説明

サイレントチェーンおよびその製造方法

【課題】簡便な手法で予荷重を負荷したときのガイド列のインナリンクプレートの伸びを大きくすることにより、インナリンクプレートの伸びをより均一に近付ける。
【解決手段】一対の歯部11およびピン孔12を有するインナリンクプレート10を板厚方向に配列したリンク列Aと、板厚方向両側に配置され一対のピン孔22を有するガイドリンクプレート20および該ガイドリンクプレート20の間に配置されたインナリンクプレート10を板厚方向に配列したガイド列Bと、ガイドリンクプレート20のピン孔22に固定されるとともにインナリンクプレート10のピン孔12に回転自在に挿入されるピン30とを備えたサイレントチェーンであって、ガイドリンクプレート20は、その組織に残留オーステナイトを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はサイレントチェーンおよびその製造方法に係り、特に、サイレントチェーンを組み立てた後の予荷重付与工程で歪を加えたときに、インナリンクプレートのピッチがより均一となるように塑性変形させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、サイレントチェーンは、一対の歯部およびピン孔を有するインナリンクプレートを長手方向に互い違いに配列し、ピン孔にピンを回転自在に挿入してインナリンクプレートを連結するとともに、インナリンクプレートの最外側に一対のピン孔を有するガイドリンクプレートを配置し、そのピン孔にピンを圧入して構成されている。
【0003】
また、サイレントチェーンでは、組み立てた後に降伏荷重を超える引張予荷重を与えて構成部品に加工硬化や残留応力を与えて疲労強度の向上を図っている。ここで、予荷重を負荷したときに特定のインナリンクプレートの変形量が大きいと、使用時に他のインナリンクプレートへ偏荷重が負荷され、当該インナリンクプレートが偏摩耗したり、サイレントチェーン全体の疲労強度が低下したりする。そこで、特許文献1には、ガイドリンクプレート等の形状と厚さを改良することにより、予荷重を与えた際のインナリンクプレートの変形を均一にする技術が開示されている。
【0004】
また、例えば、2枚と1枚のインナリンクプレートをピンで連結し、1枚のインナリンクプレートの両側に2枚のガイドリンクプレートが配置されたサイレントチェーンでは、予荷重Fを負荷したときに、2枚並んだインナリンクプレートに1/2Fの予荷重が作用するから、ガイドリンクプレート列のインナリンクプレートにも1/2Fの予荷重が作用し、ガイドリンクプレートに1/4Fずつの予荷重が作用することが理想的である。そのためには、ガイドリンクプレートの剛性をインナリンクプレートの剛性の1/2にする必要がある。しかしながら、剛性を低くするために、ガイドリンクプレートの厚さを薄くしたり、深い切込みを形成したりする等の施策を実施すると、ガイドリンクプレートの疲労強度が低くなるとともに静的破断強度(引張強度)が低くなる。
【0005】
また、疲労強度の低下を抑制するために、ガイドリンクプレートに高硬度、高強度材料を使用すると、ガイドリンクプレートの剛性を高くすることになり、インナリンクプレートの伸びが不均一となる。このように、予荷重付与工程において、ガイドリンクプレートの剛性低下によるインナリンクプレートの伸びの均一化と、ガイドリンクプレートの疲労強度低下の抑制とを両立することは困難と思われてきた。
【0006】
そこで、特許文献2では、ガイドリンクプレートのピン孔のピッチをインナリンクプレートのピン孔のピッチよりも大きく設定することにより、予荷重を与える際に、ガイドリンクプレート列のインナリンクプレートに負荷される荷重がインナリンクプレート列のインナリンクプレートに負荷される荷重よりも大きくなるようにしている。このようなサイレントチェーンによれば、ガイドリンクプレート列のインナリンクプレートがピンに対して締結状態となる。そして、ピン孔のピッチ差と予荷重の大きさを適宜選定することにより、予荷重を負荷した後に、インナリンクプレートのピン孔のピッチとガイドリンクプレートのピン孔のピッチをほぼ等しくすることができる。
【0007】
また、特許文献3には、外側のインナリンクプレートのピン孔のピッチを内側のインナリンクプレートのピン孔のピッチよりも短くすることで、予荷重を負荷した後にそれぞれのインナリンクプレートのピン孔のピッチが揃うようにしたサイレントチェーンが開示されている。
【0008】
また、特許文献4には、チェーンのリンクプレート素材をオーステナイト域から塩浴に浸漬することでベイナイトと残留オーステナイトの混合組織を得、次いで焼入れすることでマルテンサイトを得る技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平2−278040号公報
