説明

パワーアシスト装置とその適応モデル予測制御方法

【課題】 人とロボットの協調作業において、できるだけ小さい操作力で、できるだけ目標の最終位置からのずれを小さく抑えることができるパワーアシスト装置とその適応モデル予測制御方法を提供する。
【解決手段】 運搬対象物1をリジットに把持する手先部11をもった多関節アーム型ロボット10と、ロボットを制御する制御装置20とを備える。ロボット10は、多関節の関節角度ベクトルq、手先部位置x、及びロボットと協調作業する作業者が運搬対象物に加える力fを検出するセンサを有する。制御装置20は、センサで検出された関節角度ベクトルq、手先部位置x、及び作業者の力fに基づいて、作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xをリアルタイムに推定する。この推定値に基づき、可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能な限り小さく抑えるように、ロボット10にアシスト力を発生させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パワーアシスト装置に係わり、さらに詳しくは、人とロボットの協調作業において、小さい操作力で、目標の最終位置からのずれを小さく抑えるパワーアシスト装置とその適応モデル予測制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パワーアシスト装置とは、移動または姿勢変更の対象となる物体を操作する者(操作者)の操作力に基づいてアシスト力を発生させ、操作者の力を軽減する装置である。
【0003】
かかるパワーアシスト装置の制御方法として、インピーダンス制御が知られている。インピーダンス制御は、移動等させようとする物体を、その質量m、粘性係数c、ばね係数kを用いた運動方程式:F=m×a+c×v+k×x・・・式(1a)によりモデル化することにより、モータに発生するアシスト力Fを制御するものである。
【0004】
しかし、インピーダンス制御のも種々の問題点があり、さらにこれを改良したパワーアシスト装置が種々創案されている(例えば特許文献1、2)。
【0005】
特許文献1のパワーアシスト装置は、予定した位置に物体を位置決めしようとする際に、操作者がパワーアシスト装置に引っ張られるような感覚を受けるのを回避するために、粘性係数cを物体の移動速度vに基づいて定め、これにより操作者の腕のインピーダンス変化に倣ってアシスト力Fを求めるものである。
【0006】
特許文献2のパワーアシスト装置は、例えば、操作者が運搬台車を所定の停止位置に停車させようとして走行中の運搬台車のハンドル等を操作すると、移動速度や駆動機構の粘性抵抗あるいは運搬するワークの軽重等によって、運搬台車に引っ張られたり逆に制止させられたりするような違和感を操作者に与えることがあるのを解決することを目的とし、
サーボ搬送制御かインピーダンス制御への移行に際し、減速制御手段により物体の移動速度を所定速度以下に減速させるものである。
【0007】
【特許文献1】特開2003-252600号公報、「パワーアシスト装置」
【特許文献2】特開2005-59640号公報、「パワーアシスト装置、その制御方法および搬送装置」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
自動車等の組立工場などにおいて、作業者の負担を軽減するために、人と協調して作業をアシストするロボットの開発が望まれている。人の作業を助け、目標のタスクを正確に実行するためには、作業者の運動状態に合わせて、作業者になるべく違和感を与えることなく、なおかつ、最終的な目標動作からのずれを最小に抑えるようにロボットの動作を調節する必要がある。
【0009】
例えば、組立中の自動車の窓枠にフロントやリヤの窓ガラスを嵌め込む作業は、従来は二人の作業員が左右を持って協同で行っていた。この作業をロボットと人との協調作業で行なおうとする場合、従来のパワーアシスト手段では以下の問題点があった。
ロボットと協調作業する人(以下、作業者という)は、操作の主体であり、ロボットは作業者の動作をアシストするように作動する必要がある。しかし、操作主である作業者の運動状態(手先粘弾性と手先自然長位置)は、その作業状態に応じて変化するため、アシスト力Fを最適化することが困難であった。
そのため、アシスト力Fが小さすぎると作業員の負担が大きく、逆に大きすぎると作業者による正確な位置決めが困難になる問題点があった。
【0010】
本発明は上述した問題点を解決するために創案されたものである。すなわち、本発明の目的は、人とロボットの協調作業において、できるだけ小さい操作力で、できるだけ目標の最終位置からのずれを小さく抑えることができるパワーアシスト装置とその適応モデル予測制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、運搬対象物をリジットに把持する手先部をもった多関節アーム型ロボットと、該ロボットを制御する制御装置とを備え、
前記ロボットは、多関節の関節角度ベクトルq、手先部位置x、及びロボットと協調作業する作業者が運搬対象物に加える力fを検出するセンサを有し、
前記制御装置は、前記センサで検出された関節角度ベクトルq、手先部位置x、及び作業者の力fに基づいて、作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xをリアルタイムに推定し、
該推定値に基づき、可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能な限り小さく抑えるように、ロボットにアシスト力を発生させる、ことを特徴とするパワーアシスト装置が提供される。
【0012】
また本発明によれば、運搬対象物をリジットに把持する手先部をもった多関節アーム型ロボットを有するパワーアシスト装置の適応モデル予測制御方法であって、
前記ロボットの多関節の関節角度ベクトルq、手先部位置x、及びロボットと協調作業する作業者が運搬対象物に加える力fを検出するデータ検出ステップと、
検出された関節角度ベクトルq、手先部位置x、及び作業者の力fに基づいて、作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xをリアルタイムに推定する推定ステップと、
推定された各値に基づき、可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能な限り小さく抑えるように、ロボットにアシスト力を発生させるパワーアシストステップと、を有することを特徴とするパワーアシスト装置の適応モデル予測制御方法が提供される。
【0013】
前記推定ステップにおいて、逐次最小2乗法を用いて、作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xを推定する。
【0014】
また、前記パワーアシストステップにおいて、各時刻tごとに変化する下記の評価関数式(24)を最小化する最適制御入力を設定する、ことが好ましい。
【数1】

