説明

ジテルペンの不斉合成法

【発明の詳細な説明】
<産業上の利用分野> 本発明はジテルペン誘導体の不斉合成法に関する。本発明により得られるジテルペン誘導体は医薬又はその原料として有用である。
<従来の技術> 環状ジテルペンのポドカルピン酸(podocarpic acid)やピシフェリン酸(pisiferic acid)等は抗腫瘍活性を有しており、医薬又はその原料として有用である。例えばポドカルビン酸は抗腫瘍活性のあるナギラクトン(nagilactone)やアティシン(atisine)型ジテルペンアルカロイドの合成の出発原料である。
従来、光学活性ジテルペン類の合成法はあまり知られておらず、また知られていてもその収率は低かった。
<発明の課題とその解決手段> 本発明は光学活性ジテルペンの効率の良い合成法を提供せんとするものである。
本発明によれば、1−フェニルアルキル−2−メチル−2−アルコキシ(又はヒドロキシ)カルボニル−6−メチレン−シクロヘキサンの光学活性体を酸触媒で閉環することにより、3環性のジテルペンのA、B環を立体選択的に収率よく合成することができる。
本発明について更に詳細に説明するに、本発明の原料であるシクロヘキサン誘導体は新規物質であり、光学活性体のニトロオレフィンラクトンから以下のようにして合成することができる。
まず、ニトロオレフィンラクトン(I)に、Micheal付加により、フェニル環にアルコキシ基、通常はC1〜C5のアルコキシ基を有していてもよいフェニルメチル(又はエチル)基を導入する。


〔式中、mは0又は1を示し、R′はアルコキシ基又は水素を示す〕
すなわち、〔冨士 薫、野出 學ら;J.A.C.S.108,P3855,1986及びSynthesis 1987,No.8,P729〕に記載のMicheal付加により、上式に従い(II)のジアステレオマーを得ることができる。本反応はグリニア試薬に触媒量のCuIを加えることも可能であるが(収率80%)、グリニア試薬のみの方が好ましい。
化合物(II)において、m=1の場合にはポドカルピン酸、デヒドロアビエチン酸等のabietane,podocarpane骨格の化合物に、m=0の場合にはgibberellane骨格の化合物に誘導することができる。
化合物(II)のラクトン環を開環したのち、これにメタンスルホニルクロリドを反応させてメタンスルホニル化し、次いでヨウ化ナトリウムを反応させてニトロアルカンヨード体とする。このヨウ素導入反応は常法に従って高収率で行なうことができる。


化合物(III)を水素化ナトリウム(NaH)で処理して分子内環化させ、ニトロシクロヘキサン誘導体(IV)とする。
なお、ニトロアルカンヨード体(VI)とする前のメタンスルホニル化体のままでも分子内環化できるが、ヨード体として分子内環化するのが好ましい。


化合物(IV)のニトロ基をNef反応により酸素原子に置換してシクロヘキサノン誘導体(V)とする。反応は化合物(VI)をほぼ当量のナトリウムメトキシドと反応させたのち、過剰量、例えば6当量の三塩化チタンと反応させればよい。


化合物(V)のジアステレオマーのうち、トランス体は酸による異性化反応によってシス体に変換することができる。
化合物(V)のシス体のカルボニル基を野崎変法Wittig反応によりメチレン基に転化させる

S配置のニトロオレフィンラクトン(I−S)からS型の化合物(VI−S)が、R配置のニトロオレフィンラクトン(I−R)からR型の化合物(VI−R)が得られる。


以上により、本発明の原料である光学活性なシクロヘキサン誘導体が得られる。以上の過程ではR′は水素又はアルキル基かアルコキシ基であることが好ましいこれらのアルキル基の炭素数は任意であるが通常はC1〜C5である。またR′はメトキシメチルのようなアルコキシアルキル基であってもよい。
上記により得られた化合物(VI)は、所望によりベンゼン環のアルコキシ基を水酸基に変換したのち本発明の原料とすることができる。更に水酸基をエステル化してアシルオキシ基に変換してから本発明の原料としてもよい。
閉環反応は、化合物(VI)を溶媒に溶解し、酸触媒の存在下に処理すればよい。最も簡単には化合物(VI)をメタンスルホン酸に溶解し、五酸化燐(P2O5)を添加して、0℃〜室温で処理すると、アルコキシカルボニル基の隣接基関与により、立体選択的に化合物(VII)の光学活性体を得ることができる。
また、別法として、化合物(VI)を塩化メチレンやベンゼンに溶解し、AlCl3、SnCl4、BF3、ZnCl2、TiCl4等のルイス酸を添加して、室温ないし還流温度で処理してもよい。




