説明

マイクロ反応容器及びマイクロ反応容器を用いたポリメラーゼ連鎖反応方法

【課題】極微量試料液を用いてPCR法を行うことができ、簡易かつ有効な試料液中の水分蒸発防止を可能とする、マイクロ反応容器及びその方法を提供する。
【解決手段】マイクロ反応容器1であって、該マイクロ反応容器の中央部側から外縁部側に向かって、試料液供給部5と、該試料液供給部に接続されるマイクロ流路3と、及び該マイクロ流路の前記供給部とは異なる側に接続される試料液排出部6とを有し、並びに前記試料液供給部及び試料液排出部の空間を塞ぐ栓を有する、生物学的材料のポリメラーゼ連鎖反応を行うマイクロ反応容器。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種生物学的材料の微量分析に関し、ポリメラーゼ連鎖反応による微量の生物学的試料の分離、DNA増幅、及び検出用に使用できるマイクロ反応容器、並びに該マイクロ反応容器を用いたポリメラーゼ連鎖反応を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物学的材料の遺伝情報を検出するために、DNA及びRNAといった核酸の分析法が近年急速に進歩している。特に、遺伝情報が書き込まれているDNAを増幅する方法の中で、極微量の検体から正確な情報が得られることから、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を利用した方法が注目を集めている。なお、以後、ポリメラーゼ連鎖反応をPCRと、該反応を利用したDNA又は遺伝子増幅方法をPCR法と称する。
【0003】
PCR法は分子生物学における検体の分離、検出のみならず、医療、親子鑑定、あるいは犯罪捜査等、様々な分野や場面で重要な役割を担うようになってきている。PCR法は、標的とする特定のDNAの短い断片を選択的に増幅させる方法であり、微量な試料からでも目的領域を増幅できるという特徴を持つ。
【0004】
このように有用性が注目されているPCR法の概略は、2本鎖DNAの95℃前後での1本鎖への変性と、60〜70℃程度での、該1本鎖DNAとプライマーと呼ばれるオリゴヌクレオチドとのアニーリングを繰り返すことによる、目的領域の増幅である。このように水の沸点近い温度での反応が繰り返されるため、従来のPCR法では、PCRチューブと呼ばれる約200μLの蓋つき樹脂製チューブに試料液(水溶液)を入れ、該試料液の蒸発防止のため、液の上面をミネラルオイルで覆って反応が行われている(非特許文献1)。しかし、加熱時に試料液中に微量の該オイルが混入したり、オイルだけでは水の蒸発を完全には防止できず、蒸気圧で蓋が外れたりするなどの問題があった。
【0005】
また、マイクロ流路と称される、断面積が微小で細長い流路中でPCR法を行う技術も開発されている。この方法は、流路中にマイクロチャンバーあるいはマイクロウェルと呼ばれる微小の反応場を持ち、その中で反応が行われる。この方法では、マイクロチャンバーの両端をマイクロバルブで閉じて反応が行われる(非特許文献2)。しかし、チャンバーの出入り口やチャンバー自体が微小であるため、圧力制御などにはコンピュータ制御システムが必要である。
【0006】
マイクロ流路及びチャンバーが従来よりさらに微小であり、また当該流路及びチャンバーを複数有することにより、極微小量の検体試料を複数条件で同時に分析、検出できるマイクロ反応容器(マイクロウェルアレイ)を本出願人らは開発し特許出願している(特許文献1)。このようなマイクロ反応容器においては、その流路及びチャンバーが極端に微小であるから前記マイクロバルブでの制御は困難であり、当該流路及びチャンバーが複数存在する場合には、当該制御はほとんど不可能に近い。したがって、前記PCRチューブの場合と同様、ミネラルオイルにより蒸発を防止せざるを得なかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−185423号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】PCR−SelectTM cDNA Subtraction Kit User Manual、Clontecj Laboratories、Inc.、2008年9月24日、Cat.No.637401、PT1117−1(PR892607)、p.22−23
