説明

バナジウム錯体触媒

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】この出願の発明は、バナジウム錯体触媒を用いた酸素の4電子還元に関するものである。さらに詳しくは、この出願の発明は、水および有機溶媒中の溶存酸素の還元や、燃料電池の酸素還元電極触媒等として有用な、新しい酸素還元用バナジウム錯体触媒に関するものである。
【0002】
【従来の技術とその課題】従来より、酸素の電解還元については、1電子還元によるスーパーオキシドの生成や、2電子還元による過酸化水素の生成が知られているが、4電子還元による水の生成を可能とする方法やそのための触媒に関してはあまり知られていない。4電子還元では最も高い電位で酸素を還元することになるので、この4電子還元を可能とする触媒が見出されるとすると、この触媒は酸化力の強い酸化剤として利用することができることにもなる。しかも4電子還元では水を生成するため、そのための触媒は、クリーンなエネルギー変換系を提供することができることになる。
【0003】たとえばこれまでにも、平滑な白金電極は、強酸性下で酸素4電子還元を可能とする酸素還元電極として燃料電池に使用されている。しかしながら、これまでの酸素4電子還元系では過電圧が大きいことから、このエネルギーロスを解決することが必要となる。そこで、これまでにも、そのための手段として数多くの電子移動速度増加剤、すなわち電極触媒系の提案がなされてきている。まず、コバルトポルフィリン二核錯体による解決方法が試みられている(たとえば、F.C.Anson et al., J.Am.Chem.Soc., 1980,102,6027)。だが、触媒の作動速度が遅く、酸素還元電流が低いレベルにとどまる結果となっている。また錯体の合成が極めて困難で収率も悪く、酸素と錯体の反応機構も充分に解明されていない。
【0004】また、酸素の4電子還元触媒として、一つのコバルトポルフィリン錯体に複数の電子供与錯体(たとえばルテニウムアンミン錯体)を連結した多核錯体系が報告されている(たとえばF.C.Anson et al., J.Am.Chem.Soc., 1991,113,9564)。だが、観測された還元作動電位は期待されたほど高いものではなく、しかも、錯体が分解したり、あるいは電極表面から溶液中に溶けだす場合があり、とても実用に耐え得ないのが実情である。
【0005】そこでこの出願の発明は、以上のとおりの従来の技術的限界を越えて、酸素還元電位が高く、触媒活性が高いとともにその安定性にも優れ、その調製も容易な、酸素4電子還元方法を提供することを目的としている。
【0006】この出願の発明は、上記の課題を解決するものとして、酸素の4電子還元方法であって、酸素を、少なくともバナジウム原子がμ−オキソ架橋またはジオキソ架橋され、配位子としてシッフ塩基を有する二核バナジウム錯体からなる酸素還元用バナジウム錯体触媒を含有する酸性溶液中、該酸素還元用バナジウム錯体触媒のバナジウムの還元電位で電解還元する酸素還元方法を提供する。
【0007】そして、この発明は、上記の態様としてッフ塩基が、サリチリデンアルキルジアミンまたはサリチルアルデヒドエチレンジイミンから選択されるものであること、核バナジウム錯体が、アニオンを有すること、およびアニオンが、ヨウ素またはトリフルオロホウ酸であることも提供する。
【0008】
【発明の実施の形態】この出願の発明は、上記のとおり、バナジウム錯体を触媒とすることにより酸素の4電子還元を可能とするものであるが、以下にさらに詳細に説明する。まず、この発明の酸素還元方法に用いるバナジウム錯体としては、たとえば配位子がサリチルアルデヒドアルキレンジイミン等のシッフ塩基で構成される単核または二核錯体形成するものである。この二核錯体においては、複数のバナジウムはオキソ配位子によって架橋されているものが特徴の一つとして示される。たとえば、特に、ビス(サリチルアルデヒド)エチレンジイミンが例示される。
【0009】そして、この発明の酸素還元方法では、バナジウム錯体触媒における活性状態でのバナジウムの数が重要である。たとえばμ−オキソ型あるいはジオキソバナジウム型の二核錯体を形成することで触媒活性が発現する。これらの核錯体は単核バナジウム錯体と強酸との反応により生成する。したがって、単核錯体であっても、酸性条件下での使用により酸素還元の触媒活性を示すことがこの発明の一つの特徴である。このような意味において、たとえば単核のビス(サリチルアルデヒド)エチレンジイミナトオキソバナジウム(IV)が簡便に用いられる。
