説明

プラスミンの精製法

【課題】
血漿または遺伝子組み換え技術により構築し、実質的にプラスミノーゲン活性化因子を含まず、高純度、高比活性の中性プラスミン組成物を提供する。
【解決手段】
血漿または遺伝子組み換え体由来のプラスミノーゲンを公知の方法により精製した後、プラスミノーゲン活性化因子と接触させて当該プラスミノーゲンをプラスミンへ活性化した後、プラスミン含有画分をオメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィーおよびゲルろ過クロマトグラフィーに付すことにより前記課題を解決した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性プラスミンを高度に精製しうる方法に関する。より詳細には、中性プラスミンの自己分解または失活を抑制し、ウイルス、夾雑物、分解物およびプラスミノーゲン活性化因子を実質的に含まない高比活性な中性プラスミンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、プラスミンの不活性な前駆体であるプラスミノーゲンから活性型のプラスミンに転換させるためにプラスミノーゲン活性化因子が使用されるが、そのプラスミノーゲン活性化因子がプラスミン中に機能的、つまり多少なりともその機能を発揮する程度の量において残存することがあり、従ってこれを実質的に含まない純粋なプラスミンの調製が待たれている。
すなわち、プラスミン調製物の多くは、ストレプトキナーゼまたはウロキナーゼ等のプラスミノーゲン活性化因子が僅かに混入し、それ故、体内投与時のプラスミン活性はプラスミン自体よりむしろ混入するプラスミノーゲン活性化因子の影響を受け、出血を誘起する危険性がある。また、ストレプトキナーゼを含むプラスミン調製物は、発熱およびアナフィラキシーショック等の免疫反応を引き起こす可能性もある。
【0003】
もう一つの問題点は、プラスミンの臨床的使用を制限する重大な技術的障壁として、セリンプロテアーゼとして広いスペクトルを持つプラスミンがその精製途中で高度に自己分解し、その活性を失う傾向にあるということである。これらの状況は品質の高いプラスミンの製造を阻む要因であった。
【0004】
プラスミンは、フィブリノーゲン、ε−アミノカプロン酸、高イオン強度、グリセロールの添加、さらにトラネキサム酸、リジン等の添加により、その安定性が向上することが知られている。しかしながら、これらの方法では極めて短時間の安定化が図られるのみであり、長期保存中にプラスミンの活性は著しく低下する。また、ε−アミノカプロン酸、トラネキサム酸等の添加によるプラスミンの安定化効果の本質はプラスミンの活性阻害剤であるので、例えばフィブリンクロット溶解活性等に代表されるプラスミン本来の繊維素溶解活性の減弱を招きかねない。従って、医療用薬品としてのプラスミン製剤の安定化剤は、できる限りその濃度を減ずるか、もしくは添加しないほうが好ましい。
【0005】
また、ダッド クリストファーらは血栓崩壊療法に有用なプラスミン組成物を開示している(特許文献1および2)。この組成物は、低pH−緩衝剤を用いて調製・保存し、実質的に安定な配合物を提供するものである。しかしながら、これらの配合物は、低pHによるプラスミンの安定化であり、医薬品として投与するには安全性の観点からpHを中性付近にする必要があるので、根本的な解決には至っていない。
一方、プラスミンを特異的に吸着させるアフィニティー担体としてベンズアミジンが開示されているが(特許文献1)、ベンズアミジンは猛毒であり、医療用医薬品を製造する担体としては安全性に問題があるので医薬品の製造には必ずしも適した担体ではない。
【特許文献1】特表2003−535574号公報
【特許文献2】特表2003−514789号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、医薬品としての安全性の観点からプラスミン含有画分のpHは中性付近であるべきである考え、その中性条件下での自己分解または失活を抑制する安定なプラスミンの精製方法を確立すべく検討を重ねてきた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ウイルスが不活化・除去され、且つプラスミンの分解物、夾雑物およびプラスミノーゲン活性化因子を実質的に含有しない高度に精製された中性プラスミンを比較的簡単な操作で