【非特許文献2】野間慶一、松浦宏紀、富澤祐一、山村昌平、民谷栄一、高村 禅、「テーパー状マイクロ流路を用いた1細胞からの核酸解析」、Chemical Sensors、2008年、Vol.24 Supplement A、p.109−111
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、ミネラルオイルによる蒸発防止には、前記PCRチューブの場合と同様に、加熱時に試料液中に該オイルが混入するという問題がある。さらに、試料溶液量がPCRチューブを使用する場合に比較して格段に少ない本出願人らのマイクロ反応容器では、その影響はPCRチューブの場合より大きく、極微量試料液中の水分の有効な蒸発防止という課題は依然として解決されていない。
【0010】
そこで、本発明の目的は、極微量試料液を用いてPCR法を行うマイクロ反応容器であって、簡易かつ有効な試料液中の水分蒸発防止を可能とするマイクロ反応容器を提供することにある。さらに、該反応容器を使用することにより、試料液中の水分蒸発を防いで正確かつ効率的にポリメラーゼ連鎖反応を行う方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、マイクロ流路の試料液供給部及び反応後の増幅反応生成物の排出部の両空間を、効果的に密封できる栓を有するマイクロ反応容器を開発して本発明を完成した。さらに、該容器を使用した新規なポリメラーゼ連鎖反応方法も完成させた。
【0012】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、マイクロ反応容器であって、該マイクロ反応容器の中央部側から外縁部側に向かって、試料液供給部と、該試料液供給部に接続されるマイクロ流路と、及び該マイクロ流路の前記供給部とは異なる側に接続される試料液排出部とを有し、並びに前記試料液供給部及び試料液排出部の空間を塞ぐ栓を有する、生物学的材料のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行うマイクロ反応容器が提供される。
【0013】
第2の発明によれば、前記試料液供給部及び前記試料液排出部の空間の容積が、前記マイクロ流路の容積より大きいマイクロ反応容器が提供される。
【0014】
第3の発明によれば、前記栓が、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、天然ゴム、合成ゴム、又はセラミックスから選択される少なくとも一種の材質からなり、前記マイクロ流路内の圧力上昇によっても栓が外れることの無い耐圧性栓であるマイクロ反応容器が提供される。
【0015】
第4の発明によれば、前記マイクロ反応容器は、ディスク状の形状を有し、該ディスクの中央部側から外縁部側に向かって、前記試料液供給部、前記マイクロ流路及び前記試料液排出部を有し、並びに前記マイクロ流路が渦巻状であるか、又は多数の屈曲点を有するものであることが好適である。
【0016】
第5の発明によれば、前記試料液供給部、前記マイクロ流路及び前記試料液排出部が複数形成されているものであることが好適である。
【0017】
第6の発明によれば、前記生物学的材料が、細菌、細胞、真菌、ウイルス、又は遺伝子であることが好適である。
【0018】
第7の発明によれば、容器の中央部側から外縁部側に向かって、試料液供給部と、該試料液供給部に接続されるマイクロ流路と、及び該マイクロ流路の前記供給部とは異なる側に接続される試料液排出部とを有するマイクロ反応容器の、前記試料液供給部に、生物学的材料の試料液を供給する工程と、前記マイクロ流路中に前記試料液を移動させる工程と、前記試料液供給部及び前記試料液排出部に栓をする工程とを有する、ポリメラーゼ連鎖反応を行う方法が提供される。
【0019】
第8の発明によれば、容器がディスク状の形状を有し、該ディスクの中央部側から外縁部側に向かって、前記試料液供給部、前記マイクロ流路及び前記試料液排出部を有し、並びに前記マイクロ流路が渦巻状であるか、又は多数の屈曲点を有するマイクロ反応容器を使用する、ポリメラーゼ連鎖反応を行う方法が提供される。
【0020】
第9の発明によれば、前記試料液供給部、前記マイクロ流路及び前記試料液排出部が複数形成されているマイクロ反応容器を使用する、ポリメラーゼ連鎖反応を行う方法が提供される。
【0021】
第10の発明によれば、前記試料液供給部及び前記試料液排出部に栓をした後、当該栓を押圧部品で押圧する栓の脱落防止措置を施して、ポリメラーゼ連鎖反応を行うことが好適である。
