説明

ポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法、ポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置、プログラム及び記録媒体

【課題】候補ポリマーのみ酸化劣化に対する検証実験を行えばよいように、あらかじめ複
数のポリマーの酸化劣化状態を予測する。
【解決手段】ポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法は、単量体を重合してなる重
合体中の酸化劣化候補サイトを特定するために、単量体を複数個重合してなる数量体モデ
ルを用いて、量子化学計算により、数量体モデルの酸化劣化候補サイト原子上のプロトン
親和性計算を行い(S100,S102,S104)、酸化劣化状態をスクリーニングす
るために酸性の強弱に応じて、酸化劣化候補サイト原子上に、計算により得られたプロト
ン親和性の大きい順に、プロトンの数を増減させて付加し(S106)、プロトン付加さ
れた計算用数量体モデルを用い、量子化学計算により構造最適化を行い(S108)、数
量体モデルの分解状態を求める(S110)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマーの酸化劣化状態をスクリーニング可能なスクリーニング方法、スク
リーニング装置、プログラム及び記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、分子軌道法を用いて、分子中の原子の化学的活性度を検知する方法として、フロ
ンティア理論に基づく方法や、原子の静電ポテンシャル電荷の台上を比較する方法が併用
されている(例えば、非特許文献1)。
【0003】
また、特許文献1には、薬物開発において、活性予測と薬物設計を行う際に、フロンテ
ィア理論では分子内のπ電子とσ電子とを同時に扱うことが難しいことを考慮し、任意形
状の分子をπ電子とσ電子とを一元的に取り扱うべく、分子内の任意の原子をαとし、前
記分子を対象にして行う量子化学計算において分子内にある全電子の個数として用いる数
をnとし、原子αに属する原子の個数をnαとしたとき、差分δnα/δnの値の大木債
を、原子αの化学的活性度の高さの指標して用い、分子中の原子の化学的活性度を検知す
る方法が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、蛋白質に結合するリガンドをスクリーニングする際に、リガン
ドと結合される蛋白質の立体構造を基に結合部位の電子状態を計算することによって、化
学シフト値の解析を行い、化学シフト値の変動値から結合残基の決定及び結合強さの傾向
を決定し、この情報に基づきリガンドライブラリーから結合の強いリガンドを選出する方
法が提案されている。
【0005】
また、特許文献3には、蛋白質のアミノ酸情報から立体構造情報とを予測し、立体構造
と電荷の情報から結合部位となりやすいアミノ酸残基を予測する方法が提案され、特許文
献4には、分子軌道計算によって得られる分子起動のエネルギーや広がりの情報から蛋白
質の活性部位となるアミノ酸残基を予測する方法が提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開2004−12451号公報
【特許文献2】特開2005−181104号公報
【特許文献3】特開2004−109053号公報
【特許文献4】特開2004−2238号公報
【非特許文献1】田辺和俊、堀憲次、編、「分子軌道法でみる有機反応−MOPAC演習−」丸善株式会社、平成11年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
物性の飛躍的向上や、その発現原因を明らかにするために対象性や立体規制性等高次元
までを含めた材料の構造制御及び解析が望まれている。
【0008】
また、例えば、ポリマーの耐酸性に関し、酸性雨、鳥糞等の酸性の強弱を考慮した上で
、その酸化劣化状態を予測することが望まれている。さらに、従来のように、無数にある
ポリマー全てについて絨毯爆撃的に検証実験を行うことは、費用的にも時間的にも効率が
悪い。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、候補ポリマーのみ酸化劣化に対する検
証実験を行えばよいように、あらかじめポリマーの酸化劣化状態を予測可能なポリマーの
酸化劣化状態のスクリーニング方法、ポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置、プ
