説明

セルロースフィルム及びその製法

【課題】湿潤強度が高く、比透水速度にも優れたセルロースフィルム及びその製法を提供する。
【解決手段】湿潤強度が700kg/cm2以上、40℃における比透水速度が10000〔μm・kg/m・day〕以上、重合度が800〜1000であることを特徴とするセルロースフィルムを提供する。
セルロースの第三級アミンオキシド溶液をTダイから押し出し、成型された該溶液を凝固液に投入し、凝固液を該溶液の水平引取方向とは逆方向に流すことを特徴とする前記セルロースフィルムの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿潤強度が高く、比透水速度にも優れたセルロースフィルムの提供及びその製法の提供に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースフィルムは、生分解性を有した環境に優しいフィルムで、従来法(ビスコース法)で工業的に製造されていた。
しかしながら、得られるセルロースフィルムは、その物性、特に湿潤強度〔kg/cm〕や比透水速度〔μm・kg/m・day〕の点で充分なものとはいえなかった。
ここで、比透水速度とは、透水速度(kg/m・day)に膜厚(μm)を乗じた値のことをいう。
【0003】
湿潤強度の点において、従来法によって製造されたセルロースフィルム(以下、「セロファン」と略記する場合がある)は、多くとも600kg/cm強であるに留まり、水に浸した場合の耐用時間が短い等といった、耐久性の面で問題があった。
その為、該セルロースフィルムを、例えば透過膜用として使用する場合、前記問題点より長時間の使用に耐えなかった。
【0004】
一方、比透水速度の点においては、従来法によって製造されたセルロースフィルムは、例えば温度40℃の条件下において、700〔μm・kg/m・day〕前後に留まり、水に浸した場合の透水速度が遅いという問題があった。
その為、該セルロースフィルムを、例えば分離膜用として使用する場合、前記問題点より優れた性能を示さなかった。
【0005】
以上より、従来のセルロースフィルムを、特に高い機能性が要求される透過膜や分離膜として使用する場合には、前記問題点があった。
その為、透過膜や分離膜としても利用可能な、高い湿潤強度と優れた比透水速度を併せ持つセルロースフィルムの開発が強く望まれていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は前記従来技術に鑑みてなされたものであり、その目的は、湿潤強度が高く、比透水速度にも優れたセルロースフィルムの提供及びその製法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
即ち、請求項1は、湿潤強度が700〔kg/cm2〕以上、40℃における比透水速度が10000〔μm・kg/m・day〕以上、重合度が800〜1000であることを特徴とするセルロースフィルムに関する。
請求項2は、セルロースの第三級アミンオキシド溶液をTダイから押し出し、成型された該溶液を凝固液に投入し、凝固液を該溶液の水平引取方向とは逆方向に流すことを特徴とするセルロースフィルムの製法に関する。
請求項3は、前記成型されたセルロースの第三級アミンオキシド溶液を、Tダイから凝固液に投入する際、該溶液の形状を維持する為の極僅かな空気間隙を設けることを特徴とする請求項2記載のセルロースフィルムの製法に関する。
請求項4は、前記凝固液中において、成型された第三級アミンオキシド溶液の形状を維持できるゲル化状態に至るまで水平に移送させることを特徴とする請求項2又は3記載のセルロースフィルムの製法に関する。
請求項5は、前記凝固液を5℃から15℃に冷却することを特徴とする請求項2乃至4いずれか記載のセルロースフィルムの製法に関する。
請求項6は、前記凝固液の溶媒濃度が42.9%以下であることを特徴とする請求項2乃至5いずれか記載のセルロースフィルムの製法に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、湿潤強度が高く、比透水速度にも優れたセルロースフィルムが提供される。
