説明

セラミックレンズ、セラミックレンズの製造方法および型

【課題】製造コストの増大を抑制するとともに、優れた光学特性を示すセラミックレンズを得る。
【解決手段】モールド成形により形成されるセラミックレンズ1であって、レンズ表面のPV値は、レンズ表面の中心とレンズ有効径(単位:μm)の外周端とのレンズの光軸に沿った方向における高低差をサグ(単位:μm)とした場合に、(サグ)/(レンズ有効径×100)+1 という式で表される基準PV値(単位:μm)以下であり、レンズ表面の残留応力が5MPa以下である。この結果、セラミックレンズ1の表面形状が十分な精度を有することから、当該表面形状の劣化に基づく光学特性の悪化(たとえばレンズの焦点ズレや解像力の低下など)を防止することができる。また、上記のように表面の残留応力が5MPa以下になっているので、当該残留応力によるセラミックレンズ1の屈折率の変化量を実用上問題ないレベルに抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、セラミックレンズ、セラミックレンズの製造方法および型に関し、より特定的には、モールド成形により製造されるセラミックレンズ、セラミックレンズの製造方法および当該製造方法において用いる型に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、型を用いたモールド成型により製造されるセラミックレンズが知られている(たとえば、特開2005−104093号公報(以下、特許文献1と呼ぶ)参照)。特許文献1では、モールド成形によりレンズ(回折光学素子)を製造する方法として、製造したいレンズの形状に合わせて型(成形型)を準備し、実際の試作を行なって試作品のレンズの形状を測定し、当該測定結果に基づき型の形状修正を繰り返す方法が開示されている。また、型の加工においては切削加工が用いられる(たとえば、”マイクロフレネルレンズの精密ガラス成形” 鈴木浩文他、精密工学会誌 Vol.67、No.3、2001年発行(以下、非特許文献1と呼ぶ)参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−104093号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】”マイクロフレネルレンズの精密ガラス成形” 鈴木浩文他、精密工学会誌 Vol.67、No.3、2001年発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上述した従来のセラミックレンズの製造方法では、設計通りの形状精度を有するセラミックレンズを得るため、レンズの試作、評価および型の形状修正というサイクルを複数回繰返すため、型の形状の確定までに時間がかかり、結果的にレンズの製造工程に要する時間とコストが増大することになっていた。また、上述のように言わば試行錯誤を繰り返すことで型の形状を決定しているため、当該型の形状が本当に最適化されたものであるかどうかを確認することは難しい。さらに、発明者が検討したところ、上述のようにモールド成形されたセラミックレンズでは、その製造工程によってはレンズ表面に大きな残留応力が発生する場合があり、このような残留応力の存在はレンズの光学特性に悪影響を及ぼすことが考えられる。
【0006】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の目的は製造コストの増大を抑制するとともに、優れた光学特性を示すセラミックレンズを得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に従ったセラミックレンズは、モールド成形により形成されるセラミックレンズであって、レンズ表面のPV値は、レンズ表面の中心とレンズ有効径(単位:μm)の外周端とのレンズの光軸に沿った方向における高低差をサグ(単位:μm)とした場合に
(サグ)/(レンズ有効径×100)+1
という式で表される基準PV値(単位:μm)以下であり、レンズ表面の残留応力が5MPa以下である。
【0008】
このようにすれば、レンズの表面形状が十分な精度を有することから、当該表面形状の劣化に基づく光学特性の悪化(たとえばレンズの焦点ズレや解像能力の低下など)を防止することができる。
【0009】
