説明

スラグ微粒子の識別方法

【課題】試料となる微粒子混合物の中から表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を識別する方法において、粒子画像処理計測を適用し、個々の粒子の明度情報のみによって容易にスラグ微粒子を識別する。
【解決手段】微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第1の明度測定工程と、各微粒子を硫酸アンモニウム水溶液に接触させる薬品処理工程と、薬品処理工程後の微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第2の明度測定工程と、第2の明度測定工程で測定された代表明度が第1の明度測定工程で測定された代表明度よりも高明度となった微粒子を、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、を含めた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子との微粒子混合物から、スラグ微粒子を識別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属精錬産業では、しばしば、精錬プロセスで生じた各種の微粒子(例えば、直径数μm〜数百μmの粒子)の種類と粒度分布を求めるニーズがある。各種の微粒子の種類と粒度分布は、例えば、工場建屋の集塵器に捕集された煤塵を分析して、工場内での漏煙や発塵状態の時間推移をマクロに把握する等の目的のために必要となる。このような目的では、多数の微粒子試料を分析する必要があるため、簡易かつ安価な微粒子の分析手法が望まれる。
【0003】
ここで、一般的に行われている微粒子の分析手法としては、例えば、化学分析、蛍光X線分析などの放射線を利用した分析、篩分け法、レーザ回折式粒度分布計を用いた分析、粒子画像処理計測等の種々の手法がある。
【0004】
化学分析は、確実な(高精度の)分析手法であるが、分析に手間がかかり、分析に必要な試料の質量も最低10g程度は必要なため、簡易な手法とはいえない。また、粒度分布を測定することはできない。
【0005】
放射線を利用した分析は、微量の試料でも分析可能であるが、放射線を利用するため、装置が大掛かりとなり、安価な方法とはいえない。また、粒度分布を測定することはできない。
【0006】
篩分け法は、比較的粗大な粒子の粒度分布を簡易に測定することが可能である。しかし、概ね直径40μm以下の微粒子は、篩の網目に付着しやすく、また、粒子も空気抵抗によって落下しにくくなるので、この方法では、直径40μm以下の微粒子を分離できない。また、微粒子の種類は、他の方法と組み合わせなければ識別することはできない。
【0007】
レーザ回折式粒度分布計を用いた分析は、簡易に精度よく微粒子の粒度分布を測定することができる。ただし、この方法は、測定装置が高価であるので安価な方法とはいえない。また、微粒子の種類を識別することはできない。
【0008】
粒子画像処理計測は、光学顕微鏡等のレンズを通して撮影された粒子群の画像を画像処理して粒子を識別するとともに、これら識別された個々の粒子の寸法、形状、明度(カラー画像であれば色も)などの代表値(例えば、寸法であれば等価円の直径、形状であれば真円度、明度であれば平均明度等)を求めることができる(例えば、特許文献1を参照)。また、個々の粒子を特定の測定量(例えば、明度)の区分ごとに集計すればヒストグラム(明度ヒストグラム)を求めることもできる。このように、粒度分析手法としては安価かつ簡易であり、分析に必要な試料も少量(例えば、数十μg)でよい。
【0009】
ただし、粒子画像処理計測においても、粒子の種類を判別するためには、明度の予備情報が必要である、すなわち、例えば、明度の低い粒子は石炭で、明度の高い粒子はアルミナ等のように、予め、試料となる粒子に含まれ得る粒子の種類と明度とを対応付けた情報が必要となる。逆に、このような情報が予め得られていれば、個々の粒子の代表明度を用いて粒子の種類を容易に識別できる。
【0010】
そのため、粒子画像処理計測は、微粒子分析手法として、簡易かつ安価であり、前述の微粒子分析方法のニーズに最も合致する有効な方法である。従って、なるべく多くの対象に画像処理計測による粒子分析を適用することが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平11−132934号公報
【特許文献2】特開2005−97076号公報
【特許文献3】特開2001−26470号公報
【特許文献4】特開平6−92696号公報
【特許文献5】特開平7−172882号公報
【特許文献6】特開2002−179442号公報
【特許文献7】特開2004−161580号公報
【特許文献8】特開平10−158043号公報
【特許文献9】特開2003−335558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、同一の粒子種であっても、明度が大きくバラつく微粒子があり、このような微粒子では、明度情報だけでは粒子種を識別することができない、という問題があった。このような微粒子の代表的なものとしては、金属精錬産業で生成及び使用されるスラグ、特に、製鉄産業における製鋼スラグ等の表面に遊離石灰を含有するスラグの微粒子がある。
【0013】
製鋼スラグには、通常、数週間から数ヶ月屋外に放置されるエージングと呼ばれる処理が施されるが、このエージングにより、製鋼スラグ微粒子の明度は、暗色から徐々に単色化する。また、製鋼スラグに施されるエージングの期間は、用途やスラグヤードの余剰面積等によって異なることから、エージングの進度に応じて、製鋼スラグの明度は大きく変化することとなる。このように、製鋼スラグ等の遊離石灰を含有したスラグ微粒子では、得られる試料のエージングの進度が一定ではないため、個々の粒子の代表明度が粒子間で大きく異なるため、画像処理計測によっても、明度の情報のみでは試料となる微粒子混合物の中からスラグ微粒子を識別することが困難であった。
【0014】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、試料となる微粒子混合物の中から表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を識別する方法において、粒子画像処理計測を適用し、個々の粒子の明度情報のみによって容易にスラグ微粒子を識別することを可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、試料となる微粒子混合物を硫酸アンモニウム水溶液に接触させることにより、スラグ微粒子に含有された遊離石灰のみを選択的に反応させて、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子のみの表面の明度を淡色化させることができ、これにより、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を他種の微粒子と識別できることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明によれば、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物から前記スラグ微粒子を識別するスラグ微粒子の識別方法であって、前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第1の明度測定工程と、前記各微粒子を硫酸アンモニウム水溶液に接触させる薬品処理工程と、前記薬品処理工程後の前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第2の明度測定工程と、前記第2の明度測定工程で測定された代表明度が前記第1の明度測定工程で測定された代表明度よりも高明度となった微粒子を、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、を含むスラグ微粒子の識別方法が提供される。
【0017】
前記スラグ微粒子の識別方法において、前記薬品処理工程と前記第2の明度測定工程との間に、前記薬品処理工程後の前記各微粒子を水洗した後に乾燥させる洗浄工程をさらに含むことが好ましい。
【0018】
また、本発明によれば、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物から前記スラグ微粒子を識別するスラグ微粒子の識別方法であって、前記微粒子混合物中の全ての微粒子を硫酸アンモニウム水溶液に接触させる薬品処理工程と、前記薬品処理工程後の前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する明度測定工程と、前記明度測定工程で測定された代表明度のうち、所定値以上の明度を有する微粒子を、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、を含むスラグ微粒子の識別方法が提供される。
【0019】
前記スラグ微粒子の識別方法において、前記薬品処理工程と前記明度測定工程との間に、前記薬品処理工程後の前記各微粒子を水洗した後に乾燥させる洗浄工程をさらに含むことが好ましい。
【0020】
また、前記スラグ微粒子の識別方法において、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子としては、例えば、製鋼スラグが挙げられる。
