説明

ポリクローナル抗体の製造方法およびこの製造方法により製造されたポリクローナル抗体。

【課題】 本発明は、従来のポリクローナル抗体の製造方法と異なり、1回の免疫でポリクローナル抗体を製造する新規なポリクローナル抗体の製造方法を提供することを目的とする。また、マウスやラットなど従来ポリクローナル抗体を製造することができなかった小型動物においても、ポリクローナル抗体を製造することができるこのポリクローナル抗体の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明のポリクローナル抗体の製造方法は、抗原を動物に注射する工程と、肥大化した腸骨リンパ節および/または鼠径リンパ節からリンパ球を取り出す工程と、前記取り出したリンパ球を培養する工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なポリクローナル抗体の製造方法およびこの製造方法により製造されたポリクローナル抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリクローナル抗体は、ウサギなどの中型の動物、ウシなどの大型動物の皮下や皮内に抗原を免疫し、血中抗体価の上昇した動物から採血して得ている。しかし、この方法では、血中抗体価を上昇させるために、複数回の免疫(通常、3回以上の追加免疫)が必要であり、作製期間が数ヶ月に及ぶ。また、複数回免疫を行うため、動物にとっても負担が大きい。また、免疫に使用する抗原量も必然的に多くなる。
【0003】
得られたポリクローナル抗体は、採血して得られる。例えば、ウサギは、耳から採血する。ポリクローナル抗体の製造では、比較的多量の結成が必要となる。このため、マウスやラットなどの小形動物は、ポリクローナル抗体の製造に使用されない。ラットも、マウスに比べれば大きいが、採血が難しい。
【0004】
例えば、ラット抗体を、マウス抗体やウサギ抗体と組み合わせることで、免疫染色で多重染色が可能になる。このため、マウスやラットなどの小形動物から多量のポリクローナル抗体を製造することが求められている。
【0005】
マウスの尾根部またはラットの後肢足の裏に抗原を注射すると、腸骨リンパ節及び鼠径リンパ節が肥大し、リンパ節内部に多くのリンパ球(抗体産生細胞)を含むことが知られている(例えば、非特許文献1、2参照)。一般に、リンパ球は、培養によりすぐに死滅すると考えられている。このため、リンパ節に含まれるリンパ球を用いた抗体産生細胞は、リンパ球とミエローマ(骨髄系癌細胞)とを融合して作製される。すなわち、リンパ球を用いて作られる抗体は、モノクローナル抗体である。上記の抗原を注射した腸骨リンパ節及び鼠径リンパ節から得られるリンパ球を用いて、モノクローナル抗体が作製されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Cell Struct. Funct.、 20:p151−156(1995)
【非特許文献2】Acta Histochem. Cytochem.、 39:p89−94(2006)
【特許文献1】特開平6−209769号公報
【特許文献2】特開2007−20547
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、従来のポリクローナル抗体の製造方法と異なり、1回の免疫でポリクローナル抗体を製造する新規なポリクローナル抗体の製造方法を提供することを目的とする。また、マウスやラットなど従来ポリクローナル抗体を製造することができなかった小型動物においても、ポリクローナル抗体を製造することができるこのポリクローナル抗体の製造方法を提供することを目的とする。
さらに、このポリクローナル抗体の製造方法を用いて、高品質なポリクローナル抗体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、培養によりすぐに死滅すると考えられていたリンパ球のうち、腸骨リンパ節及び鼠径リンパ節から得られるリンパ球が一定期間培養することができること、およびポリクローナル抗体を産生することを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、以下のとおりである。
【0009】
本発明のポリクローナル抗体の製造方法は、抗原を動物に注射する工程と、肥大化した腸骨リンパ節および/または鼠径リンパ節からリンパ球を取り出す工程と、前記取り出したリンパ球を培養する工程とを含む。
【0010】
この方法によると、得られたリンパ球を培養することで、培養液中に多量の抗体が分泌される。この培養上清をポリクローナル抗体として使用することができる。
【0011】
前記抗原の注射は、1回であってもよい。1回でも、十分な抗体価が得られれば、動物への負担を軽減することができ、製造期間を短縮できるからである。
【0012】
前記動物が、マウスまたはラットであってもよい。本発明を用いると、従来ポリクローナル抗体を製造することができない小動物から、ポリクローナル抗体を製造することができる。
【0013】
本発明のポリクローナル抗体は、上記いずれかの方法で製造されたポリクローナル抗体である。
【発明の効果】
【0014】
