説明

マルハナバチの飼育方法

【課題】マルハナバチ類のコロニーを効率よく室内で増殖し、農作物の花粉媒介者として利用する。
【解決手段】マルハナバチ類の女王蜂に数頭の働き蜂をヘルパーとしてつけることにより、営巣成功率が高まり、第1ブルード働き蜂の羽化も早まる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマルハナバチ類の飼育方法に関する。さらに詳述すると、本発明は花粉媒介用コロニーを短期間に作成することを目的とする。働き蜂(成虫、幼虫、蛹)をヘルパーとしてつけることにより、営巣率の向上、働き蜂の羽化の短縮、巣の発達促進、新女王蜂の休眠打破する方法に関している。
【背景技術】
【0002】
花粉媒介に利用される昆虫類には、ミツバチ、マメコバチ、シマハナアブなどが知られている。これらの内、1頭の女王蜂と多数の働き蜂からなる家族で生活する社会性昆虫はミツバチだけであり、本発明が意図するマルハナバチ類もこれに含まれる。
【0003】
従来よりミツバチは養蜂業の発達と共に様々な農作物の花粉媒介に利用されている。しかしながら、ミツバチは紫外線を除去するフィルムで被覆された温室内では十分な送粉活動が期待できない。また、トマトのように花蜜を生産しない花には訪花せず、狭い閉鎖空間内で飼育できないなどの使用上の限界も指摘されている。それらの施設園芸における花粉媒介の問題点を解決したのがミツバチとは異なる生活様式をもつマルハナバチ類である。マルハナバチ類の利用技術が具体的になり始めたのは、1987年にベルギーのRoland de Jongheが、日本には分布していないセイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris) の温室トマトの受粉への卓越した効果を認めたことに始まる。その後、4〜5年の内にこのハチの生産販売はオランダ、イギリス、フランスを中心にヨーロッパ各国に広がってきた。日本では、1991年に初めてバイオベスト社、ベルギーのセイヨウオオマルハナバチが、1992年にはコッパート社、オランダからも同種が輸入され、トマトハウスへ導入されている。現在までの総輸入量は10,000群を越えるとみられる。従来、1花ずつ人力でホルモン剤処理により単為結果させていたトマトの生産に、このヨーロッパ産マルハナバチの導入が、労力の大幅な削減と正常受粉による果実の品質向上といった形で成果を上げている。生産農業的な見地に立てば、その導入は実に有効である。しかし、もしその外来種が野外に逃げ出し帰化した場合に起こりうる日本在来の14種のマルハナバチ類との競合、あるいは広く日本のファウナとフロラに与える影響が懸念される。在来種のマルハナバチ類を用いれば、その問題を回避できると考えたところに本発明の源がある。
【0004】
飼育方法に関してヨーロッパにおいて開発されているものを挙げれば、セイヨウオオマルハナバチにおいて2頭の女王蜂を1つの巣箱に同時に入れて飼育を開始する(Duchateau.1991) 、1頭の女王蜂に3〜4頭のミツバチの働き蜂をつけると営巣開始率が高まるという報告(van den Eijnde等,1991,非特許文献1)がある。
【0005】
マルハナバチの生活史について概略を述べる。マルハナバチの巣作りは、冬越しを終えて春に土中に出てきた1頭の女王蜂により開始される。女王蜂はネズミなどの空き巣に巣を作り、働き蜂になる受精卵を数個産んで育てる。この最初に1頭の女王蜂によって育てられる1群の働き蜂達を第1ブルードと呼ぶ。これらの働き蜂が母親の女王蜂を助け、巣の拡張、餌集め、巣の防衛などの労働を担当するため、女王蜂は産卵に専念できるようになり、この時点でまさに「女王蜂」となるわけである。従って、第1ブルードを出来るだけ早く育てることが将来の巣の発展にとって重要となる。第1ブルードの働き蜂がさらに多くの女王蜂の子供を育て、働き蜂の数は急激に多くなってくる。そして、8月の終わりから9月にかけて、雄蜂と次の年に女王蜂となる新女王蜂を数十頭育て上げる。新女王蜂は、巣を離れ他の巣の雄蜂と交尾し土の中に潜り、長い越冬の後、翌年の春また1頭で巣作りを開始する。