【特許文献2】特開平11−201238号公報
【特許文献3】再公表特許WO2007/077616号公報
【特許文献4】特表2005−505689号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、ガイドリンクプレート等の形状と厚さの管理が煩雑である。また、特許文献2,3に記載の技術では、各インナリンクプレートのピン孔のピッチが異なるため、ピンの圧入等の製造工程の管理および品質管理が煩雑となる。さらに、特許文献4に記載の技術では、ガイドリンクプレートの剛性が高まり、予荷重を負荷したときに、ガイドリンクプレート列のインナリンクプレートの伸びが少なくなるという課題がある。
【0011】
よって、本発明は、簡便な手法で予荷重を負荷したときのガイド列のインナリンクプレートの伸びを大きくすることにより、インナリンクプレートのピッチがより均一となるように塑性変形させることができるサイレントチェーンおよびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のサイレントチェーンは、一対の歯部およびピン孔を有するインナリンクプレートを板厚方向に配列したリンク列と、板厚方向両側に配置され一対のピン孔を有するガイドリンクプレートおよび該ガイドリンクプレートの間に配置されたインナリンクプレートを板厚方向に配列したガイド列と、ガイドリンクプレートのピン孔に固定されるとともにインナリンクプレートのピン孔に回転自在に挿入されるピンとを備えたサイレントチェーンにおいて、ガイドリンクプレートは、その組織に残留オーステナイトを含むことを特徴とする。
【0013】
上記構成のサイレントチェーンによれば、ガイドリンクプレートの組織に残留オーステナイトを含むから、サイレントチェーンを組み立てた後に降伏荷重を超える予荷重を負荷すると、残留オーステナイトが加工誘起変態によりマルテンサイトに変態する。その変態の際に、ガイドリンクプレートの素材が加工誘起塑性(TRIP効果)を示し、低い荷重で変形する。これにより、ガイド列のインナリンクプレートに作用する荷重が大きくなり、リンク列のインナリンクプレートに作用する荷重と釣り合いがとれるようになる。したがって、予荷重を負荷した後のインナリンクプレートの伸びをより均一に近付けることができる。
【0014】
予荷重を負荷することにより、残留オーステナイトの少なくとも一部が加工誘起マルテンサイトに変態し、ガイドリンクプレートの硬度および強度が増加する。また、加工誘起マルテンサイトは、ガイドリンクプレートにおける歪導入部、つまり疲労破壊起点となり易い部位に選択的に生成されるため、疲労強度を大幅に向上させることができる。
【0015】
次に、本発明は、一対の歯部およびピン孔を有するインナリンクプレートを板厚方向に配列したリンク列と、板厚方向両側に配置され一対のピン孔を有するガイドリンクプレートおよび該ガイドリンクプレートの間に配置されたインナリンクプレートを板厚方向に配列したガイド列と、ガイドリンクプレートのピン孔に固定されるとともにインナリンクプレートのピン孔に回転自在に挿入されるピンとを備えたサイレントチェーンの製造方法において、ガイドリンクプレートの素材をオーステナイト域の温度に保持した後に冷却する熱処理を行うことにより、素材の組織に残留オーステナイトを含有させることを特徴とする。
【0016】
ここで、ガイドリンクプレートの素材としては、熱処理によって容易に残留オーステナイトが生成し、冷間加工で加工誘起変態によりマルテンサイト変態する鉄鋼材料が好適である。また、熱処理は、素材をオーステナイト域の温度に保持した後に、塩浴等に浸漬するオーステンパー処理が好適である。塩浴の温度および浸漬時間は、炭素鋼のT.T.T.曲線に基づき過冷オーステナイトが得られるように調整する。すなわち、T.T.T.曲線のノーズの下側で塩浴の温度および浸漬時間を設定する。そして、浸漬を所定時間行ったら、素材を塩浴から取り出して室温まで徐冷する。
【0017】
室温において過冷オーステナイトは残留オーステナイトである。残留オーステナイトの割合(面積率)は、5〜50%が好適である。残留オーステナイトの面積率が5%未満であると、充分な加工誘起塑性が得られず、予荷重を負荷する際にガイド列のインナリンクプレートに充分な荷重を作用させることができない。一方、残留オーステナイトの面積率が50%を超えると、加工誘起塑性の効果が高すぎてガイド列のインナリンクプレートに作用する荷重が高くなり過ぎる。
【0018】
