説明

サンゴ骨格の成長促進方法

【課題】 サンゴ骨格の成長を促進させるとともに、サンゴの白化を防止する手段を提供する。
【解決手段】 サンゴに弱い点滅光を照射することを特徴とするサンゴ骨格の成長促進方法及びサンゴの白化防止方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サンゴ骨格の成長促進方法、及びサンゴの白化を防止する方法に関する。本発明の方法により、サンゴの保護及び増殖を図ることができ、これにより、大気中の二酸化炭素を間接的に減少させることができる。
【背景技術】
【0002】
大気中の二酸化炭素濃度の増加が懸念されている。この問題解決のために陸上植物の光合成による二酸化炭素の固定が期待されている。一方、海水に溶けた二酸化炭素については、海洋生物である植物プランクトンやサンゴ等による固定が着目されている。特にサンゴによる二酸化炭素の固定は、海水中の重炭酸イオンから無機質の固形物である炭酸カルシウムを作るので長期的に見れば大気中の二酸化炭素濃度の低下に貢献するものと期待されている。
【0003】
サンゴが二酸化炭素の吸収源になっているか放出源になっているかについては、種々の議論があるが、無機炭素化合物からなるサンゴ骨格の重量増加をもって二酸化炭素固定量とするならば、サンゴ骨格の重量増加を図る方策を検討することは重要である。
【0004】
ところで、本発明者は、以前に、陸上植物のレタスやホウレンソウに弱い赤色や黄色の点滅光を照射すると、光合成が活発になって収量が増加することを見いだしている(特許文献1)。しかし、この弱い赤色や黄色の点滅光が水中の藻類などに対しても同様の効果をもたらすかどうかは不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−089031号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
サンゴ骨格の成長を促進させることができれば、サンゴ骨格中に二酸化炭素を取り込ませ、大気中の二酸化炭素の濃度の減少を図ることができる。
【0007】
また、サンゴは高温に弱く、一定温度以上になると白化し、死滅してしまう。このような温度ストレスによる白化を防止できれば、サンゴの保護に役立つ。
【0008】
本発明は、以上のような技術的背景のもとになされたものであり、サンゴ骨格の成長を促進させるとともに、サンゴの白化を防止する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、サンゴに弱い赤色点滅光を照射すると、サンゴ骨格の成長が促進され、また、海水温度の上昇によるサンゴの白化が防止されることを見いだした。
【0010】
上述したように、陸上植物に点滅光を照射すると、光合成が活発になることは知られていたが、サンゴに点滅光を照射することによって、サンゴの白化が防止されることは全く知られていなかった。光合成の活発化と白化の防止との間には、直接的な関係はないので、点滅光の照射によって白化が防止されることは、本願出願時において全く予測できないことであった。また、海水中のサンゴには、太陽光が照射され、その照射は波によって間欠的に強弱的に照射されるが、これによって、サンゴの成長が促進されるという説もない。
【0011】
また、サンゴに点滅光を照射すると、サンゴ骨格の成長が促進されるということも、以下に示す理由から、これまでは、予測困難なことであった。
【0012】
1)サンゴは、動物であり、光合成を行わないので、光合成が活発になるということはありえない。従って、光合成の活発化によって、サンゴ骨格が成長するということもありえない。
【0013】
2)サンゴは藻類と共生関係にあり、両者を一体として考えれば、サンゴも光合成を行う植物のようなものとみなせないこともない。しかし、点滅光によって光合成の活発化が確認されているのは、陸上植物だけであり、藻類においても同様の効果が生じるかどうかは確認されていない。従って、藻類と共生関係にあることを考慮しても、点滅光によってサンゴ骨格が成長するということは予測困難なことであった。
【0014】
3)光合成は基本的に炭水化物を生成する反応である。従って、光合成の活発化は、炭水化物の増大を意味する。一方、サンゴ骨格の成長は、炭酸カルシウムの増大を意味する。炭水化物の増大と炭酸カルシウムの増大は、直接的な関係はないので、藻類における点滅光による光合成の活発化が予想できたとしても、やはり点滅光によってサンゴ骨格が成長するということは予測困難なことであった。
【0015】
本発明は、陸上動植物に点滅光を照射することによる作用・効果の知見では得られない作用・効果がサンゴに存在し、その作用・効果がサンゴ骨格の成長促進とサンゴの白化防止であるという知見に基づいて完成されたものである。
【0016】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(8)を提供するものである。
(1)サンゴに点滅光を照射することを特徴とするサンゴ骨格の成長促進方法。
(2)サンゴ表面における点滅光の照度が、0.01〜1000lxであることを特徴とする(1)に記載のサンゴ骨格の成長促進方法。
(3)点滅光の点滅周波数が、4〜400Hzであることを特徴とする(1)又は(2)に記載のサンゴ骨格の成長促進方法。
