フレネルレンズ
【課題】屈折率の温度変化による焦点距離の変動を補償することのできるフレネルレンズを提供する。
【解決手段】プリズム角αが大きくなり、それによりプリズムのアスペクト比h/pが大きくなる外周部のプリズムをフラクタル構造とすることによりプリズム角αを維持しつつアスペクト比をh/pからh′/pへと低下させて、斜面の裏側からの包絡面20の傾斜を小さくすることにより、屈折率変化による焦点距離の変化を膨脹/収縮に伴うレンズの形状変化により補償することが可能な形状とする。
【解決手段】プリズム角αが大きくなり、それによりプリズムのアスペクト比h/pが大きくなる外周部のプリズムをフラクタル構造とすることによりプリズム角αを維持しつつアスペクト比をh/pからh′/pへと低下させて、斜面の裏側からの包絡面20の傾斜を小さくすることにより、屈折率変化による焦点距離の変化を膨脹/収縮に伴うレンズの形状変化により補償することが可能な形状とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフレネルレンズに関する。
【背景技術】
【0002】
フレネルレンズは、凸レンズまたは凹レンズの傾斜面を、同心円状または平行に並べた複数のプリズムによる不連続な傾斜面に置き換えることにより、レンズの厚みを傾斜を実現するに必要最小限の厚みとして軽量でコンパクトな平板状のレンズとしたものである。
【0003】
フレネルレンズは、例えばリアプロジェクション型の液晶表示装置のバックライトに用いるレンズのように、点光源からの光を平行光線とするため、およびこれとは逆に、太陽光発電装置における集光レンズのように、平行光線を集光するため等に広く用いられている。
【0004】
フレネルレンズの材質としては、アクリル樹脂、ポリカーボネートなどが広く用いられているが、屋外での使用に際しては耐熱性、耐候性、信頼性に優れた材料であるシリコーン(シリコーンゴム、シリコーン樹脂など)が有望である。シリコーンは、250〜350nmの短波長領域の透過率がPMMA、ポリカーボネートなどの光学材料より優れ、短波長から長波長までの広帯域の光を利用する多接合半導体をセルとして使用する発電装置においては特に有望な材料である。
【0005】
しかしながら、一般にシリコーンは屈折率の温度依存性がアクリル樹脂やポリカーボネート樹脂に比べて大きく、そのために外気温の変化によって焦点距離が変化して発電効率を低下させるという問題があった。特に、入射光の曲げ角(偏角)が大きいレンズの外周部での焦点距離の変化が大きく問題であった。
【0006】
【特許文献1】米国2004/0112424号公報
【特許文献2】米国特許第5,161,057号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって本発明の目的は、シリコーンのような屈折率の温度依存性が大きい材料を使用しても温度変化による焦点距離の変動を抑制することのできるフレネルレンズを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、複数のプリズムを有するフレネルレンズ本体と、該フレネルレンズ本体を拘持する平坦で透明な支持体とを具備するフレネルレンズであって、該複数のプリズムの少なくとも一部のそれぞれは斜面に複数の屈折面を有し、該複数の屈折面を有する斜面の裏側からの包絡面は傾斜しており、該複数の屈折面の傾斜はいずれも該包絡面の傾斜よりも大である、フレネルレンズが提供される。
【0009】
フレネルレンズを構成するプリズムの屈折面の傾斜は光軸から離れるにつれ大きくしなければならないが、傾斜を大きくしなければならない領域のプリズムを上記のように構成することにより、屈折面の傾斜を維持しつつ斜面の裏側からの包絡面の傾斜を小さくすることができ、これによって、後に詳述するように温度変化による屈折率の変化を、支持体に拘持されたフレネルレンズ本体の熱膨脹/収縮による形状変化で適切に補償することができる。
【0010】
例えば、前記少なくとも一部のプリズムのそれぞれは、第1の斜面を有する第1のプリズムの該第1の斜面の上に、第2の斜面を有する複数の第2のプリズムを該第2の斜面の傾斜が該第1の斜面の傾斜よりも大きくなる向きで重ねて該第1のプリズムと該第2のプリズムを一体化することによって形成される形状、または前記複数の第2のプリズムのそれぞれを前記第1のプリズムとして前記重ねて一体化することを少なくとも1回再帰的に繰り返すことによって形成される形状を有する。
【0011】
このようにいわゆるフラクタル構造を導入することにより、屈折面の傾斜角度を維持しつつ斜面の裏側からの包絡面の傾斜を小さくすることができる。
