説明

ポリ−3−ヒドロキシ酪酸の抽出法

【構成】 テトラヒドロフランまたはその誘導体を抽出溶剤として菌体からポリ−3−ヒドロキシ酪酸を抽出する。
【効果】 安全で、入手しやすく、しかも安価な抽出溶剤を用い、乾燥菌体あるいは湿菌体の如何を問わず、これら菌体からポリ−3−ヒドロキシ酪酸を高収率で抽出できる。しかも抽出後の溶液を室温に冷却するだけでポリ−3−ヒドロキシ酪酸をゲル化あるいは析出させることが出来、容易に回収することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、菌体内に蓄積した3−ヒドロキシ酪酸単位からなるポリ−3−ヒドロキシ酪酸(以下PHBと記す)を菌体から抽出する方法に関する。更に詳しくは、テトラヒドロフランまたはその誘導体を抽出溶剤として用い、菌体からPHBを溶剤抽出する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】ポリ−3−ヒドロキシ酪酸は、数多くの微生物のエネルギー貯蔵物質として菌体内部に蓄積され、生物分解性と生物適合性をもつ熱可塑性高分子である。近年、合成プラスチックが環境汚染や資源循環の観点から深刻な社会問題となっている。それ故、PHBは、“クリーン”プラスチックとして注目され、使用期間が比較的短い商品の包装や手術糸、骨折固定用材などの医療材料および医薬や農薬を徐々に放出する徐放性システムなど多方面への応用可能な有用な天然高分子であり長年にわたり期待されている。
【0003】PHBの製造は、細菌例えばシュードモナス(Pseudomonas )属、アルカリゲネス(Alcaligenes )属、プロトモナス(Protomonas)属、アゾトバクター( Azotobacter)属、ノカルジア(Nocardia)属等の細菌を培養し菌体内にPHBを顆粒状に蓄積せしめた後、菌体を培養液より集菌し、その菌体から分離精製して行われる。
【0004】菌体からのPHBの分離精製は、菌体と抽出溶剤とを接触させ菌体よりPHBを抽出する方法と、菌体のPHB以外の成分を酵素などで取り除く方法が知られている。溶剤抽出に従来用いられている溶剤としてクロロホルム(特開昭57-65193号)、塩化メチレン(特開昭57-65193号)、ピリジン(米国特許第3036959 )などが知られている。しかし、これらの溶剤では、乾燥菌体からしか抽出できず湿菌体からPHBを抽出できないため培養液から得られた菌体を乾燥する工程が必要となってくる。また、抽出後得られた抽出液に、メタノール等のPHBを溶解しない溶剤を添加しPHBを析出させなければならない。その際、そのPHB非溶解性溶剤を多量に必要とし、非常に大きな製造設備が必要となり経済的な方法とはいい難い。特開平2-69187 には溶剤による湿菌体からのPHBの抽出方法が記載されているが、ここで用いられる溶剤はいずれも特殊なものであり経済性等の点で工業的に不十分である。
【0005】一方、溶剤抽出法による精製では菌株による差異が見られないのに比べ、PHB以外の成分を酵素などで可溶化して取り除く精製法では湿菌体を使用することができるが、酵素、界面活性剤等の効果が菌株により著しく異なり、高純度のPHBを得るためには数多くの工程が必要になる場合がある 。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、従来技術における上記したような課題を解決し、安価で入手しやすい溶剤を用いて湿菌体のままでPHBを抽出でき、しかもその抽出溶液からPHBを容易に得ることができる抽出方法を提供することである。
【0007】
【課題を解決するための手段】そこで、本発明者等は、安価で入手しやすい溶剤を用いて湿菌体のままでPHBを抽出でき、しかもその抽出溶液からPHBを容易に得ることができる抽出方法について鋭意検討を重ねた結果、意外にも室温ではPHBをほとんど溶解しないテトラヒドロフラン及びその誘導体が、60℃以上、好ましくは80℃以上ではPHBの良溶剤となってPHBを高濃度に溶解することを見出した。また、これらの溶剤が乾燥菌体だけでなく、湿菌体からも高収率で抽出可能であることも見いだした。更に、溶解したPHBは溶解液を冷却することでほとんど全て析出またはゲル化し、多量のPHB非溶解性溶剤を用いずとも高純度のPHBが得られることを見いだした。本発明に使用される抽出溶剤はテトラヒドロフラン及びその誘導体がある。テトラヒドロフランの誘導体としては、2−メチルテトラヒドロフラン、3−メチルテトラヒドロフランなどが挙げられる。これらの溶剤のうち、テトラヒドロフランおよび3−メチルテトラヒドロフランが本発明の抽出溶剤として特に好ましい。
