説明

ポリフェニレンスルフィド紙及びその製造方法

【課題】 従来技術の問題点であった工程の煩雑さ、抄紙収率を大幅に改善し生産性に優れるPPS紙の製造方法およびPPS紙を提供する。
【解決手段】 ポリフェニレンスルフィドからなる微粉末(A)およびポリフェニレンスルフィドからなる短繊維(B)を水に分散させて抄紙原液とし、該抄紙原液を抄紙し熱プレスを施して、微粉末(A)により短繊維(B)間を結着させたポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は耐熱性、耐薬品性に優れるポリフェニレンスルフィド(PPS)紙およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド(PPS)は耐熱性、耐薬品性、難燃性、機械的強度、電気的特性などに優れたエンジニアリングプラスチックである。このPPSの特徴を活かして、各種用途へのPPS紙の応用が期待されている。
【0003】
このPPS紙の製造方法に関しては、一般的な合成紙において短繊維間の結着の目的で使用される低融点のバインダー繊維は、PPS独自の優れた特性を損ねるため使用できない。このため、通常の合成繊維からなる合成紙と同様の製法が適用できず、特殊な製法が必要であり、PPS独自の特性を損なうことのないPPS紙の製造方法が種々検討されてきた。
【0004】
例えば、特許文献1では短繊維間の結着材としてPPSの未延伸糸を用い、これをプレス時に熱融着させる方法が提案されている。しかしながらこの製法においては未延伸糸を得るためにPPS樹脂の段階からペレット化、溶融紡糸、捲縮付与、カットなどの工程が必要であり、工程が非常に煩雑であった。
【0005】
また、特許文献2ではPPSナノファイバーを結着材として用いることが提案されているが、このPPSナノファイバーを得るためにはPPSと異種ポリマーを混練するアロイ化、溶融紡糸によるアロイ繊維化、延伸による細繊度化、アロイ繊維から異種ポリマーの除去を行なうナノファイバー化、ナノファイバーの束をほぐすための叩解といった一連の特殊な加工が必要であり、その工程は上記のPPS未延伸糸を使ったものよりもはるかに煩雑なものであった。
【0006】
また、上記の未延伸糸、PPSナノファイバーともにその形態が繊維状であるために、抄紙原液の調製工程において紙の骨材となる通常のPPS短繊維と共に水に分散させると繊維同士の絡まりを促進するため分散が困難であった。このため、繊維の絡まりを防いで地合いの良い紙を得るため抄紙原液の濃度を低くせざるを得ず、抄紙時の排水量が多く生産性が悪かった。
【0007】
このように、PPS紙の製造方法に関する従来技術においてはPPS独自の特性を保ったPPS紙が得られるものの、その製造工程は非常に煩雑であるためコストアップが避けられず、また原液濃度を低くする必要があるため生産性が悪いといった問題があった。
【特許文献1】特開平9−67786号公報(第2〜3頁)
【特許文献2】特開2006−257618号公報(第9〜15頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、上記従来技術の問題点であった工程の煩雑さ、抄紙収率を大幅に改善し生産性に優れるPPS紙の製造方法およびPPS紙を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記した本発明の課題は以下の手段により達成される。
1.ポリフェニレンスルフィドからなる微粉末(A)およびポリフェニレンスルフィドからなる短繊維(B)を水に分散させて抄紙原液とし、該抄紙原液を抄紙し熱プレスを施して、微粉末(A)により短繊維(B)間を結着させたポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
2.熱プレス温度が200℃以上250℃以下である1記載のポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
3.粒径100μm以下の微粉末(A)を使用する1または2記載のポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