【0021】
また、前記スラグ微粒子前記微粒子混合物は、例えば、高炉法による製鉄プラントから発生した降下煤塵からなる。
【0022】
また、前記スラグ微粒子の識別方法において、前記薬品処理工程では、エタノール水溶液と硫酸アンモニウム水溶液との混合物の液滴を前記各微粒子に滴下することにより、前記各微粒子を硫酸アンモニウム水溶液に接触させてもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、エージングの進度によって明度がばらつく、遊離石灰を含むスラグ微粒子の明度を薬品処理によって均一化することにより、例えば、10mg未満といった微量の検体粒子に対して粒子画像処理計測を適用し、個々の粒子の明度情報のみによって容易にスラグ微粒子を識別することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】製鋼スラグ系煤塵と鉄系煤塵との明度の違いを示す説明図である。
【図2】本発明の第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法の操作の流れを示すフローチャートである。
【図3】本発明の第2の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法の操作の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0026】
[明度情報のみによる製鋼スラグ微粒子の識別の困難性]
まず、本発明の好適な実施の形態について説明する前に、明度情報のみによる製鋼スラグ微粒子の識別の困難性について説明する。前述したように、金属精錬産業で生成及び使用されるスラグ、特に、製鉄産業における製鋼スラグ等の表面に遊離石灰を含有するスラグの微粒子は、同一の粒子種であっても明度が大きくばらつき、明度情報だけでは粒子種を判別することが非常に困難である。
【0027】
(製鋼スラグの定義)
ここで、製鋼スラグとは、高炉水砕スラグ、高炉徐冷スラグ、高炉風砕スラグ等の高炉スラグ以外の、高炉法に基づく製鉄プロセスで発生するスラグ全般のこといい、例えば、転炉スラグ、脱燐スラグ、脱硫スラグなどがある。製鋼スラグは、主成分が酸化カルシウム、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化マグネシウムなどの酸化物であり、また、高炉スラグとは異なり、通常、微量(数質量%程度以上)の酸化鉄を含有する。また、製鋼スラグには、スラグの塩基度(CaO/SiOの質量比率)を調整するなどの目的で、精錬中に、しばしば生石灰(CaO)が添加される。この生石灰は、精錬が終了して、スラグが冷却された後もスラグ中に一部が残留する。このスラグ中に残留した生石灰を遊離石灰という。
【0028】
(スラグのエージング)
この遊離石灰は、スラグ中に大量に含まれていると、水や大気中の二酸化炭素と反応してスラグの体積を膨張させたり、吸水率等が高くなりスラグの強度を低下させたりするなどの不都合があるため、スラグ中の遊離石灰を予め水や大気中の二酸化炭素と十分に反応させておく必要がある。このために行うのがエージングである。特に、製鋼スラグは、路盤材などの原料として使用されることが多いが、その際、スラグ中に遊離石灰が大量に残留していると、このスラグが路盤材として使用された後に、スラグ中の遊離石灰が雨水や大気中の二酸化炭素と反応してスラグが膨張したり、内部の膨張によってスラグが破砕して路盤材としての機能が低下するとともに、スラグから遊離石灰由来の水溶性物質が溶出するなどするため好ましくない。このため、製鋼スラグは、出荷前に十分にエージングを行い、スラグ中の遊離石灰の含有量を低減させておく必要がある。
【0029】
なお、高炉スラグは、酸化鉄等の有色成分の含有量が少ないので、一般的に明色である。
【0030】
(製鋼スラグの明度)
次に、図1を参照しながら、製鋼スラグの明度について説明する。図1は、製鋼スラグ系煤塵と鉄系煤塵との明度の違いを比較するための説明図である。
【0031】
高炉法による製鉄プラントでは、主に、石炭系煤塵、鉄系煤塵、高炉スラグ系煤塵及び製鋼スラグ系煤塵の4種類の煤塵種の降下煤塵が発生する。石炭系煤塵は、主成分として炭素を含有する石炭やコークス等に由来する煤塵であり、鉄系煤塵は、主成分として酸化鉄を含有する鉄鉱石、焼結鉱、酸化鉄粉(例えば、製鋼ダスト等)に由来する煤塵であり、高炉スラグ系煤塵は、主成分として酸化ケイ素及び酸化カルシウムを含有し、製銑工程で生成される高炉水砕スラグや高炉徐冷スラグ等に由来する煤塵であり、製鋼スラグ系煤塵は、主成分として酸化ケイ素、酸化カルシウム及び酸化鉄を含有し、製鋼工程で生成される転炉スラグ、脱燐スラグ、脱硫スラグ等に由来する煤塵である。
【0032】
これら降下煤塵の由来のうち、製鋼スラグは、前述のように酸化鉄を含有するため、概ね、生成された直後においては高炉スラグよりも暗色である。従って、図1に示すように、エージングが十分に進行していない製鋼スラグに由来する製鋼スラグ系煤塵を、同じ着磁性(磁力を付与したときに着磁し得る性質)を有する鉄系煤塵と明度のみにより比較した場合に、製鋼スラグ系煤塵のうち明度の比較的高い粒子を鉄系煤塵と判別することが困難となる場合がある。
【0033】
一方、製鋼スラグは、前述した不都合を解消するためにエージングをする必要があり、通常、数週間から数ヶ月の間、屋外に放置される。このエージングの期間中に、製鋼スラグの表面に存在する酸化カルシウム(遊離石灰を含む。)が、大気中の二酸化炭素及び雨等による水分の作用によって、白色の炭酸カルシウムに変化する。そのため、スラグ表面の明度は、エージングの進行に伴い、徐々に淡色化する。このように、エージングが十分に進行した製鋼スラグに由来する製鋼スラグ系煤塵の粒子の明度は、図1に示すように、エージングが不十分な製鋼スラグに由来する煤塵よりも、全体的に高明度となる。この場合には、製鋼スラグ系煤塵の明度は、鉄系煤塵よりも高明度となるため、製鋼スラグ系煤塵と鉄系煤塵とを明度の比較のみにより、より明確に判別できるようになる。
【0034】
このように、製鋼スラグのエージングの進度に応じて、製鋼スラグ系煤塵の明度は大きく変化することとなる。また、製鋼スラグに施されるエージングの期間は、用途やスラグヤードの貯蔵量の状況等によって異なることから、製鋼スラグ等の遊離石灰を含有したスラグ微粒子では、得られる試料のエージングの進度が一定ではない場合が多い。そのため、製鋼スラグ系煤塵では、個々の粒子の代表明度が粒子間で大きく異なるため、画像処理計測によっても、明度の情報のみでは試料となる微粒子混合物の中から製鋼スラグ微粒子を識別することが困難であった。
【0035】
そこで、本発明者は、画像処理計測を用いて、明度の情報のみにより試料となる微粒子混合物の中から、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を容易に判別する方法について鋭意検討した。
【0036】
[明度情報のみによりスラグ微粒子を識別可能な手段の検討]
まず、本発明者は、試料となる微粒子混合物に対して所定の事前処理を施すことにより、微粒子混合物の中で、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子のみに対して選択的に、スラグ表面に淡色(高明度)の物質を生成させることができれば、その後に、各微粒子を撮像して画像処理することにより、事前処理後に淡色化した微粒子、または、所定の明度以上の明色の微粒子を、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と識別することができることを知見した。
【0037】
次に、本発明者は、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子のみに対して選択的に、スラグ表面に淡色(高明度)の物質を生成させる方法について検討した。ここで、前述したように、製鋼スラグ等に施されるエージングでは、スラグ表面に存在する酸化カルシウム(遊離石灰を含む。)を白色の炭酸カルシウムに変化させる炭酸化反応が行われる。しかし、エージングは、通常、屋外にスラグを放置することにより行われ(自然エージング)、そのためには少なくとも数週間程度の長い時間が必要となるので、長時間スラグを置いておくための置き場を確保しなればならず、広大な面積のスラグ置き場を必要とするなどの問題もある。
【0038】
(エージングの加速技術)
そこで、必要なスラグ置き場の面積を減少させるという観点から、スラグに含有される遊離石灰の反応を促進してエージングを加速する(加速エージング)技術が種々提案されている。
【0039】
例えば、特許文献2〜4には、高濃度の二酸化炭素(ガスまたは水溶液)と、水(液体または水蒸気)をスラグに接触させる方法が開示されている。この方法は、高濃度の二酸化炭素と水をスラグ表面及び内部に存在する遊離石灰と反応させて、スラグ表面及びスラグ内部に炭酸カルシウムを生成させることにより、エージングを行うものである。
【0040】
また、例えば、特許文献5には、希硫酸をスラグに反応させる方法が開示されている。この方法は、希硫酸をスラグ表面及び内部に存在する遊離石灰と反応させて、スラグ表面及び内部に硫酸カルシウムを生成させることにより、エージングと同様の効果を得ようとするものである。
【0041】