n=2で13位にR′のある化合物はo−アルキルポドカルビン酸メチルエステルであり、これを常法により脱アルキルするとポドカルビン酸が得られる。ポドカルビン酸からは既にtaxodione,nagilactone C,callitricic acid,hinokinomethylester,trachiloban−19−oil acidが合成されており、光学活性ポドカルビン酸は合成中間体として重要な化合物である。
本発明方法によると、環状ジテルペンの基本骨格A/Bトランス環を立体選択的に合成することができる。
また、n=2で13位にR′のある化合物(VII−B)を脱アルキルするとポドカルピン酸の光学異性体、すなわち(−)−ポドカルピン酸となり、これから既に森らにより〔Tetrahedron 24,3095(1968)〕Kaurenoic acid,更にsteviol〔I.F.Cook et al,Tetrahedron 32 363(1976)〕へと変換されている。また、森、Valenta等によって〔Z.Valenta,et al,Tetrahedron letter 2437(1964);K.Mori et al,Agr.Biol.Chem.35 956(1971)〕Veatchine,Garrgine等のジテルペンアルカロイドが合成されている。
また、化合物(V)のトランス体を原料とすると、同様な合成経路を経ることにより、4−エピポドカルピン酸を

合成することができる。これからデヒドロアビエチン酸の合成は、既知の方法(J.W.Hoffman,J.Org.Chem,35,3154(1970)〕によって可能である。
以下に実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
合成例1

窒素雰囲気下で、撹拌しながら10mlのグリニア試薬(5.8mmole,エーテル溶液)を20mlのテトラヒドロフランに加えた。−78℃に冷却したのち449mgの(I)式で表わされるニトロオレフィンラクトン化合物(2.43mmole,純度87%;K.Fuji,M.Node et al.,J.A.C.S.,108,3855,1986)の20mlテトラヒドロフラン溶液を徐々に加え、更に2時間撹拌を続けた。反応混合物に30mlの飽和塩化アンモニウム溶液を加え、室温で20分間撹拌した。
引き続いて約10mlの0.5N塩酸を加えて、400mlの塩化メチレンで抽出を行った。減圧下で溶媒を留去し、得られた濃縮物をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン及びヘキサン−塩化メチレン系、それぞれ2:1及び1:2)で溶出し、596mgの化合物(II−a)及び(II−b)を得た(3.3:2、収率76.5%)。
続いて薄層クロマトグラフィー(ジエチルエーテル−ヘキサン系,6:1)で展開し、364mgの(II−a)及び220mgの(II−b)を得た。更に(II−a)の化合物についてジエチルエーテルで再結晶を行い、化学分析を行ったところ、以下の物性を有していた。
融点(℃):75−76MS分析:M+・321.15792分子式 C17H23NO5(理論値 321.15822)
IR(cm-1):1713,1608,1560,1508,1250′H−NMR

3.79(3H,s),4.30(2H,m),4.52,4.93(2H,ABM typeのAB部分,J1=5Hz,J2=13Hz),6.83,7.09(4H,AB type,J=8Hz)
合成例2

合成例1で合成した化合物(II−a)373mg(1.16mmole)を窒素雰囲気下で、脱水乾燥したメタノール30mlに溶かし、0℃で1Mナトリウムメトキシド溶液5.8mlを加えたのち、室温で6時間撹拌した。0℃でこの反応溶液に480μ■の酢酸を徐々に加えたのち減圧下で溶媒を留去し、その残留物に0.5N塩酸を20ml加えて、塩化メチレン30mlで抽出した。溶媒を留去したのち、得られた451mgの残留物を脱水乾燥した塩化メチレン20mlに溶かし、0℃で99μ■のメタンスルホニルクロライド及び178μ■のトリエチルアミンを徐々に加えて、30分間続けて撹拌した。
反応溶液に塩化メチレンを100ml加え、合成例1と同様の操作を行ったのち、得られた645mgの残留物をアセトン30mlに溶かし、ヨウ化ナトリウム1.74g(11.6mmole)を加えて、室温で10時間撹拌した。溶媒を留去した残留物に100mlの塩化メチレンを加え、洗浄後、上記と同様の操作を行い、得られた残留物をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−塩化メチレン系、3:1)で溶出して468mgの化合物(III)を得た(収率87%)。
MS分析:463.08872,分子式C18H26NO5I(理論値 463.08582)
IR(cm-1):1715,1560,1508,1248′H−NMR

3.57(2H,t,J=7Hz),3.62(3H,s),3.78(3H,s),4.28,4.62(2H,ABM typeのAB部分,J1=5Hz,J2=13Hz),6.82,7.06(4H,AB type,J=8Hz)
合成例3

窒素雰囲気下で、99mgの水素化ナトリウム(60%オイル、2.475mmole)をジメチルホルムアミド30mlに加え、0℃で合成例2で得られた化合物(III)458mgの15mlジメチルホルムアミド溶液を加えて14時間撹拌したのち、室温で6時間撹拌した。反応終了後、0℃で180μ■の酢酸を徐々に加え、室温で30分間撹拌したのち、ジメチルホルムアミドを留去した。
残留物に150mlの塩化メチレンを加え、抽出を行ったのち、反応混合物をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−塩化メチレン系、3:1)で溶出し、144mgの化合物(IV)を得た(収率43.5%)。
MS分析:335.17608,分子式 C18H25NO5(理論値 335.17328)
IR(cm-1):1712,1608,1550,1508,1250′H−NMR

3.65(3H,s),3.77(3H,s),5.13(1H,dt,J1=5Hz,J2=10Hz),6.79,7.03(4H,AB type,J=8Hz)
合成例4

