メグシン/RAGE/iNOS発現疾患モデル動物及び該動物を用いた化合物の評価方法
メグシン-TgとRAGE/iNOS-Tgとを交配させてトリプルTg(メグシン/RAGE/iNOS-Tg)を創生した。このメグシン/RAGE/iNOS-Tgが、従来にはない著明な糖尿病性腎病変を早期に発症し、かつ糸球体肥大をはじめとする各種病理像が均一に観察されることを見出した。更にこれらの症状を示す動物が、糖尿病性腎症の疾患モデル動物として有用であることを見出した。すなわち、本発明の疾患モデル動物では、メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子を強発現しており、これにより糸球体障害を伴う腎機能障害を早期に発症する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疾患モデル動物、特に、糖尿病性腎症などの高血糖を伴う腎機能障害や糸球体障害を伴う腎機能疾患のモデル動物に関する。また、本発明は本疾患モデル動物を用いた腎機能障害に対する化合物の治療効果を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ライフスタイルや食餌の欧米化が進むにつれ、糖尿病患者は増加の一途を辿っている。糖尿病は持続的な高血糖により、全身のさまざまな組織障害、つまり合併症を引き起こす疾患である。糖尿病では冠動脈硬化症や脳血管障害などいわゆる大血管合併症以外に、網膜症、神経症、腎症、あわせて三大合併症と称される極めて糖尿病に特徴的な病態が生じる。特に腎症は、糖尿病患者にとって生命に関わる合併症であり、先進国における末期腎疾患(ESRD)の主たる原因となっている(非特許文献1)。
【0003】
インスリン依存性糖尿病(IDDM)患者の約30%が糖尿病性腎症を発症し、最終的に透析または腎移植が必要となるなどquality of life(QOL)も著しく損なわれる(非特許文献1および2)。また、糖尿病患者の平均寿命は男女とも一般人口に比べて10年以上も短い。持続性の蛋白尿、進行性腎機能低下、および組織病理学的なメサンギウム細胞増殖が糖尿病性腎症の特徴的な症状である。
【0004】
従って、糖尿病合併症の発症・進展の分子メカニズムを解明し、予防・治療法を見いだすことは、医学的にも社会的にも重要な課題と考えられる。
【0005】
糖尿病性腎症の発症機序を解明し、治療及び予防方法を開発するためには、モデル動物が必要であり、当該モデル動物創生のために種々研究が進められている。しかしながら、ヒトで観察されるような糖尿病性腎症の変化を発症する動物モデルは、未だ知られておらず(非特許文献3)、穏やかなメサンギウム細胞硬化のような限られた障害を発症する自然発症非肥満糖尿病(NOD)マウスなどの糖尿病モデル動物(非特許文献4)や化学的に誘発された糖尿病齧歯類モデル動物(非特許文献5)がわずかに知られているに過ぎない。さらに、これら知られているモデル動物は、いずれも再現性や病理所見の点において満足できるものではない。すなわち、軽度のメサンギウム基質の増生、及びそれに伴う糸球体肥大は、従来の糖尿病性腎症モデルにおいても確認される病理所見であるが、全ての表現型(生化学的、病理学的所見)が、ヒトの糖尿病性腎症に類似しているモデル動物は知られていない。また、より病理像が進行した時に見られる結節性糸球体硬化を呈するモデルは皆無である。それゆえ、糖尿病性腎症の研究は困難となっている。こうした背景から、ヒトの糖尿病性腎症に類似した表現型を有するモデル動物の創生は、糖尿病性腎症の病態生理学を理解する上で極めて重要である。
【0006】
糖尿病性腎症は上述の通り、糖尿病の合併症の一つであり、この発症機序には次のような生体内での反応が関与していると考えられている。
【0007】
タンパク質がグルコースのような還元糖に曝されると、非酵素的糖化反応が引き起こされ、可逆性のシッフ塩基やアマドリ転位化合物などの糖化産物が形成される(非特許文献6)。ここまでは、前期反応と呼ばれる。その後、さらに縮合、開裂、架橋形成などの複雑な分子内転位反応を経て、不可逆性の糖化最終産物(advanced glycation end-products:AGE)が生成する(非特許文献6)。このような一連の反応はグリケーションと呼ばれ、AGEとはこのような過程を経て生成される構造物の総称である。糖尿病では、長期の高血糖状態がこの反応を加速し、そしてAGEが循環血液や種々の組織中に蓄積している(非特許文献6)。こうしたAGEの生成が糖尿病性合併症の成因の一つとして考えられる。
また、AGEを特異的リガンドとして認識する細胞表面受容体(糖化最終産物受容体、Receptor for AGE:RAGE、以下、本書において「RAGE」と記載する)が引き起こす細胞応答によるメカニズムが注目されている。
【0008】
RAGEは、1992年ウシ肺から分離同定されたイムノグロブリンスーパーファミリーに属する分子量約35kDaの膜タンパク質であり、AGEを認識する細胞表面受容体である(非特許文献7および8)。最近になり、糖鎖修飾を受けたヒトRAGEの完全長は55kDaであることが明らかにされた(非特許文献9)。RAGEは細胞外に免疫グロブリン様ドメインを三つ持つ1回膜貫通型受容体であり、シグナル伝達に必須と考えられている短い細胞内ドメインを持つ。RAGEのAGEリガンド結合領域は三つの免疫グロブリン様ドメインのうちの最もN末端側の内部にあることが明らかにされている。また、RAGEの発現は血管内皮細胞、平滑筋細胞、周皮細胞、腎メサンギウム細胞などの血管構成細胞やマクロファージなど多くの細胞種で認められている(非特許文献7および8)。このうち内皮細胞においてはAGEリガンド自身がRAGE遺伝子の発現を転写段階で誘導する事実も明らかにされている(非特許文献10)。
【0009】
以前に本発明者らは、AGE-RAGE系の糖尿病血管合併症、特に腎症、網膜症に与える影響を生体で明らかにするため、血管細胞でRAGEを過剰発現するトランスジェニックマウス(RAGE-Tg)を作製し、解析した(非特許文献11)。具体的には、血管内皮細胞特異的なマウスflk-1プロモータの下流にヒトRAGE遺伝子を連結したトランスジーンを用いてRAGE-Tgを作製し、続いて、このマウスに糖尿病を誘発するため、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS:以下、本書において「iNOS」と称する)を膵β細胞特異的に過剰発現する別系統トランスジェニック(Tg)マウス(非特許文献12)と交配し、生後早期からインスリン依存型糖尿病を発症するダブルTg(RAGE/iNOS-Tg)マウスを作製した。
【0010】
このRAGE/iNOS-Tgは、腎不全およびヒト糖尿病性腎症に類似した進行性の糸球体硬化を発症した。すなわち、同腹の糖尿病発症RAGE-Tgと糖尿病発症非Tgの雄性マウスを対照に腎症の進展程度を比較検討したところ、血糖値、HbAic値、血中AGE値などの指標は、両群間に有意差を認めないにも拘わらず、腎障害はRAGE/iNOS-Tgで有意に増悪していた。すなわち、RAGE/iNOS-Tgでは、タンパク尿の指標としての尿中アルブミン・クレアチニン比の増大、血清クレアチニン値の上昇、さらに、腎重量体重比の増大、組織学的に顕著な糸球体肥大、および糸球体硬化像が認められた。
【0011】
かくして、RAGE過剰発現が糖尿病腎症の発症・進展を促進させうることがはじめて個体レベルで立証されるとともに、RAGEが腎症感受性遺伝子として位置付けられ、RAGE/iNOS-TgがESRDを介する糖尿病誘発性腎病変の過程が理解できる最初のモデル動物となりえることが確認された。従って、AGE-RAGE系は糖尿病性合併症の予防と治療法のための有望な目標であると考えられる。
【0012】
このように、RAGE/iNOS-Tgは優れた糖尿病合併症のモデル動物ではあるが、より一層顕著な腎機能障害を発症し、かつその発症までの期間が短いモデル動物が得られれば、糖尿病性腎症などの糖尿病合併症の病態生理学の理解に一層役立つとともに、糖尿病合併症の治療薬などの開発に大いに役立つことになる。
【0013】
一方、本発明者らは、メサンギウム細胞に特異的に発現する遺伝子であるメグシン(メグシン)を単離し(特許文献1)、メグシンを導入したトランスジェニックマウス(メグシン-Tg)を創生した。約35〜40週齢のメグシン-Tgの腎糸球体組織では、メサンギウム細胞を主体とする著明な細胞増殖、メサンギウム基質の増生、並びに補体、免疫グロブリンから成る免疫複合体の沈着が認められ、分節性の硬化(segmental sclerosis)などのメサンギウム増殖性の病理所見を示した(非特許文献13)。これらの点から、メグシン-Tgはメサンギウム増殖性糸球体腎炎のモデル動物として有用と言える。しかしながら、メグシン-Tgには尿蛋白等の所見は認められず腎機能は正常であり、さらには、メサンギウム増殖性腎炎の発症まで35〜40週齢という長期間を要するものであった。そのため、メグシン-Tgは糖尿病合併症のモデル動物としての上述した要求を満たすものではなかった。
【特許文献1】国際公開番号WO99/15652号公報
【非特許文献1】Bojestig, M., et al., N. Engl. J. Med., 330:15-18 (1994)
【非特許文献2】Krolewski, M., et al., Kidney Int., 50:2041-2046 (1996)
【非特許文献3】Velasquez, M. T., et al., FASEB J., 4:2850-2859 (1990)
【非特許文献4】Doi, T., et al., Lab. Invest., 63:204-212 (1990)
【非特許文献5】Williamson, J. R., et al., Diabetes., 36:813-821 (1987)
【非特許文献6】Brownlee, M., et al., N. Engl. J. Med., 318:1315-1321 (1988)
【非特許文献7】Schmidt, A. M., et al., J. Biol. Chem., 267:14987-14997 (1992)
【非特許文献8】Neeper, M., et al., J. Biol. Chem., 267:14998-15004 (1992)
【非特許文献9】Yonekura, H., et al., Biochem. J., 370:1097-1109 (2003)
【非特許文献10】Tanaka, N., et al., J. Biol. Chem., 275:25781-25790 (2000)
【非特許文献11】Yamamoto, Y., et al., J. Clin. Invest., 108:261-268 (2001)
【非特許文献12】Takamura, T., et al., J. Biol. Chem., 273:2493-2496 (1998)
【非特許文献13】Miyata, T., et al., J. Clin. Invest., 109: 585-593 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
そこで、本発明の課題は、糖尿病性腎症のモデルとして従来のモデル動物よりも一層有用な疾患モデル動物を提供することである。また本発明は、糖尿病性腎症の治療に有用な化合物の評価方法を提供することをも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、自らの研究によって、糸球体におけるメグシン(Megsin)の強制発現によりメサンギウム増殖性糸球体腎炎を誘導できること、RAGE/iNOS-Tgは優れた糖尿病合併症のモデル動物となり得ることを明らかにしている。本発明者らはこれらの知見に基づいて、さらに腎機能障害の発症機序、とりわけ糖尿病性腎症の機序について鋭意研究を行った。その研究において、本発明につながる知見を得た。
先ず、メグシン-TgとRAGE/iNOS-Tgとを交配させてトリプルTg(メグシン/RAGE/iNOS-Tg)を創生した。このメグシン/RAGE/iNOS-Tgは、従来にはない著明な糖尿病性腎病変(結節性糸球体硬化)をそれも早期に発症し、かつ糸球体肥大をはじめとする腎臓の病理像が均一に観察されることを見出した。
より具体的には、創生されたトリプルTg マウスは8週齢、16週齢というように早期から糸球体肥大や糸球体内細胞増殖が認められ、それに伴いメサンギウム基質拡大が加速していた。こうした早期からの糸球体形態異常は、糸球体障害(メサンギウム細胞活性化)、尿細管間質障害(線維化)の重篤化、間質へのマクロファージ浸潤や酸化ストレスの亢進などを招き、本トリプルTg マウスは16週齢という極めて早い時期に、後期糖尿病性腎症病変像(結節性病変、糸球体係蹄とボーマン嚢との癒着)を呈する。
このように本トリプルTgは、全ての表現型(生化学的、病理学的所見)において、ヒトの糖尿病性腎症に類似している。特にこれまでは、より病理像が進行した時に見られる結節性糸球体硬化を効率的かつ早期に呈するモデルは皆無であり、本発明のモデル動物が、糖尿病性腎症の疾患モデル動物として有用となる。
また、本モデルはメサンギウム細胞障害(メグシン過剰発現)によって加速しているため、糖尿病性腎症におけるメグシンの病態生理、メサンギウム細胞の病態生理をより詳細に、かつ広範囲の病変進行段階における比較・相違を解析できるという特徴を有する。したがって、本モデル動物は、後期病変に至らぬようにする腎障害進展を抑制する新規診断・創薬開発のための評価モデルとして有用となる。
本発明はこれら知見に基づくものであり、具体的には以下に示す。
〔1〕メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子を発現している非ヒト哺乳動物からなる、疾患モデル動物。
〔2〕メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子が導入された、上記〔1〕記載の疾患モデル動物。
〔3〕次の表現型(a)-(f)から選択される少なくとも1つの表現型を呈する、上記〔1〕または〔2〕記載の疾患モデル動物。
(a) 体重に対する腎重量比の上昇
(b) 尿中アルブミン値の上昇
(c) 血中トリグリセリドの上昇
(d) 低体重(発育不全)
(e) 高血糖
(f) 低インスリン血
〔4〕メサンギウム基質における次の(a)から(c)のうち少なくとも一つの表現型を呈する、上記〔1〕から〔3〕のいずれかに記載の疾患モデル動物。
(a) メサンギウム基質の拡大
(b) 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進
(c) コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加
〔5〕 尿細管間質における次の(a)および/または(b)の表現型を呈する、上記〔1〕または〔2〕記載の疾患モデル動物。
(a)繊維化
(b)炎症性細胞の浸潤
〔6〕メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子がヒト由来である、上記〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の疾患モデル動物。
〔7〕疾患が糖尿病性腎症である、上記〔1〕から〔6〕のいずれかに記載の疾患モデル動物。
〔8〕非ヒト哺乳動物の受精卵にメグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子を導入する工程を含む、メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子が発現している非ヒト哺乳動物からなる疾患モデル動物の創生方法。
〔9〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物の腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程、
(2)被験化合物を投与した疾患モデル動物の腎機能障害を緩和する作用を検出する工程
〔10〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の体重に対する腎重量比、尿中アルブミン値、血中トリグリセリド、尿中8-OHdG値の少なくともいずれかを測定する工程
〔11〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のメサンギウム基質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程
〔12〕メサンギウム基質の変異が次の(a)から(c)の少なくとも一つである、上記〔11〕記載の方法。
(a) メサンギウム基質の拡大
(b) 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進
(c) コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加
〔13〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の尿細管間質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程
〔14〕 尿細管間質の変異が次の(a)および/または(b)である、上記〔13〕記載の方法。
(a)繊維化
(b)炎症性細胞の浸潤
〔15〕腎機能障害が高血糖に伴う腎機能障害である、上記〔9〕から〔14〕のいずれかに記載の方法。
〔16〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における高血糖に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のグルコース濃度または/インスリン濃度を測定する工程。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、メグシン、RAGE、iNOS遺伝子が導入された疾患モデル動物が提供された。本発明のモデル動物は、著明な糸球体障害(結節性硬化病変)が認められる。このような所見は、本発明の疾患モデル動物がよりヒトの糖尿病性腎症に近い病態を呈していることを裏付けている。また、本発明のモデル動物は従来のモデルマウス(40週齢)に比し、早期(16週齢)に発症し、糸球体肥大をはじめとする各種病理像が均一である。したがって、糖尿病性腎症の原因解明に大いに役立つことが期待される。本発明のモデル動物は、糖尿病性腎症の発症メカニズムや病態の解析用途に有用であることはもちろん、糖尿病性腎症の治療薬の開発やスクリーニング、さらには薬剤の検定などにおいても有用なモデル動物となる。
【0017】
更に本発明は、高血糖症状を伴う疾患モデル動物の提供を実現した。高血糖を伴うモデル動物は知られているが、上記本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物のように、短期間で確実に高血糖状態をもたらすことができる動物は知られていない。本発明の疾患モデル動物は、高血糖に起因する様々な病態の解析や治療方法の探索、高血糖の治療方法の解明に有用である。高血糖は、様々な障害を引き起こす原因となっていることが明らかにされている。したがって、高血糖によってもたらされる様々な病的変化を観察することができるモデル動物は、その病態解析において有用である。
【0018】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物は、トランスジェニック動物を利用して作製することができる。トランスジェニック動物は、均一性の高いモデル動物を容易に、しかも多量に供給できることから、精度の高い実験を可能とするものである。しかも、本発明の疾患モデル動物には、結節性硬化病変を認め、ヒトの病態に近い糖尿病性腎症の所見が認められた。このように実際の病態に忠実なモデル動物が提供された意義は非常に大きい。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】トリプルTgマウスにおいて、導入された3つの遺伝子(RAGE遺伝子、メグシン遺伝子、iNOS遺伝子)の存在をPCRにより確認した結果を示す写真である。