また、遊離石灰をほとんど含まない高炉スラグに対しては、遊離石灰を反応させるためのエージングが行われることはないが、特に、高炉水砕スラグの場合には水硬性があるので、スラグ表面をコーティングする目的で、各種の反応をスラグ表面で生起させる場合(表面反応技術)がある。
【0042】
このような表面反応技術の例として、例えば、特許文献6及び7には、炭酸塩または炭酸水素塩の水溶液(例えば、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液または炭酸アンモニウム水溶液)を高炉水砕スラグに接触させる方法が開示されている。この方法は、スラグの表面及び内部に炭酸カルシウムを生成させて、高炉水砕スラグの表面をコーティングするものである。この場合、炭酸塩や炭酸水素塩と主に反応するのは、遊離していない、スラグ中のCa酸化物である。
【0043】
また、例えば、特許文献8には、硫酸塩の水溶液(例えば、硫酸アルミニウム水溶液、硫酸マグネシウム水溶液または硫酸アンモニウム水溶液)を溶融高炉スラグに接触させて、水砕スラグを製造する方法が開示されている。この方法は、スラグの凝固直後にスラグ表面及び内部に前記硫酸塩を析出させて、高炉水砕スラグの表面をコーティングするものである。このコーティング層は、スラグ冷却後に、冷却水中に再溶解する。この場合、スラグ中のCaは、特に反応はしない。
【0044】
また、例えば、特許文献9には、炭酸ガスまたは炭酸水を高炉水砕スラグにスプレーにより散布して接触させた後、積層させる方法が開示されている。この方法は、スラグの凝固直後にスラグ表面に炭酸カルシウムを生成させて、高炉水砕スラグの表面をコーティングするものである。
【0045】
以上のように、スラグ(特に、製鋼スラグ)のエージングについては、自然エージングだけでなく、加速エージングやそれに類する技術が種々提案されている。
【0046】
(加速エージング技術の適用に関する検討)
そこで、本発明者は、前記文献で提案されている加速エージング等の技術を、本発明におけるスラグ表面に存在する遊離石灰の炭酸化反応等のスラグ表面を淡色化するための手段として適用可能か否かについて検討した。
【0047】
<1.炭酸ナトリウム水溶液をスラグに接触させる方法>
炭酸ナトリウムは、水溶液中でナトリウムイオン(Na)と炭酸イオン(CO2−)とに電離する。この炭酸イオンは、下記式(1)の平衡が著しく左に偏っているため(プロトン受容性が高いため)、下記式(2)のように、加水分解されて炭酸水素イオン(HCO)と水酸化物イオン(OH)を生じる。そのため、炭酸ナトリウムの水溶液は、強い塩基性を示す。このように、炭酸ナトリウムの水溶液中においては、Naと、HCOと、OHと、微量のCO2−とが存在する。
HCO←→H+CO2− ・・・(1)
CO2−+HO→HCO+OH ・・・(2)
【0048】
よって、炭酸ナトリウム水溶液を、表面に遊離石灰を含有するスラグと接触させたとしても、CO2−の濃度が著しく低いため、スラグの表面における炭酸カルシウムの生成速度が著しく低いので、スラグ表面の淡色化の効果は低い。
【0049】
また、仮に、炭酸ナトリウムの濃度が高く、炭酸イオン量がある程度多かったとしても、炭酸カルシウムの水への溶解度は硫酸カルシウムに比べてかなり大きいので、本発明で使用するスラグ微粒子に比べて大量の水の中で炭酸カルシウムを飽和させることは困難であることから、本発明におけるスラグ表面の淡色化には適用することはできない。
【0050】
炭酸ナトリウムの代わりに硫酸ナトリウムを場合にも、同様に、硫酸イオン(SO2−)も硬い塩基であることから、硫酸ナトリウムを製鋼スラグに接触させても、スラグの表面における硫酸カルシウムの生成速度は低く、スラグ表面の淡色化の効果は低い。
【0051】
<2.希硫酸をスラグに接触させる方法>
本方法を用いて0.1質量%程度以上の希硫酸を製鋼スラグに接触させれば、確かにスラグ表面には硫酸カルシウム層が速やかに生成する。しかし、他の微粒子、例えば、鉄粉や酸化鉄は、強い酸性水溶液(希硫酸)に対しては、容易にイオンとして溶解し、識別対象の微粒子自身が大きく減量、または、消失してしまう。従って、希硫酸をスラグに接触させる方法は、スラグ微粒子を他の微粒子から識別する方法としては、好適ではない。
【0052】
<3.炭酸ガスを単独でスラグに接触させる方法>
本方法を用いて、水分を含まない乾燥したスラグと炭酸ガスとを接触させてもスラグ表面に炭酸カルシウム層が生成することはない。先行技術において製鋼スラグ等をこの方法でエージングできるのは、通常は、スラグが一定量の自由水をスラグ表面に保持しているからである。スラグが一定量の自由水を保持する形態としては、スラグ自身が多孔質であって水分をこの孔中に含んでいるか、または、スラグ粒が多数積層して、これらスラグ粒間に予め水分が表面張力や粘性の効果で保持されているかのいずれかである。本発明におけるように、微量のスラグ微粒子を粒子の撮影が可能なように互いに接触させないように配置する場合には、先行技術でのスラグのような形で水分を自然に保持することは困難である。また、対象とする微粒子の総質量に対して、先行技術の方法では、接触する炭酸水の総質量がはるかに多いので、先行技術においては、炭酸水が過剰なCOを含有することが生じ得、また、未知の検体に対して炭酸水が過剰なCOを含有するかどうかを事前に予測することも困難であるこのため、炭酸水が過剰なCOを含有する場合には、スラグから溶出した遊離石灰(水酸化カルシウムのイオンとして溶解)の大半は、炭酸水中の過剰なCOと反応して、炭酸水素カルシウム(水溶性が高い)を生成し、固体の炭酸カルシウム塩(難水溶性)を炭酸水中で生成することはない。従って、この方法では、スラグ微粒子の表面に炭酸カルシウム層を生成させることはできないので、スラグ表面の淡色化の手段としては好適でない。
【0053】
<4.炭酸水にスラグを浸漬させる方法>
本方法を用いた場合、スラグ表面に炭酸カルシウムが生成する可能性はある。実際、先行技術のように大量のスラグを用いる場合には炭酸カルシウムがスラグ表面に生成する。しかし、スラグ表面での炭酸カルシウムの生成速度は一般に速いものではなく、少なくとも数時間といった長時間、炭酸水とスラグとを接触させ続ける必要がある。一方、炭酸カルシウムの水への溶解度は比較的小さいとはいえ、0.8質量%程度の溶解度がある。先行技術におけるように、炭酸水に浸漬させるスラグの質量が炭酸水に匹敵するほど多ければ、炭酸水中の炭酸カルシウムは飽和するため、スラグ近傍で生成した炭酸カルシウムはスラグ表面に付着して層を形成し得る。しかし、本発明で対象とするような微量のスラグを単に大量の炭酸水に浸漬させた場合には、試料採取以前のエージングによってスラグ表面に生成していた炭酸カルシウムが炭酸水中に溶出することにより、スラグ微粒子によっては、この処理によってかえって濃色化(低明度化)するものが生じる。従って、試料となるスラグ微粒子の全てを一様に淡色化する手段としては好適でない。
【0054】
本発明が対象とするような微量の微粒子と同程度の炭酸水を一様に全ての粒子と接触させることができれば、スラグ微粒子の全てを一様に淡色化することが原理的には可能であるが、そのような方法は開示されていない。例えば、スプレーによって微小(例えば、直径数十μm)な水滴を個々のスラグ微粒子に付着させたとしても、そのように小さな水滴は容易に蒸発してしまうので、長時間、スラグと接触させることはできない。分散させたスラグ粒に接触させた水を長時間保持しようとすれば、特許文献9におけるように、スラグ粒を再度積層させる必要がある。しかし、本発明では、微量のスラグ微粒子を粒子の撮影が可能なように互いに接触させないように配置する必要があることから、スラグ粒を積層させることは現実的には不可能である。
【0055】
<5.硫酸アンモニウム水を溶融スラグに接触させてスラグ表面に硫酸アンモニウム固体層を生成させる方法>
本発明では、スラグ粒子の表面を淡色化させる処理により得られた粒子を撮影して、粒子画像処理計測を行う必要があるため、本方法のように、粒子を溶融させることはできない。また、特許文献8に記載されているように、本方法で生成させた硫酸アンモニウム層は、スラグ粒の表面と化学的に結合しているわけではなく、水溶性も高いので、本方法による処理後に不可避的な水との接触の際に、硫酸アンモニウムが速やか水中に溶出してコーティング層が消失する。そのため、本方法は、粒子画像処理計測に用いる粒子を得るための手段としては好適でない。
【0056】
このように、先行技術では、大量のスラグを対象として、エージング相当の化学処理を施す方法が開示されているだけであって、分析に供するような微量のスラグ微粒子を対象として、しかも、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子の表面のみを選択的に淡色化することができる処理方法は、全く開示されていない。従って、画像処理計測の対象となる微量のスラグ微粒子の表面を淡色化する手段として、先行技術に開示されている方法を単純に利用することはできない。
【0057】
(遊離石灰を含有するスラグ微粒子の表面のみに選択的に淡色の物質を生成する方法)
そこで、本発明者は、画像処理計測の対象となる微量のスラグ微粒子の表面を淡色化する手段についてさらに検討を進めた。その結果、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を含む微粒子混合物を硫酸アンモニウム水溶液に接触させることで、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子の表面のみに選択的に淡色の物質を生成することが可能であることを見出した。
