説明

ゼロ面アンカリング液晶配向法及びその液晶デバイス

【課題】狭い温度範囲でしか実現されていない、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液体界面を、通常の表示素子が要求する十分広い温度範囲で実現する。
【解決手段】
液晶試料に、相溶性が良くない、高分子等の適当な物質を選んで混合し、完全ぬれ状態の水平配向液体(液晶)−液晶界面が、広い温度範囲で実現される混合系を得る。また、混合された物質と、液晶物質の界面を特異的に活性化する分子を用いて界面活性を行うことにより、混合物質の選択の幅を広げ、より広い温度範囲で、液体(液晶)−液晶界面を安定化させる。上記水平配向の完全ぬれ状態の界面を液晶表示素子に応用することで、外場(電場・磁場)により水平面内に360度配向回転可能で、メモリ性を持ちながらスイッチング閾値のない、液晶光スイッチングデバイスを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼロ面アンカリング液晶配向法及びその液晶デバイスに関するものである。なお、ここで、「ゼロ面アンカリング」について触れると、「ゼロアンカリング」とは「アンカリングのない、配向強制力のない」ことを意味するので、「ゼロ面アンカリング」は面内に配向強制力がないことを意味する。アンカリング(配向強制力)には、面内(水平配置している分子の軸がある水平面内)に方向を規定する力と、面外(水平、垂直、或いは角度がある場合は、その角度)を規定する力の2種類があり、この場合は、水平又は斜め配向は強制するが、面内方向の配向強制力がゼロと言う意味である。但し、垂直配向の場合は、ゼロと考えてよい。
【背景技術】
【0002】
図8は従来の固体配向膜による液晶配向制御を示す模式図である。
【0003】
図8において、1は固体配向層、2は固体配向膜、3はネマティック相液晶〔LC(N)〕を示している。
【0004】
従来技術として、液晶ディスプレイの表示原理〔TN(Twisted Nematic)型液晶、FLC(強誘電性液晶)、IPS(In−Plane Swiching)方式、光配向方式等〕のほとんどが、基板による液晶の配向方向を事前に規定する動作モードを用いている。しかし、FLCを除いてこれらの表示モードには原理的にメモリ性がない。また、V−shape等の特殊な表示モード以外では、駆動閾値が存在する。反対に、自由な界面で液晶を保持できれば、本来液晶の異方軸はすべての方向に、エネルギー的に縮退しているため、外場(電場・磁場・電磁場等)で異方軸の向きを自由に制御し、かつ任意の向きに異方軸をメモリできるはずである。しかし、これを達成しようとすると、流動性に富む液晶を固定するために必要な固体のセル表面という境界面で、必ず配向場が拘束されて、対称性が破れてしまうことになる。
【0005】
このように、液晶ディスプレイの容器界面では、液晶の配向場を規定せざるを得ないので、水平、斜め、垂直などの様々な配向技術が開発されてきた。特に、斜め、水平配向の場合、面内に配向の自由度があるにもかかわらず、界面に最初から水平一軸配向性を強制する方法が用いられる。一般には、基板上に適当な高分子薄膜を塗布し、これを布等でこするというラビング法や、光配向性等の性質を持つ分子を基板表面に固着させ、その後、光を用いて基板表面に軸性を持たせる技術が用いられる。
【0006】
この最も大きな理由は、FLCやTNのように表示モードの原理からの要請、或いは、無電場でも液晶を一様に配向させることができるという以外に、固体表面では、完全なランダム性を与え難く、面内の対称性を崩さずに水平配向するのが難しいという点が挙げられる。
【0007】
これに反して、固体・アモルファス状態の表面に十分波長の短いランダム性を与えて、液晶の配向軸を消滅させる試みがあるが、固体表面では本質的に液晶分子のミクロな運動が拘束されているので、外場によってその異方軸を回転させるためには、液晶の配向弾性力に比較すると途方もなく大きな力と、緩和時間が必要となる。
【0008】
上記事情を回避し、液晶分子のミクロな運動性を失わせずに、巨視的な配向制御をする方法として、固体界面でなく、液体と液晶の界面を用いる方法が挙げられる。ただし、液晶ディスプレイ等に用いられている液晶材料は流動性に富み、表示装置として用いるためには必ず液晶材料を挟み込むセルが必要となり、固体表面との接触が必要となってしまう。事前に十分多量な低分子物質を基板に塗布する試みもあるが、見かけ上短時間(拡散時間は、物質や温度に依存する)は流体が後から注入した液晶材料との間に存在するが、当然この液体は液晶材料に溶けて拡散してしまう(下記特許文献1)。
【0009】
