説明

ブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維およびその製造方法

【課題】塗布性に優れたブラシまたは筆を得ることができるブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維を提供する。また、上記ポリエステル系繊維を容易に製造する製造方法を提供する。
【解決手段】先端方向にテーパー状の先端部を有するブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維において、該繊維を、該先端部の繊維表面に平均長さが10nm〜10μmの微細孔が存在し、さらに該繊維表面に水酸基またはカルボキシル基を有するポリエステル系繊維とする。また、先端方向にテーパー状の先端部を有するポリエステル系繊維に、酸素またはアルゴンの少なくとも一方を含むガス中でプラズマ処理を行い、該先端部の繊維表面に10nm〜10μmの微細孔を形成し、かつ該繊維表面に水酸基およびカルボキシル基を生成するし、上記ポリエステル系繊維を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粉末状またはクリーム状または液状の化粧料や水性絵の具、油性絵の具を塗布するに優れたポリエステル系繊維を用いたブラシまたは筆用毛材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
合成繊維を用いたブラシや筆の一端を先細のテーパー状(円錐状)にすることは古くから知られており(特許文献1)、その方法としてアルカリによる加水分解によってかかる形状とする方法は現在も汎用的に使われている(特許文献2)。
【0003】
しかしながら、合成繊維のテーパー状部分の表面自体は、アルカリ処理によってむしろ平滑になるので、獣毛のブラシや筆よりも、化粧料や絵の具の補足性が悪く、塗布時の質感も満足のいくものではない。また、ポリエステル系繊維は、上記の化粧料や絵の具との濡れが悪く、良い獣毛と比べて補足性が劣っている。
しかしながら、一方で自然保護の問題から天然の獣毛をブラシまたは筆用毛材として用いることは望ましいことではなく、またその入手が困難になりつつある。
【0004】
【特許文献1】特開昭49−047618号公報
【特許文献2】特開2002−058538号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記背景技術に鑑みなされたもので、塗布性に優れたブラシまたは筆を得ることができるブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維を提供することを目的とする。また、上記ポリエステル系繊維を容易に製造する製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らが鋭意検討した結果、上記目的は、先端方向にテーパー状の先端部を有するポリエステル系繊維であって、該先端部の繊維表面に平均長さが10nm〜10μmの微細孔が存在し、さらに該繊維表面に水酸基またはカルボキシル基を有することを特徴とするブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維によって達成できることがわかった。また、もう一つの目的は、先端方向にテーパー状の先端部を有するポリエステル系繊維に、酸素またはアルゴンの少なくとも一方を含むガス中でプラズマ処理を行い、該繊維表面に10nm〜10μmの微細孔を形成し、かつ該繊維表面に水酸基およびカルボキシル基を生成することを特徴とするブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維の製造方法によって達成できることを見出した。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、テーパー状部分に獣毛のような微細孔が存在し、しかも濡れ性の良い官能基を有するブラシまたは筆用ポリエステル系繊維を提供できる。また、本発明の製造方法によれば、かかるブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維を容易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維は、先端方向にテーパー状の先端部を有するポリエステル系繊維である。上記ポリエステル系繊維としては、アルカリによって加水分解されるポリエステル系モノマーからなる繊維、好ましくはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)、あるいはこれらを主体とする共重合体からなる繊維が使用される。最も好ましくは、獣毛のようにコシ(弾力性)があり、容易に加水分解されるPBTまたはPBTを主体とする共重合体からなる繊維である。これらのポリエステル系繊維は、本発明の目的を阻害しない範囲であれば、耐熱剤、耐候剤、難燃剤、殺菌剤、可塑剤および着色剤などの慣用の添加剤を含むことができる。
【0009】
本発明で用いられるポリエステル系繊維一本の繊度は10〜1100dtexが好ましく、30〜400dtexがより好ましい。
本発明のポリエステル系繊維は、所望した長さに切断したカットブリッスルの形状で実用に供される。
ポリエステル系繊維の断面形状は丸断面に限ったものでなく、その用途によっては、楕円形、多角形、多葉形および中空などから適宜選定することができる。
