説明

セルロースの糖化力が増強された酵母

【課題】酵母によるセルロースの糖化力を増強する手段を提供すること。
【解決手段】トリコデルマ・リーセイ由来の特定の塩基配列で示されるDNAを含む、エンドグルカナーゼをコードする遺伝子。さらに、該遺伝子が導入され、該遺伝子を発現する形質転換酵母。該酵母は、セルロースの糖化力が増強された酵母である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースの糖化力が増強された酵母に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースからエタノールを生産するために、セルロース分解酵素を表層提示させた酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)を用いて、セルロースからのグルコースへの糖化およびグルコースを基質とするエタノール発酵の両方を同時に行う、糖化同時発酵の試みがなされている。例えば、セルロースを糖化する酵素群を表層提示した酵母が、細胞表層提示技術によって作製されている(特許文献1および2)。エタノール生産の増大のために、酵母によるセルロースの糖化力の増強が求められている。
【0003】
組換え酵素の発現技術において、宿主に適したコドンを使用することによって、組換え酵素の発現量を増加させて酵素反応産物の増収を図り得ることについて、いくつかの報告がある。例えば、非特許文献1には、嫌気性細菌クロストリジウム・ファイトファーメンタンス(Clostridium phytofermentans)由来のキシロースイソメラーゼ(XI)酵素遺伝子のコドン使用頻度をサッカロマイセス・セレビシエの高発現解糖系遺伝子に合わせることで、サッカロマイセス・セレビシエでの該XI酵素の異種発現が向上したことが記載されている。非特許文献2には、L-アラビノース資化経路に関与する細菌酵素遺伝子のコドン使用頻度をサッカロマイセス・セレビシエの高発現解糖系遺伝子に合わせ、該酵素を異種発現させることで、サッカロマイセス・セレビシエにおけるL-アラビノースを基質とするエタノール発酵効率が向上したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第01/79483号
【特許文献2】特開2008−86310号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】D. Blatら, Appl Environ Microbiol., 2009年, 75(8), 2304-2311
【非特許文献2】B. Wiedemannら, Appl Environ Microbiol., 2008年, 74(7), 2043-2050
【非特許文献3】Appl. Microbiol. Biotechnol., 2002年, 60巻, 469-474頁
【非特許文献4】Applied and Environmental Microbiology, 2002年, 68巻, 4517-4522頁
【非特許文献5】R. Akadaら, Yeast, 2006年, 23巻, 399-405頁
【非特許文献6】P. N. Lipkeら, Mol. Cell. Biol., 1989年8月, 9(8), 3155-65頁
【非特許文献7】Y. Fujitaら, Applied and Environmental Microbiology, 2002年, 68巻, 5136-41頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、酵母によるセルロースの糖化力を増強する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、配列番号1の1位から1191位までの塩基配列で示されるDNAを含む、エンドグルカナーゼをコードする遺伝子を提供する。
【0008】
本発明はまた、上記遺伝子が導入され、該遺伝子を発現する形質転換酵母を提供する。
【0009】
1つの実施態様では、上記酵母はサッカロマイセス・セレビシエである。
【0010】
1つの実施態様では、上記酵母は、上記エンドグルカナーゼが表層提示されている。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、セルロースの糖化力が増強された酵母が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】NBRC1440/pGK406 EGまたはNBRC1440/pGK406 EGcuがカルボキシメチルセルロースを分解して生じたグルコース量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の遺伝子は、配列番号1の1位から1191位までの塩基配列で示されるDNAを含み、エンドグルカナーゼをコードする。本発明の遺伝子は、配列番号1の塩基配列に基づいてDNA合成機などにより合成され得る。より具体的には、本発明の遺伝子は、それらの領域が配列番号1の塩基配列の全長をカバーし得るように設計した100bp程度のオリゴDNAを合成し、これらのオリゴDNAをPCRなどによって連結することで取得し得る。本発明の遺伝子によりコードされるタンパク質は、配列番号2のアミノ酸配列で示される。
