説明

トロコイド駆動機構及び移動体

【課題】車輪のステアリング角とキャンバー角とを機構的に連動調整して走行効率を上げる。
【解決手段】トロコイド駆動機構は、出力軸121から距離rだけ離間し、出力軸121周りに旋回する操舵軸15に直交する車軸411を有する1個の車輪41を支持する支持部36,42,43,50と、操舵軸15と同期して旋回し、旋回面上で出力軸121との相対位置が変位可能にされた操舵部20,30とを備え、操舵部20,30は、変位に連動して車軸411を操舵軸15周りに回動させて車輪41のステアリング角θを調整する第1のリンク機構16,32,34,50他と、第1のリンク機構と連結され、車軸をステアリング角に対応した角度だけステアリング角と平行な面に直交する面上で傾倒させて車輪41のキャンバー角を調整する第2のリンク機構32,42,43、50他とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪をトロコイド曲線に沿った軌道で動かすトロコイド駆動機構(トロコイド曲線そのものの他、これに類する駆動機構も含む)及び移動体に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、トロコイド推進機構を利用し、下部に露出した8個のキャスタとスリップ防止用の一対の後輪とを有する座椅子型の自動車を床面上で全方位に走行させるものが提案されている。この機構は、旋回する円筒の旋回軸周りに均等配置された8個のキャスタの回転する方向を、各キャスタに係合されたタイロッドで操舵可能にしたものである。より具体的には、各キャスタに対応するタイロッドは、中心基部で一体回転可能に構成されており、中心基部の位置と旋回軸とが一致している状態では、円筒が旋回しているだけであって走行車は停止状態にあり、一方、中心基部の位置を旋回軸から水平面上で偏心するように操舵操作を行うと、走行車はキャスタを旋回させながら床面上を偏心方向に並進移動させる。非特許文献1にも、上記と同様、垂直な回転駆動軸周りの円周状に複数のステアリング機構付き受動車輪を配置した構成の全方位移動機構が開示されている。
【0003】
また、特許文献2,3及び非特許文献2,3には、ヘリコプター、サイクロイダルあるいはプロペラと同様の推進原理を有し、軸対称で全方位性を持った推進機構が開示されており、特に並進速度を連続に変速させる機構が記載されている。非特許文献4には、キャンバー角を調整する機構を備えた蛇行運動による推進機構が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−33876号公報
【特許文献2】特開2004−224147号公報
【特許文献3】米国特許第5993157号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】前田太郎、安藤英由樹、幾何学的完全解としてトロコイド曲線を実現する機械的回転機構の提案−オムニホイールを用いない全方位移動機構の提案−、ロボティクス・メカトロニクス講演会’10,2A2−D11
【非特許文献2】Roy.P.Gibbens、“Construction and flying a radio controlled ligter than aircraft powered by cycloidal propellers” 4th International Airship Convention and Exhibition,2002,PaperA−1
【非特許文献3】Virginia Downward & William M.Clark、“Vertical Paddle Propeller Wheel”1930
【非特許文献4】中沢賢、第4章「蛇行運動による推進機構」46頁、図4,8、バイオメカニズム学会編、“生物に学ぶバイオメカニズム 機械システム設計の新しい発想”工業調査会、1987年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
平面内での全方位移動は、トロコイド曲線に沿った軌道を回転機構の連続的運動による直線移動の幾何学解として実現することが求められる。しかし、実際には、特許文献1のように、トロコイド曲線を近似解で再現していることから、キャスタ駆動で走行させる場合、キャスタの回転方向の運動と並進方向の運動との間に生じる床面との不効率分となるスリップによる摩擦損失が大きいという問題があった。そのため、実用としては特許文献2,3及び非特許文献2,3に示すように、スリップによる摩擦の影響の少ない流体環境下でのプロペラ等への応用等に留まっていた。また、非特許文献4に示す蛇行推進機構では、キャンバー角を設定するための曲率半径が近似解でしか得られない。
【0007】
そこで、本発明者らは、トロコイド曲線の幾何学的完全解を簡単な機械要素からなる機構によって実現した低損失のトロコイド駆動機構を提案した(特願2010−134580)。関連する内容は非特許文献1に記載されている。このトロコイド駆動機構は、駆動軸周りに従輪である車輪を3個配設して所定速度で周回させつつ、操舵部を2次元方向に操舵することで、3個の車輪のステアリング角をリンク機構を利用して個別に調整して、全体を指示した方向に並進移動するようにしたものである。
【0008】
ところで、非特許文献1に記載のトロコイド駆動機構は、キャンバー角が固定式であることから、曲線に沿ったカーブを走行するためのステアリング抵抗が大きく残っており、これが走行効率を下げていた。また、本トロコイド推進機構の適用対象としては例えば車椅子が考えられるが、占有可能なスペースは規格(電動車椅子:JIS T9203(車いす)、また手動及び電動車いす:ISO7193,7176/5(車いす))では、L120×W70×H109[cm]以下と定められていることから、車椅子の重要な働きのひとつである蹴上がり20cm斜度40度の階段等に対する乗り越え(段差乗り越え)を可能にする上では、大径の車輪が望まれる一方、前記規格を考慮すると、3輪を駆動軸周りに周回させる機構では限界がある。
