説明

ハニカム状多孔質体を用いた脂肪細胞の長期培養方法

【課題】
脂肪細胞を長期間に亘り、安定に培養する方法に関する。
【解決手段】
非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体に脂肪細胞を播種する工程、及び前記ハニカム状多孔質体上で前記脂肪細胞を増殖させる工程を含む、脂肪細胞の培養方法。本発明は、脂肪細胞、を長期間安定に培養することができ、また前駆脂肪細胞から成熟脂肪細胞を分化誘導することができる。また、本発明の方法を利用して、脂肪細胞への脂肪蓄積あるいは成熟脂肪細胞への分化誘導を抑制する物質をスクリーニングすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハニカム状多孔質体を用いて、腸間膜内臓脂肪細胞を長期間に亘り、安定に培養する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腸管から吸収された栄養成分は、腸間膜の門脈やリンパ管を通って肝臓へ運ばれ、さらに全身組織に分配される。この腸間膜には脂肪細胞(腸間膜内臓脂肪細胞)が多く存在している。脂肪細胞は、刺激に応じてレプチン、サイトカイン、ホルモンなどを産生、分泌して、脂肪の産生、貯留、代謝分解等に関与している細胞組織であり、大量の脂肪を蓄え、中性脂肪としてエネルギーを体内に貯える白色脂肪細胞と、エネルギーを熱として放出する褐色脂肪細胞がある。
【0003】
脂肪細胞、特に白色脂肪細胞である腸間膜内臓脂肪細胞は、個体の加齢と共にその内部に過剰量の脂肪を蓄積しやすくなる傾向があることが知られている。そして、腸間膜内臓脂肪細胞への脂肪の過剰蓄積が、糖尿病、高脂血症、動脈硬化等の生活習慣病の原因となることが、近年になって検証されてきている。
【0004】
脂肪細胞は、糖や脂質を処理する能力が著しく弱い前駆脂肪細胞から、かかる能力が高い成熟脂肪細胞に分化誘導され、インスリンなどのホルモンに対する感受性を獲得することが知られている。そのため、腸間膜内蔵脂肪細胞の特徴、特に脂肪の蓄積過程やそのメカニズム、さらには前駆脂肪細胞から成熟脂肪細胞への分化誘導のメカニズム等の解明は、前記の生活習慣病の病態像を理解し、さらに前記生活習慣病の予防法乃至治療法を研究する上で、極めて重要である。
【0005】
Shimizuらは、ラット腸間膜脂肪組織から調製した前駆脂肪細胞を成熟脂肪細胞に分化誘導する、新規な培養法を確立した(非特許文献1)。この方法は、通常使用されるデキサメタゾンやイソブチルメチルキサンチンなどを必要とせず、天然物である脂肪酸、ビタミンおよびインスリンを培地に添加することで、前駆脂肪細胞から成熟脂肪細胞への分化を可能にする方法である。また、このShimizuらの方法において、培地中のインスリン濃度を、生理的範囲を超えた高濃度とし、さらに脂肪成分を培地に添加することで、細胞内の脂肪滴の肥大化、すなわち脂肪細胞への脂肪蓄積をインビトロで再現できることが確認された。このことは、脂肪細胞の遺伝子改変を行うことなく、生活習慣というべき外的要因によって、インスリン抵抗性状態や肥満状態を反映したインビトロの系を構築することができることを意味するものであり、かかる系は、脂肪蓄積を伴う生活習慣病に効果を示す機能性食品や薬剤の開発に有用である。
【0006】
しかしながら、長期間、例えば2週間を越えるインビトロ培養を経た脂肪細胞の多くは、培養容器から剥がれて培養基材への定着性が低下する、さらにはアディポネクチンの分泌その他の脂肪細胞としての機能が顕著に低下するなどの、機能性食品や薬剤の開発への脂肪細胞の利用にとって好ましくない傾向を示す。特に前駆脂肪細胞を成熟脂肪細胞へと分化誘導させ、さらに分化誘導された成熟脂肪細胞を用いて脂肪蓄積の抑制に効果を有する機能性食品や薬物の評価を行うには、2週間を越えるさらなる長期間の培養が必要となる。したがって、脂肪細胞、特に腸間膜内臓脂肪細胞を用いた機能性食品、薬剤あるいは診断薬の評価、スクリーニング、開発、さらにはヒトへの脂肪細胞移植技術の開発にとって、脂肪細胞を長期間に亘って安定に培養することは、重要な課題の一つである。
【0007】
