説明

スエード調人工皮革の製造方法

【課題】ポリエステル系繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂よりなる基体の表面にポリエステル系極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の製造方法であって、耐磨耗性が良好であり、かつ、色斑がなく全体が均一に染色されていて、しかも洗濯、摩擦、光などによって色落ちや変色が生じず、その良好な染色状態が長期にわたって維持され得る、実用価値のあるスエード調人工皮革の製造方法を提供する。
【解決手段】ポリエステル系極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂からなる基体の片面または両面にポリエステル系極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の製造方法であって、
(a)分散染料でスエード調人工皮革を染色する工程、
(b)少なくとも基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂に付着した分散染料を還元剤で還元分解し脱色した後、スエード調人工皮革の表面温度が110℃以下となる温度で乾燥する工程、
および
(c)水系エマルジョンバインダー樹脂を表面または表面近傍のポリエステル系極細繊維と同色化させる工程
を順次行うことを特徴とするスエード調人工皮革の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル系極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂からなるスエード調人工皮革およびその製造方法に関する。より詳細には、本発明はポリエステル系極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂よりなる基体の表面にポリエステル系極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の製造方法であって、耐磨耗性が良好であり、かつ、色斑がなく全体が均一に染色されていて、しかも洗濯、摩擦、光などによって色落ちや変色が生じず、その良好な染色状態が長期にわたって維持され得る、実用価値のあるスエード調人工皮革を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
極細繊維を用いたスエード調人工皮革は、ソフトなタッチと風合い、高級な外観を有することから、近年、衣料用素材をはじめとして、家具、自動車などの車両用シートなどの用途に高級素材として用いられている。特に、ポリエステル系極細繊維不織布と弾性重合体よりなる基体の表面にポリエステル系極細繊維の立毛繊維を有するスエード調人工皮革は、ソフトな風合および高級な外観を有すると共に、耐久性に優れ、しかも水洗いが可能でイージーケアー性を備えていることから、幅広く使用されるようになっている。
表面にポリエステル系極細繊維の立毛繊維を有するスエード調人工皮革は一般的に以下の製造方法により得られる。すなわち、ポリエステル系極細繊維発生型多成分系繊維をカード法、抄紙法あるいはスパンボンド法等よりウェブ化した後、ニードルパンチ等によりポリエステル系極細繊維発生型多成分系繊維を互いに絡ませて絡合不織布化する工程、次いで、ポリウレタンで代表される高分子弾性重合体の溶液若しくはエマルジョン液を付与して凝固させた後に、該極細繊維発生型多成分系繊維より該極細繊維を発生させる方法、あるいは該極細繊維発生型多成分系繊維より該極細繊維を発生させた後に、高分子弾性重合体の溶液若しくはエマルジョン液を付与し凝固する方法により人工皮革の基体を製造する工程、その後、該基体の任意の片面あるいは両面をサンドペーパー等によりバフィングし起毛した後、染色、必要に応じて各種仕上げ剤の付与および表面の整毛を行う仕上げ工程を順次行うものである。
家具や自動車のシート表皮材として使用する場合、実用上、スエード表面の磨耗による立毛の脱落やピリングに対する高い抵抗力を要求される。そのため、ニードルパンチの条件等により該絡合不織布の絡合度を向上させるとともに、該極細繊維発生型多成分系繊維不織布中の高分子弾性重合体の付与量を多くすること、特にスエード表面あるいは表面直下に付与される高分子弾性重合体の量が多いほど立毛の脱落やピリングに対する高い抵抗力が得られる。
近年、原反に残存するVOCの低減や、製造工程における作業環境への配慮から、上記製造工程中で従来使用されていた有機溶剤をなるべく排除する動きがあり、その一つとして、上記絡合不織布に付与する高分子弾性重合体として水系エマルジョンタイプの弾性樹脂が使用され始めている。
【0003】
一方、一般にポリエステル系極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の染色は、分散染料を用いて高温高圧染色により行われる。ポリウレタン等の弾性重合体は高分子構造中の非晶部分が多く、染料が多量に吸着しやすいが、一方で分散染料との親和性が小さいため、洗濯時やクリーニング時、使用時の摩擦等によって染料が容易に脱落して、色落ち、他の素材への汚染などを生じやすい。また、耐光堅牢性にも劣る。そのため分散染料で染色した後に、化学的還元剤を用いてポリエステル系極細繊維中の染料になるべく影響を与えない温度条件下で、スエード調人工皮革を揉み処理して高分子弾性重合体に吸着した染料を脱色・洗浄して染色堅牢性を向上させることが提案されている(特許文献1参照)。しかしながら、高分子弾性重合体が水系エマルジョンタイプである場合、一般に従来の有機溶剤系樹脂がスポンジ構造をとるのに対し、フィルム状に固化するため、分散染料が還元されにくく、分散染料が弾性重合体中に残りやすい。そのため、従来の有機溶剤系弾性重合体を使用したものに比べ、強い還元条件で洗浄する必要があり、その結果、ポリエステル極細繊維の立毛と同じかまたは近似した色調になるように弾性重合体を脱色することが困難な場合が多い。色目によっては、ポリエステル系極細繊維の立毛の色調と基体表面に露出している脱色後の弾性重合体の色調の違いが大きくなって色斑を生じ、外観不良を招くことになる。また、スエード調人工皮革の製造に用いる弾性重合体およびポリエステル系極細繊維を染料あるいは顔料を用いて目標とする色調に予め着色しておく方法が考えられる。しかしながら、この方法による場合は、所定の色調を有する弾性重合体およびポリエステル系極細繊維を、色調毎に予め製造し在庫しておく必要があり、市場から要求される多種多様の色調をすべてカバーし得るように予めそのような準備をしておくことは現実には不可能である。また、分散染料で染色した後に、化学的還元剤で処理して過剰の分散染料を還元分解し、基体の表面に露出している弾性重合体部位と表面近傍の弾性重合体部位を脱色し、その後に該脱色後のスエード調人工皮革を界面活性剤を含む熱水を用いて処理すると、基体を構成する弾性重合体の内側部分とポリエステル系極細繊維不織布中に存在していた染料が弾性重合体の表面部分に移行し、ポリエステル系極細繊維の立毛の色調、基体表面に露出している弾性重合体の色調が同じか又は近似したものになり、色斑のない外観を有することが提案されている(特許文献2)。しかしながら、この方法による場合は、染色、還元洗浄後に更に界面活性剤を用いた熱水処理工程を余分に行わなければならず、染色プロセスが煩雑化し目標色に色調を合わせることが困難になる。
【0004】
また、人工皮革中に界面活性剤が残存するため、色落ちや繊維が抜けやすくなることによる機械強度の低下を招きやすい。また、溶剤系の弾性重合体に対して水系エマルジョンバインダー樹脂のような弾性重合体の場合には、樹脂自体がネットワークを形成し難く、熱水処理による樹脂の脱落の問題が発生し、耐磨耗性等の物性が低下する場合がある。かかる点から、ポリエステル系極細繊維不織布と弾性重合体からなり、ポリエステル系極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の製造方法において、家具用や自動車シート表皮材の実用に充分耐える耐磨耗性を有し、且つ基体表面あるいは基体表面近傍に存在する弾性重合体の色調と、ポリエステル極細繊維の立毛および基体を構成するポリエステル系極細繊維不織布の色調が同じか近似しており、色斑がなく、しかも洗濯、摩擦、光などによっても色落ちや変色がなく堅牢性に優れるスエード調人工皮革を確実に、且つ簡単に得ることのできる製造方法が強く求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭51−38761号公報