本発明のポリクローナル抗体の製造方法は、抗原を注射することで、腸骨リンパ節および/または鼠径リンパ節が容易に肥大化すること、従来培養できないとされていたリンパ球のうち、腸骨リンパ節および/または鼠径リンパ節から得られるリンパ球を培養することができること、及び培養中のリンパ球から多量の抗体を産生することを用いる。これにより、動物に複数回の免疫を必要とせず、短期間で多量かつ高品質のポリクローナル抗体を得ることができる。また、この方法は、マウスやラットなど従来ポリクローナル抗体の製造に適さないとされてきた小型動物についても用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、L929細胞抽出液に対し、本発明の方法を用いて作製したポリクローナル抗体を用いて行ったウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
【図2】図2は、ホルマリンで固定したL929細胞を本発明の方法を用いて作製したポリクローナル抗体を用いて行った免疫染色(間接蛍光抗体法)の結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のポリクローナル抗体の製造方法を詳細に説明する。
[ポリクローナル抗体の製造方法]
(抗原)
本発明で用いる抗原は、生体内に入ると抗体を作らせる原因となる物質であれば、特に制限はない。具体的には、異種のタンパク質、多糖類、毒素、微生物、細胞、合成化合物などである。
【0017】
(動物)
本発明でポリクローナル体の製造に用いる動物は、腸骨リンパ節または鼠径リンパ節を有する動物であればよく、例えば、哺乳動物や鳥類などの脊椎動物が挙げられる。哺乳動物としては、特に限られないが、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ミンク等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類を挙げることが出来る。鳥類としては、ニワトリ、ウズラ、アヒル、ガチョウ、シチメンチョウ、オーストリッチ、エミュ、ホロホロ鳥、ハト等を挙げることができる。本発明において、脊椎動物は、好ましくは哺乳動物である。
【0018】
本発明では、従来ポリクローナル抗体の製造に適さないとされてきた、マウス、ラット、ハムスターなどの小型動物においても、ポリクローナル抗体の製造をすることができる。また、本発明のポリクローナル抗体の製造方法では、1回または多くても2、3回の追加免疫でポリクローナル抗体の製造をすることができる。したがって、中型動物、大型動物においても、短期間で、動物の負担の少ないポリクローナル抗体の製造をすることができる。
【0019】
なお、本発明のポリクローナル抗体の製造方法で得られたポリクローナル抗体がどの動物由来かは、市販の各動物の抗体を特異的に認識する抗体を用いれば、簡単に検定することができる。
【0020】
(抗原の注射)
抗原は、フロイント完全アジュバントまたはフロイント不完全アジュバントと混合して用いるとよい。抗原の注射は、通常は1回、多くても2回または3回であればよい。本発明では、基本的には追加免疫は必要としない。追加免疫が必要かどうかは、血液中の抗体価を公知の方法により、測定することで判断する。注射部位は、腸骨リンパ節、鼠径リンパ節が肥大する部位であれば特に制限はない。例えば、マウでは尾根部、ラットでは後肢足の裏である。
【0021】
(リンパ球の培養)
肥大化した腸骨リンパ節または肥大化した鼠径リンパ節からリンパ球を取り出す。リンパ球の取り出しは、抗原注射後2〜3週間後、遅くても4週間以内であるとよい。得られたリンパ球を培養する。培養液は、リンパ球を培養するために用いられる公知の培養液であればよい。
【0022】
リンパ球を2週間以上培養すると、培養液中に大量の抗体が、リンパ球から分泌される。抗体が分泌されているかどうかは、この抗体に反応する抗原を用いて、ウエスタンブロッティングなどの公知の方法を用いて確認することができる。この培養上清をポリクローナル抗体として用いる。このように、本発明では、動物から単離したリンパ節を培養し、培養液中に抗体を産生させる。このため、1匹のマウスからであっても、数mlのポリクローナル抗体を含む培養上清を得ることができる。
【0023】
得られたポリクローナル抗体を含む培養上清は、そのままでも使用することができる。また、得られたポリクローナル抗体を分画してもよい。分画は、クロマトグラフィー(アフィニティ、イオン交換、ゲル濾過など)、硫酸アンモニウムのような塩、エタノールのような有機溶媒、またはポリエチレングリコールのような高分子との選択的沈降によって行う。
【0024】
本発明の製造方法で得られるポリクローナル抗体は、高品質であり、従来法に比べ、簡単な方法で、短時間で大量に得られる。したがって、本発明の製造方法で得られるポリクローナル抗体は、ポリクローナル抗体を用いる全ての試験や診断薬・治療薬などの免疫製剤に利用することができる。
【0025】
(実施例)
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。
【0026】
