説明

スラスタ用推薬

【課題】爆轟性が低く、且つ、高い比推力を示すスラスタ用推薬を提供することを目的とする。
【解決手段】ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)とアンモニウムナイトレート(AN)とが、AN質量比が10%以下で混合されたHAN/AN混合薬と、水と、メタノールと、を含み、前記HAN/AN混合薬と前記水と前記メタノールとの合計質量に対して、前記HAN/AN混合薬が60質量%以上76質量%以下で含有され、更に、前記メタノールが16質量%以上32質量%以下で含有され、更に、前記水が5質量%以上24質量%以下で含有され、前記メタノールが22質量%以下で含有される場合、前記水が6%以上で含有されるスラスタ用推薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロケット姿勢制御装置や宇宙機姿勢制御装置などに用いられるスラスタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
単一の液体推薬を触媒分解もしくは電気着火等で発生したガス、もしくは2種類の液体推薬を混合/反応させることで発生したガスによって推進力を生ずるスラスタは、小型エンジンの一種であり、主として人工衛星などの姿勢制御用や軌道変換用に使われる。
液体推薬として、ヒドラジン、四酸化二窒素などが多く用いられている。しかしながら、これらの推薬は人体に有毒であるため、スラスタへ推薬を供給する際などに防護服の装着とそのための空気供給設備、更に特定作業員が必要になるなど、取り扱い性が悪い。また、これらの推薬が漏洩した場合に危険であるなどの問題がある。このため、毒性の低い推薬(グリーンプロペラント)が求められている。
【0003】
グリーンプロペラントとして、ADN(Ammonium Dinitramide、NHN(NO)系や、HAN(Hydroxyl Ammonium Nitrate、NHOHNO)系などの推薬の開発が行われている。
特許文献1に、推薬としてヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)/水(HO)/トリエタノールアンモニウムナイトレート(TEAN)の混合液を用いた一液推進方法が記載されている。特許文献2に、HAN/ヒドラジニウムナイトレート(HN)/水/TEANを含む液体酸化剤が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−22555号公報(請求項2、請求項3)
【特許文献2】特開2007−23135号公報(請求項1、請求項3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
HAN系の推薬は、反応制御が難しく、爆轟性が高い。「爆轟」とは、音速以上の速度で爆薬が急速燃焼し、かつ衝撃波を伴う爆発反応のことをいう。例えば、配管内に残留したHAN系推薬が熱により自己分解等を発生し、配管内で爆轟する場合がある。HAN系の推薬の反応を制御する方法として、HANに水を加えて反応性を低下させる方法があるが、水を加えることで比推力が低下してしまう。一方、水分比率を抑えると比推力は高くなるが、水分比率が低すぎると反応制御が難しくなる。そのため、実用化にこぎつけていないのが現状である。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、爆轟性が低く、且つ、高い比推力を示すスラスタ用推薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)とアンモニウムナイトレート(AN)で混合されたHAN/AN混合薬(AN質量比率(AN質量/(HAN+AN)質量)は10%以下)と、水と、メタノールと、を含み、前記HAN/AN混合薬と前記水と前記メタノールとの合計質量に対して、前記HAN/AN混合薬が60質量%以上76質量%以下で含有され、更に、前記メタノールが16質量%以上32質量%以下で含有され、更に、前記水が5質量%以上24質量%以下で含有され、前記メタノールが22質量%以下で含有される場合、前記水が6質量%以上で含有されるスラスタ用推薬を提供する。
HAN/AN混合薬と水とメタノールとが、上記範囲で含有されることによって、ヒドラジンよりも比推力の高いスラスタ用推薬とすることができる。比推力とは、推薬の単位流量あたりの推力を示す用語である。比推力が高いと、少ない推薬で高い推力を得ることができる。ヒドラジンの理論比推力は240sとされる。また、上記範囲の推薬組成の場合、ヒドラジンよりも密度が大きく、且つ、爆轟性の低い、より安全な推薬となる。
【0008】