【図2】実施例2のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスおよび対照マウスの腎糸球体組織をPASまたはPAM染色した結果を示す顕微鏡写真である。上段はメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス、中段:RAGE/iNOS-Tgマウス、下段:メグシン-Tgマウス。いずれ16週齢マウスの腎臓組織を採取した。
【図3】蛍光抗体法を用いて、メサンギウム基質における免疫グロブリンの蓄積を検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。左:対照RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来。
【図4】蛍光抗体法を用いて、メサンギウム基質における補体の蓄積を検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。左:対照RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来。
【図5】抗IV型コラーゲン抗体を用いた免疫組織染色法によりメサンギウム基質に存在するIV型コラーゲンを染色した結果を示す顕微鏡写真である。左:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:対照メグシン-Tgマウス由来。
【図6】抗フィブロネクチン抗体を用いた免疫組織染色法によりメサンギウム基質に存在するフィブロネクチンを染色した結果を示す顕微鏡写真である。左:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:対照メグシン-Tgマウス由来。
【図7】抗ラミニン抗体を用いた免疫組織染色法によりメサンギウム基質に存在するラミニンを染色した結果を示す顕微鏡写真である。左:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:対照メグシン-Tgマウス由来。
【図8】メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの腎組織の病理解析結果を示す電子顕微鏡写真である。左に対照として正常マウス(非トランスジェニックマウス)由来の腎組織を比較として示す。
【図9】メグシン/RAGE/iNOS-Tg(トリプルTg)マウス(16週齢)の糸球体肥大を示すグラフである。トリプルTgおよび比較対照の各実験動物における、(a) 糸球体係蹄領域のサイズ、(b) 糸球体係蹄領域当たりのメサンギウム基質の割合、(c) 各実験動物の糸球体細胞をカウントするために核の数を示す。
【図10】メグシン/RAGE/iNOS-Tg(トリプルTg)マウス(8週齢)の糸球体肥大を示すグラフである。トリプルTgおよび比較対照の各実験動物における、(a) 糸球体係蹄領域のサイズ、(b) 糸球体係蹄領域当たりのメサンギウム基質の割合、(c) 各実験動物の糸球体細胞をカウントするために核の数を示す。
【図11】メグシン/RAGE/iNOS-Tg(トリプルTg)マウスにおける糸球体および尿細管間質損傷を示す免疫組織染色像を示す写真である。(a) メサンギウム基質活性化および尿細管間質損傷のマーカーである「α-SMA」による免疫染色像を示す。(b) マクロファージ浸潤像をF4/80免疫染色像として示す。
【図12】メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける酸化ストレスの上昇を酸化ストレスマーカーの一つ、8-OHdGに基づき測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の疾患モデル動物は、非ヒト哺乳動物からなり、少なくともメグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子(RAGE)および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子(iNOS)の3つの遺伝子が発現している非ヒト哺乳動物である。これら3つの遺伝子を発現させることにより、従来のモデル動物に比べ、体重に対する腎重量比が一層上昇(メグシンTgマウスの1.5〜2倍以上、正常マウスの1.5倍以上)した顕著な腎肥大、尿中アルブミン値が一層上昇(RAGE/iNOS-Tgマウスの2倍以上)、血中トリグリセリドの一層の上昇(メグシンTgマウスの2倍以上)などの腎障害の顕著な所見を早期に誘導することが可能となり、さらに、メサンギウム基質の拡大、免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進、コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加などのメサンギウム基質の変動や、尿細管間質の繊維化、炎症性細胞の浸潤などにより尿細管間質の障害も従来のメグシンTgマウスやRAGE/iNOS-Tgマウスに比べ早期に誘導することが可能となった。また、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物は正常動物に比して、低体重(発育不全)、高血糖、低インスリン血をも呈する。
【0021】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物は、例えば動物の各内因性遺伝子(メグシン遺伝子、RAGE遺伝子、iNOS遺伝子)のプロモータに作用し得る物質を投与等することにより得ることができるが、好ましくは、上記3つの遺伝子が導入されたトリプルトランスジェニック動物を創生することにより得られる。
【0022】
ここでメグシン遺伝子とは、上述した通り、メサンギウム細胞に特異的に発現する遺伝子であり、例えば本遺伝子を単独でマウスに導入することによりメサンギウム増殖性糸球体腎炎などの腎不全の病変を誘導し得る。メグシン遺伝子の一例として、ヒトのメグシンcDNAを配列番号:1に示したが、本発明におけるメグシン遺伝子は、上述したような腎炎を誘導し得るメグシン遺伝子であれば、上記配列番号:1のヒトメグシン遺伝子の類似の配列からなるもの、ヒト以外に由来するメグシン遺伝子等であってもよい。例えば、ラットメグシン、マウスメグシンは国際公開番号WO99/15652号公報に記載されている。
【0023】
RAGEは、血中あるいは組織におけるグリケーションにより生成される不可逆性の糖化最終産物(advanced glycation end-products:AGE)を特異的に認識する細胞表面受容体であり、RAGEをコードするヒトRAGEcDNAを配列番号:2に示す。しかし、本発明のRAGE遺伝子は、配列番号:2に示すヒトRAGE遺伝子に限定されず、AGEを認識し得る受容体蛋白質をコードする類似の配列であってもよく、また配列番号:2に記載の配列と異なるヒト由来の遺伝子、あるいはヒト以外に由来するRAGE遺伝子などであってもよい。
【0024】
iNOS遺伝子は誘導型一酸化窒素合成酵素をコードし、マウスcDNAはGeneBank/EMBL Data Bank M84373に登録され、本明細書にこの配列が配列番号:3として包含される。しかし、本発明における配列番号:3に記載の配列に限定されるものではく、その配列とは異なるが誘導型一酸化窒素合成酵素をコードする類似の配列であってもよく、また同等の機能を有するマウス由来の遺伝子、ヒトなど他の種に由来するiNOS遺伝子などであってもよい。
【0025】
上述した各遺伝子は、上記各塩基配列に基づいて公知の方法により得ることができる。たとえば、メグシン遺伝子であれば、メサンギウム細胞のcDNAライブラリーを配列番号:1に示した塩基配列からなるDNAをプローブとしてスクリーニングすることにより、メグシン遺伝子をコードするcDNAの単離が可能である。またこのcDNAライブラリーを鋳型として、配列番号:1に示した塩基配列に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行うことによって、メグシン遺伝子を増幅して得ることができる。
【0026】
RAGE遺伝子は、血管内皮細胞、平滑筋細胞、周皮細胞、腎メサンギウム細胞などの多くの細胞種で発現していることから、これらいずれかの細胞のcDNAライブラリーを配列番号:2に示した塩基配列からなるDNAをプローブとしてスクリーニングすることにより、RAGE遺伝子をコードするcDNAの単離が可能である。またこのcDNAライブラリーを鋳型として、配列番号:2に示した塩基配列に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行うことによって、RAGE遺伝子を増幅して得ることができる。
【0027】
iNOS遺伝子は、IL-1β刺激膵β細胞や活性化マクロファージ細胞などのcDNAライブラリーを配列番号:3に記載の配列またはその一部配列からなるDNAをプローブとしてスクリーニングすることにより、iNOS遺伝子をコードするcDNAの単離が可能である。またこのcDNAライブラリーを鋳型として、配列番号:3に記載の配列に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行うことによって、iNOS遺伝子を増幅して得ることができる。
【0028】
上記配列番号:1記載の配列とは異なるが同等の機能を保持するメグシン遺伝子、配列番号:2記載の配列とは異なるが同等の機能を保持するRAGE遺伝子、および配列番号:3に記載の配列とは異なるが同等の機能を保持するiNOS遺伝子は、ストリンジェントな条件下で上記対応する配列にハイブリダイズし得るものを選択することにより得ることができる。ストリンジェントな条件とは、洗浄のための条件として、通常は「1xSSC、0.1% SDS、37℃」程度、より厳しい条件としては「0.5xSSC、0.1% SDS、42℃」程度、さらに厳しい条件として「0.1xSSC、0.1% SDS、55℃」程度を示すことができる。
【0029】
トランジェニック動物を作製するに当たって、上記各遺伝子は導入すべき動物の細胞において発現可能なプロモータに連結することが有利である。マウスやラットなど、幅広い脊椎動物で外来遺伝子の発現を誘導できるニワトリβアクチン・プロモーターを示すことができる。また、特定の組織で遺伝子発現を実施させたい場合には、組織特異的なプロモータを用いることができる。血管内皮細胞特異的なプロモータとしてはマウスflk-1を挙げることができる。必要に応じて、外来遺伝子の発現を増強するためにエンハンサーを組み合わせてもよい。エンハンサーとプロモータを備え、更にその下流に外来遺伝子挿入用のマルチクローニングサイトを配置した既存のベクター(例えばpCAGGS等)を用いてもよい。このベクターは、マルチクローニングサイトの下流にウサギβグロビン・ターミネーターが配置されており、挿入された外来遺伝子の発現効率を向上させ得る。
【0030】
上記プロモータが連結された各遺伝子を用いてトランスジェニック動物を作製する。本発明の疾患モデル動物は、上記3つの遺伝子(メグシン遺伝子、RAGE遺伝子、iNOS遺伝子)が導入されたトリプルトランスジェニック動物からなるが、これら3つの遺伝子は一つの胚芽細胞に導入して3つの遺伝子を強発現するトリプルトランスジェニック動物を作製してもよく、遺伝子毎に異なる胚芽細胞に導入し、個々のトランスジェニック動物を作製した後に順次交配して最終的に3つの外来遺伝子を備えたトリプルTg動物を作製してもよい。本発明のトランスジェニック動物の作製方法は、特に限定はなく、公知のトランスジェニック動物の作製方法(例えば、勝木元也編,「発生工学実験マニュアル」,(日本:講談社),1989年、日本生化学会編,「新 生化学実験講座・動物実験法」(日本:東京化学同人),1991年参照)を用いることができる。以下に、一般的なトランスジェニック動物の作製プロトコールを簡単に説明する。
【0031】
トランスジェニック動物は、未受精卵、受精卵、精子およびその始原細胞を含む胚芽細胞などに、遺伝子を導入することによって作製される。遺伝子を導入する細胞としては、非ヒト哺乳動物の発生における胚発生の段階、より具体的には単細胞あるいは受精卵細胞の段階で、通常8細胞期以前のものが利用される。上記遺伝子の導入方法としては、リン酸カルシウム法、電気パルス法、リポフェクション法、凝集法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、DEAE-デキストラン法等が公知であり、これらいずれの方法で実施してもよい。遺伝子毎にトランスジェニック動物を作製する場合には、遺伝子毎に異なる受精卵などに遺伝子が導入される。また、3つの遺伝子群を共に導入する場合には、3つの遺伝子を含む溶液を上述したいずれかの方法で受精卵に導入する。
【0032】
ここで遺伝子を導入する細胞は、トランスジェニック動物の作製が可能なあらゆる非ヒト哺乳動物に由来する細胞であることができる。具体的には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、イヌ、あるいはネコ等の細胞を利用することができる。たとえばラットにおいては、排卵誘発剤を投与したメスのラットに正常なオスのラットを交配させることにより、遺伝子の導入が可能な受精卵を回収することができる。ラット受精卵では、一般に雄性前核へのマイクロインジェクションにより遺伝子(または遺伝子群)が導入される。遺伝子(または遺伝子群)が導入された細胞は、体外で一晩程度の培養の後、導入に成功したと思われるものが代理母の卵管に移植され、トランスジェニックキメラ動物が誕生する。代理母には、精管を切断したオスと交配させて偽妊娠状態としたメスが利用される。
【0033】
生まれたトランスジェニックキメラ動物は、その体細胞の遺伝子を解析することによって、ゲノムに外来遺伝子(または外来遺伝子群)が組み込まれていることを確認する。F1動物の誕生のために正常な動物と交配させる。このとき、望ましくは、より多くのコピー数を持つ個体を選択するようにする。一般に遺伝子として導入した外来性のDNAは、ゲノムの同一の部分に複数コピーが直列に組み込まれる。通常はこの組み込みコピー数が多いほど、多量の遺伝子発現につながり、より明瞭な発現型が期待できる。なお、ドットブロット法によって、コピー数の相対的な比較が可能である。
【0034】
この交配の結果誕生するF1動物の中で、体細胞に外来遺伝子(または外来遺伝子群)を備えるものは、ヘテロザイゴート(heterozygote)でありながら生殖細胞に外来遺伝子(または外来遺伝子群)を伝えることができるトランスジェニック動物である。したがって、F1動物の中から体細胞に外来遺伝子(または外来遺伝子群)を保持するものを選び、これらを両親とするF2動物を誕生させることができれば、外来遺伝子(または外来遺伝子群)をホモで保持するホモザイゴート動物(homozygote animal)がF2動物として得られる。
【0035】
上記方法で遺伝子毎に異なるトランスジェニック動物を作製した場合には、これらのうち先ず2つのトランスジェニック動物を交配させて、ダブルトランスジェニック動物を作製する。ここで得られたトランスジェニック動物に、交配させていないトランスジェニック動物を交配させることにより、トリプルトランスジェニック動物が作製される。なお、本発明の疾患モデル動物は、上記3つの遺伝子が発現している動物である限りトランスジェニック動物のいずれの世代であってもよく、3つの遺伝子DNAをヘテロで保持するF1世代、ホモで保持するF2世代以降であっても本発明に包含される。
【0036】
上記の通り作製されたトリプルTg動物は、高血糖、腎障害(とりわけ高血糖性腎症)の病変を効率よく、かつ早期に発症する。例えば、従来のRAGE/iNOSトランスジェニックマウスと本発明のトリプルトランスジェニックマウスとで比較すると、従来は糖尿病性腎症の発症には40週齢程度を要していたのに対し、本発明では16週齢程度で発症させ得る。このようにマウスの例をとっても、本発明によって疾患の発症を早めることができ、疾患モデル動物をより迅速に提供することが可能となった。したがって、本発明のトリプルトランスジェニックマウスは、14週齢以上、好ましくは16週齢以上であればを糖尿病性腎症モデルとして使用し得る。また、従来のRAGE/iNOSトランスジェニックマウスでは40週齢程度に達しないと糖尿病性腎症を発症させ得なかったことを考慮すると、本発明のトリプルトランスジェニックマウスは、14週齢から40週齢、より好ましくは16週齢から40週齢の間に糖尿病性腎症モデルとして使用し得る点で特徴を有している。
【0037】
また、本発明のトリプルトランスジェニック動物では従来のRAGE/iNOS-Tg やメグシンTgと比べて均質な腎機能障害などの表現型が得られ、質的にも一層有用なモデル動物を提供し得る。具体的には、本発明のトリプルトランスジェニック動物では腎肥大、尿中アルブミン値の上昇、血中トリグリセリドの亢進、および尿中の酸化ストレスマーカーである8−OHdG値の上昇が観察される。また、メサンギウム基質の増生や、結節性の糸球体硬化像を呈し、このメサンギウム基質ではIV型コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンの増大や免疫グロブリン、補体の蓄積が亢進する。尿細管間質において繊維化が生じ、炎症性細胞の浸潤も観察される。こうした表現型は、糖尿病性腎症のモデルとして極めて有効となる
【0038】
以下、本発明の腎機能障害の臨床的・病理学的特徴について説明する。
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物は腎肥大を呈する。腎肥大は、体重あたりの腎重量比(KW/BW)の上昇として判断される。KW/BWは、体重と腎臓の重量とをそれぞれ測定し、これらの値から算出される。正常な動物のKW/BWに比して、その値が大きい場合に腎肥大していると判断される。
【0039】
蛋白尿も本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物の特徴である。糖尿病性腎症では、早期の腎症において、微量のアルブミン尿が検出され、その後病気の進行に伴って持続的な蛋白尿が検出されるようになる。本発明の動物でもこのような蛋白尿の特徴を呈する。蛋白尿とは、尿中の蛋白質レベルが当該動物の正常値を越えて排泄される症状を言う。尿中の蛋白質を測定する方法は公知である。たとえば、蛋白誤差法や色素結合法などの生化学的な手法は、尿蛋白質の判定量的な測定方法として広く普及している。これらの測定原理に基づく尿試験紙が市販されている。また、より高感度かつ特異的な尿蛋白質の測定方法として免疫学的な原理に基づく測定方法が実用化されている。免疫学的な測定方法においては、たとえば血清アルブミンに対する抗体によって、尿中に排泄されたアルブミンが検出される。通常、尿中に排泄される蛋白質は微量である。たとえば、ラットを例にとると、正常な尿中蛋白質レベルは0〜40mg/dLとされている。したがって、ラットにおいては、尿中蛋白質がこの値を超えて恒常的に排泄されるときに蛋白尿であると判定される。本発明において、尿中に排泄される蛋白質の種類は限定されない。通常、尿蛋白質は血中蛋白質の主要蛋白質であるアルブミンやグロブリンで占められる。
【0040】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する動物は、血中トリグリセリドの上昇を呈する。糖尿病や腎障害の患者では、続発的に血中トリグリセリドが高値を示すことが知られており、本発明の動物でも、このような状態が発現される。血中トリグリセリドの上昇とは、当該動物の正常範囲を超えて高値を示すことをいう。血中のトリグリセリドを測定する方法は公知であり、例えば、LPL・GK・GPDH-ジアホラーゼ・ホルマザン色素法を用いることができる。
