説明

チューリッポシド類をチューリッパリン類に変換する酵素活性を有するタンパク質及びそれをコードするポリヌクレオチド

【課題】チューリッポシドA変換酵素の遺伝子断片を取得することで、チューリッポシド類をチューリッパリン類に変換する酵素活性を有するタンパク質及びそれをコードするポリヌクレオチド、さらには、酵素源を植物体に由来しない組換え酵素の調製法を提供する。
【解決手段】チューリップ花弁由来のチューリッポシドA変換酵素をコードすると予測される遺伝子断片を取得し、同酵素遺伝子のタンパク質コード領域のうち、シグナルペプチドを除いた成熟ポリペプチドコード領域のN末端にヒスチジンタグを付加した大腸菌発現ベクターを構築した。このベクターを宿主大腸菌に導入し、可溶性タンパク質として発現させることで組換え型の精製酵素を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物体内に有するチューリッポシド類からチューリッパリン類を得るのに有効な酵素及びそれをコードするポリヌクレオチドに関する。
【背景技術】
【0002】
チューリッパリン類はα−メチレン−γ−ブチロラクトン類に相当し、耐熱性を有する透明樹脂の単量体、生理活性物質の合成中間体、さらには害虫忌避剤や抗変異原性剤としての利用が多数報告されている利用価値が高い化合物である。
これまで本化合物類の製造方法としては、多大なエネルギーを消費する化学合成法に頼っており、石油非依存かつ省エネルギーな製造方法が求められていた。
本発明者らはチューリップ組織に含まれるチューリッポシド変換酵素をチューリップ組織抽出物に作用させることで、温和な条件下での簡便なチューリッパリンの調製法を確立している(特許文献1)が、本法においては酵素源としてチューリップの組織を用いるため、原料入手の不安定さや実用化の際のスケールアップの困難が予想された。
この問題点を解決するため、チューリップからの同酵素をコードする遺伝子の単離、及び同組換え酵素の大量発現系の確立が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−207211号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、チューリッポシドA変換酵素の遺伝子断片を取得することで、チューリッポシド類をチューリッパリン類に変換する酵素活性を有するタンパク質及びそれをコードするポリヌクレオチドの提供を目的とする。
さらには、酵素源を植物体に由来しない組換え酵素の調製法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係るタンパク質は下記(A)又は(B)からなる。
(A)配列番号9(TgTCEA1)又は配列番号12(TgTCEA2)に示すアミノ酸配列を有する、タンパク質。
(B)配列番号9(TgTCEA1)又は配列番号12(TgTCEA2)に示すアミノ酸配列において、1〜20個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列を有し、チューリッポシド類をチューリッパリン類に変換する酵素活性を有する、タンパク質。
【0006】
本発明に係るポリヌクレオチドは、下記のいずれかである。
(a)配列番号9(TgTCEA1)又は配列番号12(TgTCEA2)に示すアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(b)配列番号9(TgTCEA1)又は配列番号12(TgTCEA2)に示すアミノ酸配列において、1〜20個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列を有し、チューリッポシド類をチューリッパリン類に変換する酵素活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(c)配列番号7又は配列番号10に示す塩基配列を含むポリヌクレオチド。
(d)配列番号7又は配列番号10に示す塩基配列と90%以上の相同性を有するポリヌクレオチドであって配列番号9又は配列番号12に示すタンパク質と同一の機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0007】
本発明において、チューリッポシド類は、下記化学式(1)に示すチューリッポシドA(TuliposideA)及びその類縁体又は化学式(2)に示すチューリッポシドB(TuliposideB)及びその類縁体が含まれる。
【化1】

【化2】

チューリッポシドA又はBの類縁体には、例えば化学式(3)(Phytochemistry 65(2004)731−739;Plant Growth Regulation(2005)46:125−131)、化学式(4)(Biosci.Biotechnol.Biochem.,63(1),152−154,1999)、化学式(5)(Natural Medicines 51(3),244−248(1997))、化学式(6)及び(7)(Phytochemistry,Vol.40 No.1 49−51(1995))等が例として挙げられる。
【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【0008】
本発明において、チューリッパリン類とは下記化学式(8)をいい、
【化8】

(式中、R,Rは独立して水素、水酸基又は炭素数1〜8のアルキル基を示し、R,Rは独立して水素又は炭素数1〜8のアルキル基を示す。)
代表例としては、下記化学式(9)に示すチューリッパリンA(α−メチレン−γ−ブチロラクトン)及び下記化学式(10)で示すチューリッパリンB(α−メチレン−β−ヒドロキシ−γ−ブチロラクトン)が挙げられる。
【化9】

