説明

バナデート系複合酸化物の製造方法

【課題】未反応物や不純物を除去するための特別な工程や、各処理のための特別な装置を用いる必要がなく、さらに他の成分元素を後から置換固溶させるように応用することも可能である、一般式RVO4もしくはRVO3またはR1-XXVO3-δで表されるバナデート系複合酸化物の製造方法を提供すること、ならびに未反応物や不純物を除去するための工程と高温での熱処理工程なしに、前記バナデート系複合酸化物の結晶化物が得られる製造方法を提供すること。
【解決手段】Rサイトを占める元素の酸化物等と、バナジウムの酸化物等と、一般式R1-XXVO3-δで表されるバナデート系複合酸化物についてはさらにAサイトを占める元素の酸化物等とを含有する原料を、水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することにより、上記複合酸化物の前駆体(複合水酸化物または複合酸化水酸化物)を調製する工程、ならびに、ソルボサーマル処理することにより熱処理なしに結晶化物を得る工程か、上記工程により調製された前駆体または所望に応じて結晶化物を熱処理して結晶化物を得る工程を行なうことを特徴とする、バナデート系複合酸化物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性材料、触媒材料、蛍光体材料、マシナブルセラミックスへの応用、リチウムイオン電池の電極材料、レーザーホスト材料、エレクトロルミネッセンス材料等として有用な、一般式RVO4もしくはRVO3(式中、Rは希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、Vはバナジウム元素である。)またはR1-xxVO3-δ(式中、Rは希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、AはCaまたはSrのうちの少なくとも1種の元素で占められ、Vはバナジウム元素である。xは0<x≦1.0であり、δは−1.0<δ≦0.5である。)で表される、バナデート系複合酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のRVO4もしくはRVO3またはR1-XXVO3-δで表されるバナデート系複合酸化物の合成方法としては、LaVO4を例に取ると、以下の合成方法などが知られている:
La23とV25を混合し,空気中800℃で4時間熱処理して単斜晶LaVO4を得る方法(非特許文献1);
LaCl3水溶液とV25を希アンモニア水で溶解して調製したバナジン酸水溶液を混合し、アンモニア水でpH8〜9に調整して数日の間放置して熱処理なしに直接単斜晶LaVO4を得る方法(非特許文献2);
La(NO3)3水溶液とNH4VO3水溶液を混合し,アンモニア水でpH5〜9に調整して、オートクレーブを使い160℃で水熱処理することにより、熱処理なしに直接単斜晶LaVO4を得る方法(非特許文献3)。
【0003】
また、本出願人らは、一般式ABO3[式中、Aは希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、Bはマンガン、鉄、コバルトからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素で占められる。]で表わされるペロブスカイト型複合酸化物について、Aサイトを占める元素の酸化物、水酸化物、酸化水酸化物および金属単体の少なくとも1種を含有する原料と、Bサイトを占める元素の酸化物、水酸化物、酸化水酸化物および金属単体の少なくとも1種を含有する原料とを、水系溶媒中で混合粉砕処理することにより上記ペロブスカイト型複合酸化物の前駆体を調製する工程と、その前駆体を熱処理する工程とを含む製造方法を先に提案している(特許文献1)。しかしながら、特許文献1に記載された製造方法が対象としているのは、希土類元素とマンガン、鉄、またはコバルトとのペロブスカイト型複合酸化物であって、バナデート系複合酸化物ではない。
【0004】
なお、合成中の前駆体物質に溶媒中で圧力と温度を加え、溶媒の大気圧での沸点以上まで昇温することにより、前駆体物質の相互作用を促進するための方法である「ソルボサーマル法」が知られている。水を溶媒とするソルボサーマル法の場合には、水熱合成法と言われる(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−007394号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Bull. Chem. Soc. Jpn., 42, 3195 (1969)
【非特許文献2】日本化学会誌 NO.3, 455 (2002)
【非特許文献3】J. Cryst. Growth, 310(22), 4689 (2008)
【非特許文献4】微粒子工学大系第II巻応用技術〔(株)フジ・テクノシステム2002年1月18日発行、32頁〕