【0041】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する動物では、メサンギウム基質の拡大、結節性の糸球体硬化が生じる。糖尿病性腎症では、糸球体基底膜の肥厚、メサンギウム基質の拡大、及び糸球体の結節性硬化病変が特徴的とされており、この特徴が本発明のモデル動物でも発現される。さらに、メサンギウム基質の拡大は、その過程で生じるコラーゲン、ラミニンまたはフィブロネクチンなどの増加に基づいて観察することができる。病理組織をそれぞれの抗体を用いて免疫組織学的に解析することができる。免疫組織像を当該動物の正常な免疫組織像と比較して、染色面積・強度が多い場合に、コラーゲン、ラミニンまたはフィブロネクチンなどが増加していると判断される。一方、糸球体基底膜の肥厚は、電子顕微鏡による病理解析にて観察できる。なお、基底膜肥厚の主たる理由として、高血糖による基質代謝異常(産生亢進、代謝低下)が挙げられ、メサンギウム基質増生と同じ機序であると考えられている。
【0042】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物では、メサンギウム基質における免疫グロブリンや補体の蓄積の亢進によっても特徴付けられる。ヒト糖尿病性腎症において免疫グロブリン、補体の沈着は糸球体毛細管壁及びメサンギウム領域(メサンギウム基質のある場所)に認められ、このような病変が本発明のモデル動物でも現れる。なお、免疫グロブリンや補体はそれぞれの特異的な抗体を用いた組織免疫染色により検出することができる。そして、当該動物の正常な免疫組織染色像と比較して、染色面積・強度が大きい場合に免疫グロブリンや補体の蓄積が亢進していると判断される。
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物は、尿細管間質の繊維化や炎症性細胞の浸潤によっても特徴付けられる。このような尿細管や間質における所見はヒト糖尿病性腎症の進行した後期病変においても同様に観察され、このような病態が本発明のモデル動物でも現れている。尿細管間質の繊維化は、α-SMAに対する特異的抗体を用いた組織免疫染色により検出することができる。α-SMAに対する特異的抗体により尿細管または間質において陽性反応を示す細胞を視覚化することにより繊維化した細胞を検出することができる。または、検鏡下で尿細管または間質の障害程度を直接スコアリングすることにより、繊維化を半定量化することもできる。一方、尿細管間質におけるマクロファージなどの炎症性細胞の浸潤は、これら炎症性細胞に特異的な抗体などを用いた免疫組織染色により検出することができる。例えば、マクロファージを検出するための抗体としては、実施例に示すF4/80を用いることができる。
また、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物は、酸化ストレスの増加によっても特徴付けられる。ヒトの糖尿病性腎症の病態の解析により、最近、糖尿病性腎症の発症に酸化ストレスが起因していることが示唆されている。本モデル動物でも、こうしたヒト糖尿病性腎症の病態において観察されている酸化ストレスの増加が観られる。酸化ストレスの測定は、例えば、動物の尿や血液を用いて測定することができる。例えば、酸化ストレスマーカーの一つ、8-OHdGは動物の尿を試料とし、市販のELISAキットなどにより簡便に測定することができる。
【0043】
このように、本発明のモデル動物は、糖尿病性腎症、糸球体障害(結節性硬化病変)、尿細管間質障害などの腎機能障害の特徴を備えていることから、これら疾患の有効なモデル動物となる。また、本発明のモデル動物は、高血糖、低インスリン血を早期に示すことから、糖尿病のモデル動物としても有効である。従って、本発明のモデル動物は、糖尿病、その合併症である糖尿病性腎症あるいは結節性糸球体硬化などの疾患の発症機序の解明などの研究に利用できることはもちろん、高血糖や腎機能障害に対する治療方法・薬剤等を開発する際の評価系としても有効である。
【0044】
本発明は、上記疾患モデル動物を用いた高血糖あるいは腎機能障害に対する治療薬の評価方法をも提供する。第一の評価方法は、次の工程を含む、(1)上述した非ヒト哺乳動物からなるメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程と、(2)被験化合物が投与された上記疾患モデル動物の腎機能を検査する工程とが含まれる。
【0045】
上記評価方法では、まず本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物に被験化合物が投与される。この投与経路は特に限定はなく、経口、静脈注射、腹腔内投与他、被験化合物に応じた方法を選択することができる。投与された疾患モデル動物と、被験化合物を投与しない対照の同モデル動物との腎機能を腎機能マーカーに基づいて検査される。たとえば次のような腎機能マーカーが知られており、これらを本評価方法で使用することができる。腎機能マーカー: 血中のクレアチニン値、血中の尿素窒素、尿中ヘモグロビン、尿中アルブミン、尿中β2-ミクログロブリン、尿中α1-酸性糖蛋白。これらの腎機能マーカーを測定するための方法も公知である。
【0046】
したがって、被験化合物を投与する前後で、これらの指標の観察結果を比較することにより、被験化合物の治療薬としての有効性を評価することができる。あるいは、同系のトランスジェニック動物を用いれば、動物の間でこれらの指標の観察結果を比較することによって、被験化合物間の有効性を比較することもできる。
【0047】
第二の評価方法では、糖尿病性腎症などの糸球体障害に関連した臨床学的なマーカーを指標に評価する方法であり、上述したメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程と、被験化合物を投与した後に前記疾患モデル動物の体重に対する腎重量比、蛋白尿値、血中トリグリセリドの少なくともいずれかを測定する工程が含まれる。すなわち、本方法では腎機能障害に対する治療効果を腎重量比の増大、蛋白尿、血中トリグリセリドなどの一つ以上の指標に基づいて評価される。
【0048】
上記第二の評価方法では、まず本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物に被験化合物が投与される。この投与経路もまた、上述のように特に限定はない。投与された疾患モデル動物と、被験化合物を投与しない対照のモデル動物との腎機能を上記指標に基づいて比較する。また、さらに対象として健常な動物と比較してもよい。腎重量比の増大、蛋白尿、血中トリグリセリドの測定方法は上述した通りである。被験化合物投与群において、非投与群と比べ、腎障害の程度が緩和、あるいは正常な動物の値まで回復させ得る化合物は、糖尿病性腎症などの糸球体障害を伴う腎機能障害の治療薬になり得る。
【0049】
第三の評価方法は本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程、被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のメサンギウム基質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程が含まれる。この評価方法では、腎機能障害に対する緩和作用をメサンギウム基質の組織学的な検査方法により評価する。特に糖尿病性腎症などの糸球体障害を伴う腎機能障害ではメサンギウム基質の拡大、 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進、コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加がみられることから、これらのうちいずれかが緩和または回復されたかに基づいて評価される。
【0050】
より具体的には、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物に被験化合物が投与される。投与方法は特に限定はない。被験化合物に応じて適宜選択し得る。投与された疾患モデル動物と、被験化合物を投与しない対照のモデル動物とのメサンギウム基質を組織学的に比較する。例えば、メサンギウム基質の拡大の緩和の有無は、PAS染色によりメサンギウム基質を染色し、その面積が測定される。そして、被験化合物投与群が、非投与群に比べて、メサンギウム基質の面積が小さく、または正常な動物と同等まで回復している場合、当該被験化合物は糖尿病性腎症などの糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。同様に、メサンギウム基質を免疫グロブリンまたは補体に対する特異抗体を用いて免疫染色し、免疫グロブリンまたは補体の蓄積量を測定する。この測定値が、被験化合物非投与群に比べて被験化合物投与群で小さくなった場合に、当該被験化合物は糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。また、コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンに対する特異抗体を用いて免疫染色し、これらの存在量を測定する。そして、この値が被験化合物非投与群に比べて被験化合物投与群で小さくなった場合に、当該被験化合物は糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。
第四の評価方法は、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程、被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の尿細管間質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程が含まれる。この評価方法では、腎機能障害に対する緩和作用を尿細管間質における組織学的な検査方法により評価される。本評価方法は、ヒトの糖尿病性腎症の進行した後期病変で見られる尿細管間質の病態に基づいて、その病態が緩和または回復されたかに基づいて評価を行うことができる。
具体的には、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物に被験化合物が投与される。投与された疾患モデル動物と、被験化合物を投与しない対照のモデル動物との尿細管間質を組織学的に比較する 例えば、尿細管間質の繊維化は、上述したα-SMAに対する抗体を用いた免疫組織染色あるいは直接検鏡下で測定し得る。そして、被験化合物投与群が、非投与群に比べて、尿細管間質の繊維化の程度が低下するか、あるいは正常な動物と同等まで繊維化が観られなくなった場合、当該被験化合物は糖尿病性腎症などの糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。同様に、尿細管間質をマクロファージなどの炎症性細胞に対する特異抗体を用いて免疫染色し、炎症性細胞の存在割合を測定する。この測定値が、被験化合物非投与群に比べて被験化合物投与群で小さくなった場合に、当該被験化合物は糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。
【0051】
本発明は、糖尿病に対する治療効果を評価するための方法も提供する。本方法には、(1)上記メグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程と、(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のグルコース濃度または/およびインスリン濃度を測定する工程が含まれる。
【0052】
本発明の評価方法において、糖尿病の治療効果の程度は、糖尿病マーカー、例えば、グルコース濃度、インスリン濃度を指標として評価することができる。グルコース濃度を測定する対象は血液、尿、汗などのいずれの体液を対象としてもよい。インスリン濃度を測定する対象は、血液を用いることが好ましい。また、糖尿病症状に対する治療効果を知るための指標としては、ヘモグロビンHc1、糖化アルブミン、フルクトサミン、尿ケトン体などを用いることもできる。これらの診断指標の経時的変化を観察することによって、糖尿病に対する治療効果を評価することができる。したがって、被験化合物を投与する前後で、これらの指標の観察結果を比較することにより、被験化合物の治療薬としての有効性を評価することができる。あるいは、同系のトランスジェニック動物を用いれば、動物の間でこれらの指標の観察結果を比較することによって、被験化合物間の有効性を比較することもできる。
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例1】
【0053】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明は、これら実施例に限定されるものではない。
【0054】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgの作製
RAGE/iNOS-Tgマウス(Yamamoto, Y., et al., J. Clin. Invest., 108:261-268 (2001))と メグシン-Tgマウス(Miyata, T., et al., J. Clin. Invest., 109: 585-593 (2002))とを交配し、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスを得た。尾組織からゲノムDNAを抽出し、文献(Yamamoto, Y., et al., J. Clin. Invest., 108:261-268 (2001)、Miyata, T., et al., J. Clin. Invest., 109: 585-593 (2002))記載の方法によりPCR法を用いてRAGE、iNOSおよびメグシンの発現を確認した。具体的には、生後4週齡以降にTgマウスの尾の一部を切断し、DNA抽出キット(Qiagen tissue kit; Qiagen社)を用いてゲノムDNAを抽出した。これを鋳型にして、導入遺伝子断片のPCRによる増幅を行い各導入遺伝子の存在を確認した。メグシン遺伝子のPCR検出には、β-gl-3プライマー(5'-CTT CTG GCG TGT GAC CGG CG-3'/配列番号:4)とhM2-2プライマー(5'-ATC GAA TTC TGA GAT CAT AAT CCC TGT GGG ATG C-3'、配列番号:5)のプライマーを用い、これらプライマーによりPCR増幅産物(400bp)が得られる個体を選別した(図1)。また、RAGE遺伝子の検出ではflk-1プロモータ(5’-AGG GAC GGA GAA GGA GT-3’/配列番号:6)(Ronicke, V. et al., Circ. Res., 79:277-285 (1996))及びヒトRAGE遺伝子(5’-TCACCCCACAGACTGAG-3’/配列番号:7)(Sugaya, K. et al., Genomics, 23:408-419 (1994))プライマーを用い、354bpの増幅産物を確認した(図1)。iNOS遺伝子の検出では、F-primer(5'-GTGGGCTATGGGTTTGTGGAAGGAGA-3'、配列番号:8)及びR-primer(5'-CGATGTCACATGCAGCTTGT-3'、配列番号:9)を用い、800bpの増幅産物を確認した(図1)。得られたメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスを非トランスジェニックであるCD-1(日本チャールズ・リバー)と戻し交配を行い、遺伝背景をCD-1とした。
【実施例2】
【0055】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgの病理所見
16週齢の各メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスから腎臓を摘出し、常法および文献記載の方法(WO01/24628)により腎糸球体のPAS染色およびPAM染色を行った。PAM染色は、カルノア固定パラフィン包埋組織を、4ミクロンに薄切したものを用いた。PAS染色(Periodic Acid Shiff reaction)は、一般的に多糖類を赤色に染色する。腎病理では、メサンギウム基質や基底膜の構成成分である糖タンパクを赤色で染色し、メサンギウム基質の増生や、基底膜の肥厚を観察することができる。一方、PAM染色(Periodic Acid-Methenamine Silver stain)は、一般的に基底膜や結合組織成分を黒色に染色する(鍍銀染色)。腎病理では、メサンギウム基質の硬化(線維化)や基底膜の肥厚を黒色に染色する。
【0056】
PAS染色、PAM染色の結果を図2に示す。PAS染色の結果では、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス(9匹)の高血糖群(6匹、血糖値500mg/dl以上)の全例において強度の糸球体障害(結節性硬化病変)が確認された。野生型の個体では異常は認められなかった。すなわち、メサンギウム基質の顕著な増加が全体的かつ散在的にみられ、糸球体肥大が認められた。一方、糸球体細胞数はむしろ減少しており、既に糸球体細胞死を伴う硬化糸球体像を呈していることが判った。またPAM染色において、拡大したメサンギウム基質の硬化も確認された。
【0057】
対照としたRAGE/iNOS-Tgマウス(11匹、高血糖(400mg/dl以上)群は10匹)では、全体的あるいは分節性のメサンギウム基質増加を呈する糸球体が局在的に認められた。糸球体細胞数は保たれていた。尿細管間質の変化は、まれに認められる程度であった。PAM染色にて確認される硬化も、RAGE/iNOS/megsin-Tgマウスに比し軽度であった。また、メグシン-Tgマウスは、16週齢では、特に病理学的所見は認められなかった(図2)。
【実施例3】
【0058】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgの腎重量、尿・血液生化学検査
16週齢のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの腎重量、尿・血液生化学値を測定した(表1)。比較対照として、他のTgマウス(iNOS-Tg、RAGE/iNOS-Tg、メグシン/iNOS-Tg、メグシン/RAGE-Tg、メグシン-Tg、RAGE-Tg)および野生型マウス(CD-1)を用いた。測定項目は次の通り。体重(BW)、腎重量(KW)。血清:総蛋白(TP:Biuret法)、トリグリセリド(TG:LPL・GK・GPDH-ジアホラーゼホルマザン色素法)、総コレステロール(Tcho:酵素法)、尿素窒素(BUN:ウレアーゼUV法)、クレアチニン(Cr:アルカリピクリン酸法)、インスリン(Insulin:ELISA法)、血中グルコース濃度(GLU:GOD・POD法)、GOT、GPT。尿:アルブミン(HbA1c:ラテックス凝集阻止法)、総蛋白(TP:ピロガロールレッド法)、尿素窒素(BUN:ウレアーゼUV法)、クレアチニン(Cr:アルカリピクリン酸法)。なお、TP、CRE、GLUはいずれも尿(1回採尿、スポット尿)を試料に測定した結果を示す。
【0059】
表1に示す通り、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは、RAGE/iNOS-Tgマウスやメグシン-Tgに比し、KW/BWが高く腎肥大が認められ、また、アルブミン尿、血中トリグリセリドの亢進が認められた。また、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは、非トランスジェニックマウスに比し、低体重、高血糖、低インスリンを呈した。
【0060】
【表1】
【実施例4】
【0061】
蛍光抗体法による免疫複合体の沈着
