説明

プラスチックレンズの製造方法および製造装置

【課題】十分に硬化したハードコート層を備えたプラスチックレンズの製造方法および製造装置を提供すること。
【解決手段】硬化の雰囲気中の水分量を絶対湿度によって定量的に管理している。絶対湿度を10g/kg以下の雰囲気にすることで、ハードコート層での脱水縮合を効率的に安定して進めることができ、十分に硬化したハードコート層を得ることができる。また、ある程度閉塞された空間を有する恒温槽30に絶対湿度が調整された空気を供給してハードコート組成物の焼成を行なうので、雰囲気中の水分量を安定させることができ、より硬化状態のばらつきの少ないハードコート層を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハードコート層を備えたプラスチックレンズの製造方法および製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックレンズの基材は、ガラスレンズの基材と比較して柔らかく、表面に傷が付きやすい。特に、眼鏡用レンズは表面を拭く機会が多く傷が付きやすい。傷は、レンズの外観や光学特性を低下させる。
そこで、プラスチックレンズの基材の表面には、傷を防止するためのハードコート層が形成される。基材の表面へのハードコート層の形成は、無機の微粒子と有機材料とを含んだハードコート層用組成物をプラスチック表面に塗布し、プラスチックレンズ全体を加熱して、ハードコート層用組成物を硬化することによって行なわれる。硬化は、ハードコート層用組成物中の成分が、重縮合反応することによって進む。
また、基材とハードコート層との間にプライマー層を設けて、密着性の向上、耐衝撃性の向上、染色性の改善等が行なわれ、ハードコート層上には、無機材料からなる反射防止膜等の光学機能膜が設けられる(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2002−131702号公報(第11頁、段落番号[0067])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、ハードコート層用組成物の硬化は、温度のみが調整された雰囲気中で行なわれている。しかしながら、重縮合反応による硬化では、硬化雰囲気中の水分量によって硬化状態が異なる。したがって、季節変動等により空気中の水分量が変化した場合、十分に硬化していないハードコート層が発生するという問題がある。
この十分に硬化していないハードコート層上に反射防止膜を設けた場合、反射防止膜の品質が一定であっても、その下に位置しているハードコート層の影響を受けてしまい、結果としてプラスチックレンズとしての品質が低下する。例えば、ハードコート層が十分に硬化していないと、外部からの力によって、反射防止膜に傷や膜剥がれが発生し、いわゆる耐擦傷性が低下することになる。また、反射防止膜は干渉色を有しているので、ハードコート層単体の場合と比較して、反射防止膜のこれらの欠陥は目立ち、プラスチックレンズの外観や光学特性がより低下する。
【0005】
本発明の目的は、十分に硬化したハードコート層を備えたプラスチックレンズの製造方法および製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のプラスチックレンズの製造方法は、ハードコート層を備えたプラスチックレンズの製造方法であって、絶対湿度を10g/kg以下に調整した雰囲気中で、前記ハードコート層用組成物を硬化させることを特徴とする。
【0007】
この発明によれば、ハードコート層用組成物の硬化雰囲気中の水分量を絶対湿度によって定量的に調整する。ハードコート層用組成物の硬化は、重縮合反応によって行なわれるので、硬化中の雰囲気中の水分量がその硬化の状態に影響する。特に、重縮合反応の中でも脱水縮合反応では、水分が離脱するので硬化雰囲気中の水分量が多いと、十分に硬化が進まない。
本発明では、絶対湿度を10g/kg以下の硬化雰囲気にすることで、ハードコート層用組成物中の成分の重縮合反応が効率的に安定して進み、十分に硬化したハードコート層が得られる。
【0008】
本発明では、絶対湿度を調整した乾燥空気が供給される恒温槽内で前記ハードコート層用組成物の硬化を行うのが好ましい。
この発明では、恒温槽に絶対湿度が調整された空気を供給しているので、恒温槽中の水分量が、重縮合反応によって放出される水分によって変化しても、直ちに恒温槽中の絶対湿度が安定し、より硬化状態のばらつきの少ないハードコート層が得られる。
