説明

ペルフルオロ有機過酸化物およびその製造方法、ならびに重合体の製造方法

【課題】ペルフルオロアダマンタン骨格を有し、得られる重合体の熱安定性を高くできる新規なペルフルオロ有機過酸化物を提供する。
【解決手段】本発明のペルフルオロ有機過酸化物は下記式(1)で表されるものである。
[化1]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なペルフルオロ有機過酸化物およびその製造方法に関する。また、ペルフルオロ有機過酸化物を重合開始剤として用いる重合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機過酸化物をラジカル重合開始剤として用い、エチレン性不飽和結合を有する不飽和モノマーを付加重合することが広く知られている。ところで、付加重合においては、得られる重合体の末端に、有機過酸化物の脱酸素残基または脱炭酸ラジカル残基が結合して、該残基が重合体の物性に影響を及ぼすことがある。たとえば、不飽和モノマーが含フッ素オレフィンである場合に、フッ素原子を有さない有機過酸化物を用いて重合すると、フッ素原子を有さない残基が重合体末端に結合し、その結果、熱安定性等が損なわれることがある。そのため、含フッ素オレフィンを重合する際の有機過酸化物としては、通常、ペルフルオロ有機過酸化物が使用される。
ペルフルオロ有機過酸化物としては、たとえば、(CCOO−)などのペルフルオロアシルペルオキシド、アシル基内にエーテル性酸素を有するジ(ポリフルオロアシル)ペルオキシドなどが知られている(たとえば、特許文献1,2参照)。
【特許文献1】特開平3−31253号公報
【特許文献2】特開平5−97797号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、有機化合物として、アダマンタン骨格を有するものが知られている。アダマンタン骨格は、炭素がダイヤモンドと同様の構造を有し、熱安定性に優れる等の特異な性質を持つことが知られている。このことから、ペルフルオロアダマンタン骨格は熱安定性に優れることが予測されるが、これまでに、ペルフルオロアダマンタン骨格を有するペルフルオロ有機過酸化物は知られていなかった。
本発明は、新規なペルフルオロアダマンタン骨格を有するペルフルオロ有機過酸化物およびその製造方法を提供することを目的とする。また、該ペルフルオロ有機過酸化物を用いる重合体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、以下の態様を包含する。
[1] 下記式(1)で表されることを特徴とするペルフルオロ有機過酸化物。
【0005】
【化1】

【0006】
[2] 下記式(2)で表される化合物と、過酸化ナトリウム、過酸化カリウム、過酸化バリウム、過炭酸ナトリウム、過炭酸カリウムおよび過炭酸バリウムからなる群より選択される一種以上の過酸化物とを反応させることを特徴とするペルフルオロ有機過酸化物の製造方法。
【0007】
【化2】

【0008】
[3] [1]に記載のペルフルオロ有機過酸化物を重合開始剤として用いて不飽和モノマーをラジカル重合することを特徴とする重合体の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のペルフルオロ有機過酸化物は、ペルフルオロアダマンタン骨格を有する新規なペルフルオロ有機過酸化物である。
本発明のペルフルオロ有機過酸化物の製造方法によって、前記ペルフルオロ有機過酸化物を容易に製造できる。
本発明の重合体の製造方法によって、含フッ素不飽和モノマーから含フッ素重合体を製造した場合、得られる重合体の熱安定性を高くできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(ペルフルオロ有機過酸化物)
本発明のペルフルオロ有機過酸化物(以下、有機過酸化物と略す。)は、下記式(1)で表されるものである。
【0011】
【化3】

【0012】
本発明の有機過酸化物は、ペルフルオロアダマンタン骨格を有する新規な有機過酸化物である。本発明者らが調べた結果、該有機過酸化物を不飽和モノマーのラジカル重合開始剤として用いた場合には、熱安定性の高いペルフルオロアダマンタン骨格が重合体の末端に残るため、含フッ素不飽和モノマーから含フッ素重合体を製造した場合、重合体の熱安定性を高くできることが判明した。
また、該有機過酸化物を、不飽和モノマーのラジカル重合開始剤として用いた際には35〜70℃の温度で高い生産性で重合体を製造できることも判明した。
【0013】
(有機過酸化物の製造方法)
本発明の有機過酸化物は、該有機過酸化物に対応し、ペルフルオロアダマンタン骨格を有する酸ハライドと、過酸化物とを反応させることにより製造することができる。
該酸ハライドは、下記式(2)で表される化合物(以下、この化合物を化合物Aという。)が好ましい。
【0014】
【化4】