蛍光抗体法を用い、免疫複合体の沈着を調べた。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスから腎臓組織を採取した。腎臓組織は、凍結組織包埋剤(O. C. T. compound、Tissue Tek Miles社、Elkhart, IN)に包埋し、ドライアイス/アセトンで瞬時に凍結した。この凍結包埋組織から4μmの凍結切片を作製した。この凍結切片を4%のスキムミルクにより室温で60分間ブロッキングした後、1:200に希釈したフルオレッセインイソチオシアネート(FITC)標識ヤギ抗マウスIgG、IgA、IgM、またはC3抗体(Cappel Research Products社)のいずれかと4℃で一晩インキュベートした。反応後、PBSで洗浄し、グリセリンPBSで封入し、蛍光顕微鏡で鏡検した。
【0062】
その結果、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは、RAGE/iNOS-Tgマウスに比し、免疫グロブリン、補体のメサンギウム基質での蓄積が亢進していることが判った(図3、および図4)。
【実施例5】
【0063】
メサンギウム基質の変動
16週齢の各Tgマウスにつき、免疫組織染色によりメサンギウム基質の変動を検討した。メサンギウム基質の成分を同定するために、以下の抗体を用いて、凍結切片に免疫組識染色法(Nangaku, M. et.al., J. Am. Soc. Nephrol. 10, 2323-2331, 1999)を施行した。IV型コラーゲンは、ヤギ抗IV型コラーゲン・ポリクローナル抗体(Southern Biotechnology社)で同定した。フィブロネクチンはウサギ抗フィブロネクチン抗体(Chemicon社)で確認した。ラミニンはウサギ抗ラミニン抗体(Chemicon社)を用いて確認した。
【0064】
コントロールのRAGE/iNOS-Tgマウスやメグシン-Tgマウスに比べ、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける拡大したメサンギウム基質にIV型コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンの増加が認められた(図5、図6、および図7)。同様の現象はヒトの糖尿病性腎症においても認められることが知られている。
【0065】
本発明のトランスジェニック動物では、メグシン高発現で拡大する基質の処理が加速的に低下したため、糸球体障害が悪化し硬化に至るまでの時間が早まることが考えられる。また、メグシン/RAGE/iNOS-Tg動物の糸球体は、メグシンの高発現と高血糖といった負荷に曝されたメサンギウム細胞と、酸化ストレス下の内皮細胞とによって構成されると推測される。メグシン高発現と高血糖負荷に曝されたメサンギウム細胞だけでは糸球体障害は極軽度である(メグシン/iNOS-Tg)。しかし、内皮細胞にも負荷(AGE-RAGE経路活性化、すなわち強い酸化ストレスと内皮細胞からの各種サイトカイン産生)が罹ると、病像は重篤化する。その裏付けとして、正常血糖値を示すメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス(内皮細胞でAGE-RAGE経路活性化負荷がかかっていないTgマウス)の病像も極軽度である。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは、メサンギウム細胞/内皮細胞のクロストークが病態形成に影響を与えていることを示唆している。
【実施例6】
【0066】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの病理解析
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの腎組織に対し電子顕微鏡による病理解析を行った。16週のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの腎組織を2%グルタールアルデヒドを含む0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液中に2時間浸して固定し、さらに2%四酸化オスミウムで固定した。固定した腎組織をエタノールで脱水し、最終的にEpon 812(TAAB社、イギリス)中に包埋した。この試料から切り出した超薄切片を酢酸ウラニルで染色し、アセトンで処理した後、透過電子顕微鏡(倍率20,000倍)(JEM-1200EX, 日本電子、日本)により解析した。
【0067】
解析結果を図8に示す。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスでは、糸球体上皮細胞において足突起の消失及び高密度沈着物の検出が認められ、糸球体内皮細胞では窓の消失が認められた(図8A)。また、糸球体基底膜の不整・層状化(図8B)、メサンギウム基質の増生、及び結節(図8C)、さらには糸球体上皮細胞の空胞形成(図8D)が確認された。これらの所見は、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの糸球体構成細胞(上皮、内皮、およびメサンギウム細胞)や基底膜に形態異常が生じたことを示すものである。
【実施例7】
【0068】
メグシン高発現によるメサンギウム基質拡大の加速
8、16週齢のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける糸球体病変のコンピューター画像解析を行った。対象として、同週齢の野生型、メグシン-Tgマウス、RAGE/iNOS-Tgマウスも同様に解析した。具体的には、各試験マウスよりPAS染色された腎臓の切片を調製した。各染色像は3CCDカメラ(Olympus Optical Co., Tokyo, Japan)を用いてスキャンし、糸球体係蹄(glomerular tuft)領域、メサンギウム領域(糸球体係蹄領域の一部)、糸球体細胞数をsoftware Image Grabber PCI (Fuji Photo Film Co., Tokyo Japan) およびMac Aspect (Mitani Co., Tokyo, Japan)を用いて、ブラインドで解析した。midcortex中の連続した20の糸球体が測定された。糸球体係蹄(1横断切片当たり20以下の独立した管セグメントを含む)の小さな部分だけを含んでいる糸球体横断切片は実験対象から除いた。さらに実験者の恣意を避けるために、試験対象の20の糸球体中から、最も大きな糸球体と最も小さな糸球体を共に除いた。各切片の残りの18糸球体が試験され、平均は平均値+/-標準偏差として表した。16週齢マウスを用いた解析結果を図9に、8週齢マウスを用いた解析結果を図10に示す。
【0069】
16週齢の時点で野生型およびメグシン-Tgマウスと比べて、RAGE/iNOS-Tgマウスおよびメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの双方で糸球体肥大が示された(図9(a))。RAGE/iNOS-Tgマウスにおけるメグシンの高発現は糸球体肥大を促進しなかった。
16週齢の時点で野生型、メグシン-TgマウスあるいはRAGE/iNOS-Tgマウスにおけるメサンギウム基質のサイズの違いは観察されなかった。しかしメサンギウム基質の拡大は、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにメグシンを高発現させることにより顕著に加速された(図9(b))。これらの観察は、メグシン/RAGE/iNOS-TgマウスがRAGE/iNOS-Tgマウスに比して、重篤なメサンギウム基質の拡大や結節性病変に発展するとの結果と相関していた。
一方、Tgマウスにおける糸球体係蹄領域の肥大は8週齢の早期に観察され、その程度はメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおいてさらに重篤であった(図10(a))。糸球体係蹄領域に対するメサンギウム基質の割合は、同週齢のマウスで比較すると野生型、RAGE/iNOS-Tgマウスおよびメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの間で統計学上有意と言える差はなかったが、トランスジェニックマウスにおいて増加傾向が見られた(図10(b))。
【実施例8】
【0070】
メグシンの高発現による糸球体細胞の早期の増殖
実施例7における糸球体細胞数の画像解析結果より、8週齢と早期の段階でメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおいて細胞数が増加していることが示された(図10(c))。一方、16週齢では、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの細胞数は、RAGE/iNOS-Tgマウスの細胞数に比べて統計学上有意に減少していた(図9(c))。なお、16週齢のいずれのトラスジェニックマウスにおける糸球体の細胞数も同週齢の野生型マウスの糸球体細胞数と比べて多かった。
【実施例9】
【0071】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける糸球体または尿細管間質の障害
糸球体障害およびマクロファージの浸潤を検出するために免疫組織染色を行った。methyl Carnoyで固定化した4μm切片を、メサンギウム細胞活性化、及び尿細管・間質繊維化のマーカーであるα-平滑筋アクチン(α-SMA)に対するマウスモノクローナル抗体(1/ 400希釈, Boehringer Mannheim, Mannheim, Germany)および、マウスマクロファージの細胞表面マーカーであるF4/80に対するラットモノクローナル抗体(1/400希釈, Caltag laboratories, Burlingame, CA, USA)でそれぞれ染色した。間接免疫ペルオキシダーゼ法(Miyata T, Inagi R, et al., Overexpression of the serpin megsin induces progressive mesangial cell proliferation and expansion JCI 109, 2002)により一次抗体の局在を視覚化した。
【0072】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの糸球体障害は、α-SMAの免疫染色により示した通り、メサンギウム細胞の活性化と関連していた(図11(a))。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおいて、α-SMA のde novo発現は一部の尿細管や間質細胞において観察され、このことから尿細管間質の繊維化が生じていることが示された(図11(a))。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスでは、F4/80染色により尿細管間質への炎症性細胞の浸潤が観察された(図11(b))。
【実施例10】
【0073】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける酸化ストレスの増加
最近の研究から、糖尿病腎症において酸化ストレスが病原性の役割を果たしていると示唆されている。そのため、本願発明者らは、RAGE/iNOS-Tgマウスとメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスとにおいて、酸化ストレスの状態を比較した。これら対象マウスの尿中における酸化ストレスのマーカー、8-OHdG を測定した。8-OHdGの検出はELISA キット(8-OHdG Check (High sensitive), Japan Aging Control laboratories, Shizuoka, Japan)を用いて行った。検査に使用する尿はVivaspin(>10, 000 molecular weight cutoffs、Vivascience AG, Hannover, Germany) を用いて限外ろ過され、尿中8-OHdG濃度が測定された。測定値は尿中クレアチンにより標準化した。結果を図12に示す。
【0074】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける尿中8-OHdGの濃度の平均は、野生型マウスと比べて2倍以上高値を示し、この違いは統計学的にも有意な差であった。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける尿中8-OHdGの上昇したレベルは、RAGE/iNOS-Tgマウスと比べてもかなり高い値であった(図12)。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明のモデル動物は、高血糖に伴い重篤な腎機能障害(アルブミン尿)、及び糸球体病変(メサンギウム基質の増生、基底膜肥厚、結節性硬化病変)を呈し、特筆すべきことは、ヒトの糖尿病性腎症に極めて類似の病像を呈することである。従来の糖尿病性腎症モデル動物は病理所見に乏しいのに対し、本モデル動物は早期より進行性慢性病変を呈する。
具体的には、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するTg マウスは8週齢あるいは16週齢と早期から糸球体肥大や糸球体内細胞増殖が認められ、それに伴いメサンギウム基質拡大が加速していることが示唆された。
こうした早期からの糸球体形態異常は、糸球体障害(メサンギウム細胞活性化)、尿細管間質障害(線維化)の重篤化、間質へのマクロファージ浸潤や酸化ストレスの亢進などを招き、16週齢triple Tg マウスでは後期糖尿病性腎症病変像(結節性病変、糸球体係蹄とボーマン嚢との癒着)を呈する。
比較対照のRAGE/iNOSTgの16週齢の病理像は初期病変像(メサンギウム基質拡大)にとどまり、上記の後期病変像は全く認められない。ただし、36週齢となるとようやくRAGE/iNOSTgも、16週齢メグシン/RAGE/iNOS-Tg マウスと同様の結節性病変が認められる。
このように本発明のメグシン/RAGE/iNOS-Tgは早期に後期病変を早期に発症することから、今まで遅れていた後期病態形成の分子病態学の研究に本メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスが寄与することが期待される。
また、本発明の疾患モデル動物はメサンギウム細胞障害がメグシン過剰発現によって加速しているため、糖尿病性腎症におけるメグシンの病態生理、メサンギウム細胞の病態生理をより詳細に、かつ広範囲の病変進行段階における比較・相違を解析できる。したがって、本発明のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは後期病変に至らぬようにする腎障害進展を抑制する新規診断・創薬開発のために評価モデルとして有用となる。
また、後期病変の発症率も高いことから、糖尿病性腎症の発症・進展の機序解明、創薬において有益となる。またさらに、上記糸球体障害を伴う腎機能障害を治療するための医薬品の開発に本モデル動物は有益となる。本願は、疾患モデル動物だけでなく、このモデル動物を用いた腎機能障害を治療薬の評価系をも提供している。そのため、本発明は、腎機能障害を伴う疾患の臨床的な研究、医薬品開発に大いに役立つ。さらには、本発明の疾患モデル動物は、高血糖を呈することから糖尿病の臨床学的な研究や治療・予防薬の開発にも大いに役立つことが期待される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、疾患モデル動物、特に、糖尿病性腎症などの高血糖を伴う腎機能障害や糸球体障害を伴う腎機能疾患のモデル動物に関する。また、本発明は本疾患モデル動物を用いた腎機能障害に対する化合物の治療効果を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ライフスタイルや食餌の欧米化が進むにつれ、糖尿病患者は増加の一途を辿っている。糖尿病は持続的な高血糖により、全身のさまざまな組織障害、つまり合併症を引き起こす疾患である。糖尿病では冠動脈硬化症や脳血管障害などいわゆる大血管合併症以外に、網膜症、神経症、腎症、あわせて三大合併症と称される極めて糖尿病に特徴的な病態が生じる。特に腎症は、糖尿病患者にとって生命に関わる合併症であり、先進国における末期腎疾患(ESRD)の主たる原因となっている(非特許文献1)。
【0003】
インスリン依存性糖尿病(IDDM)患者の約30%が糖尿病性腎症を発症し、最終的に透析または腎移植が必要となるなどquality of life(QOL)も著しく損なわれる(非特許文献1および2)。また、糖尿病患者の平均寿命は男女とも一般人口に比べて10年以上も短い。持続性の蛋白尿、進行性腎機能低下、および組織病理学的なメサンギウム細胞増殖が糖尿病性腎症の特徴的な症状である。
【0004】
従って、糖尿病合併症の発症・進展の分子メカニズムを解明し、予防・治療法を見いだすことは、医学的にも社会的にも重要な課題と考えられる。
【0005】
糖尿病性腎症の発症機序を解明し、治療及び予防方法を開発するためには、モデル動物が必要であり、当該モデル動物創生のために種々研究が進められている。しかしながら、ヒトで観察されるような糖尿病性腎症の変化を発症する動物モデルは、未だ知られておらず(非特許文献3)、穏やかなメサンギウム細胞硬化のような限られた障害を発症する自然発症非肥満糖尿病(NOD)マウスなどの糖尿病モデル動物(非特許文献4)や化学的に誘発された糖尿病齧歯類モデル動物(非特許文献5)がわずかに知られているに過ぎない。さらに、これら知られているモデル動物は、いずれも再現性や病理所見の点において満足できるものではない。すなわち、軽度のメサンギウム基質の増生、及びそれに伴う糸球体肥大は、従来の糖尿病性腎症モデルにおいても確認される病理所見であるが、全ての表現型(生化学的、病理学的所見)が、ヒトの糖尿病性腎症に類似しているモデル動物は知られていない。また、より病理像が進行した時に見られる結節性糸球体硬化を呈するモデルは皆無である。それゆえ、糖尿病性腎症の研究は困難となっている。こうした背景から、ヒトの糖尿病性腎症に類似した表現型を有するモデル動物の創生は、糖尿病性腎症の病態生理学を理解する上で極めて重要である。
【0006】
糖尿病性腎症は上述の通り、糖尿病の合併症の一つであり、この発症機序には次のような生体内での反応が関与していると考えられている。
【0007】
タンパク質がグルコースのような還元糖に曝されると、非酵素的糖化反応が引き起こされ、可逆性のシッフ塩基やアマドリ転位化合物などの糖化産物が形成される(非特許文献6)。ここまでは、前期反応と呼ばれる。その後、さらに縮合、開裂、架橋形成などの複雑な分子内転位反応を経て、不可逆性の糖化最終産物(advanced glycation end-products:AGE)が生成する(非特許文献6)。このような一連の反応はグリケーションと呼ばれ、AGEとはこのような過程を経て生成される構造物の総称である。糖尿病では、長期の高血糖状態がこの反応を加速し、そしてAGEが循環血液や種々の組織中に蓄積している(非特許文献6)。こうしたAGEの生成が糖尿病性合併症の成因の一つとして考えられる。
また、AGEを特異的リガンドとして認識する細胞表面受容体(糖化最終産物受容体、Receptor for AGE:RAGE、以下、本書において「RAGE」と記載する)が引き起こす細胞応答によるメカニズムが注目されている。
【0008】
RAGEは、1992年ウシ肺から分離同定されたイムノグロブリンスーパーファミリーに属する分子量約35kDaの膜タンパク質であり、AGEを認識する細胞表面受容体である(非特許文献7および8)。最近になり、糖鎖修飾を受けたヒトRAGEの完全長は55kDaであることが明らかにされた(非特許文献9)。RAGEは細胞外に免疫グロブリン様ドメインを三つ持つ1回膜貫通型受容体であり、シグナル伝達に必須と考えられている短い細胞内ドメインを持つ。RAGEのAGEリガンド結合領域は三つの免疫グロブリン様ドメインのうちの最もN末端側の内部にあることが明らかにされている。また、RAGEの発現は血管内皮細胞、平滑筋細胞、周皮細胞、腎メサンギウム細胞などの血管構成細胞やマクロファージなど多くの細胞種で認められている(非特許文献7および8)。このうち内皮細胞においてはAGEリガンド自身がRAGE遺伝子の発現を転写段階で誘導する事実も明らかにされている(非特許文献10)。