【0058】
この方法によれば、硫酸アンモニウム水溶液を表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子に接触させることによって、スラグ微粒子の表面に硫酸カルシウム層を生成させる。硫酸カルシウムは、白色に近い淡色なので、炭酸カルシウムと同様に、スラグを淡色(高明度)の微粒子として識別できるだけでなく、水への溶解度も比較的低いので、スラグの表面で生成した硫酸カルシウムは、個々のスラグ微粒子に対して淡色の固体コーティング層として機能することができる。この理由を以下に説明する。
【0059】
本発明では、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を含む微粒子混合物を硫酸アンモニウム水溶液に接触させることにより、スラグ表面のCaやFe等の酸化物(または水酸化物)は、水溶液中のアンモニウムイオン中の水素と水素結合してスラグ表面にアンモニウムの濃厚層を形成する。アンモニウムイオンは、少なくともCa2+、Naよりも硬い酸であるので(例えば、Chemical Physics Letters 260 (1996) 236−242,“Solvation energies from the linear response function of density functional theory”を参照)、HSAB則によれば、硬い塩基であるSO42−と選択的に結合し易く、スラグ微粒子の表面には、アンモニウムイオンの水素結合を介して、濃厚なSO42−層が同時に形成される。スラグ微粒子の表面に存在するCa2+イオンは、硬い酸の一種ではあるので、スラグ微粒子の表層にCa2+と濃厚なSO42−層が存在すれば、一部がCaSOを形成してスラグ微粒子の表面に沈着する。これが、本発明において、スラグ微粒子の表面にCaSO層が形成される理由である。
【0060】
一方、例えば、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を含む微粒子混合物を硫酸ナトリウム水溶液に接触させた場合には、硬い酸の一種であるNaは、スラグ微粒子の表面と水素結合することはないので、スラグ微粒子の表面にSO42−の濃厚層を形成することはできない。このため、スラグ微粒子の表面からCa2+イオンが放出されても、スラグ微粒子の表面近傍でCaSOを形成することは稀であり、スラグ微粒子の表面から十分に離れた水溶液中でCaSOを形成する。本発明の対象となる系では、一般に、微小粒子であるスラグ粒子に対して水の量が極めて多量であるため、スラグ粒子から遠方に位置する水溶液中でのCaSO濃度は飽和濃度よりも一般に低く、そこで生成したCaSOが固体として析出することはできない。これが、硫酸ナトリウム水溶液を使用した場合に、CaSOがスラグ微粒子の表面に沈着しない理由である。
【0061】
同様の原理により、硬い酸を形成するイオンであり、かつ、スラグ微粒子の表面の物質と水素結合を生じる物質であれば、本発明に適用することができる。例えば、アンモニウムイオンの代わりに、モノメチルアンモニウムイオン等の各種アミン類を適用することができる。
【0062】
なお、希硫酸を用いる場合には、水素は硬い酸であり、スラグ微粒子の表面に水素結合を形成しうるので、スラグ微粒子の表面にCaSOを形成できるが、前述のように、スラグ以外の粒子を溶解させてしまう欠点があるので、本発明におけるスラグ表面の淡色化には適用することはできない。
【0063】
以上のように、硫酸アンモニウム水溶液を微粒子に接触させた場合、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子のみに対して、微粒子の表面に淡色の硫酸カルシウム層を生成させることができる。以下、上述した検討結果に基づいて完成された本発明に係るスラグ微粒子の識別方法の詳細について説明する。
【0064】
[本発明の第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法]
まず、図2を参照しながら、本発明の第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法について説明する。図2は、本発明の第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法の操作の流れを示すフローチャートである。
【0065】
(微粒子混合物の定義)
まず、具体的な操作の流れを説明する前提として、本実施形態における微粒子混合物の定義について説明する。本実施形態における微粒子混合物とは、主に、金属の精錬において生成する表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子(以下、単に「スラグ微粒子」という。)と、当該スラグ微粒子とは異なる他の種類の微粒子(以降、「他の微粒子」という。)との混合物のことをいう。このような微粒子混合物の具体例としては、スラグ微粒子と他の微粒子とを含む高炉法による製鉄プラントから発生した降下煤塵がある。
【0066】
この場合のスラグ微粒子としては、例えば、金属精錬工程で生成するスラグ、特に、製鉄業における製鋼スラグ(転炉スラグ、脱硫スラグ、脱燐スラグ、脱珪スラグ、二次精錬スラグ等)、電炉スラグ、銅精錬産業における転炉スラグなどの微粒子が挙げられる。
【0067】
また、他の微粒子とは、金属の精錬産業において、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子以外に生成しやすく、かつ、このスラグ微粒子と自然に混合しやすい種類の微粒子のこという。この他の微粒子としては、例えば、高炉スラグ(水砕スラグ、風砕スラグ、徐冷スラグ等)、金属粉や酸化金属粉(鉄粉、酸化鉄粉、銅粉、酸化銅粉、焼結鉱粉等)、石炭粉、コークス粉などが挙げられる。
【0068】
(微粒子混合物の捕集)
本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法では、まず、図2に示すように、前述した微粒子混合物を捕集する(S101)。以下、微粒子混合物が、高炉法による製鉄プラントから発生した降下煤塵である場合を例に挙げて説明する。本実施形態における降下煤塵の捕集方法としては、大きく分けて、湿式法と乾式法とがある。湿式法は、底部に水を貯めた開放容器内に落下した降下煤塵を容器内に捕集し、容器内の水とともに回収する方法である。この湿式法を用いる装置としては、例えば、市販のデポジットゲージ等を使用することができる。なお、湿式法を適用する場合には、事前に、煤塵粒子を水から分離して乾燥させておく必要がある。また、乾式法は、上方に向けて開放された煤塵採取口(例えば、漏斗状の形状を有する。)に落下した降下煤塵を吸引してメンブランフィルタ等に捕集する方法である。この乾式法に用いる装置としては、例えば、特開2008−224332号公報等に記載された連続式粉塵煤塵計を使用することができる。なお、乾式法を適用する場合には、事前に、粒子をメンブランフィルタから分離しておくことが望ましい。ただし、捕集粒子数が少なく、個々の粒子をメンブランフィルタ上で分離して認識できれば、必ずしもこの処理は必要でない。
【0069】
(分析用サンプルの加工)
次に、分析用(特定対象の)サンプルを加工する。具体的には、捕集された微粒子混合物(例えば、降下煤塵粒子)を基板上に散布する(S103)。この際、各粒子同士が接触しないように、散布量を調整する。また、必ずしも捕集された微粒子混合物の全てを分析用サンプルとして加工(基板上に散布)する必要はなく、捕集された微粒子混合物の一部を抜き取って分析用サンプルとしてもよい。ただし、試料のばらつきの影響を評価するためには、少なくとも100個以上の微粒子混合物の粒子を分析用サンプルとして供用することが好ましい。
【0070】
微粒子混合物の粒子を散布する基板としては、平坦な形状を有し、微粒子混合物と化学的及び電気的に接着や付着し難いものであれば、特に限定はされず、例えば、薬包紙や表面の平滑な金属板やガラス板等を使用することができる。
【0071】
また、微粒子混合物は、降下煤塵である場合には、通常φ10μm以上の粗大な粒子であるので、降下煤塵粒子を散布する際には、降下煤塵粒子の大気中での自由落下を利用することができる。具体的には、例えば、捕集された降下煤塵を匙ですくって基板上に上方から落下させることにより、降下煤塵粒子を基板上に散布することができる。
【0072】
なお、本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法では、微粒子混合物(降下煤塵)の捕集方法として乾式法を使用した場合には、フッ素樹脂製のメンブランフィルタ上に捕集された降下煤塵の粒子をメンブランフィルタごと、以下の粒子画像処理計測や薬品処理等に供してもよい。
【0073】
(捕集された微粒子混合物の撮像)
次に、ステップS103で作成された微粒子混合物のサンプルに含まれる全ての微粒子を撮像し、微粒子混合物の画像である粒子画像を生成する(S105)。
【0074】