上記のようなインナリンクプレートを備えたサイレントチェーンを組み立てた後に予荷重を負荷し、残留オーステナイトを加工誘起マルテンサイトに変態させる。加工誘起マルテンサイトの面積率は、ガイドリンクプレートに必要な硬度および強度ひいては疲労強度を備えるために、5%以上であることが望ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ガイドリンクプレートやインナリンクプレートに対して形状や寸法等の煩雑な管理を行うことなく、簡便な手法で予荷重を負荷したときのガイド列のインナリンクプレートの伸びを大きくすることにより、インナリンクプレートの伸びをより均一に近付けることができる等の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態のサイレントチェーンの一部を示す一部破砕断面図である。
【図2】本発明の実施形態のサイレントチェーンの一部を示す側面図である。
【図3】(A)はガイドリンクプレートを示す側面図、(B)はインナリンクプレートを示す側面図、(C)はピンを示す側面図である。
【図4】本発明の実施例におけるサイレントチェーンの引張試験結果を示すグラフである。
【図5】本発明の実施例におけるインナリンクプレートのピン孔のピッチのばらつきを示すグラフである。
【図6】本発明の実施例におけるサイレントチェーンの疲労試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図1〜図3を参照して本発明の実施形態を説明する。図1は実施形態のサイレントチェーンの一部を示す一部破砕平面図、図2はその側面図である。図において符号10はインナリンクプレートである。インナリンクプレート10は、板状をなし、その一側には、略三角形状をなして側方へ突出する歯部11が2個並んで形成されている。歯部11の外又11aと内又11bがスプロケット(図示略)に噛み合い、背面11cはガイド(図示略)等と摺接する。歯部11の中心線上には、円形のピン孔12がそれぞれ形成されている。
【0022】
図において符号20はガイドリンクプレートである。ガイドリンクプレート20は、板状をなし、その一側には、歯部11の突出方向に対して反対側の側方へ突出する凸部21が2個並んで形成されている。凸部21の内側には、ピン孔22が形成されている。ピン孔22のピッチは、上記インナリンクプレート10のピン孔12のピッチと同一とされている。また、ガイドリンクプレート20の組織には、残留オーステナイトが含まれている。
【0023】
図1に示すように、インナリンクプレート10は、その板厚方向でピン孔12の位置が互い違いとなるように配列され、各ピン孔12にピン30が回転自在に挿入されている。また、ピン30の端部は、ガイドリンクプレート20のピン孔22に圧入やカシメ等の手段に固定されている。そして、ガイドリンクプレート20と、ガイドリンクプレート20に並んで配置されたインナリンクプレート10とがなす列がガイド列Bであり、それらインナリンクプレート10以外のインナリンクプレート10がなす列がリンク列Aである。
【0024】
組み立てられたサイレントチェーンには両側から引張り力をかけて予荷重Fが負荷される。その際、リンク列Aでは、3個のインナリンクプレート10に予荷重Fが作用する。また、ガイド列Bでは、2個のインナリンクプレート10と2個のガイドリンクプレート20に予荷重Fが作用する。この場合において、ガイドリンクプレート20の剛性がインナリンクプレート10の剛性と同じであるとすると、リンク列Aのインナリンクプレート10には1/3Fの荷重が作用し、ガイド列Bのインナリンクプレート10には1/4Fの荷重が作用する。したがって、ガイド列Bのインナリンクプレート10と比較してリンク列Aのインナリンクプレート10の方がより多く伸びることになる。
【0025】
この点、本実施形態のサイレントチェーンでは、ガイドリンクプレート20の組織に残留オーステナイトが含まれている。このため、サイレントチェーンに予荷重を負荷すると、ガイドリンクプレート20に加工誘起変態が生じ、その際の加工誘起塑性(TRIP効果)により低い荷重で変形する。このため、ガイド列Bのインナリンクプレート10に作用する荷重が大きくなり、その伸びがリンク列Aのインナリンクプレート10の伸びに近くなる。したがって、インナリンクプレート10全体の伸びを均一に近付けることができる。また、予荷重による加工により、残留オーステナイトの少なくとも一部が加工誘起マルテンサイトに変態し、ガイドリンクプレート20の硬度および強度が増加する。また、加工誘起マルテンサイトは、ガイドリンクプレート20における歪導入部、つまり疲労破壊起点に選択的に生成されるため、疲労強度を大幅に向上させることができる。
【実施例】
【0026】
