説明

ヘリコバクター・ピロリ定着阻害剤

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、消化性潰瘍の発生に関与するヘリコバクター・ピロリを胃内から排除しうるヘリコバクター・ピロリ定着阻害剤、およびこの定着阻害剤を含有する食品、特に抗ヘリコバクター・ピロリ機能性食品に関する。
【0002】
【従来の技術】現在、消化性潰瘍の根治的治療にはヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori : 以下Hp)の除菌が不可欠であると考えられており、その除菌療法として以下に説明するように抗生物質と胃酸分泌抑制剤との併用療法が広く提唱されている。
【0003】Hp は、一端に数本の鞭毛(flagella)を持つ、螺旋型をしたグラム陰性桿菌で、ヒトの胃粘膜に生息する菌である。この菌は、1983年オーストラリアのMarshall,B.J. とWarren,J.Rによって胃炎、胃潰瘍患者の胃生検材料から高率に検出されることが報告された。当時は形態および増殖性状からカンピロバクターに類似していたので、カンピロバクター・ピロリ(Campylobacter pylori)と命名された。その後、外膜の脂肪酸組成やリポゾームの16S-RNA 配列の相同性がカンピロバクターと大きく相違していることが分かり、新たにヘリコバクター属が設けられて、今日、この菌はHp と呼ばれている。
【0004】以来、疫学的研究から、この菌は胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍の起因菌であり、さらには胃癌などの疾患と関連があるとの報告が相次いで発表されている。Hp が一旦胃粘膜に定着すると、感染に対する免疫応答が強い (抗体価が高い) にもかかわらず、除菌されず胃内に生息し続ける。そのため、抗生物質による治療によって完全に除菌できない限り、投薬を中止すると約1ヶ月以内に治療前の感染状態に戻ってしまう。しかも胃内は酸度の高い塩酸によってpHが非常に低く保たれているので、多くの抗生物質は不活化される。このような理由で、Hp の除菌には、胃酸分泌を強力に抑制するプロトンポンプインヒビターと除菌薬 (抗生物質) が併用の形でしばしば常用量を超える量で使用されている。また、現状ではHp の除菌には次サリチル酸ビスマス(bismuth subsalicylate) 、メトロニダゾールおよびテトラサイクリンの新3剤併用療法が最も高い除菌率を示すことが分かっているが、この併用に使うメトロニダゾールは単独使用で耐性発現が急速に起こることが知られている。発展途上国では下痢患者に対してこの薬剤が広く使用された結果、メトロニダゾールに耐性のHp 感染が高率で生じているとの報告もある。このように、抗生物質の長期間投与は、その副作用に加え、耐性菌の増加という非常に重大な問題が危惧される。
【0005】除菌を目的とした抗生物質の投与による副作用および耐性菌の増加などの問題を解決する方法として、現在、経口ワクチンによる免疫療法のアプローチが見られる。しかし、この目的の達成には、Hp に対する感染モデル動物の作出が必須の条件であるが、マウスやラット等の小動物には感染が容易に成立せず、そのため無菌動物を用いなければならなかったり、また、感染を長期間持続させるには新鮮分離株を用いる必要があるなどの複雑な条件が障害となって、新しい予防、治療法の確立を目指した研究はほとんど進展していない。また、経口ワクチンではアジュバントとして大腸菌由来の易熱性毒素(LT)、コレラトキシンを加えることが普通であり、これらのアジュバントなしでは粘膜免疫は成立しない。実用化への問題点として、大腸菌のLTもコレラトキシンも毒性のレベルが非常に高く、ヒトへの応用に関して安全性の面で未解決な問題を抱えている。また、ワクチンはあくまで予防を主体とするものであり、一旦Hp が感染した患者に対しては効果は望めない。
【0006】さらに、ワクチンに代わる免疫療法として、Hp全菌体を抗原として得られた鶏卵抗体の使用が提案されているが、全菌体に対する抗体では完全な除菌は望めず、また実際の胃内での除菌効果については確認されていない。