一方、液晶に不溶の物質を混合することにより、相分離現象により液体−液晶界面を試料内に作ることができる。ただし、水−油の混合系に見られるように、互いに溶け合わない物質同士の作る界面は、大きな表面張力の存在により球形となってしまうので、液晶表示素子の界面としての利用は極めて困難である。
【0010】
本願発明者は、下記非特許文献1,2において、基板に対する親和性をモデル化することで、片側にSiOの斜方蒸着膜、一方にラビングしたPVAの膜を用意し、液晶に単純な炭化水素を混合した2成分系を用いて、等方相−ネマティック相の2相共存状態で、本発明の目的とする完全ぬれ状態の液体−液晶界面を実現した。これにより、水平(斜め)配向で配向を強制する軸のない界面が得られた。
【0011】
しかしながら、単純液体の混合では、完全ぬれ状態が得られるのは、共存相が存在する0.6℃の間と狭い温度範囲に限定されている。これは単純液体との混合系の作る希釈型の相図では、混合物質と液晶物質との相溶性を下げて、共存相領域を広げようとすると逆に、2相の濃度差が広がるために界面張力が大きくなり、液体−液晶界面は完全ぬれ状態からはずれ、部分ぬれ状態となって液滴になってしまうことがさけられないためである。従って、このような希釈型の相図を持つ系では、本質的に完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面を、広い温度範囲で実現することは不可能である。もちろん、このような完全ぬれ界面を用いた液晶表示デバイスとしての応用性やその特性(360度回転対称性、メモリ性、無閾値性など)については、特許文献や発表文献は見受けられない。
【特許文献1】特開2003−98553号公報
【非特許文献1】Mol.Cryst.Liq.Cryst.99,pp.39−52(1983)
【非特許文献2】Mol.Cryst.Liq.Cryst.107,pp.311−331(1984)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記状況を鑑みて、狭い温度範囲でしか実現されていない、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液体界面を、通常の表示素子が要求する十分広い温度範囲で実現することができるゼロ面アンカリング液晶配向法及びその液晶デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕ゼロ面アンカリング液晶配向法において、液晶試料に高分子等の混合物を添加することで、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶相分離を広い温度範囲で安定に誘起し、前記液体−液晶界面を用いて、液晶を水平・垂直・斜めの所定の方向に配向させることを特徴とする。
【0014】
〔2〕上記〔1〕記載のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面を、より広い温度範囲で安定化させるために、界面活性剤を混合することを特徴とする。
【0015】
〔3〕上記〔1〕記載のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面と、基板表面の幾何学的凹凸を組み合わせることを特徴とする。
【0016】
〔4〕上記〔1〕記載のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記完全ぬれ状態の液体−液晶界面を配向膜の作製プロセスに用いることを特徴とする。
【0017】
〔5〕上記〔1〕記載のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記混合物が高分子であることを特徴とする。
【0018】
〔6〕液晶デバイスであって、上記〔1〕〜〔5〕の何れか一項記載のゼロ面アンカリング液晶配向法によって作製されるようにしたものである。
【0019】
〔7〕液晶光スイッチングデバイスであって、上記〔6〕記載の液晶デバイスを用いて、外場の変化による液晶配向回転手段により、液晶のスイッチングを行うことを特徴とする。
【0020】
〔8〕上記〔7〕記載の液晶光スイッチングデバイスにおいて、前記外場は電場又は磁場であることを特徴とする。
【0021】
〔9〕上記〔7〕記載の液晶光スイッチングデバイスを用いて、前記外場は光照射であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、狭い温度範囲でしか実現されていない、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液体界面を、通常の表示素子が要求する十分広い温度範囲で実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
