説明

ダイヤモンド被覆電極及びその製造方法

【課題】 十分に抵抗が低く、且つダイヤモンドの膜質を悪くせず、ダイヤモンド膜と基板間の膜密着力、電解耐剥離性が強いダイヤモンド被覆電極、およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 基板上に導電性ダイヤモンドの層を被覆した電極であって、前記基板が絶縁体によって形成されており、ダイヤモンド中のホウ素濃度が100〜10000ppmであり、タングステン濃度が、1〜100000ppmであることを特徴とするダイヤモンド被覆電極。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気分解による物質の分解、溶液液内の物質の検出、あるいは溶液中に物質を生成する等の電気化学反応を利用した処理を行うために用いられる電極に関し、特に、最表面が導電性ダイヤモンドで被覆された電極に関する。
【背景技術】
【0002】
気相合成ダイヤモンドは、天然のものや超高圧下で得られる人工の単結晶ダイヤモンドに比べ、比較的大面積の多結晶ダイヤモンドが安価で得られる手法として公知であり、工具、電子部品のヒートシンク、光学部品用途に利用されている。成膜方法としては、マイクロ波プラズマCVD、熱フィラメントCVD、DCアークジェットプラズマCVD等が知られている。通常、これらの手法によって得られるダイヤモンドは電気的に絶縁性を示すものであるが、成膜中に不純物を添加することによって導電性を付加することができる。このような導電性ダイヤモンドは特に気相による単結晶ダイヤモンド成長において、以前から半導体、電子部品用途に研究、開発されているが、近年では気相合成法による多結晶ダイヤモンドに導電性を付与したものが、特に水処理用電極として注目されている。
【0003】
水処理用のダイヤモンド電極は、大量の水を処理するため、大型の電極に大電流を流す、というような状況で使われる。従って、処理の効率を上げるためには、電極の最表面であるダイヤモンド層の電気抵抗は小さいことが重要である。
【0004】
特許文献1には、基板上にダイヤモンド層を形成してなる電極に関し、ダイヤモンド層を、ホットワイヤCVD法(熱フィラメントCVD法)により、ホウ素源としてトリメチルボレート(B(OCH))を用いてダイヤモンド中にホウ素を添加すること及びそのホウ素含量は10〜10000ppm、好ましくは10〜2000ppm、より好ましくは5〜1000ppmであることが記載されている。
非特許文献1には、シリコン基板およびニオブ基板上に成膜した導電性ダイヤモンドを用いて電解試験を行った際、溶液や電解条件によっては基板の腐食摩耗、ダイヤモンド膜の剥離などによりダイヤモンド電極の耐久性が不十分であることが記載されている。
【0005】
ダイヤモンド電極として重要なことは、大面積のダイヤ被覆が可能であること、電極としての電力効率の観点からダイヤ層の電気抵抗が小さいことが重要である。また、電極として大面積の基板上に導電性ダイヤモンドを成膜した際、導電性ダイヤモンドと基板の間で発生する応力による剥離や、電解腐食等の腐食性の環境や、高電位、高電流密度の過酷な状況下に耐え得る強固な膜の物理的・化学的強度および密着力が求められる。
【0006】
しかし、特許文献1において、多量にホウ素を添加すると、レドックスウィンドーが小さくなるために添加量は上げられないことが指摘されている。同様のことは特許文献2においても言及されており、多量のホウ素を添加することでダイヤモンドの膜質が悪くなり、ダイヤモンド特有の性質が得られなくなるとしている。よって、ホウ素の添加量を適当にコントロールすることが必要である。
【特許文献1】特開2000−313982号公報
【特許文献2】特開平9−13188号公報
【非特許文献1】第26回電解技術検討会一ソーダエ業技術討論会予稿集、P1−P4
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、導電性ダイヤモンド被覆電極において、ホウ素およびタングステンの添加量を適当な範囲に制御することによって、十分に抵抗が低く、且つダイヤモンドの膜質を悪くしないダイヤモンド被覆電極、およびその製造方法を提供するものである。
また、ダイヤモンド膜と基板との密着性、電解時の耐剥離性を十分に高めることにより、高性能・高耐久なダイヤモンド被覆電極、およびその製造方法を提供することを目的としている。
より詳細には、本発明は、基板材料に絶縁体を用い、好ましくは熱膨張係数を限られた範囲内に限定することによりダイヤモンド膜と基板の間の応力を低減して十分な密着力を確保し、また電解時においても基板からの電気化学的な膜剥離を防ぐダイヤモンド被覆電極およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討した結果、以下のダイヤモンド被覆電極とすることにより上記課題が解決されることを見出した。即ち、本発明は以下のとおりである。
