説明

バラスト水処理装置およびバラスト水処理方法

【課題】取水する海水の水質に対応して殺菌剤供給量を必要最低限に抑えることができるバラスト水処理装置およびバラスト水処理方法を提供する。
【解決手段】殺菌剤供給量制御装置6は、取水する海水の紫外線吸光度を計測する紫外線吸光度計21と、海水の紫外線吸光度と、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに貯留中の生物の再増殖を抑制するために必要な殺菌剤濃度との対応関係を記憶する記憶手段23と、該記憶手段23に記憶された対応関係と上記紫外線吸光度計21により計測された紫外線吸光度とに基づき、殺菌剤必要供給量を算出する演算手段24と、該演算手段24によって算出された殺菌剤必要供給量の殺菌剤を供給するように殺菌剤供給装置5を制御する制御手段25とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶のバラストタンクに積み込まれるバラスト水の処理装置および処理方法に関し、特に、バラスト水に含まれる有害細菌類およびプランクトンを効率的に死滅させるための処理装置および処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、空荷または積荷が少ない状態の船舶は、プロペラ没水深度の確保、空荷時における安全航行の確保等の必要性から、出港前にバラストタンクにバラスト水の注水を行う。逆に港内で積荷をする場合には、バラスト水の排出を行う。ところで、環境の異なる荷積み港と荷下し港との間を往復する船舶によりバラスト水の注排水が行われると、バラスト水に含まれる微生物の差異により沿岸生態系に悪影響を及ぼすことが懸念されている。そこで、船舶のバラスト水管理に関する国際会議において2004年2月に船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約が採択され、バラスト水の処理が義務付けられることとなった。
【0003】
バラスト水の処理基準として国際海事機構(IMO)が定める基準は、船舶から排出されるバラスト水に含まれる50μm以上の生物(主に動物プランクトン)の数が1m中に10個未満、10μm以上50μm未満の生物(主に植物プランクトン)の数が1ml中に10個未満、コレラ菌の数が100ml中に1cfu未満、大腸菌の数が100ml中に250cfu未満、腸球菌の数が100ml中に100cfu未満となっている。
【0004】
特許文献1および非特許文献1には、バラスト水処理装置として、海水を濾過して水生生物を捕捉する濾過装置と、海水中の細菌類を死滅させる殺菌剤を濾過された海水中に供給する殺菌剤供給装置と、殺菌剤が供給された濾過水の供給を受けて該濾過水中にキャビテーションを発生させて濾過水中に上記殺菌剤を拡散させると共に濾過水中の水生生物に対して損傷を与えるか死滅させるベンチュリ管とを備えた装置が開示されている。
【0005】
特許文献1および非特許文献1のバラスト水処理装置では、殺菌剤として次亜塩素酸ナトリウムなどが用いられており、バラストタンクに送水する海水中の殺菌剤濃度(塩素濃度)が、予め定められた適正な濃度(一定値)となるように殺菌剤の供給量を調整している。
【0006】
例えば非特許文献1のバラスト水処理装置では、通常、以下のように殺菌剤の供給量が調整される。まず、適正と思われる海水中の殺菌剤濃度を予め定めた後、殺菌剤の供給を受けバラストタンクに注水される海水中の殺菌剤濃度を計測し、計測した殺菌剤濃度を予め定めた所定の殺菌剤濃度と比較して、該所定の殺菌剤濃度を上回るか下回るかを判定する。そして、その判定結果に基づくフィードバック制御により、殺菌剤を供給するためのポンプの出力調整や殺菌剤供給ラインに設けたバルブの開度調整を行い、殺菌剤供給量を調整している。通常、一定値として定められた上記所定の殺菌剤濃度は、許容可能な所定の範囲をもって設定されていることが多く、この場合、上記殺菌剤供給量は、殺菌剤濃度がこの所定の範囲(以下、「目標濃度範囲」ともいう)内の濃度となるように調整される。
【0007】
殺菌剤が供給されバラストタンクに貯留された海水は、殺菌剤と海水中の有機物との反応や、殺菌剤の自己分解反応などにより、殺菌剤濃度が経時的に減少する。バラストタンクに貯留された海水中では、水生生物の再増殖やプランクトンの卵のふ化のおそれがあるので、海水中の残留殺菌剤濃度(所定時間が経過した状態で海水中に残留する殺菌剤の海水に対する濃度)は、上述の水生生物の再増殖等を抑制できる程度に維持する必要がある。