合成例3で得られた化合物(IV)135mg(0.403mmole)を、窒素雰囲気下で5mlのメタノールに溶かし、1Mのナトリウムメトキシド溶液を600μ■加えたのち、室温で1時間撹拌した(溶液A)。
一方、酢酸アンモニウム740mg(9.6mmole)を2.5mlの水に溶かし、窒素雰囲気下で20%三塩化チタン溶液1.42ml(1.76mmole)を加えて、室温で10分間撹拌した。次に0℃で、この溶液に前記の溶液Aを徐々に滴下し、室温で3時間撹拌を続けた。
続いて塩化メチレン50mlを加え、0.5N塩酸を20ml加えた酸性条件下にて塩化メチレン150mlで抽出を行い、溶媒を留去して121mgの化合物(V−a)を得た(収率99%)。
MS分析:304.16417,分子式 C18H24O4(理論値 304.16737)
IR(cm-1):1715,1608,1508,1250H−NMR

3.64(3H,s),3.78(3H,s),6.81,7.07(4H,AB type,J=8Hz)
合成例5

合成例1で得られた化合物(II−b)を、合成例2〜4と同様の操作により化合物(V−b)を得た。この(V−b)化合物42mgをメタノール5mlに溶かし、10mgのトルエンスルホン酸を加えたのち、室温で24時間撹拌した。メタノールを留去し、塩化メチレンで抽出後、41.5mgの化合物(V−a)及び(V−b)(比率1:1)を得た。続いてこの混合物を薄層クロマトグラフィー(ヘキサン−ジエチルエーテル系、1:1)にて分離した。
合成例6

47mgの化合物(V−a)を塩化メチレン4mlに溶かし、室温で野崎変法Wittig試薬(臭化メチレン−亜鉛−塩化チタン溶液)を3ml加えたのち、室温で30分間撹拌した。
続いて20mlの塩化メチレンを加え、0.5N塩酸を20ml加えたのち、150mlの塩化メチレンで抽出を行った。溶媒を留去して、得られた54mgの反応混合物をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−塩化メチレン系)で溶出し、35mgの化合物(VI−s)を得た(収率75%)。
′H−NMR

3.63(3H,s),3.76(3H,s),4.72(1H,br.),4.88(1H,br.),6.79,7.04(4H,AB type,J=8Hz)
実施例1

窒素雰囲気下で680μ■のメタンスルホン酸を100mgの五酸化燐に加えたのち、室温で撹拌し、0℃で合成例6で得られた化合物(VI−s)31mgに加えた。
続いて室温で15分間撹拌したのち、50mlの塩化メチレンで抽出を行った。溶媒を留去して、得られた35mgの反応混合物をカラムクロマトグラフィー(ヘキサン−塩化メチレン系、3:1)で溶出し、(VII)式で表わされる化合物を28mg得た(収率90%)。メタノールで再結晶を行ったところ、物性値は以下に示す通りであった。
融点:129〜130.5℃(市販品、129〜130.5℃)
MS分析:302.18692,分子式 C19H26O3(理論値 302.18812)
▲〔α〕18D▼:+128゜(市販品 130゜)
IR(cm-1):1705,1600,1560,1550,1230′H−NMR

1.27(3H,s),3.66(3H,s),3.77(3H,s),6.60−7.01(3H,ABC type)
本発明で得られた合成品と市販品との物性値は、同じであった。
(発明の効果)
本発明の方法によれば、医薬品として有用なジテルペン化合物を、新規な合成法により、収率よく製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】


〔式中、R′は水素、アルコキシ基で置換されていてもよいアルキル基、アルコキシ基、アシルオキシ基又は水酸基を示し、R″は水素又はアルキル基を示し、nは1又は2である。シクロヘキサン環の1位のフェニルアルキル基と2位のアルコキシ(又はヒドロキシ)カルボニル基とはシクロヘキサン環に対して同じ方向の立体配置をしており、1位の水素と2位のメチル基とはこれらとは異なる同じ立体配置をしている。〕で表わされる光学活性なシクロヘキサン誘導体を酸触媒の存在下に閉環させることを特徴とする

〔式中、R′,R″,nは〔VI〕式におけると同義である。シクロヘキサン環の6位のメチル基と4位のアルコキシ(又はヒドロキシ)カルボニル基とはシクロヘキサン環に対して同じ方向の立体配置をしており、4位のメチル基と5位の水素とはこれらとは異なる同じ方向の立体配置をしている。〕で表わされるジテルペノイドの不斉合成法。
【請求項2】閉環反応を五酸化燐(P2O5)とアルキルスルホン酸の存在下に行なうことを特徴とする請求項(1)記載の不斉合成法。

【特許番号】第2621309号
【登録日】平成9年(1997)4月4日
【発行日】平成9年(1997)6月18日
【国際特許分類】
【出願番号】特願昭63−55355
【出願日】昭和63年(1988)3月9日
【公開番号】特開平1−228938
【公開日】平成1年(1989)9月12日
【出願人】(999999999)三菱化学株式会社