(1)基板上に導電性ダイヤモンドの層を被覆した電極であって、前記基板が絶縁体によって形成されており、ダイヤモンド中のホウ素濃度が100〜10000ppmであり、タングステン濃度が、1〜100000ppmであることを特徴とするダイヤモンド被覆電極。
【0009】
(2)前記基板が、酸化物、窒化物、炭化物のうち少なくとも1種類であることを特徴とする前記(1)に記載のダイヤモンド被覆電極。
(3)前記基板が、セラミックス焼結体であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載のダイヤモンド被覆電極。
(4)前記セラミックス焼結体が、窒化ケイ素、炭化ケイ素、窒化アルミニウム、ムライト、コージライト、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化チタンのうち少なくとも1種類を含むものであることを特徴とする前記(3)に記載のダイヤモンド被覆電極。
(5)前記ダイヤモンドが、多結晶CVDダイヤモンドであることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
(6)前記多結晶CVDダイヤモンドが、熱フィラメントCVDによって作製されたものであることを特徴とする前記(5)に記載のダイヤモンド被覆電極。
【0010】
(7)前記基板の熱膨張係数が、1.5×10-6〜8.0×10-6であることを特徴とする前記(1)〜(6)のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
(8)前記基板の熱膨張係数が、2×10-6〜5.0×10-6であることを特徴とする前記(7)に記載のダイヤモンド被覆電極。
(9)前記ダイヤモンドの層を成膜する基板のダイヤモンド被覆面の表面粗さが、Raで0.2〜5.0μmであることを特徴とする前記(1)〜(8)のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
(10)前記セラミックス焼結体のダイヤモンドの層を被覆する面の成形と加工がセラミックス焼結体を焼結する前に施されており、焼結後には機械的な加工が施されていないことを特徴とする前記(3)〜(9)のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
(11)前記セラミックス焼結体のダイヤモンドの層を被覆する面の成形と加工がセラミックス焼結体を焼結した後に施されており、加工後に熱処理を行っていることを特徴とする前記(3)〜(9)のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
(12)前記加工が、少なくともフライス加工、ブラスト加工、および研削加工のいずれかであることを特徴とする前記(10)または(11)に記載のダイヤモンド被覆電極。
【0011】
(13)前記ダイヤモンドの層のX線回折測定における(111)方向のピーク強度が(220)方向のピーク強度の3倍以上10倍以下であり、(220)方向のピーク強度が(311)方向のピーク強度の1.2倍以上であることを特徴とする前記(1)〜(12)のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
(14)前記ダイヤモンドの層のX線回折測定を行った際に、(111)を示すピークの半値幅が0.3〜0.5であることを特徴とする前記(1)〜(13)のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
(15)前記ダイヤモンドの層のラマン分光測定を行った際に、1300〜1380cm-1の平均強度が1100〜1700cm-1の平均強度の3倍以下であることを特徴とする前記(1)〜(14)のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
(16)前記(1)〜(16)のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極を用い、電気化学反応を利用して、溶液中の物質を分解することを特徴とする電極を使用した電気分解方法。
【0012】