一方、ハニカム構造体、ハニカムシートあるいはハニカム状多孔質体とも呼ばれる、多数の微細な孔が蜂の巣(ハニカム)状に設けられた薄膜構造体が、血管内皮細胞、心筋細胞、肝細胞その他の動物細胞をインビトロで培養増殖するための良好な足場(scaffold)となることが報告されている(例えば特許文献1、特許文献2、特許文献3)。しかし、ハニカム状多孔質体が脂肪細胞を長期間に亘って安定に培養する際の足場となり得ることについての報告はない。
【特許文献1】特開2001−157574号公報
【特許文献2】特開2002−347107号公報
【特許文献3】特開2002−335949号公報
【非特許文献1】Shimizuら、Cell Biol. Int.、2006年、第30巻、第381−388頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、脂肪細胞を長期間に亘って安定的に培養する方法、前駆脂肪細胞から成熟脂肪細胞を分化誘導する方法を提供し、さらに脂肪細胞を用いた機能性食品や薬物の効果的な評価方法乃至スクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ハニカム状多孔質体、特に特定の孔径を有するハニカム状多孔質体上で脂肪細胞が長期間に亘って安定に増殖することを見いだし、以下の各発明を完成した。
【0010】
(1)非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体に脂肪細胞を播種する工程、及び前記ハニカム状多孔質体上で前記脂肪細胞を増殖させる工程を含む、脂肪細胞の培養方法。
【0011】
(2)脂肪細胞が成熟内臓脂肪細胞である、(1)に記載の方法。
【0012】
(3)脂肪細胞が前駆内臓脂肪細胞である、(3)に記載の方法。
【0013】
(4)脂肪酸、ビタミン及びインスリンを含む液体培地中で前駆内臓脂肪細胞を増殖させる、(3)に記載の培養方法。
【0014】
(5)さらにIGF−1を含み、かつインスリン濃度を0.85〜100ng/mLとした前記液体培地中で前駆内臓脂肪細胞を増殖させる、(4)に記載の培養方法。
【0015】
(6)ハニカム状多孔質体の孔の平均孔径が20μm〜50μmである、(1)〜(5)の何れかに記載の培養方法。
【0016】
(7)ハニカム状多孔質体上で脂肪細胞を14日〜40日間増殖させる、(1)〜(6)の何れかに記載の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法は、脂肪細胞を長期間に亘って安定的に培養することができ、脂肪細胞を用いた脂肪細胞への脂肪の過剰蓄積を抑制することのできる機能性食品、薬剤、あるいは脂肪細胞への脂肪の過剰蓄積に起因する疾患の診断薬などのスクリーニング、評価、開発に利用可能な脂肪細胞を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体に脂肪細胞を播種する工程、及び前記ハニカム状多孔質体上で前記脂肪細胞を増殖させる工程を含む、脂肪細胞の培養方法を提供する。
【0019】
本発明におけるハニカム状多孔質体(ハニカム構造体あるいはハニカムシートとも呼ばれる)とは、非水溶性の高分子(ポリマー)でできた多孔性の薄膜であって、膜の垂直方向に向けられたサブミクロンスケールないしミクロンスケールの微少な孔(くぼみを含む)が膜の平面方向に蜂の巣状に(ハニカム状に)設けられているものをいう。その代表的な部分構造を表した電子顕微鏡写真を図1に示す。
【0020】
ハニカム状多孔質体の孔は、膜を垂直方向に貫通していてもよく、また平面方向に存在する周囲の孔と膜の内部で連通していてもよい。この様なハニカム状という規則的な配置で微細な孔が設けられている多孔質の薄膜は、孔の口径、形状あるいは深さなどがまちまちである不規則な孔を有する通常の多孔質体とは全く異なる構造体として理解される。
【0021】
本発明で利用可能なハニカム状多孔質体の形状は、膜厚が0.01μm〜100μm、好ましくは0.1μm〜50μm、より好ましくは1μm〜20μmであり、平均孔径が0.01μm〜100μm、好ましくは0.1μm〜50μm、より好ましくは1μm〜50μmである。特に脂肪細胞を安定に培養するためには、平均孔径が20μm〜50μmであることが好ましい。なお、平均孔径は、ハニカム状多孔質体の孔の垂直に交わる2直径の平均として測定した値を意味する。
【0022】