【0022】
第11の発明によれば、前記マイクロ反応容器のマイクロ流路中に試料液が供給されている全ての前記試料液供給部及び前記試料液排出部に栓をし、当該栓の全てを一つの押圧部品で押圧可能な加熱制御装置を使用して、ポリメラーゼ連鎖反応を行うことが好適である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ミネラルオイルを使用しないので、当該オイルの試料液中への混入が無く、PCRが阻害されずに正確かつ効率的に反応が行われるという効果を奏する。また、マイクロバルブを必要としないため、反応容器も含めたマイクロ反応装置を軽量かつ単純な構造とすることができ、かつPCR法を簡易、迅速、及び低費用で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明のマイクロ反応容器の一例を概略的に示す図である。
【図2】図1の、実線で四角に囲った部分を拡大した、本発明のマイクロ流路及びチャンバーを概略的に表す図である。
【図3】図2の、点線で四角に囲った部分を拡大した、マイクロ流路及びチャンバーをさらに拡大して概略的に表す図である。
【図4】試料液がマイクロ流路及びチャンバーに注入され、各チャンバーに生物学的材料が保持される様子を概略的に表す図である。
【図5】1本のマイクロ流路を概略的に表す図である(チャンバーは省略)。
【図6】図5に示したマイクロ流路の試料供給部と排出部に栓をした状態を概略的に表す図である。
【図7】反応例1での、PCRサイクル数と蛍光強度の関係を表すグラフ図である。
【図8】反応例2での、蛍光強度の分布をチャンバー数ごとにまとめたグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について、その代表的な例を詳細に説明する。本発明のマイクロ反応容器の応用目的、好ましいマイクロ反応容器の構造及び形状等、並びに本発明のPCRの実施方法の特徴等について、順を追って図を参照しながら説明する。
【0026】
本発明のマイクロ反応容器を用いたPCRでは、極微量の生物学的材料中から、標的とする遺伝情報を持つDNA断片を増幅単離することは一つの目的である。また、他の目的として、分析検体(試料)中の生物学的材料の正確な量的分析も挙げられる。この場合、図2に示すように、マイクロ反応容器はその流路中に多数のマイクロチャンバー(マイクロウェル)を有し、試料液をこの流路中に流した際に、生物学的材料を各チャンバーに分画し、リアルタイムPCRによって標的DNAを検出する。そして、生物学的材料を含有するマイクロチャンバーを計数することにより、試料溶液中の生物学的材料の数を計数する。このとき、マイクロチャンバーへの生物学的材料の分画が、ポアソン分布に従うことを利用して、元の試料液中の生物学的材料の濃度等を定量する。本発明のマイクロ反応容器の上記のような応用目的から、本発明の生物学的材料は、細菌、細胞、真菌、ウイルス、又はDNA若しくは遺伝子であることが好ましい。
【0027】
マイクロ反応容器の素材としては、熱可塑性樹脂若しくは熱硬化性樹脂等の高分子材料、セラミックス、ガラス、シリコン又は金属等の任意の素材が使用できる。密閉性、微細加工性の点でガラス、シリコン、高分子材料、又はこれらの組み合わせが好ましい。高分子材料としては、例えばポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシロキサン類を使用することができる。なお、これらの素材は、マイクロ流路及びマイクロチャンバーの状況を、肉眼的又は光学的に観察するために透明であるのが好ましい。
【0028】
また、該反応容器の形態としては、薄い板状であることが好ましく、当該板としては種々の形状をとることができる。例えばディスク状、三角形、四角形(例えば正方形)、正六角形、正八角形等の多角形の形状が挙げられ、特に遠心力により試料液を流路に沿って流す場合等には、ディスク状の形状が好ましい。
【0029】
マイクロ反応容器は、試料液が充填されるマイクロ流路を有し、該流路はマイクロ反応容器に一つであっても、複数であってもよい。一つのマイクロ反応容器で、多数のサンプルを同時に分析したり、あるいは、希釈倍率の異なる一連の試料液を調製して分析したりすることができるので、複数の独立した流路を有することが好ましい。また、出来るだけ多くの流路を形成するために、複数の独立した流路は、対称的あるいは均等的な位置(又は配置)関係で該反応容器中に形成されるのが好ましい。