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1に記載されたような方法(各成分酸化物を混合して高温で熱処理する固相反応法)により得られる単斜晶の複合酸化物には、不純物相や未反応物が残存しやすいという問題がある。非特許文献2または3に記載されたような方法(各成分元素の塩の水溶液にpH調整用の沈殿剤を添加して成分金属の共沈物を得る共沈法)は、硝酸アンモニウム等の副生物や塩化物原料等の未反応物などを除去する工程が必要である。また、これらの方法では熱処理なしにLaVO4の結晶化物を得ているが、結晶化物に対して、他の成分元素を後から置換固溶させることは困難である。さらに、非特許文献3に記載されたような方法は、硝酸アンモニウム等の共沈副生成と共に水熱処理を行うため、耐食性のある高価な反応容器を具備したオートクレーブなどの装置が必要である。
【0008】
本発明は、上記のような課題が解決された、未反応物や不純物を除去するための特別な工程や、各処理のための特別な装置を用いる必要がなく、さらに他の成分元素を後から置換固溶させるように応用することも可能である、一般式RVO4もしくはRVO3またはR1-XXVO3-δで表されるバナデート系複合酸化物の製造方法を提供すること、ならびに未反応物や不純物を除去するための工程を必要とせず、さらに腐食性副生成物の発生や特殊な溶媒の使用がなく、撹拌も必要としない安価なオートクレーブの使用が可能であり、高温での熱処理工程なしに、前記バナデート系複合酸化物の結晶化物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、かかる問題点を解決すべく鋭意検討を進めた結果、一般式RVO4またはRVO3で表されるバナデート系複合酸化物については、Rサイトを占める元素の酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、バナジウムの酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種とを含む原料を、一般式R1-xxVO3-δで表されるバナデート系複合酸化物については、Rサイトを占める元素の酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、Aサイトを占める元素の酸化物または水酸化物のうちの少なくとも1種と、バナジウムの酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種とを含む原料を用い、これらの原料を粉砕処理過程で反応などにより発生する水の量を含めた、制御された水の量を含有する水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することにより、上記それぞれの複合酸化物の前駆体である複合水酸化物または複合酸化水酸化物を調製し、当該前駆体を熱処理することにより、上記課題を解決しつつ、バナデート系複合酸化物を製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
また所望に応じ、上記のような前駆体の熱処理の代わりに、上記水系溶媒中で湿式混合粉砕処理したスラリーをそのままソルボサーマル処理することにより、熱処理なしに結晶化物を得ることができることを見出し、本発明のさらなる態様を完成させるに至った。
【0011】
本発明の製造方法は、Rサイトを占める元素がY、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、YbまたはLuのうちの少なくとも1種の元素である希土類バナデート系複合酸化物、特にLaVO4もしくはLaVO3またはLa1-xSrxVO3-δで表される希土類バナデート系複合酸化物など、工業的に有用な複合酸化物を対象とする場合に好適である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法(湿式混合粉砕処理工程、ソルボサーマル処理工程および加熱工程)は、特殊な機材や高価な原料を用いることなく行うことができ、また副生成物としては水しか生成しないため特別な除去工程も不要である。したがって、各種用途における性能の劣化を招く不純物が混在しない高品質のバナデート系複合酸化物を、安価で効率的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1における熱処理後の複合酸化物LaVO4のX線回折図形(大気中、200〜1000℃)
【図2】実施例2における熱処理後の複合酸化物LaVO3のX線回折図形(アルゴン中、800℃)
【図3】実施例3における熱処理後の複合酸化物La0.5Sr0.5VO3-δのX線回折図形(アルゴン中、1000℃)
【図4】実施例4における熱処理後の複合酸化物LaVO3のX線回折図形(アルゴン中、300〜1000℃)
【図5】実施例5における熱処理後の複合酸化物SrVO3.5のX線回折図形(大気中、200〜1000℃)
【図6】実施例6における熱処理後の複合酸化物SrVO3.17のX線回折図形(アルゴン中、700〜1000℃)
【図7】実施例7における熱処理後の複合酸化物LnVO4のX線回折図形(大気中、800℃)
【図8】実施例8における熱処理後の複合酸化物YVO4(x=1.0)およびYXGd1-X4(x=0.8, 0.5, 0.2)およびGdVO4(x=0)のX線回折図形(大気中、800℃)
【図9】実施例9における熱処理前の複合酸化物LaVO4のX線回折図形(ソルボサーマル処理60℃あるいは120℃+真空乾燥85℃、および加熱還流処理60℃+真空乾燥60℃)
