説明

ヒト単球走化活性化因子の高感度免疫学的測定法

【目的】本発明の目的は、微量のMCAFを測定することにあり、また血液中、尿中でも体液成分に妨害されずに測定が可能な方法を提供することにある。
【構成】抗ヒト単球走化活性化因子モノクローナル抗体を用いることを特徴とする、ヒト単球走化活性化因子の高感度免疫学的測定法および測定用キット。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、ヒト単球走化活性化因子(monocyte chemotactic and activatingfactor 以下MCAFと略す)を測定するための方法、さらに詳しくは、MCAFに対する抗体を用いた免疫学的測定法および測定を行なうためのキットに関する。
【0002】
【従来の技術】炎症反応における局所への白血球の遊走、浸潤には、生体由来の各種サイトカインが重要な役割を担うことが知られている。その中で、単球走化活性化因子、MCAF(mono- cyte chemotactic and activating factor) は、1989年にMatsushimaらおよびYoshimura らによりそのcDNAがクロ−ニングされ、構造が明らかにされた単球特異的な遊走因子である(Oppenheim ら(1991) Annu. Rev. Immunol., 9, p617 など)。MCP−1(monocyte chemoattractant protein1)とも呼ばれるこの物質は、互いにアミノ酸レベルで30%程度のホモロジ−を有し、4個のシステイン残基の位置が一致する一群の低分子量タンパク(CCファミリ−あるいはintercrineβファミリ−と総称される)の一員であり、このファミリ−に属する他のタンパクとしては、RANTES、LD78、Act−2、I−309などが知られている。また、好中球遊走活性化因子であるIL−8および一群のファミリ−タンパク(PF4、β−TG、GRO、IP−10など)とも若干のホモロジ−を有し、IL−8ス−パ−ファミリ−を形成している。
【0003】MCAFは、単球、リンパ球といった血球系の細胞のほかに、線維芽細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞、各種腫瘍細胞など様々な細胞から、IL−1、TNF、IFN−γ、LPSなどの刺激により産生されることが報告されている。また、特発性肺線維腫で局所の上皮細胞がmRNAおよびタンパクを発現すること、慢性関節リウマチ患者の滑膜細胞からの産生が見られること、動脈硬化症の病巣部で発現が見られることなどの報告があり、さらに、その生理活性も単球遊走活性化以外に好塩基球に対して強いヒスタミン遊離作用を有し、アレルギ−反応にも関与することが複数のグル−プで明らかにされるなど、多くの炎症性疾患で重要な働きを持つことが明らかになりつつある。
【0004】これまで、in vivo でのMCAFの産生については、in situ ハイブリダイゼ−ション法によるmRNAの検出、あるいは免疫組織染色法でのタンパクの同定といった定性的な手法で検討されてきた。酵素免疫測定(ELISA)系の報告も2つのグル−プから出されているが(Yoshimura ら(1991) J. Immunol., 147,p2229、Evanoff ら(1992) Immunol. Invest., 21, p39)、いずれも感度的に十分とは言えず、また単球遊走活性を指標にしたバイオアッセイ法も、生体サンプルに適用するためには感度、特異性ともに問題があり、これまで体液中の微量MCAFを正確に定量することは困難であった。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、上記のように各種疾患との関連性が報告されているMCAFを血清、血漿または尿中で測定するための、高感度な免疫学的測定法を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】上記本発明の課題を解決するために、本発明は以下の構成を有する。すなわち、本発明は、抗ヒト単球走化活性化因子モノクローナル抗体を用いることを特徴とする、ヒト単球走化活性化因子の高感度免疫学的測定法である。
【0007】本発明に用いる抗体は、哺乳動物をMCAFで免疫して得られる抗血清から精製されるポリクロ−ナル抗体およびMCAFで免疫された哺乳動物から取り出した抗体産生細胞をミエロ−マ細胞と融合して得られるハイブリド−マから産生されるモノクロ−ナル抗体のいずれもが使用できる。このようにして得られる各種の抗体の中から、抗原に対する親和性が高く、さらに他の血液、尿成分との反応が認められず特異性の高いものを選択することにより、30pg/mlより好ましくは5pg/mlといった低濃度のMCAFを測定することができ、かつ血液、尿成分の妨害を受けない高感度な免疫学的測定法の確立に成功し、本発明を完成した。以下に本発明の具体的な方法を説明する。
