説明

ダイヤモンド膜の製造装置および製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明はダイヤモンド膜の製造装置および製造方法に関し、特にアーク放電を利用してダイヤモンド膜を気相合成する製造装置および製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】近年、ダイヤモンド膜の低圧気相合成方法として種々提案されている。まず、第1に、熱フィラメントCVD法がある。これは、800〜1000℃に加熱した基板の直上にタングステンフィラメントを設け、フィラメントを2000℃以上に加熱し、水素と炭化水素ガス(例えばCH4 )をフィラメントを通して基板に吹きつけ、基板上にダイヤモンド膜を成長させる方法である。
【0003】第2に、マイクロ波プラズマCVD法が知られている。これは、数百ワットのマイクロ波により水素と炭化水素ガスの混合ガス気体にプラズマを発生させ、プラズマ内に設置された基板上にダイヤモンドを成長させる方法で、基板はマイクロ波により加熱され、700〜900℃程度の温度になっている。
【0004】これら2種類の合成法では、原子状水素がCH4 の分解を促進し、さらに無定形炭素などダイヤモンド以外の合成物質を選択的にエッチングする作用を担っており、この原子状水素が重要な役割をしている。しかしながら、フィラメントを高温とする熱フィラメントCVD法ではフィラメントが断線するトラブルが多く実用的とは言えない。又、タングステンの融点を考えるとフィラメントの温度は2000℃程度でそれ以上の温度では断線を招いてしまい、十分な原料ガス分解ができないという問題がある。また、マイクロ波プラズマを用いた合成法ではプラズマ室の寸法が制約されることにより大面積の試料への適用が困難であり、さらに原料ガス,特に水素の分解が不十分となるという問題がある。
【0005】第3の方法としてイオンビームを用いた合成法である。これは炭素のイオンビームを基板にあてることでダイヤモンド膜を成長させようとするものである。しかし、アモルファス等の不純物を多く含むダイヤモンドとなってしまうという問題があった。
【0006】そこで、例えば特開昭63−176399号公報あるいは特開平1−201097号公報にて提案されているように原料ガスを有効に活用できる方法として、対向した電極にアーク放電を生じさせ、原料ガスをアーク放電内に通過せしめてガスプラズマとし、このガスプラズマを絞り部によりプラズマジェットガスとして基板に吹きつけることにより、この基板上にダイヤモンドを析出形成する合成方法が知られている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、この合成方法においても、原料ガスを吹きつける基板付近のガス分解(解離)という点では不十分であるという問題がある。
【0008】すなわち、ガス分解率はアーク放電を用いることにより著しく向上するが、それはアーク放電の発生部付近だけであり、プラズマジェットとして基板にプラズマを吹きつけるその基板付近では再結合反応等により著しく低下している。図3に、プラズマジェットのノズル部(プラズマ噴出口)から基板までの水素ラジカル(分解水素)の量を水素バルマー系列の発光スペクトルHβのスペクトル強度で表した特性図を示す。図3より明らかとなるようにプラズマ噴出口から離れる程,即ち基板付近程、ガス分解率が著しく低下している。
【0009】ここで、基板をプラズマ噴出口へ近づけてガス分解率の高い位置で合成を行うことが考えられるが、これは基板温度を上昇させることになり、ダイヤモンド以外のグラファイト等の不純物炭素の生成が急増されてしまうという問題がある。これはダイヤモンドの合成時の基板温度が600〜1100℃が適しており、高純度に合成するのは800〜1000℃が最適であるためである。