図1に示すサイレントチェーンを作製した。インナリンクプレートの素材は、S55Cとし、ガイドリンクプレートの素材は、SUP6(C:0.6質量%、Si:0.8質量%、Mn:0.8質量%、残部:Feおよび不可避不純物)とした。また、インナリンクプレートはマルテンパー処理により硬さをHv550とし、ガイドリンクプレートは、オーステンパー処理を行い、残留オーステナイトの面積率を8%、硬さをHv550とした。また、ピンは軸受鋼から作製し、焼入れ、焼戻しを行った。また、比較のために、ガイドリンクプレートをS55Cとしマルテンパー処理により硬さをHv550とした以外は同じ条件でサイレントチェーンを作製した。
【0027】
作製したガイドプレートのピン穴同士を把持して引張試験を行った。ピン穴間の伸びに対する本発明例の破断荷重を100%とし、ピン穴間の伸びに対する試験荷重比を図4に示す。図4から判るように、組織に残留オーステナイト(γ)を含む本発明例では、残留オーステナイトを含まない比較例と比較して同荷重におけるピン穴間の伸びが大きい(図中70%付近)。これは、残留オーステナイトの加工誘起塑性によるものである。しかしながら、試験荷重が大きくなると、残留オーステナイトの加工誘起マルテンサイトへの変態が進み、高強度化により比較例よりも試験荷重が高くなっている(図中90%以上)。
【0028】
次に、作製したサイレントチェーンに予荷重を負荷した後、インナリンクプレートのピン孔のピッチを測定した。測定は、図1に示す1つのリンク列から3個のインナリンクプレートを抽出して行った。その結果を図5に示す。3枚のインナリンクプレートのうち、中心に配置されるインナリンクプレートの予荷重付与後のピッチ(中央の棒)と、外側に配置されるインナリンクプレートの予荷重付与後のピッチ(両端の棒)の差を比較すると、比較例(残留γ無し)の差を100%とすると、本発明例(残留γ有り)のピッチの差は比較例に対して22%改善していた。このことから、本発明例では、インナリンクプレートのピッチがより均一となるように塑性変形させることができることが判る。
【0029】
次に、製作したガイドプレートに繰返し 引張荷重をかける疲労試験を行った。その結果を図6に示す。図6から判るように、本発明例では、残留オーステナイトが加工誘起マルテンサイトに変態した結果、強度が向上して疲労強度も向上したことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、運輸機械、産業機械等のあらゆる分野での動力伝達装置として用いられるサイレントチェーンに適用可能である。
【符号の説明】
【0031】
10 インナリンクプレート
11 歯部
12 ピン孔
20 ガイドリンクプレート
22 ピン孔
30 ピン
A リンク列
B ガイド列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の歯部およびピン孔を有するインナリンクプレートを板厚方向に配列したリンク列と、
板厚方向両側に配置され一対のピン孔を有するガイドリンクプレートおよび該ガイドリンクプレートの間に配置されたインナリンクプレートを板厚方向に配列したガイド列と、
前記ガイドリンクプレートの前記ピン孔に固定されるとともに前記インナリンクプレートの前記ピン孔に回転自在に挿入されるピンとを備えたサイレントチェーンにおいて、
前記ガイドリンクプレートは、その組織に残留オーステナイトを含むことを特徴とするサイレントチェーン。
【請求項2】
前記残留オーステナイトの少なくとも一部が加工誘起マルテンサイトに変態していることを特徴とする請求項1に記載のサイレントチェーン。
【請求項3】
一対の歯部およびピン孔を有するインナリンクプレートを板厚方向に配列したリンク列と、
板厚方向両側に配置され一対のピン孔を有するガイドリンクプレートおよび該ガイドリンクプレートの間に配置されたインナリンクプレートを板厚方向に配列したガイド列と、
前記ガイドリンクプレートの前記ピン孔に固定されるとともに前記インナリンクプレートの前記ピン孔に回転自在に挿入されるピンとを備えたサイレントチェーンの製造方法において、
前記ガイドリンクプレートの素材をオーステナイト域の温度に保持した後に冷却する熱処理を行うことにより、前記素材の組織に残留オーステナイトを含有させることを特徴とするサイレントチェーンの製造方法。
【請求項4】
前記サイレントチェーンを組み立てた後に予荷重を負荷し、前記残留オーステナイトを加工誘起マルテンサイトに変態させることを特徴とする請求項3に記載のサイレントチェーンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−172690(P2012−172690A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−31969(P2011−31969)
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)