【0014】
エンドグルカナーゼは、セルロースを分子内部から切断し、グルコース、セロビオース、およびセロオリゴ糖(重合度が3以上であり、そして通常、10以下であり得るが、これに限定されない)を生じ得る。このようなセルロースの単糖または少糖への分解を、本明細書中では「糖化」ともいう。エンドグルカナーゼは、非結晶化されたセルロース、可溶性セロオリゴ糖、およびカルボキシメチルセルロース(CMC)のようなセルロース誘導体などの結晶化度の低いまたは非晶性のセルロースに対する反応性は高いが、結晶構造を有するセルロースミクロフィブリルに対する反応性は低い。エンドグルカナーゼには5種類あり、それぞれエンドグルカナーゼI、エンドグルカナーゼII、エンドグルカナーゼIII、エンドグルカナーゼIV、およびエンドグルカナーゼVと称される。これらの区別はアミノ酸配列の差異によるが、セルロース分子内切断作用を有する点では共通する。代表的には、トリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei)由来エンドグルカナーゼ(特に、EGII)が挙げられる。トリコデルマ・リーセイ由来EGII遺伝子は、配列番号3の1位から1191位までの塩基配列で示されるDNAを含み、この遺伝子によりコードされるタンパク質は、配列番号4のアミノ酸配列で示される。配列番号4のアミノ酸配列は配列番号2のアミノ酸配列と同一である。
【0015】
本発明の遺伝子を用いて遺伝子発現カセットを構築し得る。遺伝子発現カセットは、その遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節因子を含み得る。プロモーターまたはターミネーターは、発現させる遺伝子自身のものであっても、他の遺伝子由来のものであってもよい。プロモーターおよびターミネーターとしては、GAPDH(グリセルアルデヒド3’−リン酸デヒドロゲナーゼ)、PGK(ホスホグリセリン酸キナーゼ)、GAP(グリセルアルデヒド3’−リン酸)などのプロモーターおよびターミネーターを利用し得るが、プロモーターおよびターミネーターの選択は、発現させる遺伝子に応じて、当業者によって適宜選択され得る。発現カセットは、必要に応じて、さらなる調節因子(例えば、オペレーターおよびエンハンサー)などをさらに含み得る。オペレーター、エンハンサーなどの発現調節因子についても、当業者によって適宜選択され得る。発現カセットは、遺伝子発現の目的に応じて、必要な機能配列をさらに含むこともできる。発現カセットは、必要に応じてリンカーも含み得る。
【0016】
本発明の遺伝子を含む発現カセットの構築に際して、細胞表層工学の技術が利用され得る。例えば、目的の酵素タンパク質を(a)細胞表層局在タンパク質のGPIアンカーを介して細胞表層に提示する方法、(b)細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインを介して細胞表層に提示する方法、および(c)ペリプラズム遊離型タンパク質(他のレセプター分子または標的レセプター分子)を介して細胞表層に提示する方法があるが、これらに限定されない。細胞表層工学の技術は、例えば、特許文献1および2にも記載される。
【0017】
用いられ得る細胞表層局在タンパク質としては、酵母の性凝集タンパク質であるα−またはa−アグルチニン(GPIアンカーとして使用)、Flo1タンパク質(Flo1タンパク質は、N末端側のアミノ酸長を種々改変して、GPIアンカーとして使用し得る:例えば、Flo42、Flo102、Flo146、Flo318、Flo428など;非特許文献3:なお、Flo1326とは、全長Flo1タンパク質を表す)、Floタンパク質(GPIアンカー機能を有さず凝集性を利用する、FloshortまたはFlolong;非特許文献4)、ペリプラズム局在タンパク質であるインベルターゼ(GPIアンカーを利用しない)などが挙げられる。
【0018】
まず、(a)GPIアンカーを利用する方法について説明する。GPIアンカーにより細胞表層に局在するタンパク質をコードする遺伝子は、N末端側から順に、分泌シグナル配列、細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質ドメイン)、およびGPIアンカー付着認識シグナル配列をそれぞれコードする遺伝子を有している。細胞内でこの遺伝子から発現された細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質)は、分泌シグナルにより細胞膜外へ導かれ、その際、GPIアンカー付着認識シグナル配列は、選択的に切断されたC末端部分を介して細胞膜のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後、PI−PLCにより、GPIアンカーの根元付近で切断され、細胞壁に組み込まれて細胞表層に固定され、細胞表層に提示される。