【特許文献2】特開2003−193376号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ポリエステル系極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂からなる基体の表面にポリエステル系極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の製造方法であって、耐磨耗性が良好であり、かつ、色斑がなく全体が均一に染色されていて、しかも洗濯、摩擦、光などによって色落ちや変色が生じず、その良好な染色状態が長期にわたって維持され得る、洗濯堅牢度、摩擦堅牢度、耐光堅牢度に優れる、実用価値のあるスエード調人工皮革の染色物を製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の課題を解決するために研究を重ねた結果、ポリエステル系極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂(水系エマルジョンバインダー樹脂を含浸凝固したバインダー樹脂)からなり、表面にポリエステル系極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革を製造するにあたって、スエード調人工皮革を分散染料で染色し、還元洗浄処理により余分な染料を弾性重合体から洗浄除去した後に、スエード調人工皮革の表面温度がポリエステル系極細繊維のガラス転移温度以下となる温度で乾燥し、次いで、水系エマルジョンバインダー樹脂を表面または表面近傍のポリエステル系極細繊維と同色化させる工程を順次行うことにより、表面のポリエステル系極細繊維立毛と表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂の色調を同じか近似させることができることを見出した。更に、本発明者らは、上記の還元剤による還元洗浄処理後の脱を、還元洗浄処理後のスエード調人工皮革の表面または表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂1g当たり30mg以下になるように行うことで、上記スエード調人工皮革が、洗濯、使用時の摩擦などによっても染料の脱落が生じにくく、洗濯堅牢性、摩擦堅牢性および耐光堅牢性などに優れ、実用上問題なく使用し得ることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)ポリエステル系極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダーからなる基体の片面または両面にポリエステル極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の製造方法であって、
(a)分散染料でスエード調人工皮革を染色する工程、
(b)少なくとも基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂に付着した分散染料を還元剤で還元分解し脱色した後、スエード調人工皮革の表面温度が110℃以下となる温度で加熱し乾燥する工程、および
(c)水系エマルジョンバインダー樹脂を表面または表面近傍のポリエステル系極細繊維と同色化させる工程
を順次行うことを特徴とするスエード調人工皮革の製造方法である。
【0009】
そして、本発明は、
(2)少なくとも表面または表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂における分散染料の含有量が、水系エマルジョンバインダー樹脂1gあたり30mg以下になる条件化で工程(b)の脱色を行う(1)のスエード調人工皮革の製造方法。
(3)工程(c)の同色化させる工程が、スエード調人工皮革の表面の温度を111〜150℃に加熱して、表面または表面近傍のポリエステル系極細繊維に染着している分散染料を基体の表面または表面近傍に存在する水系エマルジョンバインダー樹脂に昇華移行させる工程である前記(1)または(2)のスエード調人工皮革の製造方法。

(4)工程(c)の同色化させる工程が、含金染料で水系エマルジョンバインダー樹脂を染色する工程である前記(1)または(2)のスエード調人工皮革の製造方法。

(5)水系エマルジョンバインダー樹脂のガラス転移温度が−20℃以下である前記(1)〜(4)のいずれか1つの製造方法であるスエード調人工皮革の製造方法である。
また、本発明は、
(6)前記(1)〜(5)のいずれかの方法により得られたスエード調人工皮革である。
(7)ポリエステル系極細繊維の平均立毛長が10〜500μmである前記(6)のスエード調人工皮革である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の製造方法でスエード調人工皮革を製造すると、耐磨耗性が良好であり、かつ、ポリエステル系極細繊維の立毛、基体を構成する弾性重合体、特に基体表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂、および基体を構成するポリエステル極系細繊維不織布が同じ色に染色されていて色斑がなく、スエード調人工皮革全体が均一で良好な色調を有し、外観に優れるスエード調人工皮革を簡単な操作で円滑に得ることができる。しかも本発明の方法で得られるスエード調人工皮革は洗濯、摩擦、光などによって色落ちや変色が生じず、その良好な染色状態が長期にわたって維持され得る、洗濯堅牢度、摩擦堅牢度、耐光堅牢度に優れるものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明を達成するための具体的な手段の例を次に述べる。
本発明で用いるスエード調人工皮革は、ポリエステル系繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂からなる基体の片面または両面にポリエステル系極細繊維の立毛を有する。本発明で用いるスエード調人工皮革では、立毛部はポリエステル系極細繊維からなることが必要であり、また、基体を構成するポリエステル系繊維不織布はポリエステル系極細繊維が絡み合った絡合不織布であることが好ましい。立毛部、および基布を構成するポリエステル系繊維不織布の両方をポリエステル系極細繊維から形成することにより、高級なスエード調の品位ある外観を有し、且つ、表面タッチがソフトなものにすることができる。立毛部およびポリエステル系極細繊維不織布を構成するポリエステル系極細繊維の単繊維繊度は1デシテックス以下であることが好ましく、特に立毛を構成するポリエステル系極細繊維の単繊維繊度は0.5デシテックス以下であることが好ましく、0.001〜0.3デシテックスであることがより好ましく、0.01〜0.2デシテックスであることが更に好ましい。ポリエステル系極細繊維の太さ、特に立毛部を形成するポリエステル系極細繊維の太さが0.5デシテックスを超えると、高級なスエード調の品位のある外観およびソフトな表面タッチが得られにくくなり、一方、ポリエステル系極細繊維の太さが0.001デシテックス未満であると、染着性が低下して、色調が劣ったものになり易い。
【0012】
立毛および基体を構成するポリエステル系極細繊維を形成するポリエステル系樹脂は、繊維形成性のポリエステルであればいずれでもよく、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、前記したポリエステル中に5−スルホナトリウム−イソフタル酸などを共重合してなる、例えば、イソフタル酸変性ポリエステルなどを挙げることができ、ポリエステル系極細繊維(以下、単にポリエステル極細繊維と称することもある。)は、これらのポリエステルの1種または2種以上から形成されていることができる。
【0013】
本発明で用いるスエード調人工皮革における基布では、ポリエステル系極細繊維不織布の繊維空隙内に水系エマルジョンバインダー樹脂が含有されている。ポリエステル系極細繊維不織布内に含有させる水系エマルジョンバインダー樹脂を構成する樹脂としては、例えば、ポリウレタンエラストマー、天然ゴム、SBR、NBR、ポリクロロプレン、ポリイソプレン、クロルスルホン化ポリエチレン、ポリイソブチレン、イソブチレンイソプレンゴム、アクリルゴム(アクリル酸エステル系弾性重合体)、ポリエステル系熱可塑性エラストマー、ポリアミド系熱可塑性エラストマー、ポリスチレン系熱可塑性エラストマー、ポリオレフィン系熱可塑性エラストマー、ポリジエン系熱可塑性エラストマー、塩素系熱可塑性エラストマー、可塑剤の使用によって弾性化した樹脂(例えば可塑化したポリ塩化ビニル、ポリアミドなど)などを挙げることができ、これらの1種または2種以上を用いることができる。そのうちでも、ポリウレタンエラストマー(弾性ポリウレタン樹脂)が、弾性回復性、多孔質化容易性、スエード調人工皮革の風合い、染色性、耐磨耗性、引張強度などの力学的特性などの点から好ましく用いられる。