【0007】一方、ある種のビフィズス菌や乳酸菌の菌体、これらの菌体から抽出した多糖類が胃潰瘍の予防、治療に有用であること (特開平4−5236号公報)、ある種の海藻由来のラムノース多糖・ラムナンやラムノースオリゴ糖が抗潰瘍剤として有用である(特開平6−247861号公報) と報告されている。
【0008】また、モズク由来の多糖類であるフコイダンがHpの胃粘膜への定着を阻止し、抗潰瘍性を有するとされている (特開平7−138166号公報) が、この公報における潰瘍治癒作用の証明には、Hpによる潰瘍形成とは病理発生が基本的に異なる酢酸誘発潰瘍が用いられており、従ってHpの定着阻害の効果を示すものではない。さらに、この公報にはフコース(単糖類)が定着因子と考えられるとの記載があり、その考えに基づき、Hpのフコイダンによる定着阻害をみるインビトロ実験においてはビオチン化フコースが接着マーカーとして使用されているが、現時点ではフコースは接着因子とは考えられていないので、やはりHp定着阻害の効果を示すものではない。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】上述のように、Hp を除菌するために、抗生物質を長期にわたり使用すると副作用と共に耐性菌の増加の恐れがある等種々の問題があった。本発明の目的は、消化性潰瘍の発生に関与するHpの胃内での定着を有効に阻害する物質であり、従来の抗生物質の使用に伴う副作用や耐性菌増加等の欠点を持たず効果的で安全性の高いHpの定着阻害剤を提供することである。また、消化性潰瘍の改善または予防に有用な機能性食品、医療用食品等を含む食品を提供することである。
【0010】
【課題を解決するための手段】一般に細菌の感染が成立するためには細菌が宿主細胞に接着し、そこで増殖することによって定着することが感染の第一歩となる。細菌が宿主細胞に接着するには接着因子(adhesin) が宿主細胞表面の受容体(receptor)に結合しなくてはならない。細菌の感染部位特異性はこの接着因子と受容体の組合せによって決まる。細菌が宿主細胞に接着する際に、受容体分子が共存すると競合阻止(competitive inhibition)が起こり感染は成立しない。
【0011】Hp においても接着因子とヒト胃粘膜がもつ受容体はいずれもHp の感染阻止の標的分子と考えられる。本発明者等は、Hp の接着機構に関する研究を通して、これまで解明されていなかったHp の接着因子がHpが産生するウレアーゼであることを明らかにし、このウレアーゼに対する鶏卵黄抗体をHp 定着マウスに経口投与したところ、Hp の胃内増殖を顕著に抑制することを示した (特開平10−287585号) 。
【0012】本発明者等はウレアーゼの胃粘膜への付着を阻止しうる物質を種々検討した結果、牛乳汁由来ムチンや鶏卵卵白由来ムチン等のムチンが、Hp の菌体表層に局在している接着因子であるウレアーゼに特異的に結合することによって胃内に定着しているHp を排除する機能のあることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】本発明の要旨は、哺乳動物の消化管由来のムチン以外のムチンを有効成分とするヘリコバクター・ピロリ定着阻害剤にある。この定着阻害剤は消化性潰瘍の予防または改善に有用である。使用するムチンとしては牛乳汁または鶏卵卵白由来のムチンが好ましい。
【0014】また、本発明は、上記のヘリコバクター・ピロリ定着阻害剤を含有する食品にも関し、ムチンとしては、牛乳汁または鶏卵卵白由来のものが好ましい。ムチンは食品中0.5 〜60重量%含まれるのが好ましい。
【0015】さらに、本発明によれば、哺乳動物の消化管由来のムチン以外のムチンおよび胃酸分泌抑制剤を含むヘリコバクター・ピロリ定着阻害剤も提供される。この定着阻害剤は消化性潰瘍の予防または治療に有用である。使用するムチンとしては牛乳汁または鶏卵卵白由来のムチンが好ましい。
【0016】
