説明

ラクトフェリンを含むアポトーシス誘導剤

【課題】アポトーシス誘導剤の提供。
【解決手段】本発明は、ラクトフェリンを含むアポトーシス誘導剤であり、アポトーシスの誘導は、ラクトフェリンがIGBP1に結合してPPA2の機能阻害を起こすことによるものである。また、本発明は、細胞をラクトフェリンで処理してラクトフェリンにIGBP1を結合させ、PPA2の機能を阻害する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラクトフェリンを含むアポトーシス誘導剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ラクトフェリン(Lf)は、transferrin遺伝子群の一つによりコードされ、80-kDaの大きさを有する鉄結合性糖タンパク質である。Lfは粘膜上皮細胞に発現しており、ミルク、涙、唾液、精液、気管支腺分泌物、あるいは好中球に発現している(非特許文献1)。
【0003】
Lfは幾つかの機能を有しており、種々の生理学的あるいは環境の変化によって発現され、宿主の一次的防御作用の鍵となると考えられている(非特許文献2)。Lfの構造的特徴の初期の研究によって、Lfはすべてのトランスフェリンに存在する一般的な機能であるFe3+のホメオスターシスに関与することが示された(非特許文献3)。また、Lfは鉄の吸収を通して細菌、真菌から寄生虫までの広い範囲で抗微生物効果を及ぼすことが示されている(非特許文献3)。より最近の研究では、抗ウイルス能(非特許文献4)、抗発癌能(非特許文献5)、抗炎症あるいは免疫機能調節(非特許文献2)などのさらに多くの機能の可能性が示されている。Lfの部分断片がアポトーシスを誘導することも公知である(例えば特開平10-045618号公報(特許文献1))。
【0004】
Lfのin vivoあるいはin vitroにおける抗腫瘍効果はいくつかの論文で取り上げられている。例えば、ラットモデルにおいて、Lfを投与するとazoxymethaneで誘発する大腸がんの発生率はN-butyl-N-(4-hydroxybutyl) nitrosamineで誘発する膀胱癌と同様に抑制される(非特許文献6、7)。また、Lfは腫瘍によって誘発される血管増生も抑制する可能性がある(非特許文献8)。Lfはin vitroの実験系で血管内皮細胞の増殖を抑え、またin vivoの系でVEGFによる血管増殖反応を有意に抑制することが示されている(非特許文献8)。
【0005】
より最近の研究によれば、Lfを口腔内投与すると、Lfは免疫調節剤として働いて腸管の上皮細胞によるIL18や他のサイトカインの産生を刺激する(非特許文献9、10)。さらに、牛Lfはreaction oxygen species (ROS)の産生を介してヒト白血病細胞株にin vitroの系でアポトーシスによる死を引き起こす(非特許文献11)。また最近、Lfは大腸粘膜(非特許文献12)や頭頚部癌細胞株(非特許文献13)においてアポトーシス関連遺伝子の発現を変化させることが報告された。
【0006】
これらの報告は、Lfの抗腫瘍効果がアポトーシスを誘発するという仮定に基づいている。この仮定は、Lfがヒト口腔扁平上皮癌細胞のJNK/SAPKを活性化することでLfがアポトーシス細胞死を誘発するという研究によってサポートされている(非特許文献14)。さらに、他のいくつかの研究において、ヒト乳がん細胞株をLfで処理すると、G1からS期の移行期で細胞周期が停止し、CDK阻害蛋白であるp21cip1の蛋白量が上昇する事が示されている(非特許文献15)。以上のように、Lfの抗腫瘍効果には複数のメカニズムが介在している。
【0007】
証明又は提唱されたLfの機能の多くは、Lfの細胞表面膜上の性質に依存している。例えば、1979年にLfの受容体(SI-LfR)が小腸に存在することがCoxらによって初めて示されたが(非特許文献16)、彼らは後に、Lfと鉄の複合物はSI-LfRと反応し、LfはSI-LfRと結合して細胞質の中に入り、90%のLfはその後分解されるが、10%は核に移行する点を報告した(非特許文献17)。一方、分化した組織や細胞種はそれぞれに特有なLf結合蛋白質を発現しているが、それらの特徴は様々である(非特許文献18)。蛍光顕微鏡での観察や蛍光FACSでの解析によれば、不死化した気管支上皮細胞株であるBEAS-2BにはLfRSが多く発現しているが、分化した肺腺癌細胞株であるA549にはその発現がない。このことは、気管支上皮細胞が選択的に標的にされていることを示している(非特許文献19)。また、肺と同様に、肝、小腸、単球、骨、などの組織においても、様々なLf結合蛋白が示されている(非特許文献20)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10-045618号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Teng CT. Biochem Cell Biol 2002;80(1):7-16.
