自動車用タイヤなどのゴム製品の表面に析出する、いわゆるブリードアウト現象が起こり、製品美観を損ねることがあった。また、加硫遅延剤を使用することにより、ゴム製品の製造工程及び製造コストが嵩むという問題があった。
【0009】
そこで、本発明は、加硫遅延剤を使用することなく適切な加硫反応の速度によって製造されるゴム組成物の提供を目的とする。また、直接加硫接着法において、金属材料とゴム組成物との接着性に優れ、製造工数及び製造コストを削減できるゴム複合体の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した課題を解決するため、本発明は、次のような特徴を有している。ゴム(ゴム層152)と、前記ゴムに接着された接着界面(接触界面151a)を有し前記ゴムを補強する金属材料(スチールコード151)とを備え、前記接着界面は、逆ホタル石型構造の結晶構造を有し、スルフェンアミド化合物を加硫促進剤として用いて前記ゴムが加硫されており、半経験的分子軌道計算法(MOPAC2006)を用いて計算した前記スルフェンアミド化合物のアミンと、前記接着界面との結合次数が0であるゴム複合体(第1ベルト層15A、自動車用タイヤ1)であって、非経験的分子軌道計算法(Gaussian03)を用いて計算した前記スルフェンアミドにおけるアミン部位の窒素原子と硫黄原子との結合距離が1.67Å未満、かつ前記アミンの硫黄原子と窒素原子とが解離して生じるアミンラジカルの窒素の電荷が−0.295以下であるゴム複合体であることを要旨とする。
【0011】
本発明の第1の特徴に係るゴム複合体は、スルフェンアミド化合物の硫黄原子と窒素原子との結合距離が1.67Å未満であり、アミンラジカルの電荷が−0.295以下であることにより、スルフェンアミド化合物におけるアミンの硫黄原子と窒素原子とが解離しやすく再結合しにくい。
【0012】
スコーチは、スルフェンアミド化合物のS−N結合距離及びそれから遊離するアミン分子の電荷に影響を受けることが判った。本発明の第1の特徴に係るゴム複合体は、スルフェンアミド化合物の硫黄原子と窒素原子との結合距離が1.67Å未満であり、結合距離が短い。そのため、アミンの硫黄原子と窒素原子との結合が容易に切断されることがなく、下流工程の前に加硫反応が進行することを防止できる。すなわち、スコーチを防止する効果が高い。そのため、本発明の第1の特徴に係るゴム複合体は、加硫遅延剤を添加しなくてもスコーチを防止することができる。
【0013】
また、第1の特徴に係るゴム複合体は、スルフェンアミド化合物のアミンラジカルの電荷が−0.295以下である。このように、解離したアミンラジカルの安定性が高い。これにより、一旦切断されたS−N結合が再度結合されにくい。したがって、第1の特徴に係るゴム複合体は、S−N再結合によって反応部位が減少することがないため、加硫反応を順調に進行させることができる。
【0014】
また、本発明に係るゴム複合体は、加硫遅延剤を添加しないため、製造工数及び製造コストを削減することができる。また、本発明に係るゴム複合体は、加硫遅延剤を添加しないため、加硫後のゴムの物性低下を防止できる。更に、本発明に係るゴム複合体は、加硫遅延剤を添加しないため、ブリードアウトが起こらない。従って、ゴム複合体の美観低下を防止することができる。
【0015】
本発明の第2の特徴は、本発明の第1の特徴に係り、前記接着界面には、二硫化銅を含む接着層が形成されることを要旨とする。
【0016】
本発明の第3の特徴は、本発明の第2の特徴に係り、前記金属材料は、少なくとも銅と亜鉛とを含み、前記金属材料における亜鉛原子の比率が37.5%以下であることを要旨とする。
【0017】
本発明の第4の特徴は、スルフェンアミド化合物を加硫促進剤として含むゴム組成物であって、前記スルフェンアミド化合物のアミンの硫黄原子と窒素原子との結合距離が1.67Å未満、かつ前記アミンの硫黄原子と窒素原子とが解離して生じるアミンラジカルの窒素の電荷が−0.295以下であり、逆ホタル石型構造の結晶構造を有する金属材料の接着界面との結合次数が0であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の特徴によれば、加硫遅延剤を使用することなく加硫反応の速度を適切に調整できるゴム組成物を提供できる。また、直接加硫接着法において、金属材料とゴム組成物との接着性に優れ、製造工数及び製造コストを削減できるゴム複合体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本発明の実施形態に係る自動車用タイヤ1の一部斜視図である。