【0010】従って、ダイヤモンドの合成を更に高効率で行うためには、基板温度を上昇させることなく基板付近でのガス分解率を高める必要がある。本発明は、上述した事情を鑑みてなされたもので、高品質なダイヤモンド膜を高効率で合成することのできるダイヤモンド膜の製造装置および製造方法を提供することを目的とするものである。
【0011】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために、本発明にかかるダイヤモンド膜の製造装置は次の構成を有している。すなわち、所定真空度に維持される真空容器と、互いに対向するように前記真空容器内に配置された正極および負極と、前記正極および負極に電気接続し、該正極および負極との間の空間にアーク放電を起こすべく所定の電力を供給するアーク放電用電源と、前記アーク放電に少なくとも水素及び炭素を含有する原料ガスを供給してガスプラズマを発生させ、該ガスプラズマをその下流に配置された基板に吹きつけるガス供給手段と、前記ガスプラズマが発生する領域側と前記基板側との間において前記基板から所定の距離離間して配置されるプラズマ電流用正電極と、前記原料ガスの分解を促進すべく前記プラズマ電流用正電極から前記ガスプラズマ中に所定の電流を流すためのプラズマ電流用電源とを備え、前記プラズマ電流用正電極を前記基板から離間させる所定の距離は、前記プラズマ電流用電源により前記ガスプラズマ中に流される電流に起因して前記基板の温度が上昇するのが防止される値に予め設定されているものであり、前記プラズマ電流用電源によって前記ガスプラズマ中に流される所定の電流は略20A以上の値に予め設定されていることを特徴としている。
【0012】また、本発明にかかるダイヤモンド膜の製造方法は、少なくとも水素及び炭素を含有する原料ガスをアーク放電に流すことによりガスプラズマを発生し、該ガスプラズマをその下流に配置する基板に吹きつけることにより該基板上にダイヤモンド膜を析出形成する方法において、前記ガスプラズマが発生する領域側と前記基板側との間において前記基板から所定の距離離間してプラズマ電流用正電極を配置し、前記プラズマ電流用正電極と前記ガスプラズマが発生する領域側との間に略20A以上の電流を流すために該プラズマ電流用正電極が高電位となる電界を印加するようにしたことを特徴としている。
【0013】
【実施例】以下、本発明を図に示す実施例に基づいて説明する。図1は本発明第1実施例の製造装置の断面構造図である。
【0014】図1において、プラズマジェットガン1,窒化ボロンよりなるリング状の絶縁体40,銅よりなるリング状の正電極31,基板2及び銅から成る基板支持台3は、5Torr〜5気圧の範囲内の所定の圧力に維持される真空容器5内に設けられている。
【0015】プラズマジェットガン1は、一端が鋭角に形成された先端部7aと他端がフランジ部7bとに形成されたタングステンよりなる棒状電極7を軸として、フランジ部7b側から銅よりなる電極冷却部8,テフロンよりなるガス導入部9および銅よりなるシリンダ状電極10が設けられている。電極冷却部8およびシリンダ状電極10には、中空である中空部108,110が設けられている。そして、シリンダ状電極10に接続された冷却水パイプ14より供給される冷却水がシリンダ状電極10の中空部110から冷却水パイプ14aに流れ出る。同様に、電極冷却部8に接続された冷却水パイプ15より供給される冷却水が電極冷却部8の中空部108に供給され、電極冷却部8に接続される冷却水パイプ15aより排出される。この冷却水によって棒状電極7とシリンダ状電極10との間に生ずるアーク放電の熱による両電極の損耗が防がれる。ガス導入部9には、原料ガス導入パイプ16が設けられており、さらに、このガス導入パイプ16より供給されたガスを棒状電極7の先端部7aに送るようにする開口部が棒状電極7の一端側において構成されている。
