説明

ビスフェノールA分解性酵素及びその使用

【課題】環境ホルモンであるビスフェノールAを分解する新規な酵素の提供。
【解決手段】アガリクスに由来し、分子量約60kDaであり、pH9で高い活性を示す糖タンパク質である酵素。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境ホルモンの1種であるビスフェノールAを分解することが出来る酵素及びその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
環境中に20万種類以上存在する化学物質の一部が、生物に対してホルモン様作用をするとして注目を集めるようになった。このような化学物質は内分泌かく乱物質、いわゆる環境ホルモンと呼ばれる。ビスフェノールA(2,2-ビス(p-ヒドロキシフェニル)プロパン、BPA)は環境ホルモン作用が疑われている化学物質の一つである。BPAは分子量228.29、水に難溶の白色個体の物質であり、工業的には酸性触媒の存在下で、フェノールとアセトンの縮合反応によって製造される。
【0003】
BPAはポリカーボネート樹脂原料、エポキシ樹脂原料として主に使用されており、2004年の全世界での生産量は319万トン、国内生産量では59万トンに上る。ポリカーボネート樹脂は家電、電子機器、携帯電話、ディスク、窓ガラスなどに使用されており、エポキシ樹脂は自動車塗料や缶内側のコーティング剤、半導体や建築用接着剤などに使用され、我々の生活に非常に身近な化学物質となっている1)
【0004】
BPAには女性ホルモン様作用があることが確認されており2)、環境ホルモン物質として、様々な毒性試験がおこなわれるようになった。BPAは低用量作用を示すとして、生殖器官・副生殖器官重量、精子数、精巣に影響があるという報告がされている3)4)。BPAの毒性作用に関する現状は、低用量作用があると言う報告5)6)と、それに対して再現性が確認されないという報告7)8)があり、未だに議論が繰り返されてきている5)。現在もBPAに対する不安は解消されていないのが現状である。
【0005】
ところで、担子菌類(キノコ)の中に白色腐朽菌と呼ばれる種類の菌群が存在する。これらの菌は木材主成分であるリグニンを分解する酵素を生産することができる。リグニンの構造は芳香環のメトキシル基、水酸基を持つ前駆体が重合したポリマーであり、エーテル結合やエステル結合やビフェニル結合など、多様な結合が存在するのが特徴である。通常の基質特異性の高い酵素反応では、このような複雑な構造を持つリグニンを分解することは不可能である。しかし、1983年に担子菌(Phanerochaete chrysosporium)の培養液中からリグニン分解能を持つペルオキシダーゼが見出され、リグニン分解研究の端緒となった9)
【0006】
これまでにリグニン分解能を持つ酵素として、リグニンペルオキシダーゼ(LiP)、マンガンペルオキシダーゼ(MnP)、ラッカーゼ(Lac)が見出されており、それぞれの酵素について研究が進められている。これらの酵素はその基質特異性の広さから、多様な芳香環化合物に反応し分解することが報告されている10)。ダイオキシン類、ポリ塩化ビフェニル(PCB)などの難分解性物質とされる環境汚染物質に対しても分解能を持つことが確認されている11)12)。特にLiPとMnPについては研究が進んでおり、この酵素の生産は菌体の成育が停止した段階で起こり、さらに培地が低炭素源・低窒素源の場合に生産される。
【0007】
これに対してLacはペルオキシダーゼ反応系に必要な過酸化水素を必要とせず、培地の栄養源に生産が左右されないという違いがある13)。またすべての白色腐朽菌がこれらの酵素を生産するわけではなく、多くの白色腐朽菌ではMnPのみが生産される。なぜ他の酵素を生産しないのかについては明確には知られていない。
また、環境ホルモンの一種であるBPAを効率よく分解する実用的な酵素は知られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明は、環境ホルモンの一種であるBPAやその類縁物質を効率よく分解することが出来る酵素を提供使用とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の課題を解決すべく広範囲の担子菌類をスクリーニングした結果、アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei murill)が効率的にBPAを分解する酵素を産生することを見だし本発明を完成した。
【0010】
従って本発明は、下記の性質:
(1)ビスフェノールAを基質としてSDS-PAGEにより測定した分子量:約60kD;
(2)ビスフェノールAを基質として測定した最適pH:約pH9;
(3)ビスフェノールAを基質として37℃にて20分間インキュベートした場合のpH安定性:約pH5〜7