【0030】
マイクロ流路中には、生物学的材料が収められるマイクロチャンバーを有することが好ましく、ポアソン分布に従った分画を可能にする点で、一つの流路に複数個のチャンバーを有することがより好ましい。なお、単に生物学的材料中から標的とする遺伝情報を持つDNA断片を増幅して単離するだけの目的であれば、流路中でPCRが行われればよいので、チャンバーを有さなくてもよい。このようにチャンバーは有しても有さなくてもよいので、マイクロ流路とは、チャンバーを有さない流路のみ、及びチャンバーと流路を合わせたもの、を総称するものとする。すなわち、別途チャンバーについて言及していない場合は、この両者のいずれをも指すものとする。
【0031】
ポアソン分布を活用して、生物学的材料の正確な定量的分析を行う場合は、一つのマイクロ流路中のチャンバー数は、10個以上、好ましくは100個以上、より好ましくは300個以上、特に500個以上であることが好適である。マイクロ反応容器の大きさ及び形状の実用性の面で、5000個以下が好ましい。
【0032】
マイクロ流路の一方の端には試料液を供給するための供給部が、もう一方の端には過剰な試料液又はPCR後のDNAが増幅された試料液等を排出する排出部が、設けられている。1本のマイクロ流路の基本構成は、上記した一つの試料液供給部、一つの流路、1又は複数のチャンバー、及び一つの排出部からなり、供給部及び排出部のみで大気へ開放されている。すなわち、流路及びチャンバーは容器の本体内部に形成されている。ただし、単にマイクロ流路と称した場合は、前記供給部と前記排出部を除く部分を指すものとする。このことを表す簡略的な模式図を図5に示す(ただしチャンバーは省略)。好ましいマイクロ反応容器は、このような基本構成のマイクロ流路が複数、対称的あるいは均等的な位置関係で該反応容器中に形成される。例えば、上記基本構成の複数のマイクロ流路が、マイクロ反応容器に点対称の形で配置される。本発明のマイクロ反応容器の最良の形態の一つを図1に示す。
【0033】
ポアソン分布で生物学的材料を分画する点において、上記したように一つのマイクロ流路中に多数のマイクロチャンバーが存在することが好ましいため、流路はある程度の長さを確保することが必要である。したがって、図1のようにいわゆるジグザグの多数の屈曲点を持つ流路、あるいは渦巻き状になっている流路であることが好ましい。
【0034】
上記してきた本発明のマイクロ反応容器の製造方法として、例えば次のような方法を挙げることができる。例えば、流路とチャンバーのパターンを有する前記材質のシート又はプレートと、試料液の供給部及び排出部を有する平坦なシート又はプレートとを貼り合わせることにより製造することができる。また、該供給部及び排出部は、流路とチャンバーのパターンを有するシート又はプレートに形成されていてもよい。あるいは、流路、チャンバー、供給部、及び排出部のパターンが、2枚のシート又はプレートに分割して作成されたもの(例えば略面対称の形)を、貼り合わせてマイクロ反応容器を製造してもよい。光学的な観察及び解析に適する点で、該マイクロ反応容器の厚さは1mm〜3mmが好ましい。
【0035】
これらの流路とチャンバー等のパターンを有するシートは、金型でプレスしたり、金型に熱可塑性樹脂等の流動性の素材を流し込むことで形成してもよく、厚膜のリソグラフィーにより凸型のパターンを形成し、該パターン上に熱可塑性樹脂等の流動性の素材を流し込んで形成してもよく、シート又はプレートに直接、機械加工やフォトリソグラフィーを用いたエッチングにより形成してもよい。
【0036】
本発明の流路の幅及び深さは、どちらも10〜200μmである。あるいは、流路の断面が円形である場合は、その直径が10〜200μmである。また、その長さは、10mm〜1000mmであり、実用的には50mm〜500mmである。
【0037】
本発明のチャンバーは、その縦、横、及び高さ、又は直径が、前記流路の幅及び深さ、又は直径の1.3〜3倍程度が好ましい。一つのチャンバーの容積としては、本発明の生物学的材料を扱う点で、50pL〜10nLが好ましい。該チャンバーが、流路に沿って等間隔に略数珠状に形成されている。その例を図2及び3に示す。図3は図2の拡大図である。
【0038】