(17)真空容器中に試料台と、ホウ素と酸素を元素成分として含んだ液体が充填された容器を配置し、試料台の近傍にタングステンフィラメント線を配置し、試料台の上に基板を配置し、真空容器を真空排気した後、水素および炭素源となるガスを所定の混合比で導入して所定の圧力とした後、ホウ素と酸素を元素成分として含んだ液体が充填された容器内の入口よりキャリアガスを導入して出口よりホウ素と酸素を元素成分として含んだ液体の蒸気を前記真空容器内に導入し、該フィラメントに電流を流して熱し、試料台を冷却し冷却効率を調整することで前記基板を所定の温度とし、基板の表面に少なくともホウ素とタングステンが添加されたダイヤモンド膜を堆積させ、ダイヤモンド被覆電極を製造する方法において、前記フィラメント線が0.1mm〜0.4mmφの線径のものであって、フィラメントと基板の平均間隔が4mm〜10mmであり、ガス圧力が0.6kPa以上、7kPa以下であり、フィラメント温度が2000℃以上、2300℃以下であることを特徴とする前記(1)〜(15)のいずれか1項に記載のダイヤモンド被覆電極の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、基板と基板上に成膜されたホウ素ドープ導電性ダイヤモンドとの複合電極において、基板が絶縁体であり、かつ好ましくは熱膨張係数が1.5×10-6〜8.0×10-6であり、前記ホウ素の添加量が100〜10000ppmであり、タングステン濃度が1〜100000ppmであることによって、十分に抵抗が低く、且つダイヤモンドの膜質を悪くしないものであり、ダイヤモンド膜と基板間の膜密着力、電解耐剥離性が強いダイヤモンド被覆電極を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
ダイヤモンドは一般には絶縁体であるが、ホウ素等の不純物を添加することにより導電性を付与することができる。ダイヤモンドを人工的に生成させる手法としては高温高圧法と気相合成法(CVD法)に大別され、大面積のダイヤモンドを得るためには後者のCVD法が一般に用いられる。気相合成法によって大面積のダイヤモンド膜を得る方法としては、プラズマCVD法、熱フィラメントCVD法、プラズマジェットCVD法等が広く知られている方法である。
【0015】
熱フィラメントCVD法は、ダイヤモンド真空容器中に試料台と、その近傍にタングステンフィラメント線を配置し、試料台の上に試料を配置し、真空容器を真空排気した後、水素および炭素源となるガスを所定の混合比で導入し所定の圧力とした後、該フィラメントに電流を流して熱し、試料台を水冷するなどの方法で冷却効率を調整することで試料を所定の温度とし、試料の表面にダイヤモンド膜を堆積させることができる。
【0016】
この方法を用いて、導電性のダイヤモンドを得る場合には、ホウ素を添加すると良い。ホウ素の添加方法としては、例えば試料およびフィラメントの近傍にホウ酸を置く、といった単純な方法や、ジボランガスを導入する、という方法がある。しかし、前者の方法ではホウ素の添加量の多量にかつ調整することが難しく、また後者の方法では危険なガスを用いるため特別な安全対策を必要とする、などの問題がある。
【0017】
ホウ素を多量に、かつ安定的に添加する方法としてはホウ素、酸素を含む液体が容器内に充填されており(以下「B源容器」と呼ぶ)、この容器をバブラーとしてCVD容器内に導入する、という方法がある。この場合のホウ素、酸素を含む液体とは、ホウ酸をメタノールとアセトンを混ぜた溶液中に溶かしたものであっても良いし、ホウ酸トリメチル、あるいはホウ酸トリエチルであっても良い。この方法は適温に調整されたB源バブリング容器中に例えばArなどの不活性ガスによってバブリングすることで容器中のB源を蒸発させ、その蒸気を真空反応容器内に導入する方法である。蒸発した後は配管の途中に流量計を設置することでAr+B源ガスの混合ガスの流量を調整することができる。
【0018】
したがって、本発明のホウ素ドープの導電性ダイヤモンド被覆電極は、真空容器中に試料台と、ホウ素と酸素を元素成分として含んだ液体が充填された容器を配置し、試料台の近傍にタングステンフィラメント線を配置し、試料台の上に基板を配置し、真空容器を真空排気した後、水素および炭素源となるガスを所定の混合比で導入して所定の圧力とした後、ホウ素と酸素を元素成分として含んだ液体が充填された容器内の入口よりキャリアガス(例えばArなどの不活性ガス)を導入して出口よりホウ素と酸素を元素成分として含んだ液体の蒸気を前記真空容器内に導入し、該フィラメントに電流を流して熱し、試料台を冷却し冷却効率を調整することで前記基板を所定の温度とし、基板の表面に少なくともホウ素とタングステンが添加されたダイヤモンド膜を堆積させ、ダイヤモンド被覆を作製する方法で得ることができる。この時、フィラメントの線径、フィラメントと基板の平均間隔、ガス圧、フィラメント温度は以下の範囲であることが好ましい。
【0019】
フィラメントの線径は細すぎると、断線しやすく、炭素源を励起するために十分に電力をかけることができない。また、太すぎると、電力消費が大きく、大面積にするには電力消費量が大きい。したがって0.1mm〜0.4mmφの線径のものが好ましい。