【0012】
したがって、前記包絡面の傾斜は、温度変化による屈折率の変化の影響を支持体に拘持されたフレネルレンズの形状変化でキャンセルできる傾斜であることが望ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、前述のような、複数のプリズムを同心円状に並べた円形レンズにも、平行に並べたレンズにも適用可能であり、平行光線を得るためのレンズにも、集光レンズにも適用可能であるが、以下には例として、円形の集光レンズ、特に太陽光を半導体セル上に集光するためのレンズに適用した例について説明する。
【0014】
図1は集光用円形フレネルレンズ10の断面図であり、図2はそのグルーブ面12の側から見た平面図である。図1に示すように、レンズの材質としてシリコーンゴムなどの柔軟な材料が用いられる場合、フレネルレンズ本体14の平面側にガラスなどの比較的剛直な材料16を貼り付けた構造となり、光はガラス面18からほぼ垂直に入射する。図2に示すように、ガラスの形状は通常正方形で、これらを複数集合させてアレイ構造として用いても良い。
【0015】
このレンズはガラス面18から入射した太陽光を焦点距離fだけ離れた半導体セル上に集光させる機能を持つ。発電効率のために、光の波長ごとの透過率や色収差、また、集光強度分布といったことが考慮されてレンズが設計される。
【0016】
図3を参照して、ポイントフォーカスのフレネルレンズにおけるプリズムと焦点距離の関係を説明する。図3において、入射光に対して、角BAC=αを以下の記述でこのプリズムの頂角あるいはプリズム角と定義する。光軸より半径rだけ離れたところに配置されたプリズム角αのプリズムに入射した光はスネルの法則により斜面ACで屈折させられて偏角βで曲げられ、光軸と交わる点Dまでの距離が焦点距離fとなり、
【0017】
【数1】
【0018】
と与えられる。ここでnはプリズムの屈折率である。
【0019】
また、偏角は
β=sin-1(nsinα)−α
で与えられる。
【0020】
太陽光発電の実環境では戸外であるため温度変化が激しく、集光器とレンズ材料は大きな温度変化にさらされる。
頂角αのプリズムの屈折率が温度上昇により下がると、図4のごとく、光線はGEFからGEF′と変化する。偏角βはβ′となる。偏角の差Δβは、
Δβ=sin-1(nsinα)−sin-1(n′sinα)
となり、光はレンズの中心から光軸から離れる方向に、
Δ=f・(tanβ−tan(β−Δβ))
だけずれた位置で光軸と交わる。
【0021】
すなわち、夏場、温度が上昇すると、レンズの屈折率は温度依存性を持っているのでその材料が持つ屈折率の温度依存性dn/dTに従って屈折率が下がり、図5の状態から図6のごとく、焦点距離は長くなる。この変化の度合いはレンズ14の中心から離れた外周部ほど大きく、レンズ14の外周部を通過した光がセル19上に到達せず、セル19をはずれるようになり、セルの受光量の低下を招くようになる。
【0022】
冬場、気温が下がる場合は、逆に、屈折率が大きくなり、焦点距離は短くなるが、やはりレンズ14の外周部で変化量が大きく、図7のごとくやはりレンズ外周部を通過した光がセル19をはずれるようになる。レンズ外周部ほどフレネルレンズを構成するプリズムの頂角αが大きく、屈折を起す斜面(屈折面)の角度が急峻になる。このため屈折率がスネルの法則にしたがってわずかに変化しても、頂角αと偏角βの非線形関係によりその効果がより大きく出てくることがその理由と考えられる。
【0023】
一方図1に示すように、レンズ14は剛直な基材16に光の入射面が貼り付けられて拘束されている。したがって、温度が上昇すると熱膨張率に従って体積が膨張し、図8のごとく三角形ABCから三角形ΔABC′へと変化してプリズム角αがΔαだけ増大する。屈折率の低下により、GEFからGEF′へと焦点距離が長くなった光線は、点E′で屈折するようになり、光線GE′F″となり、焦点距離がもとの光線GEFに近くなるような補償効果が働くことが期待される。
【0024】
フレネルレンズはその全体の底面を基材の表面に貼り付けられ拘束されている。したがってその断面図で1つのプリズムに注目すると、その底面は拘束されていると考えられる。この状態で温度が上昇すると図9に示したような変形をすることが計算機による熱応力解析によって知られる。逆に温度が下がり収縮するときは図10のようになることが知られる。
【0025】