なお、ここでPV(Peak to Valley)値とは、加工したレンズ表面の設計値に対する形状の最大誤差を意味し、具体的には測定範囲内での最も高い点(Peak)と最も低い点(Valley)の差を意味する。また、ここでサグは、上述のようにレンズ表面(レンズ面)の中心とレンズ有効径外周端との(レンズの光軸に沿った方向における)高低差を表す。また、サグの単位はμmとする。また、ここでレンズ有効径とは、光の透過する有効面の平面形状が円形状のレンズであればその円の直径を意味し、また、光の透過する有効面の平面形状が多角形状(たとえば四角形など)であれば、その多角形状となっている有効面の外接円の直径を意味する。上記のように基準PV値は、レンズ面の高低差であるサグをレンズ有効径で割った値にサグの1%を乗じ、型のばらつき定数である1(単位:μm)を加算した指標である。この基準PV値を用いるのは、設計上の形状精度の要求レベルはサグとレンズ有効径に依存するので、その二つの変数で一般化された指標として上記基準PV値を採用しているためである。また、型のばらつき定数(1μm)は、セラミックレンズの成形に用いる型の実効的な加工精度を示している。
【0010】
また、上記のように表面の残留応力が5MPa以下になっているので、当該残留応力によるレンズの屈折率の変化量を実用上問題ないレベルに抑制することができる。なお、たとえばレンズの材料がZnSである場合、屈折率nの応力Pに対する依存性(dn/dP)は−2.6×10-3/MPa程度である(たとえば「分光学的性質を主とした基礎物性図表」工藤恵栄著、共立出版社、1972年、参照)。このため、残留応力が上述した値を超えると、屈折率の変化量が−0.013超えとなる。このような屈折率の変化は、レンズの焦点ズレや解像力の低下を招き、光学性能面で無視できなくなる。したがって、セラミックレンズの表面における残留応力は上記のように5MPa以下とすることが好ましい。また、レンズ表面における引張応力の増加は、レンズの機械的衝撃耐力や熱衝撃耐力の低下につながる。このため、レンズ表面における引張応力(残留応力)の値はレンズを構成する材料の強度(曲げ強度)の10%以下とすることが好ましい。
【0011】
この発明に従ったセラミックレンズの製造方法は、型を準備する工程と、当該型を用いてレンズ母材をモールド成形することによりセラミックレンズを形成する工程とを備える。型を準備する工程では、レンズ母材を構成する材料の熱膨張係数と、型を構成する材料の熱膨張係数との両方を考慮して、型の成形面の形状を決定している。
【0012】
このようにすれば、型とレンズ母材との熱膨張係数を考慮して型の成形面(レンズ母材と接触する面)の形状を決定するので、結果的にモールド成形時の成形温度と室温との差によるレンズや型の(モールド成形時の)熱膨張を最初から考慮して型の形状を決定することができる。このため、従来のように単にレンズの試作を繰り返して試行錯誤により型の形状を決定する場合より、より正確かつ確実に型の形状を決定することができる。この結果、型の形状決定に要する時間を従来より短縮することができるので、セラミックレンズの製造コストを従来より低減することができる。
【0013】
但し、型がモールド成形中に弾性変形することが明白な場合は、当該型の変形分はレンズと型の熱膨張差に起因する補正分とは完全に独立して考慮すればよい。この場合、型の(弾性変形による)変形量はコンピュータシミュレーションによる弾性変形解析や予備プレス試験で事前に求めることができる。そして、このようにして事前に求めた変形量を型の形状に反映させてもよい。
【0014】
なお、上述した型を準備する工程は、セラミックレンズを形成する工程においてモールド成形を行なう前までの工程を含んでいてもよい。具体的には、型を準備する工程には、上記のように型の成形面の形状を決定する工程、型を構成する部材を準備する工程、当該決定された成形面の形状となるように、当該部材の加工を行なうことにより型を得る工程、得られた型をモールド装置にセットする工程、などを含んでいてもよい。上述のようにして得られた型をモールド装置にセットすることでセラミックレンズを製造するようにすれば、従来よりコストを低減することができる。
【0015】
また、上記のように型の形状決定において型とレンズ母材との熱膨張係数を考慮するので、形成されたレンズの表面形状をより精度良く決定することができる。この結果、形状精度の優れた(結果的に光学特性の優れた)セラミックレンズを得ることができる。
【0016】
この発明に従ったセラミックレンズは、上記セラミックレンズの製造方法を用いて製造されたセラミックレンズである。このようにすれば、上述のように製造コストの増大が抑制されるとともに、光学特性の優れたセラミックレンズを実現できる。