(4)ビスフェノールAを基質として測定した作用pH範囲:pH3〜10:
(5)ビスフェノールAを基質として測定した最適温度:約60℃;
(6)ビスフェノールAを基質として10℃〜90℃の範囲で試験した場合、全温度範囲で活性である;
(7)基質特異性:ビスフェノールA(BPA)、2,2-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸(ABTS)、グアヤコール、ピロガロール、カテコール及びベラトリルアルコールを分解するが、バニリン、p-アミノフェノール及びプロトカテキユ酸には殆ど作用しない;
(8)ビスフェノールAを基質として測定した場合、 (CTAB)により阻害され、アジド及びEDTAにより僅かに阻害される;及び
(9)ビスフェノールAを分解して、4-ヒドロキシ安息香酸、1-(4-ヒドロキシフェニル)-1,2-エタンジオール又は3-(4-ヒドロキシフェニル)-3-ヒドロキシ-プロピオン酸を生成する;
を有する、アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei murill)由来の酵素、を提供する。
【0011】
本発明はまた、前記の酵素、又は当該酵素の含有物の製造方法において、アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei murill)を培養することを含んでなる方法を提供する。必要に応じて、更に、前記又は酵素含有物を採取する。
【0012】
本発明は更に、上記の酵素、又は当該酵素の含有物を、ビスフェノールA(BPA)、2,2-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸(ABTS)、グアヤコール、ピロガロール、カテコール及び/又はベラトリルアルコールに作用させることを特徴とする、ビスフェノールA(BPA)、2,2-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸(ABTS)、グアヤコール、ピロガロール、カテコール及び/又はベラトリルアルコールの分解方法を提供する。
【0013】
本発明はまた、上記の酵素、又は当該酵素の含有物を使用することを特徴とする、ビスフェノールAを含む環境ホルモンの分解・除去方法を提供する。
上記何れの方法においても、pH8.5〜9.5で反応を行なうのが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
生産菌
本発明の生産菌であるアガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei murill)は、ATCC76739(タイプカルチュア)として保存されており、なんらの制限なく入手可能である。また、市販品として、ホクト株式会社(〒381-8533 長野市南堀138-1)から生菌体が販売されており、当業者が容易に入手することが出来る。
【0015】
培養
本発明の生産菌であるアガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei murill)は、担子菌類を培養するために一般に使用されている培地、例えばポテトデキストロース培地(PD培地)(組成:1リットルあたり:ジャガイモ200gをさいの目上に切り、30〜60分間ボイルして得られる抽出液、グルコース20g, pH6.0)を用いて培養することが出来る。
日常の保存のためには、PD寒天培地の表面に培養すればよい。
【0016】
酵素の生産のためには、液体培地による好気的培養が好ましく、液体培地の表面に培養すればよい。また、振とう、通気、撹拌などの常用手段を用いることにより得られる好気的条件下で液体内で培養することも出来る。
培養温度は20〜35℃、好ましくは約25℃〜30℃であり、酵素生産のための時間は、液体表面培養の場合、約20日〜30日間である。本発明の酵素は、菌体外に分泌され、培地中に存在する。
【0017】
酵素の精製
本発明の酵素は、微生物酵素の精製に使用される常法に従って精製することができる。その具体的な一例を実施低に記載する。
【0018】
酵素の使用
本発明の酵素は、精製された状態で、または半精製された酵素含有物とした、又は固定化酵素若しくは固定化菌体の形態で、PBAやその類縁物質の分解・除去のために用いることが出来る。即ち、本発明の酵素は、ビスフェノールA(BPA)の他に、2,2-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸(ABTS)、グアヤコール、ピロガロール、カテコール及びベラトリルアルコールを分解する活性を有しており、これらの分解・除去のために用いることが出来る。
【0019】