【図2】図2は、図1の領域Sを拡大した拡大断面図である。
【図3】図3は、加硫促進剤から遊離するアミンの最安定化構造を算出する処理を説明するフローチャートである。
【図4】図4は、スチールコード/ゴム接着界面の構造モデルを説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
発明者らは、上述した加硫遅延剤の欠点を鑑みて、直接加硫接着法において、加硫遅延剤を使用しないでゴム複合体を形成することを試みた。新規の直接加硫接着法によって形成されるゴム複合体に求められる条件は、従来の加硫促進剤を使用する場合と比べて、(I)金属材料との接着性を損なわないこと、また(II)加硫遅延剤を添加しなくても従来の加硫促進剤よりもスコーチを防止する効果(遅効性、或いは耐スコーチ性という)が良好であることである。
【0021】
本発明に係るゴム複合体及びゴム組成物の実施形態について説明する。具体的には、(1)ゴム複合体の構成、(2)スチールコード/ゴム接着界面における熱劣化挙動、(3)スチールコード/ゴム接着界面の熱劣化挙動の予測方法、(4)実施例、(5)作用・効果、及び(6)その他の実施形態について説明する。
【0022】
(1)ゴム複合体の構成
本実施形態では、ゴム複合体は、自動車用タイヤである。自動車用タイヤでは、ゴムがスチールコード等の金属材料によって補強されている。自動車用タイヤを製造する工程では、直接加硫接着法によって、ゴムの加硫並びにスチールコードとゴムとの接着が同時に行われる。
【0023】
本発明に係る自動車用タイヤについて、図面を参照しながら説明する。図1は、本実施形態に係る自動車用タイヤ1の一部を分解して示す斜視図である。図1に示すように、自動車用タイヤ1は、当該自動車用タイヤ1の骨格となるカーカス層12を有する。
【0024】
カーカス層12は、カーカスコード11を含む。カーカス層12のタイヤ径方向内側には、チューブに相当する気密性の高いゴム層であるインナーライナー13が設けられている。カーカス層12の両端は、一対のビード部14に係止される。カーカスコード11は、スチールコードで形成される。
【0025】
カーカス層12のタイヤ径方向外側には、ベルト層15が配置されている。ベルト層15は、スチールコード(後述する)をゴム引きした第1ベルト層15Aと第2ベルト層15Bとを有する。第1ベルト層15Aと第2ベルト層15Bとを構成するスチールコードは、タイヤ赤道面CLに対して所定の角度(例えば、±25度)で配置されている。
【0026】
ベルト層15(第1ベルト層15A及び第2ベルト層15B)のタイヤ径方向外側には、路面に接地するトレッド部16が設けられている。トレッド部16は、トレッドゴム層16Aを有する。
【0027】
カーカスコード11又はベルト層15は、スチールコードがゴムで被覆されたゴム複合体である。図2は、ゴム複合体の一例である第1ベルト層15Aのタイヤ幅方向及びタイヤ径方向の断面における領域Sの拡大図である。第1ベルト層15Aは、スチールコード151と、ゴム層152とを有する。スチールコード151は、ゴム層152に接着されるスチールコード/ゴム接着界面151aを有する。スチールコード/ゴム接着界面151aには、接着層153が形成される。スチールコード151は、ゴム層152を補強している。更に、スチールコード151は、自動車用タイヤ1の骨格を形成している。ここで、スチールコード151は金属材料を構成する。ゴム層152は、ゴム組成物を構成する。
【0028】
(2)スチールコード/ゴム接着界面における熱劣化挙動
本発明者らは、直接加硫接着法における加硫促進剤の種類と、ゴム層とスチールコードとの接着界面の熱による劣化との関係性を見出そうと鋭意努力した。その結果、スルフェンアミド系加硫促進剤が加硫処理時に分解されることによって生成するアミンの種類によって、スチールコード/ゴム接着界面の耐熱性が異なることを見出した。
【0029】
スチールコード/ゴム接着界面の劣化は、ゴム中に溶解したCu量をICP(誘導結合プラズマ)質量分析装置を用いて分析し、その検出量から接着層を構成する硫化銅層の溶出を求めた。
【0030】
例えば、N,N−ジシクロヘキシル−2−ベンゾチアゾールスルフェンアミド(DCBS)から生成されるジシクロヘキシルアミンは、スチールコード/ゴム接着界面の耐熱性に影響を与えないが、N−シクロヘキシル−2−ベンゾチアゾールスルフェンアミドから生成するシクロヘキシルアミンは、スチールコード/ゴム接着界面の耐熱性を低下させていることが判った。