【0016】さらに、棒状電極7とシリンダ状電極10の間でアーク放電を起こすために、棒状電極7とシリンダ状電極10とはアーク放電用電源17に接続されている。なお、このアーク放電用電源17は、アーク放電を効果的に発生させるために、鋭角に形成された先端部7aを有する棒状電極7側を負電位にするように接続されている。また、シリンダ状電極10においてそのガス導入部9と反対側の面には、ガスプラズマを絞ることによりプラズマジェットガスとするプラズマ噴出口18が設けられている。そして、このプラズマ噴出口18と連通してプラズマ通過口を構成するリング状絶縁体40及びリング状正電極31が設けられている。また、プラズマ噴出口18には、炭素源ガス導入口19が設けられている。
【0017】このリング状正電極31はプラズマ噴出口18下流においてプラズマジェットガスが最大径Cとなる位置又はその近傍に配置されており、その配置設定はリング状絶縁体40の長さによって与えられている。そして、これら窒化ボロンよりなるリング状絶縁体40及び銅よりなるリング状正電極31のリング内径は各々プラズマ噴出口18より大きな径に設定されており、特にリング状正電極31のリング内径Aはプラズマ噴出口18の内径Bに対して後述するようにA≦5Bとなる関係になるように決められている。そして、棒状電極7とこのリング状正電極31との間にはプラズマ電流用電源21が電気接続してある。これは、棒状電極7と該リング状正電極31の間に電界を印加し、リング状正電極31から棒状電極7へプラズマ中を介して所定値以上の電流を流すようにするためである。
【0018】なお、リング状正電極31には中空である中空部112が設けられ、該中空部112には冷却水導入パイプ32より冷却水が供給されて冷却水パイプ32aへ排出される。この冷却水によってリング状正電極31は冷却され、棒状電極7とリング状正電極31との間に流れる電流によるリング状正電極31の加熱は抑制されて該加熱によるリング状正電極31の損耗は防がれる。
【0019】プラズマ噴出口18の下流にはこれらリング状絶縁体40及びリング状正電極31を介して基板支持台3が設定されており、該基板支持台3には基板2が配置されている。この基板支持台3は、基板を所定温度(本実施例では約800℃)に維持するために冷却水パイプ20より冷却水が供給され、冷却水パイプ20aより排出できるよう中空となっている。これは、プラズマ噴出口18より噴き出されるプラズマジェットの気体温度が数千〜数万度に達してしまうため、基板温度をダイヤモンドの合成域である600〜1100℃にするために基板2を冷却する必要があるからである。また、基板支持台3は接地されており、基板2の電位を接地電位としている。
【0020】なお、リング状正電極31と基板2間の距離が10〜100mmであり、かつガスプラズマが発生する領域側とリング状正電極31との間が5〜100mmであれば、ダイヤモンドの合成は可能であり、本実施例においてはプラズマ噴出口18と基板2との間の距離を40mmとし、高純度のダイヤモンドの析出を行うべくリング状正電極31は基板2上20mmの距離をおいてプラズマ噴出口18と同心軸上に設置している。
【0021】次に、本実施例のダイヤモンド膜の合成方法を説明する。まず初めに、真空容器5内を排気した後、電離度の高い第0族のガスであるアルゴンをガス導入パイプ16からプラズマジェットガン1に導入し、かつ真空容器5内圧力を40Torrに設定する。その後、アーク放電用電源17により棒状電極7(負極)とシリンダ状電極10(正極)との間にアーク放電を発生させる。アーク放電を発生させるにはこれら棒状電極7とシリンダ状電極10との間に高周波を重畳させるかイグナイタ等で火花放電を発生させてその後アーク放電に移行させるようにすればよい。なお、本実施例では、アーク放電は電圧40Vで電流60Aの条件としている。
