説明

バナジウムフタロシアニン化合物およびこれを用いた近赤外線吸収フィルター

可視光領域においては光の吸収率が低いのに対し、近赤外線領域においては優れた吸光効率を示す、新規なバナジウムフタロシアニン化合物およびこれを用いた近赤外線吸収フィルターが開示される。前記近赤外線吸収バナジウムフタロシアニン化合物は、下記の一般式1で表される。
【化1】


式中、A、A、A、A、A10、A11、A14およびA15は、それぞれ別々に、OR、SRまたはハロゲン原子であり、これらのうち少なくとも4個はORであり;
、A、A、A、A、A12、A13およびA16は、それぞれ別々に、OR、SR、NRまたはハロゲン原子であり、これらのうち少なくとも1つはNRであり、少なくとも4個はORであり;
、R、RおよびRは、それぞれ別々に、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数6〜10のアリール基または炭素数7〜15のアラルキル基を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バナジウムフタロシアニン化合物およびこれを用いた近赤外線吸収フィルターに関する。さらに詳しくは、可視光領域においては光の吸収率が低いのに対し、近赤外線波長領域においては優れた吸光効率を示す、新規なバナジウムフタロシアニン化合物およびこれを用いた近赤外線吸収フィルターに関する。
【背景技術】
【0002】
フタロシアニン化合物は、本来、顔料として開発されたものであり、熱的・化学的に安定である。そのうえ、その外郭構造に様々な置換基を導入することで、構造的特徴とともに溶解性および吸光特性を変化させることができる。このため、フタロシアニン化合物は、熱的・化学的安定性を必要とする様々な用途、特に、最近の電子産業の爆発的な成長に伴い、様々な電子産業分野において、例えば、レーザープリンター用の有機感光体に用いる色素、プラズマディスプレイパネル(PDP)用の近赤外線吸収素材、太陽電池用増感剤等の用途に、広く用いられている。
【0003】
特に、最近のディスプレイ産業全般の急速な膨張に伴い、PDP用の近赤外線吸収フィルターの使用量が急増していることから、近赤外線吸収素材への需要が増大しつつある。PDP用の近赤外線吸収フィルターは、PDPから発せられる様々な光源の一つであって、家庭用リモコンの誤作動を引き起こしうる近赤外線領域の光を遮断するために用いられる。この種の近赤外線吸収フィルターに用いられる近赤外線吸収色素は、800〜1100nm波長の近赤外線領域において光の吸収特性に優れているとはいえ、可視光領域においては低い光吸収特性を示すため、光源から発せられた可視光の透過率を最大限に高めるとともに、ディスプレイの色域(色再現性)を向上させる必要がある。また、近赤外線吸収色素は、加工し易さのために、溶解度、耐環境性、耐久性などを有さなければならない。このような近赤外線吸収色素の代表例としては、上述したシアニン系化合物、ニッケル−ジチオニル系化合物、ジイモニウム系化合物などが知られている。しかしながら、前記シアニン系化合物は耐熱性に劣るため未だ実用化が困難であり、ジイモニウム系化合物は水分等周辺環境に対する耐久性に劣るため、最近ディスプレイ産業において頻用されているコーティング型近赤外線フィルター方式には不向きである。なお、ニッケル−ジチオニル系化合物は可視光の吸収特性は低いものの、溶解度が低いため、その利用が限定される。
【0004】
これに対して、フタロシアニン化合物は、他の化合物と比較して、耐久性および耐環境性に卓越しており、構造外郭の置換基を調節して溶解度の問題を解消することができ、中心金属を変化させて、800〜1100nmの近赤外線領域のほとんどにおいて比較的に自由に吸光効率を増大させることができて、PDP等に適用されるコーティング型近赤外線吸収フィルター方式に向いていることが知られている。しかしながら、近赤外線吸収用の従来のフタロシアニン化合物は、主として900〜1000nm領域における感光特性に優れているとはいえ、ニッケル−ジチオニル系化合物などに比べて、可視光領域における光吸収率がやや高いため、色域を低下させるという欠点がある。また、従来のフタロシアニン化合物は、PDP用の光源から発せられる近赤外線のうち、最大の部分を占める880〜920nm領域における光吸収率が未だ満足のいくものではない。このため、フタロシアニン化合物の中心金属または構造外郭の置換基を変えて、前記主要波長領域における光吸収率を増大させるための多角的な研究が盛んになされている。しかしながら、置換基として、フェノール、チオフェノール、1級アミンなどを導入する場合、可視光領域における光吸収率も増加して色域を悪化させるため、用途は制限されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明の目的は、近赤外線領域、特に、880〜920nmの領域における高い光吸収率にと、可視光領域における低い光吸収率をもつ、優れた色域(色再現性)を示すバナジウムフタロシアニン化合物を提供することである。
【0006】
本発明の他の目的は、近赤外線吸収特性および色域に優れたバナジウムフタロシアニン化合物を用いた近赤外線吸収フィルターを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、本発明は、下記の一般式1で表される近赤外線吸収バナジウムフタロシアニン化合物を提供する。
【化1】


