説明

ハロゲン電球

【課題】ハロゲンに臭素を、ゲッタにタンタルを用いたハロゲン電球において、バルブ内面の黒化をさらに抑制すること。
【解決手段】バルブ内に臭素(Br)と酸素(O)とを、周囲温度20℃における酸素のバルブ内圧力が臭素のバルブ内圧力以上となるような量で封入することとした(本例では、酸素が1×10−2[atm]、臭素が1×10−3[atm])。これにより、ハロゲン電球点灯中において、タングステン酸化物を含む、気相状態のタングステン化合物の500[K]近傍の分圧(蒸気圧)が高くなる。点灯中におけるバルブ内面近傍が500[K]なので、高い蒸気圧を示すタングステン酸化物は、当該内面に付着しにくくなり、黒化が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハロゲン電球に関し、特に、バルブ内面の黒化抑制技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ハロゲン電球は、バルブ内に臭素等のハロゲンが封入されており、これにより、ハロゲンサイクルが達成されて、点灯中にフィラメントから蒸発したタングステンがバルブ内面に付着することによって生じる黒化を防止している。
ところが、製造工程において酸素等がバルブ内に残存することがある。この場合に、点灯中に蒸発したタングステンが酸素と結合して酸化タングステンとなり、拡散または対流によりバルブ内面に移動すると、酸化タングステンは蒸気圧が低いためバルブ内面に付着して黒化の原因となる。
【0003】
そこで、従来、バルブ内にタンタルなどのゲッタを設けたハロゲン電球が知られている(特許文献1,2,3、非特許文献1)。これにより、タンタルが酸素等の不純ガスを吸着することにより、バルブ内の不純ガス濃度を低減して、バルブ内面の黒化を抑制している。
【特許文献1】特公昭57−1862号公報
【特許文献2】特開平8−129994号公報
【特許文献3】特開2003−151506号公報
【非特許文献1】「臭素電球用ゲッタについての考察」 National Technical Report Vol.27 No.3 June 1981(72頁)
【非特許文献2】「HIGH−TEMPERATURE THERMODYNAMICS OF CHEMICAL TRANSPORT REACTIONS IN THE TUNGSTEN−BROMINE SYSTEM OF HALOGEN−INCANDESCENT LAMPS AND ITS INFLUENCE BY HYDROGEN,OXYGEN,AND CARBON」 Thermochimica Acta,8
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ハロゲンに臭素を、ゲッタにタンタルを用いたハロゲン電球において、バルブ内面の黒化は完全に無くなるものではなく、点灯時間の経過と共に徐々に黒化が進行するのが認められている。
本発明は、ハロゲンに臭素を、ゲッタにタンタルを用いたハロゲン電球において、バルブ内面の黒化をさらに抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するため、本発明に係るハロゲン電球は、気密封止されたバルブ内にタングステンフィラメントとタンタルゲッタとが収納されてなるハロゲン電球であって、前記バルブ内に臭素と酸素とが、酸素のバルブ内圧力が臭素のバルブ内圧力以上となる量で封入されていることを特徴とする。
また、周囲温度20℃における酸素のバルブ内圧力が1×10−3[atm]以上で、かつ、周囲温度20℃における気圧[atm]換算で、酸素の量が臭素の量の100倍未満となる範囲で、当該酸素と臭素とが封入されていることを特徴とする。
【0006】
さらに、前記バルブ内には、不活性ガスが封入されていて、当該不活性ガスと前記臭素と前記酸素とを含む混合ガスが、点灯中のバルブ内圧が30[atm]を越えない量で封入されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