【0022】放電が安定したところで、このアーク放電にガス導入パイプ16より、プラズマ源ガスとしてアルゴン50vol%,H2 50vol%の混合ガスを毎分12リットルの流量で流しガスプラズマとし、このガスプラズマをプラズマ噴出口18の絞りを通過せしめてプラズマジェットとする。なお、炭素源ガス導入口19からはメタンガス240cc/min と水素ガス60cc/min の混合ガスが導入される。ここで、メタンガスに代表される炭素源ガスとしての炭化水素ガスは、ガス導入パイプ16から導入してもよいが、タングステン電極棒が炭化されて長時間放電が安定しなくなることがあるため、炭化水素ガスは放電部下流にガス導入口を設けてそこから導入するようにするのが望ましい。そして、この炭素源ガス導入口19より導入したメタンガスを上述のプラズマ源ガスのプラズマジェットに吹きつけプラズマジェットガスとする。このとき、本実施例装置ではプラズマジェットガスの最大径Cは略20mmであった。なお、ここで真空容器5内の圧力を40Torrに保つように適当に排気が行われている。
【0023】ここで、棒状電極7とリング状正電極31の間には、直流電源であるプラズマ電流用電源21により電界が印加されている。本実施例では電圧として60Vを印加しており、プラズマ中に20A以上の電流,例えば電流値40Aを流している。また、基板支持台3は接地されて基板2の電位は接地電位とされている。
【0024】この状態で、赤紫色のプラズマジェットガスを基板2に吹きつけることにより基板2上にダイヤモンドが析出形成される。なお、本実施例ではプラズマ中心部の温度は3000℃以上であり、またガン内部の放電部はそれ以上に上昇している。
【0025】実際に以上の条件で30分合成を行った基板2の表面付着物の評価結果について説明する。なお、基板2としてはタングステン金属板を用い、表面にはあらかじめ研磨により微細な傷がつけ、ダイヤモンド膜が合成し易いようにしてある。そして、基板2上付着物の観察にはラマン分光装置と電子顕微鏡を用いた。図2(a)に本実施例におけるラマンシフトとピーク高さの関係を示す。また、同図(b)には比較のために図1に示す構成において、プラズマ電流用電源21により電界を印加しなかった場合のラマンシフトとピーク高さの関係を示す。
【0026】このラマンスペクトルからは、図2(a)に示すように、ラマンシフトが1333cm-1付近のダイヤモンドの存在を示すラマンピークが確認された。また、図2(b)ではこのラマンスペクトルより、黒鉛無定形炭素,i−カーボン等を示す1400〜1600cm-1のブロードなピークが明らかに現れている。この図2R>2(a),(b)に示される結果から、プラズマ電流用電源21により電界を印加すれば、高純度のダイヤモンド膜を析出形成できるということがわかる。なお、電子顕微鏡の観察でも結晶粒子像が確認されており、結晶形もマイクロ波プラズマCVD法で合成されたダイヤモンド粒子と同様の形態を示している。
【0027】また、ダイヤモンド膜の合成速度については、従来知られているマイクロ波プラズマCVDを用いて行ったダイヤモンド合成実験では、0.3μm/hの合成速度であったのに対し、本実施例の合成法では100μm/hと十分に速い合成速度にて合成できている。
【0028】次に、上記実施例のように、棒状電極7とリング状正電極31との間にプラズマ電流用電源21にて電界を印加してプラズマに電流を流すことにより、高純度のダイヤモンド膜が速い合成速度にて析出形成できるようになる理由について、本発明者等の考察結果をもとに、以下に説明する。
【0029】アーク放電を利用したダイヤモンド膜の合成法は、アーク放電の熱エネルギーによりガスを十分に分解してダイヤモンド膜を合成する方法であり、使用ガスは一般には炭化水素と水素である。ガスの役割を考えると炭化水素はプラズマ分解により分解しダイヤモンド,グラファイト,無定形炭素,i−カーボンを生成する。一方、水素はプラズマ分解により分解し、水素ラジカル,水素イオン等になると考えられる。この水素ラジカルは還元力が大きいため、例えば炭素を還元してメタン等に気化する働きがある。つまり、炭化水素がプラズマ分解することにより発生するダイヤモンド,グラファイト,無定形炭素,i−カーボン等を水素ラジカルが還元するのである。