この様な構造的特徴を有するハニカム状多孔質体は、種々の公知の方法に従って製造することができる。例えばフォトリソグラフィーやソフトリソグラフィー(ホワイトサイドら、Angew.Chem.Int.Ed.,1998年、第37巻、第550−575頁)、ブロックコポリマーの相分離(アルブレヒトら、マクロモレキュール(Macromolecules)、2002年、第35巻、第8106−8110頁)、サブミクロンのコロイド微粒子を集積することで2次元、3次元の周期構造を作製する方法(グら、ラングミュア(Langmuir)、第17巻)、これを鋳型にしてインバースドオパール構造を作製する方法(カルソら、ラングミュア(Langmuir)、1999年、第15巻、第8276−8281頁)などを挙げることができる。
【0023】
また、これらの方法と製造原理を大きく異にする方法である前記特許文献1、特許文献2あるいは特許文献3に記載された方法も使用することができる。これらの方法は、高分子の水不溶性有機溶媒溶液表面上に水滴を結露させ、該水滴を鋳型としてハニカム状の多孔質体を調製するものであり、製造コストや効率等の点でその他の製造法に比べて有利である。以下、さらに詳しく説明する。
【0024】
この方法では、水不溶性有機溶媒、特に50dyn/cm以下の表面張力γLを有する水不溶性有機溶媒に非水溶性ポリマーを溶解した非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を、表面の表面張力をγSとし、塗布される水不溶性有機溶媒の表面張力γLならびに該基板と該溶媒との間の表面張力γLSとした場合にγS−γSL>γLの関係を満たす基板の表面に塗布し、さらに相対湿度30%以上の空気の存在下で基板上に塗布された非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を蒸発させることが好ましい。
【0025】
ここにいう水不溶性有機溶媒は、50dyn/cm以下の表面張力を有し、かつ該溶液表面に結露した水滴を保持し得る程度の水不溶性と、大気圧下で0〜150℃、好ましくは10〜90℃の沸点を有する有機溶媒を言う。例えば四塩化炭素、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、メチルイソブチルケトン等の非水溶性のケトン類、二硫化炭素などを挙げることができる。
【0026】
また非水溶性ポリマーは、水に不溶性でかつ上記の水不溶性有機溶媒に可溶な、あるいは適当な界面活性剤の存在下で水不溶性有機溶媒に溶解し得るポリマーであれば特別の制限はなく、適宜選択して使用することができる。例えば、ポリ乳酸やポリヒドロキシ酪酸のような生分解性ポリマー、脂肪族ポリカーボネート、両親媒性ポリマー、光機能性ポリマー、電子機能性ポリマーなどを挙げることができる。本発明において好ましい生分解性ポリマーとしては、ポリ乳酸、ポリヒドロキシ酪酸、ポリカプロラクトン、ポリエチレンアジペート、ポリブチレンアジペートなどの生分解性脂肪族ポリエステル、並びにポリブチレンカーボネート、ポリエチレンカーボネート等の脂肪族ポリカーボネート等が、有機溶媒への溶解性の観点から好ましい。中でも、ポリ乳酸、ポリカプロラクトンが入手の容易さ、価格等の観点から望ましい。
【0027】
本発明で用いることができる両親媒性ポリマーとしては、動物細胞に対して毒性のないポリマーであることが好ましい。その様なポリマーの例としては、ポリエチレングリコール/ポリプロピレングリコールブロック共重合体、アクリルアミドポリマーを主鎖骨格とし、疎水性側鎖としてドデシル基と親水性側鎖としてラクトース基或いはカルボキシル基を併せ持つ両親媒性ポリマー、或いはヘパリンやデキストラン硫酸、核酸(DNA、RNAなど)などのアニオン性高分子と長鎖アルキルアンモニウム塩とのイオンコンプレックス、ゼラチン、コラーゲン、アルブミン等の水溶性タンパク質を親水性基とした両親媒性ポリマー等を挙げることができる。
【0028】
また、生分解性かつ両親媒性を有する単独のポリマーとしては、例えば、ポリ乳酸−ポリエチレングリコールブロック共重合体、ポリε−カプロラクトン−ポリエチレングリコールブロック共重合体、ポリリンゴ酸−ポリリンゴ酸アルキルエステルブロック共重合体などが挙げられる。
【0029】