上記構成からなるハロゲン電球によれば、バルブ内に臭素と酸素とが、酸素のバルブ内圧力が臭素のバルブ内圧力以上となる量で封入されているので、後述する化学平衡状態図に基づく予測、および当該予測を裏付ける試験結果から、従来のハロゲン電球よりもさらにバルブ内面の黒化が抑制されることが分かる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明に係るハロゲン電球の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
図1に実施の形態に係るハロゲン電球10を示す。なお、ハロゲン電球10の消費電力は130[W]である。
ハロゲン電球10は、気密封止されたバルブ12を有する。バルブ12は、石英ガラス製である。なお、石英ガラスに限らず、硬質ガラスを用いることもできる。
【0009】
バルブ12は、封止切りの残痕である閉塞部14、筒部16、および公知のピンチシール法によって形成された封止部18がこの順に連なった構造をしている。
バルブ12の全長は55[mm]であり、筒部16は円筒形をしていて、その外径は11[mm]である。なお、筒部16は、円筒形に限らず、例えば、回転楕円体形や略球形であっても構わない。また、筒部16の外表面に赤外線反射膜を形成することとしても構わない。
【0010】
封止部18内には、短冊状をした一対の金属箔20,22が封着されている。金属箔20,22はモリブデン製である。
金属箔20の一端部には外部導入線24の一端部が、金属箔22の一端部には外部導入線24の一端部が、それぞれ接合されて電気的に接続されている。外部導入線24,26は、タングステン製である。外部導入線24,26の他端部は、バルブ12の外部に導出されていて、バルブ12から露出している。
【0011】
金属箔20の他端部には内部導入線28の一端部が、金属箔22の他端部には内部導入線30の一端部が、それぞれ接合されて電気的に接続されている。内部導入線28,30は、タングステン製である。内部導入線28,30の一端部部分は、バルブ12の封止部18で支持されている。
また、内部導入線28の他端部部分と、内部導入線30の中程部分とが、石英ガラス製のステム32によって、所定の間隔をもって保持されている。また、ステム32は、ゲッタ34と後述するアンカー線36を保持している。
【0012】
図2(a)は、図1においてハロゲン電球10をA・A線に沿って切断した拡大断面図であり、図2(b)は、図1におけるステム32およびその近傍の拡大図である。
ステム32は、円柱状(直径が2.0mmで全長が7mm)をした一対の石英ガラス棒32A.32Bで、内部導入線28,30、ゲッタ34およびアンカー線36における各々の所定部位を挟持した状態で、石英ガラス棒32A.32Bの対向する部分を溶融させて両者を接合してなるものである。
【0013】
ゲッタ34は、タンタルからなり、直径0.2mm全長2mmの円柱状をしている。その一端部側はステム32に保持されており、他端部側はステム32から封止部18(図1)側に露出していて、当該他端部部分がバルブ12内空間に臨んでいる。すなわち、バルブ12内空間に面し実質的にゲッタとして機能するゲッタ34部分は、ステム32と封止部18との間、すなわち、ステム32で後述するフィラメントコイル38から当該ゲッタ34部分を隠すような位置に配されていることとなる。このような位置構成およびその目的等は、特許文献3に詳細に開示されているので、ここでは、簡単に言及するに止める。
【0014】
ゲッタ34を上記した位置に配することとしたのは、フィラメントコイルに断線が発生する原因の内の一つに対する対策のためである。その原因とは、以下の通りである。点灯中にゲッタからタンタルが蒸発し、蒸発したタンタルはバルブ内に在る酸素と結合してタンタル酸化物になる。タンタル酸化物は、バルブ内のガスの対流によってフィラメントコイル近傍に移動する。フィラメントコイル近傍に移動したタンタル酸化物は、熱分解されてタンタルと酸素に解離され、当該タンタルがフィラメントコイル(タングステン線)に付着して、タングステンと合金(以下、単に「合金」と言う。)を形成する。当該合金の融点(2850℃)はタングステンの融点(3400℃)より低いため、当該合金が形成された部分が過多に蒸発して、タングステン線が細り、断線を引き起こすのである。