【0010】また、バナジウムの価数は、3価、4価、5価であるのが好適である。特に4価のバナジウム錯体が好ましい。酸化電位については、この発明では0〜2Vまでの触媒が適用できる。0V未満のものでは酸素還元触媒として作用せず、また2Vを超えることは現実的ではないからである。ただ、これらの数値は、厳密に臨界的なものでないことも留意されるべきである。触媒の具体的構成にともなって許容範囲がおのずと定まることになる。
【0011】そして、本願発明の酸素還元方法において使用される前記のμ−オキソ核錯体の安定性を考慮すると、立体障害を軽減するため、配位子の炭素(鎖)構造を適宜に考慮することが望まれる。たとえばサリチリデンアルキルジアミン配位子の場合には、アルキル鎖の炭素数を2〜4とすることができる。この発明に使用することのできるバナジウム錯体を例示すれば、ビス(サリチルアルデヒドエチレンジイミナト)オキソバナジウム、ビス(サリチルアルデヒドプロピレンジイミナト)オキソバナジウム、ビス(サリチルアルデヒド−2,2−ジメチル−1,3−プロピレンジイミナト)オキソバナジウム、ビス(サリチルアルデヒド−1,4−ブチレンジイミナト)オキソバナジウムなどの単核オキソバナジウム(IV)シッフ塩基錯体、ビス(サリチルアルデヒドエチレンジイミナト)オキソバナジウムテトラフルオロホウ酸塩、ビス(サリチルアルデヒドプロピレンジイミナト)オキソバナジウムヘキサフルオロリン酸塩、ビス(サリチルアルデヒド−2,2−ジメチル−1,3−プロピレンジイミナト)オキソバナジウムトリフルオロメタンスルホン酸塩、ビス(サリチルアルデヒド−1,4−ブチレンジイミナト)オキソバナジウム過塩素酸塩などの単核オキソバナジウム(IV)シッフ塩基錯体と強酸アニオンから構成される錯塩、(μ−オキソ)ビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))バナジウム(IV)〕テトラフルオロホウ酸塩、(μ−オキソ)ビス〔(N,N′−プロピレンビス(サリチリデンアミナト))バナジウム(IV)〕テトラフルオロホウ酸塩などのμ−オキソ型バナジウム(IV)二核錯体、(μ−オキソ)ビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))バナジウム(III,IV)〕トリヨージドなどのμ−オキソ型バナジウム(III,IV)混合原子価二核錯体、ビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))オキソバナジウム(IV,V)〕トリヨージド、ビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))オキソバナジウム(IV,V)〕ペンタヨージド、ビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))オキソバナジウム(IV,V)〕過塩素酸塩などの二核オキソバナジウム(IV,V)錯体等が挙げられる。
【0012】いずれのものにおいても、この発明では中心金属のバナジウムの3価〜5価の原子価変換が触媒活性の役割を担い、配位子は主に酸化還元電位の調節に寄与するものと考えられる。このため、前記に例示の配位子以外であっても、溶液中で安定にバナジウム単核錯体あるいは二核錯体を形成するものは、この酸素還元方法の触媒として適用できるのである。
【0013】この発明の酸素還元方法において使用され触媒は、構造が明確であるうえ、これを溶存させると酸性下で、0V以上の高い電位で酸素の2電子、または4電子での電解還元を選択度高く可能とする。そして、4電子還元の選択性が高いため、均一系で、有機化合物の酸素酸化反応が促進される。また、錯体を電極表面に固定して、不均一系電極触媒とすることにより、燃料電池の電極における酸素の4電子還元などに利用することができる。
【0014】以下、実施例を示し、さらに詳しく発明の実施の形態について説明する。
【0015】
【実施例】