【0008】
海水中の有機物の含有率(水質)は船舶の寄港地により大きく異なっている。そして、殺菌剤と海水中の有機物との反応、換言すると、殺菌剤濃度の経時的減少の程度は、海水の水質に左右される。したがって、従来、上記殺菌剤濃度の目標濃度範囲は、様々な水質の海水に対応して十分な残留殺菌剤濃度を維持できるように高めの広範囲にわたって設定され、殺菌剤供給量は、殺菌剤の供給を受けバラストタンクに注水される海水中の殺菌剤濃度がその目標濃度範囲内の濃度となるように調整されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−144391
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】JFEエンジニアリング株式会社、船舶用バラスト水管理システム、[online]、[平成23年7月14日検索]、インターネット 〈URL:http://www.jfe-eng.co.jp/product/environment/environment2271.html〉
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、様々な水質に対応すべく殺菌剤濃度の目標濃度範囲を高めに広く設定すると、水質によっては殺菌剤が過剰に供給される場合がある。殺菌剤供給量が過剰となると、その分の費用が嵩むうえ、殺菌剤が海水中の有機物と反応して生成されるトリハロメタン等の有害物の発生量が増加するので、バラストタンクから海水を排水することにより環境へ悪影響を及ぼすおそれがある。また、バラストタンクからの排水時に、海水中の残留殺菌剤を分解して無害化しようとすると、そのために海水に供給する分解剤の供給量も増加するので、その分の費用も嵩む。
【0012】
このような事情に鑑みて、本発明は、取水する海水の水質に対応して殺菌剤供給量を必要最低限に抑えることができるバラスト水処理装置およびバラスト水処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
<第一発明>
第一発明に係るバラスト水処理装置は、船舶のバラストタンクにバラスト水として取水する海水に殺菌剤を供給し海水中の生物を殺滅処理する殺菌剤供給装置と、殺菌剤供給量を調整する殺菌剤供給量制御装置を備える。
【0014】
かかるバラスト水処理装置において、殺菌剤供給量制御装置は、取水する海水の紫外線吸光度を計測する紫外線吸光度計と、海水の紫外線吸光度と、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに貯留中の生物の再増殖を抑制するために必要な殺菌剤濃度との対応関係を記憶する記憶手段と、該記憶手段に記憶された対応関係と上記紫外線吸光度計により計測された紫外線吸光度とに基づき、殺菌剤必要供給量を算出する演算手段と、該演算手段によって算出された殺菌剤必要供給量の殺菌剤を供給するように殺菌剤供給装置を制御する制御手段とを備えることを特徴としている。
【0015】
かかる第一発明では、記憶手段は、海水の水質(海水中の有機物量)を示す指標としての海水の紫外線吸光度と、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに貯留中の生物の再増殖を抑制するために必要な殺菌剤濃度との対応関係を、例えば、好ましい形態として、紫外線吸光度の異なる海水中での残留殺菌剤濃度の経時的変化のデータが蓄積されたデータベースを参照して、紫外線吸光度が異なる海水ごとに、バラスト水排出基準に基づき設定される要求残留殺菌剤濃度を所定時間後に維持するために必要な初期殺菌剤濃度を要求初期殺菌剤濃度として関係づけるデータベースとして予め記憶している。
【0016】
そして、演算手段は、記憶手段により記憶された対応関係を参照して、実際に計測された紫外線吸光度に対応する要求初期殺菌剤濃度を求め、さらに、求めた要求初期殺菌剤濃度に基づいて殺菌剤必要供給量(必要最低限の殺菌剤供給量)を算出する。制御手段は、上記演算手段で算出された殺菌剤必要供給量を供給するように殺菌剤供給装置を制御して殺菌剤供給量を調整する。
【0017】