ログラム及び記録媒体を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法、ポリマーの酸化劣化状態のス
クリーニング装置、プログラム及び記録媒体は、以下の特徴を有する。
【0011】
(1)単量体を重合してなる重合体中の酸化劣化候補サイトを特定するために、単量体
を複数個重合してなる数量体モデルを用いて、量子化学計算により、数量体モデルの酸化
劣化候補サイト原子上のプロトン親和性計算を行い、酸化劣化状態をスクリーニングする
ために酸性の強弱に応じて、酸化劣化候補サイト原子上に、計算により得られたプロトン
親和性の大きい順に、プロトンの数を増減させて付加し、プロトン付加された計算用数量
体モデルを用い、量子化学計算により構造最適化を行い、数量体モデルの分解状態を求め
るポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法である。
【0012】
高分子量の重合体を用いて酸化劣化状態をスクリーニングすることは、かなりの時間を
要するが、上述のように数量体モデルを用いることによりスクリーニング時間を大幅に短
縮することができる。また、数量体モデルの酸化劣化候補サイト原子上のプロトン親和性
を計算したのち、そのプロトン親和性の大きい順にプロトンを付加させる際に、付加され
るプロトン数を適宜選定して増減させることによって、酸化状態が強調された計算用数量
モデルを作成することができる。さらに、この酸化状態が強調された計算用数量モデルの
歪みを、量子化学計算により補正して構造最適化されることにより、より自然下に存在す
る構造に近似され、この構造最適化された数量体モデルを基に、不自然な結合部位を選定
してゆき、分解状態を予測することができる。
【0013】
(2)上記(1)に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法において、さ
らに、得られた計算用数量体モデルを用い、量子化学計算により構造最適化をおこなった
のち、構造最適化された数量体モデルを構成する単量体間の結合次数を計算する。
【0014】
上述した構造最適化された数量モデルを構成する単量体間の結合次数を用いることによ
って、切断し易い結合部位を特定することができる。
【0015】
(3)上記(1)に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法において、さ
らに、得られた計算数量体モデルを用いて量子化学計算により構造最適化をおこなったの
ち、構造最適化された数量体モデルを構成する単量体間の結合距離と実際の単量体間の結
合距離とを比較し、切断部位を特定する。
【0016】
上述した構造最適化された数量モデルを構成する単量体間の結合距離と、実際の単量体
間の結合距離とを比較することによって、不自然な結合距離であればその部位が切断され
ると判定することができ、切断部位を容易に特定することができる。
【0017】
(4)上記(1)から(3)のいずれか1つに記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリ
ーニング方法において、酸の強弱毎に酸化劣化候補サイト原子上に、付加するプロトンの
数の増減の度合いを変化させる。
【0018】
酸の強弱を考慮する際に、付加するプロトン数の増減の度合いを変化させることによっ
て、酸化状態が強調された計算用数量モデルの構造が変化し、その後の構造最適化を行っ
た数量体モデルの構造も異なる。したがって、スクリーニングするポリマーの構造に応じ
て、プロトン数の増減を選定することによって、精度の高い酸化劣化状態のスクリーニン
グを行うことができる。
【0019】
(5)単量体を重合してなる重合体中の酸化劣化候補サイトを特定するために、単量体
を複数個重合してなる数量体モデルを用いて、量子化学計算により、数量体モデルの酸化
劣化候補サイト原子上のプロトン親和性計算を行うプロトン親和性計算手段と、酸化劣化
状態をスクリーニングするために酸性の強弱に応じて、酸化劣化候補サイト原子上に、計
算により得られたプロトン親和性の大きい順に、プロトンの数を増減させて付加させるプ
ロトン付加計算用数量体モデル作成手段と、プロトン付加された計算用数量体モデルを用
い、量子化学計算により構造最適化を行い、数量体モデルの分解状態を求める分解状態推
定手段と、を有するポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置である。
【0020】
上述したように、高分子量の重合体を用いて酸化劣化状態をスクリーニングすることは