本発明によれば、主成分となるHAN/AN混合薬は、ヒドラジンよりも毒性が低いため、ヒドラジンと比較して取扱いが容易となる。HANとANとは、AN質量比が10%以下となるよう、例えば、質量比95:5で混合される。HANにANを10%以下の割合で混合させることによって、水の混合比率を減らすことができる。HAN/AN混合薬にメタノールが含有されることにより、燃焼反応の制御が容易となる。HAN/AN混合薬と水とメタノールとが、上記範囲で含有されることによって、ヒドラジンよりも密度の大きなスラスタ用推薬となる。ヒドラジンの密度は1g/cmとされる。推薬の密度が大きいと、同じ質量流量であっても消費される推薬体積量が少なくて済むため、スラスタの推薬タンクを小さくすることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、HAN/AN混合薬と水とメタノールとを所定の割合(質量)で含む推薬は、毒性が低く、取り扱い性が良好で、爆轟性の低い安全な推薬となる。このような推薬をスラスタに用いることにより、システム質量が軽量化することができるとともに、消費電力及び運用コストを下げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】スラスタのイメージ図である。
【図2】スラスタ用推薬の密度を示す図である。
【図3】スラスタ用推薬の理論比推力を示す図である。
【図4】爆轟性評価試験結果を図3に挿入した図である。
【図5】図4の領域Aを拡大した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明に係るスラスタ用推薬の一実施形態について説明する。
本実施形態に係るスラスタ用推薬は、ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)/アンモニウムナイトレート(AN)混合薬、水、及びメタノール(MeOH)を含む混合溶液である。スラスタ用推薬において、上記各成分は、合計が100質量%となるよう所定の比率にて混合されている。
【0012】
HAN/AN混合薬は、スラスタ用推薬の主成分とされ、触媒によって分解され高温ガスを発生させる機能を有する。HANとANとは、例えば質量比でHAN/AN=95/5の割合で混合されている。HAN/AN混合薬は、スラスタ用推薬の全質量に対して60質量%以上76質量%以下でスラスタ用推薬に含有されている。
【0013】
メタノールは、反応制御のためにスラスタ用推薬に添加されている。メタノールは、スラスタ用推薬の全質量に対して16質量%以上32質量%以下でスラスタ用推薬に含有されている。
【0014】
水は、溶媒として用いられる。水は、スラスタ用推薬の全質量に対して5質量%以上24質量%以下でスラスタ用推薬に含有されている。
なお、メタノールが22質量%以下で含有される場合、水が6質量%以上で含有されるものとする。
【0015】
本実施形態に係るスラスタ用推薬は、図1に示すようなスラスタ10で用いられる。スラスタ10は、推薬タンク1及びスラスタ部2を備えている。
推薬タンク1には、スラスタ用推薬が収容されている。
スラスタ部2は、推薬供給口3と、分解ガス排出口4とを有する。スラスタ部2は、推薬供給口3から分解ガス排出口4に向かって末広な形状をしている。推薬供給口3は、スラスタ部2内に推薬を供給するための開口であり、スラスタ部2の推薬タンク1側に設けられている。推薬供給口3には、触媒層5が設けられている。分解ガス排出口4は、スラスタ部2の推薬供給口3と対向する側に設けられる開口である。
【0016】
スラスタ用推薬は、推薬タンク1から所定の供給手段(不図示)によって推薬供給口3からスラスタ部2に供給される。供給されたスラスタ用推薬は、触媒層5を経由して触媒により分解し、高温の分解ガスを発生させる。触媒としては、アルミナ系担体やイリジウム系金属などが用いられる。スラスタ10は、高温の分解ガスが分解ガス排出口4から排出されることで推力を得ることができる。
【0017】
以下に、スラスタ用推薬の各成分の含有量の決定根拠を説明する。
スラスタ用推薬の各成分の含有量から推薬タンクに収納された状態における密度を計測した。図2に、スラスタ用推薬の密度を示す。同図において、底辺がメタノール、左斜辺が水、及び右斜辺がHAN/AN混合薬の含有量(質量%)である。
図2によれば、スラスタ用推薬の全質量に対して、HAN/AN混合薬が10質量%以上、メタノールが45質量%以下、水が80質量%以下でスラスタ用推薬に含有されていれば、スラスタ用推薬の密度が1.1g/cm以上となる。
【0018】
次に、スラスタ用推薬の各成分の含有量からスラスタ用推薬の理論比推力を、市販反応計算ソフト(ODE)を用いて算出した。図3に、スラスタ用推薬の理論比推力を示す。同図において、底辺がメタノール、左斜辺が水、及び右斜辺がHAN/AN混合薬の含有量(質量%)である。