【0019】
ここで、分泌シグナル配列とは、一般に細胞外(ペリプラズムも含む)に分泌されるタンパク質(分泌性タンパク質)のN末端にある、疎水性に富んだアミノ酸を多く含むアミノ酸配列をいい、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通過して細胞外へ分泌される際に除去される。発現産物を細胞膜へ導くことができる分泌シグナル配列であれば、どのような分泌シグナル配列も用いられ得、起源は問わない。例えば、分泌シグナル配列としては、グルコアミラーゼの分泌シグナル配列、酵母のα−またはa−アグルチニンの分泌シグナル配列、発現産物自身の分泌シグナル配列などが好適に用いられる。細胞表層局在タンパク質に融合している目的の酵素タンパク質の活性に影響を及ぼさないのであれば、分泌シグナル配列およびプロ配列の一部または全部がN末端に残ってもよい。
【0020】
ここで、GPIアンカーとは、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれるエタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質をいい、PI−PLCとは、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼCをいう。
【0021】
GPIアンカー付着認識シグナル配列とは、GPIアンカーが細胞表層局在タンパク質と結合する際に認識される配列であり、通常、細胞表層局在タンパク質のC末端あるいはその近傍に位置する。GPIアンカー付着シグナル配列としては、例えば酵母のα−アグルチニンのC末端部分の配列が好適に用いられる。上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列のC末端側には、GPIアンカー付着認識シグナル配列が含まれるので、上記方法に使用する遺伝子としては、このC末端から320アミノ酸の配列をコードするDNAが特に有用である。
【0022】
したがって、例えば、分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子−GPIアンカー付着認識シグナルをコードするDNA配列を有する配列において、この細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子の全部または一部の配列を、目的の酵素タンパク質をコードするDNAに置換することにより、GPIアンカーを介して目的の酵素タンパク質を細胞表層に提示するための組換えDNAが得られる。細胞表層局在タンパク質がα−アグルチニンである場合、上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列をコードする配列を残すように、目的の酵素をコードするDNAを導入することが好ましい。このため、「α−アグルチニン遺伝子の3’側の領域」が利用され得る。このようなDNAを酵母に導入して発現させることによって細胞表層に提示された酵素は、そのC末端側が表層に固定されている。
【0023】
次に、(b)糖鎖結合タンパク質ドメインを利用する方法について説明する。細胞表層局在タンパク質が糖鎖結合タンパク質である場合、その糖鎖結合タンパク質ドメインは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることが可能である。例えば、レクチン、レクチン様タンパク質などの糖鎖結合部位などが挙げられる。代表的には、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメイン、FLOタンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、凝集に関与していると考えられているドメインをいう。
【0024】
この細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(または凝集機能ドメイン)と目的の酵素タンパク質とを結合することにより、細胞表層に酵素が提示される。目的の酵素の種類により、細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(または凝集機能ドメイン)の(1)N末端側に酵素を結合させる、(2)C末端側に酵素を結合させる、および(3)N末端側およびC末端側の両方に、同一または異なる酵素を結合させることができる。