上記分解のためには、本発明の酵素、酵素含有物、固定化酵素などと、分解しようとする物質とを接触させればよく、例えばBPAを含む排液に酵素含有物を加え、あるいは固定化酵素にBPAを含む排液を通すなどの、常用手段を用いることが出来る。
本発明の酵素は、およそpH9において高い活性を示すので、酵素反応は、およそpH8.5〜9.5、例えば約pH9で行うのが好ましい。
【実施例】
【0020】
次に、実施例により本発明をされに具体的に説明する。
実施例1. アガリクス由来のBPAを分解する菌体外酵素の精製
(1)培養と粗酵素液の調製
アガリクス培養上清中のBPA分解酵素を精製するため、PD液体培地200 mlが入った500 ml三角フラスコをオートクレーブ後、PD寒天培地で培養したアガリクス菌(アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei murill))の菌糸を植菌した。30℃で、フラスコの液面に菌糸が広がるまでおよそ5週間静置培養した。
【0021】
その後、菌糸体を含む培養物をろ過して、菌体を取り除き4655 mlの培養上清を粗酵素液とした。この粗酵素液を、ペンシル型モジュール(旭化成ケミカルズ社製)を用いて濃縮した後、40%飽和となるように硫酸アンモニウムを加えて遠心後、上清を回収し、さらに80%飽和になるように硫酸アンモニウムを加えて遠心後、沈殿を回収した。この沈殿を少量の20 mM Tris-HClバッファー(pH 7.0)に溶かし、20 mM Tris-HClバッファー(pH 7.0)で脱塩透析し、この試料をカラムに供した。
【0022】
(2)酵素の精製
DEAE-Toyopearl 650Mによるイオン交換クロマトグラフィー
DEAE−Toyopearl 650M(東ソー株式会社製)をカラムクロマト管(φ2.5×10.5 cm)に詰め、20 mM Tris-HClバッファー(pH 7.0)300 mlで樹脂を平衡化した。その後試料をカラムに供し、0から0.5 MのNaCl濃度勾配をかけた20 mM Tris-HClバッファー(pH 7.0)400 mlで溶出を行った。得られたフラクション55本のA280を測定した。またそれぞれのフラクションについて、BPA分解能を調べた。BPA分解の反応条件は、0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0) 3 mlに5 mg/ml BPA(60% メタノール)を50 μl加え、これに粗酵素液0.3 ml加えたものを37℃でインキュベートした。
結果を、図1に示す。フラクション37〜50を回収ステ、次の工程に供した。
【0023】
Sephacryl S-200によるゲルろ過クロマトグラフィー
Sepacryl S−200(アマシャムバイオサイエンス社製)をガラス管(2.5×90 cm)に詰め、0.5 M Tris-HClバッファー(pH 7.0)で樹脂を平衡化した。その後試料110 mlを80%飽和の硫安沈殿によって濃縮し、カラムに供し、同バッファーで溶出した。得られたフラクションのA280を測定した。またそれぞれのフラクションについて、BPA分解能を調べた。BPA分解の反応条件は、0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0) 3 mlに5 mg/ml BPA(60% Methanol)を50 μl加え、これに粗酵素液0.3 ml加えたものを37℃でインキュベートした。
結果を図2に示す。4個のA280ピークが検出された。活性の見られたフラクション36〜39を回収し、次の工程に供した。
【0024】
Resource Qによるイオン交換クロマトグラフィー
Resource Q 6 ml(アマシャムバイオサイエンス社製)を、20 mM Tris-HClバッファー(pH 7.0)50 mlで樹脂を平衡化した。試料をカラムに供し、0.02から0.5 Mの濃度勾配をかけたTris-Cl(pH 7.0)35 mlで溶出した。得られたフラクション70本のA280を測定した。またそれぞれのフラクションについて、BPA分解能を調べた。BPA分解の反応条件として、0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0) 3 mlに5 mg/ml BPA(60% Methanol)を50 μl加え、これに粗酵素液0.3 ml加えたものを37℃でインキュベートした。
結果を図3に示す。溶出の結果、A280の大きなピークが1つ検出された。活性もA280と同じフラクションに見られた。なお、塩強度が上がると、酵素の活性が低下する可能性があったためにTris-HClバッファー のgradientを利用して溶出した。
【0025】
以上の精製の結果を下記に要約する。