【0015】
そこで、ゲッタ34を上記した位置に配することとすると、ゲッタ34から蒸発したタンタルの後述するフィラメントコイル38方向への移動がステム32によって阻まれることとなり、上記合金の形成が抑制されて断線の発生が低減されこととなるのである。
図1に戻り、内部導入線28の他端部と内部導入線30の他端部との間には、タングステン(W)線が巻回されてなるフィラメントコイル38が、そのコイル軸心がバルブ12の筒部16の中心軸と略一致する状態で、張架されている。また、タングステンからなるアンカー線36の一端部がフィラメントコイル38の中程に接続されている。これにより、ハロゲン電球10に外力が加わった場合に生じるフィラメントコイル38の振動を抑制して、フィラメントコイル38の断線を防止している。
【0016】
また、バルブ12内には、不活性ガス(例えば、Xe)と臭素(Br)と酸素(O)とを含む混合ガスが、周囲温度20℃において0.2[MPa](約1.97[atm])となる量封入されている。混合ガスの封入量は、点灯中にバルブ内圧が30[atm]を超えることのない量に制限される。30[atm]を超えると、バルブが破損する確率が非常に高くなるからである。換言すると、混合ガスの封入量を上記の範囲に制限することで、点灯中のバルブの破損を防止しているのである。なお、本発明における臭素(Br)と酸素(O)との混合割合については後述する。
【0017】
言うまでも無く、臭素は、ハロゲンサイクルを担って、バルブ12内面にフィラメントコイル38から蒸発したタングステンが付着することによる当該バルブ12内面の黒化(以下、単に「黒化」と言う。)を防止するために封入されている。
酸素は、[背景技術]の欄でも述べたように、黒化の原因となるものなので、従来、製造工程において可能な限りバルブ内に混入しないような対策が施されている。また、結果的にバルブ内に残存した酸素をバルブ内空間から除去すべく、タンタル等からなるゲッタをバルブ内に設けるといった対策がとられている。
【0018】
しかしながら、上記のような対策がなされているハロゲン電球、すなわちバルブ内の酸素量を十分に低減させたハロゲン電球であっても、上述したように、黒化が徐々に進行するのが認められる。
その理由を探るべく、本願の発明者らは、上記黒化の発生するような従来のハロゲン電球に関し、点灯時のバルブ内における気相化学種の分圧分布について調査した。当該分圧分布は、公知の化学平衡計算によって求めた。この化学平衡計算は、非特許文献1や非特許文献2に記載されているような一般的な手法であるので、その説明については省略する。
【0019】
化学平衡計算において設定するバルブ内の反応物として、固体タングステン(W)、固体タンタル(Ta)、臭素(Br)、および酸素(O)を規定した。また、バルブ内に封入する臭素および酸素の量は、周囲温度20℃におけるバルブ内圧力が、臭素は1×10−3[atm]、酸素は1×10−4[atm]となる量とした。臭素に関してこの量は、ハロゲンサイクルを良好に機能させるための通常の封入量であり、酸素に関してこの量は、製造時に排除しようとしてもバルブ内に残存してしまう量だからである。
【0020】
図3は、計算結果をグラフで表した図である(以下、「化学平衡状態図」と言う。)。横軸に定常点灯時におけるバルブ内の温度[K]を、縦軸にバルブ内に表れる気相化学種の分圧[atm]を採った。図3において、実線は、気相化学種として現れる、酸化タングステンや臭化タングステンを含むタングステン化合物の総圧を、破線は、気相化学種として現れる、酸化タンタルや臭化タンタルを含むタンタル化合物の総圧をそれぞれ示している。なお、この化学平衡計算においては、バルブ内表面に付着・堆積し、黒化の原因となる固体タングステン等の固相化学種については考慮していない。換言すれば、この化学平衡計算によるシミュレーションは、後述するように、気相化学種の分圧分布からバルブ内表面等に堆積する固相化学種(固体タングステン等)を予測しようとするものである。