式中、A、A、A、A、A10、A11、A14およびA15は、それぞれ別々に、OR、SRまたはハロゲン原子であり、これらのうち少なくとも4個はORであり;
、A、A、A、A、A12、A13およびA16は、それぞれ別々に、OR、SR、NRまたはハロゲン原子であり、これらのうち少なくとも1つはNRであり、少なくとも4個はORであり;
、R、RおよびRは、それぞれ別々に、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数6〜10のアリール基または炭素数7〜15のアラルキル基を表す。
【0008】
また、本発明は、前記近赤外線吸収バナジウムフタロシアニン化合物を含む近赤外線吸収フィルターを提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るバナジウムフタロシアニン化合物は、850〜950nm、特に880〜930nmの領域に極大吸収率を有する。前記極大吸収率の波長における透過度を10%としたときに、可視光領域、例えば、450nmにおける透過度が90%以上と極めて優れた値を示す。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、実施例1、実施例2および比較例1に従い製造されたバナジウムフタロシアニン化合物のUV−VIS吸収スペクトルである。
【0011】
【図2】図2は、実施例1、実施例2および比較例1に従い製造されたバナジウムフタロシアニン化合物のUV/VIS透過スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
下記記述を参照することにより、本発明のより好適な実施形態およびその多くの付随する利点についてより理解することができる。
【0013】
本発明に係るバナジウムフタロシアニン化合物は、近赤外線領域における光吸収率に優れていると共に、可視波長領域における光吸収率が低い近赤外線吸収化合物であり、下記の一般式1で表される。
【化1】


式中、A、A、A、A、A10、A11、A14およびA15は、それぞれ別々に、OR、SRまたはハロゲン原子であり、これらのうち少なくとも4個はORであり;
、A、A、A、A、A12、A13およびA16は、それぞれ別々に、OR、SR、NRまたはハロゲン原子であり、これらのうち少なくとも1つはNRであり、少なくとも4個はORであり;
、R、RおよびRは、それぞれ別々に、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数6〜10のアリール基、好ましくは、フェニル基、または炭素数7〜15のアラルキル基を表す。
およびRは互いに連結されて環を形成していてもよい。
【0014】
ここで、前記ハロゲン原子はフッ素原子であることが好ましく、特に、前記A〜A16のうちの少なくとも一つはフッ素原子またはNRであることが好ましい。また、前記RおよびRは、互いに連結されて環状構造を形成することが好ましく、この場合、前記NRは、ピロリジン、ピペリジン構造等の炭素数4〜20、好ましくは、炭素数4〜8のヘテロ環化合物を形成していてもよい。なお、必要に応じて、前記R、R、RおよびRは、炭素数1〜10のアルキル基、ハロゲン基等の置換基を有していてもよい。
【0015】
前記一般式1のフタロシアニン化合物は、フタロシアニン構造中に、中心金属としてのバナジウムを導入することにより、850〜950nmの波長の光を遮断することができ、これと同時に置換基としての2級アミンを導入して、近赤外線領域、特に、880〜920nm波長の光を効率よく遮断するだけではなく、可視光領域においては高い光透過特性を示す。このため、前記フタロシアニン化合物は、耐久性および耐環境性に極めて優れているだけではなく、880〜930nm、より好ましくは880〜920nm波長の近赤外線領域における光吸収能力に卓越しており、しかも、可視光領域における光吸収が極めて低いという特徴がある。具体的に、前記フタロシアニン化合物は、近赤外線領域(880〜920nmの波長)内の極大吸収波長における透過度(T%)が10%であるときに、可視光領域(約450nmの波長)における透過度は90%を超える。
【0016】
前記一般式1で表されるフタロシアニン化合物は、各種の論文や特許から周知のように、置換されたジシアノベンゼンまたは置換されたジイミノイソインドリンをそれぞれに好適な触媒と一緒に高温反応させて合成することができる。例えば、Inorg. Chem. 1995、34、1636−1637、特開平1997−316049号等の各種の論文および特許に開示されているように、置換されたジシアノベンゼンから製造することができる。
【0017】
本発明に係るフタロシアニン化合物は、通常の方法に従い、近赤外線吸収フィルターの製造に、近赤外線吸収フィルターの色素として使用することができる。近赤外線吸収フィルターの用途に適した高分子樹脂としては、ポリメチルメタクリラート、ポリエステル、ポリカーボナート、ポリウレタンなどほとんどの透明な高分子樹脂が使用できる。しかし、各用途において、求められる耐熱性、耐環境性などの条件に適した素材が用いられる。近赤外線吸収フィルターは、前記近赤外線吸収色素を溶媒に溶解させ、これを前記高分子樹脂にコーティングして製造することができる。前記溶媒としては、メチルエチルケトン、テトラヒドロフラン、クロロホルム、トルエンなど様々な溶媒が使用可能である。
【実施例】
【0018】
以下、本発明の理解に役立つように好ましい実施例をあげるが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0019】
[実施例1]バナジウムフタロシアニンの製造
UV/VIS極大吸収波長が752nmにあり、吸光係数(ε)は91,200ml/g・cmである酸化バナジウムフタロシアニン系(VOPc:Vanadium oxide Phthalocyanine)前駆体化合物VOPc(2,5−ClPhO){2,6−(CHPhO}10g(ここで、Phはフェニルを表す。)を、還流装置付き3口フラスコに投入し、ピペリジン200mlと一緒に60℃において2時間反応させた。反応終了後、反応液を真空濃縮して、バナジウムフタロシアニン化合物VOPc(2,5−ClPhO){2,6−(CHPhO}(C10N)を得た。ここで、−C10Nの少なくとも1つは、一般式1のA、A、A、A、A、A12、A13およびA16の位に位置する。得られたバナジウムフタロシアニン化合物の極大吸収波長は914nmにあり、吸光係数は54,200ml/g・cmであった。
【0020】
[実施例2]バナジウムフタロシアニンの製造
ピペリジン200mlの代わりに、ピロリジン200mlを使用した以外は、実施例1の方法と同様にして、バナジウムフタロシアニン化合物VOPc(2,5−ClPhO){2,6−(CHPhO}(CN)を得た。得られたバナジウムフタロシアニン化合物の極大吸収波長は910nmにあり、吸光係数は54,800ml/g・cmであった。
【0021】
[比較例1]バナジウムフタロシアニンの製造
還流装置付き3口フラスコに3,4,5,6−テトラフルオロフタロニトリル10g、チオフェノール10gおよびフルオロ化カリウム7gを入れ、溶媒としてアセトニトリル30mlを投入した後、室温で12時間攪拌させた。反応終了後、反応液に2,6−ジメチルフェノール7gおよびフルオロ化カリウム4gを投入し、8時間還流反応させた後、反応が終結すると真空蒸留した。このようにして得られた粗反応物20gを還流装置付き3口フラスコに入れ、バナジウムトリクロリド2g、1−オクタノール2gおよびベンゾニトリル30gと一緒に8時間かけて還流反応させた。反応終了後、真空蒸留によりバナジウムフタロシアニン化合物前駆体VOPc(PhS){2,6−(CHPhO}を得た。前記粗バナジウムフタロシアニン化合物前駆体10gおよびシクロヘキシルアミン50mlを還流装置付き3口フラスコに入れ、60℃において8時間かけて反応させた。反応終了後、反応液を真空濃縮して、バナジウムフタロシアニン化合物VOPc(PhS){2,6−(CHPhO}(C11NH)を得た。得られたバナジウムフタロシアニン化合物の極大吸収波長は933nmにあり、吸光係数は64,200ml/g・cmであった。
【0022】
[実験例]UV/VISスペクトル分析
前記実施例1、実施例2および比較例1に従い製造されたバナジウムフタロシアニン化合物をトルエンにそれぞれ10ppmの濃度に薄め、UV/VISスペクトルを測定した。実施例1、実施例2および比較例1に従い製造されたバナジウムフタロシアニン化合物のUV/VIS吸収スペクトルを図1に示し、これより極大吸収波長および吸光係数(ml/g・cm)を算出した。なお、実施例1、実施例2および比較例1に従い製造されたバナジウムフタロシアニン化合物のUV/VIS透過スペクトルを図2に示し、これより近赤外線領域内にある極大吸収波長および可視光領域、すなわち、450nmにおける透過度を算出して、下記表1に示した。ここで、可視光領域の透過度とは、極大吸収波長における透過度を10%とした場合の透過度を意味する。
【表1】

