説明

スギ花粉飛散抑制剤およびスギ花粉飛散抑制方法

【課題】 スギ雄花の枯死率が高く環境に影響を与えることのないスギ花粉飛散抑制剤及びスギ花粉飛散抑制方法を提供する。
【解決手段】 スギ黒点病菌(Leptosphaerulina japonica)の菌糸体、界面活性剤及び液状油脂を含む菌糸体懸濁液からなることを特徴とするスギ花粉飛散抑制剤と該スギ花粉飛散抑制剤をスギ未熟雄花に散布することを特徴とするスギ花粉飛散抑制方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スギ花粉飛散抑制剤およびそれを用いたスギ花粉抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
戦後人工造林されたスギ人工林からのスギ花粉の飛散の増加に伴い花粉症患者が増大しており、大きな社会問題となっている。そこで、スギ人工林におけるスギ花粉飛散抑制対策が求められている。
【0003】
これまでのスギ花粉飛散抑制対策に関する研究は、林木育種及び遺伝学研究者が中心となって、「極力雄花を付けない品種の選抜および開発」や「雄性不稔個体の探索および選抜」が行われてきた。しかしながら、これらの研究は育種学的研究という観点から、長い年月が必要であり、選抜したスギ個体は直ぐに使えないという欠点があった。
【0004】
即効性がある技術として、ジベレリン生合成阻害作用を有する化合物を有効成分とするスギ着花抑制剤が知られている(特許文献1)。しかし特許文献1は合成化学薬品を使用しなければならず、環境保全の観点から好ましいものではなかった。特に、都市近郊林や人口密集地におけるスギ花粉飛散源に対して薬剤散布を行うことは好ましくない。
【0005】
このような従来技術を踏まえて、本発明者らは、即効性がありかつ化学薬剤を使用しないスギ花粉飛散抑止技術の対策として、本発明者らが発見したスギ雄花に寄生する糸状菌であるスギ黒点病菌(Leptosphaerulina japonica)の菌糸体懸濁液を用いてスギ雄花を人為的に枯死させることに成功した(日本森林学会、2008年3月発表)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−24915号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
スギ黒点病菌の菌糸体懸濁液は野外に散布しても環境に影響を与えない点で優れるが、スギ雄花の枯死率が約10%と低いものであった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、スギ雄花の枯死率が高く、かつ環境に影響を与えることのないスギ花粉飛散抑制剤及びスギ花粉飛散抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題は以下の発明により解決される。
(1) スギ黒点病菌(Leptosphaerulina japonica)の菌糸体、界面活性剤及び液状油脂を含む菌糸体懸濁液からなることを特徴とするスギ花粉飛散抑制剤。
(2) 前記界面活性剤がソルビタン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類及びアルキルフェノールエトキシレート類からなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする(1)記載のスギ花粉飛散抑制剤。
(3) 前記スギ黒点病菌が、レプトスファエルリーナ(NITE P−757)であることを特徴とする(1)又は(2)に記載のスギ花粉飛散抑制剤。
(4) 前記液状油脂が液状植物性油脂であることを特徴とする(1)ないし(3)のいずれか1項に記載のスギ花粉飛散抑制剤。
(5) 前記液状植物性油脂が大豆油であることを特徴とする(4)に記載のスギ花粉飛散抑制剤。
(6) さらに米ぬか・ふすまを配合した(1)ないし(5)のいずれか1項に記載のスギ花粉飛散抑制剤。
(7) (1)ないし(6)のいずれか1項に記載のスギ花粉飛散抑制剤をスギ未熟雄花に接種することを特徴とするスギ花粉飛散抑制方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、スギ黒点病菌は自然界に普通に存在する菌類であることから、環境に影響を与えずにスギ雄花を枯死させ、スギ花粉の飛散を効率的に抑制することが可能となる。