かなりの時間を要するが、上述のように数量体モデルを用いることによりスクリーニング
時間を大幅に短縮することができる。また、数量体モデルの酸化劣化候補サイト原子上の
プロトン親和性を計算したのち、プロトン付加計算用数量体モデル作成手段において、そ
のプロトン親和性の大きい順にプロトンを付加させる際に、付加されるプロトン数を適宜
選定して増減させることにより、酸化状態が強調された計算用数量モデルを作成すること
ができる。さらに、分解状態推定手段において、この酸化状態が強調された計算用数量モ
デルの歪みを、量子化学計算により補正して構造最適化されることにより、より自然下に
存在する構造に近似されることができ、この構造最適化された数量体モデルを基に、不自
然な結合部位を選定してゆき、分解状態を予測することができる。
【0021】
(6)上記(5)に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置において、前
記分解状態推定手段は、得られた計算用数量体モデルを用い、量子化学計算により構造最
適化をおこなったのち、構造最適化された数量体モデルを構成する単量体間の結合次数を
計算する。
【0022】
上述した構造最適化された数量モデルを構成する単量体間の結合次数を用いることによ
って、具体的には結合係数の低い結合部位ほど切断し易い結合部位であると特定すること
ができる。
【0023】
(7)上記(5)に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置において、前
記分解状態推定手段は、得られた計算数量体モデルを用いて量子化学計算により構造最適
化をおこなったのち、構造最適化された数量体モデルを構成する単量体間の結合距離と実
際の単量体間の結合距離とを比較し、切断部位を特定する。
【0024】
上述したように、構造最適化された数量モデルを構成する単量体間の結合距離と、実際
の単量体間の結合距離とを比較することによって、不自然な結合距離であればその部位が
切断されると判定することができ、切断部位を容易に特定することができる。
【0025】
(8)上記(5)から(7)のいずれか1つに記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリ
ーニング装置において、前記プロトン付加計算用数量体モデル作成手段は、酸の強弱毎に
酸化劣化候補サイト原子上に、付加するプロトンの数の増減の度合いを変化させる。
【0026】
プロトン付加計算用数量体モデル作成手段において、酸の強弱を考慮する際に、付加す
るプロトン数の増減の度合いを変させることにより、酸化状態が強調された計算用数量モ
デルの構造が変化する。その結果、その後の構造最適化を行った数量体モデルの構造も異
なる。したがって、スクリーニングする「酸の強弱」に応じて、プロトン数の増減を選定
することによって、精度の高い酸化劣化状態のスクリーニングを行うことができる。
【0027】
(9)コンピュータを、単量体を重合してなる重合体中の酸化劣化候補サイトを特定す
るために、単量体を複数個重合してなる数量体モデルを用いて、量子化学計算により、数
量体モデルの酸化劣化候補サイト原子上のプロトン親和性計算を行うプロトン親和性計算
手段と、酸化劣化状態をスクリーニングするために酸性の強弱に応じて、酸化劣化候補サ
イト原子上に、計算により得られたプロトン親和性の大きい順に、プロトンの数を増減さ
せて付加させるプロトン付加計算用数量体モデル作成手段と、プロトン付加された計算用
数量体モデルを用い、量子化学計算により構造最適化を行い、数量体モデルの分解状態を
求める分解状態推定手段として機能させるためのプログラムである。
【0028】
(10)上記(9)に記載のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒
体。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、無数にあるポリマー全てについて絨毯爆撃的に検証実験を行うことな
く、あらかじめポリマーの酸化劣化状態を予測することによって、候補ポリマーを選定す
ることができ、この候補ポリマーについて検証実験を行えばよいため、ポリマー材料の選
定は費用的にも時間的にも効率が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。
【0031】
図1に示すように、本実施の形態のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置は、