本発明のポリエステル系繊維は、公知のアルカリ処理などの方法を用いて、先端をテーパー状にしたのである。
【0010】
本発明においては、ポリエステル系繊維の先端部の繊維表面に平均長が10nm〜10μmの微細孔が存在し、さらに該繊維表面に水酸基またはカルボキシル基を有することが肝要である。
【0011】
すなわち、上記の微細孔がテーパー状の先端部の繊維表面に存在することにより、例えば、歯ブラシとして用いた場合は汚れを吸着し易くなり、化粧ブラシとして用いた場合は、ナノサイズ粉体化粧材であっても粉体がマココにならずに補足することができる。また、絵の具筆として用いた場合は、絵の具をしっかりと補足し、かつ放出性にも優れている。なお、より好ましい微細孔の平均長は、100nm〜5μmである。
【0012】
また、本発明のポリエステル系繊維は、その表面に水酸基またはカルボキシル基を有している。つまり、このような水濡れ性の良い官能基を有することで、歯ブラシとして用いた場合、口内での乾質感を得るような違和感が少なく、化粧ブラシ、化粧筆として用いた場合、水系化粧材すべてにおいて補足性が良くなり、しかも均一な塗布が可能となる。また、絵の具筆とした場合は、獣毛に似た質感が得られる。
【0013】
本発明の、先端部の繊維表面に10nm〜10μmの微細孔が存在し、さらに水酸基またはカルボキシル基を有するポリエステル系繊維は、次の方法により容易に製造することができる。すなわち、先端方向にテーパー状の先端部を有するポリエステル系繊維に、酸素またはアルゴンの少なくとも一方を含むガス中でプラズマ処理を行い、該繊維表面に10nm〜10μmの微細孔を形成し、かつ該繊維表面に水酸基およびカルボキシル基を生成することを特徴とするブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維の製造方法である。
【0014】
上記で用いられるプラズマはグロー放電であり、低温プラズマであれば、マイクロ波プラズマ、高周波プラズマ、低周波プラズマなどの各種プラズマを用いることができる。
また、プラズマ処理は低圧下で行っても、常圧下で行ってもよい。なお、ここで、低圧とは0.1〜1000Paを、常圧とは1万Pa〜11万Paをいう。常圧下、好ましくは9万〜10.5万Paのほぼ大気圧下にてプラズマ処理をする場合には、大型で特殊な装置が不要となり、製造コストが低減できる上、従来困難であった連続処理がより容易となり、生産量をさらに増加させることができるメリットがある。よって、常圧下にてプラズマ処理を行うことが好ましい。
【0015】
上記処理に用いるプラズマ化するガスには、前述したように、酸素またはアルゴンの少なくとも一つが含まれている必要がある。これにより、ポリエステル系繊維の先端部の繊維表面に10nm〜10μmの微細孔を形成し、該繊維表面に水酸基またはカルボキシル基を生成することができる。
【0016】
酸素とアルゴンは単独で用いるよりも、それらを混合して用いた方が好ましい。その際、酸素:アルゴンの体積比率は好ましくは50:50〜99:1であり、さらに好ましくは80:20〜95:5である。かかる比率としたとき最も好ましい微細孔が得られる。
【0017】
プラズマ化するガス中の、酸素、アルゴン、または、酸素とアルゴンとの混合ガスの体積比率は好ましくは50〜100%であり、より好ましくは80〜100%である。
プラズマ化するガスを構成する、酸素またはアルゴン以外のガス成分としては、重合膜を形成するような有機物でなければ特に制限されるものではないが、空気成分である窒素や二酸化炭素、あるいはネオン、ヘリウム、キセノンの希ガスが好ましい。
【0018】
ポリエステル系繊維のプラズマ処理時間は、好ましくは0.2〜30分であり、より好ましくは0.5〜20分である。処理時間が短すぎる場合には前述した微細孔が形成されず、長すぎる場合には、繊維の表層ポリマーが分解してオリゴマーが積層しやすくなり好ましくない。
【0019】
本発明においては、上記プラズマ処理を行う前に、該処理を行うポリエステル系繊維にあらかじめ他のプラズマ処理もしくはコロナ放電処理などの前処理を施しておいても良い。かかる前処理では、空気または窒素を主とする汎用ガスを用いることが工業的に好ましい。また、上記前処理は表面の活性化および洗浄のために行うもので、その処理時間は5〜120秒程度であることが好ましい。前処理は常圧下で行うことが好ましく、具体的には1万Pa〜11万Pa程度、好ましくは9万〜10.5万Paのほぼ大気圧下で行うことが望ましい。この前処理におけるプラズマの発生は低周波、高周波、マイクロ波何れの交流電源を用いても良い。なお、コロナ放電処理を用いても良いが、プラズマ前処理がより好ましい。
【0020】
本発明においては、図1のように、ポリエステル系繊維の先端部側からプラズマ処理を行うことが好ましい。これにより、微細孔の数が、ポリエステル系繊維の先端部よりもこれとは反対側よりも多くすることができ、先端部の濡れ性を向上させ、毛先をしなやかにすることができる。具体的には、繊維の先端から3mm下の部分の微細孔の数が、繊維の先端から10mm下の部分の微細孔の数よりも多く、前者が20〜50ケ/(10μm×10μm)、後者が3〜20ケ/(10μm×10μm)であることが好ましい。
【0021】
本発明においては、ポリエステル系繊維の微細孔はSEM(走査型電子顕微鏡)により、水酸基またはカルボキシル基の生成はESCA(X線光電子分光)によって確認することができる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例をあげて本発明を具体的に説明する。なお、本発明の各物性は以下の方法で測定した。