本発明においては、(1)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素をコードする遺伝子−細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(または凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子;あるいは(2)分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(または凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする酵素をコードする遺伝子;あるいは(3)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素をコードする第一の遺伝子−細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(または凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする酵素をコードする第二の遺伝子(但し、第一の遺伝子と第二の遺伝子とは同じでも異なっていてもよい)、を作成することにより、細胞表層に目的の酵素を提示するための組換えDNAが得られる。凝集機能ドメインを利用する場合、GPIアンカーは細胞表層の提示には関与しないので、組換えDNA中に、GPIアンカー付着認識シグナル配列をコードするDNAは、一部のみ存在してもよいが、存在しなくてもよい。また、凝集機能ドメインを用いる場合は、ドメインの長さを調節しやすいため(例えば、FloshortまたはFlolongのいずれかを選択できる)、より適切な長さで酵素を細胞表層に提示できる点で、ならびに酵素のN末端またはC末端のどちらの側でも結合させることが可能な点で、非常に有用である。
【0025】
次に、(c)ペリプラズム遊離型タンパク質(他のレセプター分子または標的レセプター分子)を利用する方法について説明する。この場合は、目的の酵素タンパク質を、ペリプラズム遊離型タンパク質との融合タンパク質として細胞表層に発現させ得ることに基づく。ペリプラズム遊離型タンパク質としては、例えば、インベルターゼ(Suc2タンパク質)が挙げられる。目的の酵素タンパク質は、これらのペリプラズム遊離型タンパク質に応じて、適宜N末端またはC末端側に融合され得る。
【0026】
酵母にてタンパク質を細胞外に分泌して発現させる方法は、当業者に周知である。上記分泌シグナル配列をコードするDNAに、目的の酵素タンパク質の遺伝子を連結した組換えDNAを作製し、酵母に導入すればよい。
【0027】
酵母の細胞内にて遺伝子を発現させる方法もまた、当業者に周知である。この場合、上記細胞表層提示技術や上記分泌シグナルを用いることなく、目的の酵素タンパク質の遺伝子を連結した組換えDNAを作製し、酵母に導入すればよい。
【0028】
各種配列を含むDNAの合成および結合は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。例えば、分泌シグナル配列と目的の酵素タンパク質の遺伝子との結合は、部位特異的変異法を用いて行うことができる。この方法を用いることにより、正確な分泌シグナル配列の切断と活性のあるタンパク質の発現とが可能である。
【0029】
本発明の遺伝子または該遺伝子を含む発現カセットは、プラスミドの形態のベクターに挿入され得る。DNAの取得の簡易化の点から、酵母と大腸菌とのシャトルベクターであることが好ましい。必要に応じて、ベクターは、上述したような調節配列を含み得る。ベクター作製の出発材料としては、例えば、酵母の2μmプラスミドの複製開始点(Ori)とColE1の複製開始点とを有しており、酵母選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子(例えば、イミダゾールグリセロールリン酸デヒドロゲナーゼ(HIS3)をコードする遺伝子、リンゴ酸ベータ−イソプロピルデヒドロゲナーゼ(LEU2)をコードする遺伝子、トリプトファンシンターゼ(TRP5)をコードする遺伝子、アルギニノコハク酸リアーゼ(ARG4)をコードする遺伝子、N−(5'−ホスホリボシル)アントラニル酸イソメラーゼ(TRP1)をコードする遺伝子、ヒスチジノールデヒドロゲナーゼ(HIS4)をコードする遺伝子、オロチジン−5−リン酸デカルボキシラーゼ(URA3)をコードする遺伝子、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(URA1)をコードする遺伝子、ガラクトキナーゼ(GAL1)をコードする遺伝子、およびアルファ−アミノアジピン酸レダクターゼ(LYS2)をコードする遺伝子など))および大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子など)を有することがさらに好ましい。
【0030】
出発材料のプラスミドの例としては、GAPDH(グリセルアルデヒド3’-リン酸デヒドロゲナーゼ)プロモーター配列およびGAPDHターミネーター配列を含むプラスミドpYGA2270またはpYE22m、あるいはUPR-ICL(イソクエン酸リアーゼ上流領域)配列およびTerm-ICL(イソクエン酸リアーゼのターミネーター領域)配列を含むプラスミドpWI3、PGKプロモーターおよびターミネーター配列を含むプラスミドpGK404などが挙げられる。