上記の水不溶性有機溶媒と非水溶性ポリマーとの具体的な組み合わせの例としては、例えばポリスチレン、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアルキルシロキサン、ポリメタクリル酸メチルなどのポリアルキルメタクリレートまたはポリアルキルアクリレート、ポリブタジエン、ポリイソプレン、ポリ−N−ビニルカルバゾール、ポリ乳酸、ポリ−ε−カプロラクトン、ポリアルキルアクリルアミド、およびこれらの共重合体よりなる群から選ばれるポリマーに対しては、四塩化炭素、ジクロロメタン、クロロホルム、ベンゼン、トルエン、キシレン、二硫化炭素などの有機溶媒を組み合わせて使用することができる。また、フッ素化アルキルを側鎖に持つアクリレート、メタクリレートおよびこれらの共重合体よりなる群から選ばれるポリマーに対しては、AK−225(旭硝子株式会社製)などのフッ化炭素溶媒、トリフルオロベンゼン、フルオロエーテル類などの使用も良好な結果を与える。これらの中から、具体的に使用する非水溶性ポリマーに対する溶解性を考慮して、適宜選択して使用することができる。
【0030】
また、フッ素化アルキルを側鎖に持つポリアクリレートやメタクリレートの側鎖の水素をフッ素に置換したフッ素系ポリマーを用いてハニカム状多孔質体を製造する際には、フッ素系の有機溶媒(AK−225等)の使用も良好な結果を与える。
【0031】
水不溶性有機溶媒溶液中の非水溶性ポリマー濃度は、製造されるハニカム状多孔質体に求める特性、物性並びに使用する水不溶性有機溶媒に応じて、適宜定めることができる。本発明において貫通孔を有するハニカム状多孔質体の作製に際しては、水不溶性有機溶媒溶液中の非水溶性ポリマーの濃度を0.1g/L〜10g/L、特に0.5g/L〜6.0g/Lとすることが好ましい。
【0032】
さらにかかる非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を塗布する基板は、基板表面の表面張力γSと塗布される水不溶性有機溶媒の表面張力γLならびに該基板と該溶媒との間の表面張力γLSとの間で、γS−γSL>γLの関係を満たす基板を選択して用いることが望ましい。これは、非水溶性ポリマー溶液の水不溶性有機溶媒溶液を塗布する基板自体の水不溶性有機溶媒に対する濡れ性が、基板上に形成される液膜の厚みに影響を与え得るためである。基板には、塗布される非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液との親和性が高いものであることが好ましい。具体的には、水不溶性有機溶媒の表面張力γLを指標にして上記式で表すことのできる表面張力を示す表面を有する基板を利用すればよい。そのような基板の好適な例としては、ガラス板、シリコン製板あるいは金属板などを挙げることができる。
【0033】
また、水不溶性有機溶媒溶液との親和性を高めることのできる加工を表面に施した基板の使用も可能である。この様な基板表面の濡れ性の改良は、基板と使用する水不溶性有機溶媒に合わせて、自体公知の方法、例えばガラス製や金属製の基板に対してはそれぞれシランカップリング処理やチオール化合物による単分子膜形成処理方法などを利用することができる。
【0034】
例えば、クロロホルムなどの疎水性有機溶媒を水不溶性有機溶媒として用いる場合の基板としては、十分に洗浄されたSi基板や、アルキルシランカップリング剤などで表面を修飾したガラス基板などの使用が好ましい。また、フッ素系溶媒を用いる場合は、テフロン(登録商標)でコーティングされた基板、あるいはフッ素化アルキルシランカップリング剤などで修飾したガラス基板などの使用が好ましい。
【0035】
非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を基板に塗付して同溶液の液膜を形成させる際の液膜厚としては1μm〜1000μm、好ましくは700μm以下とすることが望ましい。また基板に非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を塗付する方法としては、基板に同溶液を滴下する方法の他、バーコート、ディップコート、スピンコート法などを挙げることができ、バッチ式、連続式の何れも利用することができる。
【0036】
この様にして基板上に置いた薄膜から水不溶性有機溶媒を蒸発させることで、非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体を製造することができる。その際、溶媒の蒸発速度を調節することでも、ハニカム状多孔質体の孔径を調節することができる。