このように、本発明では、記憶手段に記憶されている上記対応関係を参照することにより、実際に計測された海水の紫外線吸光度に応じた要求初期殺菌剤濃度が得られるので、海水の水質に対応して必要最低限の殺菌剤供給量を海水に供給することができる。
【0018】
<第二発明>
第二発明に係るバラスト水処理方法は、船舶のバラストタンクにバラスト水として取水する海水に殺菌剤を供給し海水中の生物を殺滅処理する殺菌剤供給工程と、殺菌剤供給量を調整する殺菌剤供給量制御工程を備える。
【0019】
かかるバラスト水処理方法であって、殺菌剤供給量制御工程は、取水する海水の紫外線吸光度を計測する紫外線吸光度計測工程と、記憶手段により記憶されている、海水の紫外線吸光度と、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに貯留中の生物の再増殖を抑制するために必要な殺菌剤濃度との対応関係を参照して、該対応関係と上記紫外線吸光度計測工程で計測された紫外線吸光度とに基づき、殺菌剤必要供給量を算出する演算工程と、該演算工程によって算出された殺菌剤必要供給量の殺菌剤を供給するように殺菌剤供給量を制御する制御工程とを備えることを特徴としている。
【0020】
かかる第二発明では、第一発明と同様に、記憶手段が、海水の紫外線吸光度と、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに貯留中の生物の再増殖を抑制するために必要な殺菌剤濃度との対応関係を、例えば、好ましい形態として、紫外線吸光度の異なる海水中での残留殺菌剤濃度の経時的変化のデータが蓄積されたデータベースを参照して、紫外線吸光度が異なる海水ごとに、バラスト水排出基準に基づき設定される要求残留殺菌剤濃度を所定時間後に維持するために必要な初期殺菌剤濃度を要求初期殺菌剤濃度として関係づけるデータベースとして予め記憶している。
【0021】
そして、演算工程にて、記憶手段に記憶されている上記対応関係を参照して、紫外線吸光度計測工程で実際に計測された紫外線吸光度に対応する要求初期殺菌剤濃度を求め、さらに、求められた要求初期殺菌剤濃度に基づいて殺菌剤必要供給量(必要最低限の殺菌剤供給量)を算出する。また、制御工程にて、上記演算工程で算出された殺菌剤必要供給量の殺菌剤を供給するように殺菌剤供給量を制御する。
【0022】
このように、本発明では、上記対応関係を参照することにより、実際に計測された海水の紫外線吸光度に応じた要求初期殺菌剤濃度が得られるので、海水の水質に対応して必要最低限の殺菌剤供給量を供給できる。
【発明の効果】
【0023】
本発明のバラスト水処理装置およびバラスト水処理方法によれば、記憶手段により記憶されている対応関係を参照することにより、実際に計測された紫外線吸光度に応じた要求初期殺菌剤濃度が得られるので、海水の水質に対応して必要最低限の殺菌剤供給量(殺菌剤必要供給量)を供給することができる。したがって、バラスト水処理の費用を低減させることができるとともに、殺菌剤が海水中の有機物と反応して生成されるトリハロメタン等の有害物の発生量を抑制でき、周辺環境へ悪影響を及ぼすことを防止できる。また、海水中の残留殺菌剤を分解して無害化する際の殺菌剤分解剤の使用量も低減できるので、その分、殺菌剤分解のための費用を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施形態に係るバラスト水処理装置の構成を示すブロック図である。
【図2】紫外線吸光度が0.244の海水の場合のデータベースAである。
【図3】紫外線吸光度が0.063の海水の場合のデータベースAである。
【図4】図1のバラスト水処理装置による殺菌剤供給量の制御を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、添付図面にもとづき、本発明の実施形態を説明する。
【0026】
本実施形態では、バラスト水の積込み時に海水中の生物殺滅処理を行なう場合について説明する。まず、本実施形態に係るバラスト水処理装置の各構成について詳細に説明する。図1は、本実施形態に係るバラスト水処理装置の構成を示すブロック図である。本実施形態のバラスト水処理装置は、海水取水ライン1と、粗濾過装置2と、ポンプ3と、濾過装置4と、殺菌剤供給装置5と、殺菌剤供給量制御装置6と、ベンチュリ管7と、殺菌処理水送水ライン8と、バラストタンク9とを備えている。