図11の中で、温度が上昇しプリズムが膨張するとき、領域Iは屈折面の傾斜が大きくなり、焦点距離の補償がなされる部分であり、領域IIは逆に屈折面の傾斜が小さくなって補償がなされない領域である。領域Iの領域IIに対する割合が大きい方がよい。図12に示したように、レンズの外周部で頂角αが大きいプリズムでは、膨張時の領域Iの割合が小さくなり、焦点距離の温度補償効果が頂角αが小さいときに比べてかなり低下する。これは、プリズムのアスペクト比(ピッチpに対する高さhの比h/p)が大きいため、プリズムが高さ方向に膨張するよりも、それと直角の方向により膨張しやすいためである。
【0026】
そこで、上述した考えに基づき、図13のように、アスペクト比が大きくなる外周領域のプリズムにフラクタル構造を導入することにより、光学的には同等機能を保ちながら、全体としてのアスペクト比を低下させることが可能である。言い換えれば、複数の屈折面21を有する斜面の裏側からの包絡面20の傾斜を小さくすることにより温度補償効果を増大させることが可能となる。
【0027】
このように包絡面20の傾斜が小さくなると、熱膨張に際して、領域Iの割合いが領域IIに対して大きくなり、焦点距離の温度補償効果が増大する。
【0028】
図14に頂角α、偏角およびピッチが同じ3個のプリズムの高さhがフラクタル構造を導入することによりhからh′と低く押えられ、斜面の裏側からの包絡面20の傾斜角がプリズム角αよりも小さくなることを示す。
【0029】
図15に、3層のフラクタル構造をもったプリズムの例を示す。なお、包絡面20の傾斜は必ずしも直線的である必要はなく、例えば図16に示すような、包絡面20の傾斜が曲線的であるプリズムを使用するフレネルレンズも本発明の範囲に含まれる。すなわち本発明では、屈折面の傾斜角αを維持しつつ、斜面の裏側からの包絡面の傾斜を、温度変化による屈折率変化がプリズム自体の形状変化でキャンセルされるようなものとすることにより、屈折率変動を補償する。
レンズの材料としては、シリコーン、PMMA、ポリカーボネートなどの使用波長で透明な各種樹脂が使用される。その中でも耐環境性からシリコーン樹脂、シリコーンゴムが好適である。シリコーンゴムは高い透過率、耐UV性、耐熱性、耐湿性、その他のバランスから、最も好適に使用できる。
基材に要求される特性としては、平面度が高く、膨張率が小さく、使用する波長で透明度が高いものが好ましい。具体例としては、石英板、ガラス板、PMMAやポリカーボネートなどの樹脂板、ガラス板が好適に使用できる。
レンズ材料の屈折率温度依存性(dn/dT)の符号がマイナスのとき、レンズ材料の膨張率(線膨張率)は基材のそれよりも大きい必要がある。
また、基材とレンズ材料の膨張率の差が大きいほうが好ましい。レンズが縦方向に変形しやすく、より高い温度補償効果が得られるからである。
包絡面の最適な傾斜角度は、プリズムの屈折面の角度、プリズム材料屈折率の温度依存性、プリズム材料と基材材料それぞれの膨張率と膨張率差、環境温度の変化幅などの要因により決まる。
一般には包絡面の傾斜角度は、35度以下が好ましい。35度より大きいと温度補償効果が小さくなるからである。より好ましくは、30度以下である。この角度は5度以上が好ましい。角度が小さすぎるとフラクタル構造を有さないレンズ構造と実質的に同一になってしまい本発明による温度補償効果が得られないからである。より好ましくは、10度以上が良い。
なお図ではプリズムが基板上に直接配置されている態様を示しているが、プリズムと基板の間に厚みがほぼ均一の、プリズムと同じ材料からなる層を有していても良い。
【実施例】
【0030】
焦点距離が360mm直径340mmの円形のポイントフォーカスフレネルレンズを作成した。半径82mm以内は従来のフレネルレンズと同様に1つのピッチに対してプリズムが1つ配置されている。半径82mm以上の外周側では、図17に示すように、ピッチが1.5mmのプリズム角28度のプリズムの上にピッチが0.25mmのサブプリズムが載っている構成、すなわち複数のサブプリズムによる屈折面を有する斜面の裏側からの包絡面の傾斜角が28度のプリズムとする。1つのプリズムに対して6個のサブプリズムが配置されている。上に載るサブプリズムの傾斜角度は半径方向に変化し、焦点距離360mmに焦点を結ぶように、設計されている。
【0031】
アクリル板をダイアモンドバイトで切削し鋳型をつくり、市販の室温硬化型のシリコーンゴムを塗布し、厚さ3mm、1辺が240mmの正方形のガラス板上に成型してレンズとした。
【0032】
(比較例1)
レンズの溝の深さが0.7mmで半径方向に一定になるように、従来型のフレネルレンズを設計した。最外周のプリズム角αは約40度であり、プリズムのピッチは0.9mmで高さが0.7mmである。実施例と同じプロセスでレンズを製作した。