【発明の実施の形態】以下に、本発明を詳細に説明する。本発明では定着阻害剤の有効成分として哺乳動物の消化管由来のムチン以外のムチンを用いる。
【0017】一般に、ムチンは、動物の粘膜や唾液腺などが生産する粘液性物質として知られ、種々の糖タンパク質からなる。ムチンは哺乳動物の初乳や常乳にも含まれており、また、鶏卵の卵白、カラザ、卵黄膜等にも多量に含まれている。
【0018】ムチンは106 〜107 もの超高分子量を有する巨大な重合体であり、10〜20重量%のタンパク質と80〜90重量%の糖質で構成されている。ムチンの構成成分であるムチン型糖タンパク質は、D-ガラクトース、シアル酸、L-フコース、N-アセチル-D- ガラクトサミン等からなる糖鎖がペプチドに結合した複合タンパク質であり、N-アセチル-D- ガラクトサミンがセリンやトレオニンのヒドロキシル基にO-グリコシド結合することにより、糖鎖とペプチドが結合している点が特徴である。また、糖鎖の一部は硫酸基を含む。
【0019】本発明において用いるムチンは、哺乳動物の消化管の粘膜からのムチン以外であれば、その由来は限定されず、哺乳動物の乳汁、鳥類の卵の卵白、カラザ、卵黄膜などから調製できるが、牛乳汁および鶏卵卵白由来のものがその効果の面から好ましい。
【0020】しかも、本発明定着阻害剤の有効成分であるムチンの原料として牛乳汁または鶏卵卵白を用いる場合、これらの原料は安価にしかも大量に入手でき、またこれらからのムチンの分離、精製は簡便な方法で容易に行うことができる。さらに、酵素等の夾雑物の混入が少なく純度の高いムチンを得ることができる。また、牛乳汁ムチンの調製においては、これまでチーズ等の製造工程で副産物として大量にでるにもかかわらず、有効な利用方法がなく廃棄されていた乳清(ホエー)を用いることもできるので、工業規模で大量のムチンを製造することも可能であり、価格的にも実用的にも非常に有利である。
【0021】また、牛乳汁または鶏卵卵白中のムチンは安定性が高く、加熱によっても、また低pHにおいてもその生理活性を失わないので、原料からの回収、精製が容易であるばかりでなく、食品や医薬品への配合、加工、貯蔵においても有利である。牛乳汁中には様々な生理活性を有する物質が含まれ、一例をあげると、ラクトフェリンは抗菌、抗ウイルス、抗がん作用等の多用な生理活性の所在が報告されている。糖タンパク質からなる巨大分子のムチンに関しては抗ロタウイルス作用の報告があるのみで、その他の生理機能についての報告はない。
【0022】また、鶏卵タンパク質 (リゾチーム、オボインヒビター、アビジン、オボトランスフェリンなど) においても多用な生理機能のあることが古くから知られている。最近では、鶏卵タンパク質をプロテアーゼで消化することによって得られるペプチドが抗高血圧作用、ファゴサイトーシス作用などを示すことが報告されている。また、オボムチン(鶏卵卵白由来ムチン)は抗ロタウイルス作用を示すこと、あるいは、オボムチン、カラザ並びに卵黄膜に共通して存在する硫酸化糖ペプチドがマクロファージを活性化することによって腫瘍壊死因子やサイトカインの放出を促進し、乳がん細胞のみを殺傷する、との報告もある。
【0023】ムチンの抽出、分離、精製には、任意の既知の方法が使用できる。消化管粘膜や粘膜ゲル層などに存在するムチンの回収は、ムチンをホモゲナイズや超音波処理により可溶化した後、ゲル濾過やエタノール沈殿により高分子量画分を分離回収する方法が一般的である。ムチンの可溶化は、グアニジン塩酸、尿素、塩溶液、界面活性剤により抽出する方法や、還元剤やプロテアーゼ処理によってもよい。また、ムチンの種類によっては、第4級アンモニウム塩と不溶性複合体を形成させたり、酸性条件下で沈殿させて回収する方法が使用できる。
【0024】牛乳汁からのムチンの調製では、例えば、乳汁から常法により乳脂肪およびカゼインを除去して乳清を得て、これからリポタンパク質を除去し、必要に応じて濃縮、透析を行う。こうして得られたムチンを含む材料から、セファロースカラム等を用いたゲル濾過、膜処理等によりムチンを精製する。さらに、低分子化ムチンが必要であればプロテアーゼ処理、アルカリ加水分解等の処理を行う。なお、牛乳汁は、初乳、常乳のいずれも利用できる。
