説明

セメントクリンカの製造方法

【課題】 非鉄鉱滓や石炭灰等のTi含有量の多い原料を用いたセメントクリンカの製造において、得られたクリンカを用いて製造したセメントのモルタル圧縮強度が低い場合が生じてしまう現象の発生を防止する。
【解決手段】 チタン鉱滓や石炭灰をセメントクリンカの原料として用いるに際し、原料に含まれるTi含有量を蛍光X線分析などを行い、焼成後に得られるセメントクリンカ中のTi含有量がTiO換算で1.0質量%以下となるように各原料の配合比率を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセメントクリンカの製造方法に係る。詳しくは、セメント原料として廃棄物を用いた場合でも、圧縮強度等のセメント物性に悪影響を与えることの少ないセメントクリンカの製造方法に係る。
【背景技術】
【0002】
近年、下水汚泥、下水汚泥焼却灰、都市ゴミ焼却灰、高炉水滓スラグ、高炉徐冷スラグおよび鉄鋼スラグなどの廃棄物の処理が社会問題となっており、今後さらに処理の難しい廃棄物の量が増えることが予想される。そのため、上記廃棄物の有効な処理方法の確立や再利用、再資源化への対応については、さらなる研究が必要となっている。
【0003】
従来からセメントの製造においては、上記廃棄物を原燃料として使用することで再資源化を行なっている。
【0004】
セメントクリンカは主にSiO、Al、CaO及びFeから構成されており、これら成分からなる鉱物比率、具体的にはCS(3CaO・SiO)、CA(3CaO・Al)、CS(2CaO・SiO)及びCAF(4CaO・Al・Fe)の組成比が、セメントの各種物性に大きな影響を与えることはよく知られている。
【0005】
また少量成分の影響についても種々検討が行われており、例えばポルトランドセメントに係るJIS規格(JIS R 5210)では、酸化マグネシウム量、全アルカリ量、塩化物イオン量などが規定されている。
【0006】
また遊離酸化カルシウム(フリーライム;f-CaO)が多すぎると種々の問題が生じることは知られており(例えば、特許文献1、2)、P量についても単独での影響や、他の成分と組み合わさった場合の検討が多く行われている(例えば、特許文献3〜5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−34653号公報
【特許文献2】特開平7−267699号公報
【特許文献3】特開2000−272939号公報
【特許文献4】特開2002−187747号公報
【特許文献5】特開2002−265242号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、その影響の知られている各成分の組成(含有量)が適切となるよう原料組成や焼成条件を調整しても、場合によっては、モルタル圧縮強度等が相対的に劣るものを生じることがある。このような現象は、多量の廃棄物を原料とした場合により頻繁に生じることから、物性の良好なものを安定的に生産するためには、廃棄物使用量を抑制しなければならないという問題を生じていた。
【0009】
従って本発明は、この課題を解決し、多量の廃棄物を原料とすることを可能とし、かつ物性の良好なセメントクリンカを安定的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題に鑑み鋭意検討を進めた結果、原料中に含まれるTi成分は、その量が少ない場合には他の鉱物中に固溶しているが、一定量を超えるとCaTiOなどとして析出することを見出し、さらに検討を進めた結果、本発明を完成した。
【0011】
即ち本発明は、チタン鉱滓及び/又は石炭灰と、その他の原料を調合、これを焼成してセメントクリンカを製造するに際し、用いる各原料の成分分析を行い、該分析結果に基づいて、焼成後に得られるセメントクリンカ中のTi含有量がTiO換算で1.0質量%以下となるように原料の配合比率を調整するセメントクリンカの製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、焼成により得られたセメントクリンカ中にCaTiOが析出することを簡便に防止することができる。これにより該セメントクリンカを用いて製造したセメントのモルタル圧縮強度などの物性が相対的に低くなってしまうことを防止することが容易となる。
【0013】