本発明に係るセルロースフィルムは、高い機能性を必要とする透過膜、分離膜の用途にも利用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に係るセルロースフィルムは、湿潤強度が高く、比透水速度にも優れるので、高い機能性が必要とされる透過膜、分離膜の用途にも利用可能となる。
【0010】
湿潤強度の点において、本発明に係るセルロースフィルムは、700kg/cm2以上の性質を有する。
該性質を有するセルロースフィルムは、例えば透過膜用として使用する場合、水に浸した際の耐用時間が長いので、耐久性の面で優れているといえる。
一方、700kg/cm2未満であれば、透過膜用として使用する場合、水に浸した場合の耐用時間が短いといった耐久性の面で問題が生じ、長時間の使用に耐えることができない。
【0011】
比透水速度の点において、本発明に係るセルロースフィルムは、40℃における比透水速度が10000〔μm・kg/m・day〕以上の性質を有する。
該性質を有するセルロースフィルムは、例えば、分離膜用として利用する場合、従来法で製造したセルロースフィルムと同程度の良好な分離能を維持しつつ、従来法で製造したセルロースフィルムより比透水速度が速いものとなる。
一方、分離膜用として使用する際、10000〔μm・kg/m・day〕未満の場合には、水に浸した場合の透水速度が遅いという問題が生じる。
【0012】
本発明に係るセルロースフィルムの重合度は、800〜1000である。
これは、本発明に係るセルロースフィルムを製造するに際し、その製造工程において、セルロースの原料となる溶解パルプの重合度を下げる必要がないので、人為的に溶解パルプの重合度を下げて製造せざるを得ない従来の製法により得られるセルロースフィルムと比べて、その重合度が大きくなるからである。
【0013】
より詳しくは、従来法では、老成という粘度調整によって最初溶解パルプの重合度が800〜1000あったのを、200〜300、若しくは500にまでに低下させなければならない。
一方、本発明に係るセルロースフィルムは、その製造工程において、老成という工程を必要としないので、従来のものよりセルロースの分解が少なく、最初の溶解パルプの重合度800〜1000を維持したセルロースフィルムが得られる。
本発明に係るセルロースフィルムは、その製造工程において従来法と異なり、重合度を下げる必要はないが、これは重合度を下げた溶解パルプ、若しくは高重合度の溶解パルプしか使用できないということではなく、より広範囲の重合度の溶解パルプを原料として使用できるということである。
【0014】
以下、高い湿潤強度と、優れた比透水速度を併せ持つ本発明に係るセルロースフィルムを製造する方法について詳説する。
【0015】
図1は、本発明に係るセルロースフィルムの製法に使用する装置全体を示したものである。
即ち、セルロースの第三級アミンオキシド溶液、例えば、当分野において広く知られているN−メチルモルホリン−N−オキシド溶液を、押出機11のホッパーから投入し、Tダイ12を介して成型されたN−メチルモルホリン−N−オキシド溶液を浅水深・水平長尺型の凝固浴装置13、正確には、凝固浴装置13に配される凝固浴槽17内の凝固液中に直接投入し、そこで、第三級アミンオキシド溶液の水平引取方向とは逆方向に凝固液を流すことにより凝固させる。
凝固したセルロースゲルを定法により、洗浄機14、乾燥機15を経て、最後にフィルム巻取機16へと至り、最終製品が回収される。
【0016】
本発明に係る製法は、凝固液をセルロースの第三級アミンオキシド溶液の水平引取方向とは逆方向に流すことにより、溶媒交換並びに安定なゲル形成を促進させ、洗浄機14に移すのに必要な安定性をもったセルロースゲルを得るまでの凝固時間を短縮でき、尚且つ、凝固浴槽長、即ち、凝固浴装置13の大きさを実用性の範囲内とすることができる。
さらに低温凝固を可能とするので、湿潤強度が高く、比透水速度にも優れたセルロースフィルムを製造することができる。
ここで使用される凝固用水としては、特に限定されるものではないが、イオン交換水であるのが好ましい。
ここでいう溶媒とは、N−メチルモルホリン−N−オキシド溶媒のことをいう。
Tダイから押し出されたセルロースの第三級アミンオキシド溶液は、凝固用水に溶媒を溶出しながらセルロースが凝固するので、凝固液は凝固用水と溶媒で構成される。