図3によれば、スラスタ用推薬の全質量に対して、HAN/AN混合薬が60質量%以上92質量%以下、メタノールが8質量%以上40質量%以下、水が0質量%以上25質量%以下でスラスタ用推薬に含有されていれば、スラスタ用推薬の比推力が240s以上となる。
【0019】
スラスタ用推薬において、密度を大きくすると任意の質量流量で消費される推薬の体積流量を低減させることができる。従って、本発明者らは鋭意研究の結果、比推力を240s以上とし、密度を1.1g/cm以上とすることで、密度比推力(密度×比推力)が240sec・g/cm(ヒドラジンの値)以上となり、ヒドラジンと比較して、同等以上の性能を発揮できる推薬組成を見出した。すなわち、スラスタ用推薬は、HAN/AN混合薬が60質量%以上92質量%以下で含有され、更に、メタノールが8質量%以上40質量%以下で含有され、更に、水が0質量%以上25質量%以下で含有されることが好ましい。
【0020】
(爆轟性評価試験)
次に、上記組成範囲の推薬について、スラスタ適用の安全性を確かめるため、JIS規格(JIS K 4810 火薬類性能試験方法 5.2.4 起爆感度試験C)に準じて28mm鋼管試験を行って、HAN/AN混合薬をベースとしたスラスタ用推薬の組成の変化に伴う爆轟性の評価を実施した。本試験は、運用上想定される衝撃に対して、過大な衝撃が入力されると考えられるが、安全側の評価として本手法を採用した。具体的には、外径34mm、内径27.6mm(板厚3.2mm)、長さ200mmのステンレススチール製鋼管内に試料で満たした試験管を挿入し、試験管の底に配置した6号雷管+RDX(Research Department eXplosive、爆薬の1種)で起爆し,鋼管の破砕状況で爆轟伝播性を評価した。試料は、表1に示す推薬組成のものを使用した。
【0021】
上記試験において、鋼管の破砕が全長にわたるものを「完爆」、鋼管の一部または部分的に破砕が起こるものを「半爆」、雷管の近傍が若干膨らむのみで鋼管の破砕が全く起こらないものを「不爆」とした。上述のように、本試験は運用上想定される衝撃に対して、過大な衝撃が入力されると考えられる。そのため、本試験では「不爆」及び「半爆」であれば、衝撃による爆轟誘起が小さく、スラスタへの適用において安全性が高いと判断できる。
【0022】
(密度測定)
試料1B乃至1L、及び2A乃至2Mに関しては、ポータブル密度比重計(調温された溶液を測定セルに導入し,その溶液の振動数を測定することにより,溶液の密度を測定)を用いて、溶液密度を測定した。
【0023】
表1に、爆轟性評価試験及び密度測定の結果を示す。
【表1】

【0024】
図4は、爆轟性評価試験結果を図3に挿入した図である。図5は、図4の領域Aを拡大した図である。
爆轟性評価試験において、試料1D、1F、2B、及び2Cは不爆であった。また、試料1B、1C、1I、及び2Aは完爆であり、それ以外の試料は半爆であった。
完爆した推薬組成については、比較的比推力が高い領域で、かつメタノールと水の割合が比較的小さいため、爆轟性が定性的に高くなる傾向にあり、爆轟性試験の結果からもその傾向が読み取れる。
【0025】
上記爆轟性試験結果から、スラスタ用推薬に、HAN/AN混合薬が60質量%以上76質量%以下で含有され、更に、前記メタノールが16質量%以上32質量%以下で含有され、更に、前記水が5質量%以上24質量%以下で含有され、メタノールが22質量%以下で含有される場合、前記水が6質量%以上で含有されることが好ましいことがわかった。それによって、安全性の高いスラスタ用推薬となる。
【符号の説明】
【0026】
1 推薬タンク
2 スラスタ部
3 推薬供給口
4 分解ガス排出口
5 触媒層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシルアンモニウムナイトレート(HAN)とアンモニウムナイトレート(AN)とが、AN質量比が10%以下で混合されたHAN/AN混合薬と、水と、メタノールと、を含み、前記HAN/AN混合薬と前記水と前記メタノールとの合計質量に対して、
前記HAN/AN混合薬が60質量%以上76質量%以下で含有され、
更に、前記メタノールが16質量%以上32質量%以下で含有され、
更に、前記水が5質量%以上24質量%以下で含有され、
前記メタノールが22質量%以下で含有される場合、前記水が6質量%以上で含有されるスラスタ用推薬。
【請求項2】
請求項1に記載の推薬を用いたスラスタ。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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