【0009】
本発明のプラスチックレンズの製造装置は、ハードコート層を備えたプラスチックレンズの製造装置であって、ハードコート層用組成物を硬化させる恒温槽と、この恒温槽に絶対湿度を10g/kg以下に調整した乾燥空気を供給する乾燥空気供給装置とを備えたことを特徴とする。
この発明によれば、前述の効果を達成できるプラスチックレンズの製造装置を提供できる。
【0010】
本発明では、前記恒温槽から乾燥空気の一部または全部が前記乾燥空気供給装置に戻るのが好ましい。
この発明では、前述の効果に加えて、恒温槽への乾燥空気の供給および再生を乾燥空気供給装置によって行うので、ハードコート層用組成物を硬化する際の雰囲気の絶対湿度が、多数のプラスチックレンズに対して一元管理され、生産効率が向上する。
【0011】
本発明では、前記恒温槽は、前記乾燥空気供給装置から供給される乾燥空気の温度を調整する空気加熱用チャンバーを備えているのが好ましい。
この発明では、恒温槽に供給される乾燥空気が、空気加熱用チャンバーによってハードコート層用組成物を硬化する温度まで加熱されるので、恒温槽内の温度変化が少なくなり、硬化状態のばらつきの少なく、十分に硬化したハードコート層が得られる。
【0012】
本発明では、前記乾燥空気供給装置は、前記恒温槽から戻る乾燥空気の量および温度を調整するリターンチャンバーを備えているのが好ましい。
この発明では、恒温槽から乾燥空気供給装置に戻ってくる空気の量および温度がリターンチャンバーで一旦調整されるので、乾燥空気供給装置からの乾燥空気の供給を負荷が少なく安定して行える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を説明する。本実施形態では、プラスチックレンズの基材上にハードコート層が形成されている構成、またはプライマー層が設けられその上にハードコート層が形成されている構成どちらであってもよい。いずれの場合もハードコート層形成後、その上に反射防止膜を設けることで、プラスチックレンズが得られる。
【0014】
プラスチックレンズの基材としては、特に制限は無く、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート重合体、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリスチレン等が挙げられる。
【0015】
以下にプライマー層について説明する。
プライマー層は、プラスチックレンズの基材とハードコート層との密着性の向上、耐衝撃性の向上、染色性の改善等の目的で設けられる。プライマー層は、プライマー層用組成物をプラスチックレンズの基材に塗布し、硬化することによって得られる。
【0016】
プライマー層用組成物には、樹脂材料、硬化触媒、溶媒、金属微粒子のコロイド状分散体、およびその他の添加物が含まれている。
プライマー層に含まれる樹脂材料としては、ポリウレタン、ポリエステル、ポリビニルアセタール、水分散性のウレタン樹脂等が挙げられる。この中でも、ブロック型ポリイソシアネートとポリオールを主成分とするプライマー層用組成物を硬化した熱硬化性ポリウレタンが特に好ましい。
【0017】
これらの硬化には、硬化触媒が必要である。硬化触媒としては、第三級アミン化合物、有機錫化合物、有機亜鉛化合物、過塩素酸アンモニウム、カチオン光重合開始剤、ラジカル光重合開始剤が用いられる。
【0018】
プライマー層用組成物は溶媒により希釈して使用する。希釈溶媒としては、アルコール類、ケトン類、エステル類、エーテル類等が挙げられ、その他の溶媒も使用可能である。特に好ましくは、ジアセトンアルコール、酢酸エチル、メチルエチルケトンであるがこれらは単独で用いてもよいし、2種以上の混合溶媒としてもよい。
【0019】
また、プライマー層の高屈折率化等を目的として、Si、Al、Sn、Sb、Ta、Ce、La、Fe、Zn、W、Zr、TiおよびInからなる群より選ばれる元素の酸化物から構成されている微粒子のコロイド状分散体と、Si、Al、Sn、Sb、Ta、Ce、La、Fe、Zn、W、Zr、TiおよびInからなる群より選ばれる2種以上の元素の複合酸化物から構成されている微粒子のコロイド状分散体との少なくとも一方をプライマー層用組成物に添加してもよい。
【0020】
さらに、プライマー層用組成物には、塗布性を改善するためのレベリング剤や耐候性向上のための紫外線吸収剤や酸化防止剤を添加してもよい。
【0021】