その為、Tダイ周辺の凝固液の溶媒濃度が最も高くなる。
【0017】
前記溶媒濃度が43%以下であれば、洗浄に移すに必要な安定性をもったセルロースゲルを得ることができる。
その為、セルロースの凝固を妨げないように、凝固液の溶媒濃度を43%以下に維持するためには、凝固浴からオーバーフローする凝固液の所定量を系外に出して溶媒回収工程に送り、凝固液を系外に出した相当分のイオン交換水又は洗浄水を凝固液の循環系に注入することが必要である。
【0018】
本発明に係る製法についての説明に先立ち、図1の浅水深・水平長尺型の凝固浴装置13の詳細を示した図2をもとに、該装置を構成する各部位について以下説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではなく、本発明の技術分野における通常の変更ができることは言うまでもない。
【0019】
凝固浴槽17の形状については、成型された第三級アミンオキシド溶液の形状を維持できるゲル化状態に至るまでこの凝固浴槽17内で水平に移送させることができるものであれば、特に限定されないが、浅水深・水平長尺型であるのが好ましい。
これは、垂直方向の深さが深くなるほど、Tダイから降りる第三級アミンオキシド溶液の自重が増大し、Tダイから投入される該溶液を延伸する力が増大するため、ネッキングが働き、凝固したセルロースフィルムにも延伸が働くため幅が狭くなる弊害がでるからである。
ここで、ネッキングとは、Tダイから投入される第三級アミンオキシド溶液の幅が狭くなることをいう。
【0020】
凝固浴槽17の寸法については、垂直方向は5cmから150cm、より好ましくは10cmから50cmであること、水平方向の浴槽長は1mから10mの浅水深・水平長尺型凝固浴槽であるのが望ましい。
この範囲内であれば、凝固フィルムにも延伸が働くためフィルム幅が狭くなる等といった弊害は生じないからである。
【0021】
前記浅水深・水平長尺型の凝固浴槽17では、垂直凝固距離が短く、ガイドロール26を介して水平に引き取ることから、重力によるネッキングが極めて小さくなる。
浅水深・水平長尺型の構造は、凝固液をセルロースの第三級アミンオキシド溶液の水平引取方向とは逆方向に流すことを可能とする。
これにより、該溶液の均一な凝固を可能とするのみでなく、溶媒交換が促進され、安定なゲル形成を可能とする。
その結果、物性の安定したセルロースフィルムの製造が可能と考えられる。
【0022】
凝固液溜槽22には、冷却用ラジエータ21を装着し、底部から約2cmのところにフィルタ23を装着した循環出口があり、その循環出口から循環ポンプ24へ凝固浴液循環路25で連結させる。
冷却用ラジエータ21は凝固液を0℃から30℃の温度域に維持冷却するものであればよく、ハンディークーラー(Handy Cooler TRL-107L, Thomas Scientific Co. LTD)などが例示される。
循環ポンプ24は、第三級アミンオキシド溶液20の水平引取方向とは、逆方向に凝固液を循環させる働きを有する。
【0023】
ガイドロール26は、図3に示す安定板28、即ち、水流を乱さない程度の厚さで流線型の断面を有するものに置き換えることができ、第三級アミンオキシド溶液20が乱流によって波乱することを防止し、定常的かつ安定的に第三級アミンオキシド溶液20が凝固浴後部に移動するためのガイド機能を有する。
凝固浴液面に液面から約1cm〜2cmまで波消し板27を差し込み、液面の乱れを消してTダイ12から凝固浴へ垂直に落ちる第三級アミンオキシド溶液20の動揺を防止し、Tダイ12からの安定的な溶液の押出を維持する。
【0024】
本発明によるセルロースフィルムの製法について詳説する。
本発明に用いられるセルロース溶液の組成は、当分野で知られるセルロースとN−メチルモルホリン−N−オキシド溶液であり、特に限定するものではない。
セルロースを約5重量%〜40重量%、N−メチルモルホリン−N−オキシドを約40重量%〜95重量%、水を約0重量%〜25重量%とすることが好ましい。
セルロースの解重合防止のため前記溶液調製時に没食子酸プロピルエステルを0.01重量%〜0.5重量%、0.01重量%〜1重量%の過酸化水素、又は0.01重量%〜2重量%のシュウ酸を、少なくとも一種以上、添加することが好ましい。