【0015】
前記パワーアシストステップにおいて、評価関数式(24)内の終端位置決め誤差e(t+T)にかける重み行列Fは下記の条件式(31)を満たすように最適制御入力を設定する、ことが好ましい。
【数2】

【発明の効果】
【0016】
上記本発明の装置及び方法によれば、リアルタイムに検出された関節角度ベクトルq、手先部位置x、及び作業者の力fに基づいて、
作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xをリアルタイムに推定し、推定された各値に基づき、アシスト力を最適化するので、可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能な限り小さく抑えるように、ロボットにアシスト力を発生させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の好ましい実施形態を説明する。なお各図において、共通する部分には同一の符号を付し、重複した説明を省略する。
【0018】
図1は、本発明のパワーアシスト装置の全体構成図である。この図において、本発明のパワーアシスト装置は、運搬対象物1をリジットに把持する手先部11をもった多関節アーム型ロボット10と、このロボットを制御する制御装置20とを備える。
ロボット10は、多関節の関節角度ベクトルq、手先部位置xを検出するセンサ(図示せず)、及びロボットと協調作業する作業者2が運搬対象物1に加える力fを検出する6軸力センサ3を有する。
制御装置20は、センサで検出された関節角度ベクトルq、手先部位置x、及び作業者の力fに基づいて、作業者2の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xをリアルタイムに推定する。
またこの推定値に基づき、制御装置20は、ロボット10に入力する最適制御入力をリアルタイムに設定する。
ロボット10は、リアルタイムで設定された最適制御入力に基づいて作動し、可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能な限り小さく抑えるように、アシスト力を発生する。
【0019】
上述した多関節アーム型ロボット10を用い、本発明の方法は、運搬対象物1をリジットに把持する手先部11をもった多関節アーム型ロボット10を有するパワーアシスト装置の適応モデル予測制御方法である。
図2は、本発明の方法を示すブロック線図である。この図に示すように、本発明の方法は、データ検出ステップS1、推定ステップS2、及びパワーアシストステップS3を有する。
データ検出ステップS1では、ロボット10の多関節の関節角度ベクトルq、手先部位置x、及びロボットと協調作業する作業者が運搬対象物に加える力fを検出する。
推定ステップS2では、検出された関節角度ベクトルq、手先部位置x、及び作業者の力fに基づいて、作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xをリアルタイムに推定する。
パワーアシストステップS3では、推定された各値に基づき、可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能な限り小さく抑えるように、ロボットにアシスト力を発生させる。
【0020】
推定ステップS2において、逐次最小2乗法を用いて、作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xを推定する。この推定は、後述する式に基づくのがよい。
【0021】
また、パワーアシストステップS3において、各時刻tごとに変化する評価関数式(24)を最小化する最適制御入力を設定する。この設定により、位置決め誤差を最小にし、かつロボットが加える操作量を最小にすることができる。
【0022】
また、パワーアシストステップにおいて、終端時刻にかける重み行列Fは条件式(31)を満たすように最適制御入力を設定する。この設定により、後述する定理1に示すように、式(26)で示す最適制御則の安定性を保証することができる。