ゼロ面アンカリング液晶配向法において、液晶試料に高分子等の混合物を添加することで、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶相分離を広い温度範囲で安定に誘起し、前記液体−液晶界面を用いて、液晶を水平・垂直・斜めに配向させる。よって、狭い温度範囲でしか実現されていない、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液体界面を、通常の表示素子が要求する十分広い温度範囲で実現することができる。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0025】
(1)まず、広い温度域で完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面を実現する混合系について説明する。
【0026】
図1は本発明にかかる各種の液体−液晶界面のために最適化された高分子−液晶混合系の相図であり、図1(a)は単純液体−液晶混合系の相図、図1(b)は高分子−液晶混合系の相図、図1(c)は完全ぬれ状態の液体−液晶界面のために最適化された高分子−液晶混合系の相図である。これらの図は、横軸に濃度、縦軸に温度を示し、図中、11は単純液体領域(I)、薄灰色で示した領域12は液体(液晶)−液晶の共存領域(I+N)、黒色で示した領域13は液晶領域(N)を示している。
【0027】
まず、液晶材料に他の物質を混合し、液体或いは液晶状態にある別の相(液体相または液晶相)を相分離により生成する。液晶相とこの相が共存する共存領域12の温度幅は、混合する物質と液晶材料の相溶性で制御できる。一般に、単純液体を液晶に混合した場合は、図1(a)に示すような希釈型の相図となり、液晶相転移温度の低下とともに、薄灰色で示した液体(液晶)−液晶の共存領域12が広がる。
【0028】
しかしながら、図1(a)に示す相図の場合、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面が実現されるのは、むしろ相分離した両相の濃度差が小さい場合、すなわち混合物質の濃度が薄い領域に限られる。ところが、この領域では十分広い温度領域で相分離を実現することができない。つまり、完全ぬれ状態の実現領域と、広い温度領域での相分離の両方の条件を達成することは本質的に不可能である。
【0029】
これに対して、一般的な高分子と液晶物質の混合系は、図1(b)に示すような、高分子溶液によく見られる上限相溶型の相分離曲線〔図1(b)下部の円錐型の共存領域12〕と、図1(a)に示す液体−液晶相転移の希釈型の相図が重なったような相図を示すことが一般的である。上限相溶型の共存領域の出現は、高分子と液晶の相溶性と、高分子の溶液中でのエントロピーの競合で起こる現象で、高分子溶液には極めて一般的なものである。溶媒が液晶の場合、この液晶領域に加えて液体(液晶)−液晶転移が、高分子の混合により希釈されるために、強い一次転移となって共存領域が現れる。従って、高液晶濃度領域には図1(a)と同じタイプの相分離曲線が現れる。特に大事なことは、上限相溶型相分離曲線の臨界濃度附近(相図の頂上)では、両相間の自由エネルギー差が小さくなり、極めて広い温度・濃度で臨界ぬれ状態となり、相分離界面は自発的に完全にぬれた状態となることである。本発明では、高分子セグメント(モノマー)と液晶物質の相溶性、或いは高分子分子量を最適化することで、液体−液晶相転移の相分離曲線と、上限相溶型の相図が拮抗した形に調整した〔図1(c)参照〕、これにより、広い温度・濃度で完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面を作ることができる。
【0030】
(2)次に、界面活性剤添加による完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面の安定化について説明する。
【0031】
本発明では、さらに、混合する物質と元の液晶分子の両方の性質を1分子内に併せ持つ、一種の界面活性剤を合成し、目的の混合系に加えることで、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面を、広い温度範囲で安定させることを提案する。界面活性剤が液体(液晶)−液晶界面を十分活性できれば、混合する物質の選択の幅や、温度・濃度の領域が格段に広くなり、実用上大きなメリットとなる。例えば、高分子−液晶混合系の場合は、高分子−液晶高分子ジブロック共重合体のようなものを用いることができる。
【0032】
ここで、以下のことに留意すべきである。
【0033】