【0033】
(比較例2)
レンズの溝の深さが半径方向にテーパーがついており、外周部で0.7mmで中心部で0.5mmとなるように、従来型のフレネルレンズを設計した。最外周のプリズム角αは約40度であり、プリズムのピッチは0.9mmで高さが0.7mmである。実施例と同じプロセスでレンズを製作した。
【0034】
図18、図19、および図20に、それぞれ実施例、比較例1、比較例2について、異なる温度において、レンズセル間距離に対する相対受光量の測定結果を示すことにより、温度変化に対する焦点距離ズレの違いを示す。これらの図中、相対受光量が最大となるときのレンズセル間距離がレンズの焦点距離に相当する。
【0035】
測定はレンズとコンセントレーターの構造との関係を考慮して、図21のようにレンズ内側を温風で昇温し、ステージに単結晶シリコン太陽電池を載せ、焦点方向の距離を変えながら電圧を測定し相対光量を算出した。
【0036】
30度の温度変化に対して実施例のフレネルレンズにおける焦点距離の変化Δfが4mmであるのに対して比較例1,2では10mmおよび6mmであり、本発明のフレネルレンズは温度が上昇したときの焦点距離の変化Δfが小さく、温度補償効果が優れていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】円形フレネルレンズ10の断面図である。
【図2】円形フレネルレンズ10をグルーブ面12から見た平面図である。
【図3】フレネルレンズの焦点距離を説明する図である。
【図4】屈折率の変化による焦点距離の変化を説明する図である。
【図5】セル上に正常に焦点を結ぶ場合を示す図である。
【図6】気温上昇時の状態を示す図である。
【図7】気温低下時の状態を示す図である。
【図8】熱膨脹による補償効果を説明する図である。
【図9】底面をガラスに接着されて拘束されているレンズの熱膨脹時の形状を示す図である。
【図10】収縮時のレンズ形状を示す図である。
【図11】レンズ内周部でプリズムの頂角αが小である領域における補償効果を説明する図である。
【図12】レンズ外周部でプリズムの頂角αが大である領域における補償効果を説明する図である。
【図13】本発明のフラクタル構造を有するプリズムの一例を示す図である。
【図14】フラクタル構造の導入によるアスペクト比低下を説明する図である。
【図15】3層のフラクタル構造を有するプリズムの一例を示す図である。
【図16】本発明に係り、プリズム内側の包絡面の傾斜が直線的でないプリズムの一例を示す図である。
【図17】測定に用いたプリズムの形状を示す図である。
【図18】本発明の実施例についての測定結果を示すグラフである。
【図19】比較例1の測定結果を示す図である。
【図20】比較例2の測定結果を示す図である。
【図21】測定条件を説明する図である。
【技術分野】
【0001】
本発明はフレネルレンズに関する。
【背景技術】
【0002】
フレネルレンズは、凸レンズまたは凹レンズの傾斜面を、同心円状または平行に並べた複数のプリズムによる不連続な傾斜面に置き換えることにより、レンズの厚みを傾斜を実現するに必要最小限の厚みとして軽量でコンパクトな平板状のレンズとしたものである。
【0003】
フレネルレンズは、例えばリアプロジェクション型の液晶表示装置のバックライトに用いるレンズのように、点光源からの光を平行光線とするため、およびこれとは逆に、太陽光発電装置における集光レンズのように、平行光線を集光するため等に広く用いられている。
【0004】
フレネルレンズの材質としては、アクリル樹脂、ポリカーボネートなどが広く用いられているが、屋外での使用に際しては耐熱性、耐候性、信頼性に優れた材料であるシリコーン(シリコーンゴム、シリコーン樹脂など)が有望である。シリコーンは、250〜350nmの短波長領域の透過率がPMMA、ポリカーボネートなどの光学材料より優れ、短波長から長波長までの広帯域の光を利用する多接合半導体をセルとして使用する発電装置においては特に有望な材料である。
【0005】
しかしながら、一般にシリコーンは屈折率の温度依存性がアクリル樹脂やポリカーボネート樹脂に比べて大きく、そのために外気温の変化によって焦点距離が変化して発電効率を低下させるという問題があった。特に、入射光の曲げ角(偏角)が大きいレンズの外周部での焦点距離の変化が大きく問題であった。
【0006】
【特許文献1】米国2004/0112424号公報