【非特許文献2】Conneely OM. Journal of the American Collegeof Nutrition 2001;20(5 Suppl):389S-95S; discussion 96S-97S.
【非特許文献3】Gonzalez-Chavez SA, et al. International journal of antimicrobial agents 2009;33(4):301 e1-8.
【非特許文献4】van der Strate BW, et al. Antiviral research 2001;52(3):225-39.
【非特許文献5】Brock JH. Biochem Cell Biol 2002;80(1):1-6.
【非特許文献6】Sekine K, et al. Jpn J Cancer Res 1997;88(6):523-6.
【非特許文献7】Masuda C, et al. Jpn J Cancer Res 2000;91(6):582-8.
【非特許文献8】Norrby K, et al. International journal of cancer 2001;91(2):236-40.
【非特許文献9】Shimamura M, et al. International journal of cancer 2004;111(1):111-6.
【非特許文献10】Varadhachary A, et al. International journal of cancer 2004;111(3):398-403.
【非特許文献11】Yoo YC, et al. Biochemical and biophysical research communications 1997;237(3):624-8.
【非特許文献12】Fujita K, et al. Carcinogenesis 2004;25(10):1961-6.
【非特許文献13】Xiao Y, et al. Clin Cancer Res 2004;10(24):8683-6.
【非特許文献14】Sakai T, et al. Journal of pharmacological sciences 2005;98(1):41-8.
【非特許文献15】Damiens E, et al. Journal of cellular biochemistry 1999;74(3):486-98.
【非特許文献16】Cox TM, et al. Biochimica et biophysica acta 1979;588(1):120-8.
【非特許文献17】Suzuki YA, et al. Cell Mol Life Sci 2005;62(22):2560-75.
【非特許文献18】Suzuki YA, et al. Biochem Cell Biol 2002;80(1):75-80.
【非特許文献19】Elfinger M, et al. Biomaterials 2007;28(23):3448-55.
【非特許文献20】Suzuki YA, et al. Biochemistry 2001;40(51):15771-9.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、アポトーシス誘導剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、 ラクトフェリンが直接的に癌細胞株の増殖を抑制し、活性型のcaspase-3を介したアポトーシスを引き起こすことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
(1)ラクトフェリンを含むアポトーシス誘導剤。
(2)アポトーシスの誘導は、ラクトフェリンが被検細胞の細胞質中に存在する免疫グロブリン結合タンパク質1に結合してプロテインホスファターゼ2の機能を阻害することによるものである上記(1)に記載の誘導剤。
(3)ラクトフェリンを含む、プロテインホスファターゼ2の機能阻害剤。
(4)被検細胞をラクトフェリンで処理して該被検細胞の細胞質にラクトフェリンを取り込ませ、この取り込まれたラクトフェリンを前記細胞質中に存在する免疫グロブリン結合タンパク質1に結合させることを特徴とする、プロテインホスファターゼ2の機能を阻害する方法。
(5)上記(4)に記載の方法によりプロテインホスファターゼ2の機能を阻害することを特徴とする、被検細胞にアポトーシスを誘導する方法。
(6)被検細胞が癌細胞である上記(4)又は(5)に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、アポトーシス誘導剤が提供される。本発明のアポトーシス誘導剤の成分であるラクトフェリンは、IGBP1に結合してPPA2の機能阻害を起こすことにより細胞のアポトーシスを誘導する。従って、本発明のラクトフェリンは、アポトーシス誘導剤として使用され、癌細胞の増殖抑制、癌治療などに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】外因性のウシラクトフェリン(bLf)が癌細胞の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導することを示す図である。