【0011】
都市近郊林、公園植栽及び街路樹などの人口密集地におけるスギ花粉飛散抑止に関して、生態系の保全や環境保全の観点からも安全で即効的な効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1のスギ花粉飛散抑制剤を散布したスギ雄花の写真。
【図2】実施例2のスギ花粉飛散抑制剤を散布したスギ雄花の写真。
【図3】実施例1のスギ花粉飛散抑制剤を散布して枯死したスギ雄花の走査型電子顕微鏡写真。
【図4】比較例2の処理液を散布したスギ雄花の写真。
【図5】比較例1の処理液を散布したスギ雄花の写真。
【図6】比較例3の処理液を散布したスギ雄花の写真。
【図7】比較例4の処理液を散布したスギ雄花の写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0014】
本発明のスギ黒点病菌(Leptosphaerulina japonica)とは、我が国に広く棲息する子嚢菌類で、スギの雄花に特異的に感染する糸状菌である。本菌は秋季10月〜11月にかけて、雄花に付着・侵入し、これを枯死させるため、花粉の飛散が抑制される。
【0015】
スギ黒点病菌の菌糸体を得るには、例えば栄養寒天培地上でスギ黒点病菌を培養して得た菌叢を、振とう培養や静置培養等の公知の方法で培養して菌糸塊とすればよい。
【0016】
上記菌叢を培養する培地としては、2%麦芽エキス寒天培地や米ぬか・ふすま培地
を挙げることができる。中でも、米ぬか・ふすま培地は、通気性が良く、また、米ぬかの微粒子に菌糸体が堅く絡むことから生育も早く、強靱な菌糸体が得られる点で好ましい。
【0017】
増殖した菌糸塊は、グラインダーやホモジナイザー等により微粉砕して菌糸体懸濁液の原料とする。
【0018】
菌糸体は、水溶液100ccあたり8〜10g程度用いればよい。
【0019】
本発明のスギ花粉飛散抑制剤を構成する液状油脂とは室温で液体の植物性油脂又は動物性油脂であり、例えば大豆油、オリーブ油、ごま油、コーン油、菜種油、ヒマシ油等の液状の植物性油脂、ミンク油、イワシ油などの魚油等の液状の動物性油脂を挙げることができ、菌糸体懸濁液当たり5〜30%(w/v)、好ましくは15%(w/v)用いればよい。
【0020】
液状油脂として、大豆油は安価で、食用であるため、安全であり特に好ましい。また、大豆油は菌糸体に栄養分を与えると同時に、菌糸体をコーティングするため、菌糸体の乾燥を防ぎ、耐久性のある接種源ができる点で好ましい。
【0021】
スギの雄花の表面はワックスで保護されているため、菌糸体懸濁液に界面活性剤を添加することによって、散布の際、スギ雄花のワックスを取り去り、菌糸体の侵入を容易にする。
【0022】
界面活性剤としては、例えばモノラウリン酸ソルビタン、モノパルミチン酸ソルビタン、モノオレイン酸ソルビタン等のソルビタン脂肪酸エステル類、例えばモノラウリン酸POEソルビタン、モノパルミチン酸POEソルビタン、モノオレイン酸POEソルビタン等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、オクチルフェノールエトキシレート等のアルキルフェノールエトキシレート類又はこれらの混合物を挙げることができる。ただしこれらの界面活性剤に限定されるものではなく、菌糸体の侵入を容易にするものであればよい。
【0023】
界面活性剤の添加量は特に限定されないが、例えば、菌糸体懸濁液当たり0.0001〜0.01%(w/v)用いればよい。
スギ花粉飛散抑制剤を調製するには、液状油脂と界面活性剤を配合した水溶液に微粉砕されたスギ黒点病菌の菌糸体を加えて菌糸体懸濁液とすればよい。
【0024】
本発明のスギ花粉飛散抑制剤を用いてスギ花粉の飛散を抑制する方法は、次の通りである。すなわち、秋季10月〜11月のスギ未熟雄花に対し、例えば濃度15%(w/v)の大豆油と濃度0.003%(w/v)のモノラウリン酸POEソルビタン(商品名:ツイーン20)を含むスギ黒点病菌の菌糸体懸濁液を散布することによって、雄花を枯死させ、雄花の裂開を阻止することによって、花粉の飛散を抑える方法である。
【0025】
以下に実施例及び比較例により本発明をより詳細に説明する。
実施例1