この粒子画像の生成には、例えば、照明手段や撮像手段等が取り付けられた市販の顕微鏡を使用することができる。具体的には、基板上に散布された微粒子混合物の粒子に、照明手段を用いて均一に光を照射する。本実施形態では、粒子画像の明度測定を行うために、微粒子混合物の撮像時の照明条件は、撮像面上で常に一定の照度となるように設定することが好ましい。照明手段としては、市販の顕微鏡用のリング照明等を用いることができる。
【0075】
次に、微粒子混合物のサンプルを撮像手段を用いて撮像し、粒子画像を生成する。この撮像手段による撮像方法としては、例えば、照明手段から微粒子混合物の粒子に向けて照明を照射し、当該粒子の表面からの反射光を撮像手段(または、顕微鏡に取り付けられたレンズ)で受光し、撮像手段により、撮像画像(粒子画像)を生成する。このときの撮像手段としては、CCD式やCMOS式のディジタルカメラを使用することができる。
【0076】
また、各煤塵粒子の明度(代表明度)は、各粒子画像の対応する個々のCCD素子のサイズ内で平均化されるので、カメラの画素数が多いことが粒子の明度の測定精度上望ましい。具体的には、対象とする粒子を少なくとも9画素以上(モノクロカメラ)で撮像できる密度の画素を有する撮像手段を使用することが好ましい。粒子の明度を正確に記録する観点からは、モノクロカメラであることが好ましい。撮像手段として単板式カラーカメラ(通常、隣り合うCCD素子には異なるカラーフィルタが施されている。)を用いる場合には、少なくとも4画素分の明度を用いて補間された明度値(CCDがベイヤー配列の場合)を測定すべき明度として使用する等の測定精度上の処理が必要であることから、対象とする粒子を少なくとも54画素以上で撮像できる密度の画素を有する撮像手段を使用することが好ましい。また、対象とする粒子の撮像に必要な画素密度を確保するために、必要であれば顕微鏡等のレンズを介して粒子を拡大して撮像してもよい。
【0077】
(粒子画像処理計測:薬品処理前の代表明度測定)
次に、ステップS105で撮像された微粒子混合物の粒子画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する。具体的には、ステップS105で撮像された微粒子混合物の粒子画像に対して、一般的に行われている粒子画像処理計測を行う(S107)。この粒子画像処理計測には、例えば、“ImageProPlus”のような市販の画像処理ソフトに標準的に搭載されている粒子画像処理計測機能を利用して行うことができる。
【0078】
この粒子画像処理計測の方法としては、例えば、まず、所定の明度しきい値Tを用いて、撮像データ(原画像)を二値化する。この場合の明度しきい値Tの設定方法の一例としては以下のような方法がある。すなわち、煤塵種が既知のサンプル(例えば、配合比がわかっている鉄系煤塵と製鋼スラグ系煤塵との混合物)に対して、ある明度しきい値t1を仮決めし、この明度しきい値t1を用いて二値化し、この明度しきい値t1以上の明度を有する明色粒子(上の例の場合は製鋼スラグ系煤塵となるはずである。)と、明度しきい値t1未満の明度を有する暗色粒子(上の例の場合は鉄系煤塵となるはずである。)とを判別する。このとき、判別結果が予め決めておいた配合比と大きく異なる場合には、さらに別の明度しきい値t2を仮決めし、この明度しきい値t2を用いて二値化し、同様にして明色粒子と暗色粒子とを判別する。以上のような操作を繰り返し、一番分離が良い(判別結果と予め決めておいた配合比とがほぼ一致する)明度しきい値を明度しきい値Tとすることができる。ただし、明度しきい値Tの設定方法は、上記のような方法には限られず、一番分離が良い明度しきい値を求めることが可能な方法であれば、どのような方法であってもよい。
【0079】
なお、撮像手段(カメラ)の視野内の全域で完全に均一な照度を得ることは実際には困難であることから、二値化の前に、記録された画素の明度に、画素の二次元位置の関数である補正値を増減して、画像内での照度のバラツキを補正してもよい。この場合の補正値算出方法としては、例えば、予め散乱光反射率値が知られている灰色のテストピースを本発明で使用する撮像系で撮影しておき、このとき記録された画像での全画素の平均明度値から各画素の明度を減じたものを、各画素での明度補正値として用いることができる。補正値が画素のダイナミックレンジに比べて十分小さければ、この補正方法での誤差は小さくなる。また、この補正値が小さくなるように、撮影面上での照度をできる限り均一にすることが望ましい。
【0080】
次に、隣り合う画素の二値化明度の接続関係から、同一の二値化明度が連続し、かつ、他の領域と独立した領域を粒子が存在する領域として特定する。さらに、必要に応じて、存在が特定された個々の粒子の面積を算出するととともに、その粒子の中心位置と等価円に換算した直径を算出してもよい。なお、この算出された個々の粒子の面積、中心位置、直径等のデータは、撮像系に設けられている記憶手段に記録される。
【0081】
前述したようにして特定された撮像画像(原画像)中の各粒子が存在する領域に位置する個々のCCD素子の明度を平均化することにより、各粒子の代表明度を算出する。
【0082】
(薬品処理)
次に、ステップS105で撮像されて、ステップS107で画像処理が施された各微粒子を硫酸アンモニウム水溶液に接触させる(S109)。この処理において、硫酸アンモニウム水溶液を使用することとした理由は前述した通りである。
【0083】
具体的な処理方法としては、例えば、0.1質量%〜10質量%の濃度の硫酸アンモニウム水溶液をエタノール水溶液と混合し、スポイト等を用いて所定量の混合溶液の液滴を微粒子混合物のサンプルに滴下する。このときのエタノール水溶液の濃度は、0質量%〜90質量%であることが好ましい。エタノールが0質量%、すなわち、エタノールを加えないことも、微粒子混合物のサンプルが数g程度以上と多い場合には可能である。一方、微粒子混合物のサンプルの量の減少に従い、エタノールの濃度を高くする必要があるが、試料が数十μg〜数百μg程度の場合には、水の割合が高いと、水の表面張力が強いために水溶液が微粒子と面接触できない。そのため、エタノールの濃度は90質量%以下であることが好ましい。通常の微粒子混合物のサンプルの量を考慮すると、エタノールの濃度は、50質量%〜80質量%程度が好適である。
【0084】
また、硫酸アンモニウム水溶液をエタノール水溶液との混合水溶液の液滴の滴下量は、サンプルとなる微粒子混合物の総質量の0.1倍〜10倍程度であることが好ましい。混合水溶液の滴下量が過小な場合には、硫酸アンモニウム水溶液による硫酸カルシウムの生成量が少なく、スラグ微粒子の表面の淡色化の効果が低い。一方、混合水溶液の滴下量が過大な場合には、生成した硫酸カルシウムが水に溶出して淡色の硫酸カルシウムのスラグ微粒子表面におけるコーティング層を形成できない。
【0085】
混合水溶液の滴下後、微粒子混合物を1時間程度静置する。静置時間が過小な場合には、硫酸アンモニウム水溶液による硫酸カルシウムの生成量が少なく、スラグ微粒子の表面の淡色化の効果が低い。静置時間が過大な場合には、水溶性のある他の粒子(例えば、高炉スラグ)の表面層の成分が水に溶出して、スラグ微粒子が低明度化する場合がある。本発明では、スラグ表面に残留している遊離石灰(高速反応)と、スラグの内部に固定された酸化カルシウム(低速反応)の水に対する反応速度差を利用して、遊離石灰を含有したスラグを主体的に反応させることができる。
【0086】
(薬品処理後の微粒子の洗浄・乾燥)
次に、ステップS109における処理後の微粒子混合物のサンプルを所定の容器に入れられた水中に浸漬させて10分程度静置することにより、処理後の微粒子混合物のサンプルを洗浄する。さらに、微粒子混合物のサンプルを容器から取り出し、大気中で乾燥させる(S111)。
【0087】
ステップS111の洗浄の目的は、硫酸アンモニウムが粒子表面に残留した状態で乾燥させると、他の粒子の表面で白色の硫酸アンモニウム膜が粒子表面を覆い、視認性を悪化させるので、ステップS119の処理によって粒子表面で濃化した硫酸アンモニウムを水に溶解させて除去することである。硫酸アンモニウムは、水への溶解度が極めて高いので、短時間かつ少量の水との接触でも洗浄することができる。このステップS111の洗浄処理における静置時間が短過ぎる場合には、硫酸アンモニウムが粒子表面に残留してしまうため、視認性が悪化するおそれがある。一方、静置時間が長過ぎる場合には、水溶性のある他の粒子(例えば、高炉スラグ)の表面層の成分が水に溶出して、スラグ微粒子が低明度化する場合がある。
【0088】
(磁力分離方法)
次に、図示してはいないが、ステップS109における硫酸アンモニウム処理後の微粒子混合物に対して、磁石を用いて磁力を付与することにより、磁力の付与により着磁し得る着磁性微粒子と非着磁性微粒子とに分離してもよい。この際に用いる磁石としては、鉄系煤塵や製鋼スラグ系煤塵が着磁し、石炭系煤塵や高炉スラグ系煤塵が着磁しない程度の強力な磁力を有する磁石を使用することが好ましい。具体的には、この磁力分離の際に磁力を付与する際の磁石の磁束密度が、少なくとも微粒子の表面において0.1T以上0.4T以下であることが好ましい。ここで、本発明における着磁率とは、吸着面においてほぼ一定で一様な磁束密度を有する磁石を検体粒子群に接触させ、磁石に吸着されたもの(着磁性粒子)と吸着されなかったもの(非着磁性粒子)とに分離した際における、分離前の検体粒子群の総量に対する着磁性粒子の総量の比率をいう。ここで、「総量」とは、質量比率で定義する場合には、質量の総量を意味し、体積比率で定義する場合には、体積の総量を意味する。
【0089】