【0014】
ポリウレタンエラストマーとしては、ポリエステルジオール、ポリエーテルジオール、ポリエーテルエステルジオール、ポリカーボネートジオールなどから選ばれた少なくとも1種類の数平均分子量500〜5000のポリマーポリオール、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネートなどの芳香族系、脂環族系、脂肪族系のジイソシアネートなどから選ばれた少なくとも1種のポリイソシアネート、および、エチレングリコール、エチレンジアミンなどの2個以上の活性水素原子を有する少なくとも1種の低分子化合物を所定のモル比で1段階あるいは多段階の溶融重合法、塊状重合法、溶液重合法などにより重合反応させて得た各種のポリウレタンエラストマーが挙げられる。ポリマーポリオールの数平均分子量が500未満であると、ソフトセグメントが短すぎて、ポリウレタンが柔軟性に欠けたものとなり、天然皮革様のスエード調人工皮革が得られにくくなることがある。一方、該ポリマーポリオールの数平均分子量が5000を超えると、ポリウレタン中におけるウレタン結合の割合が相対的に減少することによって、耐久性、耐熱性および耐加水分解性などが低下し、実用的な物性を有するスエード調人工皮革が得られにくくなる。ポリウレタンエラストマー中のポリマーポリオール成分の含有量は15〜90質量%が好ましい。
水系エマルジョンバインダー樹脂のガラス転移温度が−20℃以下であることが、染料が同色化の為の加熱時に移行し易いことと柔軟性を兼ね備えることから、後述する水系エマルジョンバインダー樹脂を表面または表面近傍のポリエステル系極細繊維と同色化させる工程において同色化し易く、またスエード調人工皮革の柔軟な風合いを兼ね備える点で好ましい。
【0015】
本発明で用いる染色前のスエード調人工皮革の製造方法は特に制限されず、従来から既知の方法を使用して製造することができる。例えば、以下の(i)あるいは(ii)の方法を挙げることができる。
(i)ポリエステルおよびポリエステルと相溶しない他のポリマーを用いて混合紡糸法、海島型複合紡糸法、分割型複合紡糸法などによってポリエステル極細繊維発生型(多成分系)繊維を製造し、次いで該ポリエステル極細繊維発生型繊維を用いて不織布を製造し、それに水系エマルジョンバインダー樹脂を含浸して凝固した後に、ポリエステル極細繊維発生型繊維中のほかのポリマーを溶解、分解などにより除去してポリエステル極細繊維を形成するか、またはポリエステル極細繊維発生型繊維を分割してポリエステル極細繊維を形成させ、次いで起毛処理する方法。
(ii)前記ポリエステル極細繊維発生型繊維を用いて不織布を製造した後、該ポリエステル極細繊維発生型繊維中の他のポリマー成分を溶解除去するか又は該ポリエステル極細繊維発生型繊維を分割してポリエステル極細繊維とした後、それに水系エマルジョンバインダー樹脂を含浸・凝固し、次いで起毛処理する方法。
【0016】
上記(i)または(ii)の方法で用いるポリエステル極細繊維発生型繊維において、溶解除去または分解除去される他のポリマーとしては、ポリエステル極細繊維を形成するポリエステルと溶剤に対する溶解性または分解剤に対する分解性を異にし、ポリエステルと相溶性が低いポリマーが好ましく用いられる。そのようなポリマーとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリアミド、ポリスチレン、スチレン−アクリル系モノマー共重合体、スチレン−エチレン共重合体、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコールなどを挙げることができ、ポリエステル極細繊維発生型繊維は、これら他のポリマーの1種または2種以上を用いて形成されていることができる。これらのポリマーは、溶解除去あるいは分解除去するためには化学薬品を使用せざるを得なかった。例えば、ポリエステルを除去する場合には、薬品として苛性ソーダなどが用いられ、ポリアミドの場合にはギ酸などが用いられ、またポリスチレンの場合はトリクロロエチレンやトルエンなどが用いられる。
【0017】
しかしながら、このような方法では、化学薬品の取り扱いの危険性や環境汚染などの面から特殊な抽出除去設備が必要となり、作業者の安全衛生面や製造コストの点で十分満足できるものではなかった。また、除去処理により、除去する成分とは別の成分が好ましくない影響を受けるため、このような多成分系繊維を構成する成分の組合せが限定され、除去すべき成分が十分除去できないままで使用せざるを得ず、満足できる品質の不織布および人工皮革が得られない場合があった。
一方、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール(以下、PVAと略記することがある)は水溶性のポリマーであって、その基本骨格と分子構造、形態、各種変性により水溶性の程度を変えることができ、更に溶融紡糸性を付与することが可能であるため、本発明のポリエステル極細繊維発生型繊維においても、有機溶剤を使用せずに水で溶解除去または分解除去されるポリマーとして使用することができる。また、PVAは生分解性であることも確認されている。これらのことから、地球環境的には溶解除去するポリマーとしてこのような基本性能を有するPVAを使用することが好ましい。
また、上記(i)または(ii)の方法で用いるポリエステル極細繊維は、極細繊維化後のポリエステル極細繊維の単繊維繊度を上記のごとく0.5デシテックス以下、特に0.2デシテックス以下とするために、貼り合わせ型(分割型)繊維であるよりは、ポリエスエルを島成分として他のポリマーを海成分とする海島型の繊維(海島型複合紡糸繊維または海島型混合紡糸繊維)であることが工程上有利である。
【0018】
また、本発明に用いられるポリエステル極細繊維発生型多成分系繊維は長繊維でも短繊維でもよいが、スエード調人工皮革として用いる場合、短繊維からなるものよりもより高度に絡合した不織布を得られ、磨耗時の立毛の耐久性や、家具や自動車のシート表皮として使用する場合、長期間使用後の生地の形態保持性の点で有利であることを考慮し、本発明の効果をより確実に得るためには長繊維を用いることが好ましい。長繊維とは、フィラメントと称する場合もあり、短繊維((ステープル)繊維長10〜50mm)のように意図的に切断されていない繊維である。長繊維の繊維長は一概には特定できないが、本発明の効果を奏するためには、海島型長繊維の繊維長は、100mm以上が好ましく、また、技術的に製造可能であって、かつ、物理的に切れない限りは、数m、数百m、数km、あるいはそれ以上の繊維長であってもよい。
【0019】
以下、上記(i)の方法によって、PVAをポリエステル極細繊維発生型繊維の溶解除去する成分として使用し、ポリエステル極細繊維発生型多成分系繊維が長繊維である方法を例にとって、更に詳細にポリエステル極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の製造方法を説明する。
【0020】
先ず、PVAを一成分に用いた極細繊維化後の単繊度が0.001〜0.5デシテックスである極細繊維を形成することが可能な極細繊維発生型多成分系繊維からなるフィラメントを用いて長繊維ウェブを形成する。この長繊維ウェブを必要に応じてクロスラッピング等の手法により積層し、ニードルパンチング処理で代表される絡合処理を行って長繊維絡合不織布とする。スエード調人工皮革の伸び強力の調整、目付や厚みの調整、その他の目的により、ウェブ形成後から絡合処理完了までのいずれかの段階で、織編物、異なる繊維の不織布、フィルムなどのシート状物を、長繊維絡合不織布に積層して一体化してもよい。但し、該長繊維絡合不織布は最終的に表面が毛羽立てられ、立毛表面が形成されることとなるから、その表面はポリエステル極細繊維発生型繊維から形成されていることが必要であり、長繊維絡合不織布全体がポリエステル極細繊維発生型繊維から形成されていることが好ましい。また、得られる製品の立毛密度を向上させ、より高品位のスエード調の外観が得られる点から、上記長繊維絡合不織布に熱処理などを行うことにより収縮処理して緻密化させることが好ましい。また、長繊維絡合不織布は、表面平滑な基体とするために、水系エマルジョンバインダー樹脂の含浸前に加熱プレス処理などにより表面平滑化することが好ましい。水系エマルジョンバインダー樹脂を含浸する前(加熱プレス後)の長繊維絡合不織布の目付は150〜1000g/mの範囲内にあることが好ましい。目付が150g/m未満であると、水系エマルジョンバインダー樹脂の含浸以降の工程で伸びなどが生じて形態の変化が大きくなり易く、得られる製品に歪みが残り、面感不良を招き易い。一方、目付が1000g/mを超えると、水系エマルジョンバインダー樹脂の含浸や凝固工程、ポリエステル極細繊維発生型繊維から他のポリマーを除去してポリエステル極細繊維を形成させる工程などにおいて工程速度が遅くなり、実用性を欠いたものになり易い。