、且つ高い収率で得る方法について鋭意研究を重ねてきた結果、血漿、誘導血漿画分または遺伝子組み換え体由来のプラスミノーゲン、例えば諸方の方法により精製したプラスミノーゲン含有溶液を出発材料とし、ウロキナーゼあるいは組織プラスミノーゲン活性化因子のようなプラスミノーゲン活性化因子を、好ましくはNHS活性化セファロースまたは臭化シアン活性化セファロース等の担体に固定化し、プラスミノーゲンを当該プラスミノーゲン活性化因子固定化担体に接触させてプラスミンへと活性化させ、ついでプラスミン含有画分をオメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィーおよびゲルろ過クロマトグラフィーに付すことにより所期の目的が達成されることを知った。
【0008】
すなわち本発明は、
(1)
血漿由来または遺伝子組み換え体由来のプラスミノーゲンをプラスミノーゲン活性化因子と接触させる工程に付してプラスミンとし、ついでオメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィー工程およびゲルろ過クロマトグラフィー工程に付す中性プラスミンの精製法、
(2)
オメガ−アミノ酸がリジン、アルギニン、ポリリジン、ε−アミノカプロン酸、トラネキサム酸、β−アラニン、γ−アミノ酪酸、σ−アミノ吉草酸またはそれらの同族体である(1)記載の精製法、
(3)
オメガ−アミノ酸がリジンである(1)記載の精製法、
(4)
プラスミノーゲン活性化因子が固定化されたプラスミノーゲン活性化因子である(1)記載の精製法、
(5)
固定化されたプラスミノーゲン活性化因子がウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン活性化因子、ストレプトキナーゼまたはスタフィロキナーゼである(4)記載の精製法、
(6)
ゲルろ過クロマトグラフィーが分画分子量10,000〜1,500,000である(1)記載の精製法、
(7)
(1)記載のプラスミン精製工程において、グリセロールを1〜30v/v%、グリシンを1〜30w/v%、モノエタノールアミンを0.1〜5v/v%又はグリシルグリシンを0.5〜15w/v%含む中性緩衝液を用いる(1)記載の精製法、
(8)
オメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィー工程において、グリセロールを1〜30v/v%又はグリシンを1〜30w/v%含む中性緩衝液を用いる(1)記載の精製法、
(9)
ゲルろ過クロマトグラフィー工程において、グリセロールを1〜30v/v%、モノエタノールアミンを0.1〜5v/v%、グリシンを1〜30w/v%又はグリシルグリシンを0.5〜15w/v%含む中性緩衝液を用いる(1)記載の精製法、
(10)
中性緩衝液がpH6〜8のものである(7)から(9)のいずれかに記載の精製法、および
(11)
不純物の含量が15%未満であり、且つ比活性が8IU/A280以上である中性プラスミン、
である。
【0009】
出発材料のプラスミノーゲンは従来知られている方法で精製したものであればいずれでも良い。例えば血漿から又は血漿を更に精製したコーン画分II+IIIペースト等から、Deutsch & Mertz (1970)により記載されたリジンセファロースでのアフィニティークロマトグラフィーにより精製したものでもよい。
また別の例としては、コーン画分II+IIIペーストを溶解抽出後、pHを6.1±0.1に調整し、等電点沈殿により沈殿を採取し、当該沈殿溶解液をDEAE-Sephadex処理し、溶出液をSephadex G-150ゲルろ過クロマトグラフィー処理することにより精製したものでもよい(Methods in Enzymology, Vol. 19 p186-191)。
プラスミノーゲンの由来はヒト、哺乳動物血漿由来だけでなく、遺伝子組換え細胞培養由来、トランスジェニック動物由来等の遺伝子組換え体由来のものであっても良い。
【0010】