前述の好適な範囲の磁束密度の範囲を実現できる磁石の具体例としては、例えば、磁束密度が0.1T以上0.4T以下の範囲を実現できる電磁石がある。また、永久磁石では、磁束密度が0.1T以上0.4T以下の範囲の磁力を有するネオジウム磁石やサマリウムコバルト磁石等を使用できる。なお、代表的な永久磁石であるフェライト磁石は、磁力が弱いので、本実施形態における磁力分離で使用する磁石としては好適でない。
【0090】
また、磁石を微粒子混合物と接触させる際には、磁石の先端と微粒子混合物とを直接接触させてもよく、磁石と微粒子混合物との間に分離板を配置して、この分離板を介して磁石と微粒子混合物とを接触させてもよい。
【0091】
磁石は、先端(微粒子混合物と接触する側)が平坦な形状を有していればよく、磁石としては、例えば、円柱型や角柱型等のものを使用できる。また、平坦な基板上に散布された微粒子混合物の粒子との接触性と各粒子に付与する磁力の均一性を確保するため、磁石の先端部の断面積は、0.1cm以上であることが好ましい。また、磁石として、先端部の断面積が小さな細い磁石を使用する場合には、磁石の先端から離れるに従って水平面内における磁束密度の勾配が小さくなり、磁力が均一化するため、適宜、磁石の先端にスペーサを設けて、微粒子混合物が必要以上に磁石の先端に近接しないようにしてもよい。このようなスペーサの材質としては、非着磁性のものであれば特に限定はされないが、例えば、プラスチック板(ゴムや塩化ビニル等の弾性を有する合成樹脂)等を使用することができる。また、スペーサの形状も特に限定はされないが、略リング状の形状のものを使用することができる。また、分離板の材質も、非着磁性のものであれば特に限定されないが、後述のように、着磁性粒子のサンプル上に分離板を留置する場合には、透明な素材を用いることで、留置した分離板を通して、粒子サンプルを撮像できるので好適である。このような透明な素材としては、例えば、透明アクリル製のもの等を用いることができる。
【0092】
具体的な磁力分離の方法としては、まず、平坦な第1の基板上に散布された微粒子混合物(着磁性粒子と非着磁性粒子とからなる)上に、磁石の先端の平坦面を基板と平行な状態にして、磁石の先端を直接、または、磁石と微粒子混合物との間に分離板(スペーサと共用してもよい。)を介して接触させる。この際の磁石と微粒子混合物との接触時間は、例えば1秒以上とすればよい。
【0093】
その後、磁石を引き上げる(分離版を使用した場合には、分離板も磁石に接触させた状態でそのまま引き上げる)。このとき、第1の基板上に残留した微粒子混合物が非着磁性粒子のサンプルである。さらに、第1の基板とは別の第2の基板上に、微粒子混合物が吸着した磁石を降ろして第2の基板と接触させる。
【0094】
さらに、磁石を微粒子混合物、または、下面に微粒子混合物が付着した分離板と引き離す。具体的に、磁石が電磁石の場合には、電磁石に流していた電流を切り(消磁機能のある装置では、消磁電量を供給した後に電流を切り)、そのまま、磁石のみを引き上げて、着磁していた粒子を第2の基板上に残留させる。一方、磁石がネオジウム磁石等の永久磁石の場合には、分離板を第2の基板上に固定し、磁石のみを引き上げて、分離板の下に微粒子(着磁していたもの)を残留させる。こうすることで、着磁性の微粒子を分離板の重力によって上方から押さえ、着磁性の粒子を永久磁石から引き離すことができる。分離板を固定するためには、分離板の重力を利用して、単に、分離板を第2の基板上に静置すればよい。このとき第2の基板上に残留した微粒子が着磁性粒子のサンプルである。
【0095】
(薬品処理後の微粒子混合物の撮像および代表明度測定)
次に、ステップS109で処理された微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像し(S113)、撮像された画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する(S115:粒子画像処理計測)。これらのステップS113及びS115における微粒子の撮像方法および代表明度の測定方法については、前述したステップS105及びS107における方法と同様であるので、詳細な説明を省略する。
【0096】
(スラグ微粒子の識別方法)
次に、ステップS115で測定された代表明度がステップS107で測定された代表明度よりも高明度となった微粒子を、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する(S117〜S119)。
【0097】
ステップS109の薬品処理によって明度が変化するのは、前述したように、遊離石灰を含んだスラグ微粒子のみであることから、薬品処理の前後でそれぞれ微粒子混合物を撮像し(ステップS107、S115)、薬品処理前後の各微粒子の代表明度を比較し、薬品処理後の代表明度の方が薬品処理前の代表明度よりも高い粒子があるか否かを判断する(S117)。その結果、着目した粒子において、薬品処理後の代表明度の方が薬品処理前の代表明度よりも高い場合には、その着目した粒子が表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子であると識別する(S119)。一方、ステップS117の判断の結果、着目した粒子において、薬品処理後の代表明度の方が薬品処理前の代表明度よりも低い場合には、その着目した粒子が他の微粒子であると識別する(S121)。以上のように、薬品処理後に明色化(淡色化)した微粒子をスラグ微粒子として識別することができる。本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法によれば、薬品処理前後の微粒子の明度差を比較すればよいので、薬品処理後の微粒子の実際の明度値によらずに、微粒子混合物の中からスラグ微粒子を識別することができる。
【0098】
ここで、本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法では、薬品処理前後の同一微粒子の明度差を比較するため、薬品処理前後で個々の粒子を対応付ける必要がある。この対応付けの方法としては、第1に、予め個々の微粒子の背面を非水溶性の接着剤で基板等に固定し、同一基板上の微粒子間の相対位置を固定することで、異なる画像(薬品処理前の画像と薬品処理後の画像)内で同一の微粒子を対応付けることができる。第2に、特定の微粒子を薬品処理で対応付けず、微粒子の明度分布のみを薬品処理前後で比較する。この場合の比較方法としては、例えば、薬品処理前後での粒子画像を画像処理計測して、それぞれの画像における各粒子の代表明度のヒストグラムを作成し、ヒストグラムでの明度区分ごとに粒子の構成率を求める。さらに、薬品処理後の粒子の構成率から薬品処理後の粒子の構成率を減じた構成率差を求める。得られた構成率差が正になるもののみを集計した構成率差が、薬品処理後に高明度化した粒子の構成率に対応するものとして、微粒子混合物のサンプル中でのスラグ粒子の巨視的な構成率として識別することができる。この第2の方法の利点は、第1の方法よりも粒子のハンドリングが簡易であるという点である。
【0099】
ただし、この微粒子の対応付けの方法、及びスラグ微粒子の識別の方法は、前述した第1及び第2の方法に限られるわけではなく、他の一般的な手法を適用することができる。微粒子の対応付けの方法として、例えば、薬品処理前後の各粒子の明度平均値の差をスラグ微粒子の構成率に対応付けるなどの方法を適用することができる。この方法によれば、薬品処理前後の明度平均値の差が正になる微粒子の構成率を、表面に遊離石灰を含有するスラグ粒子の構成率として識別することができる。
【0100】
また、この方法を、製鋼スラグのみの微粒子検体を用いてエージングの進度を評価する際に用いることができる。すなわち、薬品処理後に明色化する粒子の割合が高いほど、エージングの進度が低いとみなすことができる。
【0101】
なお、カメラレンズを微粒子混合物を含む水溶液に浸漬させて撮影を行い、粒子の明度を識別してもよい。この場合、撮影時に硫酸アンモニウムの析出がないので、微粒子混合物を水洗および乾燥させる必要は必ずしもない。
【0102】
[本発明の第2の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法]
次に、図3を参照しながら、本発明の第2の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法について説明する。図3は、本発明の第2の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法の操作の流れを示すフローチャートである。
【0103】
本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法は、前述した第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法とは異なり、微粒子混合物の撮像を薬品処理後のみに行い、撮像画像の画像処理計測により得られた代表明度が所定の明度しきい値よりも高いものを、スラグ微粒子と識別する方法である。以下の説明では、前述した第1の実施形態との相違点を中心に説明する。
【0104】
微粒子混合物の定義については、第1の実施形態と同様であるので、詳細な説明を省略する。
【0105】
本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法では、まず、図3に示すように、微粒子混合物を捕集する。なお、微粒子混合物の捕集方法は、第1の実施形態と同様であるので、詳細な説明を省略する。