【0008】(a)モノクロ−ナル抗体MCAFに対するモノクロ−ナル抗体は、常法に従って作製することができる。すなわち、マウスなど適当な動物をMCAFで免疫したのち、脾細胞をミエロ−マ細胞と融合し得られたハイブリド−マの中からMCAFと特異的に結合する抗体を産生するクロ−ンをELISAなどの手法を用いて選択する。高感度な測定系を確立するためには、この段階でできるだけ抗原との親和性の高い抗体を選ぶことが重要である。次に、得られたハイブリド−マを培養し、その培養上清またはハイブリド−マを適当な動物に接腫して得られる腹水を材料として、モノクロ−ナル抗体を精製することができる。
【0009】(b)免疫学的測定法免疫学的測定法としては、サンドイッチ法、競合法など種々の測定原理を用いることができる。また、標識物質としては、酵素、ビオチンなどのハプテン、ラジオアイソト−プなどが用いられるが、高感度かつ測定の簡便な系とするためには、酵素標識抗体を用いたサンドイッチ法が望ましい。固相担体への抗体の固定および抗体の酵素標識は、常法に従って行なうことができる。固定化された抗体に検体中のMCAFを結合させ、さらに酵素標識抗体を反応させることにより、固相上に3者のサンドイッチ複合体を形成させる。最後に酵素基質を加え固相上の酵素活性を測定することにより、検体中のMCAF濃度を定量することができる。
【0010】また、96穴マイクロプレ−トなど適当な担体に固相化した抗体、標識抗体および標準となる既知濃度のMCAFなどを組み合わせてキットを構成することが可能である。
【0011】
【実施例】以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
【0012】1.モノクロ−ナル抗体の作製免疫原となるMCAFは、ヒト正常線維芽細胞培養上清より精製した天然型標品を用いた。免疫は、8週令の雌balb/cマウス5匹を用い、腹腔内投与で4−5回行なった。初回免疫は、20μgのMCAFを、1×1010個の百日咳死菌添加硫酸アルミニウムカリウムアジュバントと混合して投与し、2回目は硫酸アルミニウムカリウムアジュバントと混合、3回目以降はPBS溶液で、それぞれ20μgのMCAFを追加免疫した。最終免疫の3日後にマウスより脾臓を摘出し、脾細胞とマウスミエロ−マ細胞P3U1(P3- X63-Ag8U1 )との細胞融合を行なった。融合後の細胞は、15%牛胎児血清(Biocell 社)、2 ng/mlヒトIL−6、およびHAT(ベ−リンガ−社)を含むRPMI1640培地(Flow社)に浮遊し、2〜5×105 個/200μl/ウエルの細胞密度で96穴マイクロプレ−ト(Corning 社)に分注し、7%CO2 存在下、37℃で培養を行なった。
【0013】抗体産生細胞のスクリ−ニングは、固相化MCAFに対する抗体の結合を検出する下記のELISA法により行なった。96穴マイクロプレ−ト(Nunc社)の各ウェルに0.5μg/mlのMCAF PBS溶液を分注し、4℃で1晩固相化を行なった。0.5%ウシ血清アルブミン(BSA)PBS溶液でブロッキングを行なった後、ハイブリド−マのHAT培地培養上清(細胞融合後9−10日目)100μlを室温で1時間反応させ、さらにHRP標識ヤギ抗マウスIgG(Cappel社)を室温で30分間反応させた。各反応の間は、0.05%Tween20を含むPBS溶液にてウェルを3回洗浄し、未反応の試薬を除いた。最後に酵素基質(0.006%過酸化水素および0.2mg/ml3、3´、5、5´−テトラメチルベンジジン(TMB)を含む0.1M酢酸クエン酸ナトリウム緩衝液pH5.5)を加えて発色反応を行ない、その着色から陽性ウェルの判定を行なった。陽性ウェルは、HT培地100μlを加えてさらに一晩培養を行ない、翌日培養上清を3倍段階希釈して再度ELISAを行なった。低濃度抗体(高希釈倍率)まで発色が認められたクロ−ンを選択し、限界希釈法でクロ−ニングを行なった。上記スクリ−ニング、クロ−ニングの操作を2回繰り返して、単一クロ−ンとして7個のハイブリド−マとして確立した。得られた抗体の一覧を表1に示す。なお、ME120を産生するハイブリド−マは微工研菌寄第13293号として、またMI446を産生するハイブリド−マは微工研菌寄第13294号として工業技術院微生物工業技術研究所に寄託されている。
【0014】
【表1】