哺乳動物の主要な線溶酵素であるプラスミンは、不活性前駆体であるプラスミノーゲンが触媒濃度のプラスミノーゲン活性化因子により活性化されて生じるセリン蛋白質分解酵素である。不活性な前駆体であるプラスミノーゲンは791個のアミノ酸からなる一本鎖糖蛋白質で、ウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン活性化因子、ストレプトキナーゼ、スタフィロキナーゼのようなプラスミノーゲン活性化因子によりArg561-Val562ペプチド結合が限定分解を受けると開裂して、二本鎖のプラスミンとなる。生成したプラスミンの2つのポリペプチド鎖は2つの内鎖ジスルフィド結合により保持される。プラスミンのN末端側の重鎖は、高度に類似するアミノ酸配列を持つ3重ループであるクリングル構造を5個持つ。クリングル構造には、α2−プラスミンインヒビターやフィブリンまたはその他の蛋白質と相互作用するためのリジン結合部位が存在している。プラスミンのC末端側の軽鎖には、触媒中心が存在し、その酵素活性にはトリプシンや他のセリンプロテアーゼに相同性がある。
【0011】
プラスミンは、フィブリン、血液凝固第V、VIII因子、フィブリノーゲン、ACTH等を分解するだけでなく、プロコラゲナーゼを活性化し、血管壁内皮細胞を傷害する。プラスミノーゲンの活性化反応は、PAI-1等のような活性化反応インヒビター、フィブリンあるいは細胞表面上のプラスミノーゲンの活性化因子により、また生成したプラスミンはα2−プラスミンインヒビターにより巧みに制御されている。
プラスミノーゲン活性化因子としてはウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン活性化因子、ストレプトキナーゼ、スタフィロキナーゼなどが挙げられるが、その他プラスミノーゲンの活性化が可能な因子であればこれに限定されることはない。好適なプラスミノーゲン活性化因子はウロキナーゼである。これら活性化反応においてはグリセロール、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどの多価アルコールを添加することにより、プラスミン自体の安定性を向上させ、その収量を増強することが可能である。
【0012】
プラスミノーゲン含有液をプラスミノーゲン活性化因子と接触させることにより、活性型のプラスミンに変化させることができる。この接触は、好ましくは、プラスミノーゲン活性化因子を担体に固定化させ、不溶性プラスミノーゲン活性化因子として用いると、脱離した遊離プラスミノーゲン活性化因子が得られた溶液中に混入してくるのを未然に防ぐことができる。
プラスミノーゲン活性化因子の固定化方法は活性化因子の活性に影響を与えず、かつ固定化できる方法であればどの様な方法でも良い。例えば、担体結合法としては、第1級アミノ基を共有結合により固定化するCNBr-activated Sepharose 4FF/4B、NHS-activated Sepharose 4FF、ECH Sepharose 4B(アマシャムバイオサイエンス)、Affi-Prep 10(バイオラッド)、Reacti-Gel(PIERCE)、第1級アミノ基や水酸基やチオール基を固定化するEpoxy- activated Sepharose 6B(アマシャムバイオサイエンス)、カルボキシル基を選択的に固定化するEAH Sepharose 4B(アマシャムバイオサイエンス)、チオール基を含む物質をジスルフィド(S-S)結合で固定化するThiopropyl Sepharose 6B、Activated Thiol Sepharose(アマシャムバイオサイエンス)、炭水化物のグループを酸化させたアルデヒド基と共有結合によりリガンドを固定化させるAffi-Prep Hzヒドラジン担体(バイオ・ラッド)、スルフヒドリル基を持つリガンドを固定化させるTNB-Thiol、Immobilized p-Chloromercuribenzoate(PIERCE)等があげられる。また、2個あるいはそれ以上の反応基をもつグルタルアルデヒドのような架橋試薬を用いてリガンド間に橋渡しをすることにより固定化する架橋法やゲルの格子内部にリガンドを包み込むあるいは半透膜でリガンドを被覆してマイクロカプセルとすることによりリガンドを固定化する包括法が知られている。
【0013】
また担体結合法において用いることができる担体としては、通常合成あるいは天然由来の不溶性物質が用いられ、たとえばセルロース、アガロース、架橋デキストラン、ポリアクリルアミド、多孔性ガラスなどが知られている。
プラスミノーゲンからプラスミンへの活性化にはNHS活性化セファロース(N−ヒドロキシスクシンイミド活性化セファロース)を用いることが好ましい。
【0014】