【0106】
ここで、本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法に用いる微粒子混合物のサンプルとしては、高明度の粒子が表面に遊離石灰を含有するスラグであると予め予測できるサンプルを用いることが前提となる(S201)。
【0107】
このような微粒子混合物の第1の例としては、特定の工場(例えば、製鋼工場等)内で発生する微粒子混合物のサンプルであり、その工場で生成しうる粒子種が限定され、かつ、そのうちスラグ微粒子以外は、全て低明度の粒子種(例えば、酸化鉄粉等)であると予測できるものがある。
【0108】
また、前記微粒子混合物の第2の例としては、高炉法による製鉄プラントの屋外で採取される降下煤塵がある。高炉法による製鉄プラントに由来する降下煤塵は、主に、石炭系煤塵、鉄系煤塵、高炉スラグ系煤塵及び製鋼スラグ系煤塵の4種類の煤塵種に分類される。また、一般に、高炉スラグ系煤塵や製鋼スラグ系煤塵は白色系の明度の高い粒子(明色粒子)であり、石炭系煤塵や鉄系煤塵は黒色系の明度の低い粒子(暗色粒子)である。さらに、製鋼スラグ系煤塵や鉄系煤塵は所定の磁束密度を有する磁石に着磁し得る粒子であるが、高炉スラグ系煤塵や石炭系煤塵は当該磁束密度を有する磁石には着磁しない粒子である。従って、捕集された前記降下煤塵を磁石により、着磁性粒子と非着磁性粒子とに分離しておき、分離された着磁性粒子と非着磁性粒子のそれぞれを、低倍率の光学顕微鏡を用いて撮影した画像に画像処理を施し、個々の煤塵粒子の明度の高低を識別して明色粒子と暗色粒子との区分することにより、石炭系煤塵、鉄系煤塵、高炉スラグ系煤塵及び製鋼スラグ系煤塵の4種類に判別することができる。具体的には、石炭系煤塵は、暗色で非着磁性の非着磁性暗色粒子、鉄系煤塵は、暗色で着磁性の着磁性暗色粒子、高炉スラグ系煤塵は、明色で非着磁性の非着磁性明色粒子、製鋼スラグ系煤塵(エージングの進んだスラグ、または、上述の薬品処理によって明色化されたスラグ)は、明色で着磁性の着磁性明色粒子、というように判別することができる。なお、粒子の明度の工程を識別する際の具体的な方法としては、一般に行われている粒子画像処理計測の手法を用いることができる。この粒子画像処理計測には、例えば、“ImageProPlus”のような市販の画像処理ソフトに標準的に搭載されている粒子画像処理計測機能を利用すればよい。
【0109】
(分析用サンプルの加工)
次に、分析用(特定対象の)サンプルを加工する。具体的には、捕集された微粒子混合物(例えば、降下煤塵粒子)を基板上に散布する(S203)。このときの具体的な方法は、第1の実施形態における分析用サンプルの加工方法(S103)と同様である。
【0110】
(薬品処理)
次に、ステップS203で基板上に散布された各微粒子を硫酸アンモニウム水溶液に接触させる(S205)。この処理において、硫酸アンモニウム水溶液を使用することとした理由は前述した通りである。また、ステップS205における具体的な処理方法は、第1の実施形態における薬品処理(S109)と同様である。
【0111】
(薬品処理後の微粒子の洗浄・乾燥)
次に、ステップS205における処理後の微粒子混合物のサンプルを水で洗浄し、さらに、洗浄後のサンプルを大気中で乾燥させる(S207)。このときの洗浄及び乾燥の方法や目的は、第1の実施形態における洗浄・乾燥処理(S111)と同様である。
【0112】
(磁力分離方法)
次に、図示してはいないが、ステップS205における硫酸アンモニウム処理後の微粒子混合物に対して、磁石を用いて磁力を付与することにより、磁力の付与により着磁し得る着磁性微粒子と非着磁性微粒子とに分離してもよい。このときの具体的な方法や用いる磁石等の詳細についても、第1の実施形態の場合と同様である。
【0113】
(捕集された微粒子混合物の撮像)
次に、ステップS205で処理された微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像し、微粒子混合物の画像である粒子画像を生成する(S209)。この微粒子の撮像方法(粒子画像の生成方法)は、第1の実施形態における撮像方法(S105やS111)と同様である。
【0114】
(粒子画像処理計測:代表明度測定)
次に、ステップS209で撮像された微粒子混合物の粒子画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する(S211)。このときの微粒子の代表明度の測定方法は、第1の実施形態における微粒子の代表明度の測定方法と同様である。
【0115】
(スラグ微粒子の識別方法)
次に、ステップS211で明度が測定された微粒子のうち、ステップS211で測定された代表明度が所定の明度しきい値以上の明度を有する微粒子を、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する(S213〜S217)。
【0116】
ステップS205の薬品処理によって、エージングが不十分で比較的暗色の製鋼スラグの明度が淡色化するのは、遊離石灰を含んだスラグ微粒子のみであることから、薬品処理後に微粒子混合物を撮像し(ステップS205)、薬品処理後に明色化(淡色化)した微粒子、及び、捕集された時点でエージングが十分で明色の製鋼スラグをスラグ微粒子として識別することができる。
【0117】
具体的には、ステップS205の薬品処理後の各微粒子の代表明度が所定の明度しきい値よりも高いか否かを判断する(S213)。その結果、所定の明度しきい値よりも高い粒子があった場合には、その粒子が表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子であると識別する(S215)。一方、所定の明度しきい値よりも低い粒子があった場合には、その粒子が他の種類の粒子であると識別する(S217)。以上のように、本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法によれば、薬品処理後のみに微粒子の代表明度を測定すればよいので、スラグ微粒子の識別の操作が簡易なものとなる。
【0118】
ここで、明度しきい値としては、以下のような値を用いることができる。例えば、予め、薬品処理を施した製鋼スラグ種のみのサンプルを作成し、このサンプルを撮像した画像に対して粒子画像処理計測を行って、個々の粒子の代表明度の分布を求める。この分布の下限(例えば、[各粒子の代表明度の平均値]−n・[各粒子の代表明度の標準偏差]、n:1〜2.5等)を明度しきい値として採用することができる。
【0119】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【実施例】
【0120】
次に、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。
【0121】
(実施例1)
本実施例では、微粒子混合物のサンプルとして、高炉法による製鉄プラント由来の降下煤塵を使用し、製鋼スラグ3mg、高炉スラグ0.5mg、石炭0.5mg、コークス0.5mg、及び鉄鉱石0.5mgを混合したサンプル(計5mg)を作成した。
【0122】
<分析サンプルの作成>
前述したようにして作成したサンプルの500μgを匙ですくって、白色アルマイト処理した第1のアルミ板上に匙で散布し、ステンレス製のへらを用いて、各粒子が互いに重ならないようにアルミ板に拡げた。拡げた粒子群は、直径約10mmの範囲に存在していた。
【0123】
<粒子の撮像>
次に、市販の三眼式実体顕微鏡(対物レンズ倍率:0.5倍)に、市販のリング状光源(白色光)をレンズ鏡筒に、市販のモノクロディジタルカメラ(CCD600万画素、画素寸法は3μm角)をカメラ装着口に、それぞれ装着した。次いで、顕微鏡のステージに、前述したようにして作成したサンプルをそれぞれ載置し、照明条件を同一にするとともに、カメラの絞り及び露出を同一条件として順に撮影し、粒子画像を得た。
【0124】
このとき、顕微鏡の倍率は、測定対象の粒子の実寸法がカメラのCCD素子上で同一の寸法に結像するように調整した。また、顕微鏡で認識する対象の粒子は、降下煤塵であり粒子が粗大であることから、φ10μm以上の大きさの粒子とした。なお、本実施例において、当該粒子の大きさは、CCDの9画素以上に対応するものである。
【0125】
<画像処理>
前述したようにして得られた粒子画像に対し、市販の粒子画像処理ソフトであるIMAGRPRO PLUS VER.5を用いて粒子画像処理計測を行った。このとき、計測の対象としては、各粒子の中心位置、各粒子の円等価直径及び各粒子の平均明度(粒子として認識される画素領域に存在する各画素の明度の平均値)とした。
【0126】
具体的には、予め定めたおいた明度しきい値Tを用いて、この明度しきい値T未満の明度である画素領域を粒子が存在する領域として特定し、当該画素領域に存在する各画素の位置や明度に基づいて、粒子画像中に存在する各粒子の中心位置、平均明度及び円等価直径を算出し、算出結果を記録した。
【0127】
<薬品処理>
次に、濃度5質量%の硫酸アンモニウム水溶液20μgとエタノール80μgとの混合溶液をマイクロピペットで、画像処理後のサンプルの粒子に滴下し、1時間静置した。その後、薬品処理後のサンプルを10分間水に浸して静置することにより洗浄し、さらに、大気中(デシケータ内)で4時間自然乾燥させた。
【0128】