【特許文献2】米国特許第5,161,057号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって本発明の目的は、シリコーンのような屈折率の温度依存性が大きい材料を使用しても温度変化による焦点距離の変動を抑制することのできるフレネルレンズを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、複数のプリズムを有するフレネルレンズ本体と、該フレネルレンズ本体を拘持する平坦で透明な支持体とを具備するフレネルレンズであって、該複数のプリズムの少なくとも一部のそれぞれは斜面に複数の屈折面を有し、該複数の屈折面を有する斜面の裏側からの包絡面は傾斜しており、該複数の屈折面の傾斜はいずれも該包絡面の傾斜よりも大である、フレネルレンズが提供される。
【0009】
フレネルレンズを構成するプリズムの屈折面の傾斜は光軸から離れるにつれ大きくしなければならないが、傾斜を大きくしなければならない領域のプリズムを上記のように構成することにより、屈折面の傾斜を維持しつつ斜面の裏側からの包絡面の傾斜を小さくすることができ、これによって、後に詳述するように温度変化による屈折率の変化を、支持体に拘持されたフレネルレンズ本体の熱膨脹/収縮による形状変化で適切に補償することができる。
【0010】
例えば、前記少なくとも一部のプリズムのそれぞれは、第1の斜面を有する第1のプリズムの該第1の斜面の上に、第2の斜面を有する複数の第2のプリズムを該第2の斜面の傾斜が該第1の斜面の傾斜よりも大きくなる向きで重ねて該第1のプリズムと該第2のプリズムを一体化することによって形成される形状、または前記複数の第2のプリズムのそれぞれを前記第1のプリズムとして前記重ねて一体化することを少なくとも1回再帰的に繰り返すことによって形成される形状を有する。
【0011】
このようにいわゆるフラクタル構造を導入することにより、屈折面の傾斜角度を維持しつつ斜面の裏側からの包絡面の傾斜を小さくすることができる。
【0012】
したがって、前記包絡面の傾斜は、温度変化による屈折率の変化の影響を支持体に拘持されたフレネルレンズの形状変化でキャンセルできる傾斜であることが望ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、前述のような、複数のプリズムを同心円状に並べた円形レンズにも、平行に並べたレンズにも適用可能であり、平行光線を得るためのレンズにも、集光レンズにも適用可能であるが、以下には例として、円形の集光レンズ、特に太陽光を半導体セル上に集光するためのレンズに適用した例について説明する。
【0014】
図1は集光用円形フレネルレンズ10の断面図であり、図2はそのグルーブ面12の側から見た平面図である。図1に示すように、レンズの材質としてシリコーンゴムなどの柔軟な材料が用いられる場合、フレネルレンズ本体14の平面側にガラスなどの比較的剛直な材料16を貼り付けた構造となり、光はガラス面18からほぼ垂直に入射する。図2に示すように、ガラスの形状は通常正方形で、これらを複数集合させてアレイ構造として用いても良い。
【0015】
このレンズはガラス面18から入射した太陽光を焦点距離fだけ離れた半導体セル上に集光させる機能を持つ。発電効率のために、光の波長ごとの透過率や色収差、また、集光強度分布といったことが考慮されてレンズが設計される。
【0016】
図3を参照して、ポイントフォーカスのフレネルレンズにおけるプリズムと焦点距離の関係を説明する。図3において、入射光に対して、角BAC=αを以下の記述でこのプリズムの頂角あるいはプリズム角と定義する。光軸より半径rだけ離れたところに配置されたプリズム角αのプリズムに入射した光はスネルの法則により斜面ACで屈折させられて偏角βで曲げられ、光軸と交わる点Dまでの距離が焦点距離fとなり、
【0017】
【数1】
【0018】
と与えられる。ここでnはプリズムの屈折率である。
【0019】
また、偏角は
β=sin-1(nsinα)−α
で与えられる。
【0020】
太陽光発電の実環境では戸外であるため温度変化が激しく、集光器とレンズ材料は大きな温度変化にさらされる。
頂角αのプリズムの屈折率が温度上昇により下がると、図4のごとく、光線はGEFからGEF′と変化する。偏角βはβ′となる。偏角の差Δβは、
Δβ=sin-1(nsinα)−sin-1(n′sinα)
となり、光はレンズの中心から光軸から離れる方向に、
Δ=f・(tanβ−tan(β−Δβ))
だけずれた位置で光軸と交わる。
【0021】
すなわち、夏場、温度が上昇すると、レンズの屈折率は温度依存性を持っているのでその材料が持つ屈折率の温度依存性dn/dTに従って屈折率が下がり、図5の状態から図6のごとく、焦点距離は長くなる。この変化の度合いはレンズ14の中心から離れた外周部ほど大きく、レンズ14の外周部を通過した光がセル19上に到達せず、セル19をはずれるようになり、セルの受光量の低下を招くようになる。