なお、ラッカーゼ活性の測定方法は、10 mM ABTS, 0.1 ml、pH 7.0のバッファー0.5 ml、被験酵素液0.4 mlから成るの反応液を30℃でインキュベートし、20分後に5% TCA 1 mlを加えて反応を停止させ、420 nmの吸光度を測定した。また、1Uは1分間に1 μmolの基質を酸化させる酵素量と定義した。また、タンパク定量は、クーマシブリリアントブルー(CBB)法によって、培地に含まれるたんぱく質量を測定した14)。まず、乾燥した試験管にBSA(1 mg/ml)を0、2、4、6、8、10 μlそれぞれ入れる。サンプルも同様に試験管に50、100、200 μlそれぞれ入れる。各試験管に2 mlのCBB溶液を加え、室温で20分放置した後、595 nmの吸光度を測定し、BSA検量線からサンプルのタンパク量を計算した。
【0026】
【表1】

【0027】
(3)SDS-PAGEによる分析
以下のようにゲルを調製した。
分離ゲル
30%アクリルアミド 5 ml
純水 6.05 ml
1.5M Tris-HCl (pH8.8) 3.75 ml
10% SDS 150 μl
過硫酸アンモニウム 6.5 mg
この混合溶液を脱気し、TEMEDを12 μl加えた後にガラスプレートに注ぎ込んだ。ゲルが固まるのを待って、濃縮ゲルを作成した。
【0028】
濃縮ゲル
30%アクリルアミド 0.75 ml
純水 4.775 ml
0.5M Tris-HCl (pH6.8) 1.875 ml
10% SDS 75μl
過硫酸アンモニウム 6.5 mg
この混合溶液を脱気し、TEMEDを6 μl加えた後に分離ゲルの上に注ぎ込んだ。濃縮ゲルにコームを差しゲルが固まるのを待った。
【0029】
試料の調製と分析
サンプル20 μlに×2のサンプルバッファーを加え、100℃で3分間ボイルした。その後遠心し(8000 rpm、4℃、5 min)、20 μlをゲル上にアプライした。20 mAで泳動した後、ゲルをCBB染色し、10%酢酸で脱色した。結果を図4に示す。SDS-PAGEの結果、60kDa付近にメインのバンドが確認でき、メインバンドよりも分子量の大きなものや小さなものがあることもわかった。バンドがブロードになっているのが特徴的で糖鎖の付加が予想される結果が得られた。
【0030】
(4)PAS染色
タンパク質をNative−PAGE後、分離ゲルを7.5%の酢酸に浸して室温で1時間放置する。溶液を捨て、0.2%過ヨウ素酸水溶液に低温で45分間浸した後、液を捨て、シッフ試薬に交換し、一晩染色した。脱色は10%酢酸で振とうしながら行った。
結果を図5に示す。Native-PAGE後、PAS染色を行った結果、矢印で示した部分がわずかに着色したことから本酵素は糖鎖を有することが確認できた。また精製前のサンプルでは糖タンパク質がブロードなバンドとして検出された。
【0031】
(5)1,8-ジアミノナフタレンを用いた活性染色
還元剤を含まない試薬を用いて、熱変性させずにタンパク質のSDS-PAGEを行った後、ゲルを50 mM Tris-HClバッファー、1% DMSO、2 mM 1,8-ジアミノナフタレンを含む溶液に40℃で1晩反応させた。反応後、溶液を捨て、10%酢酸で振とうしながら脱色を行った。
結果を図6に示す。酸化活性のあるバンドはブロードに現れていることが確認された。
【0032】
(6)Endo-H処理
20 μgのタンパク質を含むサンプルを凍結乾燥し、1× Glycoprotein Denaturing bufferを加えて100℃で10分間ボイルした。そこへ2 μlの10× G5 Reaction bufferを加えて混合した後、2 μlのEndo-Hを加えて37℃で3時間反応させた後、Endo-H未反応のサンプルと共にSDS-PAGEを行った。
結果を、図7に示す。Endo-H酵素処理すると、メインバンドの移動が見られた。Endo-H処理してN結合型糖鎖を切断後もバンドがブロードに現れている。バンドの移動度から計算し、Endo-H処理と未処理の分子量の差は約7.83 kDaだった。
【0033】
(7)分子量と糖鎖について
Sephacryl S-200ゲルろ過カラムに分子量マーカーを供して本酵素の分子量を推定したところ、活性のある目的のタンパク質は6万前後であることがわかった。
また、バンドがブロードに現れているのがわかる。このことから、目的の酵素は糖タンパク質である可能性が高くなった。糖タンパク質であることの確認としてPAS染色を行った結果、バンドが赤くなった(図5)。また部分精製酵素液にN結合型糖鎖を切断する酵素Endo-Hを加えたところ、バンドの位置に変化が見られた(図7)。これらの結果から、目的の酵素は糖タンパク質であるということが確認された。
【0034】