【図2】ウシラクトフェリン(bLf)-IGBP1-PP2Ac複合体はbLf-処理PC-14細胞中で形成され、bLfによるPP2A活性の阻害を示す図である。
【図3】bLfで処理したPC-14細胞株において、ウシラクトフェリン(bLf)-IGBP1複合体は核に局在するがLf-PP2Acは局在しないことを示す図である。
【図4】PC-14肺腺癌細胞株中のLfとIGBP1との間の相互作用を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.概要
本発明は、ラクトフェリンの細胞内における新規作用、すなわちラクトフェリンが免疫グロブリン結合タンパク質1(immunoglobulin (CD79A) binding protein 1: IGBP-1)と結合することにより脱リン酸化酵素であるプロテインホスファターゼ2A(protein phosphatase 2A:PP2A)の活性を抑えるという知見により完成されたものである。
【0016】
ラクトフェリン(Lf)はほ乳類の分泌物に存在する鉄結合蛋白質であり、宿主の防御因子、あるいは癌の予防に重要な役割を果たす。Lfは、ヒト又は他の動物の腫瘍細胞に対する抗腫瘍効果を含め、幾つかの生物学的機能を有する。In vitroでは、これらの機能はターゲットとなる細胞に発現するLfの受容体(LfRs)を介しており、LfRsの研究はLfとの結合の反応(速度)に焦点が向けられている。
【0017】
本発明においては、Lfが直接的に肺腺癌細胞株であるPC-14の増殖を抑制し、活性型のcaspase-3を介したアポトーシスを引き起こすことを示した。Lfは特異的に36-kDaの蛋白であるIGBP1と結合し、LfとIGBP1との結合蛋白は、PP2Aの触媒サブユニットであるPP2Acと相互作用する。
【0018】
Lfで処理したPC-14において、LfとIGBP1との複合体はPP2Aの脱リン酸酵素活性を抑え、PP2Aの基質であるBcl-2がリン酸化される。最終的にPC-14の増殖能は抑制され、アポトーシスが起こる。本発明者は、LfがIGBP1と結合し、細胞のアポトーシスを促進することを初めて示した。Lfのこのユニークな機能は、肺腺癌の治療や化学予防に応用することができる。
【0019】
プロテインアレイを用いた研究により、本発明者はヒトLfと69%の相同性を有するウシLf(bLf)を用いてLf特異的結合タンパク質の同定を試みた(Pierce A, Colavizza D, Benaissa M, et al. European journal of biochemistry / FEBS 1991;196(1):177-84.)。その結果、本発明者はPP2Aの基質であるPP2Acと結合する事が報告されているIGBP-1を、bLfと最も特異的に結合するタンパク質として同定した(Kong M, Ditsworth D, Lindsten T, Thompson CB. Mol Cell 2009;36(1):51-60.)。そして、本発明者は、PC-14細胞のPP2A活性がLf-IGBP1-PP2Ac結合物によって阻害され、bLf投与によって細胞死が起こることを示した。これらの結果は、多機能を有するタンパク質であるLfは、IGBP1とPP2Acとに結合することによって肺腺癌細胞株にアポトーシスを誘導することを示している。
Lfを処理することによって細胞にアポトーシスが誘導されるまで、本願発明によって明らかにされたLfの作用機構を図4に示す。
【0020】
図4において、細胞質中のPP2Aは脱リン酸化酵素であり、IGBP1との複合体を形成することにより活性体となっている。この活性体はミトコンドリアタンパク質であるBcl-2の脱リン酸化を担っており、脱リン酸化によりアポトーシスが抑制されている。
【0021】
ここで、Lfは、膜のLf受容体を介して、又はエンドサイトーシスにより細胞に入る。Lfが細胞質に取り込まれると、Lfは、PP2Acタンパク質に結合したIGBP1に結合することによりPP2AとIGBP1との結合を妨げ、Lf-IGBP1-PP2A複合体からLf-IGBP1複合体が離脱する。その結果、PP2Aの活性はダウンレギュレートし、Bcl-2の脱リン酸化を制御できなくなる。その結果、カスパーゼの前駆体(プロカスパーゼ)は活性型となり、ミトコンドリア関連アポトーシスを誘導する。その一方、PP2Ac/IGBP1複合体から離れたLf-IGBP1タンパク質は核に輸送され、P53-関連アポトーシスに寄与すると思われる。
このように、本発明は、LfがIGBP1に結合することによってPP2Aの活性を抑制し、アポトーシスを引き起こすという知見に基づいて完成されたものである。
【0022】
このアポトーシスは、Lfが被検細胞の細胞質中に存在するIGBP1に結合してPPA2の機能を阻害することにより生じることから、本発明はPPA2の機能を阻害する方法を提供する。この方法は、まず、被検細胞をLfで処理して該被検細胞の細胞質にLfを取り込ませる。次に、この取り込まれたLfを前記細胞質中に存在するIGBP1に結合させる。これにより、PPA2の脱リン酸化活性は抑制され、ミトコンドリアにおけるBcl-2のリン酸化が生じて被検細胞はアポトーシスを引き起こす。