【0017】
この発明に従った型は、上記セラミックレンズの製造方法において用いる型である。この場合、型の形状決定に要する時間を従来より短縮することができるので、型の準備に要する時間を短縮できる。この結果、セラミックレンズの製造コストを従来より低減することができる。
【発明の効果】
【0018】
この発明によれば、製造コストの増大を抑制するとともに、優れた光学特性を示すセラミックレンズを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に従ったセラミックレンズの実施の形態を示す断面模式図である。
【図2】図1に示したセラミックレンズの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図3】図2に示したモールド成形工程を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の図面において、同一の機能を果たす要素には同一の参照符号を付し、その説明は、特に必要がなければ繰り返さない。
【0021】
図1は、本発明に従ったセラミックレンズの実施の形態を示す断面模式図である。図1を参照して、本発明に従ったセラミックレンズ1を説明する。
【0022】
図1に示したセラミックレンズ1は、回折レンズであって、第1の表面11が非球面形状の曲面(凸形状の曲面)となっている。また、第2の表面12は複数の不連続な曲面で構成されており、全体として凹形状(第1の表面11側に凸となった形状)となっている。セラミックレンズ1の材料としてはたとえばZnSを用いる。なお、セラミックレンズ1の材料としては、上述したZnSに代えて、ZnSe、CaF、MgF、Si、Ge、MgAl、Y、YAG、など多結晶光学セラミックスを用いることができる。また、上記セラミックレンズ1の材料としては、カルコゲナイドガラスを用いてもよい。たとえばGe−As−Se系、Ge−Sb−Se系、あるいはGe−S系のカルコゲナイドガラスを用いてもよい。
【0023】
セラミックレンズ1は、モールド成形により形成されるセラミックレンズ1である。セラミックレンズ1では、レンズ表面のPV値が、レンズ表面の中心とレンズ有効径(単位:μm)の外周端とのレンズの光軸に沿った方向における高低差をサグ(単位:μm)とした場合に
(サグ)/(レンズ有効径×100)+1
という式で表される基準PV値(単位:μm)以下となっている。また、セラミックレンズ1のレンズ表面の残留応力は5MPa以下である。
【0024】
このようにすれば、セラミックレンズ1の表面形状が十分な精度を有することから、当該表面形状の劣化に基づく光学特性の悪化(たとえばレンズの焦点ズレや解像能力の低下など)を防止することができる。
【0025】
また、上記のように表面の残留応力が5MPa以下になっているので、当該残留応力によるレンズの屈折率の変化量を実用上問題ないレベルに抑制することができる。すなわち、セラミックレンズ1の材料が上述のようにZnSである場合、屈折率nの応力Pに対する依存性(dn/dP)は−2.6×10-3/MPa程度であるので、残留応力が上述した値を超えると、屈折率の変化量が−0.013超えとなる。このような屈折率の変化は、レンズの焦点ズレや改造能力の低下を招き、光学性能面で無視できなくなる。したがって、セラミックレンズの表面における残留応力は上記のように5MPa以下とすることが好ましい。
【0026】
図1に示したセラミックレンズ1の第2の表面12の形状は、以下の式により表すことができる。
【0027】
【数1】

【0028】
上記数式において、Zは第2の表面12の形状を示す関数であり、位置r(図1の上下方向に延びる座標軸上の位置)の関数として示されている。また、上記数式中のcは曲率、Kは円錐係数、A2jは非球面係数、jは1以上(1からnまで)の整数、nはセラミックレンズ1を構成する材料の屈折率、λcはセラミックレンズ1が使用される光の波長域の中心波長、D2kは回折係数、kは1以上(1からnまで)の整数を意味する。上記の1つ目の数式(上段の数式)の右辺第1項および第2項は非球面を示す式に対応し、右辺第3項は不連続なそれぞれの曲面を示す。
【0029】
また、図1に示したセラミックレンズの第1の表面11は非球面であるため、上記の1つ目の数式(上段側の数式)の右辺第1項および第2項に示した非球面の式によって表すことができる。異なる観点から言えば、第1の表面11は、上記の数式においてφ=0とした数式により表現できる。