【0025】鶏卵卵白からムチンを得るには、例えば次のような方法がある。集めた卵白から濃厚卵白を分離し、超遠心分離によりゲル状部分を得て、これから不溶型オボムチンを調製する。これを、超音波処理、ホモゲナイズ等の方法により可溶化し、得られた可溶化物からゲル濾過、膜処理等の方法でムチンを回収する。さらに必要であればゲル濾過等の処理により精製してもよい。
【0026】本発明で用いるムチンは、以下の実施例で実証されるように、Hpの産生するウレアーゼが胃粘膜のムチンに接着するのを抑制する。ウレアーゼはHp菌体表面に局在しているので、胃内において本発明のムチンは、ウレアーゼに優先的に結合することにより接着因子であるウレアーゼをマスクしてHpの胃粘膜の受容体への接着を阻止することができる。これは、動物実験においても確認され、本発明ムチンの胃内におけるHp除菌効果が認められた。従って、ムチンはHp定着阻害剤として使用でき、消化性潰瘍等の予防、改善に有用である。また、本発明で使用するムチンは、天然物由来であり安全性が高い。
【0027】従って、ムチンはHp定着阻害剤として、医薬や食品に配合して利用することができる。特に、牛乳汁由来もしくは鶏卵卵白由来のムチンでは食経験があるので、食品に配合し、抗Hp機能性食品や健康食品として、あるいは抗Hp作用を有する医療用食品として利用することができる。
【0028】本発明の定着阻害剤は、通常の任意の製剤化方法によりムチンと担体あるいは賦形剤を混合して製造すればよい。必要に応じて、その他の添加剤や薬剤、例えば制酸剤(炭酸水素ナトリウム、炭酸マグネシウム、沈降炭酸カルシウム、合成ヒドロタルサイト等)、胃粘膜保護剤(合成ケイ酸アルミニウム、スクラルファート、銅クロロフィリンナトリウム等)や消化酵素(ビオジアスターゼ、リパーゼ等)を加えてもよい。本発明定着阻害剤の投与は経口により行い、投与量は成人1日当たりムチンとして通常0.6 〜2.6 g(乾物量)、好ましくは1〜2gである。
【0029】また、ムチンからなるHp定着阻害剤は、胃酸分泌抑制剤を併用することにより一層その効果を高めることができる。使用できる胃酸分泌抑制剤としては、ファモチジン、ニザチジン、ロキサチジン、ラニチジン、シメチジン等のH2 インヒビターや、オメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾールナトリウム等のプロトンポンプインヒビターがある。胃酸分泌抑制剤の投与量は成人1日当たり20〜30mgが好ましい。
【0030】ムチンを食品へ添加して機能性食品あるいは医療用食品として利用する場合、食品へ通常0.5 〜5.0 重量%程度、好ましくは1.0 〜3.0 重量%添加する。機能性食品としては、食品の種類は限定されないが、菓子類、粉末スープ類、飲料等継続して摂取できるものが好ましい。医療用食品としては、一例としてムチンにデキストリン等の賦形剤、カゼインナトリウム等の粘着剤、必要に応じ、ビタミン類、ミネラル類等の栄養剤、乳化剤、安定剤、香料等を添加し、流動食の形態としうる。また、スープ、飲料、流動食等の食品にムチンを添加して各種形態の医療用食品とすることができる。ムチンを健康食品として利用する場合は、ムチンを有効成分として30〜60重量%程度含有させ、これに乳糖、トウモロコシデンプン、結晶セルロース、PVP 等の賦形剤や結合剤を配合し、必要に応じビタミン類やミネラル等の栄養剤を添加して、細粒、錠剤、顆粒剤等の各種形態に成形して利用することができる。以下に、本発明を詳細に説明するために実施例を示すが、本発明はそれらによって限定されるものではない。
【0031】
【実施例】〔実施例1〕
牛乳汁由来ムチンの調製牛乳汁は分娩直後のもの (初乳) と分娩後10日目のもの (常乳) を各々約1,000 ml準備した。乳脂肪を除去するため10,000r.p.m.で30分(+4℃) 遠心し、その上清を得た。次に、カゼインを除去するため1Mの酢酸をpHが4.5 になるまで滴下し、室温に1時間静置し、その後遠心してカゼインを取り乳清を得た。次に、リポタンパク質を除去するため、1NのNaOHでpHを中性にし、それを乳清1mlに対して1MのCaCl2 0.1ml と10%硫酸デキストラン−500 を0.02ml加え、室温に1時間放置後10,000r.p.m.で30分(+4℃) 遠心して上清を得た。各々の上清を約1/20に濃縮した後、100 倍量の精製水で透析し、使用時まで−30℃以下で保存した。