またEndo-Hを反応させた結果、バンドの移動が見られたものの、依然バンドはブロードに現れているため、N結合型糖鎖だけでなくO結合型糖鎖も存在しているものと考えられる。糖鎖の結合様式には大きく分けて2種類あり、N結合型糖鎖はタンパク質のアスパラギン残基のアミド窒素にN-アセチルグルコサミンが結合しており、O結合型糖鎖はセリンまたはトレオニンの側鎖に通常はN-アセチルガラクトサミンが結合している。GlcNAcやGalNAcにはさらに糖鎖が付加されてゆき、一つの糖タンパク質にN型、O型、両方の糖鎖がつくこともある。Endo-H処理するとバンドの分子量が約7.83 kDa少なくなることから、単純に単糖の分子量を180とすると、N結合型糖鎖は43.5個の単糖から構成されると計算できる。酵素の分子量を6万として計算すると、そのうち13%がN結合型糖鎖に由来することになる。
【0035】
実施例2. アガリクス由来のBPAを分解する菌体外酵素の諸性質
(1)最適pH及び作用pH範囲
pH 1.0からpH 11.0の範囲のバッファー3 mlに5 mg/mlのBPAを50 μl加え、これに酵素液50 μlを加えたものを37℃で1時間インキュベートした後、HPLCによってBPA減少率を分析した。
【0036】
使用したバッファーは以下のとおりである。
pH 1.0−pH 4.0 0.1 M CH3COONa/CH3CHOOH
pH 4.0−pH 6.0 0.1 M CH3COOH/HCl
pH 6.0−pH 8.0 0.1 M KH2PO4/NaOH
pH 7.0−pH 9.0 0.1 M Tris-HCl
pH 9.0−pH 11.0 0.1 M Na2CO3/K3BO3-KCl
【0037】
結果を図8に示す。Tris-Clバッファー(pH 9.0)の時、BPAの減少率が最も高かった。同じpH 9.0でも炭酸・ホウ酸カリウムバッファーではTris-HClバッファーの60%の活性であった。pH 5.0でも50%以上の活性があり、pH 4.0以下になると活性はほとんど見られなくなった。また、pH 10.0以上になると急激に活性が落ちた。従って、最適pHはおよそpH9であり、作用pH範囲は、pH3〜10である。
【0038】
(2)pH安定性
酵素液0.1 mlと各種pHのバッファー0.4 mlを混合し、37℃で20分インキュベートした。この混合液にpH 7.0の0.1 M Tris-HClバッファー3 mlと5 mg/ml BPAを加え、37℃で1時間インキュベートした後、反応液中のBPAをHPLC分析し、BPA減少率を調べた。
【0039】
使用したバッファーは以下のとおりである。
pH 1.0−pH 4.0 0.1 M CH3COONa/CH3CHOOH
pH 4.0−pH 6.0 0.1 M CH3COOH/HCl
pH 6.0−pH 8.0 0.1 M KH2PO4/NaOH
pH 7.0−pH 9.0 0.1 M Tris-HCl
結果を図9に示す。pHの安定性はpH 5.0から7.0付近で比較的安定であった。pH 3.0以下やpH 9.0以上で酵素は失活した。
【0040】
(3)最適温度
0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0) 3 mlに5 mg/ml BPAを50 μl加え、これに酵素液0.3 ml加えたものを10℃から90℃の範囲の温度で1時間インキュベートした。その後、HPLCによってBPA減少率を分析した。結果を図10に示す。温度の影響を見た結果、60℃で最大の活性が見られた。また10℃でも50%の活性が維持されていた。90℃では60℃に比べて25%の活性が見られた。従って、10℃〜90℃の範囲で試験した結果、前温度範囲で活性であった。
【0041】
(4)酵素の基質特異性
10 mMの各基質0.1 ml、0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0) 0.9 mlの混合溶液に酵素液10 μlを加え、0から10分まで各基質の吸光度を経時的に測定した。
使用した基質および検出波長は以下のとおりである。
【0042】
ABTS 436 nm
グアヤコール 456 nm
ピロガロール 450 nm
カテコール 450 nm
ベラトリルアルコール 310 nm
p-アミノフェノール 246 nm
バニリン 246 nm
プロトカテキン酸 232 nm
【0043】
結果は、下記のとおりであった。
基 質 U/mg蛋白質
BPA 166.3
ABTS 1679
グアヤコール 2728
ピロガロール 2370
カテコール 1117
ベラトリルアルコール 149.6
バニリン 不検出
p-アミノフェノール 不検出
プロトカテキン酸 不検出
【0044】
ビスフェノールA(BPA)、2,2-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸(ABTS)、グアヤコール、ピロガロール及びカテコールで高い反応性が見られた。ベラトリルアルコールは僅かに反応した。また、バニリン、p-アミノフェノール及びプロトカテキユ酸に対する反応性は見られなかった。