そのため、廃棄物等のTi含有量の多い原料であっても、その使用量を適切な範囲と調整することが容易となり、必要以上に廃棄物使用量を抑制しなくてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】TiO含有量0.34%(実施例1)及び2.11%(比較例2)のX線回折パターン図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の製造方法では、各原料に含まれる成分を分析し、該分析結果に基づいて焼成後のセメントクリンカ中に含まれるTi含有量を、TiO換算で1.0質量%以下となるように各原料の配合を調整する(以下、セメントクリンカを単に「クリンカ」と記す場合がある)。
【0016】
後述する実施例、比較例に具体的に結果を示すように、クリンカ中のTiO換算でのTi含有量が1.0質量%を超えると、例えばモルタル圧縮強度が大幅に低下してしまう。
【0017】
Ti含有量が異なるだけで、他の原料組成や焼成条件が同一のクリンカについて分析してみると、TiO換算でのTi含有量が1.0質量%までは空隙率が低下していくが、それを超えると一定の値になる。またクリンカのX線回折ではTiO換算でのTi含有量が1.0質量%を超えるとCaTiOに同定される物質の存在が確認され始め、また他の鉱物成分量も変化が確認される(図1)。これらのことから、TiO換算でのTi含有量が1.0質量%までは、Ti成分はセメントクリンカを構成する通常の鉱物成分中に固溶するが、1.0質量%を超えると固溶しきれなくなって析出し、そのため他の鉱物組成にも影響を与え、結果としてセメント物性に影響を与えてしまうものと考えられる。
【0018】
より良好なセメント物性を得られるという観点からは、焼成後に得られるセメントクリンカ中のTi含有量がTiO換算で0.5質量%以下となるように各原料の配合比率を調整することが好ましい。
【0019】
一方で空隙率が低いクリンカが得られる、即ち、焼き締まりが良好なものを得られるという観点からは、同0.5〜1.0質量%の範囲となるように各原料の配合比率を調整することが好ましい。
【0020】
本発明の製造方法は、上述の如く焼成後のクリンカが含有するTi量がTiO換算で1.0質量%以下となるように各原料の配合比率を調整しなければならない以外は、従来公知のセメントクリンカの製造方法を適用すれよい。即ち、例えばJIS規格のポルトランドセメントを製造するのであれば、石灰石、粘土、珪石、酸化鉄原料等の鉱物性原材料や各種廃棄物・副産物等を原料としてセメントキルンにより焼成し、得られたクリンカとセッコウ等を混合、粉砕してセメント組成物とする。
【0021】
使用可能な廃棄物・副産物をより具体的に例示すると、高炉スラグ、製鋼スラグ、非鉄鉱滓、石炭灰、下水汚泥、浄水汚泥、製紙スラッジ、建設発生土、鋳物砂、ばいじん、焼却飛灰、溶融飛灰、塩素バイパスダスト、木屑、廃白土、ボタ、廃タイヤ、貝殻、都市ごみやその焼却灰等が挙げられる(なお、これらの中には、セメント原料になるとともに熱エネルギー源となるものもある)。
【0022】
上記廃棄物・副産物のなかでも、高濃度でTi成分を含有している可能性が高い点で、非鉄鉱滓や石炭灰、特にチタン精製過程で生じる中和滓(チタン鉱滓)を原料として用いる場合に本発明を適用する有用性が特に高い。
【0023】
本発明を実施するに際しては、焼成後に得られるクリンカの含有するTi量がTiO換算で1.0質量%にするために、各原料の成分分析を行う。本発明においては、この原料の成分分析は、該原料に含まれる全ての構成成分を分析する必要はなく、上記目的を達成できる成分を分析、定量すればよい。最も簡単には原料中のTi成分の含有量を分析により求めればよい。
【0024】
この場合、各々の原料に含まれるTi成分の量は、該Tiの形態(TiO、他の金属との複酸化物、チタン酸塩、硫酸チタン、金属チタンやチタン合金の形態など)に合わせて公知の分析方法により分析すればよい。好ましくは蛍光X線分析(JIS R 5204に準じる)を採用することにより、Tiの存在形態に関係なく必要な精度で定量することができる。
【0025】
むろん分析方法は蛍光X線分析に限られるものではなく、必要に応じてJIS R 5202で規定される化学分析法などで定量してもよい。また原料の一部が金属切削粉を含む廃棄物である等によりTiが金属チタンやチタン合金として存在している場合には、例えば無機酸−フッ化水素酸で溶解し、得られた溶液を原子吸光分析、IPC発光分析等により分析して定量することもできる。
【0026】