【0030】
図2は、図1に示したセラミックレンズの製造方法を説明するためのフローチャートである。図3は、図2に示したモールド成形工程を説明するための模式図である。図2および図3を参照して、セラミックレンズの製造方法の説明をする。
【0031】
図2に示すように、セラミックレンズの製造方法では、まず型準備工程(S10)を実施する。具体的には、図3に示した金型である上型2および下型3を準備する。このとき、セラミックレンズ1の第2の表面12を形成する下型3の下型モールド面7の形状は、以下のような数式により決定することができる。
【0032】
【数2】

【0033】
上記数式において、Zmold(r)は下型モールド面7をr座標系で示した関数であり、φmold(r)は下型モールド面7における不連続なそれぞれの曲面を示している。φmold(r)はセラミックレンズの第2の表面12を示す数式のφに対応する。また、λcは上述したようにセラミックレンズ1が使用される光の波長域の中心波長を示している。また、γはセラミックレンズ1を構成する材料と型を構成する材料との熱膨張係数の差を反映させるための係数であり、γを規定する数式中のαmoldは下型3を構成する材料の熱膨張係数、αlensはセラミックレンズ1を構成する材料の熱膨張係数、ΔTはモールド成形後脱圧を行なう温度と室温との差を示している。このような数式により決定される曲面として下型モールド面7を形成する。
【0034】
また、上型2の上型モールド面6についても、基本的に下型モールド面7と同様の数式によりその形状を決定することができる。すなわち、上記数式においてφmold=0としたZmold(r)の関数として規定することができる。このように、セラミックレンズ1と型(上型2および下型3)の材料との熱膨張係数および脱圧温度を考慮して上型2および下型3の形状を決定する。
【0035】
そして、上述のように上型2および下型3の形状を決定した後、上型2および下型3となるべき部材を加工することにより、上型モールド面6を有する上型2や下型モールド面7を有する下型3を得る。ここで、上型2および下型3を形成するための加工方法としては、機械加工や放電加工など任意の方法を用いることができる。
【0036】
その後、図2に示すようにモールド成形工程(S20)を実施する。具体的には、図3に示すように上型2および下型3を配置し、これらの上型2および下型3の間にレンズ母材であるプリフォーム5を配置する。このプリフォーム5の周囲を囲むようにリング4を配置する。このリング4は形成されるセラミックレンズ1の外周を規定するためのものである。そして、プリフォーム5、上型2、下型3、リング4からなる系全体を所定の成形温度にまで加熱する。その後、上型2と下型3との間の距離が縮むように、上型2を矢印8に示す方向に移動させる。なお、上型2ではなく下型3を上型2の方向に移動させてもよいし、上型2および下型3の両方を移動させてもよい。そして、上型2および下型3をプリフォーム5に所定の圧力(成形圧力)で押圧し、所定時間保持することにより、プリフォーム5を塑性変形して上型モールド面6および下型モールド面7の形状をプリフォーム5の表面に転写する。
【0037】
その後、プリフォーム5に上述のように圧力が加えられた状態のまま、形状が転写されたプリフォーム5(セラミックレンズ1)の温度を脱圧温度にまで低下させる。そして、所定の脱圧温度にセラミックレンズ1の温度が到達してから、上型2および下型3に加えられていた圧力を開放する。そして、上型2および下型3の間から形成されたセラミックレンズ1を取出す。その後、形成されたセラミックレンズ1の温度を所定の温度にまで冷却する。なお、脱圧後、セラミックレンズ1の温度をほぼ室温にまで冷却してから上型2および下型3の間からセラミックレンズ1を取出してもよい。このようにして、図1に示したセラミックレンズ1を得ることができる。
【0038】
上述したセラミックレンズの製造方法の特徴的な構成を要約すれば、この発明に従ったセラミックレンズの製造方法は、図2に示すように、型を準備する工程としての型準備工程(S10)と、当該型を用いてレンズ母材をモールド成形することによりセラミックレンズを形成する工程としてのモールド成形工程(S20)とを備える。型準備工程(S10)では、レンズ母材としてのプリフォーム5を構成する材料の熱膨張係数と、型(上型2および下型3)を構成する材料の熱膨張係数との両方を考慮して、型の成形面(上型モールド面6および下型モールド面7)の形状を決定している。
【0039】