4.(A)と(B)の総重量に対する(A)の割合が10重量%以上95重量%以下である1〜3のいずれか1項に記載のポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
5.ポリフェニレンスルフィド重合溶液からのフラッシュ法により得られる微粉末(A)を使用する1〜4のいずれか1項に記載のポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
6.1〜5のいずれか1項に記載の方法で製造されたポリフェニレンスルフィドからなる紙。
【発明の効果】
【0010】
本発明のPPS紙はPPS樹脂独自の耐熱性、耐薬品性、難燃性、機械的強度、電気的特性を有することから、耐熱性ワイパー、プリント回路基板、電気絶縁紙、各種フィルター材、防音断熱材、ルーフィング材、バッテリーセパレーターなどとして利用することができる。また、本発明のPPS紙の製造方法は従来のPPS紙の製造方法と比べて製造工程の簡略化、抄紙原液濃度の向上が可能であり、経済的に優れた方法でPPS紙を提供可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明のPPS紙の製造方法について詳細に説明する。
【0012】
本発明におけるPPSとは、公知の方法で合成された下記構造式(I)で示される繰り返し単位を有する重合体である。
【0013】
【化1】

【0014】
耐熱性の観点からは上記構造式で示される繰り返し単位を70モル%以上、更には90モル%以上含む重合体が好ましい。
【0015】
また、本発明のPPSは、その溶融粘度が5〜5000Pa・s(310℃、せん断速度1,000/秒)の範囲が好ましい。
【0016】
本発明における微粉末(A)とは、実施例C.項記載の方法で求められる目開き500μmのふるいでのふるい残分が1%未満のものを指す。このような微粉末(A)を結着材として持ちいることで、繊維状の未延伸糸やナノファイバーを使用した際に発生する抄紙原液中での繊維同士の絡み合いが低減するため、紙の地合いを良好に保ったまま原液濃度の向上が可能となり抄紙収率が向上する。なお、ふるい残分の原因となる粒径500μm以上の粗大粒子を含む粉末を使用した場合、粗大粒子は短繊維間に捕捉され難いため、抄紙工程において粉の脱落や機器類への付着が容易に発生するため好ましくない。
【0017】
微粉末(A)の粒径としては、紙からの微粉末の脱落を抑制して保持性を向上する目的で、分級により200μmより大きな粉末をカットした粒径200μm以下の微粉末が好ましく、100μmより大きな粉末をカットした粒径100μm以下に分級したものが最も好ましい。分級の方法としては、電磁式、音波式、超音波式、気流式、水流式のふるいが挙げられる。
【0018】
微粉末(A)の形状としては細長く伸びた繊維状のものを含まないことが好ましい。このような微粉末(A)を使用することで、抄紙原液中での繊維同士の絡み合いがより低減するため、紙の地合いを良好に保ったまま原液濃度の向上が可能となり抄紙収率が向上する。
【0019】
なお、このような微粉末の製造方法としてはフラッシュ法、PPS樹脂の粉砕、PPS樹脂の希薄溶液を攪拌下に急冷させて微粉末状に析出する方法などが挙げられる。このうちフラッシュ法は、重合溶液からの微粉末の直接回収が可能であり、製造方法が最も簡便であり、安価に製造可能であるため最も好ましい。なお、フラッシュ法とは、例えば特開2004−099684号公報に記載されるように重合反応物を高温高圧(通常250℃以上、8kg/cm以上)の状態から常圧もしくは減圧の雰囲気中へノズルから噴出させることにより、溶媒回収と同時に重合体を粉状にして回収する方法である。
【0020】
本発明でいう短繊維(B)とはステープル状にカットしたものを指す。短繊維(B)の長さは紙の強度向上の目的で1mm以上が好ましく、抄紙原液中での繊維同士の絡まりを抑制する目的で5cm以下が好ましい。より好ましくは5mm以上2cm以下である。
【0021】
短繊維(B)の直径は抄紙原液中での繊維の分散性を向上し、地合いの良い紙を得る目的で25μm以下が好ましい。より好ましくは15μm以下、最も好ましくは10μ以下である。なお、現行の直接紡糸法によって得られる繊維直径の下限としては5μm程度である。
【0022】