【発明を実施するための形態】
【0014】
バナデート系複合酸化物
本発明の製造方法の対象となるバナデート系複合酸化物は、一般式RVO4もしくはRVO3(式中、Rは希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、Vはバナジウム元素である。)またはR1-xxVO3-δ(式中、Rは希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、AはCaまたはSrのうちの少なくとも1種の元素で占められ、Vはバナジウム元素である。xは0<x≦1.0であり、δは−1.0<δ≦0.5である。)で表される化合物である。なお、δはAサイトの割合や熱処理の条件(温度、雰囲気等)に依存して変化する酸素量過剰量ないし酸素欠損量を表す。また、後者R1-xxVO3-δの化合物には、0<x<1.0の場合のR1-xxVO3-δの化合物、およびx=1の場合のAVO3-δの化合物、両方が包含されている。
【0015】
本発明の製造方法は、Rサイトを占める元素がY、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、YbまたはLuのうちの少なくとも1種の元素である希土類バナデート系複合酸化物、特にLaVO4もしくはLaVO3(RサイトがLa)またはLa1-xSrxVO3-δ(RサイトがLa、AサイトがSr)で表されるバナデート系複合酸化物などを対象とする場合に好適である。
【0016】
原料
Rサイトを占める希土類元素[Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Yb、Lu]の原料成分としては、これら希土類元素の酸化物[R23、RO2]、水酸化物[R(OH)3、R(OH)4]、酸化水酸化物[RO(OH)、ROOH]が挙げられる。なお、上記化合物には、結晶水を含有するもの[R23・nH2O、RO2・nH2O、R(OH)3・nH2O、R(OH)4・nH2O、nは正の数]も含まれ、また、希土類水酸化物および希土類酸化水酸化物については、不定比な希土類酸化物の水和物[R23・XH2O、RO2・XH2O、Xは任意の正の数]も含まれる。これらの物質は結晶質、非晶質のどちらであっても構わない。上記のRサイトを占める希土類元素の原料成分は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組合わせて用いてもよい。
【0017】
Aサイトを占める元素[Ca、Sr]の原料成分としては、これらの元素の酸化物[AO]、水酸化物[A(OH)2]が挙げられる。なお、上記化合物には結晶水を含有したもの[AO・nH2O、A(OH)2・nH2O、nは正の数]も含まれ、また、水酸化物については不定比な酸化物の水和物[AO・XH2O、Xは任意の正の数]も含まれる。これらの物質は結晶質、非晶質のどちらであっても構わない。上記のAサイトを占める元素の原料成分は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組合わせて用いてもよい。
【0018】
V(バナジウム元素)の原料成分としては、バナジウムの酸化物[VO、V23、VO2、V25、V34、V37、V49]、水酸化物[V(OH)5、V(OH)4、V(OH)3、V(OH)2]、酸化水酸化物[VO(OH)、VO(OH)2、VO(OH)3、VO2(OH)]が挙げられる。なお、上記化合物には結晶水を含有したもの[V25・nH2O、VO2・nH2O、V23・nH2O、VO・nH2O、V34・nH2O、V(OH)5・nH2O、V(OH)4・nH2O、V(OH)3・nH2O、V(OH)2・nH2O、nは正の数]も含まれ、また、水酸化物、酸化水酸化物については不定比な酸化物の水和物[V25・XH2O、VO2・XH2O、V23・XH2O、V34・XH2O、Xは任意の正の数]も含まれる。これらの物質は結晶質、非晶質のどちらであっても構わない。上記のVサイトを占める元素の原料成分は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組合わせて用いてもよい。
【0019】
上記のような原料となる物質の粒径は、100μm以下が好ましく、50μm以下がより好ましく、10μm以下が更に好ましい。酸化物を原料として使用する場合は、湿式混合粉砕の過程で水和ないし水酸化物化が起こり粒径が小さくなるので、最初の粒径が大きくても問題はない。
【0020】
また、原料の各成分の配合量は、RサイトおよびAサイトを占める各元素およびバナジウム(V)の原料中の量比が、目的とする複合酸化物における量比と同じとなるようにすればよい。
【0021】
湿式混合粉砕処理
本発明における湿式混合粉砕処理は、水系溶媒中で、一般的には混合粉砕機を用いて行われる。
【0022】
水系溶媒は、混合粉砕処理により水和前駆体(複合水酸化物ないし複合酸化水酸化物)を調製する際に、原料と共に粉砕容器内に入れられる溶媒(粉砕媒体)であり、水と相溶性のある有機溶媒に水を混合した溶媒をいう。
【0023】