【0030】ここで、上記ダイヤモンド,グラファイト,無定形炭素,i−カーボンに対する水素ラジカルの還元能力,即ち除去能力はそれぞれに対して異なり、ダイヤモンドに対する除去能力は他のグラファイト,無定形炭素,i−カーボンに対する除去能力に比べ格段に低い。したがって、プラズマ分解によるダイヤモンド合成では、水素ラジカルによりダイヤモンド以外のグラファイト,無定形炭素,i−カーボン等が見かけ上選択的に除去され、ダイヤモンドのみが合成されることになるのである。
【0031】したがって、ダイヤモンドの合成速度および純度を向上させるには、炭化水素の導入量を増加させるだけではなく、水素及び炭化水素の分解(解離)を向上させる必要がある。例えば、統計力学により気体温度に対する水素の解離率を計算すると、図4に示すグラフのようになる。このグラフより、例えば熱フィラメント法の様に2千数百゜K程度では水素は数%も解離していない。水素を高解離させるには少なくとも3千゜K以上の気体温度が必要である。ここで、アーク放電は、数Torrから数気圧の圧力範囲で発生し、対向電極間の電位差が数十V程度と低いかわりに空間中を高密度の電流が流れる放電であり、数千から数万゜Kの気体温度が得られるため水素を十分に解離できると考えられる。
【0032】そして、棒状電極7とリング状正電極31との間にプラズマ電流用電源21にて電界を印加することにより、ガスプラズマ中を流れる電子がリング状正電極31側に加速され、その電子のエネルギーが大きくなる。そして、この電子が水素及び炭化水素に衝突することにより、そのエネルギーを水素及び炭化水素が吸収する結果、水素及び炭化水素が分解,解離し易くなり、しいては高純度のダイヤモンド膜を高速で析出形成できるようになるものと考えられる。
【0033】ここで、電流を流すのはプラズマ中であり、その値が大きい程析出形成されるダイヤモンド膜の純度,合成速度は向上する。ところで、プラズマ中を流す電流を大きくすると、加速された電子が基板2に到達して基板温度を上述したダイヤモンドの合成域である600〜1100℃より上昇させることが考えられるが、本実施例では基板電位を接地電位としており、基板2側よりリング状正電極31に正電流が流れることで基板温度を上昇させることはない。
【0034】また、プラズマ中を流す電流量が少ない場合、水素解離に係わる電子も少なくなり水素解離に対する効果が小さくなる。その場合、リング状正電極31を基板2に近づけることにより基板近傍で水素解離を行うようにすることが考えられるが、図6に示すように、リング状正電極31を基板2に近づけると水素解離が向上される反面、基板温度が上昇して上述の如くダイヤモンド以外のグラファイト等の不純物炭素の生成が急増されてしまうことが危惧される。なお、図6は、プラズマ中に40Aの電流を流した場合において、リング状正電極31と基板2間の距離を変化させた時の基板温度の変化、及び基板2上5mmでの水素の解離状態の変化を示すものである。
【0035】本発明者等はリング状正電極31を基板2に近づけることによるのではなく、プラズマ中に流す電流量をダイヤモンド膜が高純度に生成するのに最適な範囲となるように設定することに着目し、実験的考察を重ねた結果、プラズマ中に20A以上の電流を流すと高純度のダイヤモンド膜が生成されることをつきとめ、プラズマ噴出口18より噴出されたプラズマジェットガスに対して配置されたリング状正電極31の位置に応じて、該リング状正電極31とプラズマ噴出口18との間における該プラズマジェットガスの最大径をD(D≦C;Cはプラズマジェットガスの最大径)とした時、電流密度として略20/D2 以上とすればよいことを見出した。図5にその関係を表す特性図を示す。
【0036】図5は、リング状正電極31と棒状電極7の間に流す電流量を変化させた時の合成したダイヤモンド膜の熱拡散率(ダイヤモンド膜の純度に相当)の変化、及び基板2上5mmでの水素の解離状態の変化を示すものである。なお、水素の解離状態は発光分光分析を用いて水素ラジカルの発光強度として表している。図5からわかるように、電流量が増加するに伴って水素解離は促進され、その結果ダイヤモンド膜の純度も向上されている。しかも、リング状正電極31よりプラズマ中に流す電流が略20A以上となると、ダイヤモンドの純度が格段に向上しているのがわかる。上記実施例ではプラズマジェットガスの最大径は略20mmであり、リング状正電極31をほぼこのプラズマジェットガスが最大径となる位置に配しているため、少なくとも5A/cm2 以上の電流密度とすれば合成されるダイヤモンドの純度は格段に向上される。