プラスミノーゲンの固定化プラスミノーゲン活性化因子によるプラスミンへの活性化工程は、通常プラスミノーゲン含有溶液を約4℃〜約37℃で固定化プラスミノーゲン活性化因子と接触させることにより行われ、典型的には約15分〜20時間接触させることにより完結する。活性化したプラスミン液を担体保持可能なメッシュ、あるいはフィルター類等を用いてろ過することにより、活性化したプラスミンと固定化プラスミノーゲン活性化因子を分離することができる。
【0015】
プラスミノーゲン活性化因子によって活性化されたプラスミンは、次いで活性化プラスミンに特異的なオメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィーに結合させる工程に付し、実質的に高分子量の混在物あるいは重合体、さらにはプラスミンの不活性な自己消化産物を除去する。このオメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィー工程によりプラスミンの濃縮が可能となり、次工程のゲルろ過クロマトグラフィーに供することが可能となる。
【0016】
プラスミンはリジン結合部位を有していることから、リジン様構造を持つオメガ−アミノ酸を担体に固定化させたアフィニティー吸着体を使用することにより特異的に吸着させることができる。
リジン様構造を持つオメガ−アミノ酸とは、カルボキシル基とアミノ基の間に2〜6個、好ましくは5個の直鎖状の1個の炭素原子鎖(その内の1個は窒素原子で置換されていても良い。)を有するアミノ酸であり、具体的には、リジン、アルギニン、ポリリジン、ε−アミノカプロン酸、トラネキサム酸、β−アラニン、γ−アミノ酪酸、σ−アミノ吉草酸、それらの同族体から成る群から選ばれた少なくとも1種である。特に好ましいものはリジンである。同族体は、各化合物の主鎖に側鎖として通常反応性を示さない基、例えばメチル基などの低級アルキル基を有するものが含まれる。
また、担体としてはセルロース、アガロース、デキストラン、ビニール、ポリアクリルアミドなどの不溶性担体が用いられる。又、担体とリガンドの間に親水性スペーサー(長鎖)が入ったものも用いることができる。
【0017】
また、当該オメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィー工程には中性緩衝液が用いられる。緩衝液のpHは6〜8、好ましくはpH6.5〜7.5である。例えば、クエン酸−リン酸二ナトリウム緩衝液、クエン酸−クエン酸ナトリウム緩衝液、β,β´−ジメチルグルタル酸−水酸化ナトリウム緩衝液、カコジル酸ナトリウム−塩酸緩衝液、マレイン酸ナトリウム−水酸化ナトリウム緩衝液、リン酸緩衝液、イミダゾール−塩酸緩衝液、2,4,6−トリメチルピリジン−塩酸緩衝液などが使用できる。好適なものは、リン酸緩衝液である。緩衝液の緩衝剤の濃度は、通常1〜100mM、好ましくは10〜75mM、更に好ましくは20〜50mMである。この中性緩衝液は、本発明の全ての工程における緩衝液として、好適に使用される。
【0018】
オメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィー工程において、中性緩衝液に、プラスミンの安定化剤として、たとえば、グリセロール、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどの多価アルコール、グリシン、アラニン、アスパラギン、メチオニン等のアミノ酸、さらにアラニン、アスパラギン、グリシン、メチオニン等から選ばれるアミノ酸からなるオリゴペプチドを単独あるいはそれらを組み合わせて加えることができる。好ましいものは、グリセロールやグリシンであり、これらにさらにグリシルグリシンを加えても良い。より具体的には、グリセロールは1〜30v/v%、好ましくは5〜15v/v%、グリシンは1〜30w/v%、好ましくは5〜15v/v%、グリシルグリシンは、0.5〜15w/v%、好ましくは7〜12w/v%の濃度で用いる。
【0019】
オメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティー担体に結合したプラスミンは、リジン、アルギニン、ポリリジン、ε−アミノカプロン酸、トラネキサム酸、β−アラニン、γ−アミノ酪酸、σ−アミノ吉草酸またはそれらの同族体等のオメガ−アミノ酸を含む緩衝液、好ましくは、リジンを含む緩衝液で溶出することができる。好適には、リジンを10〜500mM、好ましくは150〜350mM含み、pH6〜8、より好ましくは6.5〜7.5の中性緩衝液により効率的に溶出することができる。最終的に溶出したプラスミン溶液は、中性であると共に、実質的に高分子量の混在物あるいは重合体さらにはプラスミンの不活性な自己消化産物を含まない。