短繊維(B)は紙の強度向上の目的で捲縮を有していてもよい。紙の強度向上と抄紙原液中での繊維同士の絡まりを抑制する目的で捲縮数としては4山/25mm以上、18山/25mm以下が好ましい。
【0023】
本発明における微粉末(A)と短繊維(B)の総重量に対する(A)の割合は用途に応じて任意に選択可能であるが、10重量%以上95重量%以下であることが好ましい。微粉末(A)10重量%以上とすることで短繊維(B)間に存在する微粉末(A)により短繊維(B)間の摩擦が大きくなり、抄紙後の基材からの剥がれが良好となる。また、微粉末(A)を95重量%以下とすることで紙中での短繊維(B)同士の絡み合いによる紙力が向上し、抄紙後に基材から剥がそうとする際の形体安定性が向上する。
【0024】
上記の範囲内で微粉末(A)の混率を多くすることで短繊維(B)間を微粉末(A)が充填するため、熱プレス後の紙の密度が向上し、通気度が低くなる。また、微粉末(A)の混率を少なくすることで、熱プレス後の単繊維(B)同士の結着点が少なくなり、密度が低く、通気度の高い紙が得られる。例えば、耐熱ワイパー用途においては汚れを取り込む目的で繊維間隙は多いほうが好ましいため微粉末(A)の添加量は10重量%以上50重量%以下が好ましい。また、電気絶縁紙用途やプリント回路基板用途においては電気絶縁性を向上する目的で繊維間隙が少ないほうが好ましく、微粉末(A)の添加量としては50重量%以上95重量%以下が好ましい。
【0025】
本発明においては、微粉末(A)と短繊維(B)を水に分散させた抄紙原液を抄紙する。このような方法は一般に湿式抄紙法と呼ぶが、本発明においては湿式抄紙法とすることで微粉末(A)の凝集を防ぎ、短繊維(B)との均一な混合が可能となる。一方で、水への分散を行なわない乾式抄紙法においては微粉末(A)が凝集した状態で短繊維(B)に付着してしまうため、均一な紙を得ることが困難である。
【0026】
抄紙原液の調製手順としては、微粉末(A)、短繊維(B)をそれぞれを水に分散させた液を混合しても、予め微粉末(A)と短繊維(B)を混ぜた状態で水に分散しても良い。分散時に起こる、微粉末(A)と短繊維(B)の擦れ、フィブリル化、潰れなどのダメージを最小限にする目的で微粉末(A)、短繊維(B)を予めそれぞれ水に分散させた液を混合して抄紙原液を得ることが好ましい。水分散させる方法としては例えばナイアガラビーター、リファイナー、パルパーなど、各種ブレンダー、ラボ用粉砕器やバイオミキサー、PFI叩解機、撹拌子、撹拌翼など各種撹拌機、叩解機を好ましく用いることができる。分散時に起こる微粉末(A)と短繊維(B)のダメージを最小限にし、得られる紙の品質を保つ目的で、これら手法のうち比較的剪断力が小さい状態で分散させることが可能なパルパーやブレンダーの使用がより好ましい。
【0027】
抄紙原液の濃度としてはろ水時間の面から0.01重量%以上、分散性の面から10重量%以下が好ましい。また、抄紙原液には微粉末(A)と短繊維(B)の分散性向上の目的で各種分散剤を添加することが好ましい。
【0028】
分散剤としては、アニオン系、カチオン系、ノニオン系の界面活性剤が挙げられ、紙の用途に合わせて適宜選択可能である。たとえば電気絶縁紙用途においては、含有イオンによる絶縁劣化を防ぐ目的でノニオン系の界面活性剤の使用が好ましい。ノニオン系の界面活性剤としては、PPSとの相性からポリグリコールやポリオキシエチレンエーテル、ポリオキシエチレンエステルなどが好ましい。分散剤は水への溶解を速やかに行なう目的で予め希釈して1重量%以上10重量%以下の水溶液として用いることが好ましい。分散剤の添加時期は微粉末(A)、短繊維(B)の水分散前でも、水分散と同時でも、あるいは水分散後でも良い。このうち、水分散前に添加することで分散剤の成分が微粉末(A)および短繊維(B)の表面に多量付着し、水への均一な分散が容易となるため最も好ましい。
【0029】
抄造工程としては連続工程では丸網抄紙機や長網抄紙機、バッチ工程ではシートマシンなどを使った公知の湿式抄造技術が好ましく用いられる。
【0030】