【0032】上記の乳清からムチン (糖タンパク質) を精製するため、0.15M NaCl+2mM EDTA+0.02% NaN3 含有50mM Tris-HCl 緩衝液(pH8.0) で平衡化したセファロースCl-2B ゲルカラムに試料をアプライし、フラクションコレクターで10mlずつ分画した。タンパク質の溶出パターンからF1、F2、F3およびF4の4分画に分けた。各分画液をSDS-PAGEで分析した結果、F1分画は高濃度の糖タンパク質を含有しており、巨大な構造体であることを認めた。この巨大分子の糖タンパク質含量は初乳由来と常乳由来で特別な差は認められなかった。そこで入手しやすいことから常乳を用いてムチンの大量精製を行ったところ、常乳1,000 mlから約100 mg(乾物量)が得られた。
【0033】〔実施例2〕
鶏卵卵白由来ムチン(オボムチン)の調製白色レグホン種鶏の産卵1週間以内の無精卵50個から卵白のみを集め、フルイにかけ濃厚卵白を分離した。さらに、超遠心分離(100,000g×60分) により得たゲル状部分を2%KCl 溶液にて繰り返し洗浄し、不溶型オボムチンを調製した。精製水で洗浄した後、メンゼル緩衝液(pH9.5、イオン強度=0.01) に懸濁し、100W、9KH2(2℃) で10分間超音波処理することにより可溶化した。この可溶化物を「牛乳汁由来ムチンの調製」の項に記載したと同様のセファロース CL-2Bゲルカラムにアプライし、F1分画を回収した。その性状をSDS-PAGEで分析したところ、乳汁ムチンと同様で高濃度の糖タンパク質を含有していた。分子量はおよそ 5.5〜8.3 ×106 であった。約2,000 mg (乾物量) の鶏卵卵白由来ムチンを回収し、以下の実験例に使用した。
【0034】〔実験例1〕インビトロ実験実施例1で製造した牛乳汁由来ムチンおよび実施例2で製造した鶏卵卵白由来ムチンを用いて、Hpが産生するウレアーゼの胃粘膜への定着阻害効果をインビトロ実験系において調べた。
【0035】比較対照物質としては、特開平7−138166号公報においてHp の胃粘膜への定着を阻止すると記載された、モズク由来多糖体の一種、フコイダン(シグマ社製)を用いた。なお、上記公報に記述されているインビトロ実験系はHpの接着因子がフコースとの前提で組み立てられており、また上記公報においては、Hp感染マウスにフコイダンを投与したときの定着阻止効果に関しては明らかにされていない。
【0036】(実験材料および方法)本発明者等は、先に、Hpの接着因子がHpが産生するウレアーゼであることを見出したが、このウレアーゼは胃粘膜のムチンに結合するので、ウレアーゼの付着試験に用いる豚胃ムチンを以下のようにして調製した。
【0037】豚胃ムチンの調製約2ヶ月齢の健康な豚を屠殺し、胃部を摘出し、内部に0.1Mリン酸塩+0.15MNaCl+5mM N-エチルマレイミド(NEM) +1mM フェニルメチルスルホニルフルオライド(PMSF)+1mM EDTA含有PBS(pH7.4)を加えて洗浄した。胃を切開し、粘膜を削り取り、上記の緩衝液に浮遊させた。この粘膜浮遊液を氷冷しながらポリトロンホモゲナイザーを用いて均一にした。これを15,000×gで遠心し上清を得た。この上清を25,000×gで再び遠心し、上清を回収し、蒸留水で透析した後、凍結乾燥して粗精製胃ムチンを得た。次いで、この乾燥粗精製胃ムチンをPBS(pH6.8) (6M塩酸グアニジンおよびプロティアーゼインヒビター(5mM NEM, mM PMSF, 1mM EDTA を含む) に溶解し、これを塩化セシウム密度勾配(1.5g/ml) に重層し、34,000×gで48時間遠心した。シアル酸含有分画の検出はニトロセルローズ膜ブロッティングと過ヨウ素酸シフ試薬による染色によって行った。発色した分画をプールし、再び塩化セシウム密度勾配に重層して遠心した。染色陽性分画をプールし、凍結乾燥した。次いで、0.1Mリン酸緩衝液(0.1M NaCl含有、pH6.8)で平衡化したセファロースCL-4B カラムを通してゲル濾過を行い、分画した。PAS 染色陽性で、蛋白濃度の高い分画をプールし、PBS(pH6.8)で透析し、精製豚胃ムチンを得た。これを使用時まで−80℃に保存した (精製豚胃ムチン) 。なお、精製豚胃ムチンはSDS-PAGEの結果、66kDの糖タンパク質であることを認めた。