【0027】
海水取水ライン1は、ポンプ3の作動により海水を船体の海水給水口から取り入れる。粗濾過装置2は、該海水取水ライン1に接続されていて、該海水取水ライン1から取り入れられた海水を濾過して海水中の粗大物を除去する。ポンプ3は、粗濾過装置2の下流側(バラストタンク側)に設けられ、海水を取り込むとともにバラストタンク9側へ向けて送水する。濾過装置4は、ポンプ3の下流側に設けられ、上記粗濾過装置2によって粗大物が除去された海水をさらに濾過して、海水中に存在するプランクトン類を除去する。
【0028】
殺菌剤供給装置5は、濾過装置4の下流側に設けられ、該濾過装置4で濾過された海水に殺菌剤を供給して、細菌類やプランクトンを死滅させる。殺菌剤供給量制御装置6は、後述するように、上記殺菌剤供給装置5を制御して殺菌剤供給量を調整する。ベンチュリ管7は、殺菌剤供給装置5の下流側に設けられ、該殺菌剤供給装置5で殺菌剤が供給された海水(濾過水)を導入し、ベンチュリ管7内の海水中にキャビテーションを発生させることにより、海水中の水生生物に損傷を与えあるいはそれらを死滅させるとともに、殺菌剤を海水中に拡散させる。
【0029】
殺菌処理水送水ライン8は、ベンチュリ管7に接続され、該ベンチュリ管7から排出された生物殺滅処理後の海水(殺菌処理水)をバラストタンク9に送る。バラストタンク9は、殺菌処理水送水ライン8に接続され該殺菌処理水送水ライン8から送られる生物殺滅処理後の海水をバラスト水として貯留する。
【0030】
以下、各構成をさらに詳細に説明する。
【0031】
1.粗濾過装置2
粗濾過装置2は、船側部に設けられたシーチェスト(海水吸入口)から取水され、ポンプ3によって海水取入ライン1を通して取水される海水中に含まれる大小様々な夾雑物、水生生物のうち10mm程度以上の大きさの粗大物を除去するためのものである。
【0032】
2.濾過装置4
濾過装置4は、粗濾過装置2によって粗大物が除去された海水中に残存するプランクトン類を除去するものであり、目開き10〜200μmのものを用いる。目開きを10〜200μmにしたのは動物性プランクトン、植物性プランクトンの捕捉率を一定のレベルに保ちつつ、濾過装置4のフィルタの逆流洗浄頻度を少なくして寄港地でのバラスト水処理時間を短縮するためである。換言すれば、目開きが200μmより大きいと動物プランクトン、植物プランクトンの捕捉率が著しく低くなるし、目開きが10μmより小さいと逆流洗浄頻度が多くなり寄港地でのバラスト水処理時間が長くなるので好ましくない。特に目開き20〜35μm程度のものを用いるのが、捕捉率と逆流洗浄頻度とを最適に設定できるので好ましい。また、濾過装置4は、濾過面積1mあたり1日200m以上の濾過速度(能力)が得られることが望ましい。ただし、濾過モジュールの集積によって、より小型化が可能な場合には特に限定しない。
【0033】
3.殺菌剤供給装置5
殺菌剤供給装置5は、図1に示すように、殺菌剤を貯留する殺菌剤貯槽11、殺菌剤貯槽11内の殺菌剤を海水に供給するための配管12、該配管12の先端側に設けられて殺菌剤を海水に注入する注入口13、配管12に接続され殺菌剤貯槽11内の殺菌剤を海水へ送る供給ポンプ14、配管12に設けられ殺菌剤の供給量を調整するバルブ15などを備えている。
【0034】
供給する殺菌剤としては、次亜塩素酸ナトリウム、塩素、二酸化塩素、ジクロロイソシアヌル酸ナトリウム、またはこれらの2種以上の混合物が使用できるが、これ以外の殺菌剤を使用することも可能である。
【0035】
殺菌剤供給装置5は、殺菌剤をベンチュリ管7の上流側およびベンチュリ管7の喉部の少なくとも一方へ供給する。殺菌剤をベンチュリ管7の上流側に供給する場合には、キャビテーションが発生するベンチュリ管7の喉部に達するまでに殺菌剤を配管内である程度拡散させ、次いでキャビテーションにより殺菌剤の拡散、混合を進めて、さらに殺菌剤の細菌類への浸透を促進できるので、殺菌剤の殺滅効果を促進できる。殺菌剤をベンチュリ管7の上流側に供給するためには、ベンチュリ管7よりも上流側の配管に殺菌剤の注入口13を設けておけばよい。また、殺菌剤をベンチュリ管7の喉部に供給する場合には、ベンチュリ管7のエジェクタ作用により殺菌剤が自吸されるので供給ポンプ14が不要となる。
【0036】
殺菌剤供給装置5は、後述するように、殺菌剤供給量制御装置6によって制御され、適正な量の殺菌剤を海水中に供給するようになっている。