プライマー層用組成物の塗布方法は、スピンコート法、ディッピング法等の公知の方法が用いられる。また、必要に応じて、プラスチックレンズの基材をアルカリ処理、プラズマ処理、紫外線処理、無機微粒子による表面研磨処理等によって前処理してもよい。
【0022】
プライマー層を形成するには、プライマー層用組成物をレンズに塗布した後、70℃〜180℃、好ましくは100℃〜130℃で加熱する。70℃より低い温度では、ブロック型ポリイソシアネートのブロッキング剤が遊離しないため硬化反応が進行しない。また、180℃より高い温度では、プラスチックレンズの基材が変形する。硬化に必要な時間は、加熱する温度によって異なるが、15〜90分である。
また、プライマー層としての必要な膜厚は、0.05〜5μmである。0.05μmより薄いとプライマー層を設けて得られる効果が発現せず、5μmよりも厚いと面精度が低下する。
【0023】
以下に本実施形態におけるハードコート層について詳しく説明する。
ハードコート層は、ハードコート層用組成物をプラスチックレンズの基材に塗布し、硬化することによって得られる。
ハードコート層用組成物は、酸化物微粒子のコロイド状分散体と有機ケイ素化合物とからなる主成分と、硬化触媒と、その他の添加物とからなる。
【0024】
ハードコート層用組成物には、Si、Al、Sn、Sb、Ta、Ce、La、Fe、Zn、W、Zr、TiおよびInからなる群より選ばれる元素の酸化物から構成されている微粒子のコロイド状分散体と、Si、Al、Sn、Sb、Ta、Ce、La、Fe、Zn、W、Zr、TiおよびInからなる群より選ばれる2種以上の元素の複合酸化物から構成されている微粒子のコロイド状分散体との少なくとも一方が含まれる。これらは、ハードコート層の硬度、屈折率、密着性、染色性、耐熱性等を付与するために用いられる。これらは具体的には、酸化シリコン、酸化アルミニウム、酸化錫、酸化アンチモン、酸化タンタル、酸化セリウム、酸化ランタン、酸化鉄、酸化亜鉛、酸化タングステン、酸化ジルコニウム、酸化インジウム、酸化チタン等の無機酸化物微粒子が水または有機溶媒にコロイド状に分散したものである。または、これら無機酸化物の2種以上によって構成されている複合微粒子が水または有機溶媒にコロイド状に分散したものである。これらの複合酸化物の例としては、チタン、ジルコニウム、およびケイ素の複合酸化物、チタン、セリウムおよびケイ素の複合酸化物、チタン、鉄およびケイ素の複合酸化物、錫とタングステンの複合酸化物、錫と亜鉛の複合酸化物、錫、チタンおよびジルコニウムの複合酸化物等が挙げられる。
【0025】
これら酸化物微粒子の粒子径は、約1〜300nmが好適である。これは、300nmを超えると得られるハードコート層が白濁して不透明になり、逆に1nm未満の場合は、得られるハードコート層の硬度が不十分で耐擦傷性および耐摩耗性が劣るためである。
酸化物微粒子の分散媒としては、水、炭化水素類、エステル類、ケトン類、アルコール類、セロソルブ類、アミン類、有機カルボン酸類等を使用できる。また、これらの分散媒は、2種以上の混合物として用いることも可能である。
【0026】
ハードコート層用組成物中での酸化物微粒子の分散安定性を高めるために、酸化物微粒子表面を有機ケイ素化合物またはアミン類で処理するのが好ましい。この処理により、他の成分との反応性や親和性を付与できる。結果として、硬度、透明性、耐擦傷性などが向上する。
【0027】
酸化物微粒子表面を処理するのに用いられる有機ケイ素化合物としては、RSiX(Rはアルキル基、フェニル基、ビニル基、メタクリロキシ基、メルカプト基、アミノ基、エポキシ基、を有する有機基を表し、Xは加水分解性基を表す。)で表される単官能シラン、例えば、トリメチルシラン、ジメチルフェニルシラン、ジメチルビニルシラン等が挙げられる。あるいはRSiXで表される二官能シラン、例えばジメチルシラン、ジフェニルシラン等、RSiXで表される三官能シラン、例えばメチルシランフェニルシラン等さらには、SiXで表される四官能性シラン、例えばテトラエトキシシランなどのテトラアルコキシシラン等がある。処理に際しては、加水分解性基を未処理で行なってもあるいは加水分解して行なってもよい。また処理後は、加水分解性基が酸化物微粒子の−OH基と反応した状態が好ましいが、一部残存した状態でも安定性に何ら問題はない。
【0028】