【0009】
以前に本発明者らは、AGE-RAGE系の糖尿病血管合併症、特に腎症、網膜症に与える影響を生体で明らかにするため、血管細胞でRAGEを過剰発現するトランスジェニックマウス(RAGE-Tg)を作製し、解析した(非特許文献11)。具体的には、血管内皮細胞特異的なマウスflk-1プロモータの下流にヒトRAGE遺伝子を連結したトランスジーンを用いてRAGE-Tgを作製し、続いて、このマウスに糖尿病を誘発するため、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS:以下、本書において「iNOS」と称する)を膵β細胞特異的に過剰発現する別系統トランスジェニック(Tg)マウス(非特許文献12)と交配し、生後早期からインスリン依存型糖尿病を発症するダブルTg(RAGE/iNOS-Tg)マウスを作製した。
【0010】
このRAGE/iNOS-Tgは、腎不全およびヒト糖尿病性腎症に類似した進行性の糸球体硬化を発症した。すなわち、同腹の糖尿病発症RAGE-Tgと糖尿病発症非Tgの雄性マウスを対照に腎症の進展程度を比較検討したところ、血糖値、HbAic値、血中AGE値などの指標は、両群間に有意差を認めないにも拘わらず、腎障害はRAGE/iNOS-Tgで有意に増悪していた。すなわち、RAGE/iNOS-Tgでは、タンパク尿の指標としての尿中アルブミン・クレアチニン比の増大、血清クレアチニン値の上昇、さらに、腎重量体重比の増大、組織学的に顕著な糸球体肥大、および糸球体硬化像が認められた。
【0011】
かくして、RAGE過剰発現が糖尿病腎症の発症・進展を促進させうることがはじめて個体レベルで立証されるとともに、RAGEが腎症感受性遺伝子として位置付けられ、RAGE/iNOS-TgがESRDを介する糖尿病誘発性腎病変の過程が理解できる最初のモデル動物となりえることが確認された。従って、AGE-RAGE系は糖尿病性合併症の予防と治療法のための有望な目標であると考えられる。
【0012】
このように、RAGE/iNOS-Tgは優れた糖尿病合併症のモデル動物ではあるが、より一層顕著な腎機能障害を発症し、かつその発症までの期間が短いモデル動物が得られれば、糖尿病性腎症などの糖尿病合併症の病態生理学の理解に一層役立つとともに、糖尿病合併症の治療薬などの開発に大いに役立つことになる。
【0013】
一方、本発明者らは、メサンギウム細胞に特異的に発現する遺伝子であるメグシン(メグシン)を単離し(特許文献1)、メグシンを導入したトランスジェニックマウス(メグシン-Tg)を創生した。約35〜40週齢のメグシン-Tgの腎糸球体組織では、メサンギウム細胞を主体とする著明な細胞増殖、メサンギウム基質の増生、並びに補体、免疫グロブリンから成る免疫複合体の沈着が認められ、分節性の硬化(segmental sclerosis)などのメサンギウム増殖性の病理所見を示した(非特許文献13)。これらの点から、メグシン-Tgはメサンギウム増殖性糸球体腎炎のモデル動物として有用と言える。しかしながら、メグシン-Tgには尿蛋白等の所見は認められず腎機能は正常であり、さらには、メサンギウム増殖性腎炎の発症まで35〜40週齢という長期間を要するものであった。そのため、メグシン-Tgは糖尿病合併症のモデル動物としての上述した要求を満たすものではなかった。
【特許文献1】国際公開番号WO99/15652号公報
【非特許文献1】Bojestig, M., et al., N. Engl. J. Med., 330:15-18 (1994)
【非特許文献2】Krolewski, M., et al., Kidney Int., 50:2041-2046 (1996)
【非特許文献3】Velasquez, M. T., et al., FASEB J., 4:2850-2859 (1990)
【非特許文献4】Doi, T., et al., Lab. Invest., 63:204-212 (1990)
【非特許文献5】Williamson, J. R., et al., Diabetes., 36:813-821 (1987)
【非特許文献6】Brownlee, M., et al., N. Engl. J. Med., 318:1315-1321 (1988)
【非特許文献7】Schmidt, A. M., et al., J. Biol. Chem., 267:14987-14997 (1992)
【非特許文献8】Neeper, M., et al., J. Biol. Chem., 267:14998-15004 (1992)
【非特許文献9】Yonekura, H., et al., Biochem. J., 370:1097-1109 (2003)
【非特許文献10】Tanaka, N., et al., J. Biol. Chem., 275:25781-25790 (2000)
【非特許文献11】Yamamoto, Y., et al., J. Clin. Invest., 108:261-268 (2001)
【非特許文献12】Takamura, T., et al., J. Biol. Chem., 273:2493-2496 (1998)
【非特許文献13】Miyata, T., et al., J. Clin. Invest., 109: 585-593 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
そこで、本発明の課題は、糖尿病性腎症のモデルとして従来のモデル動物よりも一層有用な疾患モデル動物を提供することである。また本発明は、糖尿病性腎症の治療に有用な化合物の評価方法を提供することをも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、自らの研究によって、糸球体におけるメグシン(Megsin)の強制発現によりメサンギウム増殖性糸球体腎炎を誘導できること、RAGE/iNOS-Tgは優れた糖尿病合併症のモデル動物となり得ることを明らかにしている。本発明者らはこれらの知見に基づいて、さらに腎機能障害の発症機序、とりわけ糖尿病性腎症の機序について鋭意研究を行った。その研究において、本発明につながる知見を得た。
先ず、メグシン-TgとRAGE/iNOS-Tgとを交配させてトリプルTg(メグシン/RAGE/iNOS-Tg)を創生した。このメグシン/RAGE/iNOS-Tgは、従来にはない著明な糖尿病性腎病変(結節性糸球体硬化)をそれも早期に発症し、かつ糸球体肥大をはじめとする腎臓の病理像が均一に観察されることを見出した。
より具体的には、創生されたトリプルTg マウスは8週齢、16週齢というように早期から糸球体肥大や糸球体内細胞増殖が認められ、それに伴いメサンギウム基質拡大が加速していた。こうした早期からの糸球体形態異常は、糸球体障害(メサンギウム細胞活性化)、尿細管間質障害(線維化)の重篤化、間質へのマクロファージ浸潤や酸化ストレスの亢進などを招き、本トリプルTg マウスは16週齢という極めて早い時期に、後期糖尿病性腎症病変像(結節性病変、糸球体係蹄とボーマン嚢との癒着)を呈する。
このように本トリプルTgは、全ての表現型(生化学的、病理学的所見)において、ヒトの糖尿病性腎症に類似している。特にこれまでは、より病理像が進行した時に見られる結節性糸球体硬化を効率的かつ早期に呈するモデルは皆無であり、本発明のモデル動物が、糖尿病性腎症の疾患モデル動物として有用となる。
また、本モデルはメサンギウム細胞障害(メグシン過剰発現)によって加速しているため、糖尿病性腎症におけるメグシンの病態生理、メサンギウム細胞の病態生理をより詳細に、かつ広範囲の病変進行段階における比較・相違を解析できるという特徴を有する。したがって、本モデル動物は、後期病変に至らぬようにする腎障害進展を抑制する新規診断・創薬開発のための評価モデルとして有用となる。
本発明はこれら知見に基づくものであり、具体的には以下に示す。
〔1〕メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子を発現している非ヒト哺乳動物からなる、疾患モデル動物。
〔2〕メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子が導入された、上記〔1〕記載の疾患モデル動物。
〔3〕次の表現型(a)-(f)から選択される少なくとも1つの表現型を呈する、上記〔1〕または〔2〕記載の疾患モデル動物。
(a) 体重に対する腎重量比の上昇
(b) 尿中アルブミン値の上昇
(c) 血中トリグリセリドの上昇
(d) 低体重(発育不全)
(e) 高血糖
(f) 低インスリン血
〔4〕メサンギウム基質における次の(a)から(c)のうち少なくとも一つの表現型を呈する、上記〔1〕から〔3〕のいずれかに記載の疾患モデル動物。
(a) メサンギウム基質の拡大
(b) 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進
(c) コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加
〔5〕 尿細管間質における次の(a)および/または(b)の表現型を呈する、上記〔1〕または〔2〕記載の疾患モデル動物。
(a)繊維化
(b)炎症性細胞の浸潤
〔6〕メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子がヒト由来である、上記〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の疾患モデル動物。
〔7〕疾患が糖尿病性腎症である、上記〔1〕から〔6〕のいずれかに記載の疾患モデル動物。
〔8〕非ヒト哺乳動物の受精卵にメグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子を導入する工程を含む、メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子が発現している非ヒト哺乳動物からなる疾患モデル動物の創生方法。
〔9〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物の腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程、
(2)被験化合物を投与した疾患モデル動物の腎機能障害を緩和する作用を検出する工程
〔10〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の体重に対する腎重量比、尿中アルブミン値、血中トリグリセリド、尿中8-OHdG値の少なくともいずれかを測定する工程
〔11〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のメサンギウム基質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程
〔12〕メサンギウム基質の変異が次の(a)から(c)の少なくとも一つである、上記〔11〕記載の方法。
(a) メサンギウム基質の拡大
(b) 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進
(c) コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加
〔13〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の尿細管間質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程
〔14〕 尿細管間質の変異が次の(a)および/または(b)である、上記〔13〕記載の方法。
(a)繊維化
(b)炎症性細胞の浸潤
〔15〕腎機能障害が高血糖に伴う腎機能障害である、上記〔9〕から〔14〕のいずれかに記載の方法。
〔16〕次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における高血糖に対する治療効果を評価する方法。
(1)上記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のグルコース濃度または/インスリン濃度を測定する工程。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、メグシン、RAGE、iNOS遺伝子が導入された疾患モデル動物が提供された。本発明のモデル動物は、著明な糸球体障害(結節性硬化病変)が認められる。このような所見は、本発明の疾患モデル動物がよりヒトの糖尿病性腎症に近い病態を呈していることを裏付けている。また、本発明のモデル動物は従来のモデルマウス(40週齢)に比し、早期(16週齢)に発症し、糸球体肥大をはじめとする各種病理像が均一である。したがって、糖尿病性腎症の原因解明に大いに役立つことが期待される。本発明のモデル動物は、糖尿病性腎症の発症メカニズムや病態の解析用途に有用であることはもちろん、糖尿病性腎症の治療薬の開発やスクリーニング、さらには薬剤の検定などにおいても有用なモデル動物となる。
【0017】
更に本発明は、高血糖症状を伴う疾患モデル動物の提供を実現した。高血糖を伴うモデル動物は知られているが、上記本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物のように、短期間で確実に高血糖状態をもたらすことができる動物は知られていない。本発明の疾患モデル動物は、高血糖に起因する様々な病態の解析や治療方法の探索、高血糖の治療方法の解明に有用である。高血糖は、様々な障害を引き起こす原因となっていることが明らかにされている。したがって、高血糖によってもたらされる様々な病的変化を観察することができるモデル動物は、その病態解析において有用である。
【0018】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物は、トランスジェニック動物を利用して作製することができる。トランスジェニック動物は、均一性の高いモデル動物を容易に、しかも多量に供給できることから、精度の高い実験を可能とするものである。しかも、本発明の疾患モデル動物には、結節性硬化病変を認め、ヒトの病態に近い糖尿病性腎症の所見が認められた。このように実際の病態に忠実なモデル動物が提供された意義は非常に大きい。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】トリプルTgマウスにおいて、導入された3つの遺伝子(RAGE遺伝子、メグシン遺伝子、iNOS遺伝子)の存在をPCRにより確認した結果を示す写真である。
【図2】実施例2のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスおよび対照マウスの腎糸球体組織をPASまたはPAM染色した結果を示す顕微鏡写真である。上段はメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス、中段:RAGE/iNOS-Tgマウス、下段:メグシン-Tgマウス。いずれ16週齢マウスの腎臓組織を採取した。
【図3】蛍光抗体法を用いて、メサンギウム基質における免疫グロブリンの蓄積を検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。左:対照RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来。
【図4】蛍光抗体法を用いて、メサンギウム基質における補体の蓄積を検出した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。左:対照RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来。
【図5】抗IV型コラーゲン抗体を用いた免疫組織染色法によりメサンギウム基質に存在するIV型コラーゲンを染色した結果を示す顕微鏡写真である。左:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:対照メグシン-Tgマウス由来。
【図6】抗フィブロネクチン抗体を用いた免疫組織染色法によりメサンギウム基質に存在するフィブロネクチンを染色した結果を示す顕微鏡写真である。左:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:対照メグシン-Tgマウス由来。
【図7】抗ラミニン抗体を用いた免疫組織染色法によりメサンギウム基質に存在するラミニンを染色した結果を示す顕微鏡写真である。左:本実施例のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス由来、右:対照メグシン-Tgマウス由来。
【図8】メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの腎組織の病理解析結果を示す電子顕微鏡写真である。左に対照として正常マウス(非トランスジェニックマウス)由来の腎組織を比較として示す。
【図9】メグシン/RAGE/iNOS-Tg(トリプルTg)マウス(16週齢)の糸球体肥大を示すグラフである。トリプルTgおよび比較対照の各実験動物における、(a) 糸球体係蹄領域のサイズ、(b) 糸球体係蹄領域当たりのメサンギウム基質の割合、(c) 各実験動物の糸球体細胞をカウントするために核の数を示す。
【図10】メグシン/RAGE/iNOS-Tg(トリプルTg)マウス(8週齢)の糸球体肥大を示すグラフである。トリプルTgおよび比較対照の各実験動物における、(a) 糸球体係蹄領域のサイズ、(b) 糸球体係蹄領域当たりのメサンギウム基質の割合、(c) 各実験動物の糸球体細胞をカウントするために核の数を示す。
【図11】メグシン/RAGE/iNOS-Tg(トリプルTg)マウスにおける糸球体および尿細管間質損傷を示す免疫組織染色像を示す写真である。(a) メサンギウム基質活性化および尿細管間質損傷のマーカーである「α-SMA」による免疫染色像を示す。(b) マクロファージ浸潤像をF4/80免疫染色像として示す。
【図12】メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける酸化ストレスの上昇を酸化ストレスマーカーの一つ、8-OHdGに基づき測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の疾患モデル動物は、非ヒト哺乳動物からなり、少なくともメグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子(RAGE)および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子(iNOS)の3つの遺伝子が発現している非ヒト哺乳動物である。これら3つの遺伝子を発現させることにより、従来のモデル動物に比べ、体重に対する腎重量比が一層上昇(メグシンTgマウスの1.5〜2倍以上、正常マウスの1.5倍以上)した顕著な腎肥大、尿中アルブミン値が一層上昇(RAGE/iNOS-Tgマウスの2倍以上)、血中トリグリセリドの一層の上昇(メグシンTgマウスの2倍以上)などの腎障害の顕著な所見を早期に誘導することが可能となり、さらに、メサンギウム基質の拡大、免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進、コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加などのメサンギウム基質の変動や、尿細管間質の繊維化、炎症性細胞の浸潤などにより尿細管間質の障害も従来のメグシンTgマウスやRAGE/iNOS-Tgマウスに比べ早期に誘導することが可能となった。また、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物は正常動物に比して、低体重(発育不全)、高血糖、低インスリン血をも呈する。