【0037】
溶媒の蒸発速度は、相対湿度30%以上の湿度を有する風速0.01〜20m/秒の気流下に上記の基板上の薄膜を置くことで調節することができる。本願において使用する貫通した孔を有するハニカム状多孔質体の製造においては、相対湿度30〜99%、風速0.01〜20m/秒の範囲内で調節した気流に非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液の液膜を置くことが好ましい。気流方向に対する薄膜の配置の仕方としては、基板上の薄膜に対して斜め上方向から、あるいは垂直方向から気流を当たるような配置では、気流による風圧によって薄膜に歪みや亀裂が発生することもあり得る。その様な場合には、薄膜は、気流に対して基板上の有機溶媒溶液の薄膜を平行に、あるいは上方向に生じさせることが好ましい。この場合、気流はその上流からの陽圧あるいは下流からの負圧の何れによって発生させても構わない。例えば、基板に向けて設置したノズルから所定の空気を噴射しても、基板上部の空気を一方向から吸引しても、何れでも良い。
【0038】
上記の水滴を利用した方法によって製造される、孔が膜の垂直方向に貫通したハニカム状多孔質体は、1つの孔が6本の支柱で支えられた上下2枚のフィルムからなる2層構造を有しており、支柱は中心でくびれた構造を有する。これは、キャストした高分子溶液表面に、溶媒の蒸発潜熱によって空気中の水分が結露し、六方細密充填した水滴が細密充填した結果、水滴以外の空間で高分子の析出が生じるためと考えられる。
【0039】
なお、ハニカム状多孔質体は、調製後脂肪細胞の播種前に、エタノール等を用いて滅菌し、さらに脂肪細胞の培養に好適な緩衝液あるいは液体培地に予め浸しておくことが好ましい。
【0040】
本発明は、上記に説明したハニカム状多孔質体に脂肪細胞を播種する工程を含む。係る工程では、調製されたハニカム状多孔質体、好ましくは滅菌され、予め好適な緩衝液或いは液体培地に浸したハニカム状多孔質体を、プラスチックシャーレ、ウェルプレートその他の適当な培養容器に用意し、その上から脂肪細胞を播種することが好ましい。ハニカム状多孔質体の全体のサイズに特別な制限はない。
【0041】
本発明において播種される脂肪細胞の例としては、腸間膜にある内臓脂肪細胞、胃の下部に存在する内臓脂肪細胞、皮下脂肪組織の脂肪細胞等を挙げることができるが、本発明で好適に使用される脂肪細胞は、腸間膜の内臓脂肪細胞、特に腸間膜の前記内臓脂肪細胞である。前駆内臓脂肪細胞は清水ら(Cell Biol.Int.、2006年、第30巻、第381−388頁)に記載された方法に従って、腸間膜から分離することができる。
【0042】
分離された内臓脂肪細胞は、適当な緩衝液あるいは液体培地に懸濁して、ハニカム状多孔質体の単位面積あたり、1.0×104 個/cm2 〜 1.0×106 個/cm2の範囲、好ましくは、0.5×105 個/cm2となるように播種すればよい。また適当な緩衝液あるいは液体培地としては、例えば生理的リン酸緩衝液(PBS)、改変Dulbecco’s Eagle培地(DMEM)、α−MEM、RPMI1640等を挙げることができる。
【0043】
本発明は、播種された脂肪細胞を、ハニカム状多孔質体上で前記脂肪細胞を増殖させる工程を含む。脂肪細胞の培養は、通常の動物細胞の培養条件で、好ましくは5%程度のCOの雰囲気下、37℃前後の温度で、適当な液体培地に浸したハニカム状多孔質体を含む容器を静置又は振蕩して行えばよい。当該工程で利用可能な液体培地は、脂肪細胞を播種する工程で脂肪細胞を懸濁する際に利用可能な培地として例示した液体培地を利用することができる。
【0044】
本発明によれば、脂肪細胞を長期間、具体的には14日以上、さらに30日間以上、さらには40日以上に亘り、安定的に、すなわち培養中の脂肪細胞数を大きく減少させることなく、かつ脂肪細胞に特徴的なアディポネクチン、レプチンその他のサイトカインやホルモンなどの産生能、あるいは脂肪の産生、貯留、代謝分解能などの脂肪細胞の機能を維持したまま培養することができる。培養中の脂肪細胞のアディポネクチン、レプチンその他のサイトカインやホルモンなどの産生能、脂肪の代謝分解能は、脂肪細胞を対象とした多くの研究手法において用いられている公知の方法によってモニターすることができる。なお、係る公知の方法の詳細は、例えば金谷ら(Diatetes、2007年、第56巻、第3号、第795−803頁)に記載されており、本明細書にそのまま取り込まれる。