【0020】
次いで、アフィニティークロマトグラフィー工程により溶出したプラスミンは、更に高度な精製を施すためと最終プラスミン製剤として製剤学的および薬学的に許容される添加物を含有した緩衝液に交換するためにゲルろ過クロマトグラフィー工程に付す。
ゲルろ過クロマトグラフィーは分画分子量1,000〜8,000,000を用いることができ、より好ましくは10,000〜1,500,000の範囲で分離できる分離担体であれば良い。それらの例としては、セルロース、アガロース、デキストラン、ビニール、ポリアクリルアミドなどの不溶性担体が知られており、具体的には、Superdex、Superose、Sephacryl(いずれもアマシャムバイオサイエンス社製)、Bio-Gel(バイオ・ラッド社製)、トヨパール(東ソー社製)、セルロファイン(生化学工業性)等があげられる。
【0021】
またゲルろ過クロマトグラフィー工程において、中性緩衝液に、プラスミンの安定化剤として、グリセロール、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどの多価アルコール、塩酸メチルアミンやモノエタノールアミンなどの第1級アミン、グリシン、アラニン、アスパラギン、メチオニン等のアミノ酸、アラニン、アスパラギン、グリシン、メチオニン等から選ばれるアミノ酸からなるオリゴペプチド、例えばグリシルグリシンを単独あるいはそれらの組み合わせで加えることにより、より安定的にプラスミンを分離および精製することができる。好ましくは、グリシルグリシン、グリセロール、グリシン、モノエタノールアミンを使用することができ、それらの中でもグリシルグリシンが好ましい。より具体的には、グリセロールは1〜30v/v%、好ましくは5〜15v/v%、グリシンは1〜30w/v%、好ましくは1〜5v/v%、グリシルグリシンは、0.5〜15w/v%、好ましくは3〜12w/v%、モノエタノールアミン0.1〜5v/v%、好ましくは0.3〜1v/v%の濃度で用いる。
【0022】
一方、脱塩や分子量分画を目的とした手法として、限外ろ過法(ウルトラフィルトレーション)が一般的に知られている。例えばBiomax, Ultracel(ミリポア), CENTRASETTE, CENTRAMATE, MAXIMATE, MAXISETTE(ポール), ザルトコン, ハイドロザルト(ザルトリウス)等が市販され、タンパク質の脱塩・濃縮・精製の用途で工業的に用いられている。しかしながらこれらの方法ではプラスミンに代表される活性化物質を脱塩・濃縮・精製する際には物理的虐待等の理由で著しい失活が生じるため、目的物質の分離には必ずしも適さないことがある。
【0023】
最終的に得られたプラスミン溶液は液状として用いても良く、凍結乾燥し用時溶解して用いても良い。
より安定な製剤とするためには、酵素変性を防ぐ保護物質として、薬学的に許容される添加剤、例えばマンニトール、ソルビトールなどの糖アルコール、またはショ糖、ラクトース、マルトースなどの二糖類、またはブドウ糖、ガラクトース、マンノース、フルクトースなどの単糖類、またはリジン、アルギニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、アラニン、バリン、ロイシン、アスパラギン、グルタミンなどのアミノ酸、またはリジン、アルギニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、アラニン、バリン、ロイシン、アスパラギン、グルタミンなどから選ばれるアミノ酸からなるオリゴペプチド、またはグリセロール、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどの多価アルコールの単独あるいはそれらの組み合わせて用いることが可能である(凍結・乾燥と保護物質 根井外善男 編 1972年 財団法人 東京大学出版会)。
【発明の効果】
【0024】
薬剤が投与される部位・患部によっては、薬剤のpHや浸透圧比は非常に重要な要素となる。本発明によって得られるプラスミン調製物はpHが6〜8、好ましくは6.5〜7.5と中性であるとともに浸透圧比に関しても等張であり、医薬品の安全性の観点からより好ましいものである。