【0025】
調製したセルロースのN−メチルモルホリン−N−オキシド溶液(セルロース11.8%、N−メチルモルホリン−N−オキシド74.9%、H2O 13.4%)を、調製後から150分、90℃に保持して動的粘弾性測定をした結果、貯蔵弾性率G’は2.1×10dyn/cmのほぼ一定の値を示した。
このことから、セルロースのN−メチルモルホリン−N−オキシド溶液は90℃において、150分間加熱保持してもセルロースの分解はほとんど起きていないことがわかった(図7)。
【0026】
得られたN−メチルモルホリン−N−オキシド溶液は、70℃以上100℃以下、好ましくは75℃以上90℃以下に保たれ、押出機11から押し出される。
N−メチルモルホリン−N−オキシド溶液は、Tダイ12でフィルム状又は膜状に成型され、浅水深・水平長尺型の凝固浴装置13、正確には、凝固浴装置13に配される凝固浴槽17の凝固液中に直接投入される。
【0027】
Tダイ12からN−メチルモルホリン−N−オキシド溶液を浅水深・水平長尺型凝固浴装置13に投入する際、該溶液の形状を維持する為の極僅かな空気間隙を設ける。
該空気間隙は、限りなく0mmに近づくようにすることが好ましい。
これにより、縦方向の延伸が極力抑えられ、ネッキングをなくしたフィルムを製造することが出来るからである。
【0028】
しかしながら、空気間隙を0mmとすること、即ち、空気間隙を設けないこととすると、凝固液によってTダイが冷却され、第三級アミンオキシド溶液が固化する結果、Tダイ内部で詰まるという弊害が生じる。
ネッキングをなくしたセルロースフィルム、即ち、Tダイから放出された際の第三級アミンオキシド溶液の形状を維持したセルロースフィルムを製造しつつ、前記弊害を避ける為には、Tダイから凝固液に投入する際、限りなく0mmとなるような空気間隙を設けることが望ましい。
詳しくは、Tダイ12と凝固液との間に、0mmより大きく10mm以下、好ましくは0mmより大きく5mm以下の空気間隙を設けることが望ましい。
これにより、縦方向の延伸が極力抑えられ、ネッキングをなくしたフィルムを製造することが出来るからである。
【0029】
凝固浴装置13中における凝固工程について説明する。
図2より、凝固液(例えば、イオン交換水)は、循環ポンプ24によって、凝固浴槽17後部(洗浄機14側)(図の左側)から二枝に分かれ、一方は第三級アミンオキシド溶液20、即ち、N−メチルモルホリン−N−オキシド溶液の下側からの凝固液流33として、他方は第三級アミンオキシド溶液20の上側からの凝固液流31として、スリット18から噴出され、凝固浴槽17前部(Tダイ12側)(図の右側)へ定常的に循環することにより、第三級アミンオキシド溶液20の移動方向、即ち、水平引取方向とは逆方向に流れる。
【0030】
前記のとおり、浅水深・水平長尺型の凝固浴槽17の構造から凝固液を、第三級アミンオキシド溶液20の水平引取方向とは逆方向に流すことによって、溶媒交換が促進され、安定なゲルの形成が速められる。
このことは、洗浄に移すに必要な安定性をもったセルロースゲルを得るまでの凝固浴槽長と凝固時間を短縮することにもつながる。
【0031】
凝固浴槽17前部から凝固液を孔19を介して流し出すことにより、凝固浴槽17の液面は一定の高さに保たれる。
流出した凝固液は、凝固液溜槽22に装着した冷却用ラジエータ21によって、0℃から30℃の温度域に、より好ましくは5℃〜15℃の温度域に維持冷却される。
冷却された凝固液は凝固液溜槽22からフィルタ23を介して循環ポンプ24にもどり、再び凝固浴槽17後部のスリット18から噴出される。
【0032】
凝固浴槽17中の凝固液の温度は、0℃から30℃の温度域に、より好ましくは5℃から15℃の温度域に保たれるので、凝固遅延剤を添加することなく、第三級アミンオキシド溶液20、即ち、N−メチルモルホリン−N−オキシド溶液を凝固させることができる。
このような低温凝固が可能となるのは、凝固液を第三級アミンオキシド溶液20の水平引取方向とは逆方向に流すことにより、溶媒交換が促進され、安定なゲルの形成が速められるからである。
凝固液を0℃から30℃の温度域に維持冷却しながら、第三級アミンオキシド溶液20の水平引取方向とは逆方向に流すことで、製造されるセルロースフィルムの物性、例えば、湿潤強度、比透水速度、ひいては透明性などにも好影響を与える結果となる。
