説明

サイレントチェーン

【課題】 リンクプレートのピン孔の摩耗による伸びを抑制したサイレントチェーンを提供する。
【解決手段】 ピン9とピン孔11との間に生じた異物は、ピン孔11の端部径Deが中央径Dcよりも大きく、かつ、断面の輪郭線CLが円弧状を呈しているため、図9に矢印で示すように、ピン孔11の端部側に移動し、両第2リンクプレート5の間隙および第1リンクプレート2と第2リンクプレート5との間隙からサイレントチェーン1の外部に排出される。また、サイレントチェーン1の外部に排出されない場合であっても、異物がピン孔11の端部側の空隙41〜43内に保持されることから、ピン9とピン孔11とが相対回動してもピン孔11が殆ど摩耗しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのカムシャフト駆動等に供されるサイレントチェーンに係り、詳しくはリンクプレートのピン孔の摩耗による伸びを抑制する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等に搭載されるレシプロエンジンでは、運転時にカムシャフトやオイルポンプを確実に作動させる必要があるため、これらが滑りを起こさない動力伝達部材を介してクランクシャフトに連結されている。動力伝達部材としては、ローラチェーンやタイミングベルトが一般に採用された時期もあったが、静粛性や耐久性に優れたサイレントチェーンが現在の主流となっている。サイレントチェーンはリンクプレートやガイドプレートからなるリンク列をピンによって連結した無端状のものであり、各リンクプレートにはスプロケットに噛み合うリンク歯がそれぞれ形成されている。
【0003】
サイレントチェーンは、ピンに遊嵌する第1リンクプレートから構成された第1リンク列と、ピンが圧入される第2リンクプレートおよびガイドプレートから構成された第2リンク列とを有している。そして、エンジンの運転時にサイレントチェーンが高速で屈曲(ピンと第1リンク列とが交番的に相対回動)することから、第1リンクプレートのピン孔が摩耗/拡径することが避けられなかった。ピン孔が拡径した場合、サイレントチェーンは当然に伸びることになり、スプロケットの摩耗や駆動騒音の要因となる他、カムシャフト駆動用のものであればバルブタイミングの微少なずれを引き起こす虞がある。そこで、改良型のサイレントチェーンとして、第1リンクプレートにおけるピン孔周辺の板厚を厚くし、接触面圧を低減させることでピン孔の摩耗抑制を図るものが提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−38245号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者等は、特許文献1に記載されたのと同様のサイレントチェーンを複数試作し、エンジンに取り付けてベンチテストを実施した。その結果、これらのサイレントチェーンでは、伸びに対する耐久性が改善したものが多いが、比較的大きな伸びを生じるものが散見された。そこで、伸びの原因を探求したところ、ピン孔とピンとの間に介在する異物により、ピン孔に磨耗が生じていたことが判明した。サイレントチェーンに用いられるピンは、鋼棒の表面に炭化クロム(CrC)や炭化バナジウム(VC)の皮膜を形成したものが多いが、初期摩耗によってこれら高硬度の皮膜が剥落してアブレッシブ摩耗(研削材摩耗)を引き起こすのである。なお、サイレントチェーンでは、各リンクプレートやピン間の間隙がごく小さいためにエンジンオイルによる洗浄作用が殆ど得られず、剥落した皮膜を含む異物が長期間にわたって排出されない(すなわち、異物がピン孔とピンとの間に保持され続ける)ことが確認されている。
【0006】
本発明は、このような背景に鑑みなされたもので、リンクプレートのピン孔の摩耗による伸びを抑制したサイレントチェーンを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の側面では、一対のピン孔が穿設された複数枚の第1リンクプレートを要素とする複数の第1リンク列と、それぞれに一対のピン孔が穿設された複数枚の第2リンクプレートおよび2枚のガイドプレートを要素とする複数の第2リンク列とを前記ピン孔に嵌挿されるピンによって交互に連結してなるサイレントチェーンであって、前記第1リンクプレートのピン孔は、その中心軸方向において、端部側の径が中央側の径よりも大きく設定されている。
【0008】
また、本発明の第2の側面では、前記第1リンクプレートのピン孔は、その中心軸方向に沿って断面した場合の輪郭線が円弧状を呈する。
【0009】
また、本発明の第3の側面では、前記第1リンク列が幅方向で中央に配置されている。
【発明の効果】
【0010】