【0009】
本発明は、上記に鑑みてなされたもので、車輪のステアリング角とキャンバー角とを機構的に連動調整して走行効率を向上させる車輪旋回タイプのトロコイド駆動機構、それに類する駆動機構及びそれらを用いた移動体を提供することを目的とするものである。
【0010】
また、本発明は、大径の車輪を大キャンバー角で傾倒させて旋回させる態様とすることで、高い段差乗り越え能力を有する車輪旋回タイプのトロコイド駆動機構、それに類する駆動機構及びそれらを用いた移動体を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載の発明は、駆動軸から所定距離だけ離間し、前記駆動軸周りに旋回する、前記駆動軸と平行な操舵軸に直交する車軸を有する従動型の車輪を支持する支持部と、前記操舵軸と同期して旋回し、旋回面上で前記駆動軸との相対位置が変位可能にされた操舵部とを備え、前記操舵部は、前記変位に連動して前記車軸を前記操舵軸周りに回動させて前記車輪のステアリング角を調整する第1のリンク機構と、前記第1のリンク機構と連結され、前記車軸を前記ステアリング角に対応した角度だけ前記ステアリング角と平行な面に直交する面上で傾倒させて前記車輪のキャンバー角を調整する第2のリンク機構とを備えたことを特徴とするものである。
【0012】
この発明によれば、3個の車輪を周回させるトロコイド駆動機構に代えて、1個の車輪を旋回させるトロコイド駆動機構で旋回面上での移動を可能にした。すなわち、車輪は駆動軸周りに旋回することで、床面と常に接する。操舵部は車輪の旋回と供回りする。操舵部は旋回面上を相対移動(操舵操作)可能にされており、操舵操作がなければ、車輪は旋回方向に沿って床面上を駆動軸周りに旋回するのみである。すなわち第1のリンク機構は操舵軸の真下を車輪の接地点として、予め設定されたステアリング角で車輪を駆動軸周りに回動させる。一方、操舵操作が行われると、ステアリング角が設定され、このステアリング角は駆動軸周りの車輪の旋回と同期して常に角度変化している。これによって、本駆動機構は操舵された方向に移動する。一方、車輪のキャンバー角は、第2のリンク機構によってステアリング角の変化に応じて、すなわち車輪の周回に同期して変化させられる。従って、車輪のステアリング角とキャンバー角とが機構的に連動調整して設定されることで、走行摩擦抵抗が低減され、本駆動機構の移動効率が向上する。
【0013】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のトロコイド駆動機構において、前記操舵部は、前記旋回面上で互いに直交する2個のリニアスライダを備えていることを特徴とする。この構成によれば、旋回面上で2次元方向の所望の方向に移動する事が可能となる。
【0014】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載のトロコイド駆動機構において、前記操舵部に対して操舵のための変位がなされていない状態で、前記駆動軸から前記操舵軸までの距離に対して、前記駆動軸から前記操舵部の旋回中心の軸までの距離が1/2であることを特徴とする。この構成によれば、設定されるキャンバー角がより厳密界に近いものとなる。
【0015】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれかに記載のトロコイド駆動機構が本体底部に少なくとも1個配設された移動体である。この構成によれば、大径の車輪を採用し、さらに大キャンバー角で傾倒させて旋回させる態様とすることが可能であり、かかる構成を採用することで、高い段差乗り越え能力を有するものとなる。なお、トロコイド駆動機構が1個配設された態様では、他の接地点を確保する意味で、キャスター等の単なる車輪を少なくとも1個備えることで、あるいは2個乃至はそれ以上の所定数のトロコイド駆動機構を配設する態様とし、停止時における移動体の姿勢のバランスを確保することが可能となる。
【0016】
請求項5に記載の発明は、請求項4に記載の移動体において、前記車輪は、前記本体底部の短辺側の幅寸法に相当する直径を有することを特徴とする。この構成によれば、車輪を移動体の本体底部の幅寸法内で可及的に大径にでき、かつ大キャンバー角に設定できるので、高い段差乗り越えが実現でき、さらに乗り越えのためのより大きな推進力を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】一定の角速度ωで特定の方向に並進している場合に、同機構において各車輪に求められる舵角を示す図である。
【図2】図1に示したトロコイド曲線を用いた推進機構の一例を概念的に示した図で、(a)は平面図、(b)は側面図、(c)は正面図である。
【図3】2つのステアリング角生成機構を用いて割り出した方向にキャンバー角を向ける一方法を示すための図で、(a)はキャンバー角を説明するための図、(b)は車輪の回動に伴うキャンバー角のリンク系を利用した角度調整を説明するための図である。
【図4】今回のステアリング機構の変更案の一例であって、回転系としての車輪舵角機構周り(駆動アーム座標系)から見た速度と各リンク系の関係を説明するための図で、(a)は速度関係を示す図、(b)は本出願人の前記先願でのリンク接続を示す図、(c)は今回のリンク接続を示す図である。
【図5】曲率中心と曲率半径の厳密解を求める機構を説明するための図である。
【図6】図5に示す辺bに沿った垂直平面に該当し、曲率中心位置からキャンバー角を求める機構を説明するための図である。
【図7】駆動輪による静止速度からの段差乗り越え条件を説明するための図である。
【図8】本機構による段差乗り越え条件を説明するための図である。
【図9】追加の接地点を設けた場合の概略図で、(a)は3輪構成を示す図、(b)は従輪制御構成を示す図、(c)はトーラス車輪化及び多重反転の構成を示す図である。
【図10】図9(a)の態様を車椅子に適用した場合の概略側面図である。