【化10】

【発明の効果】
【0009】
本発明に係るタンパク質はシグナルペプチドを除いた成熟ポリペプチドのコード領域の例えばN末端にヒスチジンタグ等を付加した大腸菌発現ベクターを構築することで、宿主大腸菌に導入し、この組換え菌を培養することで組換え酵素として発現することができる。
よって、酵素源として植物体を用いていた従来法に比較して、同酵素の安定的かつ大量の供給が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】組換え酵素精製各ステップのSDS−PAGEを示し、(a)はTgTCEA1、(b)はTgTCEA2の結果を示す。
【図2】アミノ酸配列の比較表を示す。(1)TgTCEA1、(2)TgTCEA2、(3)TgTCEA3、(4)TgTCEA4、(5)TgTCEA5、(6)TgTCEA6を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、チューリップ花弁由来のチューリッポシドA変換酵素をコードすると予測される遺伝子断片を取得し、同酵素遺伝子のタンパク質コード領域のうち、シグナルペプチドを除いた成熟ポリペプチドコード領域のN末端にヒスチジンタグを付加した大腸菌発現ベクターを構築した。
このベクターを宿主大腸菌に導入し、可溶性タンパク質として発現させることで組換え型の精製酵素を得た。
以下ステップ毎に説明する。
【0012】
<クローニング及びシークエンシング>
チューリップの花弁及び葯から精製したチューリッポシドA変換酵素(チューリッポシドAをチューリッパリンAに変換する酵素,tuliposideA−converting enzyme:TgTCEA)のN末端アミノ酸配列及び花弁から精製した同酵素の内部ペプチド配列に基づいて下記の縮重プライマー(degenerateプライマー)を設計した。
TCE−N−F1:gciytigayg aygarathgt(配列番号1)
TCE−N−F2:gaygaygara thgtiytiga(配列番号2)
TCE−int−R1:acigtigtic ciarraaick ytc(配列番号3)
TCE−int−R2:cciarraaic kytcdatigg icc(配列番号4)
上記縮重プライマーを用いて、チューリップ品種「紫水晶」の花弁由来mRNAに対してRT−PCRを行い、当該遺伝子の部分配列を取得し、さらに5’RACE法及び3’RACE法によりコード領域全長を含むcDNA断片を単離した。
次に5’及び3’非翻訳領域に設計した下記のプライマーを用いて上記mRNAに対してRT−PCRを行った。
TCE−RT−F2:aagcatttct gtgaaatcaa ttaagtg(配列番号5)
TCE−RT−R1:catcataaca atgccttaaa gagg(配列番号6)
その時の条件を下記に示す。
<PCR反応液(50μl)組成>
鋳型cDNA 1μl、100pmol/μlプライマー 各0.25μl、2mM dNTP 5μl、25mM MgSO 3μl、10xbuffer 5 μl、KOD−Plus DNA Polymerase 1μl、水 34.5μl
<PCR反応サイクル>
94℃、2分の加熱の後、変性(98℃、10秒)→アニーリング(55℃、30秒)→伸長(68℃、1分)の3ステップからなる反応サイクルを35回行った。
その結果、花弁由来cDNA11クローンを得てシークエンシングしたところ、6種類のcDNA配列が得られた。
その塩基配列とアミノ酸配列を下記に示す。
(1)−1.TgTCEA1の塩基配列を(配列番号7)に示す。
(1)−2.TgTCEA1のコドン対応アミノ酸配列を(配列番号8)に示す。
(1)−3.TgTCEA1のアミノ酸配列を(配列番号9)に示す。
(2)−1.TgTCEA2の塩基配列を(配列番号10)に示す。
(2)−2.TgTCEA2のコドン対応アミノ酸配列を(配列番号11)に示す。
(2)−3.TgTCEA2のアミノ酸配列を(配列番号12)に示す。
(3)−1.TgTCEA3の塩基配列を(配列番号13)に示す。
(3)−2.TgTCEA3のコドン対応アミノ酸配列を(配列番号14)に示す。
(3)−3.TgTCEA3のアミノ酸配列を(配列番号15)に示す。
(4)−1.TgTCEA4の塩基配列を(配列番号16)に示す。
(4)−2.TgTCEA4のコドン対応アミノ酸配列を(配列番号17)に示す。
(4)−3.TgTCEA4のアミノ酸配列を(配列番号18)に示す。
(5)−1.TgTCEA5の塩基配列を(配列番号19)に示す。
(5)−2.TgTCEA5のコドン対応アミノ酸配列を(配列番号20)に示す。
(5)−3.TgTCEA5のアミノ酸配列を(配列番号21)に示す。
(6)−1.TgTCEA6の塩基配列を(配列番号22)に示す。
(6)−2.TgTCEA6のコドン対応アミノ酸配列を(配列番号23)に示す。
(6)−3.TgTCEA6のアミノ酸配列を(配列番号24)に示す。
一方、上記(配列番号5)及び(配列番号6)のプライマーを用いたゲノムPCRを行った結果、ゲノムクローン22種が得られ、上記cDNAのうちゲノムクローンに含まれるものは(1)TgTCEA1及び(2)TgTCEA2の2種であった。
その時の条件を下記に示す。
<PCR反応液(50μl)組成>
50ng/μl ゲノムDNA 1μl、100pmol/μlプライマー 各0.25μl、2mM dNTP 5μl、25mM MgSO 3μl、10xbuffer 5 μl、KOD−Plus DNA Polymerase 1μl、水 34.5μl
<PCR反応サイクル>
94℃、2分の加熱の後、変性(98℃、10秒)→アニーリング(55℃、30秒)→伸長(68℃、2分)の3ステップからなる反応サイクルを35回行った。
TgTCEA1及びTgTCEA2の2種の配列はエステラーゼ/リパーゼsuper familyに属し、トウモロコシ(Zea mays)のジベレリンレセプターGID1L2と45〜46%、セイヨウリンゴ(Malus pumila)のCXE carboxylesteraseと44%のアミノ酸相同性(identity)を有していた。
図2の表は(1)TgTCEA1、(2)TgTCEA2、(3)TgTCEA3、(4)TgTCEA4、(5)TgTCEA5、(6)TgTCEA6のアミノ酸配列をそれぞれ示し、TgTCEA1〜A6(1)〜(6)のアミノ酸配列を比較すると、28番目、56〜58番目、109〜121番目、310番目、324番目、346番目のアミノ酸が異なる、相同性の高いものであることが分かる。
よって、本発明に係るタンパク質は、1〜20個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列を含む。
また、(6)TgTCEA6を除くと1〜7個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列となる。
【0013】
<組換え酵素の調製>
TgTCEAの全長アミノ酸配列と植物体からの精製酵素のN末端配列の比較によって推定されたシグナルペプチドを除いた成熟ポリペプチドを発現するように、当該配列を大腸菌発現ベクターpET28aにサブクローニングした。
組換え酵素のN末端側にはヒスチジンタグ(6xHis)を含むようにした。
組換えベクターを大腸菌BL21Codon Plus RIL(DE3)に導入し、得られた組換え菌をLB培地にてOD660=0.6−0.8に達するまで37℃,200rpmで培養した後、最終濃度1mMのIPTGを添加し、18℃、200rpmで18時間培養することで組換え酵素を発現させた。
発現誘導後の菌体に超音波処理を施し、得られた可溶性タンパク質画分をTALON Metal Affinity Reginを用いたアフィニティークロマトグラフィーに供した。
イミダゾールによって溶出された活性画分を、Superdex200によるゲルろ過クロマトグラフィーに供し、得られた活性画分を合一したものを精製組換え酵素とした。
TgTCEA1およびTgTCEA2の組換え酵素精製時のSDS−PAGE(ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動)を図1(a)、(b)にそれぞれ示す。
精製組換え酵素のG3000SWxlカラムによるゲルろ過クロマトグラフィー分析の結果、組換え酵素は植物体由来のnative酵素と同様に2量体酵素として発現していることが分かった。
【0014】
上記にて精製した組換え酵素の酵素活性試験を次のように行った。
50mMリン酸カリウム緩衝液(pH 6.5)中、4mMチューリッポシドAと組換え酵素を含む酵素反応液を室温で10分インキュベートした後、0.5Mリン酸にて反応を停止し、酵素反応生成物であるチューリッパリンAの生成量をHPLCにて定量した。 その結果、下記表1及び表2に示すようにTgTCEA1およびTgTCEA2の組換え酵素は両方ともチューリッポシドAをチューリッパリンAに変換する酵素活性を有していた。
また、上記両方の組換え酵素はチューリッポジドBをチューリッパリンBに変換する酵素活性を有していることが明らかになった。
【0015】
500mLで培養した組換え大腸菌からのTgTCEA1酵素の精製
【表1】