【0031】
また、N−tert−ブチル−2−ベンゾチアゾールスルフェンアミドから生成するtert-ブチルアミン、及びN−オキシジエチレン−2−ベンゾチアゾールスルフェンアミドから生成するオキシジエチレンアミンは、スチールコード/ゴム接着界面の耐熱性を低下させていることが判った。
【0032】
(3)スチールコード/ゴム接着界面の熱劣化挙動の予測方法
本発明者らは、スチールコード/ゴム接着界面の耐熱性は、スルフェンアミド系加硫促進剤から遊離するアミンの種類に関連することを見出した。そこで、発明者らは、スチールコード/ゴム接着界面の耐熱性を低下させない加硫促進剤を導くことに取り組んだ。
【0033】
まず、本発明者らは、ある加硫促進剤を用いて加硫及び接着処理されたゴム複合体におけるスチールコード/ゴム接着界面の耐熱性を予測する手法として、加硫促進剤から遊離するアミンがスチールコードを構成する硫化銅に及ぼす影響を計算すれば、相関が理解できると予測した。
【0034】
すなわち、以下の計算を行った。
3−1.アミンの最安定化構造の計算
3−2.スチールコード/ゴム接着界面の構造モデル構築
3−3.スチールコードの表面とアミンとの相互作用計算
3−4.データ解析
以下、各計算について詳細に説明する。
【0035】
3−1.アミンの最安定化構造の計算
図3は、加硫促進剤から遊離するアミンの最安定化構造を算出する処理を説明するフローチャートである。ステップS1として、半経験的分子軌道計算ソフト:Scigress Explorer MOPAC2006(富士通社製)を用いて、実在し得るアミン分子の分子構造を作成した。
【0036】
ステップS2において、ステップS1で作図したアミン分子の分子力学計算を行い、分子力学的な安定化構造を探索した。本実施形態では、Allingerが開発した分子力場演算プログラム(MM2)を用いた。次に、ステップS3において、アミンの分子構造において、回転し得る二面角を10°ずつ回転させることにより、アミン分子が取り得る配座を探索した。
【0037】
続いて、ステップS4において、ステップS3で求められた全ての配座について、半経験的分子軌道計算を行った。本実施形態では、演算子として、AM1法を用いた。ステップS5において、生成熱が最も小さくなる立体構造をアミン分子の最安定化構造と決定した。
【0038】
3−2.スチールコード/ゴム接着界面の構造モデル構築
次に、スチールコード/ゴム接着界面の構造モデルをシミュレーションにより構築した。具体的には、透過型電子顕微鏡(TEM)により実際に確認された二硫化銅(Cu2S)構造、すなわち、逆ホタル石型構造の結晶とした。結晶モデルの生成は、Materials Explorer ver5.0(富士通社製)を使用した。
【0039】
図4は、スチールコード/ゴム接着界面の構造モデルを説明する模式図である。スチールコードを被吸着体としアミン分子を吸着体とすると、被吸着体は、アミン分子の大きさに対して十分広い面積を有する必要がある。
【0040】
そこで、図4(a)に示すように、硫化銅の単位格子を27格子(縦3個×横3個×高さ3個)積み重ねた、いわゆる逆ホタル石型の結晶構造とした。選択した結晶は、透過型電子顕微鏡によるナノビーム回折によって検出し、JCPDSカードに記載されている回折パターンが一致したCu2Sである。計算においては、この結晶構造のなかで、CuとSとが共に表面に現れる(110)面を接着表層モデルとした。図4(b)に示すように、この接着界面に先に求めた最安定化構造を有するアミンを接触させて相互作用を求めた。
【0041】
3−3.スチールコードの表面とアミンとの相互作用計算
Scigress Explorer MOPAC2006(富士通社製)において、ハミルトニアン演算子PM5を設定し、最安定化構造を有するアミン分子を二硫化銅の立方晶の(110)面に対して近接させたときの、二硫化銅とアミン分子の相互作用を算出した。キーワードとして、EF,XYZ,PULAY SHIFT=10PLを用いた。
【0042】
この演算により、スチールコード/ゴム接合界面、すなわち二硫化銅の立方晶(110)面へのアミン分子の吸着状態を求めることができる。スチールコード/ゴム接合界面にアミン分子が吸着する場合には、アミンのN原子とスチールコード/ゴム接合界面に存在するCu原子との間に弱い結合が生じる。また、スチールコード/ゴム接合界面にアミン分子が全く吸着しない場合には、アミンのN原子とスチールコード/ゴム接合界面に存在するCu原子との間に結合は生じない。すなわち、結合次数が0である。