単量体の構造データベース10と、構造データベース10より選択した単量体を用い、こ
の単量体を複数個重合してなる数量体モデルを構築する数量体モデル作成装置12と、単
量体を複数個重合してなる数量体モデルを用いて量子化学計算により数量体モデルの酸化
劣化候補サイト原子上のプロトン親和性計算を行うプロトン親和性計算装置14と、数量
体モデルの酸化劣化候補サイト原子上にプロトンを付加して疑似酸化数量体モデルを作成
するプロトン付加計算用数量体モデル作成装置16と、プロトン付加された計算用数量体
モデルを用い、量子化学計算により構造最適化を行い、数量体モデルの分解状態を求める
分解状態推定装置18と、を有する。
【0032】
単量体の構造データベース10には、各種単量体の3次元構造データ等が格納されてい
る。また、数量体モデル作成装置12は、例えば、「CAChe」(登録商標)(富士通
社製)ソフトウェアを用いて、単量体の構造データベース10より選択した単量体を複数
個、例えば10個を重合してなる数量体モデル(分子量数十〜数百)、本実施の形態では
、10量体モデルを構築する。この数量体モデルは、分子量数十万からなるポリマーの網
目構造等3次元ネットワーク、立体構造等に起因する影響に関し完全に考慮することは難
しいが、ベースとなる分子骨格構造に起因する電子的特性を再現することができる。また
、この数量体モデルの構造は、後述する「MOPAC2002」(富士通社製)、「Ga
ussian」(登録商標)、「Gamess」(フリーソフト)、「DMol3」(登
録商標)等のソフトウェアのいずれか又は組み合わせを用いて、構造最適化を行い、構造
的により安定な構造の数量体モデルを構築する。
【0033】
プロトン親和性計算装置14は、例えば、「MOPAC2002」(富士通社製)、「
Gaussian」(登録商標)、「Gamess」(フリーソフト)、「DMol3」
(登録商標)等のソフトウェアのいずれか又は組み合わせを用い、単量体を重合してなる
重合体中の酸化劣化候補サイトを特定するために、単量体を複数個重合してなる数量体モ
デルを用いて、量子化学計算により、数量体モデルの酸化劣化候補サイト原子上のプロト
ン親和性計算を行う。ここで、数量体モデルを用いた量子化学計算による電子状態計算に
より、電子密度から「負」になっているサイト原子を選別し、この酸化劣化候補サイト原
子上のプロトン親和性を計算して、これが大きいサイトを「劣化サイト」とする。酸化劣
化は、プロトンとの親和性が高いサイトで発生し易いため、このプロトン親和性を指標と
した。
【0034】
プロトン付加計算用数量体モデル作成装置16では、酸化劣化状態をスクリーニングす
るために酸性の強弱に応じて、酸化劣化候補サイト原子上に、計算により得られたプロト
ン親和性の大きい順に、プロトンの数を増減させて付加させる。酸化劣化状態は、劣化を
誘発する酸の強弱によって変化すると考えられる。強酸であるほど、酸化劣化は起こり易
く、その起きやすさをプロトン付加個数で定量化するとともに、さらに付加位置の優順位
を、上述した計算によりプロトン親和性の大きい劣化サイト順とすることにより、実際の
酸化劣化状態に近似させることができる。また、強酸であるほどプロトン濃度が高いので
、劣化サイト近傍にプロトンが多く存在し攻撃の確率が上がることから、強酸ほどプロト
ン付加個数を多くし、さらにプロトンとの親和性が高いサイトほど実際にプロトンの付加
も起き易いと考えて、プロトン付加を行った。本実施の形態では、例えば、[強酸用プロ
トン付加数≧2×弱酸用プロトン付加数]の関係が成り立つように、プロトン付加を行う
。また、弱酸用プロトン付加数は2以上である。上述のような関係が成り立つようにプロ
トンを付加することによって、強酸と弱酸とにおける酸化劣化状態の差を有効に把握する
ことができる。
【0035】
分解状態推定装置18では、プロトン付加された計算用数量体モデルを用い、量子化学
計算により構造最適化を行い、数量体モデルの分解状態を求める。ここで、「構造最適化
」とは、プロトン付加した数量体モデルは電子的に不安定であるため、上述したソフトウ
ェアと用いて量子化学計算により、電子状の均一化をおこない、構造的な歪みを補正する
ことをいう。このプロトン付加され構造最適化された数量体モデルでは、プロトン付加に
より局在していた電子流入、放出が起こり、結合次数(結合の強度)に変化が生じ、それ
に耐えられない結合が解離して分解が起こる。したがって、プロトン付加され数量体モデ
ルを量子化学計算により構造最適化することによって、分解状態及び結合次数の変化を、
酸化劣化状態として捉えることができる。
【0036】
この分解状態を求めるために、図2に示すように、分解状態推定装置18は、数量体モ