【0037】
4.ベンチュリ管7
ベンチュリ管7は、殺菌剤が供給された海水に、該ベンチュリ管7内でキャビテーションを発生させて、植物性プランクトン等比較的小型の水生生物に対して損傷を与えるか死滅させる。そして、さらにキャビテーションによって海水中に殺菌剤を急速に拡散させて殺菌剤による細菌類の殺菌作用を促進させる。このようにキャビテーションの拡散作用により殺菌剤の海水中への混合が促進されるため、殺菌剤を注入するだけの場合に比べて殺菌剤の供給量を低減できるとともに、環境への影響を低減できる。この結果、また殺菌剤を無害化するための殺菌剤分解剤の供給を不要にするかまたは低減できる。
【0038】
上記ベンチュリ管7は、管路断面積が徐々に小さくなる絞り部、最小断面積部である喉部、徐々に管路断面積が広がる広がり部(ディフューザ部)からなる。喉部での流速の急上昇に伴う静圧の急激な低下によりキャビテーション気泡が発生し、広がり部での流速の低下に伴う急激な圧力上昇により成長したキャビテーション気泡が急激に崩壊する。海水中の水生生物はキャビテーション気泡が崩壊することによる衝撃圧、せん断力、高温、酸化力の強いOHラジカルの作用などにより、損傷を受けるか破壊されて死滅する。このベンチュリ管7のキャビテーションによれば、特に、比較的固い殻を有する原虫類、動物プランクトンの外殻を破壊し、死滅させることができる。
【0039】
5.殺菌剤供給量制御装置6
殺菌剤供給量制御装置6は、濾過装置4の下流側かつ殺菌剤供給装置5の注入口13の上流側に設けられ上記濾過装置4で濾過された海水の紫外線吸光度を計測する紫外線吸光度計21と、ベンチュリ管7の下流側に設けられ該ベンチュリ管7から排出された海水中の殺菌剤濃度を計測する殺菌剤濃度計22と、後述する各種のデータを記憶する記憶手段23と、該記憶手段23に記憶されているデータを参照して殺菌剤必要供給量を算出する演算手段24と、演算手段24が算出した殺菌剤必要供給量に基づいて殺菌剤供給装置5を制御する制御手段25とを備えている。
【0040】
紫外線吸光度計21は、海水の水質の指標としての紫外線吸光度を計測し、その計測データを演算手段24へ出力する。本実施形態では、既述したように、紫外線吸光度計21は濾過装置4の下流側かつ殺菌剤供給装置5の注入口13の上流側に設けられているので、該紫外線吸光度計21によって、殺菌剤が供給される前の海水の紫外線吸光度が計測されるようになっている。殺菌剤濃度計22は、殺菌剤を供給されベンチュリ管7から排出されバラストタンク9に送水される海水中の殺菌剤濃度を計測し、その計測データを演算手段24に出力する。
【0041】
記憶手段23は、以下に述べるように、データベースA,Bと、殺菌剤供給量を算出するための殺菌剤濃度との関係式を予め記憶している。
【0042】
[データベースA]
データベースAは、紫外線吸光度の異なる海水中での残留殺菌剤濃度の経時的変化のデータが蓄積されたデータベースである。このデータベースAは、以下の要領で作成される。まず、採取した海水の紫外線吸光度を紫外線吸光度計により計測する。次に、海水中の濃度(初期殺菌剤濃度)が所定の濃度となるように殺菌剤を海水に供給し、殺菌剤濃度計で海水中の残留殺菌剤濃度の経時的変化を計測し、記録する。この海水中の残留殺菌剤濃度の経時的変化の計測を、初期殺菌剤濃度の所定値を変えて複数回行い、さらに、水質の異なる複数の海域の海水ごとに同様に行う。このようにして、紫外線吸光度の異なる海水中で、複数の初期殺菌剤濃度ごとの残留殺菌剤濃度の経時的変化のデータを蓄積して、データベースAとして作成する。そして、このデータベースAを記憶手段23に記憶させる。
【0043】
図2、図3にデータベースAの例を示す。図2は紫外線吸光度が0.244の海水の場合のデータベースA、図3は紫外線吸光度が0.063の海水の場合のデータベースAであり、殺菌剤として次亜塩素酸ナトリウムを用い、初期殺菌剤濃度を塩素濃度として3mg/l、5mg/l、7mg/lの3種類で供給して、残留殺菌剤濃度の経時的変化を計測記録する例である。図2に示すように紫外線吸光度が0.244と大きく海水中の有機物が多く水質が比較的汚濁している海水では、殺菌剤濃度は短時間で減少する。図3に示すように紫外線吸光度が0.063と小さく海水中の有機物が少なく水質が比較的清澄な海水では、殺菌剤濃度の経時的減少は少ない。