【0021】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物は、例えば動物の各内因性遺伝子(メグシン遺伝子、RAGE遺伝子、iNOS遺伝子)のプロモータに作用し得る物質を投与等することにより得ることができるが、好ましくは、上記3つの遺伝子が導入されたトリプルトランスジェニック動物を創生することにより得られる。
【0022】
ここでメグシン遺伝子とは、上述した通り、メサンギウム細胞に特異的に発現する遺伝子であり、例えば本遺伝子を単独でマウスに導入することによりメサンギウム増殖性糸球体腎炎などの腎不全の病変を誘導し得る。メグシン遺伝子の一例として、ヒトのメグシンcDNAを配列番号:1に示したが、本発明におけるメグシン遺伝子は、上述したような腎炎を誘導し得るメグシン遺伝子であれば、上記配列番号:1のヒトメグシン遺伝子の類似の配列からなるもの、ヒト以外に由来するメグシン遺伝子等であってもよい。例えば、ラットメグシン、マウスメグシンは国際公開番号WO99/15652号公報に記載されている。
【0023】
RAGEは、血中あるいは組織におけるグリケーションにより生成される不可逆性の糖化最終産物(advanced glycation end-products:AGE)を特異的に認識する細胞表面受容体であり、RAGEをコードするヒトRAGEcDNAを配列番号:2に示す。しかし、本発明のRAGE遺伝子は、配列番号:2に示すヒトRAGE遺伝子に限定されず、AGEを認識し得る受容体蛋白質をコードする類似の配列であってもよく、また配列番号:2に記載の配列と異なるヒト由来の遺伝子、あるいはヒト以外に由来するRAGE遺伝子などであってもよい。
【0024】
iNOS遺伝子は誘導型一酸化窒素合成酵素をコードし、マウスcDNAはGeneBank/EMBL Data Bank M84373に登録され、本明細書にこの配列が配列番号:3として包含される。しかし、本発明における配列番号:3に記載の配列に限定されるものではく、その配列とは異なるが誘導型一酸化窒素合成酵素をコードする類似の配列であってもよく、また同等の機能を有するマウス由来の遺伝子、ヒトなど他の種に由来するiNOS遺伝子などであってもよい。
【0025】
上述した各遺伝子は、上記各塩基配列に基づいて公知の方法により得ることができる。たとえば、メグシン遺伝子であれば、メサンギウム細胞のcDNAライブラリーを配列番号:1に示した塩基配列からなるDNAをプローブとしてスクリーニングすることにより、メグシン遺伝子をコードするcDNAの単離が可能である。またこのcDNAライブラリーを鋳型として、配列番号:1に示した塩基配列に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行うことによって、メグシン遺伝子を増幅して得ることができる。
【0026】
RAGE遺伝子は、血管内皮細胞、平滑筋細胞、周皮細胞、腎メサンギウム細胞などの多くの細胞種で発現していることから、これらいずれかの細胞のcDNAライブラリーを配列番号:2に示した塩基配列からなるDNAをプローブとしてスクリーニングすることにより、RAGE遺伝子をコードするcDNAの単離が可能である。またこのcDNAライブラリーを鋳型として、配列番号:2に示した塩基配列に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行うことによって、RAGE遺伝子を増幅して得ることができる。
【0027】
iNOS遺伝子は、IL-1β刺激膵β細胞や活性化マクロファージ細胞などのcDNAライブラリーを配列番号:3に記載の配列またはその一部配列からなるDNAをプローブとしてスクリーニングすることにより、iNOS遺伝子をコードするcDNAの単離が可能である。またこのcDNAライブラリーを鋳型として、配列番号:3に記載の配列に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行うことによって、iNOS遺伝子を増幅して得ることができる。
【0028】
上記配列番号:1記載の配列とは異なるが同等の機能を保持するメグシン遺伝子、配列番号:2記載の配列とは異なるが同等の機能を保持するRAGE遺伝子、および配列番号:3に記載の配列とは異なるが同等の機能を保持するiNOS遺伝子は、ストリンジェントな条件下で上記対応する配列にハイブリダイズし得るものを選択することにより得ることができる。ストリンジェントな条件とは、洗浄のための条件として、通常は「1xSSC、0.1% SDS、37℃」程度、より厳しい条件としては「0.5xSSC、0.1% SDS、42℃」程度、さらに厳しい条件として「0.1xSSC、0.1% SDS、55℃」程度を示すことができる。
【0029】
トランジェニック動物を作製するに当たって、上記各遺伝子は導入すべき動物の細胞において発現可能なプロモータに連結することが有利である。マウスやラットなど、幅広い脊椎動物で外来遺伝子の発現を誘導できるニワトリβアクチン・プロモーターを示すことができる。また、特定の組織で遺伝子発現を実施させたい場合には、組織特異的なプロモータを用いることができる。血管内皮細胞特異的なプロモータとしてはマウスflk-1を挙げることができる。必要に応じて、外来遺伝子の発現を増強するためにエンハンサーを組み合わせてもよい。エンハンサーとプロモータを備え、更にその下流に外来遺伝子挿入用のマルチクローニングサイトを配置した既存のベクター(例えばpCAGGS等)を用いてもよい。このベクターは、マルチクローニングサイトの下流にウサギβグロビン・ターミネーターが配置されており、挿入された外来遺伝子の発現効率を向上させ得る。
【0030】
上記プロモータが連結された各遺伝子を用いてトランスジェニック動物を作製する。本発明の疾患モデル動物は、上記3つの遺伝子(メグシン遺伝子、RAGE遺伝子、iNOS遺伝子)が導入されたトリプルトランスジェニック動物からなるが、これら3つの遺伝子は一つの胚芽細胞に導入して3つの遺伝子を強発現するトリプルトランスジェニック動物を作製してもよく、遺伝子毎に異なる胚芽細胞に導入し、個々のトランスジェニック動物を作製した後に順次交配して最終的に3つの外来遺伝子を備えたトリプルTg動物を作製してもよい。本発明のトランスジェニック動物の作製方法は、特に限定はなく、公知のトランスジェニック動物の作製方法(例えば、勝木元也編,「発生工学実験マニュアル」,(日本:講談社),1989年、日本生化学会編,「新 生化学実験講座・動物実験法」(日本:東京化学同人),1991年参照)を用いることができる。以下に、一般的なトランスジェニック動物の作製プロトコールを簡単に説明する。
【0031】
トランスジェニック動物は、未受精卵、受精卵、精子およびその始原細胞を含む胚芽細胞などに、遺伝子を導入することによって作製される。遺伝子を導入する細胞としては、非ヒト哺乳動物の発生における胚発生の段階、より具体的には単細胞あるいは受精卵細胞の段階で、通常8細胞期以前のものが利用される。上記遺伝子の導入方法としては、リン酸カルシウム法、電気パルス法、リポフェクション法、凝集法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、DEAE-デキストラン法等が公知であり、これらいずれの方法で実施してもよい。遺伝子毎にトランスジェニック動物を作製する場合には、遺伝子毎に異なる受精卵などに遺伝子が導入される。また、3つの遺伝子群を共に導入する場合には、3つの遺伝子を含む溶液を上述したいずれかの方法で受精卵に導入する。
【0032】
ここで遺伝子を導入する細胞は、トランスジェニック動物の作製が可能なあらゆる非ヒト哺乳動物に由来する細胞であることができる。具体的には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、イヌ、あるいはネコ等の細胞を利用することができる。たとえばラットにおいては、排卵誘発剤を投与したメスのラットに正常なオスのラットを交配させることにより、遺伝子の導入が可能な受精卵を回収することができる。ラット受精卵では、一般に雄性前核へのマイクロインジェクションにより遺伝子(または遺伝子群)が導入される。遺伝子(または遺伝子群)が導入された細胞は、体外で一晩程度の培養の後、導入に成功したと思われるものが代理母の卵管に移植され、トランスジェニックキメラ動物が誕生する。代理母には、精管を切断したオスと交配させて偽妊娠状態としたメスが利用される。
【0033】
生まれたトランスジェニックキメラ動物は、その体細胞の遺伝子を解析することによって、ゲノムに外来遺伝子(または外来遺伝子群)が組み込まれていることを確認する。F1動物の誕生のために正常な動物と交配させる。このとき、望ましくは、より多くのコピー数を持つ個体を選択するようにする。一般に遺伝子として導入した外来性のDNAは、ゲノムの同一の部分に複数コピーが直列に組み込まれる。通常はこの組み込みコピー数が多いほど、多量の遺伝子発現につながり、より明瞭な発現型が期待できる。なお、ドットブロット法によって、コピー数の相対的な比較が可能である。
【0034】
この交配の結果誕生するF1動物の中で、体細胞に外来遺伝子(または外来遺伝子群)を備えるものは、ヘテロザイゴート(heterozygote)でありながら生殖細胞に外来遺伝子(または外来遺伝子群)を伝えることができるトランスジェニック動物である。したがって、F1動物の中から体細胞に外来遺伝子(または外来遺伝子群)を保持するものを選び、これらを両親とするF2動物を誕生させることができれば、外来遺伝子(または外来遺伝子群)をホモで保持するホモザイゴート動物(homozygote animal)がF2動物として得られる。
【0035】
上記方法で遺伝子毎に異なるトランスジェニック動物を作製した場合には、これらのうち先ず2つのトランスジェニック動物を交配させて、ダブルトランスジェニック動物を作製する。ここで得られたトランスジェニック動物に、交配させていないトランスジェニック動物を交配させることにより、トリプルトランスジェニック動物が作製される。なお、本発明の疾患モデル動物は、上記3つの遺伝子が発現している動物である限りトランスジェニック動物のいずれの世代であってもよく、3つの遺伝子DNAをヘテロで保持するF1世代、ホモで保持するF2世代以降であっても本発明に包含される。
【0036】
上記の通り作製されたトリプルTg動物は、高血糖、腎障害(とりわけ高血糖性腎症)の病変を効率よく、かつ早期に発症する。例えば、従来のRAGE/iNOSトランスジェニックマウスと本発明のトリプルトランスジェニックマウスとで比較すると、従来は糖尿病性腎症の発症には40週齢程度を要していたのに対し、本発明では16週齢程度で発症させ得る。このようにマウスの例をとっても、本発明によって疾患の発症を早めることができ、疾患モデル動物をより迅速に提供することが可能となった。したがって、本発明のトリプルトランスジェニックマウスは、14週齢以上、好ましくは16週齢以上であればを糖尿病性腎症モデルとして使用し得る。また、従来のRAGE/iNOSトランスジェニックマウスでは40週齢程度に達しないと糖尿病性腎症を発症させ得なかったことを考慮すると、本発明のトリプルトランスジェニックマウスは、14週齢から40週齢、より好ましくは16週齢から40週齢の間に糖尿病性腎症モデルとして使用し得る点で特徴を有している。
【0037】
また、本発明のトリプルトランスジェニック動物では従来のRAGE/iNOS-Tg やメグシンTgと比べて均質な腎機能障害などの表現型が得られ、質的にも一層有用なモデル動物を提供し得る。具体的には、本発明のトリプルトランスジェニック動物では腎肥大、尿中アルブミン値の上昇、血中トリグリセリドの亢進、および尿中の酸化ストレスマーカーである8−OHdG値の上昇が観察される。また、メサンギウム基質の増生や、結節性の糸球体硬化像を呈し、このメサンギウム基質ではIV型コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンの増大や免疫グロブリン、補体の蓄積が亢進する。尿細管間質において繊維化が生じ、炎症性細胞の浸潤も観察される。こうした表現型は、糖尿病性腎症のモデルとして極めて有効となる
【0038】
以下、本発明の腎機能障害の臨床的・病理学的特徴について説明する。
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物は腎肥大を呈する。腎肥大は、体重あたりの腎重量比(KW/BW)の上昇として判断される。KW/BWは、体重と腎臓の重量とをそれぞれ測定し、これらの値から算出される。正常な動物のKW/BWに比して、その値が大きい場合に腎肥大していると判断される。
【0039】
蛋白尿も本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物の特徴である。糖尿病性腎症では、早期の腎症において、微量のアルブミン尿が検出され、その後病気の進行に伴って持続的な蛋白尿が検出されるようになる。本発明の動物でもこのような蛋白尿の特徴を呈する。蛋白尿とは、尿中の蛋白質レベルが当該動物の正常値を越えて排泄される症状を言う。尿中の蛋白質を測定する方法は公知である。たとえば、蛋白誤差法や色素結合法などの生化学的な手法は、尿蛋白質の判定量的な測定方法として広く普及している。これらの測定原理に基づく尿試験紙が市販されている。また、より高感度かつ特異的な尿蛋白質の測定方法として免疫学的な原理に基づく測定方法が実用化されている。免疫学的な測定方法においては、たとえば血清アルブミンに対する抗体によって、尿中に排泄されたアルブミンが検出される。通常、尿中に排泄される蛋白質は微量である。たとえば、ラットを例にとると、正常な尿中蛋白質レベルは0〜40mg/dLとされている。したがって、ラットにおいては、尿中蛋白質がこの値を超えて恒常的に排泄されるときに蛋白尿であると判定される。本発明において、尿中に排泄される蛋白質の種類は限定されない。通常、尿蛋白質は血中蛋白質の主要蛋白質であるアルブミンやグロブリンで占められる。
【0040】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する動物は、血中トリグリセリドの上昇を呈する。糖尿病や腎障害の患者では、続発的に血中トリグリセリドが高値を示すことが知られており、本発明の動物でも、このような状態が発現される。血中トリグリセリドの上昇とは、当該動物の正常範囲を超えて高値を示すことをいう。血中のトリグリセリドを測定する方法は公知であり、例えば、LPL・GK・GPDH-ジアホラーゼ・ホルマザン色素法を用いることができる。
【0041】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する動物では、メサンギウム基質の拡大、結節性の糸球体硬化が生じる。糖尿病性腎症では、糸球体基底膜の肥厚、メサンギウム基質の拡大、及び糸球体の結節性硬化病変が特徴的とされており、この特徴が本発明のモデル動物でも発現される。さらに、メサンギウム基質の拡大は、その過程で生じるコラーゲン、ラミニンまたはフィブロネクチンなどの増加に基づいて観察することができる。病理組織をそれぞれの抗体を用いて免疫組織学的に解析することができる。免疫組織像を当該動物の正常な免疫組織像と比較して、染色面積・強度が多い場合に、コラーゲン、ラミニンまたはフィブロネクチンなどが増加していると判断される。一方、糸球体基底膜の肥厚は、電子顕微鏡による病理解析にて観察できる。なお、基底膜肥厚の主たる理由として、高血糖による基質代謝異常(産生亢進、代謝低下)が挙げられ、メサンギウム基質増生と同じ機序であると考えられている。
【0042】
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物では、メサンギウム基質における免疫グロブリンや補体の蓄積の亢進によっても特徴付けられる。ヒト糖尿病性腎症において免疫グロブリン、補体の沈着は糸球体毛細管壁及びメサンギウム領域(メサンギウム基質のある場所)に認められ、このような病変が本発明のモデル動物でも現れる。なお、免疫グロブリンや補体はそれぞれの特異的な抗体を用いた組織免疫染色により検出することができる。そして、当該動物の正常な免疫組織染色像と比較して、染色面積・強度が大きい場合に免疫グロブリンや補体の蓄積が亢進していると判断される。
本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物は、尿細管間質の繊維化や炎症性細胞の浸潤によっても特徴付けられる。このような尿細管や間質における所見はヒト糖尿病性腎症の進行した後期病変においても同様に観察され、このような病態が本発明のモデル動物でも現れている。尿細管間質の繊維化は、α-SMAに対する特異的抗体を用いた組織免疫染色により検出することができる。α-SMAに対する特異的抗体により尿細管または間質において陽性反応を示す細胞を視覚化することにより繊維化した細胞を検出することができる。または、検鏡下で尿細管または間質の障害程度を直接スコアリングすることにより、繊維化を半定量化することもできる。一方、尿細管間質におけるマクロファージなどの炎症性細胞の浸潤は、これら炎症性細胞に特異的な抗体などを用いた免疫組織染色により検出することができる。例えば、マクロファージを検出するための抗体としては、実施例に示すF4/80を用いることができる。
また、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物は、酸化ストレスの増加によっても特徴付けられる。ヒトの糖尿病性腎症の病態の解析により、最近、糖尿病性腎症の発症に酸化ストレスが起因していることが示唆されている。本モデル動物でも、こうしたヒト糖尿病性腎症の病態において観察されている酸化ストレスの増加が観られる。酸化ストレスの測定は、例えば、動物の尿や血液を用いて測定することができる。例えば、酸化ストレスマーカーの一つ、8-OHdGは動物の尿を試料とし、市販のELISAキットなどにより簡便に測定することができる。
【0043】
このように、本発明のモデル動物は、糖尿病性腎症、糸球体障害(結節性硬化病変)、尿細管間質障害などの腎機能障害の特徴を備えていることから、これら疾患の有効なモデル動物となる。また、本発明のモデル動物は、高血糖、低インスリン血を早期に示すことから、糖尿病のモデル動物としても有効である。従って、本発明のモデル動物は、糖尿病、その合併症である糖尿病性腎症あるいは結節性糸球体硬化などの疾患の発症機序の解明などの研究に利用できることはもちろん、高血糖や腎機能障害に対する治療方法・薬剤等を開発する際の評価系としても有効である。
【0044】
本発明は、上記疾患モデル動物を用いた高血糖あるいは腎機能障害に対する治療薬の評価方法をも提供する。第一の評価方法は、次の工程を含む、(1)上述した非ヒト哺乳動物からなるメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程と、(2)被験化合物が投与された上記疾患モデル動物の腎機能を検査する工程とが含まれる。
【0045】
上記評価方法では、まず本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物に被験化合物が投与される。この投与経路は特に限定はなく、経口、静脈注射、腹腔内投与他、被験化合物に応じた方法を選択することができる。投与された疾患モデル動物と、被験化合物を投与しない対照の同モデル動物との腎機能を腎機能マーカーに基づいて検査される。たとえば次のような腎機能マーカーが知られており、これらを本評価方法で使用することができる。腎機能マーカー: 血中のクレアチニン値、血中の尿素窒素、尿中ヘモグロビン、尿中アルブミン、尿中β2-ミクログロブリン、尿中α1-酸性糖蛋白。これらの腎機能マーカーを測定するための方法も公知である。
【0046】
したがって、被験化合物を投与する前後で、これらの指標の観察結果を比較することにより、被験化合物の治療薬としての有効性を評価することができる。あるいは、同系のトランスジェニック動物を用いれば、動物の間でこれらの指標の観察結果を比較することによって、被験化合物間の有効性を比較することもできる。