フィラメントと基板の平均間隔は、近すぎると成膜時の膜ムラが発生しやすく、遠すぎると、成膜速度が遅くなってしまう。したがって、フィラメントと基板の平均間隔が4mm〜10mmが好ましい。
ガス圧力は小さすぎると、成膜速度が遅くなってしまい、大きすぎると、膜ムラが起こりやすい。したがって、ガス圧は0.6kPa以上、7kPa以下が好ましい。
フィラメント温度は低すぎると、ダイヤモンドが生成しにくく、成膜速度が遅くなる。また、高すぎると、非晶質炭素が生成しやすく、品質の良いダイヤを生成しにくい。したがって、フィラメント温度は2000℃以上、2300℃以下が好ましい。
【0020】
しかし、熱フィラメントCVD法では、条件によってはホウ素が多量に添加された生成物が、ダイヤモンド構造が崩れた無定形炭素となることがある。例えば、添加するホウ素の量が10000〜100000ppmといった高濃度となる場合、ダイヤモンドが無定形炭素となる場合がある。また、膜状の生成物が部分的にダイヤモンド構造の部分と無定形炭素が混在するような状態となることもあり、作製条件によって得られるダイヤモンドの質が変化し、安定に導電性ダイヤモンドを得ることができない場合がある。
【0021】
添加するホウ素の量を100〜10000ppmに制御することにより、ダイヤモンドの質の低下を抑えることができ、明確なダイヤモンド構造を保った緻密で連続した膜を得ることができる。この方法により、電気抵抗が十分に低く、かつ膜質の良いダイヤモンド膜を得ることができる。ホウ素を該添加量分だけ添加するには、合成時のホウ素の添加量を調整することにより可能である。
【0022】
また、ダイヤモンド中にタングステンまたは炭化タングステンを添加することによってダイヤモンドの結晶性を良くすることができることを見出した。その際のタングステンの添加量は1〜100000ppmであることが望ましい。
熱フィラメント法で、タングステンフィラメントを用いた場合に、ダイヤモンド中にタングステンを添加することができる。添加量の調整は、反応中のタングステンフィラメント温度、基板の温度等を調整することで可能となり、例えば、フィラメント温度を2000〜2300℃、基板温度を800℃〜1100℃とすることにより、タングステン添加量を範囲内にすることができる。
タングステン量が少なすぎると、結晶性の良いダイヤモンドが生成されず、非晶質炭素も生成しやすい。また、多すぎると、ダイヤモンド中の不純物濃度が多くなり、結晶性が悪くなる。
【0023】
また、電極として電気化学反応に用いる場合においてダイヤモンド膜の基板からの耐剥離性を高めるために、基板が絶縁体であることが必要である。ここでの絶縁体とは、抵抗率が105Ω・cm以上であることとする。基板が導電性の場合、ダイヤモンド膜に存在するピンホール、粒界の隙間などからの液の浸入が、基板に対して電気化学的に作用することによって、ダイヤモンド膜の剥離が発生する。
基板の抵抗率の測定は、高抵抗基板ではリング電極方式で行い、低抵抗基板では、4端子4探針法で測定する。
【0024】
導電性ダイヤモンド膜を被覆する基板の材質は酸化物、窒化物、炭化物の中から少なくとも1つ以上を含むものであることが望ましい。さらに基板はセラミックス焼結体であることが望ましく、前記絶縁体基板の材質は窒化ケイ素、炭化ケイ素、窒化アルミニウム、ムライト、コージライト、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化チタンの中から少なくとも1つ以上を含むものを混合した材料であることが望ましい。
【0025】
一般にダイヤモンドを成膜するための基板として求められる性質としては、成膜中の基板温度が1000℃近くに達するため、融点が高く、またダイヤモンド膜と基板との熱応力に耐えうること、すなわち、ダイヤモンドとの熱膨張係数の差が大きすぎないことが求められる。また炭素が基板中に拡散しやすい物質でないこと、水素によってエッチングされやすいものでないこと、が必要である。さらに高濃度のホウ素が添加される低抵抗導電性ダイヤモンド膜を成膜する基板としては、前述のような性質に加えて、ホウ素等が多量に添加されることによる応力の発生、基板との密着性の相性などから、前述の基板材料が選出される。
【0026】
この絶縁体基板は熱膨張係数が1.5×10-6〜8.0×10-6であることが望ましい。熱膨張係数がこの範囲よりも小さい場合はダイヤモンドを被覆した際に膜中に引っ張り方向の残留応力が入り、この範囲よりも大きい場合は、圧縮方向の残留応力が入り、成膜後や電解試験時にダイヤモンド膜の割れ、剥離等が発生する。熱膨張係数は、2.0×10-6〜5.0×10-6であることがより好ましい。