以下、本発明をさらに詳細に説明する。
【0023】
この明細書において、記号上部の点「・」は時間微分を「・・」は時間に関する2回微分を、記号「^」は推定値を意味する。本発明では、人の手先の動特性は線形の粘弾性を持ち、式(1)と書けるものとする。ここでxは人の手先位置、添え字eは作業者を意味し、fは運搬対象物に加える力、Dは作業者の粘性係数、Kはその弾性係数、xは作業者の手先の自然長位置を表す。
【0024】
一方、アシストロボットはn個の関節をもつアーム型ロボットで運搬対象物をリジッドに把持しているものとする。このとき、ロボットと運搬対象物、作業者を含めた全システムの運動方程式は式(2)(3)で与えられる。ここでqは関節角度ベクトル、H(q)はロボットの慣性行列、C(dq/dt,q)はコリオリ力と遠心力の和、τは関節トルク、J(q)は関節角度ベクトルqからロボット手先位置xまでのヤコビアンをそれぞれ表す。
【0025】
【数3】

【0026】
以上の問題設定の下に、本発明の「適応モデル予測制御方法」では、観測データq,dq/dt,fに基いて、作業者の運動状態K,D,xをリアルタイムで推定し、その推定された運動状態下で可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能なかぎり小さく抑えるような最適アシスト操作力を制御インターバル1msごとに逐次的に生成する。
【0027】
以後、各ステップにおける、制御装置の詳細な動作について説明する。
【0028】
データ検出ステップS1ではロボット10の各関節に取り付けたロータリエンコーダによって関節角度ベクトルq、関節角速度ベクトルdq/dtを、ハンドル部分に取り付けた3軸力センサにより作業者から運搬対象物に加えられる操作力の並進3自由度成分fを測定する。手先部位置xは高速カメラや超音波センサ、赤外線センサ等により直接計測するか、式(4)のロボットの順キネマティクスを計算することで算出する。
【0029】
【数4】

【0030】
データ検出ステップS1で関節角速度ベクトルdq/dtを直接計測することができない場合には、関節角度ベクトルqから微分フィルタを用いて算出しても構わない。
【0031】
推定ステップS2ではデータ検出ステップS1で測定した、ロボット10の関節角度ベクトルq、関節角速度ベクトルdq/dt、ハンドル部分に作業者から加えられる操作力fから、作業者の運動状態を推定する。作業者の手先弾性をK、手先粘性をD、作業者が運搬対象物を運ぼうとしている位置(手先自然長位置)をxとすると、作業者から運搬対象物に加えられる力は式(1)で記述される。
【0032】
ここで作業者の手先自然長位置xは窓枠はめ込み作業中一定か、若しくは、時間に依存してなめらかに変化するものと想定する。このとき、作業者の手先自然長位置xはたとえば式(5)のような2次関数で近似することができる。
この近似関数は勿論2次関数に限られるわけではなく、必要に応じて高次関数で近似しても構わない。ただし、高次関数で近似を行う場合には計算時間が多く必要になるので、1ステップの制御入力を算出するための計算時間が1ms以内に収まる範囲で近似を行わなければならない。
【0033】
【数5】

【0034】
このとき、作業者の運動状態は定数ベクトル(K,D,a,b,c)で完全に記述され、作業者から運搬対象物に加えられる操作力fは、式(6)と記述される。
【0035】
これは新たに式(7)の変数を導入すると、式(8)とかける。 ここでθは作業者の運動状態を表す未知パラメータ、φは観測可能なベクトルである。
【0036】
【数6】

【0037】
本発明、推定ステップS2の実施形態としてはたとえば逐次最小2乗法に基くパラメータ推定法が考えられる。逐次最小2乗法を用いる場合には、式(9)を最小にするようなパラメータ(^付き)θとして、式(10)を時々刻々積分することで作業者の運動状態(K,D,a,b,c)を推定する。
【0038】
【数7】

【0039】
別の推定ステップS2の実施形態としてはレシーディングホライズン最小2乗法を用いる。レシーディングホライズン最小2乗法では現在の時刻tから一定時間Tだけ前の時刻t-Tから、現在の時刻tまでにわたる式(11)の推定誤差の2乗積分を最小にするようなパラメータ(^付き)θとして、作業者の運動状態(K,D,a,b,c)を推定する。
【0040】
【数8】