【0015】
有機過酸化物を製造する方法としては、高い収率で得られる点で、化合物Aと過炭酸金属塩とを反応させることが好ましく、過炭酸ナトリウム、過炭酸カリウム、過酸化ナトリウム、過酸化カリウム、過酸化バリウムおよび過炭酸バリウムからなる群より選択される一種以上の過酸化物とを反応させる方法がより好ましい。
【0016】
化合物Aと過酸化物の仕込みモル比率は、化合物Aを1とした際に過酸化物を0.3〜20とすることが好ましく、0.5〜15とすることがより好ましい。過酸化物の仕込みモル比率が、化合物Aを1とした際の0.3以上であれば、反応時間を短くでき、20以下であれば、有機過酸化物を高収率で製造できる。
【0017】
反応温度は−30〜+50℃とすることが好ましい。反応温度を−30℃以上とすれば、反応時間が短くなり、+50℃以下とすれば、得られる有機過酸化物の分解が起こりにくいため、収率が高くなる。
反応時間は0.5〜10時間とすることが好ましい。反応時間を0.5時間以上とすれば、収率が高くなる。ただし、反応時間が10時間を超えると、反応がおこりにくくなり、収率がほとんど向上しないので、実益がない。
反応後には、得られた粗生成物を水等により洗浄するなどして精製してもよい。
【0018】
化合物Aと過酸化物との反応では、溶媒を用いることが好ましい。溶媒を用いれば、得られる有機過酸化物を安定に取り扱うことができる。
該溶媒としては、化合物A及び過酸化物が可溶であれば特に限定されない。溶媒のうちでも、化合物Aおよび有機過酸化物の溶解性が高いこと、および得られる有機過酸化物との反応性が低いことから、ハロゲン化脂肪族溶媒、ハロゲン化芳香族溶媒が好ましい。
ハロゲン化脂肪族溶媒としては、たとえば、塩化メチレン、クロロホルム、2−クロロ−1,2−ジブロモ−1,1,2−トリフルオロエタン、1,2−ジブロモヘキサフルオロプロパン、1,2−ジブロモテトラフルオロエタン、1,1−ジフルオロテトラクロロエタン、1,2−ジフルオロテトラクロロエタン、フルオロトリクロロメタン、ヘプタフルオロ−2,3,3−トリクロロブタン、1,1,1,3−テトラクロロテトラフルオロプロパン、1,1,1−トリクロロペンタフルオロプロパン、1,1,2−トリクロロトリフルオロエタン、1,1,1,2,2−ペンタフルオロ−3,3−ジクロロプロパン、1,1,2,2,3−ペンタフルオロ−1,3−ジクロロプロパン、トリデカフルオロヘキサン、1,1,1,2,2,3,4,5,5,5−デカフルオロペンタン、ノナフルオロブチルメチルエーテル、ノナフルオロブチルエチルエーテル、ヘプタフルオロシクロペンタン等が挙げられる。
ハロゲン化芳香族溶媒としては、たとえば、ベンゾトリフルオリド、ヘキサフルオロキシレン、ペンタフルオロベンゼン等が挙げられる。
溶媒は一種を単独で用いてもよいし、二種以上を併用してもよい。
【0019】
(重合体の製造方法)
本発明の重合体の製造方法は、前記本発明の有機過酸化物を重合開始剤として用いて不飽和モノマーをラジカル重合する方法である。
【0020】
不飽和モノマーとしては、前記有機過酸化物の特性がとりわけ発揮されることから、フルオロモノマーが好ましい。フルオロモノマーとしては、たとえば、下記の化合物が挙げられる。
フルオロオレフィン:テトラフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、ビニリデンフルオリド、トリフルオロエチレン、1,2−ジフルオロエチレン、フッ化ビニル、トリフルオロプロピレン、クロロトリフルオロエチレン、3,3,3−トリフルオロプロパン、2−トリフルオロメチル−3,3,3−トリフルオロ−1−プロペン、パーフルオロ(ブチルエチレン)等。
パーフルオロ(アルキルビニルエーテル):パーフルオロ(メチルビニルエーテル)、パーフルオロ(エチルビニルエーテル)、パーフルオロ(プロピルビニルエーテル)等。
パーフルオロ(アルケニルビニルエーテル):パーフルオロ(ブテニルビニルエーテル)等。
エーテル性酸素原子含有環状パーフルオロオレフィン:パーフルオロ(1,3−ジオキソール)、パーフルオロ(2,2−ジメチル−1,3−ジオキソール)、パーフルオロ(2−メチレン−4−メチル−1,3−ジオキソラン)等。
ポリフルオロアクリレート:2−(パーフルオロブチル)エチルアクリレート、2−(パーフルオロヘキシル)エチルアクリレート、2−(パーフルオロヘプチル)エチルアクリレート、2−(パーフルオロオクチル)エチルアクリレート等。
ポリフルオロメタクリレート:2−(パーフルオロブチル)エチルメタクリレート、2−(パーフルオロヘキシル)エチルメタクリレート、2−(パーフルオロヘプチル)エチルメタクリレート、2−(パーフルオロオクチル)エチルメタクリレート等。
フルオロスチレン:α−フルオロスチレン、β−フルオロスチレン、α,β−ジフルオロスチレン、β,β−ジフルオロスチレン、α,β,β−トリフルオロスチレン、α−トリフルオロメチルスチレン、2,4,6−トリ(トリフルオロメチル)スチレン、2,3,4,5,6−ペンタフルオロスチレン、パーフルオロ(スチレン)、2,3,4,5,6−ペンタフルオロ−α−メチルスチレン等。
【0021】
また、フルオロモノマーとしては、官能基を有するものも好ましい。官能基を有するフルオロモノマーとしては、下記式(3)で表される化合物等が挙げられる。
【0022】
【化5】