本発明における熱膨張係数とは、TMA(熱機械的分析)法で測定した、40〜800℃における平均熱膨張係数をいう。
【0027】
これらの基板材料は、そのダイヤモンド被覆面の触針式における表面粗さがRa:0.2〜5.0μmであることが望ましい。表面粗さが小さい平滑な基板である場合、通常のダイヤモンド膜であれば良好な密着性が保たれる基板材料であっても、本発明のようなホウ素等を多量に添加した導電性ダイヤモンド膜を成膜した場合には剥離することがある。このことにより十分なダイヤモンド膜と基板との密着性を得るためには基板表面が前述の粗さであることが望ましい。
【0028】
導電性ダイヤモンド膜は多結晶体であり、膜中の結晶の配向性はある一定の方向のみを向いているものではなく、ランダムに配向していることが望ましい。具体的にはX線回折測定において、(111)方向のピーク強度が(220)方向のピーク強度の3倍以上10倍以下であり、(220)方向のピーク強度が(311)方向のピーク強度の1.2倍以上であることが望ましい。また、X線回折測定において、(111)を示すピークの半値幅が0.3〜0.5の範囲内であることが望ましい。
【0029】
ダイヤモンド層のラマン分光測定を行った際に、1300〜1380cm-1の平均強度が1100〜1700cm-1の平均強度の3倍以下であることが望ましい。ダイヤモンドピークが鋭くでるものはホウ素の添加量が少なく、実際には抵抗が高いものである。十分にホウ素が添加されているものは、ダイヤモンドの結晶性が良いものであっても、ラマンのピークは鋭くでない。この時の「結晶性が良い」とは、例えば、ダイヤ結晶の自形が明瞭であるもの、また他のダイヤモンド特有の性質、例えば、化学的に安定であって極めて耐食性が高く、電位窓が広いといった性質が保たれていることを示す。
【0030】
前記ダイヤモンド層を成膜する基板としてセラミックス焼結体を用いる場合、該基板のダイヤモンド層成膜面に対する成形・加工は、焼結前に施されており、焼結後には機械的な加工が施されていないことが望ましい。焼結後に加工を施すことにより、基板表面に応力が残留し、このことが基板−ダイヤモンド膜間の密着性を低下させる要因の一つとなることがある。焼結後に加工を行った場合は、加工後に再度熱処理を行うことが望ましい。こうすることにより前述の残留応力が除去され、密着性低下の悪影響を排除することができる。
【0031】
該セラミックス基板の焼結前の表面の加工方法は特に制限しないが、少なくともフライス加工、ブラスト加工、研削加工のいずれかであることが望ましい。いずれの加工方法においても、条件を選ぶことで表面の粗さを調整することができ、ダイヤモンド膜との密着性を調整することが可能となる。特にフライス加工は、焼結後のセラミックスの表面を加工することは難しいものの、焼結前であれば、正確に周期的な凹凸形状を基板表面に施すことが可能となり、他の2法では困難な特徴的な表面形状を得ることができ、ダイヤモンド膜の密着性が高める効果が特に大きい場合があり、好ましい。
【0032】
本発明のダイヤモンド被膜電極は、電気化学反応を利用して溶液中の物質を分解する電気分解法に用いることができる。
【実施例】
【0033】
(実施例1)
表1に示すようないくつかの種類の製法を用いて試料1−1〜1−11のダイヤモンド被膜電極を作製した。ダイヤモンド成膜方法としてはマイクロ波プラズマCVD法と熱フィラメントCVD法とを用いた。添加不純物としてはホウ素を用いた。基板として表1記載の熱膨張係数及び表面粗さを有する75mm角のSi基板を用い、この上に導電性の多結晶ダイヤモンド膜を成膜した。ダイヤモンド成膜条件としては、共通条件として、圧力2.5kPa、導入ガスとして水素、メタン、Ar+ホウ酸トリメチルを用い、それぞれの混合比(容量比)を1000:20:1〜10とした。ホウ酸トリメチルは、液体状のホウ酸トリメチルを充填した容器内にArをバブリングすることにより装置内に導入した。基板温度は850℃とした。プラズマCVDの条件は投入電力5kWとし、熱フィラメントCVDの条件としては、0.2mmφのダングステンフィラメントを用い、フィラメント温度2100℃とし、基板−フィラメント間隔を5mmとした。
【0034】
得られたダイヤモンド膜それぞれについて、ホウ素およびタングステンの添加量を測定した。測定には二次イオン質量測定法を用いた。また、ダイヤモンド膜の電気抵抗を測定した。また、電位窓の測定を行った。電位窓を測定する時は、外周部を絶縁樹脂で覆い、電極露出領域を50mm角として用いた。
【0035】
【表1】

【0036】