【0008】すなわち、本発明は菌株を問わず、PHBを含有する菌体よりPHBを抽出精製する方法において、テトラヒドロフランまたはその誘導体を抽出溶剤として用いることを特徴とするPHBの抽出法に関するものである。また、本発明におけるPHBを含有する菌体とは、PHBを菌体内に蓄積した細菌細胞であり、このような細菌として例えば、アゾトバクター ビネランディー(Azotobacter vinelandii)、アルカリゲネス ユウトロフス(Alcaligenes eutrophus )、プロトモナス エクストルクエンス(Protomonas extorquens )等に属するものが挙げられる。その菌体は上記の細菌をグルコース、フラクトース、メタノール、酢酸、酪酸などの炭素源、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、ペプトンなどの窒素源、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム等のリン酸源およびその他細菌の増殖に必要なミネラル、微量栄養源を含む培地で、炭素源以外の菌体増殖に必須の栄養素などが増殖の制限因子となるようにして好気的に培養し、その培養液から遠心分離等の方法で集菌して得られる。もちろん、その菌体を更に乾燥したもの、またはメタノール、アセトン等の脂質溶剤で洗浄乾燥したものも菌体として用いることができる。
【0009】本発明の方法により実際に菌体から抽出溶剤を用いてPHBを抽出する際、その抽出溶剤が、菌体を除く全液体に対して70重量%以上含有されていれば良い。すなわち、30重量%未満の範囲であれば、湿菌体により持ち込まれる水のようなPHB非溶解性溶剤が含まれていても良い。PHB非溶解性溶剤の割合が30重量%を超える場合、PHBの溶解性が低くなったり、PHB溶液の粘度が高くなったり、PHBの劣化をもたらしたりするおそれがあるので好ましくない。抽出溶剤は、最終的にPHB濃度が3〜10%になるように加えるのが適当である。その抽出温度は、60℃以上、好ましくは80℃以上である。
【0010】純粋なPHBを得るために、PHBを含有する菌体を、好ましくは発酵槽溶液の遠心分離によって発酵槽溶液から単離する。単離された菌体を本発明による抽出剤の1つ中で攪はんし、60〜130℃の温度に加熱し、20〜80分この温度で抽出する。この際、PHB濃度は3〜10%に、水分濃度は30%を超えないようにする。次いでPHBを溶解含有した抽出溶剤を不溶性菌体と分離する。この際、PHBを溶解含有した抽出溶剤は加圧状態であり、分離を行うときは加圧状態で行っても良いが、60℃まで冷却した後分離しても良い。これは、60℃に保温してあれば数時間、少なくとも2時間は溶解したPHBが析出してこないからである。分離は常法で行うことができる。この場合加熱された濾過器を使用するのが有利である。というのは分離がこの方法で問題なく簡単に行われるからである。その後PHBを含有する分離された溶液を室温程度に冷却し、溶解したPHBを完全にゲル化または析出させる。PHBの単離は、冷却したPHB溶解溶液から液体を濾過、遠心分離など通常の方法で行われる。単離されたPHBを水、メタノール、エタノール、アセトン、またはその混合物で後洗浄し、次いで乾燥する。PHBの乾燥は、常法、たとえば気流乾燥、真空乾燥などで行われる。
【0011】
【実施例】次に本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
実施例1プロトモナス エクストルクエンス (Protomonas extorquens) K(微工研菌寄第8395号)をメタノールを唯一の炭素源とする完全合成培地を用いて、窒素供給を菌体増殖の制限因子になるようにして回分培養を行い、その発酵槽溶液の遠心分離によって湿菌体を得た。この湿菌体は、水分含有率82重量%、菌体乾燥重量に対するPHB含有率59.5%であり、菌体中PHBの分子量は2×105 であった。この湿菌体22.9gとテトラヒドロフラン50mlとを耐圧管中に入れ、120℃で60分処理した。その後60℃に冷却した後、60℃に加温した吸引濾過器で不溶性菌体を分離した後、溶液を室温まで冷却した。冷却によってPHBは完全にゲル化して沈澱した。沈澱したゲルを吸引濾取した後、メタノールを加えて十分に攪はんして洗浄した。次いで、ゲルを吸引濾過、乾燥し1.88g(理論値の77%に相当する)のPHB粉末を得た。得られた粉末の純度は約100%であり、分子量は1.5×105 であった。