【図11】図5の簡略化リンクを示す図である。
【図12】図11において、仮想点Q’までの距離2aを1/2スケール化することでリンクを単純化し、R’の代わりにR’/2=b−r/2となる点N’’を求めるようにした、最終的な実装リンク接続の水平部分を示す機構図である。
【図13】トロコイド駆動機構の具体的な機構の一実施形態を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
まず、トロコイド曲線の幾何学的完全解とリンク機構との作用について、本出願人の先願に係る特願2010−134580に基づいて説明する。中心の垂直な駆動軸周りの円周上に複数の車輪を配置した構成の全方位移動機構を想定する。この機構は、ヘリコプターやサイクロイダル、プロペラと同様の推進原理を有し、軸対称で全方位性を持った推進機構であり、その特徴として軸回転に対して並進速度を連続に変速させる機構としても機能する。
【0019】
図1は、一定の角速度ωで特定の方向に並進している場合に、同機構において各車輪に求められる舵角を示す図である。各車輪は中心(駆動軸)から半径rに位置している。図1において、各速度ベクトルは、各車輪の駆動軸周りの接線速度v、回転中心の並進速度vm、各車輪の進行速度vwである。車輪の接線速度vは、図略のモータ等で実現される。そして、トロコイド運動を実現するための速度ベクトルの相互関係、すなわちvw=v+vmを満たすためには、車輪の舵角方向は常にVwと同一方向を向く必要がある。これは同機構が全方位移動機構として成立するためには、各車輪の舵角の方向がトロコイド曲線上の接線方向を常に向いていることが求められるということを意味している。
【0020】
この関係は、数1に示すトロコイド曲線を示す数式、及び図1において、v=r・ω、vm=rm・ω、vw=(dx/dt,dy/dt)、pw=(x、y)とするとき、数1のトロコイド曲線を時間微分した数2に対して、数3のように解析的にも求めることができる。なお、式中、rmは偏心量である。
【0021】
【数1】

【0022】
【数2】

【0023】
【数3】

【0024】
次に、図2は、図1に示したトロコイド曲線を用いた推進機構の一例を概念的に示した図で、(a)は平面図、(b)は側面図、(c)は正面図である。図2に示す推進機構では、各車輪WHを旋回させるための主アームMAに対する操舵リンク板NLの2次元方向(平面内での全方位)への偏心移動よって各車輪WHの舵角(ステアリング角)が決定される。2次元方向への偏心移動は、例えば井桁スライダISが利用できる。操舵リンク板NLは、井桁スライダIS、リニアスライダLSによって主アームMAと連結され、供回りしながら、すなわち同位相で回転しながら回転中心を水平移動させることができる。リニアスライダLSは主アームMAの先端と操舵リンク板NLの先端とを連結するもので、前記偏心移動に応じてリニアスライダLSの向きを可変する。図2に示した偏心量ds=0の際の操舵リンク板NLの先端位置は、車輪WHの舵角の回転中心から主アームMAの旋回円周の接線方向の前方一定距離dw=d0になるように設定されている。ここで、この先端位置と旋回中心とをリニアスライダLSで結び、その方向が車輪WHの舵角方向(すなわちステアリング角)となるように装置を構成する。
【0025】
このように、平面内での全方位移動を考えた場合、トロコイド曲線に沿った軌道は連続的な回転機構による直線移動の幾何学解として有効であるが、既存機構による近似解では車輪駆動に利用する際に摩擦損失が大きく、実用としては流体環境下でのプロペラへの応用等に留まっていた。本出願人の前記先願は、トロコイド曲線の幾何学的完全解を比較的簡単な機械要素からなる機構によって実現することができたものである。
【0026】
そこで、以下では、本出願人の前記先願の機構にキャンバー角制御の機能を持たせて車輪のステアリングロスをなくす機構について説明し、次いで、当該機構を利用して車輪型全方位移動機構の弱点である段差乗り越え能力を大幅に改善する手法を説明する。本出願人の前記先願では、垂直な回転駆動軸周りの円周上に複数のステアリング機構付き受動車輪を配置した構成の全方位移動機構を想定した。この機構は、走行平面内で完全にトロコイド曲線に沿ったステアリング角を生成することができるが、同曲線に沿って車輪をステアリングする際の曲率に沿ったキャンバー角を与える機構についてはその設計の可能性を示唆するに留まっていた。キャンバー角が固定の場合、曲線に沿ったカーブを走行するためのステアリング抵抗が大きく残ることとなる。そこで、まずステアリング角と同時にキャンバー角を制御する機構について説明する。
【0027】
図3は、2つのステアリング角生成機構を用いて割り出した方向にキャンバー角を向ける一方法を示すための図で、(a)はキャンバー角を説明するための図、(b)は車輪の回動に伴うキャンバー角のリンク系を利用した角度調整を説明するための図である。本出願人の前記先願を元に、キャンバー角を生成するための一つの方策としては、図3に示すような、2つのステアリング角生成機構を用いてそのステアリング角の差からトロコイド曲線軌道の曲率半径と回転中心を割り出し、その方向にキャンバー角を向けるという方法が考えられる。より詳細には、この方法では、副操舵軸の位置は固定されておらず、主アームの平面内で駆動軸周りに径rで回動する。
【0028】
主操舵軸との相対角度φ(図3中、伝達角)を主アーム側から操舵リンク側に伝達することで、副操舵軸での操舵方向dwが決定され、それによって直交するリニアレールの方向が決まり、主操舵軸から伸びる受動車輪の半径Wと同じ長さのリンクアームと直交する形でリニアスライダが係合することで、受動車輪の半径W方向と主操舵方向dとのなす角として受動車輪のキャンバー角を求めることができる。この機構は、トロコイド推進モードからグライド推進モードに至るまでキャンバー角を生成できる点で優れている。しかし、主アームの半径rに比してホイール(車輪)の半径Wdが充分小さい場合でないと精度を維持することが難しい。
