説明

プリオン分解酵素による天然ケーシングの浄化法

【課題】異常プリオンを有し得る天然ケーシングから異常プリオンを除去し、天然ケーシングを浄化する。
【解決手段】異常プリオンを有し得る天然ケーシングに、酵素E77、ケラチナーゼやプロペラーゼから選択される異常プリオン分解酵素を加えて、分解酵素の活動に有効な温度でインキュベートする。インキュベートの終了後に、分解酵素の活動を阻害させる阻害剤を添加して、分解酵素による反応を停止させる。さらに、水洗により分解酵素を除去することで失活させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異常プリオンを分解酵素を用いて分解除去する天然ケーシングの浄化法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、我が国において海綿状脳症に羅患した牛が確認され、プリオン病発症機序の解明および治療・予防法の開発が緊急課題となっている。しかし、異常プリオンを大量に入手することは困難であること、また牛プリオンタンパク質を用いた研究がP3以上の安全レベルを有する研究室に限られているなど研究を進める上で限界がある。
【0003】
本発明者は、既に特許出願第2003−270084号明細書において、構造と化学的性質が異常プリオンのそれらと類似している過塩素酸可溶性蛋白質(以下、PSPという)を見出し、これをプリオン分解酵素のモデル基質として用いて、難分解性蛋白質分解能を有するストレプトミセス・エスピー(Streptomyces sp.)に属する新規な微生物が産生する難分解性蛋白質プロテアーゼ(プリオン分解酵素E77)を発見し、提案した。
【0004】
羊腸は天然ケーシングとしてソーセージの皮(ケーシング)に利用されている。ところで、フランスでは羊にBSEを実験的に感染させると、BSEが感染することが報告されている。しかし現在までのところ自然界ではBSEに感染した羊は確認されていない。将来にBSEに感染された羊腸が発生する可能性がある。
【0005】
その結果、羊腸のケーシング業界には、BSEに感染された羊腸からBSEあるいはスクレーピープリオンを浄化する方法を事前に開発する要求がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って本発明の課題は、異常プリオンを有し得る天然ケーシングから異常プリオンを除去し、天然ケーシングを浄化する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は鋭意研究した結果、異常プリオンを有し得る天然ケーシングに異常プリオン分解酵素を加え、該分解酵素の活動に有効な温度でインキュベートし、インキュベート終了後に阻害剤を添加して反応を停止させ、水洗により分解酵素を失活した場合に、天然ケーシングの異常プリオンを除去し浄化できることを見出した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明で使用する異常プリオン分解酵素には、酵素E77、ケラチナーゼ(Keratinase)およびプロペラーゼ(Properase) がある。
【0009】
酵素E77は特許出願第2003−270084号明細書に記載されそしてZaho Hui, Doi H, Kanouchi H, Matsuura Y, Mohri S, Nonomura S, Oka T. "Alkaline serin protease Produced by Streptomyces sp. degrades PrPSC.", Biochem. Biophs.Res. Comun. 321, 45-50 (2004) で既に論文発表されている。
【0010】
ケラチナーゼ(Keratinase)は、J.P.M.Langeveld, J. J. Wang, D.F.M. Van de Wiel, G.C.Shih, G.Protein in brain stem from infected cattle and sheep. J.Infect. Dis. 188 (2003) 1782-1789で論文発表されている。ケラチナーゼは、酵素処理する前に異常プリオンを有する天然ケーシングを100℃で前処理する必要がある。ズブチリシン酵素(Subtilisin-enzyme) であるプロペラーゼは、 A.H.McLeod, H.Murdoch, J.Dickinson, M.J.Dennis, G.A.Hall, "Proteolytic inactivation of the bovine spongiform encephalopathy agent.", Biochem. Biophys.Res.Commun. 317 (2004) 1165-1170 で論文発表されている。この酵素の場合には異常プリオンを分解するのに60℃で30分以上のインキュベーションが必要である。
【0011】
酵素E77では35〜37℃、特に好ましくは37℃でインキュベートすることで目的を達成できるので特に有利である。
【0012】
以下の実施例によって本発明を更に詳細に説明する。
【0013】
実施例:
1.異常プリオン混入モデル天然ケーシングの作製
羊腸を水洗した後、端から約1cm切り取り、0.5M グリセリン−NaOH緩衝液(pH 8)400μLを含む1.5mLのエッペドルフチューブに加え、そこへ263kのスクレイピープリオンを含むハムスター15%脳乳剤を125μL加え、よく混和した。チューブから20μLを取り、電気泳動ならびにECLプロットによって検討した結果、異常プリオンが確認され、異常プリオン混入モデルケーシングであることが確認された(図1)。即ち、図1のB中の−PKが正常プリオンと異常プリオンの両者が存在することを示している。