【0038】豚胃ムチンへのウレアーゼ接着試験ウレアーゼ接着試験用マイクロプレートは次のようにして作製した。96ウエルマイクロプレートの各々のウエルに1.25%グルタルアルデヒド溶液を100 μl ずつ加え、5分間感作した。次に、ウエルを蒸留水で3回洗浄し、精製豚胃ムチン(1.27mg/ml) をウエル当たり50μl ずつ加え、4℃に一夜静置することによって固相化した。使用時には各々のウエルに3%BSA を加えて37℃60分間反応させることによってブロッキングした後、0.05%ツイン20加PBS で3回洗浄したプレートをウレアーゼ接着試験に供した。
【0039】上記で作製したマイクロプレート上の固相化された豚胃ムチンへのウレアーゼ接着試験は以下のように行った。精製したビチオン化ウレアーゼはpH域の異なる接着培地(20mM リン酸緩衝液に0.01%ツイン20および0.15M NaClを含む。接着培地のpHは予め2.0 、3.0 、4.0、4.5 、5.0 、5.5 、6.0 および6.5 に調整しておく) を用いて最終濃度が7.0μg/mlとなるように希釈した。調整したウレアーゼを前述のムチン固相化マイクロプレートの2穴ずつに加え、37℃で60分間感作した。次に、各々のウエルを接着培地で3回洗浄した後、直ちに10%中性ホルマリン(pH7.4) を加え、プレートを37℃で30分静置することによって固定した。ウエルに接着したウレアーゼ量を測定するため、ストレプトアビジンHRP を各々のウエルに加え、37℃で60分間反応させた。次いで、基質としてオルトーフェニレンジアミン2塩酸およびH2O2を加え反応させた。反応停止液には3N H2SO4を用いた。なお、ライニングプレートには2倍段階希釈した既知量のウレアーゼを置いて、そのカリブレーションカーブから未知量のサンプルを測定した。
【0040】ウレアーゼ接着抑制試験本発明のムチン (牛乳汁由来ムチン、鶏卵卵白由来ムチン) およびフコイダン(対照)を用いてウレアーゼ接着抑制試験を行った。まず、種々の濃度に調整した試料とビオチン化ウレアーゼを混合し、この混合物を37℃で60分間振盪しながら感作した。次に、この混合物を豚胃ムチンを固相化した96ウエルマイクロプレートのウエルに移し、プレートを振盪しながら再び37℃で60分間感作した。その後マイクロプレートのウエルを接着培地(pH3.0) で3回洗浄し、各々のウエルを65℃10分間加熱することによって固定した。固定した各々のウエルをPBS-ツイン20(0.5%)(pH6.8)で3回洗浄し、豚胃ムチンに接着したビオチン化ウレアーゼを検出するため、各々のウエルにストレプトアビジンHRP を加えた後、前述のELISA により測定した。
【0041】(結果)精製胃ムチンに対するウレアーゼの接着パターン図1に示すように豚胃ムチンにウレアーゼは特異的に接着し、この接着パターンはpHに依存している。pH3.0 領域でのウレアーゼ接着反応は胃粘膜におけるHp の定着性を反映していると考えられ、このpH域でウレアーゼの接着が阻止できる物質はHp の胃内定着を阻止する機能があると考えられる。
【0042】ムチンによるウレアーゼ接着阻止図2に示したように、豚胃ムチンへのウレアーゼの接着は牛乳汁由来ムチンおよび鶏卵卵白由来ムチンによって用量依存的に抑制されたが、フコイダンはウレアーゼ接着阻止能が低かった。ウレアーゼはHp菌体表面に局在しているので、胃内において、これらのムチンが菌体のウレアーゼに結合することによって接着因子であるウレアーゼがマスクされ感染阻止 (除菌) が起こりうる。