液体−液晶の界面に加えて、ガラス−液体の界面についても制御する必要がある。これは、(1)固体基板表面を、液晶物質から相分離した液体相により強い親和性を持たせる。(2)逆に、セッケン分子などを塗布した垂直配向基板のように、液晶物質を嫌うような非親和性を与える。セッケン分子を塗布した表面は、液晶物質を嫌うため、強い表面張力を生み出し、液晶物質を遠ざけようとする。
【0034】
(3)完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶水平配向面を用いた液晶デバイスの製造方法
液体(液晶)−液晶の界面での液晶分子の配向方向は、液晶と混合物および界面活性剤の組み合わせを選び、温度・濃度を決めると、水平・垂直・斜め配向を一意的に制御することができる。ここで、水平方向を実現する完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面を、上下の2枚の基板に作製して、液晶相を相分離した液体(液晶)相でサンドイッチするか、または反対側の基板を垂直配向としたディスプレイセルを作製する。2つ目の界面である固体基板−液体界面でも、平面状態の界面を実現させるため、次の2つのいずれかの方法で、基板を前もって処理する。(A)固体基板表面を混合物質により強い親和性を持たせる。(B)固体基板表面が、液晶物質を嫌うような非親和性を与える。
【0035】
図2は本発明の完全ぬれ状態の液体−液晶界面で構成された液晶デバイスの模式図である。
【0036】
この図において、21はセル基板、22は完全ぬれ状態の液体相領域、23は液晶ネマティック相領域であり、完全ぬれ状態の液体相領域22がセル基板21とネマティック相領域23の間に層状に形成され、ネマティック相領域23の水平配向を強制している。
【0037】
(4)完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶水平配向面を用いた液晶光スイッチングデバイスの長所・特徴
実現された液晶表示デバイス内の液体−液晶水平配向界面では、液晶の配向に関するエネルギーは、界面面内方向には縮退しているので、異方軸はどの方向を向いても等価となる。これにより、電場・磁場等により360度自由に回転可能で、場を遮断しても配向方向にメモリ性を持ち、かつ駆動外場に閾値が原理的に存在しない、液晶ディスプレイの製造が可能となる。
【0038】
本発明の液晶デバイスの特徴は、表示セル中の液晶相を保持する界面が、従来技術のような固体界面でなく、液体ないし液晶相の界面であるという点にある。本発明と同様に、回転自由な界面を作ろうとした、従来の配向技術の問題は、表示セルのガラス表面に事前に用意された固体表面を用いていた点にある。固体表面は、吸着等により液晶分子の運動を極めて制限するため、本発明の配向界面とは物理的に極めて異なる性質を持つ。液体(液晶)−液晶界面では、液晶分子の界面間の拡散も極めて自由であり、ミクロな目で見た界面には、液晶状態と液体(別の液晶)状態の違いがあるだけである。この性質が、本発明の革新的な点である。
【0039】
また、本発明のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記完全ぬれ状態の液体−液晶界面と、基板表面の幾何学的凹凸を組み合わせるようにしてもよい。
【0040】
さらに、本発明のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記完全ぬれ状態の液体−液晶界面を配向膜作製プロセスに用いるようにしてもよい。
【0041】
完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面を作製するためには、まず、液晶相と液体或いは別の液晶相との共存状態を作るために、別の物質を液晶材料に混合する。ここでは、ネマティック相を有する液晶分子PAA(パラアゾキシアニソール)に、分子量2000のポリスチレン分子を重量濃度2%加えた材料を用いた。液晶物質と混合物質の相溶性により、相図の形が決まる。また、高分子を混合物に用いる場合、分子量も相図を決める必要不可欠なパラメータとなると同時に、ガラス転移温度も混合系を最適化する上で重要な要因となる。ここで使用した例は、広い温度範囲で、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液体界面を安定に存在させる条件を満足する一つの例である。また、得られた界面での液晶の配向方向(水平、垂直、斜め)も両物質の性質と、温度・濃度に依存して変化する。ここで例に挙げた物質では、ほぼ全ての温度・濃度域で、液体−液晶界面において液晶配向は水平配向となる。
【0042】