【0031】
本明細書で遺伝子またはDNAの「導入」とは、細胞の中に遺伝子またはDNAを導入するだけでなく、発現させることも意味する。「形質転換」は、細胞の中に遺伝子またはDNAを導入して発現させることにより宿主の遺伝的形質を変えること、またはその操作をいう。遺伝子またはDNAの導入、または形質転換には、トランスフェクション、コトランスフェクション、エレクトロポレーションなどの方法がある。酵母細胞に関しては、具体的には、例えば、酢酸リチウムを用いる方法、プロトプラスト法などがある。導入されるDNAは、プラスミドの形態で存在してもよく、あるいは宿主の遺伝子に挿入して、または宿主の遺伝子と相同組換えを起こして染色体に取り込まれてもよい。
【0032】
宿主の酵母としては、特に限定されないが、サッカロマイセス属に属する酵母が好ましく、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)が好ましい。より好ましくは、サッカロマイセス・セレビシエの実用酵母である。宿主酵母は、発酵基質である単糖(例えば、グルコース)からのアルコールの発酵能を高めるように形質転換されていてもよい。
【0033】
「実用酵母」とは、従来エタノール発酵に用いられる任意の酵母(例えば、清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ビール酵母、パン酵母など)をいう。実用酵母の中でも、高いエタノール発酵能および高いエタノール耐性を有し、遺伝学的にも安定した清酒酵母が好ましい。「実用酵母」は、高いエタノール耐性を有する酵母であり、好ましくは、エタノール濃度10%以上でも生存できる酵母である。さらに耐酸性、耐熱性などを有することが好ましい。さらに好ましくは、凝集性であり得る。例えば、このような性質を有する実用酵母としては、独立行政法人製品評価技術基板機構により入手可能であるサッカロマイセス・セレビシエNBRC1440株(MATα、1倍体酵母、耐熱性・耐酸性あり、凝集性あり)およびNBRC1445株(MATa、1倍体酵母、耐熱性・耐酸性あり、凝集性なし)が挙げられる。
【0034】
実用酵母は、エタノールに極めて高い耐性を有するため、単糖を生産した後、そのままエタノール発酵に供することができる。中でも、各種培養ストレスに強いことから、厳密な制御が難しく過酷な培養条件になる場合もある工業生産においても安定した細胞増殖を示す点で好ましい。また実用酵母は多倍体となるため、相同染色体に複数の遺伝子構築物(発現ベクター)を組み込むことが可能であり、その結果一倍体であることが多い実験室酵母に組み込む場合に比べて、目的タンパク質の発現量が高くなる。
【0035】
実用酵母は、多くの場合原栄養体であって形質転換体を選抜するための適切な栄養要求性マーカーを有しない。したがって目的の遺伝子導入に適した特定の栄養要求性マーカーを、実用酵母(特に、栄養要求性を有しない酵母であって、エタノール耐性の高い(好ましくは、エタノール濃度10%以上でも生存できる)酵母)に付与することにより、目的の遺伝子の導入が容易になる。栄養要求性マーカーとしては、その遺伝子操作上の利点から、ウラシル要求性、トリプシン要求性、ロイシン要求性、ヒスチジン要求性などが挙げられるがこれらに限定されない。ウラシル要求性に関しては、ウラシル要求性変異株(例えば、サッカロマイセス・セレビシエMT−8株)から獲得したura3断片を実用酵母の正常ura3遺伝子と相同組換えすることによって付与することができる。ウラシル要求性以外の栄養要求性(例えば、トリプシン要求性、ロイシン要求性、ヒスチジン要求性など)に関しては、例えば、非特許文献5に記載の方法に準じて、これらの遺伝子を破壊するようにフラグメントを設計して付与することができる。
【0036】
上記発現カセットが導入された実用酵母は、上で説明したように、酵母選択マーカー(例えば、上述した栄養要求性マーカー)で選択され得る。さらに、発現された酵素タンパク質の活性を測定することによって確認され得る。タンパク質が細胞表層に固定されていることは、例えば、抗タンパク質抗体とFITC標識抗IgG抗体とを用いる免疫抗体法によって確認し得る。
【実施例】
【0037】
本実施例で用いた菌株サッカロマイセス・セレビシエNBRC1440(MATα)およびサッカロマイセス・セレビシエMT8-1(MATa ade his3 leu2 trp1 ura3)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構から入手した。
【0038】
本実施例に示す全てのPCR増幅は、KOD-Plus-DNAポリメラーゼ(東洋紡社製)を用いて実施した。
【0039】
本実施例に示す全ての酵母の形質転換は、YEAST MAKER酵母形質転換システム(Clontech Laboratories, Palo Alto, California, USA)を用いて酢酸リチウム法によって実施した。