本発明においては、抄紙して得られた紙を熱プレスすることで微粉末(A)により短繊維(B)間を結着する。この工程では、PPS微粉末(A)と短繊維(B)を構成するPPSの分子鎖の配向状態の違いを利用して結着を行なう。PPS微粉末(A)は分子鎖の配向が低く、一方、短繊維(B)は分子鎖の配向が高い。このため、PPS微粉末(A)の流動開始温度および融点は短繊維(B)よりも低い。このため、熱プレスにより微粉末(A)は流動または融解して短繊維(B)間を結着するが、短繊維(B)は配向が進んでいるためにその形状を保つことができる。この効果を高める目的で、短繊維(B)の配向度合いを示す複屈折率の値としては好ましくは0.100以上、より好ましくは0.150以上である。なお、複屈折率の値は実施例D.項の方法で求められる値である。
【0031】
熱プレスの方法としては平板プレス、カレンダープレスを用いることができ、連続で処理可能なカレンダープレスがより好ましく用いられる
熱プレス温度としては150℃以上285℃未満が好ましい。150℃以上でのプレスにより微粉末(A)を変形させ短繊維(B)間の接着強度向上が可能である。また、PPSの融点は一般的に285℃程度であるが、285℃未満でプレスを行なうことでPPSの熱分解による紙の強度劣化が抑制される。なお、温度を上げることで微粉末(A)の流動性を高め、短繊維(B)間の接着を促進して紙の強度を向上することが可能であるが、温度を融点近傍まで上げることで短繊維(B)の部分的な融解が始まるため融点近傍では紙の強度劣化が起きる。このため紙の強度向上の目的でプレス温度のより好ましい範囲としては175℃以上270℃以下、最も好ましくは200℃以上250℃以下である。
【0032】
平板プレスの際のプレス時間としては紙面全体に熱を伝え変形を可能とし、紙の熱劣化を避けるため平板プレスの場合は1分間以上30分未満、より好ましくは3分以上10分未満が好ましい。また、カレンダープレスの際のプレス回数としては同様の理由から2回以上10回未満が好ましい。なお、平板プレスにおけるプレス圧力は0.1MPa以上100MPa以下の範囲が好ましい。特に電気絶縁紙用途、プリント回路基板用途など高密度の紙が要求される際には1MPa以上100MPa以下でのプレスが好ましい。
【0033】
カレンダープレスの際のプレス速度としては生産性の面から1m/min以上、ロール上での紙の加熱時間を十分とる目的で100m/min以下の範囲が好ましい。なお、カレンダープレスにおけるプレス圧力は0.01kN/cm以上10kN/cm以下が好ましい。特に電気絶縁紙用途、プリント回路基板用途など高密度の紙が要求される際には0.1kN/cm以上10kN以下でのプレスが好ましい。
【0034】
次に、本発明の紙について説明する。
【0035】
本発明の紙の厚みとしては紙の十分な強度を得る目的で、1μm以上1mm以下が好ましい。
【0036】
本発明の紙の坪量としては10g/m以上、400g/m以下が好ましい。なお、本発明でいう坪量とは実施例F.項に記載する方法により求められる値である。
【0037】
本発明の紙の密度としては紙の強度を保つ目的で0.3g/cm以上1.3g/cm以下が好ましい。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。なお実施例中の各特性値は次の方法で求めた。
A.融点
サンプル10mgを示差走査熱量計(パーキンエルマー社製DSC)で窒素下、昇温速度10℃/minで昇温し、観察される主吸熱ピークがあらわれる温度を測定することにより行った。
B.粘度
東洋精機社製キャピログラフ1Bを用い、ズリ速度1000sec−1での見かけ粘度を測定した。
C.ふるい残分
JIS−K−0069(1992年改正)に準じて、JIS−Z−8801−1(2006年改正)に記載された規格を満たす目開き500μm、枠寸法が直径200mm、高さ45mmの平織り試験ふるいを受け皿の上に重ね、試料25gをふるいに投入して蓋をし、電磁振動式篩分器MS−200((株)伊藤製作所製)に装着し、振幅2mmで毎分3000回の振動を連続で10分間加えてふるい分けを実施した。ふるい分け後のふるい上およびふるい下の試料重量の合計重量と、始めにふるいに投入した試料重量の差(試料損失量)が始めに投入した試料重量の2%以内であることを確認し、ふるい残分を次の式によって算出し、少数点第2位を四捨五入した値を得た。
【0039】
【数1】

【0040】
ここに、A:ふるい残分(%)、B:ふるい上の試料重量(g)、S:ふるい上及びふるい下の試料重量の合計重量(g)である。なお、試料損失量が2%を超えた場合は試料を改めてふるい分けを実施し、ふるい残分を算出した。