【0033】
洗浄機14にて行われる洗浄工程については、N−メチルモルホリン−N−オキシド溶媒を完全に洗い流すことが望ましい。
【0034】
セルロースゲルを乾燥させる乾燥機15において、水を除去し得るが、乾燥後、直接、分離膜として使用する為には、セルロースフィルムの溶媒含量を、水洗工程で、限りなく0になるまで減少させることが望ましい。
凝固したセルロースフィルムは、水洗後、必要に応じ、漂白剤処理、柔軟剤処理を行い、乾燥後、巻取機16により巻き取られる。
【0035】
以上の工程により得られたセルロースフィルムは、その湿潤強度が700〔kg/cm2〕以上となることから、例えば透過膜用として利用した場合、水に浸した場合の耐用時間が長く、耐久性の面で優れた効果を発揮する。
比透水速度も、例えば40℃において、10000〔μm・kg/m・day〕以上となることから、例えば、分離膜用として利用する場合、従来法で製造したセルロースフィルムと同程度の良好な分離能を維持しつつ、従来法で製造したセルロースフィルムより比透水速度が速いものとなる。
【0036】
本発明に係る製法より、最初溶解パルプの重合度、800〜1000を維持したセルロースフィルムが得られる。
本発明に係る製法は、セルロースの原料となる溶解パルプの重合度を下げる必要がないので、人為的に溶解パルプの重合度を下げて製造せざるを得ない従来の製法と比べて、その重合度は大きなセルロースフィルムを得ることができる。
【0037】
図7に、N−メチルモルホリン−N−オキシド溶液の動的粘弾性をレオメトリックス(ARES型、Rheometric Scientific社)により90℃で3時間、加熱保持して測定した結果を示す。
前記溶液の組成は、セルロース11.8%、N−メチルモルホリン−N−オキシド74.9%、H2O 13.4%のものを使用し、該溶液について、その動的弾性率G'が減少しなかった。
このことから、90℃で3時間加熱保持してもセルロースの解重合は起きないと考えられる。
【0038】
本発明に係るセルロースフィルムは、従来法で製造したセルロースフィルムと比して、その表面にクラック(亀裂)が格段に少ないことが判明した(図6)。
該性質より、本発明に係るセルロースフィルムは、従来のものと比べて、水に浸した場合の耐用時間が長い、即ち、湿潤強度が優れているものと考えられる。
【0039】
以下、実施例及び比較例をあげて、本発明をさらに詳しく説明する。
【実施例】
【0040】
(比較例1)
セルロース原料としてパルプ(LNDP−500、日本製紙社製)56gを70重量%N−メチルモルホリンN−オキシド水溶液(日本乳化剤社製)1427g、没食子酸プロピルエステル10gを2L溶解機に投入し、撹拌しつつ90℃に昇温した。
約20mmHgの減圧にし、水分を留去することによりパルプを溶解し、セルロースのN−メチルモルホリンN−オキシド溶液を調製した。調製した溶液の組成はセルロース5%、N−メチルモルホリンN−オキシド82.6%、水12.4%であった。
図1に示す装置で、表1に示す条件でセルロースフィルムを製造した。
凝固浴装置は図2に示す装置を用いた。
凝固浴槽17中においては、凝固液を循環・向流せずに凝固した。
水洗、乾燥を経て、得られたフィルムは白濁を呈していたものの、概ね透明であった。
また、フィルム厚は15〜20μmであった。
【0041】
【表1】

【0042】
(比較例2)
セルロース原料としてパルプ(LNDP−500、日本製紙社製)107gを70重量%N−メチルモルホリンN−オキシド水溶液(日本乳化剤製)1431g、没食子酸プロピルエステル10gを2L溶解機に投入し、撹拌しつつ90℃に昇温した。
約20mmHgの減圧にし、水分を留去することによりパルプを溶解し、セルロースのN−メチルモルホリンN−オキシド溶液を調製した。調製した溶液の組成はセルロース8.9%、N−メチルモルホリンN−オキシド78.0%、水13.1%であった。
図1に示す装置で、表2に示す製膜条件でセルロースフィルムを製造した。
凝固浴装置は図2に示す装置を用いた。
13〜14℃で凝固液を向流せずに凝固し、水洗、乾燥したフィルムは透明であった。
フィルム厚は19〜24μmであった。
【0043】