(1)微細孔平均長
繊維束からランダムに5本の繊維を抜き取り、SEM(走査型電子顕微鏡)によってそれらの繊維の先端から3mm下の部分の繊維表面を観察した。繊維表面の形態の指標として、繊維軸方向に50μmの範囲に存在する全て微細孔について該微細孔の最も長い部分の長さを測定しその平均長を求めた。上記5本の繊維につき同様にしてそれぞれ微細孔の平均長を求め、これらの値からさらに5本の繊維の平均値を算出し、これを微細孔平均長とした。
(2)微細孔の数
繊維束からランダムに5本の繊維を抜き取り、SEM(走査型電子顕微鏡)によってそれらの繊維の先端から3mm下の部分および10mm下の部分の繊維表面を観察し、それぞれ10μm×10μmの範囲に存在する微細孔の数をカウントし、5本の繊維の平均値で示した。
(3)吸い上げ重さ
繊維束の先端を下した状態で、該先端から10mmを50ccの水が入った容器に浸漬した。1分を経過した後の該繊維束が吸水した水の重さを測定し、これを吸い上げ重さとし、水濡れ性の指標とした。
(4)ファンデーション付着量
繊維束の根本を持ち先端から1cmのところまでパウダリーファンデーションに擦り付けた。これを3回繰り返し、パウダリーファンデーションの付着量を測定し、補足性の指標とした。
【0023】
[実施例1]
ポリエステル系繊維として、110dtexのPBTモノフィラメント(帝人ネステックス株式会社製)を100本束にして5cmの長さに切断し、水酸化ナトリウム5%水溶液で100℃にて100分間処理し、先端をテーパー状にしたものを用いた。
上記のポリエステル系繊維(PETモノフィラメント)束を図1のようにして、プラズマ処理を1.0分間行った。プラズマ処理には高周波電源(13.5MHz)のジェット型(噴射型)常圧プラズマ装置を用い、プラズマ化するガスには、酸素:アルゴン=90:10の割合の混合ガスを用いた。結果を表1に示す。
【0024】
さらに、繊維表面の官能基を調べるために両面テープを貼った試料台(1cmφ)に試料を貼り付けて、測定用のサンプルとした。このサンプルをVG社(英国)製ESCALAB200で、MgKa線、光電子取出角=45度、Wide(survey、1100〜0/1.0eV)&Narrow(O,C,etc./0.1eV)Scanにより測定した。得られたC1sチャートのピーク分離の結果[単位;atomic%]から、繊維表面に、水酸基、カルボキシル基を有していることが確認された。
【0025】
[実施例2〜4]
プラズマ処理の処理時間を表1のように変更した以外は、実施例1と同様にした。結果を表1に示す。なお、実施例1と同様にして繊維表面の官能基を調べたが、水酸基、カルボキシル基を有していることが確認された。
【0026】
[比較例1]
プラズマ処理を行わなかった以外は実施例1と同様にした。結果を表1に示す。なお、実施例1と同様にして繊維表面の官能基を調べたが、水酸基、カルボキシル基は確認されなかった。
【0027】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明のブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維は、テーパー状部分に獣毛のような微細孔があり、かつ濡れ性の良い官能基を有していることにより、補足性に優れ、使用時の質感も良いため、歯ブラシ、化粧ブラシ、化粧筆、絵の具筆等に広く用いることができる。また、本発明の製造方法によれば、上記の特性を有したポリエステル系繊維を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明のポリエステル系繊維の製造で行うプラズマ処理の一例を示す概略図である。
【符号の説明】
【0030】
1.プラズマ噴射ノズル
2.プラズマ化するガス
3.ポリエステル系繊維束
4.ポリエステル系繊維を結束させるバンド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端方向にテーパー状の先端部を有するポリエステル系繊維であって、該先端部の繊維表面に平均長さが10nm〜10μmの微細孔が存在し、さらに該繊維表面に水酸基またはカルボキシル基を有することを特徴とするブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維。
【請求項2】
請求項1に記載のポリエステル系繊維を用いたブラシ。
【請求項3】
請求項1に記載のポリエステル系繊維を用いた筆。
【請求項4】
先端方向にテーパー状の先端部を有するポリエステル系繊維に、酸素またはアルゴンの少なくとも一方を含むガス中でプラズマ処理を行い、該先端部の繊維表面に10nm〜10μmの微細孔を形成し、かつ該繊維表面に水酸基およびカルボキシル基を生成することを特徴とするブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項5】
酸素およびアルゴンを混合したガス中でプラズマ処理を行う、請求項4記載のブラシまたは筆に用いるポリエステル系繊維の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−136711(P2008−136711A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−326731(P2006−326731)
【出願日】平成18年12月4日(2006.12.4)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】