【0021】
水系エマルジョンバインダー樹脂の付与方法は特に制限されず、水系エマルジョンバインダー樹脂の液中に長繊維絡合不織布を浸漬して水系エマルジョンバインダー樹脂液を含浸させた後にニップする方法、長繊維絡合不織布上に水系エマルジョンバインダー樹脂液を付与し高速回転するロールで摺り込む方法などが挙げられる。水系エマルジョンバインダー樹脂の分散液には、必要に応じて、顔料、染料、などの着色剤、凝固性調節剤、酸化防止剤、耐光剤、紫外線吸収剤、分散剤などの添加剤を添加することができる。水系エマルジョンバインダー樹脂液中の樹脂濃度としては3〜40質量%が好ましい。本発明において、付与する水系エマルジョンバインダー樹脂の量としては、PVA抽出除去後の不織布の質量に対して、固形分換算で2〜40質量%が好ましい。この範囲よりも少ない場合にはスエード表面のポリエステル極細繊維の固定が不十分となり、耐磨耗性、耐ピリング性が不良となる。また、折れ曲げ皺、形態安定性および表面平滑性が不良となり、逆に多い場合には風合いの硬化が生じる。より好ましくは5〜25質量%である。
【0022】
次に、水系エマルジョンバインダー樹脂を含有させた長繊維絡合不織布をポリエステル極細繊維発生型繊維中のPVAを選択的に溶解除去し、ポリエステル極細繊維発生型繊維からポリエステル極細繊維束を形成し、ポリエステル極細繊維を含む長繊維絡合不織布内に水系エマルジョンバインダー樹脂が含有されたシート状物とする。このポリエステル極細繊維束の形成に当たって、極細繊維発生型繊維としてポリエステルを島成分とする海島構造繊維を用いて島成分をポリエステル極細繊維として残留させる場合は、ポリエステル極細繊維(束)と水系エマルジョンバインダー樹脂とが実質的に接着していない構造となり、ポリエスエル極細繊維束が水系エマルジョンバインダー樹脂に拘束されていないことにより構造内での動きの自由度が増すことから、天然皮革様の柔軟性に優れるスエード調人工皮革を得ることが出来る。
【0023】
本発明において、極細繊維発生型多成分系繊維からなる不織布を得るための極細繊維発生型多成分系繊維としては特に限定されず、チップブレンド(混合紡糸)方式や複合紡糸方式で代表される方法を用いて得られる海島型断面繊維、多層積層型断面繊維、放射型積層型断面繊維等から適宜選択可能であるが、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を海成分、前述のポリエステル樹脂を島成分とする海島型断面繊維がニードルパンチ時の繊維損傷が少なく、かつ極細繊維の均一性の点で好ましい。尚、極細繊維を構成するポリエステル樹脂には、染料、顔料等の着色剤、紫外線吸収剤、熱安定剤、消臭剤、防かび剤、各種安定剤が添加されていてもよい。
【0024】
本発明では、極細繊維発生型多成分系繊維のマトリックス成分にPVA系樹脂を用いるが、該樹脂の使用は、複合繊維の紡糸性、環境汚染、溶解除去の容易さ等を総合的に考慮して選定されたものである。すなわち、このようなPVA系樹脂を1成分に用いた複合繊維不織布を水によって可塑化した状態で熱処理することにより不織布の高密度化が可能になると共に、水系エマルジョンバインダー樹脂を付与した後に、水により溶解除去することで、極細繊維とバインダー樹脂の間に空隙が生じて、人工皮革の高密度化と柔軟性が同時に達成され、人工皮革のドレープ性や風合い等が天然皮革に酷似したものとなる。PVA系樹脂溶解除去前の極細繊維発生型多成分系繊維中に占める質量比率としては5〜70質量%が好ましい。より好ましくは10〜60質量%、特に好ましくは15〜50質量%である。極細繊維発生型多成分系繊維中のPVA系樹脂の比率が少なくなると、複合繊維の紡糸の安定性が低下すると共に、人工皮革とした場合の柔軟性が低下して好ましくなく、逆に比率が多くなると、絡合不織布を収縮の際に付与する水分量が多くなり余分な水分を乾燥させるため生産性が低下すると共に、人工皮革とした場合の形態を安定化するために多量のバインダー樹脂が必要になり好ましくない。PVA系樹脂自身の好ましい態様については後述する。
【0025】
本発明においては繊維および不織布の形態としては、前記したように極細繊維発生型多成分系長繊維よりなる長繊維不織布が好ましいが、このような長繊維不織布は、溶融紡糸と直結したいわゆるスパンボンド不織布の製造方法によって効率よく製造することができる。すなわち、PVA系樹脂とポリエステル系樹脂とをそれぞれ別の押し出し機で溶融混練し、溶融した樹脂流を、複合ノズルを経て紡糸ヘッドに導きノズル孔から吐出させ、この吐出複合繊維を冷却装置により冷却せしめた後、エアジェット・ノズル等の吸引装置を用いて目的の繊度となるように1000〜6000m/分の複合繊維の引き取り速度に該当する速度で高速気流により牽引細化させ、移動式の捕集面の上に堆積させて必要に応じて部分圧着して長繊維ウェブを製造することができる。得られる極細繊維発生型多成分系繊維の繊度としては、1.0〜5.0デシテックスの範囲、長繊維ウェブの目付としては20〜500g/mの範囲が工程取り扱い性の面から好ましい。
【0026】
捕集面に堆積させた繊維ウェブを、場合によって複数枚重ね合わせ、ニードルパンチして不織布とするが、その際の油剤、ニードル形状、ニードル深度、パンチ数等の所謂ニードル条件については特に制限はなく、公知の方法から適宜選択することができる。例えばニードル形状は、バーブ数が多いほうが効率的であるが、針折れが生じない範囲で1〜9バーブの中から選ぶことができ、深度はニードル針のバーブが不織布裏面まで貫通するような条件でかつニードルマークが強くでない範囲で設定することができる。また、ニードルパンチ後の不織布の見掛け密度は0.10g/cm以上であることが好ましい。ニードルパンチ後の不織布の見掛け密度が0.10g/cm未満の場合には、不織布を熱処理して得られる面積収縮率を15%より大きくする必要が生じ、均一で緻密な構造の不織布することが困難となる。より好ましくは、見掛け密度0.13〜0.50g/cmの範囲である。なお、不織布の見掛け密度は、1cmあたり0.7gの荷重をかけた状態で測定された厚み値を用いて算出する。
【0027】
次に本発明の不織布に用いられるPVAについて詳述する。本発明の不織布を構成する極細繊維発生型多成分系繊維に用いられるPVAとしては、平均重合度(以下、単に重合度と略記する)が200〜500のものが好ましく、中でも230〜470の範囲のものが好ましく、250〜450のものが特に好ましい。重合度が200未満の場合には溶融粘度が低すぎて、安定な複合化が得られにくい。重合度が500を超えると溶融粘度が高すぎて、紡糸ノズルから樹脂を吐出することが困難となる。重合度500以下のいわゆる低重合度PVAを用いることにより、熱水で溶解するときに溶解速度が速くなるという利点も有る。
【0028】
ここで言うPVAの平均重合度(P)は、JIS−K6726に準じて測定された値である。すなわち、PVAを再ケン化し、精製した後、30℃の水中で測定した極限粘度[η]から次式により求められるものである。
P=([η]10/8.29)(1/0.62)
重合度が上記範囲にある時、本発明の目的がより好適に達せられる。
【0029】
本発明に用いられるPVAのケン化度は90〜99.99モル%の範囲であることが好ましく、93〜99.98モル%の範囲がより好ましく、94〜99.97モル%の範囲がさらに好ましく、96〜99.96モル%の範囲が特に好ましい。ケン化度が90モル%未満の場合には、PVAの熱安定性が悪く、熱分解やゲル化によって満足な溶融紡糸を行うことができないのみならず、生分解性が低下し、更に後述する共重合モノマーの種類によってはPVAの水溶性が低下し、本発明の複合繊維を得ることができない場合がある。一方、ケン化度が99.99モル%よりも大きいPVAは安定に製造することが困難である。
