説明

フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブ及びその製造方法

【課題】電子デバイス分野で利用可能な、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブ及びその製造方法を提供する。
【解決手段】基材となる塩化マグネシウムを、アンモニアガス及び三フッ化ホウ素ガスの気流中で880〜950℃で1時間加熱することにより、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブを合成する。このフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブは、その長さが数μmで、その直径は数十nmである。フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブの組成はBN1-x x (0.02≦x≦0.08)であり、フッ素が導電性の不純物であるので、各種電子デバイスへ利用可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子デバイス分野での応用が期待される、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブの電気的性質は、チューブの直径やらせん構造の違いに依存して変化する。このカーボンナノチューブと構造が類似している窒化ホウ素ナノチューブの電気的性質は、チューブの直径、らせん構造、単層、多層構造などに依存せずに一定であり、そのバンドギャップエネルギーは、おおよそ5.5eVと見積もられている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
窒化ホウ素ナノチューブの電気的性質が上に述べたように、直径等の形態に依存しないで一定であることは、応用に当たって制御するパラメーターが少なくてよいので有利である。特に、窒化ホウ素に他の物質をドーピングする際には、化学的組成だけ検討すればよいので複雑さが減少する。
【0004】
窒化ホウ素ナノチューブに他の物質を導入し機能化を検討した例としては、窒化ホウ素ナノチューブがカーボンナノチューブ層でサンドイッチされた炭素−窒化ホウ素−炭素ナノチューブ(例えば、非特許文献2参照)や、窒化ホウ素ナノチューブの中にフラーレンを充填した複合物(例えば、非特許文献3参照)がある。
【0005】
また、窒化ホウ素ナノチューブを二酸化スズでコートした例もある(例えば、非特許文献4参照)。
【0006】
さらに、窒化ホウ素ナノチューブに炭素原子を化学的に導入して組成を変化させたホウ素−窒素−炭素からなる三成分組成ナノチューブも検討されている(例えば、非特許文献5参照)。
【0007】
【非特許文献1】X.Blase,他、Europhy.Lett. 、28巻、335 頁、1994年
【非特許文献2】K.Suenaga,他、Science 、278 巻、653 頁、1997年
【非特許文献3】W.Mickelson,他、Science 、300 巻、467 頁、2003年
【非特許文献4】Wei-Qiang Han,他、J.Am.Chem.Soc.、125 巻、2062頁、2003年
【非特許文献5】D.Golberg,他、Chem.Phys.Lett. 、359 巻、220 頁、2002年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、従来の窒化ホウ素ナノチューブと他の材料を組み合わせる複合タイプのナノチューブではなく、窒化ホウ素ナノチューブの化学的組成を変えることにより機能化を図るもので、具体的にはフッ素原子を化学結合により導入した窒化ホウ素ナノチューブを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明は、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブであって、その長さが数μmであり、その直径が数十nmであることを特徴とする。
上記構成において、好ましくは、フッ素原子は、窒素を置換して窒化ホウ素ナノチューブに導入されており、フッ素が導電性の不純物となっている。この窒化ホウ素ナノチューブの組成は、好ましくは、BN1-x x (0.02≦x≦0.08)である。
上記構成によれば、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブを提供することができる。この窒化ホウ素ナノチューブは、フッ素が導入されることで高ドープされた半導体となる。
【0010】
本発明の窒化ホウ素ナノチューブの製造方法は、基材となる塩化マグネシウムを、アンモニアガス及び三フッ化ホウ素ガスの気流中で加熱することで、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブを合成することを特徴とする。
上記構成において、加熱温度を、好ましくは、880〜950℃の範囲とする。
上記構成によれば、基材として塩化マグネシウムを使用し、アンモニアガス及び三フッ化ホウ素ガスの気流中で加熱することにより、880〜950℃の反応温度範囲において、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブを製造することができる。このような条件で製造することにより、その長さが数μmであり、その直径が数十nmであるフッ素原子が不純物として添加された窒化ホウ素ナノチューブが得られる。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、初めてフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブを提供することができる。このフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブは、導電性を示す半導体であるので、電子デバイスへの応用が期待される。