本発明の流路及びチャンバーのサイズが上記の通りであるので、1本のマイクロ流路における、試料供給部及び試料排出部の容積を含まない、流路とチャンバー部のみの容積は、0.5nL〜5μLである。分析の定量性を高める点では、1.5nL以上であることが好ましく、極微量試料の分析に有効であるという本発明の応用目的の点で、2μL以下が好ましい。
【0039】
多数のサンプルを同時に分析したり、あるいは、希釈倍率の異なる一連の試料液を調製して分析したりするという、本発明のマイクロ反応容器の利点を生かす点で、前記マイクロ流路は、一つのマイクロ反応容器に4〜100本形成されることが好ましい。マイクロ反応容器の大きさ及び形状の実用性の面で、8〜60本がさらに好ましい。
【0040】
以上のようにして形成されたマイクロ流路中に、増幅すべきDNAを含む生物学的材料、及びPCR法に必要なDNAポリメラーゼ等の反応試薬を含む試料液を、試料液供給部から供給する。供給方法としては、マイクロシリンジ又はマイクロピペット等を使用するのが一般的である。なお、試料液の供給のし易さの点で、該供給部の開口部の上面部の面積は0.5〜3mmが好ましい。また、排出部の面積も同程度である。
【0041】
したがって、試料液供給部及び排出部の容積は、各々0.3μL〜7μL程度となり、場合によっては、前記「流路とチャンバー部のみの容積」より大きいものとなる。
【0042】
試料液供給部から注入された試料液は、流路及びチャンバーに導入される。このとき、試料液の該導入には毛細管力、遠心力、又は重力等を用いることができ、好ましくは、遠心力が用いられる。遠心力としては、例えば500〜7,000rpmで、1秒間〜3分間行えば、流路及びチャンバーを試料液で満たすことができる。このように、遠心力を用いて流路及びチャンバーに試料液を充填する場合は、マイクロ反応容器の中央部側に試料液供給部が配置され、外縁部側に排出部が配置されるのが好ましい。
【0043】
本発明において、1個の流路に形成されたチャンバーの10%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上、特に90%以上が生物学的材料を含有する試料液で満たされるように、試料液を供給するのが望ましい。ポアソン分布に基づき、分析の正確性を期する上においては、試料液が満たされる割合は高いほうが好ましい。
【0044】
次に、本発明におけるPCR法の概略手順及び特徴点を図1及び3に基づいて説明する。図1に、本発明で使用する多数のマイクロ流路を形成したマイクロ反応容器1が示されている。このコンパクトディスク(CD)型マイクロ反応容器1の中央部に、生物学的材料を含有する試料液を注入するための試料液供給部5が形成され、該供給部5に接続される流路3、及び流路中に存在する多数のチャンバー4(図3に示す)、並びに該流路の前記供給部とは異なる側(外縁部側)に接続される排出部6が形成されている。供給部5からマイクロシリンジ等により試料液を注入して、流路3及びチャンバー4に導入する。
【0045】
チャンバー4は、試料液が流路を流れるときに、該試料液で満たされるように形成される。1個のチャンバーの容積は、50pL〜10nLと極微小であるため、生物学的材料を含有する試料液を十分に希釈しておけば、1個のチャンバーに0又は1個の生物学的材料が保持されるようにすることができる。ただし、極わずかに2個以上生物学的材料が1個のチャンバーに保持されることもある。
【0046】
試料液を流路3等に導入後、供給部5及び排出部6の空間を栓によって塞ぎ(図6)、PCR中の試料液の蒸発を防止する。従来は、栓ではなくミネラルオイルで供給部5及び排出部6を満たして蒸発を防いでいたが、上記した通り、試料液中にミネラルオイルが小量混入し、また、蒸発防止効果も不十分であったため、PCRにおいて不具合が発生することがあった。
【0047】
本発明においては、図6に示したように、供給部5及び排出部6の空間を栓7によって塞ぎ、PCR中の圧力上昇によっても当該栓が外れないため、PCRが良好に進行する。当該栓7の材質は、試料液に溶解あるいは浸食等されなければ、特に限定されないが、密閉性の点で、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、天然ゴム、合成ゴム、又はセラミックスであることが好ましい。密閉性と耐圧性の両立の点で、弾性を有する熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、天然ゴム若しくは合成ゴム、又は少なくとも10℃〜50℃において塑性変形可能な高分子材料が好ましい。