また、アミン系化合物としては、アンモニウムまたはエチルアミン、トリエチルアミン、イソプロピルアミン、n‐プロピルアミン等のアルキルアミン、ベンジルアミン等のアラルキルアミン、ピペリジン等の脂環式アミン、モノエタノールアミン、トリエタノールアミン等のアルカノールアミンがある。
【0029】
微粒子の表面を有機ケイ素化合物またはアミン系化合物で改質するには、これら化合物を含んだアルコール溶液中に微粒子を混合し、所定量の水および必要に応じて触媒を加えた後、所定時間常温で放置するか、あるいは加熱処理を行なうとよい。また、これら化合物の加水分解物と酸化物微粒子とを水とアルコールの混合液に加えて加熱処理することによっても酸化物微粒子の表面をこれら化合物で改質できる。
有機ケイ素化合物またはアミン系化合物の量は、酸化物微粒子の表面に存在する水酸基の量などに応じて適宜決められる。
【0030】
なお、ハードコート層中に占める微粒子の割合は、10重量%から90重量%が適当でありこの範囲内に納まるようにハードコート層用組成物を調整する必要がある。これは、10重量%以下では得られるハードコート層の硬さが不十分であり、90重量%では基材とハードコート層との密着性が低下し、さらに硬化後のハードコート層にクラックが発生するため上記範囲内での使用が好ましい。
【0031】
本実施形態のハードコート層用組成物に含まれる有機ケイ素化合物には、RSi(OR3−a(Rは炭素原子数2〜12のエポキシ基を含有する基、Rは炭素原子数1〜16のアルキル基、アリール基、アルケニル基、ハロゲン化アルキル基、Rは水素原子もしくは炭素原子1〜4のアルキル基、アシル基、アルキルアシル基であり、aは0、1または2のいずれかである)、RSi(OR4−d−e(Rは炭素原子数1〜4のアルキル基、ハロゲン化あるきる基、炭素原子数6〜12のアリール基またはハロゲン化アリール基、炭素原子数5〜8のメタクリロキシアルキル基、炭素原子数2〜10のウレイドアルキレン基、ハロゲン化芳香族アルキレン基、メルカプトアルキレン基、dは1、2または3、eは0、1または2である)で表される有機ケイ素化合物またはその加水分解物が挙げられる。
【0032】
具体的には、メチルトリメトキシラン、エチルトリエトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、フェニルメチルジメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリス(β‐メトキシエトキシ)シラン、γ‐グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ‐グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ‐グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ‐グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β‐(3,4‐エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ‐メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、N‐β(アミノエチル)γ‐アミノプロピルトリメトキシシラン、N‐β(アミノエチル)γ‐アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ‐アミノプロピルトリエトキシシラン、N‐フェニル‐γ‐アミノプロピルトリメトキシシラン、γ‐メルカプトプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。これらは単独で用いても、2種以上混合して用いてもよい。例えば、ポリオキシアルキレンポリジメチルシロキサン共重合体が挙げられる。また、これらは無溶媒下またはアルコール等の有機溶媒中で酸の存在下で加水分解して使用するのが好ましい。さらに加水分解後に前記微粒子のコロイド状分散体と混合しても、あるいは前記微粒子のコロイド状と混合後に加水分解をしてもよい。
【0033】
なお、ハードコート層中に占めるこの成分から誘導される成分の割合は、10重量%から90重量%が適当である。これは10重量%未満では、基材と被膜のとの密着性が低下するために好ましくなく、また、90重量%より多いと無機質から構成される反射防止膜の密着性が低下する。
【0034】