【非特許文献1】J.van den Eijnde et al., Acta Horticulturae,1991年,第288巻,第154−158頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自然界におけるマルハナバチの巣作りはわずか1頭の女王蜂から開始される。女王蜂は体からロウを分泌し小さな産卵室を作り、数個の受精卵を生む。この卵から働き蜂が誕生するまでの間、女王蜂はすべての仕事を1頭でしなければならない。従って、この時期に女王蜂にかかる負担は大きくかつ死亡率も高い。また、産卵から最初の働き蜂が成虫となるまでの時間も長くかかる。室内では、女王蜂1頭で巣作りを開始させること自体が難しい。本発明者は、日本産のオオマルハナバチの女王蜂1頭にヨーロッパ産のセイヨウオオマルハナバチの働き蜂をつけ、最初から社会性の状態にすることで、営巣成功率を上昇させ、短期間で多数の働き蜂を生産させ、効率のよいマルハナバチ類の大量室内飼育法の完成を目的とした。次に自然界では交尾後越冬に入ってしまう新女王蜂に同様の処理を行い、休眠を省略させ、一年中実験室内でコロニーを確保する方法の開発をも目的とする。この方法を日本産マルハナバチ類の増殖に適用することで、日本の生態系に悪影響をもたらす危険の全くない日本在来のマルハナバチ類をも効率よく増殖し、農作物の増産に貢献せしめようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は飼育箱に供試虫を入れ、女王蜂1頭にヘルパーを数頭つけることにより、営巣を促進し、新女王蜂の休眠を打破することができた。すなわち、女王蜂にヘルパーをつけると一層早く第1ブルードが育ち、また交尾した新女王蜂にヘルパーをつけると長い眠りを止めて直ちに巣作りを開始するという、通常では起こりえない冬の間をも含む一年中巣を確保できる。
働き蜂として成虫のみならず、幼虫や蛹をつけた場合、ヘルパーとなる働き蜂が次々と羽化してくるので、成虫をつけた場合と比較して効果が長続きするという利点がある。また卵を使用することも可能であるが、その場合は幼虫とセットにして使うことが望ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明は今までほとんど不可能であった特に日本産マルハナバチ類の実験室内における大量増殖に道を開くものであり、今後増大されるマルハナバチの需要に対し、マルハナバチを国内で計画的に生産可能ならしめる点で画期的である。
【実施例】
【0009】
例1 女王蜂と働き蜂の入手
越冬を終えて訪花しているオオマルハナバチの女王蜂を山梨県南都留郡忍野村において採集した。この女王蜂を飼育開始までの間、1頭ずつ小型のプラスチックケースに入れ、約30%のショ糖水を与えた。女王蜂にヘルパーとしてつけた働き蜂はオランダのコッパート社が調製し、株式会社トーメンが輸入したセイヨウオオマルハナバチ(商品名:ナチュポール)である。
【0010】
例2 飼育条件
野外で採集した女王蜂を飼育箱(縦80×横150×高さ65mm)に導入した。その飼育箱は、通過用の孔を開けた仕切り板で育児室と給餌室に分割されている。空気孔を付けた透明なプラスチック製の蓋を備えているが、育児室側は暗くなるように配慮されている。育児室の底には薄い板が敷いてあり、その上に作られた巣が発達した時に板ごとより大きな巣箱に移し変えることが容易となる。30%のショ糖を小型容器に入れて給餌室の床に置き、ミツバチのコロニーから花粉トラップにより採集された新鮮な花粉を直径約5mmのだんご状にして育児室の床上に置いた(図1)。これら2種類の餌は、毎日の状況によって足したり取替えたりした。飼育箱は約25℃に保持された恒温器内に置かれ、光周期条件は12時間明期、12時間暗期とした。女王蜂1頭にヘルパーとして働き蜂を3頭つけた区(図2)の飼育条件も全く同一である。
【0011】
例3 巣の発達速度
飼育箱に入れた1頭の女王蜂は、約1週間後腹部からロウを分泌し、巣作りを開始した。蜜壺と産卵室を作り、6〜9個の受精卵をまとめて産んだ。産卵後女王蜂は直ちに産卵室をロウで閉じ、上から抱きかかえるように発熱し、産卵室の温度を約32℃に維持した。卵の孵化後、花粉の消費量は徐々に増加し、女王蜂は摂食した花粉を吐き戻して幼虫に与えた。幼虫が成長して終令に至ると花粉の消費量は急激に増えた。産卵から最初の働き蜂が羽化するまで約1か月を要した。働き蜂が羽化した後は、彼らがほとんどの仕事を分担するため、そのコロニーは急激に発達した。一方、3頭の働き蜂をヘルパーとして与えられた女王蜂では、最初からヘルパーがコロニー内の仕事を分担し女王蜂を助けるため、営巣成功率が高まるだけでなく、巣の発達が著しく促進された(図2)。すなわち、最初の働き蜂の羽化を要する日数が短縮され、女王蜂の産卵間隔も縮まり、産卵開始から50日目の働き蜂の総羽化数は、女王蜂単独で開始させた場合の約2倍となった(表1および図4)。