さらに、本発明によって得られるプラスミンは高分子量の混在物や重合体さらにはプラスミンの不活性な自己消化産物などが十分に除去されているので、不純物の含有量が約15%未満と極めて少ない。また、従来、中性付近ではプラスミンは安定性が悪いことから安定化剤として人血清アルブミンが添加されてきたが、本発明で得られる中性プラスミンは人血清アルブミンなどのタンパク質性の安定化剤を添加する必要がないので比活性が高く、8IU/A280以上、好ましくは10IU/A280以上、更に好ましくは12IU/A280以上のものとすることができる。
このことから、血栓崩壊や硝子体溶解といった直接的な薬理効果を期待して薬物を眼内へ投与する場合、薬液の投与液量は0.1mL以下の極少量に限定されるが、本発明で得られる高比活性の中性プラスミンはその量において十分にその効果を発揮する。また人血清アルブミンを添加する等の本来の疾患を治療するためには不必要なタンパク質成分を体内に投与する必要がないので、合併症などが生じる危険性も少なく、その点からも本発明によって得られる中性プラスミンは極めて優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に実施例をあげてさらに本発明を具体的に説明するが、本発明はそれらによって限定されるものではないことはいうまでもない。
【実施例1】
【0026】
正常人血漿からコーンの低温エタノール分画法で得られた沈殿第III画分100gに20mM塩酸L−リジンおよび100mMNaCL含有トリス緩衝液(pH9)1Lを加えて撹拌混合した後、静置した。得られた上清液を50mMリン酸緩衝液(pH7.5)で平衡化したECHリジンセファロース 4FF(アマシャムバイオサイエンス)に負荷した。そして、500mMNaCL含有50mMリン酸緩衝液(pH7.5)で洗浄した後、100mMNaCL、0.25M塩酸L−リジン含有50mMリン酸緩衝液(pH7.4)で溶出して、プラスミノーゲン含有溶液を得た。
【0027】
上記で得た10v/v%グリセロール含有濃縮プラスミノーゲン画分10mLにNHS活性化セファロース担体に固定化させたウロキナーゼを0.4mL投入し、室温で2時間ゆっくりと混和しながらプラスミンへの活性化を行った。その後、担体保持可能なナイロンメッシュを用いてウロキナーゼ固定化担体を薬液から除去し、得られた10v/v%グリセロール含有プラスミン画分を10w/v%グリシン、10v/v%グリセロールを含む20mMリン酸緩衝液(pH7)で平衡化したECHリジンセファロース 4FF(アマシャムバイオサイエンス)に負荷した。そして、上記緩衝液で洗浄した後、100mMNaCL、10w/v%グリシン、10v/v%グリセロール、0.25M塩酸L−リジン含有50mMリン酸緩衝液(pH7)で溶出して、精製プラスミン含有溶液を得た。
【0028】
上記で得た精製プラスミン含有溶液を20mM中性リン酸緩衝液(pH7)で平衡化したセファクリルS−300(アマシャムバイオサイエンス)ゲルろ過用担体に負荷し高分子ピークを除去した後、メインピークを採取し、最終プラスミン溶液とした。
【実施例2】
【0029】
上記精製プラスミン含有溶液を10w/v%グリシルグリシンを含む20mM中性リン酸緩衝液(pH7)で平衡化したセファクリルS−300(アマシャムバイオサイエンス)ゲルろ過用担体に負荷し、高分子ピークを除去した後、メインピークを採取し、最終プラスミン溶液とした。
〔実験例1〕
【0030】
上記精製方法において、中性緩衝液に安定化剤を加えなかった実施例1、中性緩衝液に安定化剤を加えた実施例2、リジンセファロースを用いなかった比較例1およびゲルろ過の代わりに限外ろ過膜を使用した比較例2のそれぞれで得られた溶液について、活性収率と比活性を比較した。その結果を表1に纏めた。
なお、プラスミン活性(IU/mL)は、プラスミン国際標準品を標準として、H-D-バリル-L-ロイシル-L-リジル-p-ニトロアニリド・二塩酸塩(S-2251)合成基質を用いたテストチームPLG・2キット(第一化学薬品株式会社)により測定した。活性収率(%)は以下に示す計算式により算出した。
活性収率(%)=[{精製後プラスミン活性(IU/mL)×液量(mL)}/{精製前プラスミン活性(IU/mL)×液量(mL)}×100]