本発明で使用されるPVAは生分解性を有しており、活性汚泥処理あるいは土壌に埋めておくと分解されて水と二酸化炭素になる。PVAを溶解した後のPVA含有廃液の処理には活性汚泥法が好ましい。該PVA水溶液を活性汚泥で連続処理すると2日間から1ヶ月の間で分解される。また、本発明に用いるPVAは燃焼熱が低く、焼却炉に対する負荷が小さいので、PVAを溶解した排水を乾燥させてPVAを焼却処理してもよい。
本発明に用いられるPVAの融点(Tm)は、160〜230℃が好ましく、170〜227℃がより好ましく、175〜224℃が特に好ましく、180〜220℃がとりわけ好ましい。融点が160℃未満の場合にはPVAの結晶性が低下し繊維強度が低くなると同時に、PVAの熱安定性が悪くなり、繊維化できない場合がある。一方、融点が230℃を超えると、溶融紡糸温度が高くなり紡糸温度とPVAの分解温度が近づくためにPVA繊維を安定に製造することができない。
【0030】
PVAの融点は、DSCを用いて、窒素中、昇温速度10℃/分で300℃まで昇温後、室温まで冷却し、再度昇温速度10℃/分で300℃まで昇温した場合のPVAの融点を示す吸熱ピークのピークトップの温度を意味する。
本発明に用いられるPVAは、ビニルエステル単位を主体として有する樹脂をケン化することにより得られる。ビニルエステル単位を形成するためのビニル化合物単量体としては、ギ酸ビニル、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、バレリン酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、安息香酸ビニル、ピバリン酸ビニルおよびバーサティック酸ビニル等が挙げられ、これらの中でもPVAを容易に得る点からは酢酸ビニルが好ましい。
本発明で使用されるPVAは、ホモポリマーであっても共重合単位を導入した変性PVAであってもよいが、溶融紡糸性、水溶性、繊維物性の観点からは、共重合単位を導入した変性PVAを用いることが好ましい。共重合単量体の種類としては、共重合性、溶融紡糸性および繊維の水溶性の観点から、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン等の炭素数4以下のα−オレフィン類、メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n−プロピルビニルエーテル、i−プロピルビニルエーテル、n−ブチルビニルエーテル等のビニルエーテル類が好ましい。炭素数4以下のα−オレフィン類および/またはビニルエーテル類に由来する単位は、PVA中にPVA構成単位の1〜20モル%存在していることが好ましく、さらに4〜15モル%が好ましく、6〜13モル%が特に好ましい。さらに、α−オレフィンがエチレンである場合には、繊維物性が高くなることから、特にエチレン単位が4〜15モル%、より好ましくは6〜13モル%導入された変性PVAを使用する場合である。
【0031】
本発明で使用されるPVAは、塊状重合法、溶液重合法、懸濁重合法、乳化重合法などの公知の方法が挙げられる。その中でも、無溶媒あるいはアルコールなどの溶媒中で重合する塊状重合法や溶液重合法が通常採用される。溶液重合時に溶媒として使用されるアルコールとしては、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコールなどの低級アルコールが挙げられる。共重合に使用される開始剤としては、a、a’−アゾビスイソブチロニトリル、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチル−バレロニトリル)、過酸化ベンゾイル、n−プロピルパーオキシカーボネートなどのアゾ系開始剤または過酸化物系開始剤などの公知の開始剤が挙げられる。重合温度については特に制限はないが、0℃〜150℃の範囲が適当である。
以上の方法により得られた長繊維緻密化絡合不織布に、人工皮革用基材の表面平滑性を向上するために、必要に応じてカレンダーロールによる面平滑化を施し、そして、内部に前述の水系エマルジョンバインダー樹脂を含浸、凝固する工程、水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂を熱水で抽出除去することにより極細繊維発生型多成分系繊維を極細化する工程を経て人工皮革用基材を製造することができる。ここで、含浸する水系エマルジョンバインダー樹脂溶液には感熱ゲル化処理または増粘処理を施すことにより凝固、乾燥時のマイグレーションを抑制することが人工皮革の風合いの点から好ましい。
【0032】
エマルジョンを含浸、凝固、乾燥させた後の不織布から、同不織布を構成している極細繊維発生型多成分系繊維のPVA成分を抽出除去する。抽出除去する方法としては、液流染色機、ジッガー等の染色機や、オープンソーパー等の精練加工機を用いることができるが特にこれらに限定される物ではない。用いられる抽出浴の水温としては、80〜95℃が好ましく、また好ましい操作方法として、該不織布を抽出浴に浸漬したのち、絞液する操作を複数回繰り返すことにより、PVA成分の大半ないし全部を抽出除去する。なお、この際に、不織布は水温により収縮を生じることがあり、それにより一層の緻密感および充実感が得られる場合もある。
このようにして得られた人工皮革用基材は、必要に応じて厚み方向に複数枚に切断(スライス)したり、バフィングして所望の厚みにした後、さらに必要に応じて弾性重合体の溶液あるいは分散液を該基材表面に付与して立毛長を調整し、その後に片方または両方の面をサンドペーパーなどによるバフィング、針起毛などにより起毛し、さらに必要に応じて整毛して、スエード調人工皮革の染色前生地を形成させる。
本発明では、立毛繊維の平均立毛長が10〜500μmの立毛長が短いスエードやヌバック調の人工皮革に特に顕著な効果を有する。より好ましくは、20〜200μm、更に好ましくは、30〜170μmである。
なお、本発明の立毛長は、オスミニウム染色処理したスエード調人工皮革の断面を、走査型電子顕微鏡「S−2100日立走査型電子顕微鏡」(倍率200倍)で10ケ所以上観察し、高分子弾性体層より上部の表面繊維の立毛長を測定し、その平均を算出した。
【0033】
本発明では、上記のように製造されたスエード調人工皮革を分散染料によって染色する。分散染料の種類は特に制限されず、ポリエステル繊維と水系エマルジョンバインダー樹脂からなるこの種のスエード調人工皮革において従来から用いられている分散染料のいずれもが使用でき、例えば、アミノベンゼン系、アントラキノン系、ニトロジフェニルアミン誘導体などのニトロアリールアミン系の分散染料を挙げることができる。
分散染料によるスエード調人工皮革の染色は、高温高圧染色機を用いて高温下で行うことが望ましく、一般に115〜150℃、特に120〜140℃の染色温度が好ましく採用される。また染色時間は一般に30〜120分間が好ましい。染色温度が115℃未満であったり、染色時間が短すぎると、ポリエステル繊維中に分散染料が十分に拡散せず染色が不十分になり易い。一方、染色温度が150℃を超えたり、染色時間が長すぎると、基体の強度低下、立毛の脱落、ピリングの発生などが生じ易くなる。スエード調人工皮革の染色は、分散染料を水系媒体中に分散させた染色浴中にスエード調人工皮革を浸漬して行うことが好ましい。その際に、分散染料を染色浴中に安定に分散させて均一な染色が行われるように、染色浴中に分散剤を存在させておくことが好ましい。分散剤としては、例えば、芳香族スルホン酸塩などのアニオン系界面活性剤および非イオン系界面活性剤の少なくとも1種が好ましく用いられる。また、染色浴中には、必要に応じてpH調整剤、金属イオン封鎖剤などを含有させておいてもよい。染色時の浴比は、スエード調人工皮革の質量に対して10〜40倍が適当である。また、染色浴における分散染料の濃度は、1〜35%owfが好ましい。分散染料の濃度が1%未満であると、染色物の色調が薄くなって本発明の効果が現れにくくなり、一方、35%owfを超えると染色物の洗濯堅牢性、摩擦堅牢性などが低くなり、実用性が低下し易い。
【0034】