熱フィラメントCVD法を用い、ホウ素の添加量が、100ppm〜10000ppmであり、タングステンの添加量が1ppm〜100000ppmである1−2,3,4,7,8,9は、電気抵抗が低く、電位窓も広い。これに対して、1−1は、ホウ素の添加量が100ppm以下で、電気抵抗が高くなっている。1−5はホウ素の添加量が10000ppm以上であり、電位窓が狭くなっている。これは多量のホウ素の添加により、ダイヤモンドの結晶構造が崩れてしまったためと思われる。1−6,10はタングステンの添加量が1ppm〜100000ppmの範囲になく、ダイヤモンドの結晶構造が崩れてしまい、電位窓が狭くなっている。またプラズマCVD法を用いた試料1−11は、タングステンの添加量が少なく、それによりダイヤモンドの結晶構造が崩れており、電位窓が狭くなっている。
【0037】
(実施例2)
表2に示す材質とサイズの基板を母材とし、その表面をダイヤモンド粉末を用いたスクラッチ処理を行った後、洗浄した。
ダイヤモンド被膜の作製は、ガス圧力を2.7kPa〜7kPaとし、水素流量を5000sccm、メタン(CH)流量を0.5〜2.0sccmの範囲とした。また、ホウ素源として、ホウ酸トリエチル[B(OC)]を用い、Arガスをキャリアガスとしてバブリングし、ホウ素を炭素に対して原子比で0.1〜1.0%の範囲の濃度となるように供給した。母材である基板の温度は、700〜1000℃とした。
ダイヤモンド被膜作製装置が、熱フィラメントCVD装置(HFCVD)の場合は、タングステンをフィラメントとし、フィラメント温度は、2000〜2200℃とした。また装置がマイクロ波プラズマCVD(MPCVD)装置の場合は、マイクロ波周波数2.45GHz、マイクロ波出力を5kWとした。合成時間は4時間とし、前記メタン流量やホウ素の濃度を変化させて、ダイヤモンドの厚みを表2に示すように変化させた。
ダイヤモンドを成膜後、装置から取り出し、ダイヤモンドの剥離の有無や基板上全面にダイヤモンドが合成できているかを100倍の実体顕微鏡で観察した。その結果、剥離や合成できていない部分がないものを○、そうでないものを×として表2に示す。
得られたダイヤモンド膜それぞれについて、外観観察を行い、電気化学評価として簡単な電解試験を行った。電解試験条件としてはまず0.1M硫酸溶液を用い、0.1A/cm2の電流密度において、両極とも同種の電極を用いて2時間の試験を行った(電解試験1)。その後、硫酸系溶液を用い、1.0A/cm2の電流密度において10時間の試験を行った(電解試験2)。
結果を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
表2から判るように、抵抗率が105Ω・cm未満の導電性物質を母材基板とした場合は、電解試験1を行った後に導電性ダイヤモンドに空孔が観察され、ダイヤモンドが剥離した。これに対して、抵抗率が105Ω・cm以上の絶縁性物質を母材基板とした場合は、少なくとも電解試験1直後では導電性ダイヤモンドに空孔が観察されず、ダイヤモンドの剥離は見られなかった。また気相合成したダイヤモンドは、通常多結晶体である。
【0040】
(実施例3)
表3に示すような種々の熱膨張係数、表面粗さの基板を用い、予めダイヤモンドパウダーを用いた種付け処理をした後、熱フィラメントCVD装置を用いて、実施例2の熱フィラメント装置の場合と同じ成膜条件下においてダイヤモンドを成膜させた(試料No.3−1〜10)。基板のサイズは60mm角、厚み2mmとした。
得られたダイヤモンド被膜電極を用い、実施例2と同様に電解試験1および電解試験2を行った。熱膨張係数が2.0〜5.0×10-6の値囲内からはずれているが、1.5〜8.0.×10-6に入っているものは、電解試験1では剥離は発生せず、電解試験2において僅かな剥離はみられるものの全面剥離が発生していない。膨張係数が1.5〜8.0×10-6の範囲から外れるものは電解試験2において全面剥離が発生している。
抵抗率と膨張係数が前述の範囲内に入っているものであって、表面粗さが範囲を超えているものは、電解試験において「一部剥離」となっているが、ここでの「一部剥離」は、ごく僅かな剥離も含めており、実際には、ほとんど劣化していない場合も含んでいる。
【0041】
【表3】

【0042】
(実施例4)
表4に示すような基板を用い、実施例3と同じ条件(電解試験2)に加え、電解試験の条件を変えてさらに実験を行った(電解試験3)。電解試験条件3としては0.1M硫酸ナトリウム溶液を用い、1.0A/cm2の電流密度において、両極とも同種の電極を用いて1000時間の試験を行った。結果を表4に示す。全て基板は、実施例1,2,3で示したような、膨張係数、表面粗さが適当な範囲内にあった。成膜条件は実施例2の熱フィラメント装置の場合と同様とした。
表4から分かるように、セラミックス基板において、表面の加工が焼結後に施されている試料No.4−1,2は、実施例3と同じ条件の電解試験2では剥離が発生しなかったものの、より厳しい条件である電解試験3では剥難が発生している。