(4)サンゴに非点滅光が照射される環境下で、サンゴに点滅光を照射することを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載のサンゴ骨格の成長促進方法。
(5)サンゴに点滅光を照射することを特徴とするサンゴの白化防止方法。
(6)サンゴ表面における点滅光の照度が、0.01〜1000lxであることを特徴とする(5)に記載のサンゴの白化防止方法。
(7)点滅光の点滅周波数が、4〜400Hzであることを特徴とする(5)又は(6)に記載のサンゴの白化防止方法。
(8)サンゴに非点滅光が照射される環境下で、サンゴに点滅光を照射することを特徴とする(5)乃至(7)のいずれかに記載のサンゴの白化防止方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法は、サンゴ骨格の成長を促進させることができるので、大気中に増加しつつある二酸化炭素を間接的にサンゴ骨格中に取り込むことにより、大気中の二酸化炭素の減少を図ることが期待できる。また、本発明の方法は、海水温度の上昇によるサンゴの白化の防止にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ハナガササンゴの見かけの体積と乾燥重量との相関関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
本発明のサンゴ骨格の成長促進方法は、サンゴに点滅光を照射することを特徴とするものである。
【0021】
対象とするサンゴは、造礁サンゴと呼ばれるサンゴであれば特に限定されず、例えば、ハナガササンゴ(Goniopara sp.)、スギノキミドリイシ(Acropora formosa)、スゲシドリイシ(Acropora nana)、カクオオトゲキクメイシ(Acanthastrea lordhowensis)、オオバナサンゴ(Trachyphyllia geoffroyi)、バブルコーラル(Plerogyra sinuosa)、コエダナガレハナルサンゴ(Euphyllia divisa)、ナガレハナサンゴ(Euphyllia ancora)、ニホンアワサンゴ(Alueopora japonica)、タコアシサンゴ(Phizotrochus typus)などを挙げることができ、これらの中では、ハナガササンゴ、ナガレハナサンゴ、ニホンアワサンゴなどが好ましい。
【0022】
サンゴ表面における点滅光の照度は、サンゴの骨格成長促進効果のある範囲であれば特に限定されない。照度が1000lxを超えたり、0.01lx未満であるとサンゴの骨格成長促進が見られない可能性があるため、照度は通常、0.01〜1000lxであり、好ましくは0.05〜100lxであり、より好ましくは0.1〜50lxであり、更に好ましくは1〜10lxである。この場合の好適な照度範囲は、サンゴ表面に対し全面照射であることが好ましい。照射光源には強弱があるが、照射光源とサンゴ表面との距離を調整することにより、好適な照度を得ることができる。
【0023】
点滅光の点滅周波数は、サンゴの骨格成長促進効果のある範囲であれば特に限定されない。周波数が400Hzを超えたり、4Hz未満であるとサンゴの骨格成長促進が見られない可能性があるため、周波数は4〜400Hzとするのが好ましく、6〜60Hzとするのがより好ましく、10〜30Hzが更に好ましい。
【0024】
点滅デューティー比(休止時間と点灯時間の比)は、サンゴの骨格成長促進効果のある範囲であれば特に限定されない。点滅デューティー比が10%未満であったり、90%を超えるとサンゴの骨格成長促進効果が見られない可能性があるため、点滅デューティー比は10〜90%とするのが好ましく、30〜70%とするのがより好ましく、40〜60%とするのが更に好ましい。また、点滅の制御のし易さの点からも40〜60%とするのが好ましい。
【0025】
点滅光の色は、サンゴの骨格成長促進効果があれば特に限定されず、複数の色の光を含む白色光であってもよいが、赤色光、黄色光、青色光であることが好ましく、赤色光、赤色光と青色光の混合光であることがより好ましく、赤色光であることが更に好ましい。
【0026】
点滅光の照射時間は、サンゴの骨格成長促進効果のある範囲であれば特に限定されない。太陽光や人工光(例えば、蛍光灯、白熱灯、水銀灯、キセノンランプ、ハロゲンランプ、メタルハライドランプなどの光)などの通常の生活環境の非点滅光の下で、上記の点滅光の照射であってもよい。
【0027】
本発明のサンゴの白化を防止する方法は、サンゴに点滅光を照射することを特徴とするものである。この方法は、上記のサンゴの骨格促進方法と同様に行うことができる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【0029】
〔実施例1〕 赤色点滅光照射によるサンゴ骨格の成長
〔実験方法〕
30cm×45cm×30cmの水槽中に、人工海水(Tetra Marin Salt)を40L入れ、縦横それぞれ2〜3cm高さ1〜2cm程度の大きさで緑色を帯びた(ポリプと褐虫藻を含む)ハナガササンゴ(Goniopara sp.)を、無照射区、連続照射区、点滅照射区の3種の実験区につき、サンゴを各2個ずつ静置した。給飼は1カ月に1度の割合でターゲットフード((株)カミハタ製)を5mlずつ与えるに止め、主に人工光(メタルハライドランプ:((株)カミハタ製)を3000lxの照度で6時から18時までの12時間照射して飼育しながら、次の無照射、連続照射又は点滅照射を併用した。