1U;1分間に1μmolのチューリッパリンAを生成する酵素量
【0016】
組み換え酵素はチューリッポシドBに対しても酵素活性を示した(24.4U/mg protein)
【0017】
500mLで培養した組換え大腸菌からのTgTCEA2酵素の精製
【表2】

1U;1分間に1μmolのチューリッパリンAを生成する酵素量
【0018】
組み換え酵素はチューリッポシドBに対しても酵素活性を示した(27.3U/mg protein)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)又は(B)に示すタンパク質。
(A)配列番号9(TgTCEA1)又は配列番号12(TgTCEA2)に示すアミノ酸配列を有する、タンパク質。
(B)配列番号9(TgTCEA1)又は配列番号12(TgTCEA2)に示すアミノ酸配列において、1〜20個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列を有し、チューリッポシド類をチューリッパリン類に変換する酵素活性を有する、タンパク質。
【請求項2】
下記(a)〜(d)のいずれかに記載のポリヌクレオチド。
(a)配列番号9(TgTCEA1)又は配列番号12(TgTCEA2)に示すアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(b)配列番号9(TgTCEA1)又は配列番号12(TgTCEA2)に示すアミノ酸配列において、1〜20個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加を含むアミノ酸配列を有し、チューリッポシド類をチューリッパリン類に変換する酵素活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
(c)配列番号7又は配列番号10に示す塩基配列を含むポリヌクレオチド。
(d)配列番号7又は配列番号10に示す塩基配列と90%以上の相同性を有するポリヌクレオチドであって配列番号9又は配列番号12に示すタンパク質と同一の機能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−125162(P2012−125162A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−277406(P2010−277406)
【出願日】平成22年12月13日(2010.12.13)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【Fターム(参考)】