【0048】
上記した通り、本発明のマイクロ反応容器においては、供給部5及び排出部6の容積が、流路3とチャンバー4を合わせた容積と同等またはそれより大きい場合がある。これは、極微量の試料液でPCRを可能とする本発明の応用目的と、試料注入の容易性を両立させるために、必要であるともいえる。このような場合に、供給部5及び排出部6の大気に解放されている上面付近のみを塞ぐだけでは、PCRによる圧力上昇によって、流路3及びチャンバー4に存在する試料液が、供給部5及び排出部6に押し出されてしまうという不具合が発生する。したがって、供給部5及び排出部6の空間をほぼ完全に栓で塞ぐことが好ましく、この目的のために、形状に合わせて塑性変形し、かつ粘着性を有する高分子材料、例えばオレフィン系合成ゴムが栓の材質としてより好ましい。なお、高分子材料であるので、完全な塑性ではなく、わずかに弾性を有するものであってもよい。
【0049】
以上のようにして、マイクロ反応容器1の全ての流路3及びチャンバー4に試料液を充填し、栓7をした後、サーマルサイクラー等の加熱制御装置によりPCRの反応を行う。このとき、押圧部品により前記栓を上から押圧し、栓7が確実に脱落しないようにして該反応を行うことが、PCRの正確性を期す上で好ましい。マイクロ反応容器の加熱制御装置への設置の簡便さの点で、マイクロ反応容器に取り付けた全ての栓を、一つの押圧部品で押圧可能である加熱制御装置によりPCRを行うことがより好ましい。
【0050】
PCRが確実に進行していることの確認は、試料液の蛍光強度の変化を測定することにより行い、具体的には、リアルタイムPCRによって、熱サイクル数の違いによる蛍光強度の変化を追跡して増幅反応の進行を確認することができる。
【0051】
<実施形態>
以下、好適な実施形態について図面に基づきさらに詳しく説明する。
【0052】
マイクロ反応容器の作製
シリコン基板製のマイクロ反応容器を、深掘り反応性イオンエッチング(Deep Reactive Ion Etching:Deep−RIE)を用いて、シリコンウェハーを掘ることで作製した。まず、フォトレジストであるOFPR−800をシリコンウェハーに均一に塗り広げ、ホットプレート上で90℃で3分間プレベークした。マスクアライナーを使って流路パターンをマスクとして350nmのUVを30秒間照射し、レジストパターンを形成した。これをデベロッパーであるNMD−3液中で1分15秒間現像し、さらに超純水で2回洗浄した。さらに、120℃で3分間ポストベークした。これをDeep−RIEの装置に入れ、シリコンウェハーに流路を掘るエッチングを行なった。最後に、アセトンでOFPR−800を洗浄除去し、該シリコンウェハーと、供給部、排出部及びベント部分に穴を開けたガラス板とを陽極接合によって張り合わせ、試料液供給部と排出部のみが大気に解放されている閉じた流路構造を有する、マイクロ反応容器を作製した(図1)。
【0053】
図1に示す作製したマイクロ反応容器は、直径10cm、厚さ1mmのディスク上に、24本の幅100μm、深さ46μmの流路が、ディスクの中央部から外縁部へ向けてジグザグに形成されている。各流路には、幅300μm、長さ200μmのマイクロチャンバーを、図2及び3に示したように房状に、200μm程度の間隔で連続的に配置させた。各流路の両端には、直径1mmの試料液供給部5及び排出部6を設けている。また、各供給部及び排出部を塞ぐ栓として、粘着力を有するポリブチレン系合成ゴムを作成した。当該栓は、例えば市販の「プリットひっつき虫(コクヨ株式会社製)」に類似する性質を有する。
【0054】
<PCRの反応例1>
遺伝子試料液の調製及びマイクロ反応容器への注入
本反応例では、PCR試薬にサルモネラ菌固有遺伝子であるinvAを検出するSalmonella detection kit(TAKARA)を使用した。Salmonella detection kitのPCR試薬を、2×Cycleave Reaction Mixture 15μL、SIN Primer/Probe Mix 6μL、TaKaRa Ex Taq R−PCR(polymerase)3μL、及び遺伝子試料としてPositive control(invA溶液)6μLを混合して試料液(30μL)を調製した。当該試料液を、試料供給部5から流路及びチャンバー内に1.5μLずつ注入し、図1の18本のマイクロ流路を当該試料液で満たした。