【0023】
2.ラクトフェリン類
本発明においては、ラクトフェリン、ラクトフェリンの部分ペプチド、及びトランスフェリンからなる群より選択される少なくとも1つ(以下、「ラクトフェリン類」という)を使用することができる。
【0024】
本発明において使用されるラクトフェリン類の由来は特に限定されるものではなく、例えば、ヒト、ウシ、ヤギ、ヒツジ等に由来するものが挙げられる。これらのラクトフェリン類は市販のものを用いることができるが、上記動物から採取された乳又は脱脂乳などから精製してもよい。あるいは、ラクトフェリン類をコードする遺伝子を発現させて遺伝子工学的手法により生産することもできる。
各動物由来のラクトフェリンのアミノ酸配列、及びラクトフェリンをコードする遺伝子を以下に示す。
【0025】
(1)ラクトフェリン
【表1】

【0026】
(2)トランスフェリン
各動物由来のトランスフェリンのアミノ酸配列、及びトランスフェリンをコードする遺伝子の塩基配列を以下に示す。
【0027】
【表2】

【0028】
本発明において、ラクトフェリン類には金属を含有させてもよい。ラクトフェリン類中の金属は特に限定されず、例えば鉄、銅、亜鉛、マンガン等の金属でキレートさせて得られる金属飽和ラクトフェリンとすることもできる。また、ラクトフェリン類を塩酸やクエン酸等で脱鉄したアポ型であってもよい。
【0029】
本発明においては、上記ラクトフェリン又はトランスフェリンのほか、部分ペプチドも使用することができる。部分ペプチドとしては、ラクトフェリン又はトランスフェリンを酸又はプロテアーゼにより加水分解することによって得られたもの、遺伝子工学的手法を用いて部分ペプチドとして発現させたもの、あるいは化学合成装置により合成されたものなどが挙げられる。化学合成は、Fmoc法、tBoc法等の化学合成法により、あるいは、市販のペプチド合成機(Perkin Elmer社製、Applied Biosystems社製等)を利用して化学合成することもできる。
【0030】
また、本発明においては、上記アミノ酸配列を有するラクトフェリン又はトランスフェリンのほか、当該アミノ酸配列において1又は数個(例えば10個、好ましくは2〜5個)のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、IGBP1との結合活性を有する変異型ポリペプチドも、本発明において使用することができる。
【0031】
さらに、本発明においては、上記アミノ酸配列を有するラクトフェリン又はトランスフェリンのほか、当該アミノ酸配列と80%以上、90%以上、95%以上、98%以上又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、IGBP1との結合活性を有する変異型ポリペプチドも使用することができる。
【0032】
以下に、相互に置換可能なアミノ酸残基の例を示す。同一群に含まれるアミノ酸残基は相互に置換可能である。
正荷電アミノ酸(アルギニン、リジンまたはヒスチジン)
中性アミノ酸(アラニン、アスパラギン、システイン、グルタミン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン)
負荷電アミノ酸(アスパラギン酸またはグルタミン酸)
【0033】
上記変異型ポリペプチドは、該ポリペプチドをコードする遺伝子について、例えば部位特異的変異誘発法によって目的部位のアミノ酸残基が変異するように改変することによって得ることができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法や Gapped duplex法等の公知手法により、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばGeneTailorTM Site-Directed Mutagenesis System(Invitrogen社製)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等:タカラバイオ社製)を用いて行うことができる。
【0034】
また、上記変異型ポリペプチドは、配列番号1、3、5、7、9、11又は13に示す塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、IGBP1との結合活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドでもよい。
【0035】
「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド」とは、配列番号1、3、5、7、9、11若しくは13に示す塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号2、4、6、8、10、12若しくは14に示すアミノ酸配列をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドの全部又は一部をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法又はサザンハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるポリヌクレオチドをいう。ハイブリダイゼーションの方法としては、例えば、Sambrookら、Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001などに記載されている方法を利用することができる。