【0045】
本発明は、その一態様として、成熟内臓脂肪細胞を培養する方法を含む。すなわち、前駆内臓脂肪細胞をハニカム状多孔質体に播種する工程、及びハニカム状多孔質体上で前記前駆内臓脂肪細胞を成熟内臓脂肪細胞へ分化させ、前記成熟内臓脂肪細胞を維持する工程を含む方法である。この方法によって、成熟内臓脂肪細胞を14日以上、さらに30日間以上、さらには40日以上に亘り、ハニカム状多孔質体上の成熟内臓脂肪細胞の数を減少させることなく、かつアディポネクチンの分泌量を低下させることなく、成熟内臓脂肪細胞を安定に培養することができる。ここで、培地に脂肪酸を添加することで、添加された脂肪酸を細胞内部に蓄積した成熟脂肪細胞を調製することもできる。
【0046】
また本発明は、その一態様として、前駆内臓脂肪細胞を培養する方法を含む。すなわち、前駆内臓脂肪細胞をハニカム状多孔質体に播種する工程、及びハニカム状多孔質体上で前記前駆内臓脂肪細胞を増殖させる工程を含む方法である。
【0047】
この前記内臓脂肪細胞を培養する方法において、脂肪酸、ビタミン及びインスリンを含む液体培地中で前駆内臓脂肪細胞を増殖させることで、前記前駆内臓脂肪細胞を、脂肪滴を内部に含む成熟内臓脂肪細胞へと分化誘導することができる。すなわち、本発明は、前駆内臓脂肪細胞から分化した成熟内臓脂肪細胞を調製する方法であって、非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体に前記前駆内臓脂肪細胞を播種する工程、脂肪酸、ビタミン及びインスリンを含む液体培地中で前記前駆内臓脂肪細胞を増殖させて分化した成熟内臓脂肪細胞を調製する工程を含む方法を提供するものである。この方法で使用される脂肪酸としては、例えばリノール酸、パルミチン酸等を、ビタミンとしてはパントテン酸、ビオチン、アスコルビン酸及びトリヨードチロニンを、それぞれ挙げることができ、それら及びインスリンの液体培地中の濃度は、前記非特許文献1に記載された設定に従えばよく、従って、前記非特許文献1の記載は本明細書にそのまま取り込まれる。
【0048】
さらに、上記前駆内臓脂肪細胞を培養する方法において、インスリン濃度を0.85〜100ng/mLとし、さらにIGF−1を好ましくは50〜250ng/mLの範囲で添加した液体培地を用いて前駆内臓脂肪細胞を増殖させることで、前駆内臓脂肪細胞を細胞内部に脂肪酸を過剰に蓄積した成熟内臓脂肪細胞へと分化誘導することができる。すなわち、本発明は、前駆内臓脂肪細胞から分化した成熟内臓脂肪細胞を調製する方法であって、非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体に前記前駆内臓脂肪細胞を播種する工程、脂肪酸、ビタミン、0.85〜100ng/mLのインスリン及びIGF−1を含む液体培地中で前記前駆内臓脂肪細胞を増殖させて分化した成熟内臓脂肪細胞を調製する工程を含む方法を提供するものである。この方法によって、脂肪が過剰蓄積された成熟内臓脂肪細胞を調製することができる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例により本発明の実施の形態を説明するが、これらは本発明の発明を制限するものではない。
【0050】
<実施例1>
(1)ハニカム状多孔質体の作製
ポリ(ε―カプロラクトン)(PCL)(Wako、M.W.70,000〜100,000)と両親媒性ポリアクリルアミド共重合体を重量比10:1で5mg/mLとなるようにクロロホルムに溶解した。この溶液4ml、8ml、ならびに16mlを、カバーガラス(φ14mm)を敷き詰めたガラスシャーレ上にそれぞれキャストし、相対湿度80%の雰囲気下でクロロホルムを蒸発させ、一定面積(φ14mmのカバーグラス)にキャストする量を調節することで、平均孔径が5μm、10μm、ならびに20μmの3種のハニカム膜(以下、ハニカムA、B、Cと表す)を作製した。なお、各膜の平均孔径は、走査型電子顕微鏡(SEM)(HITACHI,S−3500)写真を用い、観察される孔の垂直に交わる2直径の平均として測定した。
【0051】
(2)非水溶性ポリマーからなる平膜の作製