【0041】
ここで、被積分関数第2項は推定値の連続性を保つために導入されたコストで、αは対象毎に適当に選ぶ正の定数である。
この場合、最適推定値(^付き)θは式(12)で与えられ、これは式(13)(14)の逐次アルゴリズムに従って逐次的に求められる行列Γ(t)、Y(t)を用いて、式(15)と計算することができる。ここでNは数値積分の刻み数である。このようにレシーディングホライズン最小2乗法では、現在の時刻から時間前までの観測データのみに基いてパラメータ推定則を構成したことで、作業者の運動状態の変化に素早く対応して、正しい運動状態の推定値を得ることができる。
【0042】
【数9】

【0043】
次にパワーアシストステップS3の詳細について述べる。
【0044】
人との協調作業では、人(作業員)もロボットの動きに合わせて行動を変化させることが予想される。その際に、ロボットの手先が複雑な動特性を持っていると、人は、ロボットの動きを予測することができず、操作性の低下を引き起こす原因となってしまうおそれがある。
そこで、本発明ではまず、ロボットの動力学が式(16)で与えられるように各関節に式(17)で示すインピーダンス制御入力を加えることにする。
ここで、添字0はロボットを意味し、M、D、Kはそれぞれ、ロボットの手先に指令する目標の慣性、粘性、弾性係数を表し、xはロボットの手先自然長位置を表す。以後、式(16)のインピーダンス制御された系に対して、アシスト制御則を構成する。
【0045】
【数10】

【0046】
人とロボットの協調作業において、可能な限り作業員に負担をかけないように、かつ可能な限り正確に協調位置決め作業を行うためには、何らかの最適化指標を最小化するように逐次的にロボットの軌道を修正する必要がある。
しかし、人側の運動状態は未知であり、これをリアルタイムで逐次的に推定するとしているので、最適な制御ゲインを予め求めておくことはできない。そこで、最適制御ゲインも、推定された人側の運動状態に基づいて逐次的に求める必要がある。
また、時間間隔をあけて、制御入力の修正を行うと、協調作業を行う作業員に違和感を与えてしまうおそれがある。そこで、本発明では推定されたシステムのモデルに基づいて、連続時間(制御サイクル1ms)でモデル予測制御を行うことにより、人の運動状態に適応した、最適なアシスト制御を実現することを考える。
【0047】
図3は、適応モデル予測制御の基本概念図である。通常のモデル予測制御では、この図に示すように、システムの真のモデルに基づいて一定時間後(t+T)にシステムが行き着く状態を予測し、目標の状態との差が最小になるように、最適な制御入力を時々刻々計算する。
しかし、人とロボットの協調作業においてはシステムは未知なので、真のモデルを用いた最適制御入力を構成することができない。そこで、式(10)もしくは式(15)の推定方法によって得られたシステムの推定モデルに基づいて、適応モデル予測制御を行う。本発明ではこれを適応モデル予測制御と呼ぶ。
【0048】
推定された作業者と協調作業をするロボットの運動方程式は、式(18)となる。ここで(^付き)fは作業者運動状態の推定値(^付き)(a,b,c)を用いて式(19)で表されるベクトルである。
ここで、漸近的に目標のはめ込み位置xに対象物を誘導するためにロボットの手先自然長位置xを式(20)を積分して求められる軌道に設定する。すると作業者とロボットを合わせた全システムは、式(21)に従うことになる。ここで、eは位置決め誤差x-xを表す。これはさらに式(22)の変数を導入すると、式(23)と書くことができる。
【0049】
【数11】

【0050】
このシステムの式(23)に対して、位置決め誤差を最小にかつ、ロボットが加える操作量を最小にする制御は、式(24)で示す各時刻tごとに変化する評価関数を最小化する最適制御入力を構成することで実現できる。
ここで、Q、R、F、は各時刻tで決定される重み行列で、QとRは正定値、Fは半正定値であるとする。
最適制御入力u(t)は各時刻tでリッカチ微分方程式(25)を時刻tまで時間を遡って積分して求めた行列S(t)を用いて、式(26)で構成される。ここで、時不変システムに対して、次の定理1が成り立つことに注意する。
【0051】
【数12】

【0052】
(定理1)
線形時不変システムの式(27)に対して、区間[t,t+T]で定義される式(28)の最適化評価関数を最小化する最適制御入力は、式(29)を積分して求めた行列S(t)を用いて式(30)のように構成される。
このとき、もし、終端時刻にかける重み行列Fが条件式(31)が満たされるならば式(27)に最適入力式(30)を代入したシステムは安定で、式(32)が漸近的に成り立つ。
【0053】
【数13】

