説明

ジャトロファ属植物の栽培方法

【課題】乾燥ストレスを負荷しながら生育させることにより、ジャトロファ属植物中の代謝産物の生産量を増加させることを目的とする。
【解決手段】ジャトロファ・クルカスなどのジャトロファ属植物の植物体に、例えば水を与えないで栽培を続けるなど乾燥ストレスを負荷しながら生育させることにより、キナ酸やシュウ酸、γ−アミノ酪酸(GABA)などの各種二次代謝産物の産生量を増加させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はジャトロファ属植物の栽培方法、具体的にはジャトロファ属植物中の代謝産物を増加させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キナ酸は植物における二次代謝産物であって、その多くはクロロゲン酸などカフェ酸やp−クマル酸、フェルラ酸、没食子酸等の誘導体としてコーヒー豆やタバコ葉等の各種植物に存在している。石油などの化石燃料資源の代替として近年着目を浴びているバイオディーゼル燃料の原料に用いられるジャトロファ属の植物にも、クロロゲン酸(5-caffeoylquinic acid)として存在する可能性がある。
【0003】
一方、植物に様々なストレスを負荷して二次代謝産物の産生量を増加させる方法が提案されている。例えば、特開2007−6778号公報(特許文献1)には、光量や二酸化炭素濃度など植物の生育に影響する要素を制御するとともにUV−Bを照射して、オトギリソウ科植物におけるハイペリシン産生量やカンゾウ属植物におけるグリチルリチン酸産生量を増加させる方法が開示されている。また、特開2009−213456号公報(特許文献2)には、生育中のソバのスプラウトに過酸化水素水や次亜塩素酸塩の水溶液を与えた後紫外線照射を行い、フラボン類の生産量を高める方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−6778号公報
【特許文献2】特開2009−213456号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ジャトロファ属植物は年間降水量の少ない土地でも生育する乾燥性に強い植物である。そこで、本願発明者らはジャトロファ属植物の耐乾燥性に着目して乾燥ストレスをジャトロファ属植物に付与したところ、植物中の各種代謝産物の生産量に変化が現れることを見いだした。
【0006】
本発明はこの現象を利用したものであって、本発明はジャトロファ属植物に乾燥ストレスを負荷しながら生育することにより、ジャトロファ属植物中の代謝産物の生産量を増加させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の方法はストレスを負荷した状態でジャトロファ属植物を生育することにより、ジャトロファ属植物中の代産物を増加させる方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、乾燥した状態でジャトロファ属植物を生育するという極めて簡単な方法で、代謝産物、例えばキナ酸の生産量を増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は高窒素含有培養液で乾燥ストレスを負荷しながら生育した場合における代謝産物の生産量の増減を示す図である。
【図2】図2は低窒素含有培養液で乾燥ストレスを負荷しながら生育した場合における代謝産物の生産量の増減を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の方法はジャトロファ属植物に乾燥ストレスを負荷した状態で生育させることにより、ジャトロファ属植物中の代謝産物の生産量を増加させる方法である。
【0011】
本発明が適用される植物はジャトロファ属植物(Jatropha属植物)である。ジャトロファ属植物は、熱帯地方原産のトウダイグサ科の潅木で、ジャトロファ・ポダグリカ(Jatropha podagurica:和名 サンゴアブラギリ)、ジャトロファ・ムルチフィダ(Jatropha multifida:和名 サケバジャトロファ)、ジャトロファ・ベルランディエリ(Jatropha berlandieri:和名 ニシキサンゴ)、ジャトロファ・インテゲリマ(Jatropha integerrima:和名 ナンヨウサクラ)、ジャトロファ・クルカス(Jatropha curcas:和名ナンヨウアブラギリ)等がある。本発明が適用されるジャトロファ属植物は特に限定されないが、その種子の有用性が高いという点から、ジャトロファ・クルカスが好適に用いられる。
【0012】
本発明において「ストレスを負荷する」とは、通常の条件とは異なる条件において生育することを意味し、種々のストレス因子を通常の条件とは異なる条件に調整することによってストレスが負荷される。ストレス因子は、植物の代謝産物、特に二次代謝産物の産生量に影響を与える要因であって、例えば光(強光、弱光)、温度(高温、低温)、生育に必要な栄養成分(例えばリンや窒素)、乾燥(水不足)、無機物や有機物(塩類、重金属など)、栽培環境にある二酸化炭素が例示される。
【0013】