これに対し、表面加工が焼結前に施されているNo.4−3、4−4では、電解試験3においても剥離が発生していない。また、電解試験3において剥離が発生した4−2と同条件の基板において、加工後に真空中1000℃で1時間の熱処理を施したNo.4−5は、電解試験3においても剥離が発生しなかった。
また、No.4−3と同様の基板において、焼結前にフライス加工ではなく、ブラスト加工、研削加工を試みたところ、フライス加工をしたものとほぼ同様の結果となったものの、加工の再現性はフライス加工のものが最も良かった。
【0043】
【表4】

【0044】
(実施例5)
実施例1の試料No.1−2について、X線回折、ラマン分光測定を行った。(111)ピーク強度(高さ)と(220)ピーク強度(高さ)の比(I(111)/I(220)を求めたところ、3.1であった。また、(220)ピーク強度(高さ)と(311)ピーク強度(高さ)の比(I(220)/I(311))は、1.3であった。また、(111)ピークの半値幅(これをFWHM(111)とする)は、0.41であった。ラマン分光測定の結果は1300〜1380cm-1の平均強度P1と1100〜1700cm-1の平均強度P2の比(P1/P2)は、2.5であった。同様にして、試料No.1−1,3,4について測定した。これらの結果を表5に示す。
【0045】
【表5】

【0046】
表5より、ホウ素の量が適量であった試料No.1−2,3,4は、X線回折における(111)方向のピーク強度が、(220)方向のピーク強度の3倍以上、10倍以下であり、(220)方向のピーク強度が(311)方向のピーク強度の1.2倍以上となっていた。また、(111)方向のピークの半値幅は、0.3〜0.5の範囲であった。これに対して、ホウ素の量が少ない試料No.1−1では、(111)方向のピーク強度が、(220)方向のピーク強度の10倍以上であり、(311)方向のピークは、あるか無いか判らなかった。また、(111)方向の半値幅は、0.3以下であった。
【0047】
また、ホウ素の量が適量であった試料番号1−2,3,4は、ラマン分光測定における1300〜1380cm-1の平均強度が、1100〜1700cm-1の平均強度の3倍以下であったが、試料No.1−1では、3倍以上であった。
【0048】
(実施例6)
電極として、実施例1の試料No.1−2のダイヤモンドで被覆した電極を用い、フェノール含有水溶液の電解試験を行った。比較として、白金および酸化鉛を電極として同様の電解試験を行った。その結果、ダイヤモンドで被覆した電極を用いた場合、酸化鉛電極の30%程度の時間で水溶液中の有機性炭化成分(TOC)が10%以下になった。白金電極では、時間をかけてもTOCが30%程度にまでした減少させることができなかった。この結果から、本発明のダイヤモンドで被覆した電極は、効率的にフェノールを分解することができることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0049】
以上詳述したように、導電性ダイヤモンド電極を製造する方法において、ホウ素の添加量を多くすることによって十分に抵抗が低いダイヤモンド電極を得ることができ、また基板材料を絶縁体とし、あるいは基板の熱膨張係数の大きさを限定することによってダイヤモンド膜と基板との密着性が高く、電解時の耐剥離性を+分に高めた導電性ダイヤモンド電極を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に導電性ダイヤモンドの層を被覆した電極であって、前記基板が絶縁体によって形成されており、ダイヤモンド中のホウ素濃度が100〜10000ppmであり、タングステン濃度が、1〜100000ppmであることを特徴とするダイヤモンド被覆電極。
【請求項2】
前記基板が、酸化物、窒化物、炭化物のうち少なくとも1種類であることを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項3】
前記基板が、セラミックス焼結体であることを特徴とする請求項1又は2に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項4】
前記セラミックス焼結体が、窒化ケイ素、炭化ケイ素、窒化アルミニウム、ムライト、コージライト、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化チタンのうち少なくとも1種類を含むものであることを特徴とする請求項3に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項5】