【0040】
本実施例に示す試薬について、特に記載がなければ、当業者が通常用いる試薬を用いた。
【0041】
(比較例1:野生型遺伝子を用いて作製したエンドグルカナーゼ表層提示酵母)
(比較例1−1:エンドグルカナーゼをコードする野生型遺伝子を含むプラスミドベクターの調製)
ウラシル遺伝子(URA3)マーカーを有する、トリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei)由来エンドグルカナーゼII(EGII)を表層提示するためのプラスミドpGK406 EGを構築した。
【0042】
リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来グルコアミラーゼの分泌シグナルコード領域とトリコデルマ・リーセイ由来EGII遺伝子とα−アグルチニン遺伝子の3’側の領域(非特許文献6)とを含む2719bpのDNA断片をPCRによって調製した。本PCRでは、鋳型としてpEG23u31H6(非特許文献7)を用い、配列番号5;Forwardおよび配列番号6;Reverseのプライマー対を用いた。トリコデルマ・リーセイ由来EGII遺伝子の配列は、配列番号3の塩基配列に示される通りである。
【0043】
PGK(ホスホグリセリン酸キナーゼ)プロモーターDNA断片およびPGKターミネーターDNA断片のそれぞれをPCRによって調製した。本PCRでは、サッカロマイセス・セレビシエBY4741のゲノムDNAを鋳型として、PGKプロモーターDNA断片については配列番号7;Forwardおよび配列番号8;Reverseのプライマー対、PGKターミネーターDNA断片については、配列番号9;Forwardおよび配列番号10;Reverseのプライマー対を用いた。配列番号11;Forwardおよび配列番号12;Reverseのプライマー対を用いてアニーリングすることにより、マルチクローニングサイトを調製した。PGKプロモーターをXhoIおよびNheIで、マルチクローニングサイトをNheIおよびBglIIで、PGKターミネーターをBglIIおよびNotIでそれぞれ消化し、pTA2ベクター(TOYOBO, Osaka, Japan)のXhoI−NotI部位にクローニングした。得られたベクターをXhoIおよびNotIで消化し、その断片をpRS406(Stratagene社製)に連結し、得られたベクターをpGK406とした。
【0044】
上記2719bpのDNA断片を制限酵素NheIおよびXmaIで消化し、URA3遺伝子およびそのプロモーターおよびターミネーター、PGKプロモーター、PGKターミネーターを含むプラスミドpGK406のNheI部位とXmaI部位との間に挿入し、URA3遺伝子およびそのプロモーターおよびターミネーター、ならびにPGKプロモーター、リゾプス・オリゼ由来グルコアミラーゼの分泌シグナルコード領域、トリコデルマ・リーセイ由来EGII遺伝子、α−アグルチニン遺伝子の3’側の領域、およびPGKターミネーターを含む発現カセットを含むプラスミドが得られた。このプラスミドをpGK406 EGと命名した。
【0045】
(比較例1−2:エンドグルカナーゼ表層提示酵母の作製)
鋳型としてサッカロマイセス・セレビシエMT8-1(MATa ade his3 leu2 trp1 ura3)のゲノムを用いて、配列番号13;Forwardおよび配列番号14;Reverseのプライマー対を用いるPCRにより、変異URA3断片を取得した。この断片をサッカロマイセス・セレビシエNBRC1440(MATα)株に導入し、5−フルオロオロト酸(FOA)培地でURA3変異株を選択し、URA3マーカーが付与されたNBRC1440株を得た。
【0046】
なお、5−フルオロオロト酸(FOA)培地は以下のように調製した。50mg/Lウラシル酸および2%(w/v)寒天を添加したウラシルドロップアウト合成デキストロース(SD)培地(非特許文献11)をオートクレーブ処理し、65℃を維持した。FOAをジメチルスルホキシド(DMSO)に100mg/mLの濃度で溶解し、約65℃の上記オートクレーブした培地に添加し、FOAの最終濃度を1mg/mLとした。
【0047】
プラスミドpGK406 EGを制限酵素StuIで切断して直線状にし、URA3マーカーが付与されたNBRC1440株に導入し、ウラシルドロップアウト(ウラシル不含培地)プレート上でウラシル要求性を持たない株を選択した。NBRC1440の破壊されたURA3マーカー遺伝子が復活することで、遺伝子の導入を確認した。得られた形質転換酵母株を「NBRC1440/pGK406 EG」と命名した。
【0048】
(実施例1:コドン最適化遺伝子を用いて作製したエンドグルカナーゼ表層提示酵母)
(実施例1−1:エンドグルカナーゼをコードするコドン最適化遺伝子を含むプラスミドベクターの調製)