【0021】
ここで、分圧が高いということは蒸気圧が高いことを意味し、分圧が低いということは蒸気圧が低いことを意味する。そして、蒸気圧が高いほどその気相化学種は気相のままで存在しやすく、蒸気圧が低いほどその気相化学種は固相に変化し易い。
図3で、タンタル化合物(破線)について見ると、バルブ内の温度に関わらず、すなわち、バルブ内における位置に関わらず、略一定で高目の蒸気圧を示している。一方、酸化タングステンを含むタングステン化合物(実線)について見ると、温度が低くなるにしたがって、蒸気圧が低下しており、図に記入しきれなかった500[K]では、相当に低い蒸気圧になっている。バルブ内面の温度がおおよそ500[K]であるので、蒸気圧の低い酸化タングステンは、固相に変化して当該バルブ内面に付着し、徐々に堆積して黒化が進行していくものと思われる。
【0022】
本願の発明者らは、ハロゲンサイクルを担う臭素の適切な封入量等を調査すべく、当該臭素の封入量を種々に変えてハロゲン電球を作製し、点灯試験を実施している最中に、作製したハロゲン電球の中に黒化の発生しにくいものがあることを見出した。そこで、後述するようにして、当該ハロゲン電球のバルブに封入されている臭素の量と酸素の量とを調べてみると、周囲温度20℃におけるバルブ内圧力が、臭素は約1×10−3[atm]、酸素は約1×10−2[atm]となる量であった。すなわち、従来、できるだけ排除しなければならないとされている酸素の量と、ハロゲンサイクルに必須である臭素の量とが、気圧換算で逆転していることがわかった。
【0023】
そこで、上記した黒化の発生しにくいハロゲン電球についても化学平衡状態図を作成してみた。図4に、当該化学平衡状態図を示す。図4に示すように、酸化タングステンを含むタングステン化合物(破線)における500[K]およびその近傍における低蒸気圧は解消されて、高い蒸気圧を示していることが分かる。すなわち、バルブ内面の近傍における蒸気圧が高いため、酸化タングステンは固相に変化しにくく(バルブ内面に付着・堆積しにくく)、このため黒化が発生しにくかったものと考えられる。
【0024】
また、この高い蒸気圧は約1500[K]まで維持されており、1500[K]を超えて高温になると下がり、おおよそ2000〜2500[K]付近で低い値となることがわかる。このような温度領域で、タングステン化合物(実線)が低い蒸気圧を示すことは、ハロゲンサイクルが良好に機能する上で好ましい。すなわち、点灯中、フィラメントコイルのコイル軸心方向における中央部およびその近傍は、2500〜3000[K]になる。この温度付近で蒸気圧が低いということは、フィラメントコイルから蒸発してタングステン化合物となり、バルブ内面に付着することなく還流したタングステンが、ここで(フィラメントコイル中央部およびその近傍で)固相に変化してフィラメントコイルに付着しやすい(戻りやすい)ことを意味するからである。
【0025】
上記した結果を踏まえ、本願の発明者らは、臭素と酸素の混合割合が、黒化をさらに抑制するための重要な要素となるのではないかと推測し、臭素と酸素の混合割合が異なる25種のハロゲン電球の各々について、化学平衡状態図を作成した。
作成結果を図5に示す。図5は、周囲温度20℃における臭素(Br)と酸素(O)の封入圧力[atm]をパラメータとして、封入圧力の組み合わせの各々における化学平衡状態図をマトリックス状に整理したものである。説明の便宜上、各組み合わせに係るハロゲン電球に番号(No.)を付して区別している。因みに、No.8のハロゲン電球に係る化学平衡状態図は図4に示したものと同じであり、No.18のハロゲン電球に係る化学平衡状態図は図3に示したものと同じである。
【0026】
図5から、臭素の封入圧力が酸素の封入圧力よりも高いハロゲン電球(No.6,11,12,16〜18,21〜24)におけるタングステン化合物(実線)の分圧分布は、低温度領域になるほど低くなるといった図3と同様の傾向を示しており(No.18については当然であるが)、黒化が発生しやすいものと推測される。