【0023】
ここで、−Zは官能基であり、−CHOH、−COOH、−SOF、−CHOCN、−CHPOHのいずれかである。
、XおよびYは、各々独立に水素原子またはフッ素原子である。
Rfは、炭素数1〜20のポリフルオロアルキレン基またはポリフルオロオキシアルキレン基である。
上述したフルオロモノマーは一種を単独で用いてもよいし、二種以上を併用してもよい。
【0024】
また、本発明の重合体の製造方法においては、不飽和モノマーとして、前記フルオロモノマーと、該フルオロモノマー以外の非フッ素系モノマーとを併用し、これらを共重合してもよい。
非フッ素系モノマーとしては、たとえば、下記の化合物が挙げられる。
オレフィン:エチレン、プロピレン、ブテン等。
アルキルビニルエーテル:エチルビニルエーテル等。
ビニルエステル:酢酸ビニル等。
(メタ)アクリレート:メチルメタクリレート、エチルアクリレート、ブチルアクリレート、ステアリルアクリレート等。
非フッ素系モノマーは一種を単独で用いてもよいし、二種以上を併用してもよい。
不飽和モノマーとしてフルオロモノマーと非フッ素系モノマーとを併用する場合には、全不飽和モノマーに対するフルオロモノマーの割合が30モル%以上であることが好ましく、45モル%以上であることがより好ましく、50モル%以上であることが特に好ましい。一方、非フッ素系モノマーを共重合する効果を充分に発揮させる点では、全不飽和モノマーに対するフルオロモノマーの割合が50モル%以下であることが好ましい。
【0025】
有機過酸化物を用いた不飽和モノマーの重合は、常圧でおこなってもよいし、加圧しておこなってもよい。
重合温度は35〜70℃とすることが好ましい。上記有機過酸化物は、温度35〜70℃にて適度に分解し、重合温度が35℃以上であれば、重合時間を短くでき、重合体の生産性が向上し、70℃以下であれば、温度制御が容易になる。
重合時間は、工業的な観点から、30分〜20時間とすることが好ましく、1〜10時間とすることがより好ましい。
【0026】
不飽和モノマーを重合する際には、円滑に重合できることから、溶媒を添加することが好ましい。
該溶媒としては、各種有機溶媒等を用いることができる。溶媒のうちでも、ハロゲン化脂肪族溶媒、ハロゲン化芳香族溶媒が好ましい。ハロゲン化脂肪族溶媒およびハロゲン化芳香族溶媒の具体例としては、前記有機過酸化物を製造する際に用いる溶媒と同じものが挙げられる。
重合の際に添加する溶媒は一種を単独で用いてもよいし、二種以上を併用してもよい。
【0027】
溶媒を添加する場合には、有機過酸化物の量を、溶媒と有機過酸化物とからなる溶液を100質量%とした際の0.1〜30質量%とすることが好ましい。有機過酸化物の濃度が0.1質量%以上であれば、重合体の生産性がより高くなり、30質量%以下であれば、所望の分子量の重合体を容易に製造できる。
【0028】
有機過酸化物を用いて不飽和モノマーを重合して得た重合体は、再沈殿法、カラムクロマトグラフィー等の公知の方法で精製できる。
【0029】
以上説明した重合体の製造方法では、上記有機過酸化物をラジカル重合開始剤として用いるため、得られる重合体の熱安定性を高くできる。
【実施例】
【0030】
以下に実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
(例1)式(1)で表される有機過酸化物の製造
温度計と滴下ロートを備えた三口フラスコ中に、CFClCFCHClF溶媒の40.84gを添加し、さらに、過炭酸ナトリウム(NaCO・1.5H)の1.58gを添加した。ついで、該三口フラスコ内を、スターラーで攪拌しながら、氷浴により温度を約1℃に調節した。