実施例1蒸留精製ジクロロメタン25mlにビス(サリチルアルデヒドエチレンジイミナト)オキソバナジウム0.0083gとテトラブチルアンモニウムテトラフルオロホウ酸塩0.82gを加え、純粋窒素気流下、常温で攪拌しながらトリフルオロ酢酸0.285gを滴下した。これを常温で10分程度攪拌した後、窒素気流下で3室式電気化学測定セルに移動し、密閉の後、系を酸素ガスで置換した。電解は、作用極にグラッシーカーボンディスク電極、白金リング電極、対極に白金ワイヤー電極、参照極に銀/塩化銀電極を用い、ディスク電極電位を走引して酸素還元電位に設定、同時に生成する過酸化素を独立に一定電位に設定したリング電極で酸化することにより検出した。測定は静止系(サイクリックボルタンメトリー)と対流系(回転リングディスクボルタンメトリー)の両方で実施し、検出電流をX−Yレコーダーを用いてグラフ用紙に記録した。この結果、0.56Vに酸素4電子還元に由来する還元電流がディスク上で検出された。リング電極で検出された過酸化水素の電流値はごく僅かであった。使用した回転リングディスク電極の形状に由来する捕捉率Nは、フェロセン/フェロセニウム対を用いて0.39と決定された。窒素雰囲気下では、上述の酸素還元由来の還元電流は当然観測されず、溶存錯体由来の酸化還元波(0.36V)のみとなる。酸素雰囲気下での捕捉率の値より、4電子還元の選択性は90%以上と決定された。
【0016】この触媒系を用いて窒素雰囲気下で過酸化水素の電解還元を実施したが、接触還元波は見られなかった。以上の事実より、触媒系を介した酸素の直接4電子還元による水生成が確認された。
実施例2蒸留精製ジクロロメタン25mlに(μ−オキソ)ビス〔(N,N′−プロピレンビス(サリチリデンアミナト))バナジウム(IV)〕テトラフルオロホウ酸塩0.016gとテトラブチルアンモニウムテトラフルオロホウ酸塩0.82gを加え、純粋窒素気流下、常温で攪拌しながらトリフルオロ酢酸0.145gを滴下した。これを常温で10分程度攪拌した後、窒素気流下で3室式電気化学測定セルに移動し、密閉の後、系を酸素ガスで置換した。電解は、作用極にグラッシーカーボンディスク電極、対極に白金ワイヤー電極、参照極に銀/塩化銀電極を用い、ディスク電極電位を走引して酸素還元電位に設定した。測定は静止系(サイクリックボルタンメトリー)と対流系(回転リングディスクボルタンメトリー)の両方で実施した。この結果、0.55Vに酸素4電子還元に由来する還元電流が検出された。この触媒系を用いて窒素雰囲気下で同様に過酸化水素の電解還元を実施したが、接触還元波は見られなかった。
実施例3蒸留精製ジクロロメタンまたはアセトニトリル25mlに(μ−オキソ)ビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))バナジウム(III,IV)〕トリヨージド0.02gを加え、純粋窒素気流下、常温で10分程度攪拌した後、密閉し、系を酸素ガスで置換した。この溶液を一晩攪拌した後、溶媒を留去し、残った固体をアセトニトリル−ジエチルエーテルから再結晶した。生成物のX線結晶構造解析より、ビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))オキソバナジウム(IV,V)〕トリヨージドの精製を確認した。このアセトニトリル溶液にトリフルオロ酢酸を添加すると(μ−オキソ)ビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))バナジウム(IV,V)〕トリヨージドと、酸素4電子還元体の水を生成した。
【0017】同様の実験を182 を用いて行うと、最終生成物は(μ−オキソ)ビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))バナジウム(IV,V)〕トリヨージドとH2 18Oであった。
実施例4蒸留精製ジクロロメタン25mlにビス〔(N,N′−エチレンビス(サリチリデンアミナト))オキソバナジウム(IV,V)〕トリヨージド0.02gとテトラブチルアンモニウムテトラフルオロホウ酸塩0.82gを加え、純粋窒素気流下、常温で攪拌しながらトリフルオロメタンスルホン酸0.025gを滴下した。これを常温で10分程度攪拌した後、窒素気流下で3室式電気化学測定セルに移動し、密閉の後、系を酸素ガスで置換した。電解は、作用極にカーボンフェルト電極、対極に白金ワイヤー電極、参照極に銀/塩化銀電極を用い、作用電極電位を酸素還元が生起する一定電位(0.2V)に設定した。測定はマグネチックスターラーを用いた対流系で実施した。電解にともない流れた電気量を、電流計を用いて積算し決定した。この結果、酸素4電子還元に由来する還元電流が検出された。通電量は酸素4電子還元に必要な電気量の100±20%であった。電解後の溶液の核磁気共鳴スペクトルを測定すると、水の存在に由来するピークが観測された。