一方、酸素の封入圧力が臭素の封入圧力以上であるハロゲン電球(No.1〜5,7〜10,13〜15,19,20,25)におけるタングステン化合物(実線)の分圧分布は、図4に示した化学平衡状態図と同様の傾向を示しているので(No.8については当然であるが)、黒化が発生しにくく、良好なハロゲンサイクルが得られるものと推測される。
【0027】
上記した推測を検証するため、本願の発明者らは、No.6〜25のハロゲン電球を実際に作製し、点灯試験を実施した。作製個数は、各No.に付き2個である。なお、臭素と酸素の封入圧力の調整方法については後述する。
試験結果について、図5と同様、マトリックス状にまとめたものを図6に示す。
図5において、累積点灯時間が500[h]を経過する前に、目視で黒化が認められたものについては、黒塗りの丸「●」を記入した。また、累積点灯時間が3000[h]を経過する前にフィラメントコイルが断線したものについては、黒塗りの四角「◆」を記入した。累積点灯時間が500[h]に達した時点で目視による黒化が認められず、かつ、3000[h]を経過する前にフィラメントコイルの断線しなかったものについては、白抜きの丸「○」を記入した。なお、断線が生じたハロゲン電球の断線は、いずれも累積点灯時間が1000〜2000[h]の間で発生した。
【0028】
図6から、化学平衡状態図に基づく予測の通り、臭素の封入圧力が酸素の封入圧力よりも高いハロゲン電球(No.6,11,12,16〜18,21〜24)において、黒化が発生しやすいことが分かる(「●」印)。
また、酸素の封入圧力が臭素の封入圧力以上であるハロゲン電球(No.1〜5,7〜10,13〜15,19,20,25)において、黒化が発生しにくいことが分かる。
【0029】
したがって、周囲温度20℃におけるバルブ内の酸素の封入圧力が臭素の封入圧力以上となるハロゲン電球とすることで、可能な限り酸素を除去して作製してなる従来のハロゲン電球(No.6,11,12,16〜18,21〜24)よりも、黒化を抑制することができることとなる。なお、No.1〜5のハロゲン電球についての検証試験は実施していないが、上記試験結果と化学平衡状態図に基づく予測との整合性に鑑みると、図5に示すNo.1〜5の化学平衡状態図から、これらのハロゲン電球も、従来のものと比較して、黒化が発生しにくいものと考えられる。
【0030】
しかしながら、図6から、黒化の発生しにくいハロゲン電球(No.1〜5,7〜10,13〜15,19,20,25)の中には、3000[h]以内に断線の発生しているものが認められる(No.9,10,15,20,25)。
この断線の生じる原因の主なものとして二つのことが考えられる。一つは、上述した、フィラメントコイルに形成される合金(タンタルとタングステンの合金)に起因するものであり(以下、「第1原因」と言う。)、もう一つは、後述する原因(以下、「第2原因」という。)である。
【0031】
ここで、No.20,25のハロゲン電球で生じた断線は、主として、第1原因に因るものと思われる。詳細は示さないが、No.20,25の化学平衡状態図から、点灯中に示すフィラメントコイルの温度域における、タンタル酸化物を含むタンタル化合物の分圧(破線)が、他の、ハロゲン電球の場合と比較して、1×10−5[atm]と非常に低いことが認められている。すなわち、蒸気圧が低いので、フィラメントコイル(タングステン線)に、タンタルが付着しやすく、したがって、付着したタンタルとタングステンとで合金が形成されやすくなって、上述した理由で、断線が生じやすいと考えられるからである。なお、本件でも、特許文献3のハロゲン電球と同様、ゲッタ(タンタル)の設ける位置を工夫することによって、タンタル化合物(タンタル酸化物)が、フィラメントコイルへ移動しにくくしていることは上述した通りである。しかし、ゲッタとフィラメントコイルとが同一の空間(バルブ内空間)でつながっている以上、上記移動を完全に排除することはできず、タンタル化合物の蒸気圧が極端に低くなると、僅かながらもフィラメントコイルに到達したタンタル化合物がフィラメントコイルに非常に付着し易くなって、断線が生じやすくなるものと考えられる。