【0045】
(5)活性阻害剤の検討
0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.0) 3 mlに5 mg/ml BPAを50 μl加え、これにアジ化ナトリウム、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、CTAB(セチルトリメチルアンモニウムブロミド;Cetyl trimethylammonium bromide)のいずれかを1 mMとなるように加えたものと、何も加えていないものをそれぞれ用意し、酵素液10 μl加えた後、37℃で1時間インキュベートした。その後、HPLCによってBPA減少率を分析した。
【0046】
結果を図11に示す。ラッカーゼ阻害剤として知られている物質の影響を調べた。1 mMアジ化ナトリウムを反応に加えた場合、何も加えていない場合に比べて81%の活性があった。1 mM EDTAを加えた場合でもBPA減少率は加えていない場合に比べて、82%に減少した。またCTABを加えた場合ではBPA減少率が60%に減少した。
【0047】
(6)反応生成物
20 mMリン酸バッファー(pH 7.0) 3 mlに5 mg/ml BPAを50 μl加え、これに精製酵素液50 μl加えたものを37℃で一時間インキュベートした。その後、遠心分離し(15000 rpm、4℃、10 min)、反応生成物である沈殿を取り除き、上清を回収した。上清に酢酸エチルを1 ml加え、酢酸エチル層を回収した。この操作を3回繰り返し、回収した酢酸エチル層を乾固し、含まれる物質をGC-MSによって分析した。
【0048】
サンプルを、アセトン1 mlに溶解し、そこから0.5 mlをスクリューバイヤルに移した。アセトンを気化させた後、N,O-ビス(トリメチルシリル)アセトアミド50 μlおよびピリジン50 μl加え、90℃で10分間加熱しTMS化した。島津製作所製GC-17A/GCMS-QP5050Aを用いた。
その結果、反応生成物として、4-ヒドロキシ安息香酸、1-(4-ヒドロキシフェニル)-1,2-エタンジオール又は3-(4-ヒドロキシフェニル)-3-ヒドロキシ-プロピオン酸が同定された。
【0049】
(7)菌類由来の他のラッカーゼとの比較
酵素のデータベース(BRENDA29))を利用して、他の菌種とのラッカーゼの比較を行った。結果を表3に示す。アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei murill)由来の酵素の特徴として、最適pHの値がアルカリ側にあることが挙げられる。他の担子菌由来のラッカーゼはその最適pHを酸性側に持つものがほとんどであることがわかる。アルカリ側に最適pHを持つ種として唯一糸状菌の1種であるミロテシウム・ベルカリア(Myrothecium verrucaria)が挙げられる。またpHの安定性はpH 5.0〜8.0とそれほど広いpH範囲で安定性は示さなかった。最適温度は50℃付近が多い他の菌種と比べると少し高いと言える。基質特異性は他の菌種と大きな違いは見られなかった。
【0050】
【表2】

【0051】
参考文献
1)ビスフェノールA安全性5社研究会 http://www.bisphenol-a.gr.jp/index.html
2)Dodds,et al.,Nature 137,996(1936)
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【0052】
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【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】図1は、DEAE-Toyopearl 650Mにおけるイオン交換クロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図2】図2は、Sephacryl S-200におけるゲル濾過クロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図3】図3は、Resource Qにおけるイオン交換クロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図4】図4は、Resource Qにおけるゲル濾過クロマトグラフィーのフラクション25〜32をSDS-PAGEにより分析した結果を示す図である。レーン1〜8は、フラクション25〜32に対応する。
【図5】図5は、Native-PAGE後のPAS染色の結果を示す図であり、レーン1〜5はResource Qにおけるゲル濾過クロマトグラフィーのフラクション29〜33の結果であり、レーン6はSephacryl S-200におけるゲル濾過クロマトグラフィーのフラクション38〜40の結果を示す。