実施例5蒸留精製ジクロロメタン25mlにビス(サリチルアルデヒドエチレンジイミナト)オキソバナジウム(V)〕テトラフルオロホウ酸塩0.0053gとテトラブチルアンモニウムテトラフルオロホウ酸塩0.82gを加え、純粋窒素気流下、常温で攪拌しながら3室式電気化学測定セルに移動した。グラッシーカーボンディスク電極にNafionのイソプロピル溶液を10μl滴下し、乾燥させてNafion被覆電極を作成した。この電極を作用極に用いて、上述の電解液のサイクリックボルタンメトリーを実施し、Nafion被覆膜にバナジウム錯体を濃縮固定した。次に、このバナジル錯体修飾電極を用いて、酸素飽和した酸性水溶液での酸素還元を実施した。この場合、電解液はトリフルオロ酢酸1.43gを含む超純水を使用した。参照極には飽和カロメル電極を用いた。作用極の設定電位を走引すると、0.3Vに酸素還元由来の還元波が観測された。回転リングディスク電極を用いた対流系での測定より、酸素雰囲気下での捕捉率は4電子還元の生起を支持した。この触媒系を用いて窒素雰囲気下で過酸化水素の電解還元を実施したが、接触還元波は見られなかった。以上の事実より、触媒系を介した酸素の直接4電子還元による水生成が確認された。
実施例6蒸留精製ジクロロメタン25mlにビス(サリチルアルデヒドエチレンジイミナト)オキソバナジウム(V)〕テトラフルオロホウ酸塩0.0053gとテトラブチルアンモニウムテトラフルオロホウ酸塩0.82gを加え、純粋窒素気流下、常温で攪拌しながら3室式電気化学測定セルに移動した。グラッシーカーボンディスク電極に(μ−オキソ)ビス〔(N,N′−プロピレンビス(サリチリデンアミナト))バナジウム(IV)〕テトラフルオロホウ酸塩のジクロロメタン溶液を滴下し、自然乾燥させることによりバナジウム錯体修飾電極を作製した。次に、この修飾電極を用いて、酸素飽和した酸性水溶液での酸素還元を実施した。この場合、電解液はトリフルオロ酢酸1.43gを含む超純水を使用した。参照極には飽和カロメル電極を用いた。作用極の設定電位を走引すると、0.3Vに酸素還元由来の還元波が観測された。過酸化水素の電解還元が見られないことにより、触媒系を介した酸素の直接4電子還元による水生成が確認された。
【0018】
【発明の効果】この発明の酸素還元方法により、有機化合物の酸素酸化を図ることができ、進んで選択的な4電子酸化による水の生成をともなう高い酸化電位を引き出すことができる。また、燃料電池における酸素還元にも適用できるため、産業に資するところが極めて大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 酸素の4電子還元方法であって、酸素を、少なくともバナジウム原子がμ−オキソ架橋またはジオキソ架橋され、配位子としてシッフ塩基を有する二核バナジウム錯体からなる酸素還元用バナジウム錯体触媒を含有する酸性溶液中、該酸素還元用バナジウム錯体触媒のバナジウムの還元電位で電解還元することを特徴とする酸素還元方法。
【請求項2】 シッフ塩基は、サリチリデンアルキルジアミンまたはサリチルアルデヒドエチレンジイミンから選択される請求項1の酸素還元方法。
【請求項3】 二核バナジウム錯体が、アニオンを有する請求項1または2のいずれかの酸素還元方法。
【請求項4】 アニオンは、ヨウ素またはトリフルオロホウ酸である請求項3の酸素還元方法。

【特許番号】特許第3469022号(P3469022)
【登録日】平成15年9月5日(2003.9.5)
【発行日】平成15年11月25日(2003.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平8−337136
【出願日】平成8年12月17日(1996.12.17)
【公開番号】特開平10−174879
【公開日】平成10年6月30日(1998.6.30)
【審査請求日】平成11年10月27日(1999.10.27)
【出願人】(396020800)科学技術振興事業団 (35)
【参考文献】
【文献】Kenichi Oyaizu,Multielectron Redox Process of Vanadium Complexes in Oxidation of Low−Coordinate Vanadium(▲III▼) to Ox,Inorganic Chemistry,1996年,35,p.6634−6635
【文献】Kimihisa Yamamoto,Electrochemical Confirmation of Disproportionation of μ−oxo−bis[N,N’−ethylenbis(salicylideneaminato,Chemistry Letters,1993年,p.1223−1226