【0043】〔実験例2〕インビボ実験実験例1の結果をさらに動物実験により確認した。
(方法)実験動物としてHp 感染に対して最も高感受性を示すヘアレスマウス(NS: Hr/ICR 系、財団法人動物繁殖研究所、受託番号 IAR-NHI-9701)(ATCC#72024)(Clin.Diagn.Lab.Immunol. 5: 578-582,1998)を用いた。NSP335株(1×109 CFU/マウス) をマウスに経口接種して1週間飼育した後、飲水に各種濃度に溶解した試料を4週間投与した。これ以外に、試料を含まない飲水を投与する群も設定した。供試マウス数は各群とも10匹とした。マウスの1日当たりの飲水量は4〜8mlであった。投与終了時に各群のマウスを屠殺し、胃を摘出し、内容物を除去した後、ボルテックスミキサーを用いてPBS(pH7.2)で8回洗浄し、ホモゲナイザーで乳剤を作製し、Hp 検出用材料とした。Hp の検出は乳剤をHp 検出用培地 (ポアメディアHp 分離培地、栄研化学) に接種し、ガスパック法で37℃、5日間培養し、コロニー数を計測することによって行った。
【0044】(結果)Hp 定着マウスにおける牛乳汁由来ムチンおよび鶏卵卵白由来ムチンの除菌効果図3に示したように、牛乳汁由来ムチンおよび鶏卵卵白由来ムチンは濃度依存的に胃内のHp を除菌した。これに対し、フコイダンは高用量投与群においても本発明のムチン投与群と異なり、顕著な定着阻害効果は認められなかった。なお、対照群はHp に100 %(10/10) 感染していた。これらの実験から、牛乳汁由来ムチンおよび鶏卵卵白由来ムチンはHp の産生するウレアーゼと優先的に結合することによって接着因子であるウレアーゼをマスクし、感染阻止が起こると考えられる。
【0045】〔実験例3〕インビボ実験ムチンと胃酸分泌抑制剤(H2 インヒビター、プロトンポンプインヒビター)との併用効果を動物実験により調べた。
【0046】ムチンとしては、実験例2の動物実験において高い除菌率を示した牛乳汁由来ムチンを使用した。動物実験の方法は実験例2と同じであるが、ただし、H2 インヒビター(ファモチジン)またはプロトンポンプインヒビター(オメプラゾール)は攻撃1週間後から強制経口投与にて1週間投与し、牛乳汁由来ムチンは攻撃1週間後から飲水投与にて2週間投与した。表1に胃内のHp除菌効果を示す。
【0047】
【表1】


【0048】表1に示したように、ムチンと胃酸分泌抑制剤を併用すると、実験例2よりも投与期間が短く、ムチン投与量が少ないにもかかわらず高い除菌率を示した。このように、ムチンと胃酸分泌抑制剤との併用においてはムチン単独での投与よりも優れた除菌効果が得られることが明らかである。以下の製造例においてムチンとしては実施例1で製造した牛乳汁由来ムチンを用いた。
【0049】〔製造例1〕食品(チューインガム)ガムベース 25.0炭酸カルシウム 2.0ソルビトール 54.0マンニトール 16.0香料 1.0本発明のムチン 1.0水 残量───────────────────全量 100(重量%) 。
【0050】(アイスクリーム)クリーム (脂肪率40%) 32.54牛乳 (脂肪率3.7 %) 33.16無糖脱脂練乳 16.08砂糖 11.75コーンシロップ 4.67安定剤 0.3本発明のムチン 1.5───────────────────全量 100(重量%) 。
【0051】(粉末スープ)調理用豆粉末 66.5小麦粉 3.5小麦胚芽 2.5乾燥酵母粉末 2.5オニオンパウダー 4.8肉エキス末 15.5食塩 0.2香辛料 (ホワイトヘ゜ッハ゜ー等) 1.8調味料 (アミノ酸等) 0.2本発明のムチン 2.5───────────────────全量 100(重量%) 。
【0052】(乾燥スープ) 10.0g/200ml鶏卵 3.6肉エキス 1.0オニオンエキス 1.7キャロットペースト 2.1昆布エキス 0.1乳化剤 0.1食塩 0.2香辛料 (レッドペッパー) 0.2調味料 (アミノ酸等) 0.2本発明のムチン 0.8───────────────────全量 10.0g。