2%麦芽エキス寒天培地上に2週間培養したレプトスファエルリーナ(NITE P−757)の菌叢を2%麦芽エキス液体培地に投入し、2週間、18℃で振とう培養した。その後、増殖した菌糸塊をグラインダーに30秒かけて粉砕し、菌糸体を作成した。0.003%(w/v)のモノラウリン酸POEソルビタン(商品名:ツイーン20)及び15%(w/v)の大豆油を添加した水溶液100cc中に、本菌糸体(8〜10g)を投入して菌糸体懸濁液を作成した。
【0026】
なお、2%麦芽エキス寒天培地は、蒸留水100mlに麦芽エキス2gと寒天2gを加えてフラスコ内でこれらを混合して良く溶かし、高圧蒸気滅菌器で15分間殺菌後、使用した(以下同じ)。
【0027】
また、2%麦芽エキス液体培地は、蒸留水100mlに麦芽エキス2gを加えてフラスコ内でこれらを混合して良く溶かし、高圧蒸気滅菌器で15分間殺菌後、使用した(以下同じ)。
【0028】
実施例2
2%麦芽エキス寒天培地上に2週間培養したレプトスファエルリーナ(NITE P−757)の菌叢を米ぬか・ふすま培地に投入し、2週間、18℃で静置培養した。その後、増殖した菌糸塊を「米ぬか・ふすま」と一緒にグラインダーに30秒かけて粉砕し、菌糸体を作成した。0.003%(w/v)のモノラウリン酸POEソルビタン(商品名:ツイーン20)及び15%(w/v)の大豆油を添加した水溶液100cc中に本菌糸体(8〜10g)を投入して菌糸体懸濁液を作成した。
【0029】
なお、米ぬか・ふすま培地は、蒸留水100mlに米ぬか50gとふすま50gを加えてフラスコ内でこれらを混合して良く溶かし、高圧蒸気滅菌器で15分間殺菌後、使用した(以下同じ)。
【0030】
比較例1
2%麦芽エキス寒天培地上に2週間培養したレプトスファエルリーナ(NITE P−757)の菌叢を米ぬか・ふすま培地に投入し、2週間、18℃で静置培養した。その後、増殖した菌糸塊を「米ぬか・ふすま」と一緒にグラインダーに30秒かけて粉砕し、菌糸体を作成した。0.003%(w/v)のモノラウリン酸POEソルビタン(商品名:ツイーン20)を添加した水溶液100cc中に本菌糸体(8〜10g)を投入して菌糸体懸濁液を作成した。
【0031】
比較例2
2%麦芽エキス寒天培地上に2週間培養したレプトスファエルリーナ(NITE P−757)の菌叢を2%麦芽エキス液体培地に投入し、2週間、18℃で振とう培養した。その後、増殖した菌糸塊をグランダーに30秒かけて粉砕し、菌糸体を作成した。0.003%(w/v)のモノラウリン酸POEソルビタン(商品名:ツイーン20)を添加した水溶液100cc中に、本菌糸体(8〜10g)を投入して菌糸体懸濁液を作成した。
【0032】
比較例3
15%(w/v)大豆油を添加した水溶液100ccを作成した。
【0033】
比較例4(0.003%ツイーン20懸濁液)
0.003%(w/v)のモノラウリン酸POEソルビタン(商品名:ツイーン20)を添加した水溶液100ccを作成した。
【0034】
実施例3
市販の霧吹き器に実施例1、2、比較例1〜4で調製した処理液を入れ、10月〜11月のスギ未熟雄花に2〜3回吹きかけて接種した。処理後、処理液の乾燥を防ぐために、約2週間ビニール袋で処理枝を覆った。
【0035】
接種後、花粉が飛散する翌年2月から3月にかけて、スギ雄花着生枝を観察した。観察方法は以下に示すとおりである。
【0036】
(観察方法)
接種1ヶ月後から肉眼あるいはルーペを用いてスギ雄花の変化を観察し、黒変枯死した雄花は採取して実験室に持ち帰った。枯死した雄花はメスで裂開後、実体顕微鏡及び走査型電子顕微鏡を用いて花粉粒の存在及び封入状態を調べた。また、接種菌の病原性を確認するため、枯死したスギ雄花から接種菌の再分離を行った。花粉の飛散が開始する2月〜3月にかけて、全ての接種したスギ雄花を対象に、雄花の枯死数及び健全数をカウントして、処理液毎に枯死雄花着生枝率を計算して各種処理液の効果を判定した。
【0037】
(結果)
15%(w/v)大豆油を含んだ「菌糸体懸濁液+0.003%(w/v)ツイーン20」の接種区では、10月接種で65%、11月接種で63%の割合でスギ雄花が枯死し、枯死雄花からは接種菌が再分離され、病原性が確認された(図1)。また、15%(w/v)大豆油を含んだ「米ぬか・ふすま培地懸濁液+0.003%(w/v)ツイーン20」の接種区では、10月接種で43%、11月接種で35%の割合でスギ雄花が枯死し、枯死雄花からは接種菌が再分離され、病原性が確認された(図2)。これら接種によって枯死したスギ雄花を実体顕微鏡及び走査型電子顕微鏡で観察した結果(図3)、花粉粒子が内部に封じ込められていることが判明した。一方、大豆油を含まない「菌糸体懸濁液+0.003%(w/v)ツイーン20」及び「米ぬか・ふすま培地懸濁液+0.003%(w/v)ツイーン20」の接種区では、両者とも、10月及び11月接種では全くスギ雄花は枯死せず、正常であった(図4,図5)。