ハードコート層用組成物の性能向および硬化後のハードコート層への機能性付与の面から、Si(OR、(Rは炭素数1から8の炭化水素をあらわす)で表される有機ケイ素化合物を加えてもよい。この成分は、形成されるハードコート層の屈折率をハードコート層の透明性を維持したまま容易に調整し、さらにハードコート層用組成物塗布後のハードコート層の硬化スピードを早めることを目的に用いられる。
【0035】
この四官能シラン化合物としては、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトライソプロポキシシラン、テトラブトキシシラン、テトラフェノキシシラン、テトラアセトキシシラン、テトラアリロキシシラン、テトラキス(2‐メトキシエトキシ)シラン、テトラキス(2‐エチルブトキシ)シラン、テトラキス(2‐エチルヘキシロキシ)シラン等が挙げられる。これらは単独で用いても、2種以上を混合して用いてもよい。また、これらは無溶媒下またはアルコール等の有機溶媒中で、酸の存在下で加水分解して使用するのが好ましい。
【0036】
なお、ハードコート層中に占める成分の四官能有機ケイ素化合物の加水分解物から誘導される成分の割合は、0重量%から50重量%が適当である。これは50重量%を超えると硬化後のハードコート層にクラックが入りやすいためである。
【0037】
有機ケイ素化合物のシラノールあるいはエポキシ基の硬化を促進するために、アミン類、アミノ酸類、金属アセチルアセトネート、有機酸金属塩、過塩素酸類もしくはその塩、酸類および金属塩化物から選ばれる硬化触媒を挙げることができる。具体的には、過塩素酸マグネシウムが挙げられる。
これらの硬化触媒は、ハードコート層用組成物の組成等により種類、使用量を調整して用いることができる。使用量の上限としては、ハードコート層用組成物の固形分に対し5重量%以下で用いるのが好ましく、これ以上ではハードコート層の硬度、耐温水性が低下し好ましくない。
【0038】
その他の添加物としては、多官能性エポキシ化合物、多価アルコール、多価カルボン酸無水物を挙げることができる。これらの成分は、形成されるハードコート層の染色性の向上、あるいは各種耐久性の向上を目的に用いられる。例えば、脂肪族系ジカルボン酸が挙げられる。
なお、ハードコート層中に占めるこれらの成分から誘導される成分の割合は、0重量%から40重量%が適当である。これは40重量%を超えると硬化後のハードコート層とその上に設けられる無機物から成る反射防止膜との密着性が低下するためである。
【0039】
その他、染色性に向上のための添加物として、ヒンダードアミン系化合物、ヒンダードフェノール系化合物が挙げられる。使用量の上限としては、ハードコート層用組成物の固形分に対し、3重量%以下で用いるのが好ましく、これ以上ではハードコート層の硬度、耐温水性が低下する。
【0040】
本実施形態で使用するハードコート層用組成物は、固形分濃度の調整および表面張力、粘度、蒸発スピード等の液特性を調節するために、一般的な有機溶剤を用いて希釈する。具体的には、アルコール類、ケトン類、セロソルブ類、カルボン酸類などの溶媒を単独または混合して用いる。具体的には、イソプロピルアルコール、3‐メチル‐3‐メトキシブタノール、メタノール等が挙げられる。
【0041】
なお、本実施形態のハードコート層用組成物は、上記成分の他に必要に応じて、少量の界面活性剤、帯電防止剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、分散染料、油溶染料、蛍光染料、顔料、フォトクロミック化合物等を添加し、ハードコート層用組成物の塗布性および硬化後のハードコート層の性能を改良することもできる。
【0042】
ハードコート組成物の塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法等の公知の方法を用いることができる。ハードコート層用組成物を塗布した後、70℃〜180℃の温度で数時間加熱硬化することにより、ハードコート層を形成できる。
ハードコート層の膜厚は、0.5〜30μmが好適であり、0.5μm未満の場合は得られた被膜の耐擦傷性が十分でなく、30μmを超える場合には、被膜にクラックを生じやすい。
【0043】
以下に本実施形態のハードコート層用組成物の硬化方法を図に基づいて詳しく説明する。本実施形態では、硬化中の雰囲気の温度を調整するだけでなく、絶対湿度の調整も行なって、ハードコート層用組成物を硬化する。
図1には、ハードコート層用組成物硬化時の雰囲気の絶対湿度を調整するための空気調整装置100が示されている。