【0032】
一方、No.9,10,15のハロゲン電球で生じた断線は、主として、第2原因に因るものと思われる。ここで、第2原因について、No.10のハロゲン電球を例に、図5に示した化学平衡状態図を参照しながら説明する。図5におけるNo.10の化学平衡状態図から、タングステン化合物の分圧曲線(実線)が低温度領域から中温度領域に進行するにしたがって、急激に低下している箇所が認められる。図3、図4のように詳細なものは示さないが、この急激な低下は1500[K]を少し超えたあたりから2000〜2500[K]の間で生じることが認められている。また、定常点灯時におけるフィラメントコイルの両端部の温度は、約1300[K]であり、中央部の温度は2500〜3000[K]である。このことは、タングステン化合物の分圧が、フィラメントコイルの端部と中央部の間といった極短距離の2点間で急激に変化していることを示している。このように極短距離の2点間で分圧の急激な変化があると、分圧の高い領域(すなわち、フィラメントコイル両端部近傍)から低い領域(すなわち、フィラメントコイルの中央部近傍)へ、タングステン化合物の激しい輸送が生じる。これによって、フィラメントコイルの両端部部分におけるタングステンの蒸発が誘発されて、当該両端部部分のフィラメントコイル線(タングステン線)が細り、断線に至るものと考えられる。実際、断線したハロゲン電球を観察してみると、そのいずれにおいても、少なくともフィラメントコイルの一端部が切れていることが認められたことからも、上記した考察は首肯されるものである。
【0033】
図6から、酸素の封入圧力が臭素の封入圧力の100倍以上であるハロゲン電球(No.9,10,15)で第2原因に因る断線が生じやすいことがわかる。換言すると、周囲温度20℃におけるバルブ内の酸素の封入圧力が臭素の封入圧力の100倍未満となるハロゲン電球とすることで、断線を発生しにくくすることができると考えられる。なお、No.1〜5のハロゲン電球についての点灯試験は実施していないが、断線が発生したハロゲン電球(No.9,10,15)の化学平衡状態図におけるタングステン化合物の分圧曲線(実線)とNo.1〜5の化学平衡状態図におけるタングステン化合物の分圧曲線(実線)との間の類似・非類似性から判断して、No.1,2のハロゲン電球では、断線が生じにくく、No.3〜5のハロゲン電球では断線が生じ易いものと考えられる。
【0034】
なお、断線は、第1原因および第2原因の一方のみの原因で生じる訳ではなく、これらが複合的に関係して生じる場合もあるものと考えられる。
以上説明した断線を抑制するといった観点からは、(i)主として第1原因を低減するために(No.20,25のようなものとならないために)、酸素の封入圧力を1×10−3[atm]以上とし、かつ、(ii)主として第2原因を低減するために(No.3〜5,9,10,15のようなものとならないために)、酸素の封入圧力が臭素の封入圧力の100倍未満となるようにすることが有効であると考えられる。なお、この封入圧力は、言うまでもなく、完成したハロゲン電球におけるバルブ内の、周囲温度が20℃の圧力である。
【0035】
次に、臭素および酸素の封入圧力の調整方法について説明する。バルブ内に臭素、酸素を注入する際の臭素ボンベの圧力および酸素ボンベの圧力と、結果的に得られるハロゲン電球のバルブ内における臭素の圧力(封入圧力)および酸素の圧力(封入圧力)との相関関係を求め、当該相関関係を利用することにより、臭素ボンベおよび酸素ボンベの圧力調整によって、目的とする圧力で臭素および酸素が封入されてなるハロゲン電球を得ることとした。
【0036】
上記相関関係を求めるにあたり、作製されたハロゲン電球のバルブ内における臭素の圧力(封入圧力)および酸素の圧力(封入圧力)を得る方法について説明する。なお、本明細書で臭素の封入圧力と酸素の封入圧力は、30分間のエージング点灯の後、ハロゲン電球が周囲温度20℃の環境にあるときの圧力である。