【0043】
二硫化銅の立方晶(110)面へのアミン分子の吸着状態は、スチールコード/ゴム接合界面に形成される接着層の耐熱性と極めて強い相関があることがわかった。すなわち、二硫化銅の立方晶(110)面へアミン分子が吸着する場合(結合次数が0でない場合)には、耐熱性が低下する。
【0044】
この理由は、計算によって得られた知見から考察すると以下のようになる。アミンのN原子が二硫化銅の立方晶(110)面のCu原子に吸着することによって、Cu原子に隣接するS原子に分子軌道のHOMO準位が集中し、反応性が大きくなる。これにより、自動車用タイヤ1などのゴム製品の製造工程において添加されるステアリン酸などの酸によってS原子が求電子攻撃を受けて、Cu2S層(接着層)が崩壊すると考えられる。
【0045】
このように、スチールコード/ゴム接合界面に存在するCu原子に吸着するアミンを生成する加硫促進剤を使用して製造されたゴム複合体は、耐熱性が悪い。逆に、スチールコード/ゴム接合界面に存在するCu原子に吸着しないアミンを生成する加硫促進剤を使用して製造されたゴム複合体は、耐熱性が良好であることが明らかになった。
【0046】
3−4.解析
以上のように、スルフェンアミド系加硫促進剤から生成するアミン分子の特徴を考慮してスルフェンアミド系加硫促進剤を設計することにより、耐熱性が良好なゴム複合体を開発できることが示唆された。
【0047】
一方、加硫促進剤本来の役割において加硫反応の速度を早める効果があることはメリットであるが、逆に早すぎる場合には、保管中に加硫が進行するなどの悪影響が生じる。発明者らは、非経験的分子軌道法を用いて、スルフェンアミド系加硫促進剤のアミン部位におけるS原子−N原子間の結合距離とスコーチとの間の相関を調べた。その結果、スコーチは、スルフェンアミド化合物から遊離するアミン分子の電荷に影響を受けることが判った。
【0048】
具体的には、加硫反応時に結合が解離するS−N間距離が長いほど、すなわちS原子とN原子とが解離しやすいほど、スコーチが起こりやすいことが明らかになった。特に、結合距離が1.67Å以上では、スコーチの発生が顕著になることが判った。
【0049】
また、S原子−N原子間の結合距離が1.67Å未満であり、S原子とN原子との間の結合が切れにくく(解離しにくく)ても、解離した結果生じるアミンラジカルの安定性が低い場合には、S原子−N原子が再び結合し、加硫反応が促進されない場合がある。そこで、アミンラジカルの安定性を図る指標として、アミンラジカルのN部位の電荷を求めた。
【0050】
まず、Gaussian03の基底関数B3LYP/6-31G(2df,p)を用いた最適化計算を行い、スルフェンアミドのS原子−N原子間の結合距離を求めた。その後、基底関数ROMP2/G3MP2largeによる一点計算手法を行った。さらに、その後、NBO解析により電荷密度解析を行い、アミンラジカルのN部位の電荷密度を求めた。その結果、アミンラジカルのN部位の電荷密度が−0.295以下であるスルフェンアミド系加硫促進剤を用いることにより、適切な加硫反応が導けることがわかった。
【0051】
更に、アミン中の窒素原子に結合する炭素原子に分岐構造が設けられていることが好ましい。アミン中の窒素原子に結合する炭素原子に分岐構造が設けられていることで、アミン中の窒素原子がマイナスに帯電し易くなる。そのため、窒素原子と窒素原子に結合する硫黄原子との間の結合が相対的に短くなり、N−S原子間の結合が切断しにくくなる。従って、適度にスコーチを防止する効果が得られるものと考えられる。
【0052】
一方、アミン中の窒素原子に結合する炭素原子に分岐構造が設けられていない場合には、窒素原子はマイナスに帯電しにくくなる。そのため、N−S原子間の結合は切れやすくなり、スコーチが進行しやすくなるものと考えられる。
【0053】
また、アミン中の窒素原子に、tert−ブチル基が結合していることが好ましい。tert−ブチル基は、立体障害が大きい。そのため、低分子量のアミンであっても、アミンラジカルがスチールコード/ゴム接合界面に存在するCu原子の表面に結合しにくくする効果が大きい。すなわち、熱劣化性を向上させることができる。
【0054】
アミン中の窒素原子に結合する炭素原子のいずれか一方に分岐構造が設けられていると、加硫反応の適切な反応速度を維持することができるため、より好ましい。また、アミン中に窒素原子に結合する炭素原子のいずれか一方が分岐構造を有し、他の一方が直鎖構造を有すると、アミンの金属材料の表面への結合を防止しにくくする効果と、加硫反応の反応速度を適切な速度に維持する効果とを共に奏することができるため、非常に好ましい。