ついで、滴下ロートから、化合物Aの9.1g(20.1mmol)を10.6gのCFClCFCHClFに溶解した溶液を導入した。三口フラスコ内の温度を約2℃に調節し、5時間攪拌を続けて、粗生成物を得た。該粗生成物を分液ロートにより分離し、有機相を炭酸水素ナトリウム水溶液および蒸留水を用いて洗浄し、硫酸マグネシウムで脱水して、有機過酸化物の溶液を得た。該有機過酸化物の溶液の濃度を、下記のヨードメトリー法により測定した。有機過酸化物の溶液の量および濃度から収量X(モル)を求め、反応前に添加した化合物Aの量Y(モル)に対する反応収率を、(X/Y)×2×100の式より求めたところ、28.9mol%であった。
【0031】
[ヨードメトリー法]
内容積100mlの三角フラスコにイソプロピルアルコールの30ml、酢酸の2ml、飽和ヨウ化カリウム水溶液の2mlをこの順序に採り、該三角フラスコに、約5gに正確に秤量した有機過酸化物の溶液を添加した。ついで、該三角フラスコを密栓し、内容物を混合して、暗所で10分間反応させて、混合液を得た。該混合物を0.1mol/Lのチオ硫酸ナトリウム水溶液にて、ヨウ素の色が消えるまで滴定し、下式(a)により、有機過酸化物の溶液中に含まれる有機過酸化物の濃度(質量%)を算出した。
式(a):濃度(質量%)=(V×M×100)/(20000×S) (a)
V:滴定に要した0.1mol/Lのチオ硫酸ナトリウム水溶液の体積(ml)
:有機過酸化物の分子量(g/mol)
:有機過酸化物の溶液の質量(g)
【0032】
また、得られた有機過酸化物の溶液のIRスペクトルを測定したところ、1790cm−1(C=O)に吸収が見られた。
さらに、得られた有機過酸化物の溶液の19F NMRスペクトル(565MHz、溶媒:重アセトン、基準CFClCFCHClF)を測定したところ、σ(ppm):−109.8〜−110.0(2F)、−220.3〜−220.5(1F)であった。
これらの結果より、式(1)で表される有機過酸化物が得られたものと判断した。
【0033】
(例2)重合体の製造
例1で得た、式(1)で表される有機過酸化物の0.029gを含み、CFClCFCHClFを溶媒とする溶液の2.31gと、CF=CFOCFCFCF=CFの2.33gとを試験管に投入し、液体窒素にて固化した後、脱気し、封管した。該試験管を65℃の温浴に浸し、マグネチックスターラで撹拌しながら1時間反応を行った。
反応後、試験管内の反応液中には白色固体が生成していた。該白色固体をヘキサンで洗浄、精製した後、50℃の真空オーブンで9時間乾燥させた。これにより、白色の固形物であって、下記式(4)で表される繰り返し単位を有し、両末端にペルフルオロアダマンタン基を有する重合体を90.8mg得た。
得られた重合体は、末端にペルフルオロアダマンタン基を有するため、熱安定性に優れる。
【0034】
【化6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されることを特徴とするペルフルオロ有機過酸化物。
【化1】

【請求項2】
下記式(2)で表される化合物と、過炭酸ナトリウム、過炭酸カリウム、過酸化ナトリウム、過酸化カリウム、過酸化バリウムおよび過炭酸バリウムからなる群より選択される一種以上の過酸化物とを反応させることを特徴とするペルフルオロ有機過酸化物の製造方法。
【化2】

【請求項3】
請求項1に記載のペルフルオロ有機過酸化物を重合開始剤として用いて不飽和モノマーをラジカル重合することを特徴とする重合体の製造方法。

【公開番号】特開2008−266207(P2008−266207A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−111530(P2007−111530)
【出願日】平成19年4月20日(2007.4.20)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】