2.抗体組み合わせの選択およびELISA反応条件の最適化7種のモノクロ−ナル抗体をそれぞれ固相化(第1)抗体またはビオチン化(第2)抗体として用いる49通りのサンドイッチELISA系を組み、緩衝液またはプ−ル正常ヒト血清で段階希釈した標準MCAFを測定した結果、最も高感度かつ血液成分の影響を受けない系として、固相化ME120/ビオチン化MI446の系を選択した。次に、MI446抗体をFab' 化後HRPで直接標識し、固相化ME120との組み合わせで反応条件(反応液pHおよび抗体濃度)の最適化を行なった結果を図1、図2に示す。第1反応pHは、5.0の酸性条件では発色レベルが著しく低下したが、pH6〜9の領域では、ほぼ同等の発色を与えた。第2反応についても、pH6−8の中性領域では安定した発色を示したため、反応液組成は第1反応には0.1Mトリス塩酸pH8.0を、第2反応にはPBS(それぞれ0.25%BSAおよび0.05%Tween20を含む)を用いることにした。また、固相化抗体濃度は、0.5μg/mlが最も高い発色を与えたためこの濃度を選択し、第2反応については、0.5μg/ml以上でほぼ同等の発色レベルとなり、4μg/mlではバックグラウンドレベルが若干上昇することから、0.5μg/mlの条件を選択した。また、検体量については、はじめは50μlで検討を行なったが、後に示すように検体量を20μlに減らしても健常者血清中、尿中のMCAFは十分検出可能であり、検体量が多いと測定レンジが狭くなる点が逆に欠点となることから、20μlの条件を選択した。最終的に決定した測定プロトコ−ルを図3に示す。
【0015】3.ELISA系の基本性能評価標準曲線および最低検出感度の算出結果を図4に示す。標準曲線は、0−300 pg/mlの範囲で良好な直線性を示し、12.5 pg/ml以上のポイントでのばらつき(CV値)はすべて3%以下と良好であった。低濃度標準液の測定結果より、最低検出感度は希釈法で2.5 pg/ml=50 fg/サンプル、(+2SD法で0.8 pg/ml=16 fg/サンプル)と算出された。
【0016】表2は、MCAFと一次構造上ホモロジ−の見られる一群のIL−8ファミリ−タンパクに対する交差反応性および反応阻害についての検討結果である。6種のタンパクそれぞれについて、50 ng/mlで含む溶液を測定したが、測定値はいずれも感度(2.5 pg/ml以下であり、またこれら溶液に添加したMCAFの回収率は102〜111%と良好であったことから、本測定系は、これら物質の影響を受けないことが確認できた。
【0017】
【表2】


4.体液サンプルの測定次に体液成分による測定妨害の有無について検討を行なうために、健常者血清、血漿、尿検体からの添加回収率を調べた(表3)。MCAF無添加の場合の測定値は血清、血漿尿検体いずれも30 pg/ml以上と予想外に高い結果であったが、回収率は、血清、EDTA血漿、クエン酸血漿、尿および培地(10%FCSを含むRPMI1640)の各サンプルについてはいずれも100%に近い問題のない結果が得られた。一方、ヘパリン血漿4検体では、回収率が42〜67%(平均50%)と低い結果になったが、これはMCAFがヘパリンと親和性を有することに起因する可能性が考えられる。
【0018】
【表3】