デルを構成する単量体間の結合次数を計算する結合次数計算部28と、さらに数量体モデ
ルを構成する単量体感の結合距離と実際の単量体間の結合距離とを比較する結合距離手段
とを有する。前記結合距離比較手段は、数量体モデルを構成する単量体間の結合距離を計
算する結合距離計算部38aと、重合体における自然界の単量体間の結合距離を格納する
結合距離データベール38bと、結合距離計算部38aより出力された数量体モデルの単
量体間の各結合距離と結合距離データベース38bより得られる単量体間の結合距離とを
比較する結合距離比較部38cとを有する。
【0037】
また、表示装置20は、分解状態推定装置18より得られた分解状態を、例えば3次元
画像として表示する。
【0038】
次に、本実施の形態のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置の動作およびポリ
マーの酸化劣化状態のスクリーニング方法に付いて、図1から図3を用いて説明する。な
お、本実施の形態では、重合体(ポリマー)として、図4に示すポリ乳酸を例にとって説
明する。
【0039】
数量体モデル作成装置12は、図3に示すように、例えば、「CAChe」(登録商標
)(富士通社製)ソフトウェアを用いて、単量体の構造データベース10より選択した単
量体である乳酸を複数個、例えば10個を重合してなる数量体モデル、本実施の形態では
、図4に示すポリ乳酸、モノマーのn=10の10量体モデルを構築する(S100)。
【0040】
次に、このポリ乳酸の10量体モデルの構造は、量子化学計算のソフトウェアである「
MOPAC2002 V1.0」(富士通社製)のPM5法を用いて、構造最適化、すな
わち、10量体モデルの電子状の均一化をおこない、構造的な歪みを補正し、構造的によ
り安定な構造の数量体モデルを構築する(S102)。
【0041】
次に、プロトン親和性計算装置14では、量子化学計算のソフトウェアである「MOP
AC2002 V1.0」(富士通社製)のPM5法を用いて、ポリ乳酸10量体モデル
の酸化劣化候補サイト原子(=O)上のプロトン親和性計算を行う(S104)。ここで
、ポリ乳酸10量体モデルを用いた量子化学計算による電子状態計算で、酸化劣化候補サ
イト原子(=O)上のプロトン親和性を計算した際、プロトン親和性が大きいサイトを「
劣化サイト」とする。
【0042】
次に、プロトン付加計算用数量体モデル作成装置16では、図5に示すように、酸化劣
化状態をスクリーニングするために酸性の強弱に応じて、酸化劣化候補サイト原子(=O
)上に、計算により得られたプロトン親和性の大きい順に、プロトンの数を増減させて付
加させる(=O→−O−H)(S106)。ここで、強酸状態を想定する場合にはプロト
ン付加個数を10個とし、弱酸状態を想定する場合にはプロトン付加個数を5個とした。
得られた結果を表1に示す。なお、劣化サイトの原子(O)の脇の番号は、上記ソフトウ
ェアのプログラムによって任意に付加された番号である。
【0043】
【表1】

【0044】
次に、分解状態推定装置18では、量子化学計算のソフトウェアである「MOPAC2
002 V1.0」(富士通社製)のPM5法を用いて、プロトン付加された計算用数量
体モデルの構造最適化、すなわち、電子状態の均一化をおこない、構造的な歪みを補正し
、プロトン付加され構造最適化されたポリ乳酸10量体モデルを得る(S108)。さら
に、分解状態推定装置18では、プロトン付加され構造最適化された数量体モデルでは、
プロトン付加により局在していた電子流入、放出が起こることによって、変化する結合次
数を図2に示す結合次数計算部28により計算したり、また、上記プロトン付加により局
在していた電子流入、放出が起こることにより、それに耐えられない結合が解離して分解
が起こる(例えば、自然界では考えられないほどの結合距離の延伸)ことに基づき、数量
体モデルの結合距離計算部38aからの出力と結合距離データベール38bとを基に、結
合距離比較部38cにおいて単量体間の結合距離とを比較し、結合解離による分解状態を
評価する(S110)。
【0045】
そして、分解状態の結果を、例えば図6、図7に示すように3次元画像データとして表
示装置20に出力する(S112)。
【0046】
さらに詳細に説明すると、図6には、弱酸下におけるポリ乳酸10量体の酸化劣化状態
が示されており、図6に示すように、異常なほどの結合距離の延伸が無いことから、ポリ
乳酸10量体では、分解が生じないと評価される。したがって、ポリ乳酸ポリマーでも、
弱酸下では分解の可能性が低いと推定される。但し、図6の○で囲った結合の結合次数で