【0053】〔製造例2〕 健康食品処方例1 (細粒) 100g中本発明のムチン 45g乳糖 (200M) 35gトウモロコシデンプン 15gPVP(K-30) 5g上記成分をとり、湿式造粒法を用いた通常の方法により細粒を得た。
【0054】処方例2 (顆粒) 100g中本発明のムチン 33g乳糖 (200M) 44gトウモロコシデンプン 18gPVP(K-30) 5g上記成分をとり、押し出し造粒法で通常の方法により顆粒剤を得た。
【0055】


【0056】


【0057】
【発明の効果】上述のように、本発明によれば、安全で優れたHp定着阻害剤およびそれを含有する食品が提供される。従って、Hpによって引き起こされる消化性潰瘍等を、副作用を生じることなく効果的に抑制することができる。本発明で使用するムチンの原料として、安価で大量に入手しうる牛乳汁や鶏卵を用いることもでき、これらから簡便な方法で効果の優れたムチンを調製しうる。また、従来消化性潰瘍の治療に用いられてきた抗生物質とは異なり、耐性菌の問題も生じず、胃内のHpを特異的に除菌することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】ウレアーゼの精製胃ムチンに対する接着パターンを示す図である。
【図2】ウレアーゼ接着抑制率を示す図である。
【図3】Hp定着マウスにおける除菌率を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 牛乳汁から乳脂肪およびカゼインを除去して得られる乳清由来のムチンを有効成分とするヘリコバクター・ピロリ定着阻害剤。
【請求項2】 牛乳汁から乳脂肪およびカゼインを除去して得られる乳清からリポタンパク質を除去し、次いで濃縮及び精製して得られるムチンを有効成分とするヘリコバクター・ピロリ定着阻害剤。
【請求項3】 精製を膜処理により行う請求項2記載の定着阻害剤。
【請求項4】 牛乳汁から乳脂肪およびカゼインを除去して得られる乳清由来のムチンを有効成分とするヘリコバクター・ピロリのウレアーゼの阻害剤であり、該ムチンが該ウレアーゼに特異的に結合しうる、前記阻害剤。
【請求項5】 牛乳汁から乳脂肪およびカゼインを除去して得られる乳清由来のムチン及び胃酸分泌抑制剤を含むヘリコバクター・ピロリ定着阻害剤。
【請求項6】 牛乳汁から乳脂肪およびカゼインを除去して得られる乳清由来のムチン及び胃酸分泌抑制剤を含むヘリコバクター・ピロリのウレアーゼの阻害剤であリ、該ムチンが該ウレアーゼに特異的に結合しうる、前記阻害剤。
【請求項7】 請求項1ないし4のいずれかに記載の阻害剤を添加した、消化性潰瘍の予防または改善のための食品。
【請求項8】 ムチンを食品中に0.5 〜60重量%添加した請求項7記載の食品。
【請求項9】 請求項1ないし6のいずれかに記載の阻害剤を含む、消化性潰瘍の予防剤および治療剤。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【特許番号】特許第3255161号(P3255161)
【登録日】平成13年11月30日(2001.11.30)
【発行日】平成14年2月12日(2002.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−351405
【出願日】平成11年12月10日(1999.12.10)
【公開番号】特開2000−229865(P2000−229865A)
【公開日】平成12年8月22日(2000.8.22)
【審査請求日】平成13年3月22日(2001.3.22)
【早期審査対象出願】早期審査対象出願
【出願人】(000129976)株式会社ゲン・コーポレーション (11)
【出願人】(301049744)日清ファルマ株式会社 (61)
【上記1名の代理人】
【識別番号】100081352
【弁理士】
【氏名又は名称】広瀬 章一
【参考文献】
【文献】特開 平6−315347(JP,A)
【文献】FEMS Immunology and Medical Microbiology,Vol.20,No.4(1998年4月)P.275−281