低分子量Gタンパク質RanのC末端に由来する合成ペプチド(配列番号No.1:VAQTTALPDEDDDL)をキャリアタンパク質であるスカシ貝ヘモシアニン(KLH)に結合したものを、抗原として用いた。
【0027】
上記抗原100μgをフロイント完全アジュバント(200μl)と混和して、エマルジョンを作製した。このエマルジョンを、抗体作成用のラットの後肢足の裏に注射した。
【0028】
2週間後、ポリクローナル抗体の抗体価は公知の方法に従い測定した。具体的には、RanC末端ペプチドを抗原に用いたELISAにより評価し、十分な抗体価が得られていることを確認した。腸骨リンパ節からリンパ球を取り出した。1対の腸骨リンパ節から1×10個のリンパ球を単離した。取り出したリンパ球は、10%ウシ血清を含むDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium:ダルベッコ改変イーグル培地)で培養した。2週間培養後、培養上清を回収し、ポリクローナル抗体溶液とした。
【0029】
上記ポリクローナル抗体溶液を用いて、マウスの繊維芽細胞由来のL929細胞抽出液に対するウエスタンブロッティングを行った。なお、ウエスタンブロッティングは、まず10%SDS−PAGEで電気泳動した細胞抽出液をPVDF(ポリフッ化ビニリデン)膜に転写した。次に膜を5%スキムミルクでブロッキングし、作製したポリクローナル抗体溶液中で振盪した後、酵素標識した抗ラットIgG抗体で抗体が結合するタンパク質を検出した。
【0030】
図1は、L929細胞抽出液に対し、本発明の方法を用いて作製したポリクローナル抗体を用いて行ったウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。図1において、左の数字は、分子量(kDa)を示す。図1に示すように、本発明の方法で得られたポリクローナル抗体は、L929細胞に発現するRanを検出することができることがわかる(図1レーン右側の矢印の示す部位)。
【0031】
なお、低分子量Gタンパク質Ranは細胞の生存に必須のタンパク質であり、今回用いたL929細胞のみならず、すべての細胞に発現している。すなわち、本発明の方法で得られた抗Ranポリクローナル抗体を用いると、すべての細胞や組織抽出液でRanを検出できる。
【0032】
次に、同じポリクローナル抗体溶液を用いて、L929細胞に対して免疫染色(間接蛍光抗体法)を行った。細胞の免疫染色は、まず培養したL929細胞を3.7%ホルマリン溶液で15分間固定し、0.5%TX−100溶液で5分間処理することで細胞の浸透性を高めた。次に、0.1%BSA溶液でブロッキングし、細胞を作製したポリクローナル抗体中で振盪した後、蛍光色素標識した抗ラットIgG抗体で抗体が結合するタンパク質を可視化した。結果を図2に示す。図2は、ホルマリンで固定したL929細胞を本発明の方法を用いて作製したポリクローナル抗体を用いて行った免疫染色(間接蛍光抗体法)の結果を示す写真である。図2から、核(図中、略楕円形の島状のもの)に局在するRanが蛍光していることがわかる。これから、本発明の方法で得られポリクローナル抗体は、L929細胞の核局在するRanを検出することができることがわかる。
【0033】
以上から、本発明の方法で得られポリクローナル抗体は、高品質であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0034】
特異性の高いポリクローナル抗体は、生体内の特定の成分を同定・定量するのに使用される。本発明のポリクローナル抗体の製造方法で得られるポリクローナル抗体は、特異性が高い。また、その製造方法も短時間で、動物の負担が少ない、新しいポリクローナル抗体の製造方法を提供する。本発明のポリクローナル抗体の製造方法で得られるポリクローナル抗体は、生命科学分野での研究に用いられる他、環境分野では環境ホルモンなどの有害物質などの検出、食品分野ではBSE検査などの検査、医療関係では妊娠検査や病気の診断や抗体医薬など、ポリクローナル抗体を用いるあらゆる分野に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗原を動物に注射する工程と、
肥大化した腸骨リンパ節および/または鼠径リンパ節からリンパ球を取り出す工程と、
前記取り出したリンパ球を培養する工程と
を含む、ポリクローナル抗体の製造方法。
【請求項2】
前記抗原の注射が1回である、請求項1に記載のポリクローナル抗体の製造方法。
【請求項3】
前記動物が、マウスまたはラットである、請求項1または2に記載のポリクローナル抗体の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法で製造されたポリクローナル抗体。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−6856(P2012−6856A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−143231(P2010−143231)
【出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(510175780)
【Fターム(参考)】