第1の側面によれば、第1リンクプレートのピン孔とピンとの間に存在する異物が端部から排出されることで、ピン孔の摩耗が効果的に抑制される。また、第2の側面によれば、ピン孔とピンとの接触面圧が低くなることで、ピン孔の摩耗がより効果的に抑制される。また、第3の側面によれば、第1リンクプレートのピン孔内でのピンの傾きが抑制され、端部側の径を中央側の径よりも徒に大きく設定する必要がなくなり、ピン孔とピンとの接触面圧をより低くできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施形態に係るサイレントチェーンの要部を示す側面図である。
【図2】実施形態に係るサイレントチェーンの要部を示す平面図である。
【図3】実施形態に係るサイレントチェーンの要部分解斜視図である。
【図4】実施形態に係る第1リンクプレートを示す側面図である。
【図5】実施形態に係る第2リンクプレートを示す側面図である。
【図6】実施形態に係るガイドプレートを示す側面図である。
【図7】実施形態に係る第1リンクプレートのピン孔の拡大断面図である。
【図8】実施形態に係るピン孔のコイニング工程を示す断面図である。
【図9】実施形態の作用を示す断面図である。
【図10】第1リンク列の配置に係る変形例を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して、本発明を自動車用エンジンのカムシャフト駆動に供されるサイレントチェーンに適用した一実施形態を詳細に説明する。なお、サイレントチェーンの構成要素については、説明の便宜上、図1中の下方を下とする。
【0013】
<サイレントチェーンの構成>
図1〜図3に示すように、本実施形態のサイレントチェーン1は、鋼板を素材とする2枚の第1リンクプレート2からなる第1リンク列3と、どちらも鋼板を素材とする2枚の第2リンクプレート5および2枚のガイドプレート6からなる第2リンク列7と、両リンク列3,7を交互に連結するピン9とから構成されている。第2リンクプレート5は、ガイドプレート6が外側に位置するかたちでガイドプレート6に重ねられている。また、両第1リンク列3は、2枚重ねにされた状態で、両第2リンクプレート5の内側に介装されている。
【0014】
図4に示すように、第1リンクプレート2には、所定の間隔で一対のピン孔11が穿設されるとともに、図示しないスプロケットに噛み合う一対のリンク歯12が下側に形成されている。図5に示すように、第2リンクプレート5には、一対のピン孔13が第1リンクプレート2と同一の位置に穿設されるとともに、第1リンクプレート2と同一形状のリンク歯14が内側に形成されている。図6に示すように、ガイドプレート6には、一対のピン孔15が第1リンクプレート2と同一の位置に穿設されているが、スプロケットの側面に係合するように内側に膨出部16が形成されている。なお、第2リンクプレート5は第1リンクプレート2よりも板厚が小さく設定されており、ガイドプレート6は第2リンクプレート5よりも板厚が小さく設定されている。
【0015】
第1リンクプレート2のピン孔11は、第1リンクプレート2がピン9に対して相対回動できるように、ピン9の外径よりもその径が若干大きく設定されている。一方、第2リンクプレート5およびガイドプレート6のピン孔13,15は、ピン9が圧入/一体化されるように、ピン9の外径よりもその径が若干小さく設定されている。
【0016】
ピン9は、高強度の鋼棒を素材としており、第1リンク列3との相対回動による摩耗を抑制すべく、その表面に炭化クロム(CrC)および炭化バナジウム(VC)の皮膜が形成されている。
【0017】
(第1リンクプレートのピン孔)
図7に示すように、第1リンクプレート2のピン孔11は、その中心軸C方向において、両端部側の径(端部径)Deが中央側の径(中央径)Dcよりも大きく設定されるとともに、断面の輪郭線CLが円弧状を呈している。本実施形態の場合、ピン孔11の端部径Deと中央径Dcとの差ΔDが10μmに設定されている。第1リンクプレート2は、プレス装置による鋼板からの打ち抜き工程と、バレル研磨によるばり除去工程と、ピン孔11に対するコイニング工程を経て製造される。図8(a),(b)に示すように、コイニング工程は、一対のマンドレル31,32をピン孔11の両端から同時に圧入することでなされる。なお、図7〜図9では、発明の理解を容易にすべく、輪郭線CL(円弧)を誇張して描いている。
【0018】
<実施形態の作用>
エンジンが起動すると、図示しないクランクスプロケットやカムスプロケットの回転に伴い、サイレントチェーン1が所定の走行経路をもって走行を開始する。そして、サイレントチェーン1の第1リンク列3では、両スプロケットやアイドラプーリに巻き掛けられる部位で第1リンクプレート2がピン9に対して圧接しながら相対回動することにより、ピン9やピン孔11の表面から異物(CrC皮膜やVC皮膜の剥落片や第1リンクプレート2の摩耗粉)が生じる。