また、ネガティブコントロールとしてSalmonella detection kitのPCR試薬を、2×Cycleave Reaction Mixture 5μL、SIN Primer/Probe Mix 2μL、TaKaRa Ex Taq R−PCR(polymerase)1μL、及び遺伝子試料の代わりに純水2μLを混合してコントロール試料液(10μL)を調製した。これを図1の別の6本のマイクロ流路及びチャンバー内に1.5μLずつ注入し、マイクロ流路を当該コントロール試料液で満たした。なお、マイクロ流路1本を満たす液量は1.5μLであり、24本のマイクロ流路全てを満たす試料液の量は36μLであった。試料液充填後、全ての供給部5及び排出部6を、供給部及び排出部の空間の形状に合わせて塑性変形し、粘着力を有するポリブチレン系合成ゴムにより栓をした。
【0055】
PCR
上記の通り、図1の全てのマイクロ流路を、試料液(サルモネラ菌のinvA遺伝子入りのPCR試薬)で満たして栓をした後、一つの押圧部品で全ての栓を押圧できる加熱制御装置(サーマルサイクラー)を使用してPCRを行った。反応条件は以下の通りである。まず95℃で2分間の溶菌後、95℃で5秒間、55℃で10秒間、72℃で10秒間のPCRサイクルを、サイクル数を変えて実験を行った。ここで、加熱制御装置は、株式会社アステック製のPC−816を使用した。反応は、リアルタイムで蛍光強度を測定することにより追跡した。蛍光強度測定は、励起光波長460nmの落射光源で励起し、 蛍光波長510nmを検出する510DF10フィルタを使用して行った。蛍光強度の測定には、富士フィルム株式会社製イメージングアナライザーLAS−3000を使用した。
【0056】
反応結果の確認
その結果、20サイクルでは蛍光強度は500、40サイクルでは2500となり、サイクル数の増加により、蛍光強度も増加していることから、PCRによる遺伝子増幅が行われていることが確認できた(図7)。また、40サイクルの熱サイクル後も、液体が蒸発することなく、蛍光強度も十分な増加が認められた。
【0057】
<PCRの反応例2>
菌体試料液の調製及びマイクロ反応容器への注入
サルモネラ菌の遺伝子だけでなく、サルモネラ菌そのものを検出するため、試料としてサルモネラ菌懸濁液を使用し、これを図3のマイクロ流路で、チャンバーに分離して1個又は2個の菌体が入るチャンバーがあるような条件で分離をしてPCRを行った。PCR試薬は反応例1と同じものを用い、Salmonella detection kitのPCR試薬を、2×Cycleave Reaction Mixture 5μL、SIN Primer/Probe Mix 2μL、TaKaRa Ex Taq R−PCR(polymerase)1μL、及び遺伝子試料の代わりにサルモネラ菌の菌体懸濁液2μLを混合して試料液(10μL)を調製した。試料液の終濃度を400cell/μLのサルモネラ菌が含まれるようにした。試料液を図1の20本の流路に0.5μLずつ注入してマイクロ流路に流し、チャンバー内で分離した。他の4本の流路には、反応例1と同様に純水で調製したコントロール試料液を流した。生物学的材料(サルモネラ菌)が1単位ずつチャンバーに分配保持される様子を図4に示す。分離された状態では、菌体を含む試料液はチャンバーごとに分離されており、1チャンバーの溶液量は約1.5nLである。
【0058】
PCR
反応例1と同様にして栓をした後、反応例1と同じ加熱制御装置により、95℃で2分間の溶菌後、95℃で5秒間、55℃で10秒間、72℃で10秒間のPCRサイクルを、40サイクル行った。蛍光強度の測定も反応例1と同様にして行った。
【0059】
反応結果の確認
反応結果について、60チャンバーの蛍光強度を確認し、その蛍光強度の分布をチャンバー数ごとにまとめた(図8)。この図において蛍光強度2500〜2750のチャンバーはサルモネラ菌が1個入っていたチャンバー、2750〜3000は菌が2個入っていたチャンバー、3000〜3250は菌が3個入っていたチャンバーである。なお2100〜2500のチャンバーは菌体が入っていなかったチャンバーである。また、この菌体濃度のときの分離に関するポアソン分布を、表1に示した。これらの結果から、試料液が極微量であっても、試料液が蒸発したり、チャンバー毎に分かれたサルモネラ菌が混合したりすることなく、単細胞からのPCRによる遺伝子増幅が可能である事が確認された。また、遺伝子量は細胞数に依存しているため、PCRによる遺伝子増幅もそれに比例して行われたことが確認された。