【0030】
即ち、連続照射区では赤色LED(HPY5066X(660nm) :スタンレー電気(株)製)4個を用いて早朝6時から18時まで、1時間おきに計6時間、サンゴ表面に対し均一に5lxの照度となるように照射した。点滅照射区では赤色LED(HPY5066X(660nm))を20Hz(点滅デューティー比50%)で連続照射区と同じ5lxの照度で早朝6時から18時まで (点灯時間、計6時間) 、サンゴ表面に対し照射した。無照射区(上記人工光のみの照射)では赤色光照射を行わなかった。水の交換は、1カ月に1回、半分(20L)ずつ実施した。なお、水温は25℃±0.5℃の範囲を維持するようにした。照度の測定には、東京光電(株)製のANA−F11を用いた。
【0031】
上記条件下、4カ月間の飼育実験を終え、それぞれのサンゴを水槽から取り出して熱水でサンゴ中のポリプ、褐虫藻を洗浄・除去した。その後、乾燥して、サンゴ骨格の大きさ(縦×横×高さ)と重量を測定した。なお、重量測定に当たっては、実験開始時のサンゴ骨格の重量は、体積(縦×横×高さ)と乾燥重量との相関関係(図1)から推定した。
【0032】
〔実験結果〕
赤色点滅光の照射(点滅照射区)によって、サンゴ骨格の重量は4カ月間で1.35倍に増えた。これに対して無照射区と連続照射区では増加しなかった。(表1) この結果から、赤色点滅光の照射によってサンゴ骨格の成長が大幅に促進したことが分かる。
【0033】
【表1】

【0034】
陸上植物のトマトやレタスやホウレンソウなどにおいては、点滅光照射によって重量が増加することはよく知られており、その理由は光合成活性の増大によるものと推測されている。今回のサンゴ骨格の重量増加も褐虫藻の光合成活性が増大し、光合成量が増加して、石灰化も促したのではないかと思われる。
【0035】
しかしながら、光合成の化学式:6CO2+12H2O → C6H12O6+6O2+6H2Oと、二酸化炭素の石灰化の化学式:Ca2++2HCO3 → CaCO3+CO2+H2Oは、直接的な関係がないので、サンゴのポリプ内の褐虫藻の光合成促進と石灰化が直接に結びついているのかどうかについては不明である。
【0036】
〔実施例2〕 赤色点滅光照射によるサンゴの白化現象防止
〔実験方法〕
実施例1と同様の実験区で飼育したハナガササンゴに対し、水温を3日間かけて徐々に25℃から29℃まで上げたのち、水温を25℃まで下げてから、引き続き2カ月間飼育することにより白化現象発生有無の試験を行った。また、2カ月経過後のサンゴ骨格の大きさ(たて×よこ(cm))も測定した。
【0037】
〔実験結果〕
実験結果を表2に示す。赤色点滅照射区のサンゴには白化がみられず、石灰化の傾向が見られた。他の照射区では、白化現象が見られたか、石灰化の傾向は極めて小さかった。この結果から、赤色点滅光の照射によってサンゴ骨格の大幅な成長促進と白化現象防止効果があることが分かる。
【0038】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0039】
サンゴの保護や増殖に有用である。また、サンゴの保護や増殖を通して大気中の二酸化炭素を減少させることも期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンゴに点滅光を照射することを特徴とするサンゴ骨格の成長促進方法。
【請求項2】
サンゴ表面における点滅光の照度が、0.01〜1000lxであることを特徴とする請求項1に記載のサンゴ骨格の成長促進方法。
【請求項3】
点滅光の点滅周波数が、4〜400Hzであることを特徴とする請求項1又は2に記載のサンゴ骨格の成長促進方法。
【請求項4】
サンゴに非点滅光が照射される環境下で、サンゴに点滅光を照射することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のサンゴ骨格の成長促進方法。
【請求項5】
サンゴに点滅光を照射することを特徴とするサンゴの白化防止方法。
【請求項6】
サンゴ表面における点滅光の照度が、0.01〜1000lxであることを特徴とする請求項5に記載のサンゴの白化防止方法。
【請求項7】
点滅光の点滅周波数が、4〜400Hzであることを特徴とする請求項5又は6に記載のサンゴの白化防止方法。
【請求項8】
サンゴに非点滅光が照射される環境下で、サンゴに点滅光を照射することを特徴とする請求項5乃至7のいずれか一項に記載のサンゴの白化防止方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−279304(P2010−279304A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−135824(P2009−135824)
【出願日】平成21年6月5日(2009.6.5)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【Fターム(参考)】