【0055】
以上のように、スルフェンアミド化合物を加硫促進剤とするゴム複合体において、スルフェンアミド化合物から生成するアミンと、金属材料の表面との結合次数が0であり、かつスルフェンアミド化合物のS−N(アミン部位)の結合距離が1.67Å未満であり、かつS−N結合が解離した結果生成されるアミンラジカルのN電荷が−0.295以下であるスルフェンアミド系加硫促進剤を用いると、スチールコード/ゴム接着界面における接着性と耐スコーチ性とを両立できることが判った。
【0056】
(4)実施例
表1に、3−1〜3−4に基づく演算の結果、新たに考案した各種スルフェンアミド系加硫促進剤の構造と、スコーチ性及び接着性の一覧を示す。比較例は、化学式(1)で表したN,N−ジシクロヘキシル−2−ベンゾチアゾリルスルフェンアミド(以下、DCBSと記す)に、加硫遅延剤としてN−シクロヘキシルチオフタルイミド(CTP)を加えることにより、スコーチ性を良好な値に調整することにより作製したサンプルである。
【0057】
実施例1〜3は、上述した、3−1.アミンの最安定化構造の計算、3−2.スチールコード/ゴム接着界面の構造モデル構築、3−3.スチールコードの表面とアミンとの相互作用計算、3−4.解析、において説明した演算によって求められた化学式(2)〜(4)で表される加硫促進剤を用いて作製されたサンプルである。すなわち、実施例1で用いた加硫促進剤は、N−エチル−N−t−ブチルベンゾチアゾール−2−スルフェンアミドである。
【化2】

実施例2で用いた加硫促進剤は、N−ブチル−N−t−ブチルベンゾチアゾール−2−スルフェンアミドである。
【化3】

実施例3で用いた加硫促進剤は、N−シクロヘキシル−N−t−ブチルベンゾチアゾール−2−スルフェンアミドである。
【化4】

比較例、及び実施例1〜3につき、以下の手順でスコーチ性及び接着性を評価した。
【0058】
表1には、各加硫促進剤のスルフェンアミド化合物のS−N(アミン部位)の結合距離と、アミンラジカルのN電荷を示す。
【表1】

【0059】
4−1.ムーニー粘度、ムーニースコーチタイムの評価
JIS K6300−1:2001に準拠して行った。評価は、比較例1の値を100とする相対値で表した。数値が大きいほど耐スコーチ性が良好であることを示す。
【0060】
4−2.接着性の評価
黄銅めっき(Cu:63wt%、Zu:37wt%:いわゆるα−ブラス)したスチールコード(外径0.5mm×長さ300mm)3本を10mm間隔で平行に並べ、このスチールコードを上下側からゴム組成物でコーティングした。更に160℃、20分間の条件で加硫し、サンプルを作製した。得られたサンプルの接着性を評価した。具体的に、ASTM−D−2229に準拠する方法により、サンプルからスチールコードを引き抜き、ゴムの被覆状態を目視により観察し、0〜100%で表示した。耐熱接着性は、各サンプルを100℃のギヤオーブンに15日間放置した後に、ASTM−D−2229に準拠する方法により、サンプルからスチールコードを引き抜き、ゴムの被覆状態を目視により観察した。評価は、比較例1の値を100とする相対値で表した。数値が高いほど、優れた耐熱性を有することを示す。
【表2】

【0061】
以上説明したように、3−1〜3−4に基づく演算の結果、新たに考案した各種スルフェンアミド系加硫促進剤を用いて作製されたサンプルは、加硫遅延剤を用いて加硫反応の速度を調整した従来品よりもスコーチ性及び接着性ともに良好であった。
【0062】
(5)作用・効果
ゴム複合体として、自動車用タイヤ1は、直接加硫接着法により、ゴム層152の加硫、並びにゴム層152とスチールコード151とを接着することにより形成される。このとき、スルフェンアミド化合物が加硫促進剤として用いられ、スルフェンアミド化合物のアミンと、接着界面151aとの結合次数が0である。また、スルフェンアミド化合物のS−N結合、つまり結合した硫黄原子と窒素原子との結合距離が1.67Å未満、かつアミンの硫黄原子と窒素原子とが解離して生じるアミンラジカルの窒素の電荷が−0.295以下である。
【0063】
スコーチは、スルフェンアミド化合物から遊離するアミン分子の電荷に影響を受けることが判った。本実施形態の自動車用タイヤ1では、スルフェンアミド化合物の硫黄原子と窒素原子との結合距離が1.67Å未満であり、結合距離が短い。そのため、アミンの硫黄原子と窒素原子との結合が容易に切断されることがなく、加硫工程の前に加硫反応が進行することを防止できる。