水と相溶性のある有機溶媒は、特に限定されるものではないが、アルコール類(メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等)、エーテル類(ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン等)などが挙げられる。これらの有機溶媒は、いずれか1種を単独で用いても、2種以上を組合わせて用いてもよい。
【0024】
上記水と相溶性のある有機溶媒は、原料および湿式混合粉砕の処理条件に応じて、適切な比誘電率を有するものを採用することが望ましい。有機溶媒の比誘電率が適度な範囲であれば、水系溶媒中の粉砕処理物の分散性が高まりすぎず、バナデート系複合酸化物の均一な水和前駆体が得られる。
【0025】
なお、水と相溶性のない有機溶媒(ベンゼン、トルエン、キシレン等)と水の混合液を粉砕媒液として使用すると、混合粉砕機の内部に原料粉末が付着してしまい、混合・粉砕の処理効率が大幅に低下するおそれがあるが、そのような水と相溶性のない有機溶媒も、水と相溶性のある有機溶媒と併用するのであれば、水系溶媒に配合することは可能である。
【0026】
水系溶媒中の水の量は特に限定されるものではないが、湿式混合粉砕処理により複合水酸化物もしくは複合酸化水酸化物を生成させるために必要な化学量論量を満たすような量以上とすることが望ましい。
【0027】
なお、前駆体の原料として用いる物質に結晶水が含まれている場合や、湿式混合粉砕処理の過程で原料と有機溶媒の反応によって水が副生する場合(たとえば、原料として五酸化バナジウム(V25)を、有機溶媒としてアセトンを用いた場合)には、その結晶水ないし副生する水の量も勘案して、最初に水系溶媒に添加しておく水の量を調整することができる。上記の結晶水または副生する水の量が十分であれば、水と相溶性のある有機溶媒のみを粉砕容器内に供給しておき、混合粉砕の開始後に放出ないし副生される水との混合により水系溶媒が調製されるようにし、その中で湿式混合粉砕処理を行うようにすることも可能である。
【0028】
また、混合粉砕機は、原料に機械的に粉砕、摩砕の力が働くものであればよく、たとえば、粉砕容器内に原料と粉砕媒体(ロッド、シリンダー、ボール、ビーズ等)とを入れて撹拌することにより原料を粉砕する、転動ボールミル、振動ボールミル、撹拌ボールミル、遊星ボールミル等のボールミルが好適である。このようなボールミルを連続型にした粉砕機(たとえば、三井鉱山(株)製「SCミル」、(株)シンマルエンタープライゼス製「ダイノーミル」)や、直径1mm以下の非常に小さいボール(ビーズ)を使用できるボールミルなども推奨される。
【0029】
代表的な粉砕媒体であるボール(ビーズ)としては、直径0.1〜10mm程度の、ZrO2(ジルコニア)、Si34(窒化ケイ素)、SiC(炭化ケイ素)、WC(タングステンカーバイド)、ステンレスなどの素材からなるものを用いることができ、たとえば、東ソー(株)製のジルコニアボール「YTZ」(登録商標)が好適である。
【0030】
湿式混合粉砕の処理条件は混合粉砕機の種類に応じて適切に調整すればよい。たとえば、遊星ボールミルを使用する場合には、容器容積100mL当たり、粉砕媒体であるボール(ビーズ)の充填量を15〜60mL、水系溶媒および原料の合計の充填量を10〜30mLとし、かつ水系溶媒と原料の混合物中の原料の濃度を2〜30体積%とすることが好ましい。また、遊星ボールミルの公転回転数は通常1〜10Hz、好ましくは4〜6Hzであり、混合粉砕の処理時間は1〜10時間が好ましい。
【0031】
ソルボサーマル処理
本発明の複合酸化物の製造方法は、前述のような複合酸化物の前駆体である複合水酸化物または複合酸化水酸化物を調製する工程により得られた水系溶媒スラリーをソルボサーマル処理する工程を含むものであってもよい。
【0032】
ソルボサーマル処理の溶媒としては、前記混合粉砕処理に使用される水系溶媒の条件をそのまま適用することができる。処理温度は、水系溶媒の大気圧での沸点以上、通常200℃以下、好ましくは150℃以下に保持し、反応させることが好適である。反応温度が低すぎると結晶性生成物を得ることができなくなることがある。一方反応温度が高すぎることは、ソルボサーマル処理容器が高価になり工業的でない。通常処理圧力は、処理温度における水系溶媒の蒸気圧である。適宜目的とする化合物の組成に適した温度条件と圧力条件を選択することが望ましい。処理時間であるが通常4時間から48時間、好ましくは8時間から24時間が好ましい。
【0033】
ソルボサーマル処理に供する反応容器であるが、バッチ式の混合粉砕機を使用した場合には、粉砕容器を密閉してそのまま使用し、加熱することも可能である。連続式の混合粉砕機を使用した場合には、スラリーをオートクレーブに移し、ソルボサーマル処理を行なうことができる。前記処理温度、処理圧力が得られれば特に限定されるものではない。
【0034】
以上のような湿式混合粉砕処理の後、あるいはソルボサーマル処理した後の生成物を濾別して乾燥することにより、バナデート系複合酸化物の水和前駆体(複合水酸化物ないし複合酸化水酸化物)あるいはバナデート系複合酸化物の結晶化物を回収することができる。
【0035】