2.E77による異常プリオン混入モデルケーシングの浄化
羊腸を水洗した後、端から約1cm切り取り、0.5M グリセリン−NaOH緩衝液(pH 11)400μLを含む1.5mLのエッペドルフチューブに加え、そこへ263kのスクレイピープリオンを含むハムスター15%脳乳剤を125μL加え、よく混和した。更に酵素E77を25μL(1mg/mL)を加えて37℃で10分間、30分間および60分間インキュベートした。インキュベート終了後、最終濃度1mMのPMSF(Phenylmethane-sulphonylfluoride: セリンプロテアーゼの阻害剤) を加えて反応を終了させた。異常プリオンの分解を確認するために、チューブから20μLを取り、電気泳動ならびにECLプロットを行った(図2)。その結果、10分間のインキュベートによって異常プリオンは図3から判る通り検出されず、完全に分解されていることが確認された。異常プリオン分解に関するE77の濃度依存性を検討したところ、図4から判る通り、ハムスター15%脳乳剤125μLに対して25μgの酵素量の所で異常プリオンが完全に消化され、25μgの酵素量が適正であることが判った。また、20℃から37℃までインキュベーション温度の効果を検討した結果、図5から判る通り、E77では35℃からプリオン分解が可能であり、37℃では十分にプリオン分解がされていることが判った。
【0014】
一方、反応終了後の酵素の失活について水洗の硬化を検討した。図2に示した方法での反応の終了後に、遠心して上清を除き、500μLの蒸留水を加えて羊腸を2回洗浄した。洗浄後、再び400μLの蒸留水とスクレイピープリオンを含むハムスター15%脳乳剤125μLを加え、良く混和し、37℃で30分間インキュベートした。その後20μLを電気泳動にかけ、ECLプロットによって異常プリオン分解活性を検討した。図6から判る通り、羊腸に加えられたE77は羊腸の水洗によって酵素が完全に除去された。
3.E77処理後の羊腸の形態学的変化
E77処理後の羊腸の形態学的変化を検討した。E77処理後のサンプルについて切片を作製後、アザン染色(コラーゲンを染色)し、顕微鏡にて観察した。E77処理10分間では、羊腸に何ら変化は観察されなかったが、30分間処理によって腸管組織の薄層化が観察された(図7)。これは、長時間の処理によってコラーゲン層が一部消化されたものと考えられる。一方、10分間処理した小腸切片の拡大像をコントロールと比較した結果、コントロールにおいて輪筋層や縦筋層由来の組織が観察されたのに対し、E77処理後は、筋層由来の組織が消化されてコラーゲン層のみになりソーセージ皮の材料として理想的な羊腸となることが明らかにされた(図8)。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1Aは異常プリオン混入ケーシングモデルの作製の概略的工程図である。図1Bは異常プリオン混入天然ケーシングモデルにおける異常プリオンの検出を示す電気泳動並びにECLプロットである。
【図2】図2は異常プリオン混入天然ケーシングの異常プリオン分解酵素E77による浄化工程の概略図である。
【図3】図3は異常プリオン混入天然ケーシングの異常プリオン分解酵素による浄化結果を電気泳動並びにECLプロットで示したものである。
【図4】図4は異常プリオンモデル系における酵素の適性量を検討した結果を、電気泳動並びにECLプロットで示している。
【図5】図5は異常プリオンモデル系における適性反応温度を、電気泳動並びにECLプロットで示している。
【図6】図6は水洗による酵素反応の阻止を、電気泳動並びにECLプロットで確認したものである。
【図7】図7は異常プリオン分解酵素E77処理後の羊腸の形態学的変化を確かめた顕微鏡写真である。
【図8】図8は異常プリオン分解酵素E77処理後の羊腸の形態学的変化を確かめた拡大した顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異常プリオンを、分解酵素を用いて分解除去する天然ケーシングの浄化方法において、異常プリオンを有し得る天然ケーシングに異常プリオン分解酵素を加え、該分解酵素の活動に有効な温度でインキュベートし、インキュベート終了後に阻害剤を添加して反応を停止させ、水洗により分解酵素を失活させることを特徴とする、上記方法。
【請求項2】
異常プリオン分解酵素が酵素E77、ケラチナーゼ(Keratinase)およびプロペラーゼ(Properase) から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
異常プリオン分解酵素が酵素E77である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
37℃でインキュベートする、請求項3に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−180826(P2006−180826A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−380065(P2004−380065)
【出願日】平成16年12月28日(2004.12.28)
【出願人】(503052830)株式会社松永商会 (4)
【出願人】(000173913)財団法人微生物化学研究会 (29)
【Fターム(参考)】