本発明において「生育する」とは、根を有する植物体を栽培するという日常使われる意味を含み、土壌を用いた栽培や水耕栽培など土壌を用いない栽培のいずれ方法も含む概念である。また、本発明においてはさらに広義の意味で用いられ、土壌や水などの培地から根を有する植物体を取り出して放置すること、または根を切り離した地上部(茎や葉)や葉のみを放置することをも含む意味で用いられる。このとき、植物体が枯れてはならず、少なくとも一部の細胞において代謝活動が維持され、代謝産物が産生される条件に置かれることが必要である。
【0014】
本発明において、生育中に乾燥ストレスを負荷することが必須条件である。乾燥ストレスは、植物体に水を与えないという措置により植物体に負荷することができる。一般的には土壌pF値が1.7〜2.3の範囲が乾燥ストレスを生じない適正範囲とされ、これよりも大きな土壌pF値以上の土地で栽培できれば耐乾燥性であるとされている。ジャトロファ属植物は耐乾燥性植物であり、前記範囲よりも大きい2.3以上2.5程度のpF値の土壌であってもストレスなく栽培される。本発明においては、土壌pF値が2.5以上、好ましくは2.7以上の乾燥した土壌で栽培することにより乾燥ストレスを負荷できる。なお、土壌pF値は市販されている土壌水分計(例えば、大起理化工業(株)製pFメーター)によって測定される値である。また、本発明においては、乾燥ストレスを負荷する方法として、土壌中から取り出し水を与えない状態で放置することも有効な方法である。この場合の放置条件は、温度が20℃以上35℃以下、好ましくは25以上30℃以下、湿度が30%RH以上65%RH以下、好ましくは30%RH以上50%RH以下である。湿度が65%RHを超えた条件で放置しても有効に代謝産物を増加させることができず、湿度が30%RH未満であれば葉が乾燥して枯れてしまうおそれがある。また、20℃よりも低い温度や35℃を超える温度でも生育できず枯れてしまうおそれが強くなる。
【0015】
ジャトロファ属植物は、種子から発芽発根する発根・発芽期を経て、子葉期、双葉期、栄養生長期、開花期、結実期へと成長する。乾燥ストレスはこの生長段階においていずれの時期において負荷してもよいが、本発明においては代謝産物の増加が期待される双葉期を経た後の生長期(幼木期)に負荷するのが好ましい。また、目的とする代謝産物によっても異なり、例えば、2次代謝産物であるキナ酸の産生量を増やす場合には、発芽から8週以降にある植物体にストレスを負荷するのが望ましい。もっとも、いずれの段階の植物体にストレスを負荷することによっても、例えばγ−アミノ酪酸などの代謝産物の産生量を増やすことができる。
【0016】
ストレスを負荷する期間は適宜決めることができる。例えば、土壌から引き抜き放置することによって乾燥ストレスを負荷する場合には少なくとも24時間以上、好ましくは48時間以上の放置時間が望ましいが、長くとも7日間以下、好ましくは5日間以下である。24時間以上でなければストレスの負荷の効果が見られず、7日間を超えても絶対量は平衡となり産生量が増えないだけでなく、植物体が枯れるおそれがある。
【0017】
このように、上記乾燥ストレスのような各種ストレスを生育中の植物体に負荷すれば、ストレスを負荷せずに生育した場合に比べて、ジャトロファ属植物体中における代謝産物の生産量が増加する。代謝産物は植物体全体で増加すると考えられるが、本発明においては、植物体全体で生産量が均一に増加する場合のみならず、葉や根など特定の部位において生産量が増加する場合でも差し支えない。
【0018】
ジャトロファ属植物中の代謝産物として、例えば、バリン、リン酸、マレイン酸、プロリン、γ−アミノ酪酸(GABA)、グルタミン酸、グルタミン、クエン酸、キナ酸(誘導体)が知られているが、この中では乾燥ストレスの負荷によってバリン、プロリン、GABA、グルタミン、キナ酸の生産量が増加し、特にGABA、の生産量は、ストレスを負荷しない場合に比べて少なくとも2倍以上、好ましい場合、例えばキナ酸では3倍以上となる。すなわち、本発明によると、ストレスを負荷せずに育成したジャトロファ属植物に比べて、代謝産物の2倍の含有量、好ましくは3倍の含有量を有するジャトロファ属植物が得られる。
【0019】
このようにして乾燥ストレスをはじめとする各種ストレスが負荷された植物体は、代謝産物を多量に含み、特に2次代謝産物の抽出原料として有効に利用される。また、ストレスが負荷された根を有する植物体は、通常の生育条件、すなわち、ストレス負荷のない状態に戻して引き続き生育させることができる。これにより、ジャトロファ属植物は開花、結実し、葉においてはキナ酸をはじめとする代謝産物の収量が増大し、種子はバイオディーゼルオイルの良好な原材料として用いられる。
【0020】
以上述べたように本発明の方法は遺伝子操作を経ることなく代謝産物、特にヒトに対する有用性が期待される2次代謝産物の生産量を増加させることのできる簡便な方法である。もっとも、本発明は目的とする代謝産物を生産する遺伝子とは異なる遺伝子を導入した植物体に適用することも可能である。例えば、乾燥耐性を目指して遺伝子導入を行った形質転換体や種子における現油量の増量を目指して遺伝子導入を行った形質転換体においても、本発明を適用できる。
【0021】