【0029】
さらに後述するように、厳密にはこの機構で得られる曲率半径は近似解となる。そうすると、後述するように段差乗り越え能力を重視し、r≒Wとなるグライド推進条件のみでの運用を想定した場合、図3の機構に限定せず、他の機構も考察することが好ましい。そこで、図4に、今回採用するステアリング機構の変更案を示す。
【0030】
図4は、今回のステアリング機構の変更案の一例であって、回転系としての車輪舵角機構周り(駆動アーム座標系)から見た速度と各リンク系の関係を説明するための図で、(a)は速度関係を示す図、(b)は本出願人の前記先願でのリンク接続を示す図、(c)は今回のリンク接続を示す図である。図4(c)に示すリンク系は、図4(b)と同等に機能するものである。図4(b)における駆動アームベクトルrと操舵リンク中心のずらし量ベクトルaに対し、ずらし量ベクトルaのずれ方向を90°だけ位相を遅らせる(世界座標系側では進める)ことによって、3つの速度ベクトルv、v、vがなす三角形と相似形を構成したリンク系が構築でき、これにより機構全体の移動速度ベクトルであるvmとずらし量ベクトルaとを(方向のオフセット以外は)完全な比例関係を有して操作可能な機構とすることができることとなる。このとき、図4(c)の辺bは、従動車輪の車輪軸と一致するため、これを上下方向(z軸)に操作してやることでステアリング角θだけでなく、キャンバー角も同時に制御する機構に発展させることができる。ここで、図4(b)と図4(c)とのリンク動作が等価性を有することを前提とすれば、図3に示す機構における受動車輪軌跡の曲率半径中心と図4(c)に示す辺a、bの結節点Qとが等しいことが解る。すなわち図4(c)の機構は、図3の機構を大幅に簡略化することに成功した機構とみることができる。そこで次に、この結節点Qが曲率中心であるか否かを解析的に検証する。まず、トロコイド曲線の解析式である式(1)より、その曲率半径を解析的に求める。式(1)より位置ベクトルp、式(2)より速度ベクトルv、さらにこれから、式(4)に加速度ベクトルaを定義する。
【0031】
【数4】

【0032】
このときの曲率ベクトルは、式(5)のとおり、
【0033】
【数5】

【0034】
で表される。ここで、ベクトルnは曲率中心に向かう方向の単位ベクトルであり、Rは曲率半径である。曲率中心は常に辺bを通る直線上にあるため、ここでは曲率半径Rの値を求めればよい。式(5)に式(2)、式(4)を代入して曲率半径Rを求め、さらに余弦第2定理を用いて、3つの速度ベクトルを用いて整理すると、
【0035】
【数6】

【0036】
となる。このとき、図4(c)のリンク系の関係式から、各速度と各リンク長との関係は、v=aω、v=bω、v=rωとなるため、曲率半径Rを各リンク長を用いて表し、さらに余弦第1定理によってステアリング角θを用いて整理すると、最終的には、
【0037】
【数7】

【0038】
と表される。仮に、図4(c)に示す結節点Qが曲率中心と一致する場合、R=bであるため、図3に示す機構は近似解であることが解る。一方、曲率半径Rを厳密解として実現する系としては、図5のようなリンク系の構成が考えられる。
【0039】
図5は、曲率中心と曲率半径の厳密解を求める機構を説明するための図である。なお、図5では説明の便宜上、機構は簡略化して示しており、実装に際しては360°回転に対応させる必要がある。なお、図中、P点,M点,N点に付記されている平行な所定長を有する線分はリニアスライダを表している。後述する図11、図12においても同様である。さて、図5において、結節点Qから辺bに直交して伸ばしたリンクと辺rとの交点Mから辺aに平行に伸びたリンクと辺bとの交点Nが曲率中心となる。また、ステアリング軸Pから交点Nまでの距離が曲率半径Rとなる。角NMPを角QOPに伝える機構を追加する必要がある。これは、図3での伝達角と同様である。図3(a)のように、キャンバー角は車輪の車軸方向が常に接地平面上の回転中心を指すように構成するものであるから、この機構によって定まる位置Nを用いることで、図4(c)の機構にキャンバー角制御機能を与えることができる。この機構は、図5に示す辺bに沿った垂直平面(側面図)である図6の二次元平面内で構成することができる。
【0040】
図6は、図5に示す辺bに沿った垂直平面に該当し、曲率中心位置からキャンバー角を求める機構を説明するための図である。図6において、リンク系が上方に配置されている態様では、交点N及びステアリング軸Pの直下(図6では、接地点Pと言い換えている)の床面に曲率中心と接地点とがある。従動の車軸は、接地点Pから車輪径Wの円に接し、Nを通る直線上にあり、車輪の中心はその交点に等しい。実際の構成としては、交点Nと接地点Pとを仮想中心としてそれぞれ半径HとWの円を描くリンク系を用いて両者が直交するように拘束条件をかけた車軸支持機構を構成することで、この交点と接線方向とを上方リンク側から構築するようにする。
【0041】
次に、ここまでの設計から実際的なリンク系の構成について考察するが、これに先立って全方位移動機構における段差乗り越え対応性について考察し、最終的にキャンバー角制御と同時にこの問題を解決する機構を提案する。車輪走行系における段差乗り越え能力は慣性力や他の駆動輪による推進力の供給を受けない限り低い。
【0042】
図7は、駆動輪による静止速度からの段差乗り越え条件を説明するための図である。図7において、車輪の半径をr、質量をmとする。また、段差をhとし、車輪と床面との摩擦抵抗μを0.8とし、乗り越え角度を40°以下とした条件で、乗り越え可能な段差hを計算すると、式(8)のように求めることができる。
【0043】
μmg・cosφ≧mg・sinφ
∴μ≧tanφ
h=r(1−cosφ)
when μ=0.8,
φ≦40°
h≦0.23r …(8)