【0044】
[データベースB]
データベースBは、海水の紫外線吸光度および後述の要求残留殺菌剤濃度と、後述の要求初期殺菌剤濃度との対応関係のデータが蓄積されたデータベースである。このデータベースBは、以下の要領で作成される。まず、殺菌剤を供給してから所定時間が経過した後(例えば24時間後)における要求残留殺菌剤濃度を設定する。ここで、要求残留殺菌剤濃度とは、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに海水を貯留中に生物の再増殖を抑制するための必要最低限の残留殺菌剤濃度であり、国際海事機構(IMO)の基準やバラスト水の排出港の国の規制により定められた処理後の水生生物の残存率に応じて、水生生物の残存率と残留殺菌剤濃度との対応関係に基づき設定される。例えば、50μm以上の水生生物の残存率が10−3と定められる場合には、殺菌剤が次亜塩素酸ナトリウムであれば24時間後の要求残留殺菌剤濃度は残留塩素濃度として1mg/lとすることが要求されるというように設定される。
【0045】
次に、データベースAを参照して、水質の異なる(紫外線吸光度が異なる)海水ごとに、前述のように設定された所定時間後の要求残留殺菌剤濃度を維持するために必要な初期殺菌剤濃度を要求初期殺菌剤濃度として求める。データベースAの図2に示す例について説明すると、紫外線吸光度が0.244の海水の場合に24時間後に要求残留殺菌剤濃度が1mg/lを維持するために必要な初期殺菌剤濃度は7mg/lであり、要求初期殺菌剤濃度は7mg/lとなる。このように、海水の紫外線吸光度と、要求残留殺菌剤濃度と、要求初期殺菌剤濃度との対応関係を蓄積して、データベースBを作成する。このデータベースBを記憶手段23に記憶させる。
【0046】
本実施形態では、上記要求初期殺菌剤濃度には、許容され得る上下限範囲が目標濃度範囲として設定され、記憶手段23には、上記要求初期殺菌剤濃度および目標濃度範囲が記憶される。また、これに代えて、記憶手段23に上記要求初期殺菌剤濃度のみを記憶させておき、バラスト水処理装置によるバラスト水処理を行う際に、運転者が目標濃度範囲を設定して記憶手段23に記憶させることとしてもよい。
【0047】
[関係式]
殺菌剤供給量を算出するための殺菌剤濃度との関係式は、供給した殺菌剤が拡散され、有効な殺菌成分として効力を発現するまでの過程に影響を与える条件を考慮して、殺菌剤供給量(y)と殺菌剤濃度(x)との関係を定めるものであり、y=ax+bとして表される。つまり、要求初期殺菌剤濃度をxとしたとき、該要求初期殺菌剤濃度xに対応する殺菌剤必要供給量yは、y=ax+bなる関係式で算出される。ここで、a,bは、供給される殺菌剤の有効成分率や濃縮(希釈)度や海水送水流量によって定まる定数である。
【0048】
演算手段24は、データベースBを参照して、上記紫外線吸光度計21で計測された海水の紫外線吸光度と、IMOの基準等に応じて予め設定された要求残留殺菌剤濃度とに基づいて、取水する海水に対応する要求初期殺菌剤濃度およびその目標濃度範囲を求める。また、演算手段24は、殺菌剤濃度計22で計測された、殺菌剤を供給されバラストタンク9に送水される海水中の殺菌剤濃度に基づいて、所定時間における殺菌剤濃度平均値を算出する。そして、その殺菌剤濃度平均値が上記目標濃度範囲を逸脱しているかどうかを判断し、逸脱している場合には、記憶手段23に記憶されている既述の関係式y=ax+bに基づいて、供給すべき必要最低限の殺菌剤供給量(殺菌剤必要供給量)を算出する。
【0049】
制御手段25は、上記演算手段24で算出された殺菌剤必要供給量に基づいて、供給ポンプ14の回転数等の出力およびバルブ15の開度の調整制御を行う。この結果、殺菌剤供給装置5が上記演算手段24で算出された殺菌剤必要供給量の殺菌剤を注入口13から海水へ供給する。
【0050】
次に、本実施形態に係るバラスト処理装置の動作について説明する。まず、バラスト水の積込み時には、ポンプ3を稼動して海水取水ライン1から海水を船内に取り入れ、粗濾過装置2により粗大物を除去し、濾過装置4により該濾過装置4の目開きに応じた大きさのプランクトン等を除去する。
【0051】