D.複屈折率
オリンパス社製BH−2偏光顕微鏡により、Na光源で波長589nmにてコンペンセーター法により単糸のレターデーションと糸径を測定することにより求めた。
E.厚み
JIS−L−1906(2000年改正)の試験法に準じて荷重10kPaで、23℃、相対湿度50%下で紙面の角4点と中央部1点の計5箇所の厚みを0.001(mm)のオーダーまで測定した。5箇所で測定した結果の平均の値を求め、0.1μmのオーダーを四捨五入した値を厚みL(μm)とした。
F.坪量、密度
紙の重量(g)を23℃、相対湿度50%で測定し、紙の面積(m)で除して、有効数字2桁で坪量(g/m)を算出した。また、それぞれcmの単位に換算した坪量の値を上記D.項で測定した厚みLで除して有効数字2桁で密度(g/cm)を算出した。
G.引張強度
23℃、相対湿度50%の雰囲気下でオリエンテック社製テンシロンUCT−100を用いて、試料幅15mm、初期長20mm、引張速度20mm/minで最大点荷重の値を測定し、5回の測定の平均値を有効数字2桁で求め、引張強度(N/15mm)とした。
H.地合い
熱プレス後の紙を幅1cm、長さ20cmの短冊状に切り、この紙片から直径6mmの円形の紙片を20枚サンプリングした。得られた紙片の重量を0.01mgの桁まで測定して平均値、標準偏差を求めた。質量分布の値として標準偏差を平均値で除した値を求め、以下のように評価した。
○(良好):質量分布の値が0.060以下
×(不良):質量分布の値が0.060より大きい
I.粉末の保持性
抄紙直後の未乾燥紙を15度、30度の2段階で傾斜し、紙からの粉末の粉落ちの有無を確認した。粉末の粉落ちが無い場合は、乾燥後の紙についても30度傾斜して粉落ちの有無を確認し、粉末の保持性を以下のように評価した。
◎(極めて良好):未乾燥紙、乾燥紙共に粉落ちなし
○(良好):未乾燥紙では粉落ちなし、乾燥紙で粉落ちあり
△(可):未乾燥紙で15度傾斜で粉落ちなし、30度傾斜で粉落ちあり
×(不良):未乾燥紙で15度傾斜で粉落ちあり
J.自己支持性
乾燥後の紙を基布から剥がす際のはがれの状態について確認し、以下の評価を行った。
○(良好):はがれ良好
△(やや難):はがそうとすると紙の一部が破れるまたは基布に残る
×(不良):はがそうとすると紙が形態を保たずに崩れる
[参考例1]
(フラッシュ法による粉末状PPSの作成)
攪拌機及び底にバルブの付いた容量1Lのオートクレーブに、47%水硫化ナトリウム118g、96%水酸化ナトリウム42.9g、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)199g、酢酸ナトリウム27.0g、イオン交換水150gを仕込み、常圧で窒素を通じながら225℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、水210gおよびNMP2gを留出した後、オートクレーブを160℃に冷却した。次に、p−ジクロロベンゼン147g、NMP69gを加え、反応容器を窒素ガス下に密封した。その後、400rpmで攪拌しながら200℃から274℃まで0.6℃/分の速度で昇温し、274℃で50分保持した後、282℃まで昇温した。次に、オートクレーブ底部のバルブを開放し、窒素で加圧しながら内容物を攪拌機付き容器に15分かけてフラッシュし、250℃でしばらく攪拌して大半のNMPを除去し、PPSと塩類を含む固形物257gを得た。
【0041】
得られた固形物にイオン交換水を2.5kg添加して80℃に加熱し、200rpmで攪拌しながら30分間洗浄し、吸引ろ過により固形分を集める操作を合計4回繰り返し塩類を除去し、98gのPPSを得た。得られたPPSを120℃で1時間乾燥し、更に80℃で24時間真空乾燥して粉末状のPPS樹脂98gを得た。この粉末状PPSの融点は282℃、温度320℃での粘度は20Pa・sであった。
【0042】
なお、この粉末状PPSのふるい残分は2.4%であり、粒径500μm以上の粉末を微量含んでいた。
[参考例2]
(微粉末−1の調製)