【0054】
この定理1から、たとえ推定方法が収束して、真のプラントの方程式が同定された後であっても、任意に最適化評価関数を設定することはできず、安定性を保証するには式(31)の拘束条件を満たすようにQ、R、Fを設定しなければならないことになる。
しかも今の場合にはシステム自体が時間変化するので、システムの安定性を保証するには評価関数の中の重み行列を式(31)を満たすように時々刻々修正しなければならない。そこで、本発明による第1の評価関数設定方法では、Q、Rを予め一定値に設定し、各時刻tで式(33)をFについて解くことで、条件式(31)を満たすような最適化評価関数式(24)を制御サイクルごとに求める。
【0055】
【数14】

【0056】
しかし、式(33)を解くには大きな計算時間を必要とする。そのため本発明による第2の評価関数設定方法では式(33)よりも保守的な条件式(34)を各時刻tでFについて解くことで、条件式(31)を満たすような最適化評価関数式(24)を制御サイクルごとに構成する。
この条件式を用いるには行列Aが安定である必要があるが、今考えている問題では、推定された人側弾性係数K(推定値)、粘性係数D(推定値)が式(35)を満たす限り安定であるので、推定方法の初期値が十分大きければ(34)式の条件を用いて、重み行列を更新することが可能である。
以上よりパワーアシストステップS3では,推定ステップS2で推定されたパラメータ(^付)K,(^付)D,(^付)fと式(26)の最適制御入力uを用いて,各関節へ指令する制御トルクτが式(36)のように構成される.
【0057】
【数15】

【0058】
以下に本発明によるパワーアシストの実施例を示す。
【実施例1】
【0059】
本実施例では、作業者と協調して運搬対象物を正しい位置に位置決めするタスクにおいて、作業者は正しい位置よりも1.0mずれた位置に誤って位置決めを行おうとしているものとし、ロボットは式(36)に従ってその操作力を調節することで、可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能な限り小さくするように作業者を補佐するものとする。
この問題に対して適応なしのモデル予測制御則を用いてアシストを行った場合のシミュレーション結果を図4に示す。ただし、このシミュレーションでは、モデル予測制御則の中の重み行列RとFは固定したままで、位置決め誤差にかける重みQだけを変化させた。
【0060】
図4からわかるように、適応なしでモデル予測制御を行った場合には、人を含めた協調作業系のシステムとモデル予測制御に用いられるモデルが一致しないため、定常的な誤差が残ってしまう。
【0061】
一方、創案した制御系では適応推定器を導入したことにより、人側の運動状態を漸近的に推定することができるので、図5に示すように目標位置に向かって対象物を誘導することができる。人側の運動を考慮せずに、単純に位置決め制御を行う場合には、ロボットは目標のはめ込み位置に素早く対象物を運ぼうとするが、創案した適応モデル予測制御では重み行列Qを小さく取ることで人の動きになるべく追従するようにロボットを動かすことができ、人に違和感を感じさせずに、運搬対象物を目標位置に誘導することができる。
【0062】
図5は創案した適応モデル予測制御則において、重み行列Rを固定した状態で、位置決め誤差にかける重みQを変化させた場合に実現される軌道を示す。
図5から、創案した制御系では位置決め誤差にかける重み行列Qを大きく取ればとるほど正確に、運搬対象物を目標位置へ誘導することができることが分かる。なお、予測ホライズンを500ステップにとった時に1個の制御入力を計算するのに要する時間は2.2GHz、Pentium4(登録商標)、メモリ768MBの環境下で0.98ms/秒であった。
【実施例2】
【0063】
図6に水平面内のxy-2自由度に対して、創案した適応モデル予測制御を用いてアシスト制御を行ったシミュレーション2の結果を示す。このシミュレーションでは、正しい運搬目標位置は(x,y)=(0.1,0.1)で与えられているが、作業者は誤って、(x,y)=(0,0)に位置決めを行おうとしているものとし、一方、ロボットは対象物が正しい位置にくるように力を加えることで位置決め作業を補佐するものとする。
【0064】
この際、y方向の最適化評価関数に関しては重み行列を式(37)に固定し、x方向の最適化評価関数に関してはQ11成分以外を式(37)と同様にとり、Q11成分だけを変化させる。Q11=1000のときはx-y方向の制御則が同一になるので、実現される軌道はほぼ直線になるが、Q11を下げていくにつれ、y方向は人の手先軌道y=0に追従しようとし、x方向だけが正確に目標位置へ追従するようになる。
【0065】
【数16】