株式会社メディビックが、DNA2.0社製のコドン使用頻度最適化ソフトウェアを用いて、サッカロマイセス・セレビシエのコドン使用頻度に最も適合するように、トリコデルマ・リーセイ由来EGIIの野生型のコドンから変更した最適化コドンを求め、該最適化コドンに基づいてDNA断片を合成した。該合成DNA断片の上流にHis6タグをコードするDNA断片およびさらに上流にリゾプス・オリゼ由来グルコアミラーゼの分泌シグナルをコードするDNA断片を連結して、これらの3つのDNA断片を含むプラスミド(pEGcu)を得た。これらの3つのDNA断片からなる総領域の上流側にNheIおよび下流側にXmaIの認識配列が存在する。最適化コドンに基づく合成DNA断片は、配列番号1の1位から1191位までの塩基配列で示されるEGIIのコード領域からなる。
【0049】
鋳型としてpEG23u31H6(非特許文献7)を用い、配列番号15;Forwardおよび配列番号16;Reverseのプライマー対を用いるPCRにより、α-アグルチニン遺伝子の3’側の領域の断片を取得した。この断片をEcoRIで消化し、同様にEcoRIで消化したpGK406に連結し、得られたプラスミドをpGK406AGと命名した。
【0050】
上記3つのDNA断片を含むプラスミドpEGcuを制限酵素NheIおよびXmaIで消化し、得られたDNA断片を、URA3遺伝子およびそのプロモーターおよびターミネーター、PGKプロモーター、α-アグルチニン遺伝子の3’側の領域、およびPGKターミネーターを含むプラスミドpGK406AGのNheI部位とXmaI部位との間に挿入し、URA3遺伝子およびそのプロモーターおよびターミネーター、ならびにPGKプロモーター、リゾプス・オリゼ由来グルコアミラーゼ分泌シグナルコード領域、コドン最適化エンドグルカナーゼ(EGII)遺伝子、α−アグルチニン遺伝子の3’側の領域、およびPGKターミネーターを含む発現カセットを含むプラスミドが得られた。このプラスミドをpGK406 EGcuと命名した。
【0051】
(実施例1−2:エンドグルカナーゼ表層提示酵母の作製)
上記実施例1−1のプラスミドpGK406 EGcuを用いたこと以外は、比較例1−2と同様の手順に従って形質転換酵母を作製した。得られた形質転換酵母株を「NBRC1440/pGK406 EGcu」と命名した。
【0052】
(実施例2:形質転換酵母のエンドグルカナーゼ酵素活性の比較)
比較例1のNBRC1440/pGK406 EGおよび実施例1のNBRC1440/pGK406 EGcuについて、セルロースの糖化力として、カルボキシメチルセルロース(CMC;ナカライテスク株式会社製)の分解力を調べた。50mMクエン酸緩衝液(pH5.0)、0.05% 二亜硫酸カリウム、酵母量 OD600=1.0、20g/L CMCの反応組成を用いた。反応は、37℃にて24時間で行った。基質CMCを分解させ生じた還元糖を、ソモギ・ネルソン法により定量した。糖化力を、菌体1g当たり1分間に生成したグルコース量(U/g Cell)で表した。
【0053】
図1は、NBRC1440/pGK406 EGまたはNBRC1440/pGK406 EGcuがCMCを分解して生じたグルコース量を示すグラフである。図1中、横軸の「EG2」はNBRC1440/pGK406 EG(比較例1の野生型遺伝子を用いて作製したエンドグルカナーゼ表層提示酵母)、そして「EG2cu」はNBRC1440/pGK406 EGcu(実施例1のコドン最適化遺伝子を用いて作製したエンドグルカナーゼ表層提示酵母)を表し、縦軸は、CMC分解により生じたグルコース量(U/g Cell)を表す。実施例1の酵母は、比較例1の酵母と比較して、CMCから約5倍多い量のグルコースを生成した。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、酵母の発酵基質となり得るグルコースのような糖を、セルロースから効率よく得ることができる。したがって、セルロースを原料として用いる酵母によるエタノール生産に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1の1位から1191位までの塩基配列で示されるDNAを含む、エンドグルカナーゼをコードする遺伝子。
【請求項2】
請求項1に記載の遺伝子が導入され、該遺伝子を発現する形質転換酵母。
【請求項3】
前記酵母がサッカロマイセス・セレビシエである、請求項2に記載の酵母。
【請求項4】
前記エンドグルカナーゼが表層提示されている、請求項2または3に記載の酵母。

【図1】
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【公開番号】特開2011−142879(P2011−142879A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−7471(P2010−7471)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【出願人】(502059825)Bio−energy株式会社 (16)
【出願人】(390006264)関西化学機械製作株式会社 (20)
【Fターム(参考)】