【0012】
本発明のフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブの製造方法によれば、反応剤だけでなく、基材に塩化マグネシウムを使用したときだけフッ素が導入され、導電性のある窒化ホウ素ナノチューブを再現性よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための最良の形態を詳細に説明する。
最初に、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブを製造する方法を説明する。反応管内の窒化ホウ素などからなる円筒管に、基材となる塩化マグネシウム片を収容し、窒素ガスを流しながら、抵抗加熱炉により880〜950℃まで温度を上げる。この温度に到達したとき、窒素ガスを流すことを止める。
引き続き、反応管内へアンモニアガスと三フッ化ホウ素ガスからなる反応性ガスを流して、この温度で1時間加熱することにより、塩化マグネシウム片の表面に無色のウール状の層が堆積する。
【0014】
ここで、キャリヤガスとなる不活性ガスと、アンモニアガス及び三フッ化ホウ素ガスからなる反応性ガスとを供給するガス導入部は、各ガスがそれぞれ独立に供給されるようになっている。
【0015】
上記無色のウール状の層は、長さが数μm(マイクロメートル)で、直径が数十nm(ナノメートル)からなるフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブである。このフッ素原子は、窒素を置換して窒化ホウ素ナノチューブに導入されており、フッ素が導電性の不純物となっている。この窒化ホウ素ナノチューブの組成は、BN1-x x であり、組成xは、0.02≦x≦0.08とすることができる。
【0016】
上記において、基材としては塩化マグネシウムが最適である。他の基材を用いた場合は、フッ素原子が導入されない。すなわち、アルミナやグラファイトを基材として用いると、窒化ホウ素の結晶粒子が生成し、塩化鉛や塩化カルシウムを基材とすると窒化ホウ素とフッ化物粒子の混合物が生成する。
【0017】
さらに、マグネシウムや遷移金属を含む基材を用いたときは、一次元のチューブ状生成物が得られるけれども、フッ素原子は導入されない。すなわち、マグネシウム、窒化マグ
ネシウム、塩化マグネシウム、フッ化マグネシウム、ナノメートルサイズの鉄、コバルト及びそれらの酸化物を基材として用いた場合、塩化マグネシウムを用いたときだけ、フッ素原子が窒化ホウ素ナノチューブ中に化学的に導入され、他の基材を用いた場合は、フッ素原子は化学的に導入されない。
【0018】
上記加熱温度は、880〜950℃の範囲が好ましい。この加熱温度が、950℃よりも高いと、生成物の直径が太くなり、窒化ホウ素とフッ化マグネシウムとからなる複合ウィスカーが生成するので好ましくない。逆に、加熱温度が880℃よりも低いと、窒化ホウ素は生成しないので好ましくない。
【0019】
上記反応ガスのうち、三フッ化ホウ素ガスは毒性が強い。この三フッ化ホウ素を完全に反応させて、未反応のガスを反応管内に残存させないようにすることが好ましい。このためには、アンモニアガスの流量を、三フッ化ホウ素ガスの流量よりも多くすることが望ましい。
【実施例】
【0020】
下記に実施例を示して、さらに本発明を詳細に説明する。
最初に、窒化ホウ素製の円筒管に、基材となる塩化マグネシウム片(和光純薬工業(株)製、純度99.9%)30mgを入れた。この円筒管を、横型抵抗加熱炉に挿入された石英管からなる反応管の内側に配設した。
反応管に流量800sccm(standard cubic cm per minute)の窒素ガスを流しながら、30分かけて925℃まで温度を上げた。
次に、窒素ガスを停止して、別々のガス導入管から流量1000sccmのアンモニガスと流量100sccmの三フッ化ホウ素ガスとを流しながら、引き続き、925℃で1時間加熱した。その結果、塩化マグネシウムの表面に無色のウール状の層が約10mg堆積した。
【0021】
(比較例)
通常のフッ素原子の導入されていない窒化ホウ素ナノチューブを比較例とした。
【0022】
次に、実施例で得られたウール状堆積物について、さらに詳しく説明する。
図1は、実施例で得られたウール状堆積物の走査型電子顕微鏡像を示す図である。図1から、実施例で得られたウール状堆積物の寸法は、長さが数マイクロメートル(μm)であり、直径が数十ナノメートル(nm)の一次元ナノ構造物であることが分かった。
【0023】
図2は、実施例で得られた一次元ナノ構造物の透過型電子顕微鏡像を示す図である。図2から、実施例で得られた一次元ナノ構造物の内部が中空であり、ナノチューブが形成されていることが確認できた。
【0024】
図3は、実施例で得られたナノチューブの電子エネルギー損失スペクトルの測定結果を示す図であり、(A)は低エネルギー側であり、(B)は高エネルギー側を示している。図において、横軸はエネルギー損失(eV)を示し、縦軸はカウント数(任意目盛)を示している。
図3(A)から、実施例で得られたナノチューブは窒素とホウ素との原子比が1に近く、化学量論的組成に近い窒化ホウ素からなるナノチューブであることが分かった。