上記表1から、比較例1のバナジウムフタロシアニン化合物と比較して、実施例1および2のバナジウムフタロシアニン化合物の方が、可視光領域の透過度に優れていることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式1で表される近赤外線吸収バナジウムフタロシアニン化合物。
【化1】


式中、A、A、A、A、A10、A11、A14およびA15は、それぞれ別々に、OR、SRまたはハロゲン原子であり、これらのうち少なくとも4個はORであり;
、A、A、A、A、A12、A13およびA16は、それぞれ別々に、OR、SR、NRまたはハロゲン原子であり、これらのうち少なくとも1つはNRであり、少なくとも4個はORであり;
、R、RおよびRは、それぞれ別々に、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数6〜10のアリール基または炭素数7〜15のアラルキル基を表す。
【請求項2】
前記RおよびRは、連結されて環状構造を形成するものである、請求項1に記載の近赤外線吸収バナジウムフタロシアニン化合物。
【請求項3】
前記NRは、ピロリジンおよびピペリジンよりなる群から選ばれる構造のヘテロ環化合物を形成するものである、請求項1に記載の近赤外線吸収バナジウムフタロシアニン化合物。
【請求項4】
請求項1に記載の近赤外線吸収バナジウムフタロシアニン化合物を含む近赤外線吸収フィルター。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公表番号】特表2012−513986(P2012−513986A)
【公表日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−543408(P2011−543408)
【出願日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際出願番号】PCT/KR2009/006494
【国際公開番号】WO2010/076968
【国際公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(500116041)エスケー ケミカルズ カンパニー リミテッド (49)
【Fターム(参考)】