このようにすれば、型(上型2および下型3)とプリフォーム5との熱膨張係数を考慮して型の成形面(上型モールド面6および下型モールド面7)の形状を決定するので、結果的にモールド成形時の成形温度と室温との差によるセラミックレンズ1や上型2および下型3の(モールド成形時の)熱膨張を最初から考慮して上型2および下型3の形状を決定することができる。このため、従来のように単にセラミックレンズ1の試作を繰り返して試行錯誤により型の形状を決定する場合より、より正確かつ確実に型の形状を決定することができる。この結果、型の形状決定に要する時間を従来より短縮することができるので、セラミックレンズの製造コストを従来より低減することができる。
【0040】
また、上記のように上型モールド面6および下型モールド面7の形状決定において型(上型2および下型3)とセラミックレンズ1となるべきプリフォーム5との熱膨張係数を考慮するので、形成されたセラミックレンズ1の表面形状をより精度良く決定することができる。この結果、形状精度の優れた(結果的に光学特性の優れた)セラミックレンズ1を得ることができる。
【0041】
上記セラミックレンズの製造方法では、モールド成形工程(S20)において、モールド成形後、上型2および下型3の間において形成されたセラミックレンズ1に対する成形圧力が開放される(成形圧力の5%以下の圧力となる)温度である脱圧温度を、成形圧力下でのプリフォーム5を構成する材料のクリープ変形温度以下、当該クリープ変形温度の0.7倍以上とすることが好ましい。
【0042】
上記のように脱圧温度をプリフォーム5のクリープ変形温度以下とすることで、形成されたセラミックレンズ1の表面形状が脱圧時に変化する(たとえば脱圧工程によりセラミックレンズ1の表面形状が崩れる)ことを防止できる。また、脱圧温度を上記のようにクリープ変形温度の0.7倍以上と比較的高くしておくことで、室温までレンズ温度を低下させてから脱圧する場合より、セラミックレンズ1の表面において発生する残留応力の値を十分低い状態とすることができる。
【0043】
上記セラミックレンズの製造方法において、型準備工程(S10)では、脱圧温度と室温との差をさらに考慮して、型の成形面(上型モールド面6および下型モールド面7)の形状を決定してもよい。この場合、形成されるセラミックレンズ1の形状が設計した形状となるように、上型モールド面6および下型モールド面7の形状をより正確に決定することができる。この結果、型準備工程(S10)における型の形状修正の発生確率を低減できるので、セラミックレンズ1の製造工程に要する時間が延びることをより確実に防止できる。また、形成されるセラミックレンズ1の形状をより正確に制御できるので、セラミックレンズ1の形状精度(また結果的に光学特性)を向上させることができる。
【0044】
上記セラミックレンズの製造方法において、型(上型2および下型3)を構成する材料の熱膨張係数とレンズ母材としてのプリフォーム5を構成する材料の熱膨張係数との差は5×10-6以下であってもよい。この場合、型(上型2および下型3)を構成する材料とプリフォーム5(すなわちセラミックレンズ1)を構成する材料との熱膨張係数の差が十分小さくなっているので、成形後脱圧までの冷却時に、セラミックレンズ1と型との熱収縮の差に起因してセラミックレンズ1に加わる応力を低減できる。このため、当該応力に起因するセラミックレンズ1の変形や残留応力の発生を抑制できる。この結果、セラミックレンズ1の光学特性の劣化を防止できる。
【0045】
また、図3に示した本発明に従った型(上型2および下型3)は、上記セラミックレンズの製造方法において用いる型である。上述のように、本発明に寄れば上型2および下型3の形状決定に要する時間を、レンズの試作と評価、型の形状修正を繰り返す従来の方法より短縮することができるので、型準備工程(S10)に要する時間を短縮できる。この結果、セラミックレンズ1の製造コストを従来より低減することができる。
【0046】
(実施例)
次に、本発明の効果を確認するため、以下のような実験を行なった。すなわち、図1に示すように第1の表面11が凸面状の非球面、第2の表面12が凹面状の回折面であり、ZnSからなるセラミックレンズについて、実施例1、および比較例1〜4の試料を作成し、形状精度の測定および表面応力(残留応力)の測定を行なった。なお、このセラミックレンズに使用される光の中心波長λcは10μmとした。また、参考例として、上述した実施例1の試料と同じ形状であって、カルコゲナイドガラスからなるセラミックレンズの試料も2種類(参考例1および参考例2)準備し、同様に形状精度の測定および表面応力(残留応力)の測定を行なった。参考例1の試料(セラミックレンズ)はGeAsSeからなり、参考例2の試料(セラミックレンズ)はGeSbSeからなる。