さらにこの実施例では、共存させた2相の界面をより安定化し、完全ぬれ状態を実現するための界面活性剤を少量(<0.5%)添加した。この界面活性剤には、水と油の界面をセッケン分子が活性化するように、ポリスチレン分子と液晶分子双方に親和性を有する部分を1分子中に併せ持つ、ポリスチレン鎖と側鎖型の高分子液晶を共重合したブロック共重合体を用いた。また、液晶相から相分離した液体相がガラス界面を完全にぬらすように、液晶分子と強く反発する界面として、液晶分子の垂直配向剤を塗布・焼結したガラス板を上下に用意して用いた。結果として、液体相の厚みは温度に依存するが、相転移点以下10℃以上の極めて広い温度領域で目的とする完全ぬれ状態の液体−液晶界面が得られた。この混合系の温度幅は、PAAの結晶化温度と、ポリスチレン−ジブロック液晶のガラス転移温度によって決められたものであり、単純液体の場合のような本質的に決められた温度幅ではなく、材料を最適化することにより、室温領域でさらに温度幅の広い系を見出すことができると十分期待できる。
【0043】
試料を前述の垂直配向剤による処理を施した、厚み(基板距離)50μmの2枚のガラス基板間に試料を挟み、ネマティック相−液体相共存の温度にしたときの共存領域の偏光顕微鏡写真を図3に示す。この図3によれば、見かけ上、ネマティック相が試料全面に存在し、シュリーレン模様と呼ばれる、ネマティック相の水平配向を示す特有のテクスチャが確認される。等方相からの冷却過程で等方相液滴が界面に吸収されて消滅する様子が確認されること、また、液晶分子に本来垂直配向を強制する基板を用いているにも関わらず、水平配向が現れることは、いずれも目的どおり完全ぬれ状態の液体相が、ネマティック相とセル基板の間に層状に形成され、水平配向を強制していることを証明している。
【0044】
実現された完全ぬれ状態の液体−液晶の水平配向界面により構成された、液晶光スイッチングデバイスの特徴(1.外場により任意の方向に配向を回転可能、2.メモリ性、3.閾値ゼロ)を説明する。外場に電場を用いる場合は、90度毎に4つの電極を配置し、対向する2つの電極間に異なる電圧(一般には、位相の揃った低周波の交流)を印加する。直交した2つの電場の比を変えることにより、合成された電場の方向を、任意の角度に向けることができる。ここでは、磁場の方向と試料の方向を回転ステージにより変化させて磁場を印加させる方法を用いた。
【0045】
図4は典型的なスイッチング偏光顕微鏡写真であり、図4(a)は磁場(1.2kG)を印加した後の試料の偏光顕微鏡写真、図4(b)は磁場OFF後45度試料を回転させて撮影した偏光顕微鏡写真である。なお、ここでは、照明光の偏光は磁場の向きに揃えてあり(つまり、偏光顕微鏡の偏光方向は磁場の方向に一致させている)、アナライザーはクロスニコルにしているので、図4(a)では、磁場方向に液晶分子の異方軸が並んだために、光を通さず真っ黒となる。この図4(a)から、配向欠陥もなく、一様な配向状態であることがわかる。この状態で磁場を切り、試料のみを45度回転したものが図4(b)である。磁場を遮断しても、液晶の配向がメモリされているため、液晶の異方性により、光が透過して明るくなる。試料全体が光を一様に透過しており、一様な配向スイッチングが行われたことを確認できる。
【0046】
図5は任意の位置で初期磁場を印加して配向方向を揃えた後、45度回転して光の透過光強度が最高になるようにしておき、t=0で磁場を印加した後の透過光強度の時間変化を測定した結果を示す図である。
【0047】
加える磁場の強さを変えると、緩和時間が400msec(磁場強度1.2kG)から10sec(磁場強度300G)と変化するが、十分長い時間磁場を加えれば、全ての磁場の強さで透過光強度は同程度の大きさまで減少し、液晶の配向方向が完全に回転していることがわかる。この結果から、この光スイッチングデバイスに閾値がないことが証明される。
【0048】
同様に、磁場を切断した後の光強度の時間変化を測定した例を図中の黒線で示した。配向方向が磁場方向から外れると、光強度が増加することになる。磁場切断後40秒以内での透過光強度の上昇は数%以内であり、良好なメモリ性が確保されている。
【0049】
他方、完全ぬれ状態の液体−液晶界面の水平配向が、360度回転対称性を持つことを明らかにした測定を示す。
【0050】
図6の写真は、試料セルのある固定された方向θ=0度に対して、θ=0,15,30,45,60,75,90度7つの方向でそれぞれ、1.2kGの磁場を印加した後、磁場を切断して、試料をθ=0度の方向へ回転し直して撮影した写真である。
【0051】
透過光強度は0度と90度で最小、45度で最大となり、試料セルのどの方向に磁場をかけても、一様な水平配向が実現され、メモリされていることがよくわかる。
【0052】
さらに、同様に7つの方向で初期磁場をかけた後、θ=0度から90度まで回転して、透過光強度の変化をフォトダイオードで測定した測定した結果を図7に示す。
【0053】