【表2】

【0044】
(実施例1)
セルロース原料としてパルプ(LNDP−500、日本製紙社製)120gを80重量%N−メチルモルホリンN−オキシド水溶液(日本乳化剤社製)1250g、没食子酸プロピルエステル5gを2L溶解機に投入し、撹拌しつつ90℃に昇温した。
約20mmHgの減圧にし、水分を留去することによりパルプを溶解し、セルロースのN−メチルモルホリンN−オキシド溶液を調製した。
調製した溶液の組成はセルロース10%、N−メチルモルホリンN−オキシド78.5%、水11.4%であった。
図1に示す装置により、表3に示す製膜条件でセルロースフィルムの製造を行った。
凝固浴装置は図2に示す装置を用いた。
13〜14℃で維持冷却された凝固液を向流させて前記調製した溶液を凝固させた。
これによりゲル化の完成速度が、比較例2の場合より速くなり、引取ロールの回転速度を10rpmとすることができた。
その後、洗浄、乾燥させ、セルロースフィルムを得た。
得られたセルロースフィルムは透明で、フィルム厚は15〜20μmであった。
【0045】
【表3】

【0046】
比較例1、比較例2及び実施例1で製造したセルロースフィルムの吸光度を波長200から600の範囲で測定した結果を図5に示す。
比較例1で製造したフィルムの吸光度は比較例2及び実施例1で製造したフィルムの吸光度より高く、比較例1で製造したフィルムが白濁したことと対応している。
凝固浴温度が高いとフィルムが白濁し、光分散によって見かけ上、吸光度が増加するからである。
【0047】
(実施例2)
図1に示す装置により、表4に示す製膜条件でセルロースフィルムの製造を行った。
凝固浴装置は図2に示す装置を用いた。
13℃で維持冷却された凝固液を向流させて前記調製した溶液を凝固させた。
その後、洗浄、乾燥させ、セルロースフィルムを得た。
得られたセルロースフィルムは透明で、フィルム厚は31μm〜35μm であった。
該フィルム(フィルム厚35μm)とセロファン#500(フタムラ化学株式会社)(フィルム厚35μm)の物性比較を表5に示す。
表3より、従来のセルロースフィルム、即ち、セロファンと同等の物性値を示したものの、湿潤強度(kg/cm2)については、本発明に係るセルロースフィルムは、従来法のフィルムのそれと比べて格段に大きいことが判明した。
このことから、本発明に係るセルロースフィルムを、例えば透過膜用として利用した場合、水に浸した場合の耐用時間が長く、耐久性の面で優れた効果を発揮することが判明した。
【0048】
【表4】

【0049】
【表5】

【0050】
凝固液の循環流速と冷却速度を測定した結果、凝固液の循環流速は1740g/minであり、冷却速度は図4のとおりであった。
冷却速度はセルロースの%N−メチルモルホリン−N−オキシド溶液を投入しない条件で、凝固液の総量が20Lの結果である。
凝固液の循環流速はけっして大きい速度ではないが、図2及び図3で示すように凝固液はノズルから凝固浴中に噴流となってセルロースゲル膜表面近くを向流して流れている。
その為効果的に凝固が促進されると考えられ、引き取り速度を高めることができた。
【0051】
(実施例3)
凝固浴温度15.5℃、凝固浴浸漬長18.7cmの条件で、表6に示す製膜条件でセルロースフィルムゲルを生成し、引き取りロールで該セルロースゲルを安定に引き取れるまでの凝固浴の溶媒濃度を測定したところ42.9%であった。
尚、溶媒濃度は比重法により測定した。
【0052】
【表6】

【0053】
パーベーパレーション装置で、実施例1で製造したセルロースフィルムの透水速度を測定した。
比較のためにセロファン#200(フタムラ化学株式会社)及び#300(フタムラ化学株式会社)の透水速度を測定した。結果を表7に示す。
パーベーパレーションとはフィルムの片側に液体、この場合は0.01% NaCl水を供給し、透過側を真空ポンプのような減圧手段で減圧することによって、水分は膜を透過し、膜を透過しない成分(NaCl)と分離することによって、透過側に高純度の気体の水蒸気が得られるので、これを冷却・凝縮して液体の純水を得る方法である。
透過条件は供給液温度40℃、透過側圧力は0.1Torr(mmHg)である。
【0054】
【表7】

【0055】