JIS−Z−8801−1(2006年改正)に記載された規格を満たす目開き100μm、枠寸法が直径200mm、高さ45mmの平織り試験ふるいを受け皿の上に重ね、参考例1のフラッシュ法で得た粉末状のPPS樹脂50gをふるいに投入して蓋をし、電磁振動式篩分器MS−200((株)伊藤製作所製)に装着し、振幅2mmで毎分3000回の振動を連続で30分間加えてふるい分けを実施した。このふるい下のサンプルを微粉末−1とした。微粉末−1のふるい残分を上記C.項で求めたところ1%未満であった。
[参考例3]
(微粉末−2の調製)
目開き200μmの試験ふるいを使用した以外は参考例2と同様にしてふるい分けを実施し、ふるい下のサンプルを微粉末−2とした。微粉末−2のふるい残分を上記C.項で求めたところ1%未満であった。
[参考例4]
(微粉末−3の調製)
目開き500μmの試験ふるいを使用した以外は参考例2と同様にしてふるい分けを実施し、ふるい下のサンプルを微粉末−3とした。微粉末−3のふるい残分を上記C.項で求めたところ1%未満であった。
[参考例5]
(PPS未延伸糸の作成)
融点282℃、温度320℃での粘度200Pa・sのPPS樹脂からなるペレットを使用し、公知の紡糸機を用い、320℃の温度で紡糸を行なった。このとき、吐出量15g/分、冷却チムニーは温度25℃、風速25m/分、収束剤として一般的な油剤を塗布し、紡糸速度1000m/分で引き取り、144dtex48フィラメントの糸を作成した。この糸の複屈折率は0.012であった。この糸をECカッターにて6mm長にカットしてPPS未延伸糸を得た。このPPS未延伸糸のふるい残分は99.9%であった。
[参考例6]
(PPSナノファイバーの作成)
融点282℃、温度320℃での粘度200Pa・sのPPS樹脂を使用し、融点が252℃、温度320℃での溶融粘度100Pa・sのポリエチレンテレフタレートを40:60(重量比)の割合で300℃の2軸混練機で混練しアロイポリマーのペレットを得た。このアロイポリマーのペレットを単成分紡糸機を用い320℃の温度で紡糸を行った。このとき、吐出量35g/分、冷却チムニーは温度25℃、風速25m/分、収束剤として一般的な油剤を塗布し、紡糸速度1000m/分で引き取り、350.7dtex36フィラメントのPPSアロイ未延伸糸を得た。さらにこの未延伸糸を第1ホットローラー温度が90℃、第2ホットローラー温度が150℃のローラー間で3.5倍で延伸して100dtex36フィラメントのPPSアロイ延伸糸を得た。
【0043】
この延伸糸をカセ状で、温度98℃、濃度10%の水酸化ナトリウム水溶液に3時間浸してポリエチレンテレフタレートを溶出除去しPPSの極細繊維集合体を得た。
【0044】
この極細繊維集合体を2mmの長さにカットしたもの30gを、熊谷理機工業製の試験用ナイアガラビーター(No.2505)を使用して、水20L中で5分間叩解した後、熊谷理機工業製の自動式PFIミル(No.2511−B)を使用して叩解荷重9kg、叩解間隙0.2mm、ロール回転回数9000回の条件で叩解を行った。得られた叩解繊維は水を多量含んでおり、乾燥重量の測定から繊維濃度は10wt%であった。
【0045】
得られた叩解繊維の形態を走査型電子顕微鏡で確認したところ、直径が数10〜数100nmでアスペクト比が1:10以上のPPSナノファイバーが単独または束状となって存在していた。
[参考例7]
(PPS短繊維の作成)
参考例5で得たPPS未延伸糸を95℃の熱水浴で3.0倍に延伸し、48dtex48フィラメントの延伸糸を得た。延伸糸の複屈折率は0.202であった。この延伸糸をECカッターにて6mmの長さに切断し、PPS短繊維を得た。
【0046】
実施例1
微粉末(A)として参考例2で作成した微粉末−1を2.5g計量し、分散剤としてノイゲンEA−87(第一工業製薬社製)の0.1重量%水分散液を20滴を加え、さらに水200mLを添加して微粉末分散液を得た。
【0047】
PPS短繊維(B)として参考例7で得たPPS短繊維2.5gをそれぞれ1g、1g、0.5gに分け、それぞれに1リットルの水と分散剤としてノイゲンEA−87(第一工業製薬社製)の0.1重量%水分散液2滴を加え、ブレンダー(オスター社製「オスターブレンダーOB−1」)に投入し、撹拌速度10300rpmで10秒間撹拌して得た液を全て合わせたものを短繊維分散液として得た。
【0048】