表1.オオマルハナバチの女王蜂単独営巣区と3頭のヘルパー
をつけた区におけるコロニー初期段階の発達の比較
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
実験を開始してからの経過日数 女王蜂の産卵
コロニー ――――――――――――――――――――――― 開始50日目
番号 巣作り開始 産卵開始 第1ブルード働き蜂の の累積働き蜂
羽化(数) 羽化数
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
女王蜂単独
営巣区
(n=4)
H−1 5 7 30(8) 14
H−4 12 14 37(4) 4
女王蜂1頭
にヘルパー
を付けた区
(n=3)
H−5 9 14 24(5) 17
H−6 9 12 27(6) 21
H−7 3 7 27(7) 28
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0012】
例4 新女王蜂による営巣
室内で育てられ成熟したコロニーから羽化した新女王蜂と雄蜂を実験条件下で交尾させることにも成功しているが、新女王蜂は交尾後に数カ月間の休眠に入るため、引き続いて営巣させることが不可能であった。本発明者は交尾させた新女王蜂に働き蜂をつけることで、休眠を打破させることに成功した(図5)。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】マルハナバチ類の室内飼育に使用した巣箱
【図2】オオマルハナバチの女王蜂(中央の大型個体)とセイヨウオオマルハナバチの働き蜂ヘルパー3頭
【図3】オオマルハナバチの女王蜂1頭だけで営巣させた区(A)と女王蜂1頭にヘルパーとして働き蜂を3頭つけた区(B)におけるコロニーの発達の相違
【図4】オオマルハナバチの女王蜂1頭だけで営巣させた区(H−1)と女王蜂1頭にヘルパーとして働き蜂を3頭つけた区(H−7)における働き蜂の累積羽化数の相違
【図5】セイヨウオオマルハナバチの働き蜂ヘルパーをつけることにより休眠打破されたオオマルハナバチの交尾新女王蜂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オオマルハナバチの女王蜂に、オオマルハナバチおよびクロマルハナバチから選ばれる働き蜂をヘルパーとしてつけることを特徴とする、マルハナバチの飼育方法。
【請求項2】
クロマルハナバチの女王蜂に、オオマルハナバチ、クロマルハナバチおよびセイヨウオオマルハナバチから選ばれる働き蜂をヘルパーとしてつけることを特徴とする、マルハナバチの飼育方法。
【請求項3】
セイヨウオオマルハナバチの女王蜂に、オオマルハナバチ、クロマルハナバチおよびセイヨウオオマルハナバチから選ばれる働き蜂をヘルパーとしてつけることを特徴とする、マルハナバチの飼育方法。
【請求項4】
クロマルハナバチの女王蜂に、セイヨウオオマルハナバチの働き蜂をヘルパーとしてつけることを特徴とする、請求項2に記載の飼育方法。
【請求項5】
女王蜂1頭につき働き蜂1〜数10頭をつける、請求項1〜4のいずれか1項に記載の飼育方法。
【請求項6】
働き蜂は成虫、幼虫あるいは蛹である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の飼育方法。
【請求項7】
女王蜂は交尾した新女王蜂である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の飼育方法。

【図1】
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【図4】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−129881(P2006−129881A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−40079(P2006−40079)
【出願日】平成18年2月17日(2006.2.17)
【分割の表示】特願2003−18153(P2003−18153)の分割
【原出願日】平成6年4月28日(1994.4.28)
【出願人】(593171592)学校法人玉川学園 (38)
【出願人】(501353373)アリスタ ライフサイエンス株式会社 (2)