【0022】
冬場、気温が下がる場合は、逆に、屈折率が大きくなり、焦点距離は短くなるが、やはりレンズ14の外周部で変化量が大きく、図7のごとくやはりレンズ外周部を通過した光がセル19をはずれるようになる。レンズ外周部ほどフレネルレンズを構成するプリズムの頂角αが大きく、屈折を起す斜面(屈折面)の角度が急峻になる。このため屈折率がスネルの法則にしたがってわずかに変化しても、頂角αと偏角βの非線形関係によりその効果がより大きく出てくることがその理由と考えられる。
【0023】
一方図1に示すように、レンズ14は剛直な基材16に光の入射面が貼り付けられて拘束されている。したがって、温度が上昇すると熱膨張率に従って体積が膨張し、図8のごとく三角形ABCから三角形ΔABC′へと変化してプリズム角αがΔαだけ増大する。屈折率の低下により、GEFからGEF′へと焦点距離が長くなった光線は、点E′で屈折するようになり、光線GE′F″となり、焦点距離がもとの光線GEFに近くなるような補償効果が働くことが期待される。
【0024】
フレネルレンズはその全体の底面を基材の表面に貼り付けられ拘束されている。したがってその断面図で1つのプリズムに注目すると、その底面は拘束されていると考えられる。この状態で温度が上昇すると図9に示したような変形をすることが計算機による熱応力解析によって知られる。逆に温度が下がり収縮するときは図10のようになることが知られる。
【0025】
図11の中で、温度が上昇しプリズムが膨張するとき、領域Iは屈折面の傾斜が大きくなり、焦点距離の補償がなされる部分であり、領域IIは逆に屈折面の傾斜が小さくなって補償がなされない領域である。領域Iの領域IIに対する割合が大きい方がよい。図12に示したように、レンズの外周部で頂角αが大きいプリズムでは、膨張時の領域Iの割合が小さくなり、焦点距離の温度補償効果が頂角αが小さいときに比べてかなり低下する。これは、プリズムのアスペクト比(ピッチpに対する高さhの比h/p)が大きいため、プリズムが高さ方向に膨張するよりも、それと直角の方向により膨張しやすいためである。
【0026】
そこで、上述した考えに基づき、図13のように、アスペクト比が大きくなる外周領域のプリズムにフラクタル構造を導入することにより、光学的には同等機能を保ちながら、全体としてのアスペクト比を低下させることが可能である。言い換えれば、複数の屈折面21を有する斜面の裏側からの包絡面20の傾斜を小さくすることにより温度補償効果を増大させることが可能となる。
【0027】
このように包絡面20の傾斜が小さくなると、熱膨張に際して、領域Iの割合いが領域IIに対して大きくなり、焦点距離の温度補償効果が増大する。
【0028】
図14に頂角α、偏角およびピッチが同じ3個のプリズムの高さhがフラクタル構造を導入することによりhからh′と低く押えられ、斜面の裏側からの包絡面20の傾斜角がプリズム角αよりも小さくなることを示す。
【0029】
図15に、3層のフラクタル構造をもったプリズムの例を示す。なお、包絡面20の傾斜は必ずしも直線的である必要はなく、例えば図16に示すような、包絡面20の傾斜が曲線的であるプリズムを使用するフレネルレンズも本発明の範囲に含まれる。すなわち本発明では、屈折面の傾斜角αを維持しつつ、斜面の裏側からの包絡面の傾斜を、温度変化による屈折率変化がプリズム自体の形状変化でキャンセルされるようなものとすることにより、屈折率変動を補償する。
レンズの材料としては、シリコーン、PMMA、ポリカーボネートなどの使用波長で透明な各種樹脂が使用される。その中でも耐環境性からシリコーン樹脂、シリコーンゴムが好適である。シリコーンゴムは高い透過率、耐UV性、耐熱性、耐湿性、その他のバランスから、最も好適に使用できる。
基材に要求される特性としては、平面度が高く、膨張率が小さく、使用する波長で透明度が高いものが好ましい。具体例としては、石英板、ガラス板、PMMAやポリカーボネートなどの樹脂板、ガラス板が好適に使用できる。
レンズ材料の屈折率温度依存性(dn/dT)の符号がマイナスのとき、レンズ材料の膨張率(線膨張率)は基材のそれよりも大きい必要がある。
また、基材とレンズ材料の膨張率の差が大きいほうが好ましい。レンズが縦方向に変形しやすく、より高い温度補償効果が得られるからである。
包絡面の最適な傾斜角度は、プリズムの屈折面の角度、プリズム材料屈折率の温度依存性、プリズム材料と基材材料それぞれの膨張率と膨張率差、環境温度の変化幅などの要因により決まる。