【0047】
上述した実施例1、比較例1〜4、参考例1、2の各試料について、レンズや型の形状を現すために用いた式の種別や型の形状を決定するために用いたセラミックレンズや型の熱膨張係数などのデータ、さらに形成時の条件や測定結果をまとめた表を表1として以下に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
(試料の準備)
表1からわかるように、実施例1、比較例1〜4についてはレンズの材質はZnSであり、参考例1、2についてはカルコゲナイドガラスを用いている。また、セラミックレンズの形状を示す式としては、いずれの試料も上述した実施の形態において説明したレンズの表面を示す式(式1)を用いた。また、実施例1、参考例1、2のセラミックレンズを形成するための型の形状(上型モールド面6および下型モールド面7の形状)については、上述した実施の形態において説明した熱膨張係数および脱圧温度を考慮した式(式2)を用いた。一方、比較例1、比較例2については、型の形状も上記式1を用いた。さらに、比較例3、4については、型の形状を決定するため上記式1から補正値を引いた式を用いた。比較例3に関する当該補正値は、比較例1の試料についてセラミックレンズの形状に関する誤差を考慮し、当該誤差を打ち消すような値となるように決定されている。また、比較例4に関する当該補正値は、比較例2の試料についてセラミックレンズの形状に関する誤差を考慮し、当該誤差を打ち消すような値となるように決定されている。
【0050】
実施例1、比較例1〜4のセラミックレンズおよび型の形状を決定するため、上記式1、式2に適用した各種係数を以下の表2〜表4に示す。
【0051】
【表2】

【0052】
【表3】

【0053】
【表4】

【0054】
表2はセラミックレンズ1の第1の表面11および上型モールド面6の形状を決定するために用いた各種係数の値を示している。また、表3、表4はセラミックレンズ1の第2の表面12および下型モールド面7の形状を決定するために用いた各種係数の値を示している。
【0055】
また、参考例1、2のセラミックレンズおよび型の形状を決定するため、上記式1、式2に適用した各種係数を以下の表5〜表7に示す。
【0056】
【表5】

【0057】
【表6】

【0058】
【表7】

【0059】
表5は、すでに説明した表2と同様に、セラミックレンズ1の第1の表面11および上型モールド面6の形状を決定するために用いた各種係数の値を示している。また、表6、表7は、上述した表3、表4と同様に、セラミックレンズ1の第2の表面12および下型モールド面7の形状を決定するために用いた各種係数の値を示している。
【0060】
上述した試料の作成に用いた型は、いずれもガラス状カーボン製であり、その熱膨張係数は表1からもわかるように2×10-6/K(表1では2.00E−06/Kと表記している)である。型の作成には、ダイヤモンド砥石による超精密研削法を用いた。そして、各試料の製造に用いた型の加工精度(形状誤差)は、目標とする形状(式2、式1または式1−補正値)に対して、PV値が1μm、下型モールド面における回折溝径誤差が1μm、回折溝深さ誤差が0.2μmであった。なお、上述した回折溝径誤差とは、下型モールド面に形成される同心円状の回折溝の直径についての設計値と実績値との差である。
【0061】
(製造方法)
基本的に、図2に示したセラミックレンズの製造方法に沿って各試料のセラミックレンズを製造した。具体的には、ZnSからなるセラミックレンズの試料である実施例1、比較例1〜比較例4については、プリフォーム5として多孔質のZnS成形体を準備し、上述のように準備した上型2および下型3を用いて当該多孔質ZnS成形体をモールド成形することでセラミックレンズの試料を作成した。製造条件としては、表1からもわかる様に、成形温度を1000℃、成形圧力を50MPa、脱圧温度を800℃とした。なお、比較例2、比較例4についてのみ、脱圧温度を200℃と低温に設定した。
【0062】
また、参考例1については、成形温度を380℃、成形圧力を0.5MPa、脱圧温度を200℃とした。また、参考例2については、成形温度を320℃、成形圧力を0.5MPa、脱圧温度を200℃とした。
【0063】
(測定方法)
PV値の測定:
三鷹光器製非接触三次元測定装置NH−3SPを用いて測定を行なった。具体的には、レンズの頂点を通るようにレンズ端から直径方向に走査し、レンズ高さ方向の形状を測定した。そして、その形状データとレンズ設計データとの偏差が最小となる形状誤差曲線を求めた。その後、上記形状データと形状誤差曲線との偏差のうちの最大値(Peak)と最小値(Valley)の差であるPV値を得た。
【0064】
表面残留応力の測定:
得られたセラミックレンズについて、リガク製微小部X線応力測定装置を用いて、レンズ表面の残留応力を評価した。
【0065】
(測定結果)
表1からわかるように、実施例1の試料についてPV値は第1および第2の表面11、12いずれにおいても1μmと極めて小さく、基準PV値よりも小さくなっていた。また、回折溝径誤差や回折溝深さ誤差も十分小さな値となっていた。表面残留応力も−3MPa(3MPaの引張応力)となっており、その絶対値は比較例1〜4に比べて十分小さくなっていた。
【0066】
なお、参考例1および参考例2についても、PV値や形状誤差の値は実施例1の試料と同程度の値となっている。
【0067】
上記のように、本発明の実施例1の試料については、形状精度を良好に保つことができるとともに、レンズにおける表面残留応力の値を十分小さくすることができた。
【0068】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0069】
この発明は、光学特性の優れたセラミックレンズを低コストで得る技術として特に優れている。
【符号の説明】
【0070】
1 セラミックレンズ、2 上型、3 下型、4 リング、5 プリフォーム、6 上型モールド面、7 下型モールド面、8 矢印、11 第1の表面、12 第2の表面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モールド成形により形成されるセラミックレンズであって、
レンズ表面のPV値が、前記レンズ表面の中心とレンズ有効径(単位:μm)の外周端とのレンズの光軸に沿った方向における高低差をサグ(単位:μm)とした場合に
(サグ)/(レンズ有効径×100)+1
という式で表される基準PV値(単位:μm)以下であり、
前記レンズ表面の残留応力が5MPa以下である、セラミックレンズ。
【請求項2】
セラミックレンズの製造方法であって、
型を準備する工程と、
前記型を用いてレンズ母材をモールド成形することによりセラミックレンズを形成する工程とを備え、
前記型を準備する工程では、レンズ母材を構成する材料の熱膨張係数と、前記型を構成する材料の熱膨張係数との両方を考慮して、前記型の成形面の形状を決定している、セラミックレンズの製造方法。
【請求項3】
前記セラミックレンズを形成する工程において、前記モールド成形後、前記型の内部において形成された前記セラミックレンズに対する成形圧力が開放される温度である脱圧温度を、前記成形圧力下での前記レンズ母材を構成する材料のクリープ変形温度以下、前記クリープ変形温度の0.7倍以上とする、請求項2に記載のセラミックレンズの製造方法。
【請求項4】
前記型を準備する工程では、前記脱圧温度と室温との差をさらに考慮して、前記型の成形面の形状を決定している、請求項3に記載のセラミックレンズの製造方法。
【請求項5】
前記型を構成する材料の熱膨張係数と前記レンズ母材を構成する材料の熱膨張係数との差が5×10-6以下である、請求項2〜4のいずれか1項に記載のセラミックレンズの製造方法。
【請求項6】
請求項2に記載のセラミックレンズの製造方法を用いて製造されたセラミックレンズ。
【請求項7】
レンズ表面のPV値が、前記レンズ表面の中心とレンズ有効径(単位:μm)の外周端とのレンズの光軸に沿った方向における高低差をサグ(単位:μm)とした場合に
(サグ)/(レンズ有効径×100)+1
という式で表される基準PV値(単位:μm)以下であり、
表面の残留応力が5MPa以下である、請求項6に記載のセラミックレンズ。
【請求項8】
請求項2に記載のセラミックレンズの製造方法において用いる型。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−13354(P2011−13354A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−155904(P2009−155904)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)