【0037】次に、本実施例においてリング状正電極31のリング内径Aをプラズマ噴出口18の内径Bに対してA≦5Bと規定している理由について説明する。リング状正電極31は、本実施例において、そのリング内に原料ガスのプラズマジェット柱を通すように該プラズマジェット柱が最大径となる位置またはその近傍に配されており、該プラズマジェット柱に電子を多量に流すことを目的とするものである。ここで、リング状正電極31のリング内径がプラズマ噴出口18の内径の5倍より大きくなると、合成されるダイヤモンド膜の合成速度及び熱拡散率(ダイヤモンド膜の純度に相当)は急激に低下してしまう。即ち、リング状正電極31のリング内径Aとプラズマ噴出口18の内径Bとの間には、A≦5Bというプラズマ中に多量の電子を流すのに適する相関関係があり、リング状正電極31のリング内径がこの相関関係を越えて大きく設定されるとプラズマ中に電子を流すのが困難となり、本実施例においてリング状正電極31を設けてプラズマジェット柱に電子を多量に流し原料ガスの分解を促進することが困難となるためである。
【0038】以上、本発明を上記第1実施例を用いて説明したが、本発明はそれに限定されることなくその趣旨を逸脱しない限り、種々変形実施可能である。図7には本発明第2実施例のダイヤモンド膜製造装置を示す。上記第1実施例はプラズマ中に電流を流すプラズマ電流用正電極としてリング状のリング状正電極31を使用するものであったが、図7に示す本実施例の如く、単なる棒状の棒状正電極311を使用するようにしてもよい。
【0039】また、図8に示す本発明第3実施例のように、プラズマ電流用正電極として少なくとも2つの電極からなる対向電極型正電極312を使用するようにしても勿論よい。
【0040】さらに、上記種々の実施例ではプラズマ電流用電源21の負(低)電位側を棒状電極7に接続しているが、シリンダ状電極10側に接続しても良い。また、上記第1実施例ではリング状正電極31を絶縁体40を介してプラズマジェットガン1に接続構成したものを示したが、リング状正電極31はプラズマ噴出口18から絶縁されておればよく、絶縁体40を省いてプラズマ噴出口18と基板2との間の空間に保持するようにしてもよい。さらに、上記種々の実施例では基板2を接地電位とするものであったが、これは基板に電子が到達することが原因で基板温度が上昇してしまうのを防止できればよく、他にプラズマ電流用正電極と同電位とする,或いは該プラズマ電流用正電極が基板より高電位となるように該基板をプラズマ電流用正電極より低電位とする電源を基板保持台に接続するようにしてもよい。
【0041】
【発明の効果】以上述べたように、本発明によれば、ガスプラズマを発生する領域側と基板上方に配置したプラズマ電流用正電極間に該電極側を高電位としてプラズマ中に電子を流すようにしているために、原料ガスの分解を著しく向上させる,また再結合した原料ガスを再分解させることができる。そして、プラズマ中に流す電流量の下限値を設定するようにしているため、該プラズマ電流用正電極を基板方向に近づけなくとも基板近傍におけるガスの分解率を十分高めることができ、合成速度を速くした上で高品質なダイヤモンド膜を高効率で合成することができるという優れた効果が奏される。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明第1実施例のダイヤモンド膜製造装置の断面図である。
【図2】ラマンシフトとピーク高さとの関係を示す特性図で、図(a)は上記第1実施例により合成した試料の特性図、図(b)は上記第1実施例においてリング状正電極からガスプラズマ中に電流を流さない場合に合成した試料の特性図である。