すなわち、図7において、式(8)で定式化したような静止状態から単一車輪の段差乗り越え課題では、乾いたアスファルト(床面)とゴムタイヤ(車輪)という条件での代表的な摩擦抵抗値μ=0.8を仮定した場合、車輪半径の23%の段差しか乗り越えることができない。この前提で前述したJIS規格等(占有可能なスペースは規格(電動車椅子:JIS T9203(車いす)、また手動及び電動車いす:ISO7193,7176/5(車いす))では、L120×W70×H109[cm]以下)により定められた共用空間での階段段差のワーストケースである「蹴り上げ20cm斜度40度」を超えるためには車輪半径として87cm(=20cm÷23%)以上、すなわち直径として174cm以上を要することになる。このサイズでは、前記JIS規格等が定める空間寸法を大きく超えている。そこで、かかる空間寸法内で用いられるパーソナルモービル等に対して、全方位移動機能の付設を可能にし、かつ階段乗り越え移動を実現する機構を考察する。
【0044】
前述のJIS規格等の寸法規制を満たす機構を実現するために、大半径を有する車輪一輪構成を採用し、かつキャンバー角を大きくしたトロコイド駆動機構を考える。この機構の特徴は、トロコイドのステアリング軸(駆動軸から操舵軸まで)の回転半径rに近い半径を持った1つの車輪を充分に大きな乃至はほぼ鉛直に近いような角度までのキャンバー角を持たせる点にある。かかる構成であれば、車椅子の幅寸法の略全幅に近い直径の車輪を大きなキャンバー角を持たせて使うことで、車輪の接地点付近の曲率半径がその全高より大きく取れることになる。例えば直径70cmの車輪をキャンバー角20°で運用した場合、接地点での曲率半径は102cmとなり、車輪の直径より充分大きいものとなる。このため、移動距離よりも長い距離について高速に車輪接地を行うこととなるため、床面の凸凹から振動を拾いやすいというトロコイド推進方式の弱点を緩和することができる。さらに本機構は1つの車輪を旋回させる構造であるため、段差乗り越えの際には蹴上がりにかかる部分で殆ど完全に車輪が寝た状態、すなわち曲率半径が略無限大で接することになる。この状態を図8を用いて説明する。
【0045】
図8は、本機構による段差乗り越え条件を説明するための図である。図8において、旋回しながら移動中の車輪が蹴上がりに接触した瞬間に、接地点はAからCにジャンプする。この時、接地点位相が進むことによって車輪の推進方向に変異が生じる。ワーストケースはB点で接地した場合であり、この時は、推進方向が逆転するため蹴上がりを上がることはできない。逆に点Cでのステアリング方向が進行方向に向かって逆向きにならない限り、C点でのかみ合いを続けたまま操舵軸の位相がB点にくるまで前進を続ける。この後、点Cの左右対称点Dに接地点がジャンプする。操舵軸がD点をステアリング角と等しい位相θだけ超えたところから後進が始まり、操舵軸の位相が最初のA点に戻り接地点が再びC点にジャンプするまで続く。ただし、車輪一周での前進位相量が必ず後進位相量を上回ること、換言すれば、駆動軸が等速回転をしていると仮定すれば、車輪が一周する間に、ずり落ちている時間よりも駆け上がっている時間のほうが必ず長いことになり、この結果、一周分の推進量は前進量が後退量を上回り、常に最初の接地条件よりも全体中心が前進した条件になることから、機構全体は蹴上がりを登り続けることになる。最初のかみ合い条件は、図8中の式のように、h≦r(1+cosθ)・cosψで示される。ステアリング角θは変速比率を上げることで任意に小さく設定することが可能なため、図7の摩擦係数条件下で想定する場合、理想的には本機構では最大キャンバー角を40°に設定した場合、20cmの蹴上がり(段差)を、直径32cmの車輪で上がれる計算になる。
【0046】
トロコイド駆動機構は一軸の水平回転機構であるため、ヘリコプター同様に本体の回転を抑制しつつ全方位移動を実現する構成が必要となる。本機構は車輪が1輪の構成であるため、機構が単純である利点を有する一方、接地点が1点であるために、重心制御を行わずに安定的に成立させる方法としては、追加の接地点を少なくとも1つ、好ましくは2つ以上加えることである。
【0047】
図9は、追加の接地点を設けた場合の概略図で、(a)は3輪構成を示す図、(b)は従輪制御構成を示す図、(c)はトーラス車輪化及び多重反転の構成を示す図である。図10は、図9(a)の態様を、人間100が乗る車椅子3に適用した場合の概略側面図である。図9中、楕円はキャンバー角を有して回転する車輪をイメージしたものであり、円形状の矢印は車輪の旋回方向を示し、直線状の矢印は移動方向を示している。なお、図9は、車椅子等の移動体の底部に取り付けられた場合を想定している。これにより、サイドステップに相当するホロノミックな全方位移動が車椅子等の移動体で実現可能となる。
【0048】
図9において、(a)は本機構を移動体底部の円周上の3箇所に、好ましくは均等位置に配置された態様を示している。配置は円周上の均等位置(正三角形の頂点)に限定されず、二等辺三角形の頂点位置でもよいし、更に用途に応じて適宜の配置を採用することが可能である。また、用途、目的に応じて移動体の前後方向に2個乃至は左右方向も含めて所定数配列する態様でもよい。複数個を設ける態様、例えば2個配設する場合、各車輪の旋回方向は、互いに逆方向である必要はなく、同一方向であってもよい。また、各車輪の旋回速度は同一でもよいし、異なっていてもよく、更に位相的に同期していてもよいし、所要の位相差が設定されていてもよい。なお、旋回速度は車輪径や用途等に応じて適宜設定可能であり、例えば毎秒数回〜10数回程度の回転数でもよい。図9(b)は本機構を1個に限定し、他の接地点をその前後側の一方、ここでは前側に左右一対の従輪車輪として増設した態様である。図9(c)に示すトロコイド駆動機構1’は、外側の車輪は環状となり、内輪は外輪の環状内の空間に逆向きに旋回可能に配置される構造となる。この場合、本機構の車輪をトーラス構成とすることで多少の機構の複雑化を伴うものの、同軸上に互いに逆旋回する構成で構築すれば、特に占有面積の低減化に応える場合に有効となる。
【0049】