【0064】
また、自動車用タイヤ1は、スルフェンアミド化合物のアミンラジカルの電荷が−0.295以下である。このように、解離したアミンラジカルの安定性が高い。これにより、一旦切断されたS−N結合が再度結合されにくい。したがって、自動車用タイヤ1は、S−N再結合によって反応部位が減少することがないため、加硫反応を順調に進行させることができる。
【0065】
また、自動車用タイヤ1は、加硫遅延剤を必要としないため、製造工数及び製造コストを削減することができる。また、自動車用タイヤ1は、加硫遅延剤を必要としないため、加硫後のゴムの物性低下を防止できる。更に、自動車用タイヤ1は、加硫遅延剤を必要としないため、製品表面に添加物のブリードアウトが起こらない。従って、自動車用タイヤ1の美観低下を防止することができる。
【0066】
(6)その他の実施形態
上述したように、本発明の実施形態を通じて本発明の内容を開示したが、この開示の一部をなす論述及び図面は、本発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例が明らかとなる。例えば、本発明の実施形態は、次のように変更することができる。
【0067】
本発明の実施形態では、自動車用タイヤ1のカーカスコード11又はベルト層15をゴム複合体の一例として説明した。しかし、ゴム複合体は、カーカスコード11又はベルト層15に限定されない。例えば、カーカスコード11とインナーライナー13とから形成されていてもよい。
【0068】
このように、本発明は、ここでは記載していない様々な実施の形態などを含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は、上述の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【符号の説明】
【0069】
1…自動車用タイヤ、 11…カーカスコード、 12…カーカス層、 13…インナーライナー、 14…ビード部、 15…ベルト層、 15A…第1ベルト層、 15B…第2ベルト層、 16…トレッド部、 151…スチールコード、 151a…スチールコード/ゴム接着界面、 152…ゴム層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴムと、
前記ゴムに接着された接着界面を有し前記ゴムを補強する金属材料と
を備え、
前記接着界面は、逆ホタル石型構造の結晶構造を有し、
スルフェンアミド化合物を加硫促進剤として用いて前記ゴムが加硫されており、半経験的分子軌道計算法を用いて計算した前記スルフェンアミド化合物のアミンと、前記接着界面との結合次数が0であるゴム複合体であって、
非経験的分子軌道計算法を用いて計算した前記スルフェンアミドにおけるアミン部位の窒素原子と硫黄原子との結合距離が1.67Å未満、かつ前記アミンの硫黄原子と窒素原子とが解離して生じるアミンラジカルの窒素の電荷が−0.295以下である
ゴム複合体。
【請求項2】
前記接着界面には、二硫化銅を含む接着層が形成される請求項1に記載のゴム複合体。
【請求項3】
前記金属材料は、少なくとも銅と亜鉛とを含み、前記金属材料における亜鉛原子の比率が37.5%以下である請求項1に記載のゴム複合体。
【請求項4】
スルフェンアミド化合物を加硫促進剤として含むゴム組成物であって、
前記スルフェンアミド化合物の硫黄原子と窒素原子との結合距離が1.67Å未満、かつ前記アミンの硫黄原子と窒素原子とが解離して生じるアミンラジカルの窒素の電荷が−0.295以下であり、
逆ホタル石型構造の結晶構造を有する金属材料の接着界面との結合次数が0である
ゴム組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−6000(P2011−6000A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−152722(P2009−152722)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【特許番号】特許第4588100号(P4588100)
【特許公報発行日】平成22年11月24日(2010.11.24)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】