スエード調人工皮革の表面温度が110℃以下となる温度で乾燥する工程に関して、以下に示す。染色したスエード調人工皮革を還元剤を用いて処理して、少なくとも基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂に付着した分散染料を還元剤で還元分解し脱色するか、または基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂と表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂を脱色する。還元剤としては、ポリエステル染色繊維の還元洗浄に一般に使用されている還元剤のいずれもが使用でき、具体例としては、二酸化チオ尿素、ハイドロサルファイトナトリウム、ハイドロサルファイトカルシウムなどのハイドロサルファイト系化合物、亜鉛スルホキシレートアルデヒド、ナトリウムスルホキシレートアルデヒド、セチルトリメチルアンモニウムブロマイド、オクタデシルピリジニウムブロマイド、酸性亜硫酸ナトリウムなどを挙げることができる。また、還元処理に当たっては、還元助剤(例えば水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウムなどのアルカリ、非イオン系界面活性剤など)を用いることが、還元処理を円滑に行えることから好ましい。還元処理は、ポリエステル極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂からなる基体の、表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂が脱色されるか、または基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂と表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂が脱色されて、染色前の水系エマルジョンバインダー樹脂の色調とほぼ同じ色調になるような条件で行うことが好ましい。一方、還元処理が不十分で、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂や水系エマルジョンバインダー樹脂の表面近傍部位に染料が脱色されずに多く残っていると、洗濯した際や使用時などに染料の脱落、変色、退色などが生じ、洗濯堅牢性、摩擦堅牢性、耐光堅牢性などに劣ったものとなる。
【0035】
一般的には、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂および表面近傍に位置する水系エマルジョンバインダー樹脂が染色前とほぼ同じ色調にまで脱色されていて、且つスエード調人工皮革を構成する水系エマルジョンバインダー樹脂での分散染料の含有量が、還元処理後(脱色後)の水系エマルジョンバインダー樹脂1g当たり1〜30mgの範囲になるようにして還元処理を行うことが好ましく、1〜10mgの範囲になるようにするのがより好ましい。そのような還元状態(脱色状態)を得るための還元条件は、分散染料の種類、水系エマルジョンバインダー樹脂の種類、基体の厚さ、還元剤の種類、還元助剤の種類などに応じて異なり得るが、一般的には、還元剤を2〜10g/dmおよび還元助剤を1〜10g/dmの割合で含有する温度50〜80℃の熱水を用いて行うと、上記した好ましい還元・脱色状態とすることができる。還元処理は、スエード調人工皮革を熱水中に静置状態で浸漬して行っても、またはスエード調人工皮革を熱水中で揉みながら行ってもよく、そのうちでも熱水中で揉みながら行うことが好ましい。
【0036】
還元剤を用いて基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂、または基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂と表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂における染料を還元分解して脱色したスエード調人工皮革は、酸化剤を含む液で処理(酸化洗浄)して、スエード調人工皮革に残留している還元剤を除去しておくことが、次の染料の移行処理を円滑に行うことができ、また得られるスエード調人工皮革の洗濯堅牢性などの物性が良好になることから好ましい。洗浄(酸化洗浄)を行うための酸化剤を含む液としては、還元剤で脱色処理を行った後のスエード調人工皮革中に残留している還元剤を酸化して除去できるものであればいずれでもよく、例えば、過酸化水素水、過酢酸、次亜塩素酸ナトリウムなどを挙げることができる。スエード調人工皮革の酸化処理は、酸化剤を含有する洗浄浴中に還元処理後のスエード調人工皮革を浸漬させて、温度50〜90℃で行うことが好ましく、それによってスエード調人工皮革に残留している還元剤を円滑に酸化除去することができる。
【0037】
次いで、酸化処理を行ったスエード調人工皮革を、必要に応じて更に水などを用いて洗浄し、その後、一旦、スエード調人工皮革の表面温度が110℃以下で加熱し乾燥処理を行うことが重要である。スエード調人工皮革の表面が110℃を超える温度で加熱し乾燥した場合、ポリエステル極細繊維中の分散染料が水系エマルジョンバインダー樹脂へ昇華移行し始めるが、スエード調人工皮革の乾燥前の場所による水分量の斑に起因する乾燥速度の差から、色斑を生じ易くなり、表面外観に劣るものとなる。
その後、スエード調人工皮革の水系エマルジョンバインダー樹脂を表面または表面近傍のポリエステル極細繊維と同色化させる工程を行う。同色化する工程は、スエード調人工皮革の表面のポリエステル極細立毛繊維と水系エマルジョンバインダー樹脂の色調を均一化させ、かつ、家具用やカーシート用表皮に使用した場合に、実用上必要な洗濯、摩擦および光等に対する染色堅牢度を確保するため、同色化させる手段を特定の方法にする必要がある。以下に本発明を達成する手段を示す。
【0038】
手段(1):上記少なくとも基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂に付着した分散染料を還元剤で還元分解し脱色する還元処理後、さらに酸化処理後一旦乾燥した状態として、スエード調人工皮革の表面をさらに加熱処理し、感想状態の表面または表面近傍のポリエステル極細繊維に染着している分散染料を、水系エマルジョンバインダー樹脂に移行させることによって、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂または基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂と表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂に昇華移行させ再度染色する。この表面および表面近傍を乾燥させた状態で、染料の移行処理で行う加熱処理は、スエード調人工皮革表面の温度が111℃〜150℃の範囲で行う。111℃よりも低い場合は十分な染料の移行が行われにくく、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂とポリエステル極細繊維の立毛との色調が不均一なままであり低品位となる。また、150℃を超えると、ポリエステル極細繊維立毛中の染料が必要以上に昇華し、スエード調人工皮革の色調が目的のものから離れてしまう。115〜140℃が好ましく、120〜140がより好ましい。
該加熱処理における必要な処理時間は、処理温度により異なる。処理温度が低い場合、例えばスエード調人工皮革表面の温度が111℃の場合は2分〜5分、処理温度が高い場合、例えばスエード調人工皮革表面の温度が150℃の場合は30秒〜3分の範囲で行うことが好ましい。処理時間が上記範囲より短い場合、ポリエステル系極細繊維に染着している染料が表面に露出または表面近傍に存在する水系エマルジョンバインダー樹脂への十分な移行が行われにくく、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂とポリエステル系極細繊維の立毛との色調が不均一なままとなり低品位の外観となる。処理時間が上記範囲より長い場合、ポリエステル極細繊維立毛中の染料が必要以上に昇華し、スエード調人工皮革の色調が目的のものから離れてしまう。
【0039】
該加熱処理を行う装置は、上記の加熱処理が行うことができれば特に制限されるものでなく、既知の装置を使用できるが、スエード調人工皮革の表面全体を色斑なく均一に染料移行させることに有利なため、拡布で行うタイプの加熱装置であるテンター式乾燥機、ネット式乾燥機、ショートループ式乾燥機あるいは拡布で行うタイプのタンブラー乾燥機などの使用が好ましい。また、加熱のための熱源も特に制約は無く、蒸気、ガス燃焼および遠赤外線などを使用できる。
また、上記の加熱処理は、染料移行を目的としてそれ自体を独立して行っても良いが、染色後あるいは何らかの薬剤処理後の濡れた状態から、一旦表面を乾燥させた状態とすることで、上記加熱処理を連続して行うことも可能である。
【0040】