一般には包絡面の傾斜角度は、35度以下が好ましい。35度より大きいと温度補償効果が小さくなるからである。より好ましくは、30度以下である。この角度は5度以上が好ましい。角度が小さすぎるとフラクタル構造を有さないレンズ構造と実質的に同一になってしまい本発明による温度補償効果が得られないからである。より好ましくは、10度以上が良い。
なお図ではプリズムが基板上に直接配置されている態様を示しているが、プリズムと基板の間に厚みがほぼ均一の、プリズムと同じ材料からなる層を有していても良い。
【実施例】
【0030】
焦点距離が360mm直径340mmの円形のポイントフォーカスフレネルレンズを作成した。半径82mm以内は従来のフレネルレンズと同様に1つのピッチに対してプリズムが1つ配置されている。半径82mm以上の外周側では、図17に示すように、ピッチが1.5mmのプリズム角28度のプリズムの上にピッチが0.25mmのサブプリズムが載っている構成、すなわち複数のサブプリズムによる屈折面を有する斜面の裏側からの包絡面の傾斜角が28度のプリズムとする。1つのプリズムに対して6個のサブプリズムが配置されている。上に載るサブプリズムの傾斜角度は半径方向に変化し、焦点距離360mmに焦点を結ぶように、設計されている。
【0031】
アクリル板をダイアモンドバイトで切削し鋳型をつくり、市販の室温硬化型のシリコーンゴムを塗布し、厚さ3mm、1辺が240mmの正方形のガラス板上に成型してレンズとした。
【0032】
(比較例1)
レンズの溝の深さが0.7mmで半径方向に一定になるように、従来型のフレネルレンズを設計した。最外周のプリズム角αは約40度であり、プリズムのピッチは0.9mmで高さが0.7mmである。実施例と同じプロセスでレンズを製作した。
【0033】
(比較例2)
レンズの溝の深さが半径方向にテーパーがついており、外周部で0.7mmで中心部で0.5mmとなるように、従来型のフレネルレンズを設計した。最外周のプリズム角αは約40度であり、プリズムのピッチは0.9mmで高さが0.7mmである。実施例と同じプロセスでレンズを製作した。
【0034】
図18、図19、および図20に、それぞれ実施例、比較例1、比較例2について、異なる温度において、レンズセル間距離に対する相対受光量の測定結果を示すことにより、温度変化に対する焦点距離ズレの違いを示す。これらの図中、相対受光量が最大となるときのレンズセル間距離がレンズの焦点距離に相当する。
【0035】
測定はレンズとコンセントレーターの構造との関係を考慮して、図21のようにレンズ内側を温風で昇温し、ステージに単結晶シリコン太陽電池を載せ、焦点方向の距離を変えながら電圧を測定し相対光量を算出した。
【0036】
30度の温度変化に対して実施例のフレネルレンズにおける焦点距離の変化Δfが4mmであるのに対して比較例1,2では10mmおよび6mmであり、本発明のフレネルレンズは温度が上昇したときの焦点距離の変化Δfが小さく、温度補償効果が優れていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】円形フレネルレンズ10の断面図である。
【図2】円形フレネルレンズ10をグルーブ面12から見た平面図である。
【図3】フレネルレンズの焦点距離を説明する図である。
【図4】屈折率の変化による焦点距離の変化を説明する図である。
【図5】セル上に正常に焦点を結ぶ場合を示す図である。
【図6】気温上昇時の状態を示す図である。
【図7】気温低下時の状態を示す図である。
【図8】熱膨脹による補償効果を説明する図である。
【図9】底面をガラスに接着されて拘束されているレンズの熱膨脹時の形状を示す図である。
【図10】収縮時のレンズ形状を示す図である。
【図11】レンズ内周部でプリズムの頂角αが小である領域における補償効果を説明する図である。
【図12】レンズ外周部でプリズムの頂角αが大である領域における補償効果を説明する図である。
【図13】本発明のフラクタル構造を有するプリズムの一例を示す図である。
【図14】フラクタル構造の導入によるアスペクト比低下を説明する図である。
【図15】3層のフラクタル構造を有するプリズムの一例を示す図である。
【図16】本発明に係り、プリズム内側の包絡面の傾斜が直線的でないプリズムの一例を示す図である。
【図17】測定に用いたプリズムの形状を示す図である。
【図18】本発明の実施例についての測定結果を示すグラフである。
【図19】比較例1の測定結果を示す図である。
【図20】比較例2の測定結果を示す図である。