【0036】
「ストリンジェントな条件」とは、低〜高ストリンジェントな条件のいずれをも意味し、例えば、
(i)5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、32℃の条件、
(ii) 5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃の条件、
(iii) 5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、50℃の条件
などが挙げられる。
【0037】
これらの条件において、温度を上げるほど高い同一性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度等の複数の要素が考えられ、当業者であればこれらの要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
上記のような変異を有する塩基配列を適当な細胞で発現させ、アポトーシス誘導活性を調べることにより、ラクトフェリン又はその部分ペプチドと実質的に同一のタンパク質が得られる。
【0038】
変異型Lf類がIGBP1との結合活性を有するかどうかは、被検タンパク質とIGBP1とを混合して結合試験を行ない、免疫沈降法、ウエスタンブロット法などの手法によって結合活性を確認することができる。また、変異型ラクトフェリン又はトランスフェリン遺伝子を宿主細胞に導入し、該宿主細胞を適切な培養条件下でインキュベートして変異型タンパク質を産生させ、これにIGBP1を添加して結合試験を行なうことができる。
【0039】
これらの変異型ポリペプチドは、IGBP1と結合する限り、PPA2の活性を抑制して細胞にアポトーシスを引き起こすことが可能である。従って、変異型ポリペプチドを被検細胞と接触させた後、宿主細胞に含まれるアポトーシス細胞の量をフローサイトメトリーで解析して、アポトーシス細胞数を測定することにより確認するか、あるいはアポトーシスの指標となるカスパーゼの量、あるいはアポトーシスのイニシエーターの発現を測定ことができる。ここで「接触」させるとは、ラクトフェリン類が細胞に曝露されるように処理することを意味し、一般には、細胞培養物中にラクトフェリン類を添加すること、ラクトフェリンを含む培養培地中で細胞を培養することなどを意味する。
【0040】
3.ラクトフェリン類によるPP2A活性阻害試験
ラクトフェリン類がIGBP1との結合活性を有するかどうか、あるいはラクトフェリン類がPP2A活性を阻害するか否かについては、ラクトフェリン類と、IGBP1又はIGBP1含有細胞とを混合して両者の結合試験を行ない、免疫沈降法、ウエスタンブロット法などの手法によって結合活性を確認することができる。また、ラクトフェリン類の遺伝子を宿主細胞に導入し、該宿主細胞を適切な培養条件下でインキュベートしてラクトフェリン類を産生させ、これをIGBP1と接触させて結合試験を行なうことができる。
【0041】
これらのラクトフェリン類は、IGBP1と結合すれば、PPA2の活性を抑制してアポトーシスを引き起こすことが可能である。従って、アポトーシスが誘導されたことの確認は、ラクトフェリン類で被検細胞を処理してラクトフェリン類を被検細胞に接触させた後、被検細胞に含まれるアポトーシス細胞の量をフローサイトメトリーで解析して、アポトーシス細胞数を測定することにより確認する。あるいは、アポトーシスの指標となるカスパーゼの量を測定することもできる。ここで「接触」とは、前記と同様、ラクトフェリン類を細胞に曝露するように処理することを意味し、一般には、細胞培養物中にラクトフェリン類を添加すること、ラクトフェリン類を含む培養培地中で細胞を培養することなどを意味する。
【0042】
4.アポトーシス誘導剤
本発明のアポトーシス誘導剤は、ラクトフェリン類を含むものである。そして、ラクトフェリン類は、アポトーシス誘導用医薬組成物、癌などの細胞増殖性疾患治療用医薬組成物、あるいは、細胞のアポトーシス誘導用試薬として使用することができる。
【0043】
本発明の医薬組成物を癌の治療用に使用する場合は、癌の種類は特に限定されず、脳腫瘍、舌癌、咽頭癌、肺癌、乳癌、食道癌、胃癌、膵臓癌、胆道癌、胆嚢癌、十二指腸癌、大腸癌、肝癌、子宮癌、卵巣癌、前立腺癌、腎癌、膀胱癌、横紋筋肉腫、線維肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、皮膚癌、各種白血病(例えば急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、成人型T細胞白血病、悪性リンパ腫)等を対象として適用される。
【0044】