手段(2):上記少なくとも基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂に付着した分散染料を還元剤で還元分解し脱色する還元処理後、さらに酸化処理後一旦乾燥したスエード調人工皮革に対して、公知の含金染料を用いて基体表面に露出した水系エマルジョンバインダー樹脂を選択的に染色し、スエード調人工皮革の水系エマルジョンバインダー樹脂を表面または表面近傍のポリエステル極細繊維と同色化させる。該染色における含金染料の濃度は、既に分散染料で染色されているポリエステル極細繊維の色目によるが、高濃度ほど洗濯堅牢度、摩擦堅牢度が低下するため、5%owf以下、更には2%owf以下が好ましい。含金染料で染色するための染色機は、一般に含金染料染色で使用されている染色機ならどれでも使用できるが、色斑の生じにくさや染色効率の点から、ウインス染色機あるいは高温高圧液流染色機(例えば株式会社日阪製作所整サーキュラー染色機)の使用が好ましい。
水系エマルジョンバインダー樹脂のガラス転移温度が−20℃以下であることが染色のし易さとスエード調人工皮革の柔軟な風合いを兼ね備える点で好ましい。
最後に、上記同色化工程後、必要に応じて、撥水処理、揉み処理、整毛処理などの仕上げ処理を行い、目的のポリエステル系極細繊維からなる立毛と表面に露出または表面近傍に存在する水系エマルジョンバインダー樹脂がほぼ同色に均一に染色されていて、全体の色調が均一で、良好な外観を有する本発明のスエード調人工皮革を得ることができる。
【実施例】
【0041】
以下実施例により、本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。繊維の平均繊度は、繊維形成に使用した樹脂の密度と走査型電子顕微鏡を用いて数百倍〜数千倍程度の倍率にて観察される人工皮革用基材を構成する繊維の断面の面積とから計算されたものである。また、実施例中で記載される部および%は、特にことわりのない限り質量に関するものである。
樹脂のガラス転移温度は、DSC(TA3000、メトラー社製)測定器を用いて、求めた。
以下の例において、洗濯堅牢度、摩擦堅牢度および耐光堅牢度は、それぞれJIS L0844(A法)、JIS L0849及びJIS L0842に規定されている測定法に準じて評価した。
【0042】
製造例1
[水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂の製造]
攪拌機、窒素導入口、エチレン導入口および開始剤添加口を備えた100L加圧反応槽に酢酸ビニル29.0kgおよびメタノール31.0kgを仕込み、60℃に昇温した後30分間窒素バブリングにより系中を窒素置換した。次いで反応槽圧力が5.9kg/cmとなるようにエチレンを導入仕込みした。開始剤として2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)(以下、AMVと略すこともある。)をメタノールに溶解した濃度2.8g/L溶液を調整し、窒素ガスによるバブリングを行って窒素置換した。上記の重合槽内温を60℃に調整した後、上記の開始剤溶液170mlを注入し重合を開始した。重合中はエチレンを導入して反応槽圧力を5.9kg/cmに、重合温度を60℃に維持し、上記の開始剤溶液を用いて610ml/hrでAMVを連続添加して重合を実施した。10時間後に重合率が70%となったところで冷却して重合を停止した。反応槽を開放して脱エチレンした後、窒素ガスをバブリングして脱エチレンを完全に行った。次いで減圧下に未反応酢酸ビニルモノマーを除去しポリ酢酸ビニルのメタノール溶液とした。得られた該ポリ酢酸ビニル溶液にメタノールを加えて濃度が50%となるように調整したポリ酢酸ビニルのメタノール溶液200g(溶液中のポリ酢酸ビニル100g)に、46.5g(ポリ酢酸ビニルの酢酸ビニルユニットに対してモル比(MR)0.10)のアルカリ溶液(NaOHの10%メタノール溶液)を添加してケン化を行った。アルカリ添加後約2分で系がゲル化したものを粉砕器にて粉砕し、60℃で1時間放置してケン化を進行させた後、酢酸メチル1000gを加えて残存するアルカリを中和した。フェノールフタレイン指示薬を用いて中和の終了を確認後、濾別して得られた白色固体のPVAにメタノール1000gを加えて室温で3時間放置洗浄した。上記洗浄操作を3回繰り返した後、遠心脱液して得られたPVAを乾燥機中70℃で2日間放置して乾燥PVAを得た。
【0043】
得られたエチレン変性PVAのケン化度は98.4モル%であった。また該変性PVAを灰化させた後、酸に溶解したものを用いて原子吸光光度計により測定したナトリウムの含有量は、変性PVA100質量部に対して0.03質量部であった。また、重合後未反応酢酸ビニルモノマーを除去して得られたポリ酢酸ビニルのメタノール溶液をn−ヘキサンに沈殿、アセトンで溶解する再沈精製を3回行った後、80℃で3日間減圧乾燥を行って精製ポリ酢酸ビニルを得た。該ポリ酢酸ビニルをd6−DMSOに溶解し、500MHzプロトンNMR(JEOL GX−500)を用いて80℃で測定したところ、エチレンの含有量は10モル%であった。上記のポリ酢酸ビニルのメタノール溶液をアルカリモル比0.5でケン化した後、粉砕したものを60℃で5時間放置してケン化を進行させた後、メタノールソックスレーを3日間実施し、次いで80℃で3日間減圧乾燥を行って精製されたエチレン変性PVAを得た。該PVAの平均重合度を常法のJIS K6726に準じて測定したところ330であった。該精製PVAの1,2−グリコール結合量および水酸基3連鎖の水酸基の含有量を5000MHzプロトンNMR(JEOL GX−500)装置による測定から前述のとおり求めたところ、それぞれ1.50モル%および83%であった。さらに該精製された変性PVAの5%水溶液を調整し厚み10ミクロンのキャスト製フィルムを作成した。該フィルムを80℃で1日間減圧乾燥を行った後に、DSCを用いて、前述の方法により融点を測定したところ206℃であった。
【0044】
実施例1
上記PVAを海成分に用い、イソフタル酸変性度6モル%のポリエチレンテレフタレ−トを島成分とし、極細繊維発生型(多成分系)繊維1本あたりの島数が25島となるような溶融複合紡糸用口金を用い、海成分/島成分の質量比30/70となるように260℃で口金より吐出した。紡速が3500m/minとなるようにエジェクター圧力を調整し、平均繊度2.0デシテックスの長繊維をネットで捕集し、36g/mの長繊維ウェブを得た。
上記長繊維ウェブをクロスラッピングにより重ね合わせ、ニードルパンチングをおこない、長繊維ウェブを絡合せしめ、幅200cm、目付771g/mの長繊維不織布を得た。
上記の長繊維絡合不織布を相対湿度95%、70℃の雰囲気下で、3分間熱処理して収縮を生じさせ、次いで表面温度120℃の乾熱ロールプレスを行い、目付1200g/m、厚み2.3mmの緻密化絡合不織布を得た。
【0045】
次いで該緻密化絡合不織布に対し水系エマルジョンバインダー樹脂としてエバファノールAP−12(日華化学株式会社製、ガラス転移温度−52℃)を固形分濃度12%となるよう水で希釈して、含浸付与し、150℃で乾燥およびキュアリングを施し、樹脂繊維比率R/F=14/86の樹脂含有不織布シートを得た。ついで、95℃の熱水中でPVAを溶解除去し、極細繊維よりなる厚さ1.8mmの極細長繊維絡合シート(人工皮革用基材)を得た。該人工皮革用基材を構成する極細長繊維の単繊度は0.1デシテックスであった。得られた人工皮革用基材を厚さ方向に半裁した後、半裁面を180番のサンドペーパーによりバフィングして厚みを0.8mmにした後、半裁面と反対側の面を240番のサンドペーパーおよび320番のサンドペーパーで順次バフィングし、半裁面と反対側の面に平均立毛長約170μmのポリエステル系極細繊維の立毛を有し、且つポリエステル系極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂からなる基体を有するスエード調人工皮革の染色前生地を得た。
【0046】
上記により得られたスエード調人工皮革生地を、80℃の熱水中に20分間湯通しして熱水になじませると共に生地をリラックスさせた後、高圧液流染色機(株式会社日阪製作所サーキュラー染色機)を使用し、下記に示す条件で染色した。
【0047】
染色条件
染料:
・「Disperse Blue 73」(染料)(北陸カラー株式会社製)4.32%o.w.f.
・「Disperse Red 167.1」(染料)(北陸カラー株式会社製)4.08%o.w.f.
・「Disperse Yellow 163」(染料)(北陸カラー株式会社製)6.48%o.w.f.