【0047】
第二の評価方法では、糖尿病性腎症などの糸球体障害に関連した臨床学的なマーカーを指標に評価する方法であり、上述したメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程と、被験化合物を投与した後に前記疾患モデル動物の体重に対する腎重量比、蛋白尿値、血中トリグリセリドの少なくともいずれかを測定する工程が含まれる。すなわち、本方法では腎機能障害に対する治療効果を腎重量比の増大、蛋白尿、血中トリグリセリドなどの一つ以上の指標に基づいて評価される。
【0048】
上記第二の評価方法では、まず本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物に被験化合物が投与される。この投与経路もまた、上述のように特に限定はない。投与された疾患モデル動物と、被験化合物を投与しない対照のモデル動物との腎機能を上記指標に基づいて比較する。また、さらに対象として健常な動物と比較してもよい。腎重量比の増大、蛋白尿、血中トリグリセリドの測定方法は上述した通りである。被験化合物投与群において、非投与群と比べ、腎障害の程度が緩和、あるいは正常な動物の値まで回復させ得る化合物は、糖尿病性腎症などの糸球体障害を伴う腎機能障害の治療薬になり得る。
【0049】
第三の評価方法は本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程、被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のメサンギウム基質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程が含まれる。この評価方法では、腎機能障害に対する緩和作用をメサンギウム基質の組織学的な検査方法により評価する。特に糖尿病性腎症などの糸球体障害を伴う腎機能障害ではメサンギウム基質の拡大、 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進、コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加がみられることから、これらのうちいずれかが緩和または回復されたかに基づいて評価される。
【0050】
より具体的には、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物に被験化合物が投与される。投与方法は特に限定はない。被験化合物に応じて適宜選択し得る。投与された疾患モデル動物と、被験化合物を投与しない対照のモデル動物とのメサンギウム基質を組織学的に比較する。例えば、メサンギウム基質の拡大の緩和の有無は、PAS染色によりメサンギウム基質を染色し、その面積が測定される。そして、被験化合物投与群が、非投与群に比べて、メサンギウム基質の面積が小さく、または正常な動物と同等まで回復している場合、当該被験化合物は糖尿病性腎症などの糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。同様に、メサンギウム基質を免疫グロブリンまたは補体に対する特異抗体を用いて免疫染色し、免疫グロブリンまたは補体の蓄積量を測定する。この測定値が、被験化合物非投与群に比べて被験化合物投与群で小さくなった場合に、当該被験化合物は糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。また、コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンに対する特異抗体を用いて免疫染色し、これらの存在量を測定する。そして、この値が被験化合物非投与群に比べて被験化合物投与群で小さくなった場合に、当該被験化合物は糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。
第四の評価方法は、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程、被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の尿細管間質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程が含まれる。この評価方法では、腎機能障害に対する緩和作用を尿細管間質における組織学的な検査方法により評価される。本評価方法は、ヒトの糖尿病性腎症の進行した後期病変で見られる尿細管間質の病態に基づいて、その病態が緩和または回復されたかに基づいて評価を行うことができる。
具体的には、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するモデル動物に被験化合物が投与される。投与された疾患モデル動物と、被験化合物を投与しない対照のモデル動物との尿細管間質を組織学的に比較する 例えば、尿細管間質の繊維化は、上述したα-SMAに対する抗体を用いた免疫組織染色あるいは直接検鏡下で測定し得る。そして、被験化合物投与群が、非投与群に比べて、尿細管間質の繊維化の程度が低下するか、あるいは正常な動物と同等まで繊維化が観られなくなった場合、当該被験化合物は糖尿病性腎症などの糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。同様に、尿細管間質をマクロファージなどの炎症性細胞に対する特異抗体を用いて免疫染色し、炎症性細胞の存在割合を測定する。この測定値が、被験化合物非投与群に比べて被験化合物投与群で小さくなった場合に、当該被験化合物は糸球体障害を伴う腎機能障害に対する治療効果を有すると評価される。
【0051】
本発明は、糖尿病に対する治療効果を評価するための方法も提供する。本方法には、(1)上記メグシン/RAGE/iNOSを発現する疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程と、(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のグルコース濃度または/およびインスリン濃度を測定する工程が含まれる。
【0052】
本発明の評価方法において、糖尿病の治療効果の程度は、糖尿病マーカー、例えば、グルコース濃度、インスリン濃度を指標として評価することができる。グルコース濃度を測定する対象は血液、尿、汗などのいずれの体液を対象としてもよい。インスリン濃度を測定する対象は、血液を用いることが好ましい。また、糖尿病症状に対する治療効果を知るための指標としては、ヘモグロビンHc1、糖化アルブミン、フルクトサミン、尿ケトン体などを用いることもできる。これらの診断指標の経時的変化を観察することによって、糖尿病に対する治療効果を評価することができる。したがって、被験化合物を投与する前後で、これらの指標の観察結果を比較することにより、被験化合物の治療薬としての有効性を評価することができる。あるいは、同系のトランスジェニック動物を用いれば、動物の間でこれらの指標の観察結果を比較することによって、被験化合物間の有効性を比較することもできる。
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例1】
【0053】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明は、これら実施例に限定されるものではない。
【0054】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgの作製
RAGE/iNOS-Tgマウス(Yamamoto, Y., et al., J. Clin. Invest., 108:261-268 (2001))と メグシン-Tgマウス(Miyata, T., et al., J. Clin. Invest., 109: 585-593 (2002))とを交配し、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスを得た。尾組織からゲノムDNAを抽出し、文献(Yamamoto, Y., et al., J. Clin. Invest., 108:261-268 (2001)、Miyata, T., et al., J. Clin. Invest., 109: 585-593 (2002))記載の方法によりPCR法を用いてRAGE、iNOSおよびメグシンの発現を確認した。具体的には、生後4週齡以降にTgマウスの尾の一部を切断し、DNA抽出キット(Qiagen tissue kit; Qiagen社)を用いてゲノムDNAを抽出した。これを鋳型にして、導入遺伝子断片のPCRによる増幅を行い各導入遺伝子の存在を確認した。メグシン遺伝子のPCR検出には、β-gl-3プライマー(5'-CTT CTG GCG TGT GAC CGG CG-3'/配列番号:4)とhM2-2プライマー(5'-ATC GAA TTC TGA GAT CAT AAT CCC TGT GGG ATG C-3'、配列番号:5)のプライマーを用い、これらプライマーによりPCR増幅産物(400bp)が得られる個体を選別した(図1)。また、RAGE遺伝子の検出ではflk-1プロモータ(5’-AGG GAC GGA GAA GGA GT-3’/配列番号:6)(Ronicke, V. et al., Circ. Res., 79:277-285 (1996))及びヒトRAGE遺伝子(5’-TCACCCCACAGACTGAG-3’/配列番号:7)(Sugaya, K. et al., Genomics, 23:408-419 (1994))プライマーを用い、354bpの増幅産物を確認した(図1)。iNOS遺伝子の検出では、F-primer(5'-GTGGGCTATGGGTTTGTGGAAGGAGA-3'、配列番号:8)及びR-primer(5'-CGATGTCACATGCAGCTTGT-3'、配列番号:9)を用い、800bpの増幅産物を確認した(図1)。得られたメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスを非トランスジェニックであるCD-1(日本チャールズ・リバー)と戻し交配を行い、遺伝背景をCD-1とした。
【実施例2】
【0055】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgの病理所見
16週齢の各メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスから腎臓を摘出し、常法および文献記載の方法(WO01/24628)により腎糸球体のPAS染色およびPAM染色を行った。PAM染色は、カルノア固定パラフィン包埋組織を、4ミクロンに薄切したものを用いた。PAS染色(Periodic Acid Shiff reaction)は、一般的に多糖類を赤色に染色する。腎病理では、メサンギウム基質や基底膜の構成成分である糖タンパクを赤色で染色し、メサンギウム基質の増生や、基底膜の肥厚を観察することができる。一方、PAM染色(Periodic Acid-Methenamine Silver stain)は、一般的に基底膜や結合組織成分を黒色に染色する(鍍銀染色)。腎病理では、メサンギウム基質の硬化(線維化)や基底膜の肥厚を黒色に染色する。
【0056】
PAS染色、PAM染色の結果を図2に示す。PAS染色の結果では、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス(9匹)の高血糖群(6匹、血糖値500mg/dl以上)の全例において強度の糸球体障害(結節性硬化病変)が確認された。野生型の個体では異常は認められなかった。すなわち、メサンギウム基質の顕著な増加が全体的かつ散在的にみられ、糸球体肥大が認められた。一方、糸球体細胞数はむしろ減少しており、既に糸球体細胞死を伴う硬化糸球体像を呈していることが判った。またPAM染色において、拡大したメサンギウム基質の硬化も確認された。
【0057】
対照としたRAGE/iNOS-Tgマウス(11匹、高血糖(400mg/dl以上)群は10匹)では、全体的あるいは分節性のメサンギウム基質増加を呈する糸球体が局在的に認められた。糸球体細胞数は保たれていた。尿細管間質の変化は、まれに認められる程度であった。PAM染色にて確認される硬化も、RAGE/iNOS/megsin-Tgマウスに比し軽度であった。また、メグシン-Tgマウスは、16週齢では、特に病理学的所見は認められなかった(図2)。
【実施例3】
【0058】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgの腎重量、尿・血液生化学検査
16週齢のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの腎重量、尿・血液生化学値を測定した(表1)。比較対照として、他のTgマウス(iNOS-Tg、RAGE/iNOS-Tg、メグシン/iNOS-Tg、メグシン/RAGE-Tg、メグシン-Tg、RAGE-Tg)および野生型マウス(CD-1)を用いた。測定項目は次の通り。体重(BW)、腎重量(KW)。血清:総蛋白(TP:Biuret法)、トリグリセリド(TG:LPL・GK・GPDH-ジアホラーゼホルマザン色素法)、総コレステロール(Tcho:酵素法)、尿素窒素(BUN:ウレアーゼUV法)、クレアチニン(Cr:アルカリピクリン酸法)、インスリン(Insulin:ELISA法)、血中グルコース濃度(GLU:GOD・POD法)、GOT、GPT。尿:アルブミン(HbA1c:ラテックス凝集阻止法)、総蛋白(TP:ピロガロールレッド法)、尿素窒素(BUN:ウレアーゼUV法)、クレアチニン(Cr:アルカリピクリン酸法)。なお、TP、CRE、GLUはいずれも尿(1回採尿、スポット尿)を試料に測定した結果を示す。
【0059】
表1に示す通り、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは、RAGE/iNOS-Tgマウスやメグシン-Tgに比し、KW/BWが高く腎肥大が認められ、また、アルブミン尿、血中トリグリセリドの亢進が認められた。また、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは、非トランスジェニックマウスに比し、低体重、高血糖、低インスリンを呈した。
【0060】
【表1】
【実施例4】
【0061】
蛍光抗体法による免疫複合体の沈着
蛍光抗体法を用い、免疫複合体の沈着を調べた。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスから腎臓組織を採取した。腎臓組織は、凍結組織包埋剤(O. C. T. compound、Tissue Tek Miles社、Elkhart, IN)に包埋し、ドライアイス/アセトンで瞬時に凍結した。この凍結包埋組織から4μmの凍結切片を作製した。この凍結切片を4%のスキムミルクにより室温で60分間ブロッキングした後、1:200に希釈したフルオレッセインイソチオシアネート(FITC)標識ヤギ抗マウスIgG、IgA、IgM、またはC3抗体(Cappel Research Products社)のいずれかと4℃で一晩インキュベートした。反応後、PBSで洗浄し、グリセリンPBSで封入し、蛍光顕微鏡で鏡検した。
【0062】
その結果、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは、RAGE/iNOS-Tgマウスに比し、免疫グロブリン、補体のメサンギウム基質での蓄積が亢進していることが判った(図3、および図4)。
【実施例5】
【0063】
メサンギウム基質の変動
16週齢の各Tgマウスにつき、免疫組織染色によりメサンギウム基質の変動を検討した。メサンギウム基質の成分を同定するために、以下の抗体を用いて、凍結切片に免疫組識染色法(Nangaku, M. et.al., J. Am. Soc. Nephrol. 10, 2323-2331, 1999)を施行した。IV型コラーゲンは、ヤギ抗IV型コラーゲン・ポリクローナル抗体(Southern Biotechnology社)で同定した。フィブロネクチンはウサギ抗フィブロネクチン抗体(Chemicon社)で確認した。ラミニンはウサギ抗ラミニン抗体(Chemicon社)を用いて確認した。
【0064】
コントロールのRAGE/iNOS-Tgマウスやメグシン-Tgマウスに比べ、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける拡大したメサンギウム基質にIV型コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンの増加が認められた(図5、図6、および図7)。同様の現象はヒトの糖尿病性腎症においても認められることが知られている。
【0065】
本発明のトランスジェニック動物では、メグシン高発現で拡大する基質の処理が加速的に低下したため、糸球体障害が悪化し硬化に至るまでの時間が早まることが考えられる。また、メグシン/RAGE/iNOS-Tg動物の糸球体は、メグシンの高発現と高血糖といった負荷に曝されたメサンギウム細胞と、酸化ストレス下の内皮細胞とによって構成されると推測される。メグシン高発現と高血糖負荷に曝されたメサンギウム細胞だけでは糸球体障害は極軽度である(メグシン/iNOS-Tg)。しかし、内皮細胞にも負荷(AGE-RAGE経路活性化、すなわち強い酸化ストレスと内皮細胞からの各種サイトカイン産生)が罹ると、病像は重篤化する。その裏付けとして、正常血糖値を示すメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウス(内皮細胞でAGE-RAGE経路活性化負荷がかかっていないTgマウス)の病像も極軽度である。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは、メサンギウム細胞/内皮細胞のクロストークが病態形成に影響を与えていることを示唆している。
【実施例6】
【0066】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの病理解析
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの腎組織に対し電子顕微鏡による病理解析を行った。16週のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの腎組織を2%グルタールアルデヒドを含む0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液中に2時間浸して固定し、さらに2%四酸化オスミウムで固定した。固定した腎組織をエタノールで脱水し、最終的にEpon 812(TAAB社、イギリス)中に包埋した。この試料から切り出した超薄切片を酢酸ウラニルで染色し、アセトンで処理した後、透過電子顕微鏡(倍率20,000倍)(JEM-1200EX, 日本電子、日本)により解析した。
【0067】
解析結果を図8に示す。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスでは、糸球体上皮細胞において足突起の消失及び高密度沈着物の検出が認められ、糸球体内皮細胞では窓の消失が認められた(図8A)。また、糸球体基底膜の不整・層状化(図8B)、メサンギウム基質の増生、及び結節(図8C)、さらには糸球体上皮細胞の空胞形成(図8D)が確認された。これらの所見は、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの糸球体構成細胞(上皮、内皮、およびメサンギウム細胞)や基底膜に形態異常が生じたことを示すものである。
【実施例7】
【0068】
メグシン高発現によるメサンギウム基質拡大の加速