比活性(IU/A280)はプラスミン活性(IU/mL)をA280nmの吸収値で除することにより算出した。A280nmにおける吸収値は、UV-1600GLP型ダブルビーム分光光度計(株式会社島津製作所製)で10mmセルに試料を入れ、測定波長280nmで測定した。
純度(%)は高速液体クロマトグラフィー分析にて測定を実施した。カラムはTSK−GEL(G3000SWXL 7.8cm×30cm東ソー株式会社製)を使用し、流速0.4mL/min.にて試料の展開を行い、溶離パターンの検出は280nmにて行った。
【0031】
【表1】

表1から明らかなように、実施例1、2の最終プラスミン溶液は比較例1、2の最終プラスミン溶液に比して有意に活性収率、比活性が高かった。
〔実験例2〕
【0032】
市販のプラスミン溶液(A社、B社及びC社の試薬市販品)及び本方法により精製した実施例2の最終プラスミン溶液を試料とし、高速液体クロマトグラフィー分析を行い純度の測定を実施した。
結果は表2に示すとおり、本実施例のものは、市販品に比べ有意に不純物が少なくまた比活性が高いことが証明された。
【0033】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によって得られるプラスミンは血栓塞、動脈の血液凝固による血栓形成を伴う心筋梗塞、脳梗塞、肺血栓症、静脈の血液凝固による血栓形成を伴う肺梗塞症、閉塞性発作、深部静脈血栓症、末梢動静脈疾患あるいは心筋梗塞、脳梗塞、腸管膜動脈血栓症、虚血性大腸炎、門脈・腸管膜静脈血栓症、移植代用血管閉塞、下肢深部静脈血栓症などを発症する術後血栓症に対する予防、治療薬として有用である。さらに本発明によって得られるプラスミンは、副生物の混入率が低く、比活性が高いので網膜剥離、眼内炎、硝子体出血、硝子体混濁、増殖性硝子体網膜症、糖尿病性網膜症、増殖性糖尿病性網膜症、糖尿病性黄斑症などの糖尿病性網膜症疾患、黄斑円孔、黄斑前膜、嚢胞様黄斑浮腫などの黄斑部疾患、網膜中心静脈閉塞症、網膜静脈分岐閉塞症といった後部硝子体剥離(PVD)を伴う眼疾患の硝子体手術に使用してもその効果が十分に発揮されるので、特に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血漿由来または遺伝子組み換え体由来のプラスミノーゲンをプラスミノーゲン活性化因子と接触させる工程に付してプラスミンとし、ついでオメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィー工程およびゲルろ過クロマトグラフィー工程に付す中性プラスミンの精製法。
【請求項2】
オメガ−アミノ酸がリジン、アルギニン、ポリリジン、ε−アミノカプロン酸、トラネキサム酸、β−アラニン、γ−アミノ酪酸、σ−アミノ吉草酸またはそれらの同族体である請求項1記載の精製法。
【請求項3】
オメガ−アミノ酸がリジンである請求項1記載の精製法。
【請求項4】
プラスミノーゲン活性化因子が固定化されたプラスミノーゲン活性化因子である請求項1記載の精製法。
【請求項5】
固定化されたプラスミノーゲン活性化因子がウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン活性化因子、ストレプトキナーゼまたはスタフィロキナーゼである請求項4記載の精製法。
【請求項6】
ゲルろ過クロマトグラフィーが分画分子量10,000〜1,500,000である請求項1記載の精製法。
【請求項7】
請求項1に記載のプラスミン精製工程において、グリセロールを1〜30v/v%、グリシンを1〜30w/v%、モノエタノールアミンを0.1〜5v/v%又はグリシルグリシンを0.5〜15w/v%含む中性緩衝液を用いる請求項1記載の精製法。
【請求項8】
オメガ−アミノ酸を含んでなるアフィニティークロマトグラフィー工程において、グリセロールを1〜30v/v%、又はグリシンを1〜30w/v%含む中性緩衝液を用いる請求項1記載の精製法。
【請求項9】
ゲルろ過クロマトグラフィー工程において、グリセロールを1〜30v/v%、モノエタノールアミンを0.1〜5v/v%、グリシンを1〜30w/v%又はグリシルグリシンを0.5〜15w/v%含む中性緩衝液を用いる請求項1記載の精製法。
【請求項10】
中性緩衝液がpH6〜8のものである請求項7から請求項9のいずれかに記載の精製法。
【請求項11】
不純物の含量が15%未満であり、且つ比活性が8IU/A280以上である中性プラスミン。