健常者の血清、尿についてさらに例数を増やして測定値の分布を調べた結果を図5に示す。添加回収試験の結果からも予想された通り、血清、尿検体は、全例検出可能な濃度のMCAFを含有しており、測定値は、血清検体で74.5〜264.5 pg/ml(n=60、平均±SD: 137.8±40.0 pg/ml)、尿検体で33.0〜555 pg/ml(n=24,平均± SD:158.1±126.9 pg/ml)の範囲に分布した。血清検体については、性別で分けてプロットしたが、男女間で有意な差は見られなかった。また年齢との相関性も特に認められなかった。
【0019】これら健常者血清、尿検体の反応が非特異的なものではないことを確認するために、抗MCAF抗体での吸収実験を行なった結果を図6に示す。検体をあらかじめ抗MCAFウサギ抗血清とインキュベ−トした後に測定を行なった場合には測定値はすべて感度以下に低下した。一方、コントロ−ルとして、正常ウサギ血清とインキュベ−トしたサンプルの測定値は抗体無添加の場合とほとんど変化しなかった。
【0020】5.採血条件の影響血中IL−8測定におけるわれわれの以前の検討では、採血刺激によって血球からIL−8が産生され、採血から遠心分離までの時間が長いと測定値が高くなるという現象が見られている。健常者血液中に見い出されたMCAFが、このような採血後に産生されたア−ティファクトではないことを確認するために、採血後種々時間を変えて遠心分離を行なった血清、血漿検体を調製し、測定を行なってみた。血清、ヘパリン血漿、EDTA血漿、クエン酸血漿それぞれ2例について検討を行なったが、2サンプルは同様の傾向を示したので、ここでは代表的な1例についての結果を示す。また、同じ検体中のIL−8を測定した結果も合わせて示した(図7)。IL−8測定値は採血後3時間以内に遠心分離したサンプルではすべて測定感度(2.5 pg/ml )以下であったが、血清、クエン酸血漿、ヘパリン血漿では6時間後から顕著な上昇が認められた。EDTA血漿では測定値の上昇は見られなかったが、EDTAは単核球からのLPS、IL−1α刺激によるIL−8産生も抑制することから、血球からのIL−8産生を抑制する効果があると考えられる。一方、MCAF測定値は、採血後すぐに遠心分離した場合でも100 pg/ml前後の値を示し、血清では若干の経時的上昇、ヘパリン血漿およびクエン酸血漿では若干の経時的低下が見られるものの、IL−8のような大きな影響は受けないことが示された。なお、採血後の血液を4℃で保存した場合には、24時間後に遠心分離を行なってもMCAF、IL−8ともに測定値は採血直後に遠心分離したサンプルと全く変らなかった。
【0021】
6.ゲル濾過カラム分画による体液中MCAFの解析健常者血中、尿中に見出されたMCAFについてさらに解析を行なう目的で、プ−ル健常者血清およびプ−ル健常者尿それぞれ1mlをセファクリルS−200カラムで分画し各フラクションのELISA測定を行なった。図8に示すとおり、血清中および尿中のMCAFは、いずれも精製品と同じ分子量約10kDの位置に単一ピ−クとして溶出され、体液中でもキャリアタンパク等に結合せずフリ−の単量体として存在することが示唆された。
【0022】
【発明の効果】本発明により、30 pg/ml以下といった低濃度のMCAFを定量することが初めて可能となった。この方法は、各種疾患とMCAFとの関連性を解明するための有効な手段となる。また、特定の疾患との関連性が明らかになれば、その診断のために有効に活用され得る。
【図面の簡単な説明】
【図1】ELISA第1反応(A)および第2反応(B)における反応溶液pHの影響を示す。
【図2】ELISAにおける固相化抗体濃度(A)および標識抗体濃度(B)の影響を示す。
【図3】ELISAの測定プロトコ−ルを示す。
【図4】標準曲線および最低検出感度の算出結果を示す。
【図5】健常者血清および尿中のMCAF測定値の分布を示す。
【図6】抗MCAF抗血清による吸収試験の結果を示す。
【図7】採血条件(採血から遠心分離までの時間)の影響を示す。
【図8】ゲル濾過カラム分画による体液中MCAFの解析結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】抗ヒト単球走化活性化因子モノクローナル抗体を用いることを特徴とする、ヒト単球走化活性化因子の高感度免疫学的測定法。
【請求項2】抗ヒト単球走化活性化因子モノクローナル抗体を固相化抗体および酵素標識抗体として用いることを特徴とする請求項1記載の高感度免疫学的測定法。
【請求項3】固相化抗体、酵素標識抗体としてクロ−ンME120およびクロ−ンMI446を用いることを特徴とする請求項2記載の高感度免疫学的測定法。
【請求項4】抗ヒト単球走化活性化因子モノクローナル抗体クロ−ンME120。
【請求項5】抗ヒト単球走化活性化因子モノクローナル抗体クロ−ンMI446。
【請求項6】抗ヒト単球走化活性化因子モノクローナル抗体を用いることを特徴とする高感度免疫学的ヒト単球走化活性化因子測定キット。

【図1】
image rotate


【図4】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【図5】
image rotate


【図6】
image rotate


【図7】
image rotate


【図8】
image rotate