濾別の方法は、一般的な加圧ろ過、吸引ろ過、遠心分離等の方法から適宜選択すればよい。また乾燥の方法も通常の通風乾燥、真空乾燥等のいずれの方法であってもよい。本発明の湿式混合粉砕処理では水系溶媒中で水以外の副生物(塩類等)が生成しないため、湿式混合粉砕処理後、あるいはソルボサーマル処理した後のスラリーを蒸発乾固、スプレードライ等により乾燥することも可能である。乾燥温度は特に限定されないが50〜200℃が好ましい。
【0036】
熱処理
湿式混合粉砕処理により調製された水和前駆体を熱処理(仮焼)することにより、結晶化したRVO4もしくはRVO3またはR1-xxVO3-δで表されるバナデート系複合酸化物が得られる。湿式混合粉砕処理後にソルボサーマル処理することにより調製された結晶化物は熱処理しなくても結晶性が高いので、熱処理を省略することができるが、熱処理することにより、結晶性の更なる向上あるいは結晶相の転移をさせることが可能である。熱処理を必要とするかどうかは、適宜所望により決めればよい。
【0037】
熱処理の条件(温度、雰囲気、時間等)は、目的とするバナデート系複合酸化物の態様(複合酸化物の組成、結晶化率、比表面積等)に応じて適宜調整することができる。熱処理の温度は、好ましくは200〜1000℃である。また、バナデート系複合酸化物中のバナジウム(V)の価数が5+である場合は空気中で熱処理することが好ましく、4+または3+の場合はアルゴン、窒素等の不活性ガス中または水素等の還元性ガスを含有する雰囲気中で熱処理することが好ましい。なお、バナデート系複合酸化物の結晶性はX線回折図形(所定のピークの有無)により確認することができる。
【実施例】
【0038】
[実施例1]LaVO4
(株)栗本鐵工製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に、原料粉末La2310.3gとV255.7g,2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mL,アセトン67mL,水6.8mLを充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物をろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、LaVO4の複合酸化物の水和前駆体を得た。
【0039】
上記のLaVO4の複合酸化物の水和前駆体を大気中で熱処理したときのX線回折図形の加熱変化を図1に示す。200℃以上の温度で加熱することにより、LaVO4複合酸化物の単斜晶系の単一相が得られた。400℃で1時間仮焼したときの比表面積は11.0m2/gであり、800℃で1時間仮焼したときの比表面積は2.7m2/gであった。
【0040】
[実施例2]LaVO3
(株)栗本鐵工所製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に原料粉末La2310.3gとV234.7g,2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mL,アセトン67mL,水6.8mLを充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物を吸引ろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、LaVO3の複合酸化物の水和前駆体を得た。800℃以上の温度で加熱することにより、正方晶系LaVO3複合酸化物が主相で得られた。
【0041】
LaVO3の複合酸化物の水和前駆体をアルゴン中800℃で熱処理したときのX線回折図形を図2に示す。800℃で1時間仮焼したときの比表面積は8.2m2/gであった。
【0042】
[実施例3]La0.5Sr0.5VO3-δ
(株)栗本鐵工所製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に原料粉末La235.8gとSr(OH)2・8H2O9.4gとV235.3g,2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mL,アセトン72mL,水1.9mLを充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物を吸引ろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、La0.5Sr0.5VO3-δの複合酸化物の水和前駆体を得た。1000℃以上の温度で加熱することにより、立方晶系La0.5Sr0.5VO3-δ複合酸化物が主相で得られた。
【0043】
La0.5Sr0.5VO3-δの複合酸化物の水和前駆体をアルゴン中1000℃で熱処理したときのX線回折図形を図3に示す。1000℃で1時間仮焼したときの比表面積は1.6m2/gであった。
【0044】
[実施例4]LaVO3
(株)栗本鐵工所製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に原料粉末La2310.3gとV255.7g,2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mL,アセトン1.0mLを充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物を吸引ろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、LaVO3の複合酸化物の水和前駆体を得た。