【0060】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0061】
食品中の菌検査の公定法では、数日の時間を必要とするが、本発明の方法によれば、細菌数の迅速な定量が可能である。食品以外にも医療分野での血液等の感染症診断、さらには犯罪捜査及びバイオテロを含む環境評価への応用も可能である。
【符号の説明】
【0062】
1 マイクロ反応容器
2 マイクロ反応容器の基板
3 流路
4 チャンバー
5 試料液供給部
6 PCR後の試料液排出部
7 栓
8 生物学的材料の1単位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロ反応容器であって、該マイクロ反応容器の中央部側から外縁部側に向かって、試料液供給部と、該試料液供給部に接続されるマイクロ流路と、及び該マイクロ流路の前記供給部とは異なる側に接続される試料液排出部とを有し、並びに前記試料液供給部及び試料液排出部の空間を塞ぐ栓を有する、生物学的材料のポリメラーゼ連鎖反応を行うマイクロ反応容器。
【請求項2】
前記試料液供給部及び前記試料液排出部の空間の容積が、前記マイクロ流路の容積より大きい、請求項1に記載のマイクロ反応容器。
【請求項3】
前記栓が、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、天然ゴム、合成ゴム、又はセラミックスから選択される少なくとも一種の材質からなり、前記マイクロ流路内の圧力上昇によっても栓が外れることの無い耐圧性栓である、請求項1又は2に記載のマイクロ反応容器。
【請求項4】
前記マイクロ反応容器は、ディスク状の形状を有し、該ディスクの中央部側から外縁部側に向かって、前記試料液供給部、前記マイクロ流路及び前記試料液排出部を有し、並びに前記流路が渦巻状であるか、又は多数の屈曲点を有する、請求項1〜3いずれか一項に記載のマイクロ反応容器。
【請求項5】
前記試料液供給部、前記マイクロ流路及び前記試料液排出部が複数形成されている、請求項1〜4いずれか一項に記載のマイクロ反応容器。
【請求項6】
前記生物学的材料が、細菌、細胞、真菌、ウイルス、又はDNA若しくは遺伝子である、請求項1〜5いずれか一項に記載のマイクロ反応容器。
【請求項7】
容器の中央部側から外縁部側に向かって、試料液供給部と、該試料液供給部に接続されるマイクロ流路と、及び該マイクロ流路の前記供給部とは異なる側に接続される試料液排出部とを有するマイクロ反応容器の、前記試料液供給部に、生物学的材料の試料液を供給する工程と、
前記マイクロ流路中に前記試料液を移動させる工程と、
前記試料液供給部及び前記試料液排出部に栓をする工程とを有する、
ポリメラーゼ連鎖反応を行う方法。
【請求項8】
容器がディスク状の形状を有し、該ディスクの中央部側から外縁部側に向かって、前記試料液供給部、前記マイクロ流路及び前記試料液排出部を有し、並びに前記マイクロ流路が渦巻状であるか、又は多数の屈曲点を有するマイクロ反応容器を使用する、
請求項7に記載のポリメラーゼ連鎖反応を行う方法。
【請求項9】
前記試料液供給部、前記マイクロ流路及び前記試料液排出部が複数形成されているマイクロ反応容器を使用する、
請求項7又は8に記載のポリメラーゼ連鎖反応を行う方法。
【請求項10】
前記試料液供給部及び前記試料液排出部に栓をした後、当該栓を押圧部品で押圧して栓の脱落を防止する、請求項7〜9いずれか一項に記載のポリメラーゼ連鎖反応を行う方法。
【請求項11】
前記マイクロ反応容器のマイクロ流路中に試料液が供給されている全ての前記試料液供給部及び前記試料液排出部に栓をし、当該栓の全てを一つの押圧部品で押圧可能な加熱制御装置を使用して反応を行う、
請求項7〜9いずれか一項に記載のポリメラーゼ連鎖反応を行う方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−172270(P2010−172270A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−18736(P2009−18736)
【出願日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【出願人】(598123138)学校法人 創価大学 (49)
【出願人】(800000080)タマティーエルオー株式会社 (255)
【Fターム(参考)】