【図3】プラズマ噴出口から基板方向への水素(H)ラジカルスペクトル強度の分布を示す特性図である。
【図4】気体温度に対する水素の解離度を示す特性図である。
【図5】上記第1実施例において、プラズマ中に流す電流量を変化させた時の合成したダイヤモンド膜の熱拡散率の変化、及び基板上5mmの位置での水素の解離状態の変化を示す特性図である。
【図6】上記第1実施例において、リング状正電極と基板間の距離を変化させた時の基板温度の変化、及び基板上5mmの位置での水素の解離状態の変化を示す特性図である。
【図7】本発明第2実施例のダイヤモンド膜製造装置の断面図である。
【図8】本発明第3実施例のダイヤモンド膜製造装置の断面図である。
【符号の説明】
1 プラズマジェットガン
2 基板
3 基板支持台
5 真空容器
7 棒状電極
10 シリンダ状電極
16 ガス導入パイプ
17 アーク放電用電源
18 プラズマ噴出口
19 炭素源ガス導入口
21 プラズマ電流用電源
31 リング状正電極
40 リング状絶縁体

【特許請求の範囲】
【請求項1】 所定真空度に維持される真空容器と、互いに対向するように前記真空容器内に配置された正極および負極と、前記正極および負極に電気接続し、該正極および負極との間の空間にアーク放電を起こすべく所定の電力を供給するアーク放電用電源と、前記アーク放電に少なくとも水素及び炭素を含有する原料ガスを供給してガスプラズマを発生させ、該ガスプラズマをその下流に配置された基板に吹きつけるガス供給手段と、前記ガスプラズマが発生する領域側と前記基板側との間において前記基板から所定の距離離間して配置されるプラズマ電流用正電極と、前記原料ガスの分解を促進すべく前記プラズマ電流用正電極から前記ガスプラズマ中に所定の電流を流すためのプラズマ電流用電源とを備え、前記プラズマ電流用正電極を前記基板から離間させる所定の距離は、前記プラズマ電流用電源により前記ガスプラズマ中に流される電流に起因して前記基板の温度が上昇するのが防止される値に予め設定されているものであり、前記プラズマ電流用電源によって前記ガスプラズマ中に流される所定の電流は略20A以上の値に予め設定されていることを特徴とするダイヤモンド膜の製造装置。
【請求項2】 前記プラズマ電流用正電極の電位は前記基板と同電位,あるいは該基板電位より高電位とされていることを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド膜の製造装置。
【請求項3】 前記プラズマ電流用正電極はリング形状であり、そのリング内を通して前記ガスプラズマを前記基板に吹きつけるようにしたことを特徴とする請求項1又は2に記載のダイヤモンド膜の製造装置。
【請求項4】 少なくとも水素及び炭素を含有する原料ガスをアーク放電に流すことによりガスプラズマを発生し、該ガスプラズマをその下流に配置する基板に吹きつけることにより該基板上にダイヤモンド膜を析出形成する方法において、前記ガスプラズマが発生する領域側と前記基板側との間において前記基板から所定の距離離間してプラズマ電流用正電極を配置し、前記プラズマ電流用正電極と前記ガスプラズマが発生する領域側との間に略20A以上の電流を流すために該プラズマ電流用正電極が高電位となる電界を印加するようにしたことを特徴とするダイヤモンド膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【特許番号】特許第3047488号(P3047488)
【登録日】平成12年3月24日(2000.3.24)
【発行日】平成12年5月29日(2000.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−58827
【出願日】平成3年3月22日(1991.3.22)
【公開番号】特開平4−295092
【公開日】平成4年10月20日(1992.10.20)
【審査請求日】平成9年9月4日(1997.9.4)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)