都市ごみやその焼却灰を原料とする場合には、様々な形態のTiが多量に含まれる場合がある。このような原料を用いる場合には、酸による溶解、アルカリ融解などを組合わせた未知試料の系統的分析方法の手法などに従い、その含有量を求めることもできる。
【0027】
またクリンカの含有するTi量がTiO換算で1.0質量%となるようにするための他の分析手法としては、Ti以外の成分について分析してその含有量を求め、該含有量から計算されるクリンカ中に含まれうるTi量の最大値が上記範囲以下となるように原料の配合比率を調整する方法が挙げられる。即ち、Ti以外の種々の成分について分析してその含有量を求め、該分析成分から生じるクリンカ構成成分の合計が99質量%を上回るように原料の配合比率を決定すれば、Tiを直接分析しなくともセメントクリンカ中のTi含有量をTiO換算で1.0質量%以下とできる。
【0028】
また用いる原料毎に、直接Ti量を分析する方法と、非Ti成分量を分析する方法とを適宜組合わせて分析してもよい。
【0029】
なお前記のとおり焼成後に得られるクリンカ中のCS、CA、CS及びCAF等の鉱物比率は物性に多大な影響を与えるため、これらの鉱物比率が目的の範囲となるようTi以外の成分の分析も同様に行う必要がある。この分析は、一般には蛍光X線分析法(JIS R 5204)により行うことができる。
【0030】
最も好ましくは、蛍光X線分析によりTiとその他の成分を分析する方法である。
【0031】
上記のようにして分析した各原料が含有する成分量を元に、CS、CA、CS及びCAF等の鉱物比率が目的の範囲となり、かつTi成分の含有量がTiO換算で1.0質量%以下となるように各原料の配合比率を調整する。なお鉱物比率は、どのようなセメント(例えば、普通ポルトランドセメント、早強ポルトランドセメント、中庸熱ポルトランドセメント等)を製造するかなどに応じ、水硬率(HM)やケイ酸率(SM)、鉄率(IM)等が所望の値になるように適宜設定すればよい。
【0032】
また通常、原料中に含まれるTi成分は、酸化物(TiO)や複合酸化物、場合によりチタン合金や金属チタンといったクリンカ焼成温度では揮発性のほとんどない形で含まれる。従って、原料中に含まれるTi成分は全量がクリンカ中に移行するとして配合比率を決定するための計算を行えばよい。むろん原料粉砕工程や焼成工程で揮発してクリンカ中に取り込まれないTi成分があることがわかっている場合には、その分を考慮に入れて計算する必要がある。
【0033】
製造スケールや秤量精度にもよるが、セメントクリンカ製造時の組成制御における定法に従って計算を行えば、通常は計算値±0.05質量%の範囲で焼成後のセメントクリンカの各成分の組成を制御できる。
【0034】
このようにして配合比率を調整した原料を焼成してセメントクリンカとする。焼成方法は特に制限されず公知の方法を適宜選択して行えばよく、例えばNSPキルンやSPキルンに代表されるセメントキルン等の高温加熱が可能な装置を用いて概ね1450℃を超える高温で焼成するのが一般的である。
【0035】
得られたセメントクリンカ中に含まれる各成分の定量は、例えばJIS R 5202に規定される化学分析方法や、JIS R 5204に規定される蛍光X線分析法に従い行えばよい。
【0036】
上記のようにして製造したTi含有量がTiO換算で1.0質量%以下のセメントクリンカは、次いで公知の方法に従いセメントとすればよい。例えばJIS規格セメントとするのであれば、石膏及び必要に応じて粉砕助剤、高炉スラグ、シリカ質混合材、フライアッシュ、炭酸カルシウム、石灰石等を混合、粉砕すればよい。また塩素バイパスダストを混合してもよい。粉砕によりブレーン比表面積をJIS規格で定める値以上、好適には2800〜5000cm/g程度とする。
【0037】
さらに必要に応じ、粉砕後に高炉スラグ、フライアッシュ等を混合し、高炉スラグセメント、フライアッシュセメント等にすることも可能である。
【0038】
むろん本発明の製造方法で得られたセメントクリンカは、JIS規格外のセメントの製造原料や、セメント系固化材等の原料としてもよい。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明の構成及び効果を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