次に、直径10mmの市販の円柱状の電磁石を中心軸が鉛直方向となるように設置し、磁石の先端面(下端面)での平均磁束密度が0.3Tとなるように電磁石に供給する電流を調整した。この状態で、作業者が電磁石を手で保持してアルミ基板上に散布された粒子の上方から垂直に下降させ、粒子に電磁石を接触させた。この状態で1秒間静止させた後、電磁石を上方に持ち上げて、着磁した粒子を電磁石とともに移動させ、別途準備しておいた白色アルマイト処理した第2のアルミ板上に、上方から垂直に電磁石を下降させて電磁石を第2のアルミ板上に載置した。次いで、電磁石に消磁電流を与えた後、電磁石への電流の供給を止め、電磁石を上方に持ち上げて第2のアルミ板上から離隔させた。
【0129】
なお、使用した第1のアルミ板及び第2のアルミ板の寸法は、ともに、大きさが30mm×30mmで、厚みが3mmであった。また、電磁石の消磁方法としては、市販の電磁石用消磁コントローラを使用した。
【0130】
以上の操作の結果、第1のアルミ板上に残留した粒子を非着磁性粒子のサンプルとし、第2のアルミ板上に残留した粒子を着磁性粒子のサンプルとした。
【0131】
さらに、非着磁性粒子と着磁性粒子のそれぞれに対して、薬品処理前と同様の方法で、粒子の撮像し、撮像された画像に対して画像処理を施して、各粒子の代表明度を測定した。
【0132】
<結果>
次に、薬品処理前後の粒子画像における各粒子の代表明度のヒストグラムを作成し、ヒストグラムでの明度区分ごとに粒子の構成率を求め、薬品処理後の粒子の構成率から薬品処理後の粒子の構成率を減じた構成率差を求めた。得られた構成率差が正になるもののみを集計した構成率差を、微粒子混合物のサンプル中での製鋼スラグ粒子の構成率として識別した。なお、粒子の構成率としては、体積構成率を密度で補正して算出した質量構成率を採用した。
【0133】
その結果、粒子の構成率は、製鋼スラグ:61%,高炉スラグ:8%、石炭+コークス:21%、鉄鉱石:10%となり、予め既知の混合比で混合したサンプルの構成率を良好に再現できた。従って、本発明に係るスラグ微粒子の識別方法は、有効な粒子種の識別方法であることがわかった。
【0134】
(実施例2)
本実施例は、粒子の撮像及び画像処理による粒子の代表明度の測定を、薬品処理後に1回のみ行った以外は、実施例1と同様にして行った。ただし、本実施例では、製鋼スラグ粒子の識別方法としては、実施例1とは異なり、画像処理計測により得られた代表明度が所定の明度しきい値よりも高いものをスラグ微粒子と識別した。また、このときの明度判定のしきい値としては、事前に硫酸アンモニウム水溶液により処理した製鋼スラグ粒子のサンプルを画像処理して明度を測定し、大半の粒子が含まれる最低の明度の値を用いた。
【0135】
その結果、粒子の構成率は、製鋼スラグ:56%,高炉スラグ:9%、石炭+コークス:20%、鉄鉱石:15%となり、予め既知の混合比で混合したサンプルの構成率を良好に再現できた。従って、本発明に係るスラグ微粒子の識別方法は、有効な粒子種の識別方法であることがわかった。
【0136】
(比較例1)
本比較例は、薬品処理を行わなかった以外は、実施例2と同様にしてサンプル粒子の構成率を求めた。なお、粒子の構成率としては、実施例1等と同様に、体積構成率を密度で補正して算出した質量構成率を採用した。
【0137】
その結果、粒子の構成率は、製鋼スラグ:23%,高炉スラグ:7%、石炭+コークス:23%、鉄鉱石:47%となった。この結果から、比較例1の方法では、製鋼スラグの構成率を過小に評価してしまい(着磁性で暗色の製鋼スラグを鉄鉱石と誤認識してしまった)、比較例1の方法は、有効な粒子種の識別方法ではないといえる。
【0138】
(比較例2)
本比較例は、薬品処理に使用する水溶液として、硫酸ナトリウム水溶液、硫酸マグネシウム水溶液、硫酸カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸マグネシウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液、炭酸水素マグネシウム水溶液、炭酸水素カリウム水溶液、飽和炭酸水、希硫酸(0.1%濃度)をそれぞれ用いた以外は、実施例1と同様にしてサンプル粒子の構成率を求めた。
【0139】
その結果、いずれの水溶液を使用した場合にも、製鋼スラグの粒子構成率が18〜27%となり、鉄鉱石の粒子構成率が45〜59%の範囲となった。この結果から、比較例2の方法では、製鋼スラグの構成率を過小に評価してしまい(着磁性で暗色の製鋼スラグを鉄鉱石と誤認識してしまった)、比較例2の方法は、有効な粒子種の識別方法ではないといえる。
【0140】
(比較例3)
本比較例は、薬品処理に使用する水溶液として、希硫酸(1%濃度)を用いた以外は、実施例1と同様にしてサンプル粒子の構成率を求めた。
【0141】
その結果、微粒子混合物のサンプル中の鉄鉱石がほぼ全量消失し、薬品処理前後におけるマスバランスがとれない状態であった。また、石炭から透明な不揮発液が生成して、薬品処理後の乾燥できなかった。従って、粒子画像の撮像が困難であったため、粒子画像処理計測を行うことはできなかった。
【0142】
(比較例4)
本比較例は、薬品処理の方法として、微粒子混合物のサンプルを飽和炭酸水50gに10時間浸漬(飽和炭酸水は、100%炭酸ガス雰囲気の室内に静置して炭酸の水への溶解度が、飽和溶解度となるように維持した)させ、その後に処理後のサンプルを乾燥させた以外は、実施例1と同様にしてサンプル粒子の構成率を求めた。
【0143】
その結果、高炉水砕スラグが水和により崩壊して、薬品処理前後での粒径分布が保持されなかった。また、粒子の構成率は、製鋼スラグ:12%,高炉スラグ:3%、石炭+コークス:32%、鉄鉱石:53%となった。この結果から、比較例4の方法では、製鋼スラグの構成率を過小に評価してしまい(着磁性で暗色の製鋼スラグを鉄鉱石と誤認識してしまった)、比較例1の方法は、有効な粒子種の識別方法ではないといえる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物から前記スラグ微粒子を識別するスラグ微粒子の識別方法であって、
前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第1の明度測定工程と、
前記各微粒子を硫酸アンモニウム水溶液に接触させる薬品処理工程と、
前記薬品処理工程後の前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第2の明度測定工程と、
前記第2の明度測定工程で測定された代表明度が前記第1の明度測定工程で測定された代表明度よりも高明度となった微粒子を、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、
を含むことを特徴とする、スラグ微粒子の識別方法。
【請求項2】
前記薬品処理工程と前記第2の明度測定工程との間に、前記薬品処理工程後の前記各微粒子を水洗した後に乾燥させる洗浄工程をさらに含むことを特徴とする、請求項1に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項3】
表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物から前記スラグ微粒子を識別するスラグ微粒子の識別方法であって、
前記微粒子混合物中の全ての微粒子を硫酸アンモニウム水溶液に接触させる薬品処理工程と、
前記薬品処理工程後の前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する明度測定工程と、
前記明度測定工程で測定された代表明度のうち、所定値以上の明度を有する微粒子を、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、
を含むことを特徴とする、スラグ微粒子の識別方法。
【請求項4】
前記薬品処理工程と前記明度測定工程との間に、前記薬品処理工程後の前記各微粒子を水洗した後に乾燥させる洗浄工程をさらに含むことを特徴とする、請求項3に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項5】
前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子は、製鋼スラグであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項6】
前記微粒子混合物は、高炉法による製鉄プラントから発生した降下煤塵からなることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項7】
前記薬品処理工程では、エタノール水溶液と硫酸アンモニウム水溶液との混合物の液滴を前記各微粒子に滴下することにより、前記各微粒子を硫酸アンモニウム水溶液に接触させることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載のスラグ微粒子の識別方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−203119(P2011−203119A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70812(P2010−70812)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)