【図6】図6は、SDS-PAGE後の活性染色の結果を示す図であり、レーン1はResource Qにおけるゲル濾過クロマトグラフィーのフラクション26〜32の結果を示し、レーン2はSephacryl S-200におけるゲル濾過クロマトグラフィーのフラクション36〜39の結果を示し、レーン3はDEAE-Toyopearl 650Mにおけるイオン交換クロマトグラフィーのフラクション37〜50の結果を示す。
【図7】図7は、Sephacryl S-200におけるゲル濾過クロマトグラフィーのフラクション37について、Endo-H処理し(+)または処理しないで(−)SDS-PAGEで分析した結果を示す図である。
【図8】図8は、BPAを基質とした場合の、本発明の酵素に対するpHの効果を示すグラフである。
【図9】図9は、BPAを基質とした場合の、本発明の酵素の安定性に対するpHの効果を示すグラフである。
【図10】図10は、BPAを基質とした場合の、本発明の酵素に対する温度の効果を示すグラフである。
【図11】図11は、BPAを基質とした場合の、本発明の酵素に対する各種阻害剤の効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の性質を有する、アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei murill)由来の酵素:
(1)ビスフェノールAを基質としてSDS-PAGEにより測定した分子量:約60kD;
(2)ビスフェノールAを基質として測定した最適pH:約pH9;
(3)ビスフェノールAを基質として37℃にて20分間インキュベートした場合のpH安定性:約pH5〜7
(4)ビスフェノールAを基質として測定した作用pH範囲:pH3〜10:
(5)ビスフェノールAを基質として測定した最適温度:約60℃;
(6)ビスフェノールAを基質として10℃〜90℃の範囲で試験した場合、全温度範囲で活性である;
(7)基質特異性:ビスフェノールA(BPA)、2,2-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸(ABTS)、グアヤコール、ピロガロール、カテコール及びベラトリルアルコールを分解するが、バニリン、p-アミノフェノール及びプロトカテキユ酸には殆ど作用しない;
(8)ビスフェノールAを基質として測定した場合、 (CTAB)により阻害され、アジド及びEDTAにより僅かに阻害される;及び
(9)ビスフェノールAを分解して、4-ヒドロキシ安息香酸、1-(4-ヒドロキシフェニル)-1,2-エタンジオール又は3-(4-ヒドロキシフェニル)-3-ヒドロキシ-プロピオン酸を生成する。
【請求項2】
請求項1に記載の酵素、又は当該酵素の含有物の製造方法において、アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei murill)を培養することを含む方法。
【請求項3】
更に、前記又は酵素含有物を採取することを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1に記載の酵素、又は当該酵素の含有物を、ビスフェノールA(BPA)、2,2-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸(ABTS)、グアヤコール、ピロガロール、カテコール及び/又はベラトリルアルコールに作用させることを特徴とする、ビスフェノールA(BPA)、2,2-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸(ABTS)、グアヤコール、ピロガロール、カテコール及び/又はベラトリルアルコールの分解方法。
【請求項5】
請求項1に記載の酵素、又は当該酵素の含有物を使用することを特徴とする、ビスフェノールAを含む環境ホルモンの分解・除去方法。
【請求項6】
pH8.5〜9.5で反応を行なう、請求項4又は5に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−148662(P2008−148662A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−342325(P2006−342325)
【出願日】平成18年12月20日(2006.12.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年9月11日発行の日本きのこ学会第10回大会講演要旨集(発行所:日本きのこ学会)の刊行物において発表
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】