【0038】
さらに、15%(w/v)大豆油及び0.003%(w/v)ツイーン20のスギ雄花に対する影響を調べるため、これらの溶液をスギ雄花に散布処理した。15%(w/v)大豆油及び0.003%(w/v)ツイーン20によるスギ雄花への処理結果を表2に示す。両者とも、枯死した雄花は発生せず、スギ雄花の生育に影響を与えないことが明らかになった(図6,7)。
【0039】
以上の結果、15%(w/v)の大豆油を添加した菌糸体懸濁液は、高率(35〜65%)でスギ雄花を枯死させ、花粉の飛散を抑制する効果が認められた。スギ黒点病菌は、大豆油の効果によって活性が高められ、その結果、スギ雄花を高い頻度で枯死に導くことに成功したものと推察された。
【0040】
実施例1、2の菌糸体懸濁液を接種した写真を図1、図2に示す。比較例1〜4の処理液を接種した写真を図4〜図7に示す。また、実施例1,2の懸濁液と比較例1、2の処理液のスギ雄花枯死の観察結果を表1に示す。さらに、比較例3、4の処理液のスギ雄花枯死の観察結果を表2に示す。
【0041】
表1及び図1、2から明らかなように、「菌糸体懸濁液+0.003%(w/v)ツイーン20+15%(w/v)大豆油」及び「米ぬか・ふすま培地+0.003%(w/v)ツイーン20+15%(w/v)大豆油」の接種処理によって、35〜65%の頻度で、スギ雄花の枯死が発生し、花粉の飛散抑制が認められた。また、枯死したスギ雄花からは接種した菌が再分離され、接種菌の病原性が確認された。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明により環境を保全しながらスギ花粉の飛散を抑制することが可能となり、花粉症の発生緩和に寄与することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スギ黒点病菌(Leptosphaerulina japonica)の菌糸体、界面活性剤及び液状油脂を含む菌糸体懸濁液からなることを特徴とするスギ花粉飛散抑制剤。
【請求項2】
前記界面活性剤がソルビタン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類及びアルキルフェノールエトキシレート類からなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載のスギ花粉飛散抑制剤。
【請求項3】
前記スギ黒点病菌が、レプトスファエルリーナ(NITE P−757)であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のスギ花粉飛散抑制剤。
【請求項4】
前記液状油脂が液状植物性油脂であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のスギ花粉飛散抑制剤。
【請求項5】
前記液状植物性油脂が大豆油であることを特徴とする請求項4に記載のスギ花粉飛散抑制剤。
【請求項6】
さらに米ぬか・ふすまを配合した請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載のスギ花粉飛散抑制剤。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載のスギ花粉飛散抑制剤をスギ未熟雄花に接種することを特徴とするスギ花粉飛散抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−52039(P2011−52039A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−199433(P2009−199433)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度農林水産省「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501186173)独立行政法人森林総合研究所 (91)
【出願人】(391041062)福島県 (42)