【0045】
LaVO3の複合酸化物の水和前駆体をアルゴン中で熱処理したときのX線回折図形の加熱変化を図4に示す。800℃以上の温度で加熱することにより、LaVO3複合酸化物の正方晶系の単一相が得られた。800℃で1時間仮焼したときの比表面積は6.4m2/gであった。
【0046】
[実施例5]SrVO3-δ
(株)栗本鐵工所製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に原料粉末Sr(OH)2・8H2O21.4gとV257.3g,2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mL,アセトン74mLを充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物を吸引ろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、組成式SrVO3.5・0.5H2Oの複合オキシ水酸化物前駆体を得た。得られた前駆体を大気中で熱処理した時のX線回折図形の加熱変化を図5に示す。300℃以上の温度で加熱することにより、SrVO3.5複合酸化物の正方晶系の単一相が得られた。700℃で1時間仮焼したときの比表面積は9.6m2/gであった。
【0047】
[実施例6]SrVO3-δ
(株)栗本鐵工所製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に原料粉末Sr(OH)2・8H2O21.4gとV236.0g,2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mL,アセトン74mLを充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物を吸引ろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、SrVO3.17の複合酸化物の水和前駆体を得た。得られた前駆体をアルゴン中で1時間の熱処理をした時のX線回折図形の加熱変化を図6に示す。700℃以上の温度で加熱することにより、SrVO3.17複合酸化物の六方晶系の単一相が得られた。700℃で1時間仮焼したときの比表面積は4.8m2/gであった。
【0048】
[実施例7]LnVO4
(株)栗本鐵工製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に、表1に示した量の希土類酸化物(Ln23)、V25、アセトンおよび水を、2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mLとともに充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物を吸引ろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、LnVO4の水和前駆体を得た。得られた前駆体を大気中800℃で1時間熱処理した時のX線回折図形を図7に示す。LnがSm、Eu、Gd、Dyについては400℃で加熱することにより、すでに正方晶系の単一相が得られていた。800℃に加熱することにより、LnがSm、Eu、Gd、DyおよびYbの正方晶系の単一相が得られていた。800℃で1時間仮焼したときの比表面積はSmVO4で4.7m2/g、EuVO4で4.2m2/g、GdVO4で3.8m2/g、DyVO4で4.6m2/g、YbVO4で7.5m2/gあった。
【0049】
【表1】

[実施例8]YVO4およびYXGd1-XVO4およびGdVO4
(株)栗本鐵工製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に、表2に示した量のY23とGd23、V25、アセトンおよび水を、2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mLとともに充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。処理物を吸引ろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、YVO4およびYXGd1-X4およびGdVO4の水和前駆体を得た。得られた前駆体を大気中800℃で1時間熱処理した時のX線回折図形を図8に示す。800℃に加熱することにより、YVO4およびYXGd1-X4およびGdVO4の正方晶系の単一相が得られた。(YVO4以外の組成については、400℃で1時間の熱処理においても、正方晶系の単一相が得られていた。)800℃で1時間仮焼したときの比表面積はYVO4で8.4m2/g、Y0.8Gd0.2VO4で5.3m2/g、Y0.5Gd0.5VO4で4.3m2/g、Y0.2Gd0.8VO4で4.4m2/g、GdVO4で3.8m2/gであった。
【0050】
【表2】

[実施例9]LaVO4ソルボサーマル処理