【0012】実施例2実施例1と同様な手法で得られた水分含有率67重量%、菌体乾燥重量に対するPHB含有率59.5%、菌体中PHBの分子量が2×105 である湿菌体15.6gと3−メチルテトラヒドロフラン50mlとを耐圧管に入れ、120℃で60分処理した。その後60℃に冷却した後、60℃に加温した吸引濾過器で不溶性菌体を分離した後、溶液を室温まで冷却した。この場合PHBは完全にゲル化し沈澱した。その沈澱したゲルを吸引濾取した後、メタノールを加え十分に攪はんして洗浄した。次いで、ゲルを吸引濾過、乾燥し、2.48g(理論値の81%に相当する)のPHB粉末を得た。得られた粉末の純度は約100%であり、分子量は1.6×105 であった。
【0013】実施例3実施例1と同様な湿菌体をテトラヒドロフランを抽出溶剤に用い、実施例1で示した抽出操作を80℃で行い、その後60℃に冷却した後、60℃に加温した吸引濾過器で不溶性菌体を分離した後、溶液を室温まで冷却した。冷却によって沈澱したゲルを吸引濾取した後、メタノールを加え十分に攪はんして洗浄した。次いで吸引濾過、乾燥し1.92gのPHB(理論値の78%に相当する)の粉末を得た。その粉末の純度は約100%であり、分子量は1.8×105 であった。
【0014】実施例4プロトモナス エクストルクエンス (Protomonas extorquens) K(微工研菌寄第8395号)を実施例1で示したのと同様にメタノールを炭素源とし、窒素供給を菌体増殖の制限因子になるようにして回分培養を行い、その発酵槽溶液の遠心分離によって得られた湿菌体を凍結乾燥し、菌体乾燥重量に対するPHB含有率が44%、菌体中PHBの分子量が1.4×105 である乾燥菌体を得た。この乾燥菌体2.5gを20mlのテトラヒドロフランに懸濁し、120℃、60分抽出を行った。その後60℃に冷却した後、60℃に加温した吸引濾過器で不溶性菌体を分離した後、溶液を室温まで冷却した。この冷却によってPHBは完全にゲル化して沈澱した。沈澱したゲルを吸引濾取した後、メタノールを加え十分に攪はんして洗浄した。次いで、ゲルを吸引濾過、乾燥し、0.97g(理論値の88%に相当する)のPHB粉末を得た。得られた粉末の純度は98%であり、分子量は1.3×105 であった。
【0015】実施例5アルカリゲネス ユウトロフス (Alcaligenes eutrophus) NCIB 11509をグルコースを炭素源とし、窒素供給を菌体増殖の制限因子になるようにして好気的に回分培養を行い、その発酵槽溶液の遠心分離によって得られた湿菌体を凍結乾燥し、菌体乾燥重量に対するPHB含有率が53%、菌体中PHBの分子量が3.0×105 である乾燥菌体を得た。この乾燥菌体3.0gをテトラヒドロフラン40mlに懸濁し、120℃、60分抽出を行った。その後60℃に冷却した後、60℃に加温した吸引濾過器で不溶性菌体を分離した後、溶液を室温まで冷却した。この冷却によってPHBは完全にゲル化して沈澱した。沈澱したゲルを吸引濾取した後、メタノールを加え十分に攪はんして洗浄した。次いで、ゲルを吸引濾過、乾燥し、1.35g(理論値の85%に相当する)のPHB粉末を得た。得られた粉末の純度は99%であり、分子量は2.5×105 であった。
【0016】実施例におけるPHBの分子量の測定は、ゲルクロマトグラフィー(ShodexGPC K, 90 cmカラム、溶媒:クロロホルム, 1.0ml/min 、ポリスチレンスタンダード、RI検出)によって行った。また菌体のPHB含有率、得られたPHBの純度の測定は、PHBをメチルエステル化してガスクロマトグラフィーにより行った。水分含有率は、乾燥減量により測定した。
【0017】
【発明の効果】本発明により、安全で、入手が容易で、しかも安価な溶剤を用いて乾燥菌体、湿菌体のいずれからも少なくとも98%の極めて高純度のPHBを良好な収率で取得可能となる。また、抽出後、PHB溶解溶液を冷却するのみで溶解したPHBのほとんど全てがゲル化または析出し、容易に回収できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ポリ−3−ヒドロキシ酪酸を含有する菌体からポリ−3−ヒドロキシ酪酸を抽出するに際して、テトラヒドロフランまたはその誘導体を抽出溶剤として使用することを特徴とするポリ−3−ヒドロキシ酪酸の抽出法。
【請求項2】 抽出温度を60℃以上とする請求項1記載の抽出法。
【請求項3】 抽出溶剤が、テトラヒドロフランまたは3−メチルテトラヒドロフランである請求項1記載の抽出法。