微粉末(A)の分散液と短繊維(B)の分散液を混合し、分散液の全量が3300gとなるように水を追加し、表1の重量比、原液濃度の抄紙原液を得た。抄紙原液は短繊維(B)間の絡まりがなく分散性は良好であった。
【0049】
熊谷理機工業製の実験用抄紙機(25cm角のシート形成可能な角形シートマシン)の120メッシュの金属製の網上に基布として坪量40g/mのトルコンペーパー(東レ社製)を重ね、この上に抄紙を行ない紙を得た。得られた紙の状態は均一で良好であった。
【0050】
得られた未乾燥紙を120℃で2時間乾燥させたて乾燥紙を得た。この紙の粉末の保持性は極めて良好であり、自己支持性についても良好であった。基布から剥がした紙を鉄ロールとペーパーロールからなるカレンダー加工機に通した。カレンダー条件は、温度240℃、荷重は25cm幅のペーパーに対して30kNで圧力1.2kN/cm、ロール周速度2m/minで、2回処理を行なった。得られた紙の厚み、坪量、密度、引張強度は表1に示す通りであった。また、紙の質量分布の値は0.040であり地合い良好であった。
【0051】
比較例1
微粉末(A)の代わりに参考例5で得たPPS未延伸糸2.5gを使用し、実施例1と同様の手順で表1の重量比、原液濃度の抄紙原液を得た。抄紙原液には繊維同士が絡まった塊が浮遊しており、分散性は悪かった。この原因としては、PPS未延伸糸が繊維状であるためにPPS短繊維と絡まり易いため抄紙原液中で均一に分散可能な濃度上限値を超えたものと推測する。この抄紙原液を使用して実施例1と同様にして抄紙を行なったところ得られた紙には目付斑が生じ、厚みの薄い部分と厚い部分が存在していた。この紙を実施例1と同様に乾燥、プレスを行なった。得られた紙の自己支持性、厚み、坪量、密度、引張強度は表1に示す通りであった。また、紙の質量分布の値は0.069であり地合い不良であった。
【0052】
比較例2
微粉末(A)の代わりに参考例6で得た叩解繊維25g(PPSナノファイバーの純分で2.5g)を使用し、実施例1と同様の手順で表1の重量比、原液濃度の抄紙原液を得た。抄紙原液には繊維同士が絡まった塊が浮遊しており、分散性は悪かった。この原因としては、PPSナノファイバーが繊維状であるためにPPS短繊維と絡まり易いため抄紙原液中で均一に分散可能な濃度上限値を超えたものと推測する。
【0053】
この抄紙原液を使用して実施例1と同様にして抄紙を行なったところ得られた紙は薄い部分と厚い部分が存在していた。この紙を実施例1と同様に乾燥、プレスを行なった。得られた紙の自己支持性、厚み、坪量、密度、引張強度は表1に示す通りであった。また、紙の質量分布の値は0.078であり地合い不良であった。
【0054】
実施例2
微粉末(A)として微粉末−2を使用して実施例1と同様にして分散液を得た。抄紙原液の分散性は良好あった。実施例1と同様にして抄紙、乾燥した。この紙の粉末の保持性は良好であり、自己支持性についても良好であった。基布から剥がした紙を実施例1と同様の手順でプレスを行なった。得られた紙の厚み、坪量、密度、引張強度は表1に示す通りであった。また、紙の質量分布の値は0.043であり地合い良好であった。
【0055】
実施例3
微粉末(A)として微粉末−3を使用して実施例1と同様にして分散液を得た。抄紙原液の分散性は良好であった。実施例1と同様にして抄紙、乾燥した。この紙の粉末の保持性は実施例1および2に比べて劣り、未乾燥紙の15度傾斜では粉落ちはなく、30度傾斜で粉落ちが発生した。なお、自己支持性については良好であった。基布から剥がした紙を実施例1と同様の手順でプレスを行なった。得られた紙の厚み、坪量、密度、引張強度は表1に示す通りであった。また、紙の質量分布の値は0.048であり地合い良好であった。
【0056】
比較例3
参考例1で作成した粉末状PPSを使用して実施例1と同様にして分散液を得た。抄紙原液の分散性は良好であった。実施例1と同様にして抄紙、乾燥した。この紙の粉末の保持性は実施例1〜3に比べて劣り、未乾燥紙の15度傾斜により粉落ちが発生した。なお、自己支持性については良好であった。基布から剥がした紙を実施例1と同様の手順でプレスを行なった。得られた紙の厚み、坪量、密度、引張強度は表1に示す通りであった。また、紙の質量分布の値は0.049であり地合い良好であった。
【0057】
実施例4〜8、比較例4、5