【0019】
本実施形態において、ピン9とピン孔11との間に生じた異物は、ピン孔11の端部径Deが中央径Dcよりも大きく、かつ、断面の輪郭線CLが円弧状を呈しているため、図9に矢印で示すように、ピン孔11の端部側に移動し、両第2リンクプレート5の間隙および第1リンクプレート2と第2リンクプレート5との間隙からサイレントチェーン1の外部に排出される。また、サイレントチェーン1の外部に排出されない場合であっても、異物がピン孔11の端部側の空隙41〜43内に保持されることから、ピン9とピン孔11とが相対回動してもピン孔11が殆ど摩耗しない。これにより、エンジンが長期間にわたって運転された場合においても、従来装置のようなピン孔11の摩耗が生じなくなり、サイレントチェーン1の伸びが効果的に抑制される。
【0020】
(ピン孔の端部径と中央径との差)
ピン孔11の端部径Deと中央径Dcとの差ΔDが小さすぎた場合には、異物がピン孔11の端部側に移動しにくくなり、アブレッシブ摩耗が生じる可能性が高くなる。逆に、差ΔDが大きすぎた場合には、ピン9とピン孔11との接触面圧が高くなり、ピン孔11表面の変形が起こりやすくなる。本発明者等がサイレントチェーン1の長さやリンクプレート2,5の大きさ、ピン9の外径等を様々に設定して試験を行ったところ、差ΔDが2μm〜20μmの範囲であれば、ピン孔11の摩耗(すなわち、サイレントチェーン1の伸び)を有意に抑制できることが判明した。
【0021】
(第1リンク列の配置)
サイレントチェーン1では、本実施形態のように第1リンク列3を幅方向中央に配置するものと、図10に示すように、第2リンクプレート5とガイドプレート6との間に第1リンク列3(第1リンクプレート2)を配置するものとがある。後者では、ピン9が傾きやすいことから、ピン孔11の端部径Deと中央径Dcとの差ΔDを小さくできず(すなわち、断面の輪郭線CLの円弧半径を大きくできず)、ピン9とピン孔11との接触面圧が高くなりやすい。
【0022】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこれら実施形態に限られるものではない。例えば、上記実施形態では、ピン孔11の断面の輪郭線CLをコイニングによって形成したが、他種の塑性加工を採用してもよいし、切削加工を採用してもよい。また、ピン孔11の断面の輪郭線CLは、例えば楕円弧形状やいわゆる蒲鉾形状等、円弧以外の形状としてもよい。また、上記実施形態では、幅方向の中央に第1リンク列を配置したが、図10のように幅方向の中央に第2リンク列を配置してもよい。その他、本発明の主旨を逸脱しない範囲であれば、第1リンクプレートや第2リンクプレートの枚数、両リンクプレートやガイドプレートの形状等についても適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0023】
1 サイレントチェーン
2 第1リンクプレート
3 第1リンク列
5 第2リンクプレート
6 ガイドプレート
7 第2リンク列
9 ピン
11 ピン孔
13 ピン孔
15 ピン孔
C 中心軸
CL 輪郭線
Dc 中央径
De 端部径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対のピン孔が穿設された複数枚の第1リンクプレートを要素とする複数の第1リンク列と、それぞれに一対のピン孔が穿設された複数枚の第2リンクプレートおよび2枚のガイドプレートを要素とする複数の第2リンク列とを前記ピン孔に嵌挿されるピンによって交互に連結してなるサイレントチェーンであって、
前記第1リンクプレートのピン孔は、その中心軸方向において、端部側の径が中央側の径よりも大きく設定されたことを特徴とするサイレントチェーン。
【請求項2】
前記第1リンクプレートのピン孔は、その中心軸方向に沿って断面した場合の輪郭線が円弧状を呈することを特徴とする、請求項1に記載されたサイレントチェーン。
【請求項3】
前記第1リンク列が幅方向で中央に配置されたことを特徴とする、請求項1または請求項2に記載されたサイレントチェーン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−47261(P2012−47261A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−189955(P2010−189955)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)