【図21】測定条件を説明する図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のプリズムを有するフレネルレンズ本体と、該フレネルレンズ本体を支持する平坦で透明な支持体とを具備するフレネルレンズであって、
該複数のプリズムの少なくとも一部のそれぞれは斜面に複数の屈折面を有し、該複数の屈折面を有する斜面の裏側からの包絡面は傾斜しており、該複数の屈折面の傾斜はいずれも該包絡面の傾斜よりも大である、フレネルレンズ。
【請求項2】
前記少なくとも一部のプリズムのそれぞれは、第1の斜面を有する第1のプリズムの該第1の斜面の上に、第2の斜面を有する複数の第2のプリズムを該第2の斜面の傾斜が該第1の斜面の傾斜よりも大きくなる向きで重ねて該第1のプリズムと該第2のプリズムを一体化することによって形成される形状、または前記複数の第2のプリズムのそれぞれを前記第1のプリズムとして前記重ねて一体化することを少なくとも1回再帰的に繰り返すことによって形成される形状を有する請求項1記載のフレネルレンズ。
【請求項3】
前記包絡面の傾斜は、温度変化による屈折率の変化の影響を支持体に支持されたフレネルレンズの形状変化でキャンセルできる傾斜である請求項1または2のフレネルレンズ。
【請求項4】
前記包絡面の傾斜は5度以上35度以下である請求項3記載のフレネルレンズ。
【請求項5】
前記支持体の膨張率が前記フレネルレンズ本体の膨張率よりも小さい請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のフレネルレンズ。
【請求項6】
前記支持体がガラス板からなり、前記フレネルレンズ本体がシリコーンゴムもしくはシリコーンレジンからなる請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のフレネルレンズ。
【請求項1】
複数のプリズムを有するフレネルレンズ本体と、該フレネルレンズ本体を支持する平坦で透明な支持体とを具備するフレネルレンズであって、
該複数のプリズムの少なくとも一部のそれぞれは斜面に複数の屈折面を有し、該複数の屈折面を有する斜面の裏側からの包絡面は傾斜しており、該複数の屈折面の傾斜はいずれも該包絡面の傾斜よりも大である、フレネルレンズ。
【請求項2】
前記少なくとも一部のプリズムのそれぞれは、第1の斜面を有する第1のプリズムの該第1の斜面の上に、第2の斜面を有する複数の第2のプリズムを該第2の斜面の傾斜が該第1の斜面の傾斜よりも大きくなる向きで重ねて該第1のプリズムと該第2のプリズムを一体化することによって形成される形状、または前記複数の第2のプリズムのそれぞれを前記第1のプリズムとして前記重ねて一体化することを少なくとも1回再帰的に繰り返すことによって形成される形状を有する請求項1記載のフレネルレンズ。
【請求項3】
前記包絡面の傾斜は、温度変化による屈折率の変化の影響を支持体に支持されたフレネルレンズの形状変化でキャンセルできる傾斜である請求項1または2のフレネルレンズ。
【請求項4】
前記包絡面の傾斜は5度以上35度以下である請求項3記載のフレネルレンズ。
【請求項5】
前記支持体の膨張率が前記フレネルレンズ本体の膨張率よりも小さい請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のフレネルレンズ。
【請求項6】
前記支持体がガラス板からなり、前記フレネルレンズ本体がシリコーンゴムもしくはシリコーンレジンからなる請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のフレネルレンズ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【公開番号】特開2008−145509(P2008−145509A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−329472(P2006−329472)
【出願日】平成18年12月6日(2006.12.6)
【出願人】(599056437)スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー (1,802)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年12月6日(2006.12.6)
【出願人】(599056437)スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー (1,802)
[ Back to top ]