プラスチックレンズの製造装置である空気調整装置100は、乾燥空気供給装置である精密空気発生装置20と、4台の恒温槽30と、空気送り込み用ダクト40と、排気用ダクト50とからなる。図1では、4台の恒温槽30を示したが、4台に限定はされず、例えば一台であってもよい。
図1中の矢印は、空気の流れを示している。絶対湿度の調整された空気は、精密空気発生装置20から恒温槽30へ供給され、その後恒温槽30から排気用ダクト50を通って精密空気発生装置20に戻る。
【0044】
精密空気発生装置20は、温度調節および外気取り込みのためのリターンチャンバー21を備えている。
精密空気発生装置20は、図示しない除湿器および温度調節器を備えている。除湿は、空気を冷却フィンで冷却して空気中の水分を結露させ回収することで行う。冷却フィンは、コンプレッサー式により冷媒を断熱膨張させ熱交換により冷却する方法またはペルチェ効果を利用した電子式の冷却方法で冷却される。
精密空気発生装置20で調整される絶対湿度は、2g/kg以上、10g/kg以下、好ましくは、5g/kg以下である。2g/kg以上であれば冷却によるコストもかからず、10g/kg以下であれば、ハードコート層の硬化が十分に行なわれ、5g/kg以下であれば、より硬化が進む。湿度の制御誤差は2%である。
また、精密空気発生装置20で調整される温度は、20〜30℃である。室温付近で除湿を行えば電力の消費も少なくてすむし、空気の加熱は恒温槽30で行われるので、この温度範囲が適切である。温度制御精度は±0.5Kである。
リターンチャンバー21では、恒温槽30でハードコート槽の硬化温度まで温められた空気の温度を下げるとともに、外気から空気を取り入れ、空気の流れの途中で損失した空気を補う。
【0045】
恒温層30は、空気加熱用チャンバー31と2点鎖線で示したレンズ加熱部32とからなる。
空気加熱用チャンバー31は、精密空気発生装置20から送り込まれた乾燥空気を硬化温度まで上昇させる。乾燥空気は、空気加熱用チャンバー31に備えられたヒータや恒温槽内の雰囲気によって加熱することができる。
空気加熱用チャンバー31で予め加熱された空気をレンズ加熱部32に供給することによって、レンズ加熱部32の温度変化が抑えられる。
図1には示していないが、レンズ加熱部32には、ハードコート層用組成物が塗布されたプラスチックレンズが、硬化用の治具にセットされて置かれている。
【0046】
排気用ダクト50は、4台の恒温槽から排出される空気を回収し、精密空気発生装置20に戻すためのものである。
【0047】
以下に空気の流れを具体的に説明する。
例えば、精密空気発生装置20によって、絶対湿度5g/kgで20℃の空気を4.0m/minの割合で発生させる。発生した空気は、空気送り込み用ダクト40を通って4等分に分配され、1.0m/minの割合で一台の恒温槽30に送り込まれる。恒温槽30では、空気の損失が生じ、例えば、各恒温槽30から0.5m/minの割合で排気用ダクト50に戻る。空気は、排気用ダクト50を通って合計2.0m/minの割合でリターンチャンバー21に戻る。リターンチャンバー21では、外気から2.0m/minの空気が吸い込まれるとともに加熱された空気は冷やされ、再び絶対湿度と温度が精密空気発生装置20によって調整され、4.0m/minの空気が送り出される。
【0048】
上記方法で硬化したハードコート層付きプラスチックレンズ上には、無機物からなる単層、多層の反射防止膜を設けられ、反射の低減、透過率の向上を図られる。無機物質としては、SiO、SiO、Si、TiO、ZrO、Al、MgF、Ta等を用いてよく知られた真空蒸着法等の薄膜形成法により反射防止膜を形成する。
【0049】
このような本実施形態によれば、以下の効果がある。
(1)硬化の雰囲気中の水分量を絶対湿度によって定量的に管理している。ハードコート層の硬化は、重縮合反応によって行なわれるので、硬化中の雰囲気の水分量がその効果の状態に影響する。特に、重縮合反応の中でもシラノール同士の脱水縮合では、水分が離脱するので硬化雰囲気中の水分量が多いと、十分に硬化が進まない。
したがって、絶対湿度を10g/kg以下の雰囲気にすることで、ハードコート層での脱水縮合を効率的に安定して進めることができ、十分に硬化したハードコート層を得ることができる。
【0050】
(2)ある程度閉塞された空間を有する恒温槽30中でハードコート組成物の硬化を行うので、雰囲気中の水分量を安定させることができ、硬化状態のばらつきの少ないハードコート層を得ることができる。