試料の回転に従って異方軸が回転し、透過光強度強度は複屈折により、理想的に変化していることがわかる。測定時間内で配向の変化もほとんどなく、ここからもメモリ性は明らかである。また初期磁場の方向に対する透過光強度の角度依存性も、完全に一様であり、360度の配向が完全に対称に選択可能であることがわかる。
【0054】
なお、上記実施例では、外場としては、電場又は磁場を用いたが、光照射を用いるようにしてもよい。その場合、光照射による配向回転トルクを与えるには、例えば、アゾ基を持つ液晶分子を混合して行うことができる。アゾ基を持つ液晶分子に偏光紫外光を照射すると、アゾ基の遷移モーメントが光の偏光面内にある分子だけが、トランス−シス光異性化して励起される。液晶分子は励起されるのを好まないため、なるべく偏光面から遷移モーメントをはずすような配向分布を作ろうとする。つまり、液晶分子が光により見かけ上回転トルクを受けたことになる。
【0055】
また、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明のゼロ面アンカリング液晶配向法及びその液晶デバイスは、外部電場、磁場により水平面内に360度配向回転可能で、メモリ性を持ちながらスイッチング閾値のない液晶光スイッチングデバイスとして好適である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明にかかる各種の液体−液晶界面のために最適化された高分子−液晶混合系の相図である。
【図2】本発明の実施例を示す完全ぬれ状態の液体−液晶界面で構成された液晶デバイスの模式図である。
【図3】本発明の実施例を示す液体相から温度を下げて液晶相へ転移させた後の偏光顕微鏡写真(共存領域内)を示す図である。
【図4】本発明の実施例を示す典型的なスイッチング偏光顕微鏡写真を示す図である。
【図5】本発明の実施例を示す外部場応答の光強度時間変化(磁場オフ時の時間変化を含む)を示す図である。
【図6】本発明の実施例を示す磁場印加方向と透過光強度(偏光顕微鏡写真)を示す写真である。
【図7】本発明の実施例を示す試料回転による透過光強度変化とその初期磁場印加方向依存性を示す図である。
【図8】従来の固体配向膜による液晶配向制御を示す模式図である。
【符号の説明】
【0058】
11 単純液体領域(I)
12 液体(液晶)−液晶の共存領域(I+N)
13 液晶領域(N)
21 セル基板
22 完全ぬれ状態の液体相領域
23 液晶ネマティック相領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液晶試料に相溶性が良くない混合物を添加することで、完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶相分離を広い温度範囲で安定に誘起し、前記液体(液晶)−液晶界面を用いて、液晶を水平・垂直・斜めの所定の方向に配向させることを特徴とするゼロ面アンカリング液晶配向法。
【請求項2】
請求項1記載のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面を、より広い温度範囲で安定化させるために、界面活性剤を混合することを特徴とするゼロ面アンカリング液晶配向法。
【請求項3】
請求項1記載のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記完全ぬれ状態の液体(液晶)−液晶界面と、基板表面の幾何学的凹凸を組み合わせることを特徴とするゼロ面アンカリング液晶配向法。
【請求項4】
請求項1記載のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記完全ぬれ状態の液体−液晶界面を配向膜の作製プロセスに用いることを特徴とするゼロ面アンカリング液晶配向法。
【請求項5】
請求項1記載のゼロ面アンカリング液晶配向法において、前記混合物が高分子であることを特徴とするゼロ面アンカリング液晶配向法。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか一項記載のゼロ面アンカリング液晶配向法によって作製される液晶デバイス。
【請求項7】
請求項6記載の液晶デバイスを用いて、外場の変化による液晶配向回転手段により、液晶のスイッチングを行うことを特徴とする液晶光スイッチングデバイス。
【請求項8】
請求項7記載の液晶光スイッチングデバイスを用いて、前記外場は電場又は磁場であることを特徴とする液晶光スイッチングデバイス。
【請求項9】
請求項7記載の液晶光スイッチングデバイスを用いて、前記外場は光照射であることを特徴とする液晶光スイッチングデバイス。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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