前記ダイヤモンドが、多結晶CVDダイヤモンドであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項6】
前記多結晶CVDダイヤモンドが、熱フィラメントCVDによって作製されたものであることを特徴とする請求項5に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項7】
前記基板の熱膨張係数が、1.5×10-6〜8.0×10-6であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項8】
前記基板の熱膨張係数が、2×10-6〜5.0×10-6であることを特徴とする請求項7に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項9】
前記ダイヤモンドの層を成膜する基板のダイヤモンド被覆面の表面粗さが、Raで0.2〜5.0μmであることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項10】
前記セラミックス焼結体のダイヤモンドの層を被覆する面の成形と加工がセラミックス焼結体を焼結する前に施されており、焼結後には機械的な加工が施されていないことを特徴とする請求項3〜9のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項11】
前記セラミックス焼結体のダイヤモンドの層を被覆する面の成形と加工がセラミックス焼結体を焼結した後に施されており、加工後に熱処理を行っていることを特徴とする請求項3〜9のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項12】
前記加工が、少なくともフライス加工、ブラスト加工、および研削加工のいずれかであることを特徴とする請求項10または11に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項13】
前記ダイヤモンドの層のX線回折測定における(111)方向のピーク強度が(220)方向のピーク強度の3倍以上10倍以下であり、(220)方向のピーク強度が(311)方向のピーク強度の1.2倍以上であることを特徴とする請求項1〜12のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項14】
前記ダイヤモンドの層のX線回折測定を行った際に、(111)を示すピークの半値幅が0.3〜0.5であることを特徴とする請求項1〜13のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項15】
前記ダイヤモンドの層のラマン分光測定を行った際に、1300〜1380cm-1の平均強度が1100〜1700cm-1の平均強度の3倍以下であることを特徴とする請求項1〜14のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極。
【請求項16】
請求項1〜16のいずれか一項に記載のダイヤモンド被覆電極を用い、電気化学反応を利用して、溶液中の物質を分解することを特徴とする電極を使用した電気分解方法。
【請求項17】
真空容器中に試料台と、ホウ素と酸素を元素成分として含んだ液体が充填された容器を配置し、試料台の近傍にタングステンフィラメント線を配置し、試料台の上に基板を配置し、真空容器を真空排気した後、水素および炭素源となるガスを所定の混合比で導入して所定の圧力とした後、ホウ素と酸素を元素成分として含んだ液体が充填された容器内の入口よりキャリアガスを導入して出口よりホウ素と酸素を元素成分として含んだ液体の蒸気を前記真空容器内に導入し、該フィラメントに電流を流して熱し、試料台を冷却し冷却効率を調整することで前記基板を所定の温度とし、基板の表面に少なくともホウ素とタングステンが添加されたダイヤモンド膜を堆積させ、ダイヤモンド被覆電極を製造する方法において、前記フィラメント線が0.1mm〜0.4mmφの線径のものであって、フィラメントと基板の平均間隔が4mm〜10mmであり、ガス圧力が0.6kPa以上、7kPa以下であり、フィラメント温度が2000℃以上、2300℃以下であることを特徴とする請求項1〜15のいずれか1項に記載のダイヤモンド被覆電極の製造方法。

【公開番号】特開2006−152338(P2006−152338A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−341971(P2004−341971)
【出願日】平成16年11月26日(2004.11.26)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】