次に、濾過装置4で濾過された海水に、殺菌剤供給装置5によって殺菌剤を供給する。具体的には、供給ポンプ14を作動させて、殺菌剤貯槽11内に貯留された殺菌剤を注入口13から海水へ供給する。殺菌剤の供給量は、供給ポンプ14の回転数等の出力およびバルブ15の開度が殺菌剤供給量制御装置6によって制御されることにより調整される。該殺菌剤供給量制御装置6による殺菌剤供給量の制御動作については後述する。
【0052】
海水に殺菌剤が供給された後、ベンチュリ管7が、海水にキャビテーションを発生させて、植物性プランクトン等比較的小型の水生生物に対して損傷を与えるか死滅させるとともに、キャビテーションによって海水中に殺菌剤を急速に拡散させて殺菌剤による細菌類の殺菌作用を促進させる。
【0053】
ベンチュリ管7から排出された海水は、殺菌処理水送水ライン8を経てバラストタンク9に貯留される。バラストタンク9内では海水の殺菌剤濃度が経時的に減少しつつも、海水中に残存する殺菌剤によって、水生生物の再増殖やプランクトンの卵のふ化が抑制される。
【0054】
バラスト水の排出時には、図示しない殺菌剤分解剤供給装置によって、バラストタンク9から排出される海水に分解剤を供給して海水中の殺菌剤を分解することにより、海水の無害化処理を行う。なお、バラスト水の無害化処理は、バラスト水の排出時ではなくバラスト水の積込時に行ってもよく、また、バラスト水の排出時および積込時の両方に行ってもよい。どのタイミングで無害化処理を行うかは、取水する海域に生息する微生物量や船舶の運航条件によって定めることができる。
【0055】
以下、殺菌剤供給量制御装置6による殺菌剤供給量の制御動作について説明する。図4は、殺菌剤供給量の制御動作を示すフローチャートである。まず、海水をバラストタンクに取水する際に、濾過装置4で濾過された海水(殺菌剤が供給される前の海水)の紫外線吸光度を紫外線吸光度計21で計測する(S1)。計測された紫外線吸光度のデータは演算手段24へ出力される。演算手段24は、記憶手段23に記憶されているデータベースBを参照して、上記紫外線吸光度計21で計測された紫外線吸光度および予め設定された要求残留殺菌剤濃度に対応する要求初期殺菌剤濃度およびその目標濃度範囲を求める(S2)。
【0056】
次に、殺菌剤が供給されバラストタンクに送水される海水の殺菌剤濃度を殺菌剤濃度計22で計測する(S3)。計測された殺菌剤濃度のデータは演算手段24へ出力される。演算手段24は、殺菌剤濃度計22で計測された殺菌剤濃度に基づいて、上記所定時間における殺菌剤濃度平均値xaveを算出する(S4)。
【0057】
演算手段24は、S4で算出された殺菌剤濃度平均値xaveが、S2で求められた要求初期殺菌剤濃度の目標濃度範囲を逸脱しているかどうかを判定する(S5)。殺菌剤濃度平均値xaveが上記目標濃度範囲を逸脱している場合には(S5のY)、演算手段24は、記憶手段23に記憶されている関係式y=ax+bに基づいて、殺菌剤濃度平均値xaveが上記目標濃度範囲内の濃度となるような殺菌剤供給量、すなわち殺菌剤必要供給量yを算出する(S6)。
【0058】
制御手段25は、S6で算出された殺菌剤必要供給量yを目標値として、供給ポンプ14の回転数等の出力およびバルブ15の開度の調整制御を行い、殺菌剤供給量を調整する(S7)。また、殺菌剤濃度平均値xaveが上記目標濃度範囲を逸脱していない場合には(S5のN)、殺菌剤供給量の調整は行われない。本実施形態では、所定時間が経過するごとに、S3からS7の殺菌剤供給量の制御動作が行われる。
【0059】
本実施形態では、記憶手段23に記憶されている対応関係を参照することにより、要求初期殺菌剤濃度を、実際に計測された紫外線吸光度に応じて得ることができるので、取水する海水の水質に対応して殺菌剤供給量を必要最低限に抑えることができる。したがって、どのような水質であっても確実かつ安価にIMOが定めるバラスト水基準を満足することができる。また、殺菌剤供給量が必要最低限に抑えられる分、殺菌剤が海水中の有機物と反応して生成されるトリハロメタン等の有害物の発生量を抑制でき、周辺環境へ悪影響を及ぼすことを防止できる。さらに、殺菌剤分解剤の使用量も低減できるので、その分、殺菌剤分解のための費用を低減できる。
【0060】
本実施形態では、水質の異なる複数の海域の海水ごとに、複数の初期殺菌剤濃度の殺菌剤を供給した場合についてデータベースA、Bを作成することとしたが、さらに、海水の温度や塩分濃度ごとにデータベースA、Bを作成し、実際に取水する海水の温度や塩分濃度も計測し、紫外線吸光度、海水温度及び塩分濃度に対応して殺菌剤供給量を制御することが好ましい。これによって、紫外線吸光度、海水の温度及び塩分濃度に応じたデータベースA、Bに基づいて、より最適な殺菌剤必要供給量が算出されるので、過剰な殺菌剤供給量をさらに抑制することができる。