【0066】
これにより、たとえば自動車の窓枠はめ込み作業におけるパワーアシスト装置のように、上下方向に関しては作業者に違和感を与えないようになるべく作業者の動きに追従し、水平方向に関してはなるべく目標とするはめ込み位置からのずれを小さく抑えるようにアシストすることが要求されるタスクに対しては、上下方向の自由度に対する重みQを小さく、水平方向の自由度に対する重みQを大きく取ることで、上下方向に関しては作業者の動きに追従し、水平方向に関しては正しい位置へと運搬対象物を誘導するような、動作方向に依存したアシスト動作を実現することが可能になる。
【0067】
また、本発明の制御手法では、動作中にQを変更することで、必要に応じたアシストのモードの切り替えを行うことも可能である。
【0068】
たとえば運搬対象物を作業者と共に所定の位置まで運び、その後で正確な位置決め動作を行うような場合には、動作の開始時にはQを小さく設定しておき、正確な位置決め動作への移行時にQを滑らかに大きくすることで、操作力を不連続に変化させることなく、作業者に追従するモードから正確な位置決め補佐を行うモードへとスムーズに移行することが可能になる。
【0069】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変更できることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明のパワーアシスト装置の全体構成図である。
【図2】本発明の方法を示すブロック線図である。
【図3】水平方向の最適制御の基本概念図である。
【図4】適応なしのモデル予測制御則を用いてアシストを行った場合のシミュレーション結果を示す図である。
【図5】創案した適応モデル予測制御則において、重み行列Rを固定した状態で、位置決め誤差にかける重みQを変化させた場合に実現される軌道を示す図である。
【図6】水平面内のxy-2自由度に対して、創案した適応モデル予測制御を用いてアシスト制御を行ったシミュレーション2の結果を示す図である。
【符号の説明】
【0071】
1 運搬対象物、2 作業者、3 6軸力センサ
10 ロボット、11 手先部、20 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運搬対象物をリジットに把持する手先部をもった多関節アーム型ロボットと、該ロボットを制御する制御装置とを備え、
前記ロボットは、多関節の関節角度ベクトルq、手先部位置x、及びロボットと協調作業する作業者が運搬対象物に加える力fを検出するセンサを有し、
前記制御装置は、前記センサで検出された関節角度ベクトルq、手先部位置x、及び作業者の力fに基づいて、作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xをリアルタイムに推定し、
該推定値に基づき、可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能な限り小さく抑えるように、ロボットにアシスト力を発生させる、ことを特徴とするパワーアシスト装置。
【請求項2】
運搬対象物をリジットに把持する手先部をもった多関節アーム型ロボットを有するパワーアシスト装置の適応モデル予測制御方法であって、
前記ロボットの多関節の関節角度ベクトルq、手先部位置x、及びロボットと協調作業する作業者が運搬対象物に加える力fを検出するデータ検出ステップと、
検出された関節角度ベクトルq、手先部位置x、及び作業者の力fに基づいて、作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xをリアルタイムに推定する推定ステップと、
推定された各値に基づき、可能な限り小さい操作力で、位置決め誤差を可能な限り小さく抑えるように、ロボットにアシスト力を発生させるパワーアシストステップと、を有することを特徴とするパワーアシスト装置の適応モデル予測制御方法。
【請求項3】
前記推定ステップにおいて、逐次最小2乗法を用いて、作業者の手先粘性係数D、その弾性係数K、及び作業者の手先自然長位置xを推定する、ことを特徴とする請求項2に記載のパワーアシスト装置の適応モデル予測制御方法。
【請求項4】
前記パワーアシストステップにおいて、各時刻tごとに変化する下記の評価関数式(24)を最小化する最適制御入力を設定する、
【数1】

ことを特徴とする請求項2に記載のパワーアシスト装置の適応モデル予測制御方法。
【請求項5】
前記パワーアシストステップにおいて、評価関数式(24)内の終端位置決め誤差e(t+T)にかける重み行列Fは下記の条件式(31)を満たすように最適制御入力を設定する、
【数2】

ことを特徴とする請求項4に記載のパワーアシスト装置の適応モデル予測制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−76807(P2007−76807A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−266438(P2005−266438)
【出願日】平成17年9月14日(2005.9.14)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)