(1)のポリマー溶液20μLをカバーガラス上にキャストした後、カバーガラスをスピンコーター(MIKASA 1H−D7)で1,000rpm、30秒間回転させ、カバーガラスの全面をポリマーで被覆、溶媒を蒸発させて孔のない平膜を作製し、細胞培養基材の比較コントロール(以下、平膜と表す)とした。
【0052】
(3)脂肪細胞の調製
清水らの方法(前記)に従って、前駆脂肪細胞を調製した。すなわち、Sprague−Dawley ratsを頸椎脱臼により安楽死させ、速やかに腸間膜内臓脂肪組織を摘出し、Hanks’ balanced salt solution(HBSS, Invitrogen)で洗浄してから、血管およびリンパ節を除いてハサミで小断片にした。 次に0.2% collagenase (TypeII、Worthington Biochemical Corporation)及び1.0% BSAを含むDMEM培地(Invitrogen)を加え、37℃で40分間、震盪させながらインキュベートした。次に600μmナイロンメッシュで濾過して、未消化の組織塊片を除き、HBSSを加えてから800×g、10分間、4℃で遠心した。沈殿物にDMEMを加え、100μmナイロンメッシュで濾過して、再び未消化の組織塊片を除き、HBSSを加えてから800×g、10分間、4℃で遠心し、前駆脂肪細胞を調製した。
【0053】
(4)脂肪細胞の培養
実施例1で作製したハニカムA、B、Cと(2)で調製した平膜を6ウェルプレートに置き、70%エタノールで滅菌し、さらにDMEM/F−12培地で洗浄後、2mLのDMEM/F−12培地を加えて各基材を浸した。各基材、及び接着細胞培養用の通常ディッシュ(greiner bio−one製、CELLSTAR(登録商標)、以下、通常ディッシュと表す)に、(3)で調製した脂肪細胞を0.5×105個/cmの播種密度でそれぞれ播種し、5%CO、37℃インキュベーター内で静置培養を開始した。
【0054】
培養開始より14日目(図2)では、通常ディッシュ(図2−1)、ハニカムA(図2−3)、ハニカムB(図2−4)、ハニカムC(図2−5)上で脂肪細胞の増殖が観察されたが、平膜(図2−2)上では、脂肪細胞は少なく、多くの細胞は繊維芽状の細胞であった。
培養開始より30日目(図3)では、通常ディッシュ(図3−1)及び平膜(図3−2)上の脂肪細胞の数は顕著に減少したが、ハニカムA(図3−3)、ハニカムB(図3−4)、ハニカムC(図3−5)上では、依然として多数の脂肪細胞が観察された。平膜では脂肪細胞の数が減少することから、ハニカム状多孔質上で多数の脂肪細胞が維持されるということは、ハニカム状多孔質体の構成成分によるものではなく、微細な孔が規則的に配置されるというハニカム状多孔質体の構造が、2週間を超え長期間に亘り脂肪細胞を培養基材上に維持するために重要であると考えられる。
【0055】
(5)アディポネクチン産生量の測定
各種培養基材上で培養した脂肪細胞の機能の指標として、アディポネクチン(adiponectin)の分泌量を、大塚製薬社製のadiponectin ELISA kit for rat/mouseを使用して測定した。アディポネクチンは、脂肪細胞が特異的に産生するサイトカインであり、インスリン抵抗性に起因する生活習慣病の改善効果を有する。
【0056】
培養開始より10日目(図4、10days)では、通常ディッシュ(レーン1)で培養した場合にアディポネクチンの分泌量が最も多かった。一方、培養開始より40日目(図4、40days)では、通常ディッシュで培養した場合でアディポネクチンの分泌量が培養開始10日目のそれと比較して顕著に減少しているのに対して、ハニカム膜で培養した場合ではアディポネクチンの分泌量が維持されていた(図4、レーン3−5)。また、ハニカム膜の孔径が大きくなる程、アディポネクチンの分泌量は高くなる傾向が認められた。一方、平膜では、培養開始10日目及び40日目のいずれにおいてもアディポネクチンの分泌量は低かった(図4、レーン2)。
【0057】
また、40日間培養した脂肪細胞からmRNAを回収し、Applied Biosystems 7500 Real Time PCR Systemを用い、TaqMan(登録商標)PCR kit protocolの実験方法に従ったリアルタイムPCRによって、アディポネクチン(図5)とC/EBPα(CCAAT/enhancer binding protein α、図6)のmRNA発現量をそれぞれ測定した。C/EBPαは成熟脂肪細胞に特異的な分化マーカーである。その結果、ハニカム膜の孔径が大きくなる程、いずれのmRNA発現量も高くなる傾向が認められた。