【0051】
(3)恒温槽30に絶対湿度が調整された空気を供給するので、恒温槽30中の絶対湿度が、重縮合反応によって放出される水分によって変化しても、直ちに恒温槽30中の絶対湿度が安定させることができ、より硬化状態のばらつきの少ないハードコート層を得ることができる。
【0052】
(4)複数の恒温槽30への乾燥空気の供給および再生を一台の精密空気発生装置20によって行うので、ハードコート層用組成物を硬化する際の雰囲気の絶対湿度が、多数のプラスチックレンズに対して一元管理でき、生産効率を向上できる。
【0053】
(5)恒温槽30に供給される乾燥空気が、空気加熱用チャンバー31によってハードコート層用組成物を硬化する温度まで加熱されるので、恒温槽30内の温度変化が少なくでき、硬化状態のばらつきの少なく、十分に硬化したハードコート層を得ることができる。
【0054】
(6)恒温槽30から精密空気発生装置20に戻ってくる空気の量、温度等がリターンチャンバー21で一旦調整でき、精密空気発生装置20からの乾燥空気の供給を負荷が少なく安定して行うことができる。
【実施例】
【0055】
次に、本発明の実施例について説明する。
なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【0056】
(実施例)
プラスチックレンズの基材としてセイコーエプソン株式会社製セイコープレステージ用基材、セイコーソブリン用基材、あるいはセイコースーパールーシャス用基材を用いた。この基材に、出力200W、処理時間15秒の条件でプラズマ処理を行い、温度20℃、湿度%の雰囲気中で、液温22℃のクリスタルコートCP‐607(日本ARC社製プライマー層用組成物)に30秒浸漬後、80mm/minの引き上げ速度でディッピングコートを行なった。ディッピング終了後、90℃で30分間加熱硬化させた。プライマー層の膜厚は、1.0μmであった。
【0057】
プライマー層であるクリスタルコートCP‐607を加熱硬化させたレンズを室温まで冷却後、温度20℃、湿度40%の雰囲気中で、液温8℃のクリスタルコートC‐370(日本ARC社製ハードコート層用組成物)に30秒浸漬後、120mm/minの引き上げ速度でディップコートし、100℃、30分の条件で乾燥させて溶媒を飛ばした。
その後、図1で説明した恒温槽にセットして、絶対湿度5g/kgと10g/kgの条件の雰囲気中で、125℃で3時間加熱硬化させた。ハードコート層の膜厚は、3.0μmであった。
【0058】
ハードコート層の形成されたレンズに以下の反射防止膜を蒸着により形成した。
ハードコート層が形成されたプラスチックレンズの基材を蒸着装置内の基材支持台に載置する。次に、ハードコート層の表面にイオンクリーニング処理した。処理条件は、酸素流量が20sccm、酸素イオンの加速電圧は500V、加速電流は300mA、処理時間は120秒であった。
【0059】
次に、二酸化ケイ素、二酸化ジルコニウムを交互に電子ビームにより溶融気化させて反射防止膜を形成した。反射防止膜形成時の蒸着装置内の温度は50℃に設定し、電子ビーム電流値は、二酸化ケイ素の溶融では100mA、酸化ジルコニウムでは280mAとした。
本実施例の膜構成は、プラスチックレンズの基材側から順に、二酸化ケイ素(19.6nm)/二酸化ジルコニウム(43.4nm)/二酸化ケイ素(8.7nm)/二酸化ジルコニウム(72.2nm)/二酸化ケイ素(85.8nm)であった。
【0060】
得られたプラスチックレンズの評価は、耐擦傷性の評価として以下の方法で行なった。
先ず、プラスチックレンズの表面に次の条件で外力を加えた。
レンズ表面に接触させたデルリン(デュポン社製アセタール樹脂)からなるローラに荷重をかけて10往復させる。荷重は、100g、200g、300g、400g、600g、1kgの6水準とし、荷重をかける場所は、荷重ごとに異なる場所六箇所とした。また、移動幅は30mmで、往復速度は38往復/60秒とした。
【0061】
評価は金属顕微鏡で荷重をかけた部分を観察することで行い、以下の水準に分けて評価した。
◎…傷、膜剥がれなし。
○…傷、膜剥がれはないが、デルリンの接触した跡が確認できる。
△…傷が確認できる。
×…傷の部分から膜剥がれが発生している。
600gまでの荷重で、△、○、◎であれば合格とする。
【0062】
(比較例)
ハードコート組成物硬化時の雰囲気の絶対湿度を12g/kgと16g/kgとした以外は、実施例と同様にレンズを形成し、評価した。
【0063】