また、本機構ではキャンバー角の厳密解を求める機構について、図5のように実現可能な複雑度のリンク系を提案している。しかし、耐荷重がかかる機構部分ではないとはいえ、簡略化できることが望ましい。図5の曲率半径R導出の簡略化については、辺bの長さをもって近似するという方法がある。ここで、他の機構を図11に示す。
【0050】
図11は、図5の簡略化リンクを示す図である。点Oから辺aに平行に距離2aだけ伸ばして仮想点Q’を設定し、この点Q’から辺bに垂線を降ろし、辺bとの交点N’を求める。ステアリング軸PからN’までの距離が近似解R’として決まり、このR’を用いれば、キャンバー角に対する誤差を、図5の場合よりも低減することが可能となる。
【0051】
図12は、図11において、仮想点Q’までの距離2aを1/2スケール化することでリンクを単純化し、R’の代わりにR’/2=b−r/2となる点N’’を求めるようにした、最終的な実装リンク接続の水平部分を示す機構図である。このR/2とW/2の固定長リンクを直角に拘束することによって、垂直面側で1/2スケールのリンクでキャンバー角を生成するようにしたのが、図12に示す機構の実装例である。なお、垂直部分を示す構成については、図12を用いて後述する。
【0052】
図13は、トロコイド駆動機構の具体的な機構の一実施形態を示す構成図である。なお、図13では、トロコイド駆動機構1のみを示しているが、本機構1を、例えば図10に示すように車椅子3等の移動体に適用した態様では、本機構1は椅子2を構成する座席(本体)の下部に少なくとも2個(例えば前後位置)取り付けられて構成される。かかる態様では、本機構は、好ましくは移動体底部に立直して設けられた円筒形状の筐体(図10、筐体1a参照)の内部に車輪以外が収納される。筐体1aへの固設態様は、例えば、駆動部10の本体ベース11等、静止系の機構部を介して行えばよい。筐体の高さ寸法は、筐体の下端から、キャンバー設定されている車輪41の上端側が露呈する程度、すなわち車輪全体が露出していることが好ましい。筐体から車輪41全体を露出させることで、車輪の上端高さに相当する段差の蹴上がり動作を行わせることが可能となる。
【0053】
図13に示すトロコイド駆動機構は、駆動部10、操舵操作部20、操舵リンク部30、車輪部40、及び球面リンク部50を備えている。
【0054】
駆動部10は、例えば車椅子に適用される態様では、荷重を考慮して金属等の堅牢材で構成された盤状、ここでは中央に孔111が穿設されている円環状の本体ベース11、本体ベース11に上部中央に搭載され、車輪41へ旋回力を付与する駆動源の一例であるモータ12、孔111を貫通したモータ12の出力軸121の下端から水平方向(径方向)に向けて連結された所要長r(図13参照)を有するアーム13、アーム13の先端にベアリング14を介して鉛直回りに回動可能に軸支された鉛直方向に所定長を有する操舵軸15、及び操舵軸15と一体回転する径方向に伸びる操舵板16を備えている。なお、モータを駆動する電源としては蓄電池が採用可能である。
【0055】
操舵操作部20は、本実施例では互いに直交する方向を向いた井桁スライダを構成するための井桁板21と環状板22とを備えている。井桁板21と環状板22とは積層され、上部側の本体ベース11と下部側の操舵板311との間に介設されている。本体ベース11と井桁板21との間にはリニアスライダ23が敷設され、このリニアスライダ23によって井桁板21が本体ベース11に対して一の方向(図13では左右方向)に相対移動可能に連結されている。井桁板21と環状板22との間にはリニアスライダ24が敷設され、このリニアスライダ24によって環状板22が井桁板21に対して前記一の方向と直交する方向(図13の紙面方向)に相対移動可能に連結されている。リニアスライダ23とリニアスライダ24とで井桁スライダが構成されている。環状板22と操舵板311とはベアリング25で連結され、操舵板311が、リニアスライダ23,24で操舵中における変位位置を中心(仮想的な操舵中心軸)とする鉛直軸周りに回動可能にされている。なお、リニアスライダ23,24に対する操舵操作の方法に関しては後述する。
【0056】
操舵リンク部30は、スライドレール部31、操舵板16との間に介設されたリンク機構32とを備えている。リンク機構32は互いに直交するリンクアーム321,322、及び操舵板16と所要箇所で軸支するためのリンク軸323と、後述するスライドレール部31の水平アーム313の先端を軸支する支持軸324(図12に示すN’’に対応)とを備えている。また、リンクアーム321は、先端側に回動軸35を備え、車輪部40が連結される垂直アーム36を軸支している。また、スライドレール部31は、水平な操舵板311と、操舵板311の下面所要箇所から下方に伸びる垂直アーム312と、垂直アーム312の下端から水平に伸びる水平アーム313とを有する。本実施例では、水平アーム313とリンク軸323とは同一高さに設定されている。すなわち、リンク軸323と支持軸324との間の距離が、図12に示すR’/2に相当し、リンク軸323からリンクアーム322に下ろした垂線、その交点から支持軸324までの3辺からなる直角三角形をもって、図6に示すキャンバー角を決定する床面上NPを長辺とする直角三角形の1/2スケールの相似形を描くことになる。このようにして、リンクアーム321の傾きを後述の支持アーム42に伝達することで、車輪41に対してキャンバー角を再現することができることとなる。
【0057】
さらに、水平アーム313と操舵板16との間には水平に向けられたリニアスライダ34が介設され、スライドレール部31と操舵板16とが水平方向で相対移動可能にされている。具体的には、リニアスライダ34は、水平アーム313と操舵板16のいずれか一方にスライドレールが、他方側に移動体が取り付けられた構造となる。また、互いに直交するリンクアーム321とリンクアーム322との間には、リンクアーム321のアーム長手方向にリンクアーム322を直交を維持したままスライドさせるリニアスライダ33が介設されている。具体的には、リニアスライダ33は、リンクアーム321側にスライドレールが、リンクアーム322側に移動体が取り付けられた構造となる。