【0061】
また、本実施形態では、予め作成されたデータベースA,Bに基づいて殺菌剤供給量が制御されることとしたが、これに加え、実際にバラスト水の処理を行う際に計測した紫外線吸光度および殺菌剤濃度の経時的変化のデータを利用して、新たなデータベースA,Bを作成して追加してもよい。これによって、より多くの種類の海水の水質に応じたデータベースA,Bが蓄積されることなり、より最適な殺菌剤必要供給量の算出が可能となり、過剰な殺菌剤供給量をさらに抑制することができる。
【符号の説明】
【0062】
5 殺菌剤供給装置
6 殺菌剤供給量制御装置
9 バラストタンク
21 紫外線吸光度計
23 記憶手段
24 演算手段
25 制御手段


【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶のバラストタンクにバラスト水として取水する海水に殺菌剤を供給し海水中の生物を殺滅処理する殺菌剤供給装置と、殺菌剤供給量を調整する殺菌剤供給量制御装置を備えるバラスト水処理装置であって、
殺菌剤供給量制御装置は、
取水する海水の紫外線吸光度を計測する紫外線吸光度計と、
海水の紫外線吸光度と、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに貯留中の生物の再増殖を抑制するために必要な殺菌剤濃度との対応関係を記憶する記憶手段と、
該記憶手段に記憶された対応関係と上記紫外線吸光度計により計測された紫外線吸光度とに基づき、殺菌剤必要供給量を算出する演算手段と、
該演算手段によって算出された殺菌剤必要供給量の殺菌剤を供給するように殺菌剤供給装置を制御する制御手段とを備えることを特徴とするバラスト水処理装置。
【請求項2】
前記記憶手段は、前記海水の紫外線吸光度と、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに貯留中の生物の再増殖を抑制するために必要な殺菌剤濃度との対応関係を、紫外線吸光度の異なる海水中での残留殺菌剤濃度の経時的変化のデータが蓄積されたデータベースを参照して、紫外線吸光度が異なる海水ごとに、バラスト水排出基準に基づき設定される要求残留殺菌剤濃度を所定時間後に維持するために必要な初期殺菌剤濃度を要求初期殺菌剤濃度として関係づけるデータベースとして記憶していることとする請求項1に記載のバラスト水処理装置。
【請求項3】
船舶のバラストタンクにバラスト水として取水する海水に殺菌剤を供給し海水中の生物を殺滅処理する殺菌剤供給工程と、殺菌剤供給量を調整する殺菌剤供給量制御工程を備えるバラスト水処理方法であって、
殺菌剤供給量制御工程は、
取水する海水の紫外線吸光度を計測する紫外線吸光度計測工程と、
記憶手段により記憶されている、海水の紫外線吸光度と、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに貯留中の生物の再増殖を抑制するために必要な殺菌剤濃度との対応関係を参照して、該対応関係と上記紫外線吸光度計測工程で計測された紫外線吸光度とに基づき、殺菌剤必要供給量を算出する演算工程と、
該演算工程によって算出された殺菌剤必要供給量の殺菌剤を供給するように殺菌剤供給量を制御する制御工程とを備えることを特徴とするバラスト水処理方法。
【請求項4】
前記記憶手段は、前記海水の紫外線吸光度と、海水中の生物を殺滅処理するとともにバラストタンクに貯留中の生物の再増殖を抑制するために必要な殺菌剤濃度との対応関係を、紫外線吸光度の異なる海水中での残留殺菌剤濃度の経時的変化のデータが蓄積されたデータベースを参照して、紫外線吸光度が異なる海水ごとに、バラスト水排出基準に基づき設定される要求残留殺菌剤濃度を所定時間後に維持するために必要な初期殺菌剤濃度を要求初期殺菌剤濃度として関係づけるデータベースとして記憶していることとする請求項3に記載のバラスト水処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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