表1に実施例と比較例の評価結果を合わせて示した。
【表1】

絶対湿度が10g/kg以下の雰囲気でハードコート層用組成物を硬化すると、荷重1kgまで膜剥がれが発生せず、耐擦傷性が十分得られることを確認できた。一方、絶対湿度12g/kg以上では、荷重300〜600gで膜剥がれが発生し、不合格であった。
【0064】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
例えば、前記実施形態では、精密空気発生装置20から恒温槽30へ調整された空気を供給していたが、本発明では、恒温槽内へ圧縮空気をチューブで導入してもよいし、恒温槽を設置しているスペースを低湿度環境としてもよい。
また、恒温槽30の中で、ハードコート層用組成物の硬化行なっているが、コンベア炉において絶対湿度を調整して硬化を行ってもよい。
【0065】
さらに、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、本発明は、主に特定の実施形態に関して特に図示され、かつ、説明されているが、本発明の技術的思想および目的の範囲から逸脱することなく、以上述べた実施形態に対し、形状、材質、数量、その他の詳細な構成において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
したがって、上記に開示した形状、材質などを限定した記載は、本発明の理解を容易にするために例示的に記載したものであり、本発明を限定するものではないから、それらの形状、材質などの限定の一部もしくは全部の限定を外した部材の名称での記載は、本発明に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、プラスチックレンズ、眼鏡レンズのハードコート層の硬化に利用できる他、カメラレンズ、携帯用カメラレンズ、デジタルカメラレンズ、プロジェクタ用レンズに利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の実施形態にかかる空気調整装置を示す概略図。
【符号の説明】
【0068】
20…乾燥空気供給装置としての精密空気発生装置、21…リターンチャンバー、30…恒温槽、31…空気加熱用チャンバー。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハードコート層を備えたプラスチックレンズの製造方法であって、
絶対湿度を10g/kg以下に調整した雰囲気中で、前記ハードコート層用組成物を硬化させる
ことを特徴とするプラスチックレンズの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のプラスチックレンズの製造方法において、
絶対湿度を調整した乾燥空気が供給される恒温槽内で前記ハードコート層用組成物の硬化を行う
ことを特徴とするプラスチックレンズの製造方法。
【請求項3】
ハードコート層を備えたプラスチックレンズの製造装置であって、
ハードコート層用組成物を硬化させる恒温槽と、
この恒温槽に絶対湿度を10g/kg以下に調整した乾燥空気を供給する乾燥空気供給装置とを備えた
ことを特徴とするプラスチックレンズの製造装置。
【請求項4】
請求項3に記載のプラスチックレンズの製造装置において、
前記恒温槽から前記乾燥空気の一部または全部が前記乾燥空気供給装置に戻る
ことを特徴とするプラスチックレンズの製造装置。
【請求項5】
請求項4に記載のプラスチックレンズの製造装置において、
前記恒温槽は、前記乾燥空気供給装置から供給される前記乾燥空気の温度を調整する空気加熱用チャンバーを備えている
ことを特徴とするプラスチックレンズの製造装置。
【請求項6】
請求項4または請求項5に記載のプラスチックレンズの製造装置において、
前記乾燥空気供給装置は、前記恒温槽から戻る乾燥空気の量および温度を調整するリターンチャンバーを備えている
ことを特徴とするプラスチックレンズの製造装置。

【図1】
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【公開番号】特開2006−276122(P2006−276122A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−90786(P2005−90786)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】