【0058】
ここで、前述した操舵が行われていない状態で、出力軸121から支点軸324までの距離をr/2に設定することにより、リンク軸323と支持軸324との間にR’/2(図12参照)を再現することができる。このため、図12の原理と同様に、リンクアーム321の傾きを支持アーム42に伝達することができ、車輪41に対してキャンバー角が再現されることになる。これによって、ステアリング角に対応したキャンバー角が常に設定される。また、この状態では、車輪41の接線方向が操舵軸15の旋回方向と一致する、すなわちステアリング角θ=0°となるように、操舵板16が出力軸121を向くように調整されている。そして、この状態では、本機構は、車輪41が旋回しているのみで、床面上での移動成分はなく、停止している。そして、この状態から操舵板311が水平面上の2次元方向のいずれかの方向に変位されたとすると、その変位量に応じて垂直アーム312と操舵軸15との距離が変化する。そこで、かかる距離変化を吸収するべく、ベアリング25を介して操舵板311が回動し、すなわちスライドレール部31が回転し、この回転を受けて、操舵板16はリニアスライダ34を介してスライドレール部31の水平アーム313と平行になるように操舵軸15周りに回動し、すなわち操舵軸15が自転する。この結果、新たなステアリング角θが設定されることとなる。なお、モータ12の回転によって、操舵軸15は出力軸121周りを半径rで旋回し、一方、スライドレール部31の水平アーム313は同期して旋回しつつも、出力軸121からの半径は絶えず変化する。すなわちステアリング角は、図1に示すように、旋回周期で変動する。
【0059】
リンク機構32において、リンクアーム321は基端が操舵軸15上のリンク軸323に軸支されている。リンクアーム321は長尺体であればよいが、本実施例では、長尺の途中の2箇所で同一平面内で逆方向に90°屈曲され、基端側と先端側とのアーム部分が平行に保たれた形状を有しているものを採用している。そして、リニアスライダ33の構成部材である前記したスライドレールは、支持軸324からW/2の距離をもってリンクアーム321の先端側の長尺部に設けられている。水平アーム313の先端には支持軸324を介してリンクアーム322が連結され、リニアスライダ33を介してリンクが張られている。
【0060】
ここで、操舵リンク部30の操舵におけるリンク機構32の働きについて説明する。今、図13の状態から、スライドレール部31が、図13の右方に変位(操舵)させられたと仮定する。すると、水平アーム313は右方に移動し、リンクアーム322の下端である支持軸324を右方に引張る。一方、リンクアーム322はリンクアーム321とリニアスライダ33によって直交状態を維持するから、この直交を維持したまま、リンクアーム321はリンク軸323を中心に回動し、角度が寝る(水平に近づく)ことで、連動してリンクアーム322は起立する。リンクアーム321の角度が寝ることで、リンクアーム321の先端、すなわち回動軸35はリンク軸323を中心に反時計回りに回動する。その結果、垂直アーム36は右方に移動しつつ降下する。そして、垂直アーム36の下端には車輪部40が連設されており、後述するように、垂直アーム36の移動に応じて車輪41に対するキャンバー角の調整が行われる。
【0061】
車輪部40は、所定径を有する車輪41、車輪41の車軸411を回動自在に軸支する所定長の車軸支持アーム42、及び垂直アーム36の下端に車軸支持アーム42をその中間位置で揺動自在に軸支する揺動軸43を備えている。車輪41の車軸411は、操舵軸15の軸に直交する軸を有する。そして、ステアリングは車軸411が操舵軸15周りに回動することで設定され、さらに、キャンバーは車軸411がステアリング角と平行な面に直交する面上で傾倒されることで設定される。車軸支持アーム42は、車軸411に対して径方向に長尺で、例えば断面円形を有する。揺動軸43は水平軸であり、車軸支持アーム42を垂直面で揺動可能に支持する。車輪41は、少なくとも外皮が所要の摩擦抵抗を有する材料、例えばゴム材で形成されている。
【0062】
球面リンク部50は、リンクアーム51,52と、結合部として機能するリンク軸53,55と、中継部として機能するリンク軸54とを備えている。リンク軸53は操舵軸15の下端に回動可能に連結され、リンク軸55は車軸支持アーム42の先端に、アーム軸方向に対して斜め姿勢で回動可能に連結されている。リンク軸53と55の間には、リンク軸54を中継して連結されたリンクアーム51,52が介設されている。球面リンク部50は、リンク軸53〜55がいずれも、軸心方向が常に接地点Nを向けられているもので、これによってステアリングの調整において車輪41の接地点Nを操舵軸15の真下に維持させつつ、キャンバーの調整を可能にする。なお、球面リンク部50は、同一機能を果たすリンク機構であれば何でもよく、ステアリング角を設定するためのリンクとキャンバー角を設定するためのリンクとを関連させた平行リンク機構でもよい。
【0063】
車輪41は、操舵軸15の真下の接地点Nで常に床面と当接しており(なお、より正確には、車輪41のチューブ断面半径だけ下部となる車輪表面位置)、かつ操舵軸15が駆動軸に相当するモータ12の出力軸121周りに旋回するのと同期して接地点Nが周回する。このように、車輪41は旋回に同期してステアリング角が変化し、かつこれに連動してキャンバー角が変化することで、走行ロスを低減し、走行効率を確保している。
【0064】
なお、出力軸121と操舵軸15との距離をr、車輪Wの半径をwとするとき、r≒W、同時にr>Wであることが構成上の要件となる。この要件によって、キャンバー角が成立する。
【0065】