は、切断されやすい状態であることが推測され、例えば加熱等の処理により、図6の○で
囲った結合部位が分解される可能性が高いことが推測される。
【0047】
一方、図7には、強酸下におけるポリ乳酸10量体の酸化劣化状態が示されている。図
7に示すように、強酸下では、異常なほどの結合距離の延伸が発生したことから((1)
〜(4)間。図7ではその結合を非表示)、分子鎖の分解が起こると推測される。さらに
、結合次数の小さい順に(1),(2),(3),(4)の過程を経て分解が発生すると
推測される。すなわち、(1)の過程で末端のCH3CHOHが解離し、次に(2)の過
程で(CH3CHOH)3からなる3量体が解離し、次いで(3),(4)の過程で先に解
離した(CH3CHOH)3からなる3量体からそれぞれCH3CHOHが個別に解離する
というメカニズムで酸化劣化が生じると推測することができる。さらに、このことから、
上記(3),(4)の過程で、3個の乳酸分子が発生するため、劣化生成物として、乳酸
分子の濃度が最も高いことも推測される。
【0048】
図6、図7のモデルを考慮して、単量体間の結合次数、すなわちある特定部位のC−O
の結合次数が、他の部位の結合次数に比べ著しく小さい場合にその結合部位で解離してい
ると推測することもできる。
【0049】
従来のFEMを用いて樹脂材料の設計図面を忠実に再現し、これを、適切な要素に分割
し、その一要素を基にして分子量数十万のポリマーモデルを構築して、無数にある劣化候
補サイト全てに対して総当たり的にプロトン付加、ラジカル付加を行い、長時間の分子運
動を考慮できる理論で計算すると仮定すると、現状最速のスーパーコンピュータを用いて
も、劣化状態をスクリーニングを完了させるために、何百年もかかるおそれがあり、現実
的に計算不可能である。一方、上記実施の形態のスクリーニング方法及び装置を用いるこ
とにより、ほぼ1日で1つの数量体モデルに対し酸化劣化状態をスクリーニングすること
ができ、効率よく、候補ポリマーを選定することができる。
【0050】
なお、本実施の形態では、プロトン付加による酸化劣化状態のスクリーニングについて
述べたが、ラジカルを付加して酸化劣化状態をスクリーニングしてもよい。特に、ラジカ
ル付加を行った場合には、紫外線による劣化状態を推定するのに好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法、ポリマーの酸化劣化状態のス
クリーニング装置、プログラム及び記録媒体は、ポリマーの酸化劣化状態を推定するよう
であれば、いかなる用途にも有効であるが、特に車両用の塗膜や樹脂材料の品質維持、向
上を考慮する際に、塗膜、樹脂材料の選定時に供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本実施の形態のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置の一例の概略構成を示す図である。
【図2】図1に示す分解状態推定装置の構成の一例を示す図である。
【図3】本実施の形態のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法の一例における処理の流れを示すフロー図である。
【図4】ポリ乳酸の分子式を示す図である。
【図5】プロトン付加されるポリ乳酸10量体の構造を説明する図である。
【図6】弱酸下におけるポリ乳酸10量体の酸化劣化状態を説明する図である。
【図7】強酸下におけるポリ乳酸10量体の酸化劣化状態を説明する図である。
【符号の説明】
【0053】
10 単量体の構造データベース、12 数量体モデル作成装置、14 プロトン親和
性計算装置、16 プロトン付加計算用数量体モデル作成装置、18 分解状態推定装置
、20 表示装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単量体を重合してなる重合体中の酸化劣化候補サイトを特定するために、単量体を複数
個重合してなる数量体モデルを用いて、量子化学計算により、数量体モデルの酸化劣化候
補サイト原子上のプロトン親和性計算を行い、
酸化劣化状態をスクリーニングするために酸性の強弱に応じて、酸化劣化候補サイト原
子上に、計算により得られたプロトン親和性の大きい順に、プロトンの数を増減させて付
加し、
プロトン付加された計算用数量体モデルを用い、量子化学計算により構造最適化を行い
、数量体モデルの分解状態を求めることを特徴とするポリマーの酸化劣化状態のスクリー
ニング方法。
【請求項2】
請求項1に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法において、