本発明に係る製法により得られたセルロースフィルム(実施例1)は、従来のセロファンよりも膜厚(μm)が薄く、透水速度(kg/m・day)についても、従来のセロファンよりも格段に優れていることが判明した。
透水速度は、膜厚が薄ければ薄いほど、その値は高くなることが一般に知られているが、本発明に係る製法により得られたセルロースフィルムは、透水速度に膜厚を乗じた比透水速度についても、従来のセロファンよりも格段に優れていることから、膜厚の如何に関らず、透水速度に優れるということが判明した。
該性質より、例えば分離膜用として利用する場合、従来法で製造したセルロースフィルムと同程度の良好な分離能を維持しつつ、従来法で製造したセルロース膜より透水速度が速いものとなる。
【0056】
図6に示す走査電子顕微鏡写真において、本発明にかかる溶剤法セルロース膜は、従来のビスコース法により製造したセロファンと比較した場合、明らかにクラック(亀裂)が少ないということが判った。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明に係るセルロースフィルムの製法にかかる装置全体の概略図を示したものである。
【図2】本発明で使用する凝固浴装置の概略詳細を示したものである。
【図3】図2で示す凝固浴装置の細部詳細を示したものである。
【図4】本発明で使用する凝固液の冷却速度を測定した結果を示したものである。
【図5】セルロースフィルムの吸光度を波長200から600の範囲で側定した結果を示したものである。
【図6】従来法で製造したセルロースフィルム(A)と、本発明に係る製法で製造したセルロースフィルム(B)のそれぞれについての電子走査顕微鏡写真である。
【図7】本発明で使用するN−メチルモルホリン−N−オキシド溶液の動的粘弾性をレオメトリックス(ARES型、Rheometric Scientific社)により90℃で3時間、加熱保持して測定した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
11 押出機
12 Tダイ
13 凝固浴装置
14 洗浄機
15 乾燥機
16 巻取機
17 凝固浴槽
18 スリット
19 孔
20 第三級アミンオキシド溶液
21 冷却用ラジエータ
22 凝固液溜槽
23 フィルター
24 循環ポンプ
25 凝固浴液循環路
26 ガイドロール
27 波消し板
28 安定板
29 ガイドロール
30 引き取りロール
31 上側の凝固液流
32 凝固浴液循環パイプ
33 下側の凝固液流

【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿潤強度が700kg/cm2以上、40℃における比透水速度が10000〔μm・kg/m・day〕以上、重合度が800〜1000であることを特徴とするセルロースフィルム。
【請求項2】
セルロースの第三級アミンオキシド溶液をTダイから押し出し、成型された該溶液を凝固液に投入し、凝固液を該溶液の水平引取方向とは逆方向に流すことを特徴とするセルロースフィルムの製法。
【請求項3】
前記成型されたセルロースの第三級アミンオキシド溶液を、Tダイから凝固液に投入する際、該溶液の形状を維持する為の極僅かな空気間隙を設けることを特徴とする請求項2記載のセルロースフィルムの製法。
【請求項4】
前記凝固液中において、成型された第三級アミンオキシド溶液の形状を維持できるゲル化状態に至るまで水平に移送させることを特徴とする請求項2又は3記載のセルロースフィルムの製法。
【請求項5】
前記凝固液を5℃から15℃に冷却することを特徴とする請求項2乃至4いずれか記載のセルロースフィルムの製法。
【請求項6】
前記凝固液の溶媒濃度が42.9%以下であることを特徴とする請求項2乃至5いずれか記載のセルロースフィルムの製法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−176739(P2006−176739A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−374341(P2004−374341)
【出願日】平成16年12月24日(2004.12.24)
【出願人】(501186173)独立行政法人森林総合研究所 (91)
【Fターム(参考)】