表1に組成を示す原料を用い、その配合比を調整してTiOの含有量を変化させたセメント用原料をそれぞれ調製し、これを1450℃で2時間焼成してセメントクリンカを得た。このセメントクリンカにSO含有量2.0〜2.1質量%となるように石膏を添加し、ブレーン比表面積3450〜3550cm/gとなるように粉砕し、セメントを作製した。
【0041】
また各測定方法は以下の方法による。
(1)原料及びセメントクリンカの化学組成の測定:JIS R 5204に準拠する蛍光X線分析法により測定した。
(2)モルタル圧縮強度の測定:JIS R 5201規格に準拠する強さ試験により測定した。
(3)空隙率の測定:アルコール溶媒を用いたアルキメデス法でおこなった。
【0042】
【表1】

【0043】
なお中和滓は、チタン精製過程で生じた中和滓である。
【0044】
実施例1
表1に分析結果を示す組成から計算し、クリンカ中のTi含有量が、TiO換算で0.35質量%となるように各原料の配合比を調整し、これを焼成してセメントクリンカを得た。得られたセメントクリンカの化学組成及びボーグ式により算出される鉱物組成を表2に、空隙率を表3に示す。
【0045】
さらにこのセメントクリンカに石膏を添加、粉砕してセメントとし、モルタルの圧縮強度試験を行なった。この結果を表4に示す。
【0046】
実施例2〜4、比較例1、2
最終的な組成に占めるTi含有量が異なるように、各原料の配合比を変化させてセメントクリンカを製造した。なおこのとき、Ti含有量以外の組成等が物性に与える影響を排除するため、HM、SM及びIMが実施例1で得たセメントクリンカと実質的に同一となるように計算し他の原料の配合割合も調整している。
【0047】
得られたセメントクリンカ及び該セメントクリンカを用いて製造したセメントについて測定した結果を表2〜4に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
上記結果に示されているように、実施例1〜4では、Ti含有量が増加するに伴い空隙率が低下しているが、比較例1、2の結果より、TiO換算のTi含有量が1.0質量%超えると、空隙率が変化していない。このことから、Ti含有量の増加は焼結性の向上に有効だが、1.0質量%を超える含有量は焼結性の向上には寄与しないことがわかる。
【0052】
比較例1、2の圧縮強度は、実施例に比べて各材齢において低下しており、特に材齢3日を越えると1割以上の減少となっていることから、TiO含有量を多くしすぎると、強度発現性に問題を生じることが明らかである。
【0053】
また図1にTiO含有量0.34%(実施例1)及び2.11%(比較例2)のX線回折パターンを示す。2.11%(比較例2)では、0.34%(実施例1)と比べて33°付近にピークが出現している。これは、CaTiOに同定されるピークであり、TiO含有量増大に伴い、CaTiOが生成したものと推定される。このCaTiOのピークは実施例2〜4のセメントクリンカには確認されないが、比較例1でも確認されている。このことより、TiO含有量が1.0質量%以下の場合は固溶されるが、1.0質量%以上になると固溶されないTiOがCaTiOを生成していることがわかる。このCaTiOの生成が、空隙率減少の抑制及びモルタル圧縮強度の強度発現性の低下に影響しているものと推測される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン鉱滓及び/又は石炭灰と、その他の原料を調合、これを焼成してセメントクリンカを製造するに際し、用いる各原料の成分分析を行い、該分析結果に基づいて、焼成後に得られるセメントクリンカ中のTi含有量がTiO換算で1.0質量%以下となるように各原料の配合比率を調整するセメントクリンカの製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法でセメントクリンカを製造し、ついで該セメントクリンカに石膏を混合するセメントの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−229162(P2012−229162A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−187366(P2012−187366)
【出願日】平成24年8月28日(2012.8.28)
【分割の表示】特願2008−298548(P2008−298548)の分割
【原出願日】平成20年11月21日(2008.11.21)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)