・「AL」(均染剤)(日本化薬株式会社製)2.0g/dm
・「ニューバッファーK」(pH調節剤)(ミテジマ化学株式会社製)1.8g/dm
・「H867」(金属イオン封鎖剤)(一方社油脂工業株式会社製)0.5g/dm
染色温度 120℃
染色時間 40分
浴比 1:15
【0048】
上記で使用した高圧液流染色機から染色液を排出させ、代わりに該染色機に、二酸化チオ尿素(還元剤)を7g/dmおよび水酸化ナトリウム(還元助剤)を3g/dmの割合で含有する温度65℃の熱水を入れ、そこに上記で得られた染色後のスエード調人工皮革を入れた(浴比=1:15)、液流状態で30分間還元処理を行った後、スエード調人工皮革を染色機から取り出した。
高圧液流染色機から還元処理液を排出し、代わりに該染色機に過酸化水素含有量3g/dmおよびソーダ灰含有量3g/dmである温度70℃の熱水を入れ、そこに上記で得られた還元処理したスエード調人工皮革を入れて(浴比=1:15)、液流下で20分間酸化処理を行った。その後、酸化処理液を排出して、代わりに常温の水を入れ、5分間液流下で洗浄を行った。
上記で得られたスエード調人工皮革を加工長18m有するテンター乾燥機を使用して、処理速度15m/分、出口の生地の表面温度が105℃になる温度設定で加熱し乾燥処理を行った。乾燥後のスエード調人工皮革は、ポリエステル極細繊維の立毛部は濃茶色を呈し、一方基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂および表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂は脱色され、薄い灰色を呈しており、全体として色斑のある品位の劣った外観を有していた。
上記で得られたスエード調人工皮革に対し、加工長18mを有するテンター乾燥機を使用して、処理速度10m/分、出口の生地の表面温度が120℃になる温度設定で、加熱処理を行った。加熱処理後のスエード調人工皮革は、ポリエステル極細繊維の立毛部は加熱処理前と同様の濃茶色を呈し、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂および表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂はポリエステル極細繊維立毛部にほぼ近い色調に染色されており、全体として色斑の無い良好な表面品位を有していた。得られたスエード調人工皮革の洗濯堅牢度、摩擦堅牢度および耐光堅牢度は以下の表1に示す通りであり、実用価値の高いものであった。
【0049】
実施例2
実施例1において得られた酸化洗浄処理後、加工長18mを有するテンター乾燥機を使用して、処理速度15m/分、出口の生地の表面温度が105℃になる温度設定で乾燥処理を行った。乾燥後のスエード調人工皮革を、ウインス染色機に投入し以下に示す条件で染色を行った。得られたスエード調人工皮革は、ポリエステル極細繊維の立毛部は濃茶色を呈し、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂および表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂はポリエステル極細繊維立毛部にほぼ近い色調に染色されており、全体として色斑の無い良好な表面品位を有していた。得られたスエード調人工皮革の洗濯堅牢度、摩擦堅牢度および耐光堅牢度は以下に示す通りであり、実用価値の高いものであった。
【0050】
染色条件
染料:
・「Lanacron Brown」(染料)(ハンツマン・ジャパン株式会社製)1.0%o.w.f.
・「Lanyl Red S-GG」(染料)(田岡化学工業株式会社製)0.4%o.w.f.
・「DAM」(均染剤) 2.0g/dm
染色温度 90℃
染色時間 30分
浴比 1:20
【0051】
比較例1
実施例1と同様の方法で、染後のスエード調人工皮革を得た後、従来から一般的に行われていた方法で、加工長18mを有するテンター乾燥機を使用して、処理速度10m/分、出口の生地の表面温度が120℃になる温度設定で乾燥処理を行った。乾燥後のスエード調人工皮革は、ポリエステル極細繊維の立毛部は場所によらずどこも濃茶色を呈していたが、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂および表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂は、場所により、脱色され薄い灰色を呈しているところと、ポリエステル極細繊維立毛部と同様の色目をしているところが混在しており、全体として色斑のある品位の劣った外観を有していた。
【0052】
比較例2
実施例1と同様の方法で、染色後のスエード調人工皮革を得た後、加工長18mを有するテンター乾燥機を使用して、処理速度15m/分、出口の生地の表面温度が105℃になる温度設定で乾燥処理を行った。乾燥後のスエード調人工皮革は、ポリエステル極細繊維の立毛部は濃茶色を呈し、一方基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂および表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂は脱色され、薄い灰色を呈しており、全体として色斑のある品位の劣った外観を有していた。
得られたスエード調人工皮革に対し、加工長18mを有するテンター乾燥機を使用して、処理速度15m/分、出口の生地の表面温度が105℃になる温度設定で、再度熱処理を行った。熱処理後のスエード調人工皮革は、ポリエステル極細繊維の立毛部は熱処理前と同様の濃茶色を呈していたが、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂および表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂は再熱処理前と同様、薄い灰色を呈しており、全体として色斑のある品位の劣った外観を有していた。
【0053】
比較例3
実施例1と同様の方法で、染色後のスエード調人工皮革を得た後、加工長18mを有するテンター乾燥機を使用して、処理速度15m/分、出口の生地の表面温度が105℃になる温度設定で乾燥処理を行った。乾燥後のスエード調人工皮革は、ポリエステル極細繊維の立毛部は濃茶色を呈し、一方基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂および表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂は脱色され、薄い灰色を呈しており、全体として色斑のある品位の劣った外観を有していた。
得られたスエード調人工皮革に対し、加工長18mを有するテンター乾燥機を使用して、処理速度8m/分、出口の生地の表面温度が160℃になる温度設定で、再度熱処理を行った。熱処理後のスエード調人工皮革は、ポリエステル極細繊維の立毛部は熱処理前より濃度の高い濃茶色を呈しており、基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂および表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂はポリエステル極細繊維立毛部にほぼ近い色調に染色されており、全体として色斑の無い表面品位を有していたが、目標色の色目を再現していなかった。また、洗濯堅牢度と耐光堅牢度も実用で使用できないレベルのものであった。
【0054】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、ポリエステル極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダーからなるスエード調人工皮革およびその製造方法に関する。より詳細には、本発明はポリエステル極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダーよりなる基体の表面にポリエステル極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の製造方法であって、耐磨耗性が良好であり、かつ、色斑がなく全体が均一に染色されていて、しかも洗濯、摩擦、光などによって色落ちや変色が生じず、その良好な染色状態が長期にわたって維持され得る、実用価値のあるスエード調人工皮革の染色物を製造するための方法に関する。
本発明により得られるスエード調人工皮革は、家具、乗物用座席、衣料、手袋で代表される皮革製品に適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステル系極細繊維不織布と水系エマルジョンバインダー樹脂からなる基体の片面または両面にポリエステル極細繊維の立毛を有するスエード調人工皮革の製造方法であって、
(a)分散染料でスエード調人工皮革を染色する工程、
(b)少なくとも基体の表面に露出している水系エマルジョンバインダー樹脂に付着した分散染料を還元剤で還元分解し脱色した後、スエード調人工皮革の表面温度が110℃以下となる温度で加熱し乾燥する工程、および
(c)水系エマルジョンバインダー樹脂を表面または表面近傍のポリエステル極細繊維と同色化させる工程
を順次行うことを特徴とするスエード調人工皮革の製造方法。
【請求項2】
少なくとも表面または表面近傍の水系エマルジョンバインダー樹脂における分散染料の含有量が、水系エマルジョンバインダー樹脂1gあたり30mg以下になる条件化で工程(b)の脱色を行う請求項1記載のスエード調人工皮革の製造方法。
【請求項3】
工程(c)の同色化させる工程が、スエード調人工皮革の表面温度を111〜150℃に加熱して、表面または表面近傍のポリエステル系極細繊維に染着している分散染料を、基体の表面に露出または表面近傍に存在する水系エマルジョンバインダー樹脂に昇華移行させる工程である請求項1または2に記載のスエード調人工皮革の製造方法。
【請求項4】
工程(c)の同色化させる工程が、含金染料で水系エマルジョンバインダー樹脂を染色する工程である請求項1または2に記載のスエード調人工皮革の製造方法。
【請求項5】
水系エマルジョンバインダー樹脂のガラス転移温度が−20℃以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載のスエード調人工皮革の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載のスエード調人工皮革の製造方法により得られたスエード調人工皮革。
【請求項7】
ポリエステル系極細繊維の平均立毛長が10〜500μmである請求項6に記載のスエード調人工皮革。

【公開番号】特開2012−117167(P2012−117167A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−266231(P2010−266231)
【出願日】平成22年11月30日(2010.11.30)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】