次に実施例に基づきさらに本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲の範囲及びこれと均等に含まれるすべての変更が本発明に含まれることが意図される。
【実施例1】
【0022】
〔植物体の生育〕
ジャトロファ属植物として、ジャトロファ・クルカス(Jatropha curcas)の野生型株を使用した。
【0023】
〔乾燥ストレスの負荷〕
(植物体の生育)
発芽直後の実生を、プラスチック製ポットに入れた培土(バーミキュライト)に移植し、30℃の温度、2,000luxの照明下16時間の明時間の栽培条件で栽培した。用いた植物体を2群に分け、高窒素含有培養液群として19mのNO及び10mMのNHを含む培地と低窒素含有培養液群として4mMのNOを含む培地を一日おきに与え、8週栽培した。
【0024】
(ストレスの負荷)
上記栽培した植物体に乾燥ストレスを負荷した。根をつけた状態で植物体をポットから取り出し、30℃、60%RHの恒温室で、2,000luxの照明下16時間の明時間の条件で水を与えずに48時間放置して、乾燥ストレスを負荷した。
【0025】
〔代謝産物の産生量測定〕
乾燥ストレスを付与した後、植物体中の2次代謝産物の生産量を測定した。測定には、植物体の茎頂のもっとも若い葉から数えて第2葉と植物体の下部にある、双葉の後2番目に形成された成熟葉を用いた。それぞれの葉に穴を開けて各群40mgの葉片を採取し、測定用サンプルとした。液体窒素により凍結したサンプルを、ジルコニアボールとともにミキサーミルを用いて20Hzで一分間破砕した後、抽出バッファー(メタノール:純水;クロロホルムの2.5:1:1の混合液)を加えて再び同じ条件で5分間破砕、抽出を行った。内部標準として用いるリビトール溶液を加えたのち遠心分離し、とりわけた上清に純水を加えて再び遠心分離し、最終的に得られた水−メタノール層を一晩凍結乾燥する。誘導体化試薬(メトキシアミンとMSTFA)を直接加えて誘導体化し、GC-TOFMS(装置名:PegasusIII LECO社製)により測定した。この測定結果を図1と図2に示した。なお、図1と図2の含有量は相対値であって、同一化合物の中で異なる処理(葉)の間での比較のみ許される。
【0026】
図1から理解されるように、植物体に乾燥ストレスを負荷した場合、若葉ではバリン、リン酸、プロリン、γ−アミノ酪酸、グルタミン、キナ酸の含有量が増加した。これらの中で、γ−アミノ酪酸、キナ酸の含有量は約4倍近くに増加した。また、バリンやγ−アミノ酪酸では産生量が測定され、生産の促進が観察された。また、成熟葉でも、バリン、リン酸、プロリン、γ−アミノ酪酸、グルタミンの生産量が増加した。しかしながら、成熟葉における増加量は若葉における増加量よりも少なく、若葉における代謝産物の生産がより活性化されやすいものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明によると簡便な方法によって、ジャトロファ属植物中のキナ誘導体含有量を増加させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ストレスを負荷した状態でジャトロファ属植物を生育し、ジャトロファ属植物中の代謝産物を増加させる方法。
【請求項2】
幼木期にあるジャトロファ属植物に乾燥ストレスを負荷する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
24時間以上の水を与えないことで乾燥ストレスを負荷する請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記代謝産物はキナ酸、γ−アミノ酪酸の何れかである請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
乾燥ストレスが負荷されていない状態で生育させた葉の含有量に対して2倍量以上の代謝産物を含有する葉を有する請求項1〜3に記載の方法で得られたジャトロファ属植物。
【請求項6】
前記代謝産物はキナ酸、γ−アミノ酪酸である請求項5に記載のジャトロファ属植物。
【請求項7】
キナ酸を含有する葉を有する請求項1〜3に記載の方法で得られたジャトロファ属植物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−193841(P2011−193841A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−66359(P2010−66359)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ▲1▼ 研究集会名 第61回 日本生物工学会大会 ▲2▼ 主催者名 社団法人 日本生物工学会 ▲3▼ 公開場所 名古屋大学東山キャンパス(名古屋市千種区不老町) ▲4▼ 公開日 平成21年9月25日 ▲5▼ 公開者 柴垣 奈佳子
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/乾燥ストレス耐性改良型ヤトロファの創出とその機能評価に関する研究開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】