(株)栗本鐵工製遊星ボールミル(ステンレス製ポット,容積420mL)に、原料粉末La2310.3gとV255.7g,2mmφYTZ(R)ボール(東ソー(株))168mL,アセトン67mL,水6.8mLを充填し、公転及び自転回転数6Hzで3時間の処理を行なった。混合粉砕容器を密閉して、60℃あるいは120℃で16時間のソルボサーマル処理を行なった。(この時の密閉容器内の圧力は、水系溶媒の加熱による自己発生圧力である。)ソルボサーマル処理物をろ過後、85℃で12時間の真空乾燥を行ない、少量のLaVO4水和物が混在した、単斜晶系に結晶化したLaVO4を得た。真空乾燥後のX線回折図形を図9に示す。比表面積は、60℃でソルボサーマル処理、真空乾燥85℃で68.0m2/g、120℃でソルボサーマル処理、真空乾燥85℃で53.6m2/gであった。
【0051】
比較検討として、混合粉砕処理物を4径丸底フラスコに移し、60℃で加熱還流処理を8時間行ない、ろ過後、60℃で12時間の真空乾燥を行なった場合のX線回折図形も図9に合わせて示す。少量のLaVO4水和物が混在した、単斜晶系に結晶化したLaVO4が得られていた。真空乾燥後の比表面積は、63.0m2/gであった。
【0052】
上記のようにして得られたソルボサーマル処理あるいは加熱還流処理した真空乾燥品を600℃以上で加熱することにより、単斜晶系に結晶化したLaVO4の単一相が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式RVO4またはRVO3(式中、Rは希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、Vはバナジウム元素である。)で表されるバナデート系複合酸化物の製造方法であって、
Rサイトを占める元素の酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、バナジウムの酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種とを含有する原料を、水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することにより、上記バナデート系複合酸化物の前駆体である複合水酸化物または複合酸化水酸化物を調製する工程を含むことを特徴とする、バナデート系複合酸化物の製造方法。
【請求項2】
一般式R1-xxVO3-δ(式中、Rは希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素で占められ、AはCaまたはSrのうちの少なくとも1種の元素で占められ、Vはバナジウム元素である。xは0<x≦1.0であり、δは−1.0<δ≦0.5である。)で表されるバナデート系複合酸化物の製造方法であって、
Rサイトを占める元素の酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種と、Aサイトを占める元素の酸化物または水酸化物のうちの少なくとも1種と、バナジウムの酸化物、水酸化物または酸化水酸化物のうちの少なくとも1種とを含有する原料を、水系溶媒中で湿式混合粉砕処理することにより、上記バナデート系複合酸化物の前駆体である複合水酸化物または複合酸化水酸化物を調製する工程を含むことを特徴とする、バナデート系複合酸化物の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載のバナデート系複合酸化物の前駆体である複合水酸化物または複合酸化水酸化物を調製する工程により得られた水系溶媒スラリーをソルボサーマル処理する工程を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載のバナデート系複合酸化物の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の湿式混合粉砕処理工程により得られたバナデート系複合酸化物の前駆体である複合水酸化物または複合酸化水酸化物、あるいは請求項3に記載のソルボサーマル処理工程により得られたバナデート系複合酸化物を、熱処理する工程を含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のバナデート系複合酸化物の製造方法。
【請求項5】
前記Rサイトを占める元素がY、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、YbまたはLuのうちの少なくとも1種の元素である、請求項1〜4のいずれかに記載のバナデート系複合酸化物の製造方法。
【請求項6】
前記バナデート系複合酸化物が、LaVO4もしくはLaVO3またはLa1-xSrxVO3-δで表されるものである、請求項1〜4のいずれかに記載のバナデート系複合酸化物の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2011−46592(P2011−46592A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162713(P2010−162713)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【出願人】(000242002)北興化学工業株式会社 (182)
【Fターム(参考)】