先ず、臭素について説明する。バルブ内の物質をすべて専用溶液に吸収させ、当該溶液を、イオンクロマトグラフ法を用いて分析することにより、バルブ内に存した臭素の量nが求まる。そして、求まった量nとバルブ容積Vおよび温度T(=293[K](=20℃))とから、気体の状態方程式:PV=nRT(Rは気体定数)によって、臭素の封入圧力Pが求まる。
【0037】
次に、酸素について説明する。酸素の場合は、四重極質量分析計を用いた分析結果から封入圧力を求める。以下、具体例を用いて説明する。例えば、バルブ内の総ガス圧0.3[MPa]、酸素分圧0.001%、水蒸気分圧0.002%、二酸化炭素分圧0.002%なる結果が得られた場合、酸素、水蒸気、二酸化炭素の分圧は、それぞれ、3[Pa]、6[Pa]、6[Pa]である。水蒸気(HO)の分圧における酸素分子寄与分は、O単原子が1モル含まれるためO分子に換算すると半分になるので、3[Pa]である。また、二酸化炭素(CO)の分圧における酸素分子寄与分は、O分子が1モル含まれるので、6[Pa]である。よって、酸素の総圧力は、12(=3+3+6)[Pa]となり、この値を気圧に換算すると約1.2×10−4[atm]となる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明に係るハロゲン電球は、黒化が抑制され光束維持率に優れるので、さまざまな照明装置の光源として利用可能である。例えば、反射鏡と一体となりスポット照明に用いられる反射鏡付ハロゲン電球に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】実施の形態に係るハロゲン電球を示す図である。
【図2】(a)は、図1においてA・A線に沿って切断した拡大断面図であり、(b)は、図1の一部拡大図である。
【図3】周囲温度20℃におけるバルブ内圧力が、臭素は1×10−3[atm]、酸素は1×10−4[atm]となる量、臭素と酸素とを封入したハロゲン電球において、定常点灯時に発生するタンタル化合物(気相)とタングステン化合物(気相)の温度に依存して生じる分圧分布を示す化学平衡状態図である。
【図4】周囲温度20℃におけるバルブ内圧力が、臭素は1×10−3[atm]、酸素は1×10−2[atm]となる量、臭素と酸素とを封入したハロゲン電球において、定常点灯時に発生するタンタル化合物(気相)とタングステン化合物(気相)の温度に依存して生じる分圧分布を示す化学平衡状態図である。
【図5】周囲温度20℃における臭素(Br)と酸素(O)の封入圧力[atm]をパラメータとして、封入圧力の組み合わせの各々における、定常点灯の際の化学平衡状態図をマトリックス状に整理した図である。
【図6】点灯試験の結果をまとめた図である。
【符号の説明】
【0040】
10 ハロゲン電球
12 バルブ
34 ゲッタ
38 フィラメントコイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気密封止されたバルブ内にタングステンフィラメントとタンタルゲッタとが収納されてなるハロゲン電球であって、
前記バルブ内に臭素と酸素とが、酸素のバルブ内圧力が臭素のバルブ内圧力以上となる量で封入されていることを特徴とするハロゲン電球。
【請求項2】
周囲温度20℃における酸素のバルブ内圧力が1×10−3[atm]以上で、かつ、周囲温度20℃における気圧[atm]換算で、酸素の量が臭素の量の100倍未満となる範囲で、当該酸素と臭素とが封入されていることを特徴とする請求項1記載のハロゲン電球。
【請求項3】
前記バルブ内には、不活性ガスが封入されていて、当該不活性ガスと前記臭素と前記酸素とを含む混合ガスが、点灯中のバルブ内圧が30[atm]を越えない量で封入されていることを特徴とする請求項1または2記載のハロゲン電球。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−41350(P2008−41350A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−211912(P2006−211912)
【出願日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)