また、操舵操作は手動式、電動式いずれでも。手動式の場合、例えば、環状板22の適所から操舵レバーを(図略の筐体)を経て外方に、さらに車椅子の座席から上方に延設し、着座者によって操舵可能にする態様が考えられる。電動式の場合、本体ベース11又は図略の筐体と井桁板21及び環状板22との間に、それぞれの移動方向に井桁板21及び環状板22を押し引きして移動させる各アクチュエータを介設し、各アクチュエータを可動させる駆動部(モータ、又はシリンダ等)を設ければよい。さらに、着座者によって操作されて、操舵のための信号を送信するリモートコントローラと、駆動部側の受信部及び駆動信号処理部とを備える。リモートコントローラは、前後方向、左右方向の操舵量を指示する指示信号を生成する操舵部と、操舵信号を送信する送信部とを備える。駆動部側の駆動信号処理部は、受信部で受信した信号から左右各々の移動量信号(モータへの駆動信号)を生成して、電源部からの電力を利用して各モータを駆動させる駆動信号に変換し、出力する。
【0066】
なお、本発明は、以下の態様を採用することができる。
【0067】
(1)操舵操作部20では、直交する2軸方向への移動を可能にする井桁板21と環状板22(リニアスライダ23,24)とを採用し、2次元方向への操舵を可能にしたが、2軸は直交する方向に限定されない。また、用途などによっては、1軸方向の操舵であってもよい。
【0068】
(2)本実施形態では、モータ12の駆動が停止された場合の車輪の停止姿勢に関して格別説明していないが、本体自重乃至は搭乗者体重を利用して、キャンバー角が90°になるように姿勢変移(車輪41の側面全面で接地)するものでもよい。このようにすれば、例えば車輪1個の場合であっても、停止時に立直姿勢となり停止バランスを維持することが可能となる。同時に、従来の車輪利用の態様では不可能なほどの極めて大きな接地面積を持つことを可能とし、例えば建機や重機への用途において好ましく、さらに走行状態から直ちにこの状態に移行することで強大な急ブレーキ能力を有することとなる。
【0069】
(3)移動体の底部短辺側の幅寸法に相当する車輪半径を採用し、大キャンバー角を設定することで、段差乗り越え(段差蹴上がり)をより高いものとすることができ、かつ乗り越えのための推進力も可及的に大きなものとすることができる。
【0070】
(4)前記実施形態では、複数のトロコイド駆動機を車椅子に適用した例を示したが、これに限定されず、人間を搭載する各種移動体の他、ロボット乃至運搬用の本体等の底部に配置して、移動体として機能させるものにも同様に適用することができる。また、水平面内2次元方向におけるホロノミック性として高い重心を持つ場合の倒立振子型の重心制御に有用である。
【符号の説明】
【0071】
1,1’ トロコイド駆動機構
2 椅子(本体)
3車椅子(移動体)
10 駆動部(支持部の一部)
11 本体ベース
12 モータ
121 出力軸(駆動軸)
13 アーム
14 ベアリング
15 操舵軸
16 操舵板(第1のリンク機構の一部)
20 操舵操作部(操舵部の一部)
21 井桁板
22 環状板
23 リニアスライダ
24 リニアスライダ
25 ベアリング
30 操舵リンク部(操舵部の一部)
31 スライドレール部
32 リンク機構(第1、第2のリンク機構の一部)
321,322 リンクアーム(第2のリンク機構の一部)
323 リンク軸(第2のリンク機構の一部)
324 支持軸(第1のリンク機構の一部)
33 リニアスライダ(第2のリンク機構の一部)
34 リニアスライダ(第1のリンク機構の一部)
35 回動軸(第2のリンク機構の一部)
36 垂直アーム(支持部、及び第2のリンク機構の一部)
311 操舵板
312 垂直アーム
313 水平アーム
40 車輪部
41 車輪
411 車軸
42 車軸支持アーム(支持部、及び第2のリンク機構の一部)
43 揺動軸43(支持部、及び第2のリンク機構の一部)
50 球面リンク部(支持部、及び第1、第2のリンク機構の一部)
51,52 リンクアーム
53,54,55 リンク軸
N 接地点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動軸から所定距離だけ離間し、前記駆動軸周りに旋回する、前記駆動軸と平行な操舵軸に直交する車軸を有する従動型の車輪を支持する支持部と、
前記操舵軸と同期して旋回し、旋回面上で前記駆動軸との相対位置が変位可能にされた操舵部とを備え、
前記操舵部は、
前記変位に連動して前記車軸を前記操舵軸周りに回動させて前記車輪のステアリング角を調整する第1のリンク機構と、
前記第1のリンク機構と連結され、前記車軸を前記ステアリング角に対応した角度だけ前記ステアリング角と平行な面に直交する面上で傾倒させて前記車輪のキャンバー角を調整する第2のリンク機構とを備えたことを特徴とするトロコイド駆動機構。
【請求項2】
前記操舵部は、前記旋回面上で互いに直交する2個のリニアスライダを備えていることを特徴とする請求項1記載のトロコイド駆動機構。
【請求項3】
前記操舵部に対して操舵のための変位がなされていない状態で、前記駆動軸から前記操舵軸までの距離に対して、前記駆動軸から前記操舵部の旋回中心の軸までの距離が1/2であることを特徴とする請求項1又は2に記載のトロコイド駆動機構。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のトロコイド駆動機構が本体底部に少なくとも1個配設された移動体。
【請求項5】
前記車輪は、前記本体底部の短辺側の幅寸法に相当する直径を有することを特徴とする請求項4記載の移動体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−246961(P2012−246961A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−117496(P2011−117496)
【出願日】平成23年5月25日(2011.5.25)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)