さらに、図3(B)から明らかなように、実施例で得られた窒化ホウ素ナノチューブには、フッ素が導入され、窒素に対するフッ素の濃度は約4at%であることが判明した。エネルギー分散型X線分析(EDX: Energy-Dispersive X-ray Analysis )の測定結果も併せて検討すると、窒化ホウ素ナノチューブ中のフッ素の不純物密度は約5%であり、組成はBN1-x x であり、xが約0.03であることが分かった。これから、フッ素は窒素
を置換して窒化ホウ素ナノチューブに導入されることが判明した。
【0025】
図4は、実施例のフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブ及び比較例の窒化ホウ素ナノチューブの四端子法による電流−電圧特性の測定結果を示す図である。図において、横軸は電圧(V)を示し、縦軸は電流(μA)を示している。
図4から、黒丸印で示す実施例のフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブの電流電圧曲線(図4の●参照)は、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブと電極間とのショットキー障壁のために非直線性を示すことが分かった。そして、このときの抵抗率は0.2〜0.6Ω・cmであり、フッ素が導電性の不純物となっている。つまり、実施例のフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブは、フッ素が導入されることで、典型的な高ドープした半導体の性質を示すことが判明した。
一方、図4中、黒四角印で示す比較例のフッ素原子が導入されていない通常の窒化ホウ素ナノチューブの電流電圧特性(図4の■参照)は、ナノチューブと電極間とのオーミックコンタクトのために直線性を示し、その抵抗率は約300Ω・cmであり、実施例のフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブと比べて、抵抗率が3桁(1000倍)以上の開きがあり、抵抗率が高いことが分かった。
【0026】
本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれることはいうまでもない。例えば、製造に用いる加熱装置や、基材や反応ガスの流量などは、装置の大きさに応じて適宜に設計すればよい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実施例で得たウール状堆積物の走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【図2】実施例で得た一次元ナノ構造物の透過型電子顕微鏡像を示す図である。
【図3】実施例で得らナノチューブの電子エネルギー損失スペクトルの測定結果を示すもので、(A)は低エネルギー側を、(B)は高エネルギー側を示している。
【図4】実施例のフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブ及び比較例の窒化ホウ素ナノチューブの四端子法による電流−電圧特性の測定結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブであって、その長さが数μmであり、その直径が数十nmであることを特徴とする、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブ。
【請求項2】
前記フッ素原子は、窒素を置換して前記窒化ホウ素ナノチューブに導入されており、前記フッ素が導電性の不純物となっていることを特徴とする、請求項1に記載のフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブ。
【請求項3】
前記窒化ホウ素ナノチューブの組成はBN1-x x (0.02≦x≦0.08)であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブ。
【請求項4】
基材となる塩化マグネシウムを、アンモニアガス及び三フッ化ホウ素ガスの気流中で加熱し、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブを合成することを特徴とする、フッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブの製造方法。
【請求項5】
前記加熱温度を、880〜950℃の範囲とすることを特徴とする、請求項4記載のフッ素原子が導入された窒化ホウ素ナノチューブの製造方法。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−99588(P2007−99588A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−294659(P2005−294659)
【出願日】平成17年10月7日(2005.10.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年4月15日に「American Chemical Society」のウェブサイト「http://jacs.acs.org」上の「Journal of American Chemical Society」で、『Fluorination and Electrical Conductivity of BN Nanotubes』と題する論文を発表
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)