微粉末(A)として微粉末−1を表1の記載量使用して、実施例1と同様の手順で微粉末分散液を得た。
【0058】
PPS短繊維(B)として参考例7で得たPPS短繊維を表1記載の添加量とり、これを実施例1のように0.5g〜1gずつに分割して、それぞれに1リットルの水と分散剤としてノイゲンEA−87(第一工業製薬社製)の0.1重量%水分散液2滴を加え、ブレンダー(オスター社製「オスターブレンダーOB−1」)に投入し、撹拌速度10300rpmで10秒間撹拌して得た液を全て合わせたものを短繊維分散液とした。
【0059】
微粉末(A)の分散液と短繊維(B)の分散液を混合し、分散液の全量が13300gとなるように水を追加し抄紙原液を得た。この抄紙原液の微粉末(A)と短繊維(B)の重量比率、原液濃度は表1に示すとおりである。抄紙原液の分散性はいずれも良好であった。
【0060】
実施例1と同様にして抄紙を行い紙を得た。この未乾燥紙を実施例1と同様の手順で乾燥、および熱プレスを行なった。得られた紙の厚み、坪量、密度、引張強度、地合いは表1に示す通りであった。
【0061】
本発明の範囲外の比較例4、5において自己支持性について何れも不良であり紙が崩れたため、熱プレスが実施できなかった。
【0062】
実施例9〜14
実施例1と同様にして表1記載の添加量、分散液の全量が20000gとなるようにして抄紙原液を得、さらに抄紙、乾燥を行なった。
【0063】
得られた乾燥紙を鉄ロールとペーパーロールからなるカレンダー加工機に通し熱プレスを実施した。プレス条件として温度は表1記載の温度、荷重は25cm幅のペーパーに対して120kNで圧力4.8kN/cm、ロール周速度2m/minで2回処理を行なった。得られた紙の厚み、坪量、密度、引張強度、地合いは表1に示す通りであった。
【0064】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のPPS紙はPPS樹脂独自の耐熱性、耐薬品性、難燃性、機械的強度、電気的特性を有することから、耐熱性ワイパー、プリント回路基板、電気絶縁紙、各種フィルター材、防音断熱材、ルーフィング材、バッテリーセパレーターなどとして利用することができる。また、本発明のPPS紙の製造方法により、製造工程の簡略化、抄紙収率の改善が可能であり、経済的に優れた方法でPPS紙を提供可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニレンスルフィドからなる微粉末(A)およびポリフェニレンスルフィドからなる短繊維(B)を水に分散させて抄紙原液とし、該抄紙原液を抄紙し熱プレスを施して、微粉末(A)により短繊維(B)間を結着させたポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
【請求項2】
熱プレス温度が200℃以上250℃以下である請求項1記載のポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
【請求項3】
粒径100μm以下の微粉末(A)を使用する請求項1または2記載のポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
【請求項4】
(A)と(B)の総重量に対する(A)の割合が10重量%以上95重量%以下である請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
【請求項5】
ポリフェニレンスルフィド重合溶液からのフラッシュ法により得られる微粉末(A)を使用する請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリフェニレンスルフィド紙の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法で製造されたポリフェニレンスルフィドからなる紙。

【公開番号】特開2009−13545(P2009−13545A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−179580(P2007−179580)
【出願日】平成19年7月9日(2007.7.9)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】