8、16週齢のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける糸球体病変のコンピューター画像解析を行った。対象として、同週齢の野生型、メグシン-Tgマウス、RAGE/iNOS-Tgマウスも同様に解析した。具体的には、各試験マウスよりPAS染色された腎臓の切片を調製した。各染色像は3CCDカメラ(Olympus Optical Co., Tokyo, Japan)を用いてスキャンし、糸球体係蹄(glomerular tuft)領域、メサンギウム領域(糸球体係蹄領域の一部)、糸球体細胞数をsoftware Image Grabber PCI (Fuji Photo Film Co., Tokyo Japan) およびMac Aspect (Mitani Co., Tokyo, Japan)を用いて、ブラインドで解析した。midcortex中の連続した20の糸球体が測定された。糸球体係蹄(1横断切片当たり20以下の独立した管セグメントを含む)の小さな部分だけを含んでいる糸球体横断切片は実験対象から除いた。さらに実験者の恣意を避けるために、試験対象の20の糸球体中から、最も大きな糸球体と最も小さな糸球体を共に除いた。各切片の残りの18糸球体が試験され、平均は平均値+/-標準偏差として表した。16週齢マウスを用いた解析結果を図9に、8週齢マウスを用いた解析結果を図10に示す。
【0069】
16週齢の時点で野生型およびメグシン-Tgマウスと比べて、RAGE/iNOS-Tgマウスおよびメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの双方で糸球体肥大が示された(図9(a))。RAGE/iNOS-Tgマウスにおけるメグシンの高発現は糸球体肥大を促進しなかった。
16週齢の時点で野生型、メグシン-TgマウスあるいはRAGE/iNOS-Tgマウスにおけるメサンギウム基質のサイズの違いは観察されなかった。しかしメサンギウム基質の拡大は、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにメグシンを高発現させることにより顕著に加速された(図9(b))。これらの観察は、メグシン/RAGE/iNOS-TgマウスがRAGE/iNOS-Tgマウスに比して、重篤なメサンギウム基質の拡大や結節性病変に発展するとの結果と相関していた。
一方、Tgマウスにおける糸球体係蹄領域の肥大は8週齢の早期に観察され、その程度はメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおいてさらに重篤であった(図10(a))。糸球体係蹄領域に対するメサンギウム基質の割合は、同週齢のマウスで比較すると野生型、RAGE/iNOS-Tgマウスおよびメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの間で統計学上有意と言える差はなかったが、トランスジェニックマウスにおいて増加傾向が見られた(図10(b))。
【実施例8】
【0070】
メグシンの高発現による糸球体細胞の早期の増殖
実施例7における糸球体細胞数の画像解析結果より、8週齢と早期の段階でメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおいて細胞数が増加していることが示された(図10(c))。一方、16週齢では、メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの細胞数は、RAGE/iNOS-Tgマウスの細胞数に比べて統計学上有意に減少していた(図9(c))。なお、16週齢のいずれのトラスジェニックマウスにおける糸球体の細胞数も同週齢の野生型マウスの糸球体細胞数と比べて多かった。
【実施例9】
【0071】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける糸球体または尿細管間質の障害
糸球体障害およびマクロファージの浸潤を検出するために免疫組織染色を行った。methyl Carnoyで固定化した4μm切片を、メサンギウム細胞活性化、及び尿細管・間質繊維化のマーカーであるα-平滑筋アクチン(α-SMA)に対するマウスモノクローナル抗体(1/ 400希釈, Boehringer Mannheim, Mannheim, Germany)および、マウスマクロファージの細胞表面マーカーであるF4/80に対するラットモノクローナル抗体(1/400希釈, Caltag laboratories, Burlingame, CA, USA)でそれぞれ染色した。間接免疫ペルオキシダーゼ法(Miyata T, Inagi R, et al., Overexpression of the serpin megsin induces progressive mesangial cell proliferation and expansion JCI 109, 2002)により一次抗体の局在を視覚化した。
【0072】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスの糸球体障害は、α-SMAの免疫染色により示した通り、メサンギウム細胞の活性化と関連していた(図11(a))。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおいて、α-SMA のde novo発現は一部の尿細管や間質細胞において観察され、このことから尿細管間質の繊維化が生じていることが示された(図11(a))。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスでは、F4/80染色により尿細管間質への炎症性細胞の浸潤が観察された(図11(b))。
【実施例10】
【0073】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける酸化ストレスの増加
最近の研究から、糖尿病腎症において酸化ストレスが病原性の役割を果たしていると示唆されている。そのため、本願発明者らは、RAGE/iNOS-Tgマウスとメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスとにおいて、酸化ストレスの状態を比較した。これら対象マウスの尿中における酸化ストレスのマーカー、8-OHdG を測定した。8-OHdGの検出はELISA キット(8-OHdG Check (High sensitive), Japan Aging Control laboratories, Shizuoka, Japan)を用いて行った。検査に使用する尿はVivaspin(>10, 000 molecular weight cutoffs、Vivascience AG, Hannover, Germany) を用いて限外ろ過され、尿中8-OHdG濃度が測定された。測定値は尿中クレアチンにより標準化した。結果を図12に示す。
【0074】
メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける尿中8-OHdGの濃度の平均は、野生型マウスと比べて2倍以上高値を示し、この違いは統計学的にも有意な差であった。メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスにおける尿中8-OHdGの上昇したレベルは、RAGE/iNOS-Tgマウスと比べてもかなり高い値であった(図12)。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明のモデル動物は、高血糖に伴い重篤な腎機能障害(アルブミン尿)、及び糸球体病変(メサンギウム基質の増生、基底膜肥厚、結節性硬化病変)を呈し、特筆すべきことは、ヒトの糖尿病性腎症に極めて類似の病像を呈することである。従来の糖尿病性腎症モデル動物は病理所見に乏しいのに対し、本モデル動物は早期より進行性慢性病変を呈する。
具体的には、本発明のメグシン/RAGE/iNOSを発現するTg マウスは8週齢あるいは16週齢と早期から糸球体肥大や糸球体内細胞増殖が認められ、それに伴いメサンギウム基質拡大が加速していることが示唆された。
こうした早期からの糸球体形態異常は、糸球体障害(メサンギウム細胞活性化)、尿細管間質障害(線維化)の重篤化、間質へのマクロファージ浸潤や酸化ストレスの亢進などを招き、16週齢triple Tg マウスでは後期糖尿病性腎症病変像(結節性病変、糸球体係蹄とボーマン嚢との癒着)を呈する。
比較対照のRAGE/iNOSTgの16週齢の病理像は初期病変像(メサンギウム基質拡大)にとどまり、上記の後期病変像は全く認められない。ただし、36週齢となるとようやくRAGE/iNOSTgも、16週齢メグシン/RAGE/iNOS-Tg マウスと同様の結節性病変が認められる。
このように本発明のメグシン/RAGE/iNOS-Tgは早期に後期病変を早期に発症することから、今まで遅れていた後期病態形成の分子病態学の研究に本メグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスが寄与することが期待される。
また、本発明の疾患モデル動物はメサンギウム細胞障害がメグシン過剰発現によって加速しているため、糖尿病性腎症におけるメグシンの病態生理、メサンギウム細胞の病態生理をより詳細に、かつ広範囲の病変進行段階における比較・相違を解析できる。したがって、本発明のメグシン/RAGE/iNOS-Tgマウスは後期病変に至らぬようにする腎障害進展を抑制する新規診断・創薬開発のために評価モデルとして有用となる。
また、後期病変の発症率も高いことから、糖尿病性腎症の発症・進展の機序解明、創薬において有益となる。またさらに、上記糸球体障害を伴う腎機能障害を治療するための医薬品の開発に本モデル動物は有益となる。本願は、疾患モデル動物だけでなく、このモデル動物を用いた腎機能障害を治療薬の評価系をも提供している。そのため、本発明は、腎機能障害を伴う疾患の臨床的な研究、医薬品開発に大いに役立つ。さらには、本発明の疾患モデル動物は、高血糖を呈することから糖尿病の臨床学的な研究や治療・予防薬の開発にも大いに役立つことが期待される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子を発現している非ヒト哺乳動物からなる、疾患モデル動物。
【請求項2】
メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子が導入された、請求項1記載の疾患モデル動物。
【請求項3】
次の表現型(a)-(f)から選択される少なくとも1つの表現型を呈する、請求項1または2記載の疾患モデル動物。
(a) 体重に対する腎重量比の上昇
(b) 尿中アルブミン値の上昇
(c) 血中トリグリセリドの上昇
(d) 低体重(発育不全)
(e) 高血糖
(f) 低インスリン血
(g) 尿中8-OHdG値の上昇
【請求項4】
メサンギウム基質における次の表現型(a)から(c)のうち少なくとも一つの所見を呈する、請求項1または2記載の疾患モデル動物。
(a) メサンギウム基質の拡大
(b) 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進
(c) コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加
【請求項5】
尿細管間質における次の(a)および/または(b)の表現型を呈する、請求項1または2記載の疾患モデル動物。
(a)繊維化
(b)炎症性細胞の浸潤
【請求項6】
メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子がヒト由来である、請求項1から5のいずれかに記載の疾患モデル動物。
【請求項7】
疾患が糖尿病性腎症である、請求項1から6のいずれかに記載の疾患モデル動物。
【請求項8】
非ヒト哺乳動物の受精卵にメグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子を導入する工程を含む、メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子の発現が増強している非ヒト哺乳動物からなる疾患モデル動物の創生方法。
【請求項9】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物の腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程、
(2)被験化合物を投与した疾患モデル動物の腎機能障害を緩和する作用を検出する工程
【請求項10】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の体重に対する腎重量比、尿中アルブミン値、血中トリグリセリド、尿中8-OHdG値の少なくともいずれかを測定する工程
【請求項11】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のメサンギウム基質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程
【請求項12】
メサンギウム基質の変異が次の(a)から(c)の少なくとも一つである、請求項11記載の方法。
(a) メサンギウム基質の拡大
(b) 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進
(c) コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加
【請求項13】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の尿細管間質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程
【請求項14】
尿細管間質の変異が次の(a)および/または(b)である、請求項13記載の方法。
(a)繊維化
(b)炎症性細胞の浸潤
【請求項15】
腎機能障害が高血糖に伴う腎機能障害である、請求項9から14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における高血糖に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のグルコース濃度または/インスリン濃度を測定する工程
【請求項1】
メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子を発現している非ヒト哺乳動物からなる、疾患モデル動物。
【請求項2】
メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子が導入された、請求項1記載の疾患モデル動物。
【請求項3】
次の表現型(a)-(f)から選択される少なくとも1つの表現型を呈する、請求項1または2記載の疾患モデル動物。
(a) 体重に対する腎重量比の上昇
(b) 尿中アルブミン値の上昇
(c) 血中トリグリセリドの上昇
(d) 低体重(発育不全)
(e) 高血糖
(f) 低インスリン血
(g) 尿中8-OHdG値の上昇
【請求項4】
メサンギウム基質における次の表現型(a)から(c)のうち少なくとも一つの所見を呈する、請求項1または2記載の疾患モデル動物。
(a) メサンギウム基質の拡大
(b) 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進
(c) コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加
【請求項5】
尿細管間質における次の(a)および/または(b)の表現型を呈する、請求項1または2記載の疾患モデル動物。
(a)繊維化
(b)炎症性細胞の浸潤
【請求項6】
メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子がヒト由来である、請求項1から5のいずれかに記載の疾患モデル動物。
【請求項7】
疾患が糖尿病性腎症である、請求項1から6のいずれかに記載の疾患モデル動物。
【請求項8】
非ヒト哺乳動物の受精卵にメグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子を導入する工程を含む、メグシン遺伝子、糖化最終産物受容体遺伝子および誘導型一酸化窒素合成酵素遺伝子の発現が増強している非ヒト哺乳動物からなる疾患モデル動物の創生方法。
【請求項9】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物の腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程、
(2)被験化合物を投与した疾患モデル動物の腎機能障害を緩和する作用を検出する工程
【請求項10】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の体重に対する腎重量比、尿中アルブミン値、血中トリグリセリド、尿中8-OHdG値の少なくともいずれかを測定する工程
【請求項11】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のメサンギウム基質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程
【請求項12】
メサンギウム基質の変異が次の(a)から(c)の少なくとも一つである、請求項11記載の方法。
(a) メサンギウム基質の拡大
(b) 免疫グロブリンまたは/および補体蓄積の亢進
(c) コラーゲン、ラミニンまたは/およびフィブロネクチンの増加
【請求項13】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における腎機能障害に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物の尿細管間質の変異の有無またはその軽減の有無を判定する工程
【請求項14】
尿細管間質の変異が次の(a)および/または(b)である、請求項13記載の方法。
(a)繊維化
(b)炎症性細胞の浸潤
【請求項15】
腎機能障害が高血糖に伴う腎機能障害である、請求項9から14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
次の(1)、(2)の工程を含む、被験化合物における高血糖に対する治療効果を評価する方法。
(1)請求項1から7のいずれかに記載の疾患モデル動物に被験化合物を投与する工程
(2)被験化合物を投与した後、疾患モデル動物のグルコース濃度または/インスリン濃度を測定する工程
【図9】
【図10】
【図12】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図11】
【図10】
【図12】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図11】
【国際公開番号】WO2005/055706
【国際公開日】平成17年6月23日(2005.6.23)
【発行日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516179(P2005−516179)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018413
【国際出願日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(503357296)株式会社レナサイエンス (7)
【Fターム(参考)】
【国際公開日】平成17年6月23日(2005.6.23)
【発行日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【国際出願番号】PCT/JP2004/018413
【国際出願日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(503357296)株式会社レナサイエンス (7)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]