【0058】
以上の結果から、ハニカム膜の孔径が大きい方が脂肪細胞の指標であるアディポネクチンの発現量は高く、従って脂肪細胞の長期間培養用基材としては、平均孔径の大きい(20μm)ハニカムCの使用が好ましいことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、上記のとおり、脂肪細胞、特に成熟内臓脂肪細胞及び前駆内臓脂肪細胞を長期間安定に培養することができ、また前駆内臓脂肪細胞から成熟内臓脂肪細胞を分化誘導することができる、さらにこうして分化誘導された成熟内臓脂肪細胞をさらに長期間に亘って安定に培養することができる。また本発明に方法において培地に脂肪酸が含まれる系では、当該脂肪酸を細胞内部に蓄積乃至過剰蓄積した脂肪細胞を調製することもできる。
【0060】
また、本発明における増殖過程において、液体培地にある物質を加え、脂肪細胞内への脂肪の蓄積あるいは前駆内臓脂肪細胞から成熟脂肪細胞への分化誘導の抑制を観察することで、脂肪細胞への脂肪蓄積あるいは成熟脂肪細胞への分化誘導を抑制する物質をスクリーニングすることができる。従って本発明の方法は、脂肪細胞への脂肪の過剰蓄積を抑制する物質のスクリーニングに利用することができ、係る物質を有効成分とする機能性食品あるいは薬物の開発に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の軟骨組織再生用基材 であるハニカム フィルムの電子顕微鏡写真。
【図2】各種培養基材上で脂肪細胞を14日間培養したときの脂肪細胞の様子を示す、走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。1:通常ディッシュ、2:平膜、3:ハニカムA、4:ハニカムB、5:ハニカムC。
【図3】各種培養基材上で脂肪細胞を30日間培養したときの脂肪細胞の様子を示す、走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。1:通常ディッシュ、2:平膜、3及び6:ハニカムA、4及び7:ハニカムB、5及び8:ハニカムC。
【図4】各種培養基材上で脂肪細胞を10日間及び40日間培養したときの脂肪細胞からのアディポネクチンの分泌量を示すグラフである。レーン1:通常ディッシュ、レーン2:平膜、レーン3:ハニカムA、レーン4:ハニカムB、レーン5:ハニカムC。
【図5】ハニカムA〜C上で40日間培養したときの脂肪細胞におけるアディポネクチンのmRNA発現量をリアルタイムPCRで測定した結果を示すグラフである。レーン1:ハニカムA、レーン2:ハニカムB、レーン3:ハニカムC。
【図6】ハニカムA〜C上で40日間培養したときの脂肪細胞におけるC/EBPαのmRNA発現量をリアルタイムPCRで測定した結果を示すグラフである。レーン1:ハニカムA、レーン2:ハニカムB、レーン3:ハニカムC。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体に脂肪細胞を播種する工程、及び前記ハニカム状多孔質体上で前記脂肪細胞を増殖させる工程を含む、脂肪細胞の培養方法。
【請求項2】
脂肪細胞が成熟内臓脂肪細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
脂肪細胞が前駆内臓脂肪細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
脂肪酸、ビタミン及びインスリンを含む液体培地中で前駆内臓脂肪細胞を増殖させる、請求項3に記載の培養方法。
【請求項5】
さらにIGF−1を含み、かつインスリン濃度を0.85〜100ng/mLとした前記液体培地中で前駆内臓脂肪細胞を増殖させる、請求項4に記載の培養方法。
【請求項6】
ハニカム状多孔質体の孔の平均孔径が20μm〜50μmである、請求項1〜5の何れかに記載の培養方法。
【請求項7】
ハニカム状多孔質体上で脂肪細胞を14日〜40日間増殖させる、請求項1〜6の何れかに記載の方法。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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