さらに、得られた計算用数量体モデルを用い、量子化学計算により構造最適化をおこな
ったのち、構造最適化された数量体モデルを構成する単量体間の結合次数を計算すること
を特徴とするポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法。
【請求項3】
請求項1に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法において、
さらに、得られた計算数量体モデルを用いて量子化学計算により構造最適化をおこなっ
たのち、構造最適化された数量体モデルを構成する単量体間の結合距離と実際の単量体間
の結合距離とを比較し、切断部位を特定することを特徴とするポリマーの酸化劣化状態の
スクリーニング方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニン
グ方法において、
酸の強弱毎に酸化劣化候補サイト原子上に、付加するプロトンの数の増減の度合いを変
化させることを特徴とするポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング方法。
【請求項5】
単量体を重合してなる重合体中の酸化劣化候補サイトを特定するために、単量体を複数
個重合してなる数量体モデルを用いて、量子化学計算により、数量体モデルの酸化劣化候
補サイト原子上のプロトン親和性計算を行うプロトン親和性計算手段と、
酸化劣化状態をスクリーニングするために酸性の強弱に応じて、酸化劣化候補サイト原
子上に、計算により得られたプロトン親和性の大きい順に、プロトンの数を増減させて付
加させるプロトン付加計算用数量体モデル作成手段と、
プロトン付加された計算用数量体モデルを用い、量子化学計算により構造最適化を行い
、数量体モデルの分解状態を求める分解状態推定手段と、を有することを特徴とするポリ
マーの酸化劣化状態のスクリーニング装置。
【請求項6】
請求項5に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置において、
前記分解状態推定手段は、得られた計算用数量体モデルを用い、量子化学計算により構
造最適化をおこなったのち、構造最適化された数量体モデルを構成する単量体間の結合次
数を計算することを特徴とするポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置。
【請求項7】
請求項5に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニング装置において、
前記分解状態推定手段は、得られた計算数量体モデルを用いて量子化学計算により構造
最適化をおこなったのち、構造最適化された数量体モデルを構成する単量体間の結合距離
と実際の単量体間の結合距離とを比較し、切断部位を特定することを特徴とするポリマー
の酸化劣化状態のスクリーニング装置。
【請求項8】
請求項5から請求項7のいずれか1項に記載のポリマーの酸化劣化状態のスクリーニン
グ装置において、
前記プロトン付加計算用数量体モデル作成手段は、酸の強弱毎に酸化劣化候補サイト原
子上に、付加するプロトンの数の増減の度合いを変化させることを特徴とするポリマーの
酸化劣化状態のスクリーニング装置。
【請求項9】
コンピュータを、
単量体を重合してなる重合体中の酸化劣化候補サイトを特定するために、単量体を複数
個重合してなる数量体モデルを用いて、量子化学計算により、数量体モデルの酸化劣化候
補サイト原子上のプロトン親和性計算を行うプロトン親和性計算手段と、
酸化劣化状態をスクリーニングするために酸性の強弱に応じて、酸化劣化候補サイト原
子上に、計算により得られたプロトン親和性の大きい順に、プロトンの数を増減させて付
加させるプロトン付加計算用数量体モデル作成手段と、
プロトン付加された計算用数量体モデルを用い、量子化学計算により構造最適化を行い
、数量体モデルの分解状態を求める分解状態推定手段として機能させるためのプログラム

【請求項10】
請求項9に記載のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−14769(P2008−14769A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−185656(P2006−185656)
【出願日】平成18年7月5日(2006.7.5)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】