本発明に用いる被検細胞としては、特に限定されるものではないが細胞増殖性疾患に関与する細胞、好ましくは癌細胞である。癌細胞の種類は限定されるものではなく、上記癌に由来する細胞、樹立された癌細胞株などを使用することができる。
上記癌は、原発巣であっても、転移したものであっても、他の疾患と併発したものであってもよい。
【0045】
本発明の医薬組成物は、ラクトフェリン類が細胞内に取り込まれ、IGBP1と結合する形態で用いられる。この場合の形態は、経口、非経口投与のいずれでも可能である。経口投与の場合は、適当な剤型、例えば錠剤、丸剤、糖衣剤、カプセル、液剤、ゲル、シロップ、スラリー、懸濁物などがある。非経口投与の場合は、経肺剤型(例えばネフライザーなどを用いたもの)、経鼻投与剤型、経皮投与剤型(例えば軟膏、クリーム剤)、注射剤型等が挙げられる。注射剤型の場合は、例えば点滴等の静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射等により全身又は局部的に直接的又は間接的に患部に投与することができる。
【0046】
また、本発明の医薬組成物をリポソームなどのリン脂質小胞体に導入し、その小胞体を投与することも可能である。本発明の医薬組成物を保持させた小胞体をリポフェクション法により所定の細胞に導入し、得られる細胞を例えば静脈内、動脈内等から全身投与する。あるいは、脳等に局所投与することもできる。
【0047】
リポソームの製造方法は、ラクトフェリン類が保持されるものであれば特に限定されるものではなく、慣用の方法、例えば、逆相蒸発法(Szoka、Fら、Biochim. Biophys. Acta、Vol. 601 559 (1980))、エーテル注入法(Deamer、D.W.: Ann. N. Y. Acad. Sci., Vol.308 250 (1978))、界面活性剤法(Brunner、Jら:Biochim. Biophys. Acta, Vol. 455 322 (1976))等を用いて製造できる。
【0048】
本発明の医薬組成物は、常法に従って製剤化することができ、医薬的に許容されるキャリアーを含むものであってもよい。このようなキャリアーは添加物であってもよく、水、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、医薬添加物として許容される界面活性剤等が挙げられる。
【0049】
上記添加物は、本発明の医薬組成物の剤型に応じて上記の中から単独で又は適宜組み合わせて選ばれる。例えば、注射用製剤として使用する場合、精製されたラクトフェリン類又はその遺伝子を溶剤(例えば生理食塩水、緩衝液、ブドウ糖溶液等)に溶解し、これにTween80、Tween 20、ゼラチン、ヒト血清アルブミン等を加えたものを使用することができる。あるいは、使用前に溶解する剤形とするために凍結乾燥したものであってもよい。凍結乾燥用賦形剤としては、例えば以下のものが挙げられる。すなわち、マンニトール、ブドウ糖、ラクトース、スクロース、マンニトール、ソルビトール等の糖類、トウモロコシ、コムギ、イネ、ジャガイモまたは他の植物由来のデンプン等のデンプン、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース又はカルボキシメチルセルロースナトリウム等のセルロース、アラビアゴム、トラガカントゴム等のゴム、ゼラチン、コラーゲン等などである。
所望により、架橋されたポリビニルピロリドン、寒天、アルギン酸又はその塩(例えば、アルギン酸ナトリウム)等の崩壊剤又は可溶化剤を使用することができる。
【0050】
本発明の医薬組成物の投与量は、年齢、性別、症状、投与経路、投与回数、剤型によって異なる。投与方法は、患者の年齢、症状により適宜選択する。有効投与量は、疾患の徴候又は状態を軽減する量である。医薬組成物の治療効果は、細胞培養又は実験動物における標準的な薬学的手順、例えばED50(集団の50%において治療的に有効な用量)、あるいはLD50(集団の50%に対して致死的である用量)によって決定することができる。
【0051】
治療効果と毒性効果との間の用量比は治療係数であり、ED50/LD50として表すことができる。本発明の医薬組成物の投与量は、例えば、成人(60kg)一日あたり0.1〜10000 mg、好ましくは1〜5000 mgである。但し、上記治療剤はこれらの投与量に制限されるものではない。
【0052】
ラクトフェリン類を、アポトーシス誘導用試薬、IGBP1との結合試験用試薬として使用する場合は、ラクトフェリン類のほかに、緩衝液、細胞培養液、Lfに対する抗体、IGBP1に対する抗体、PP2Aに対する抗体、蛍光色素などから選ばれる少なくとも1つを含むキットの形態とすることができる。キットには、アポトーシス誘導を試験する方法、IGBP1との結合を試験する方法などが記載された使用説明書を同封することもできる。
【0053】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0054】
1.材料と方法
試薬
ウシLf(bLf)タンパク質粉末(純度:HPLCで総タンパク量の99.8%、エンドトキシン:0.063μg/g bLF、鉄含有量:0.113mg/g bLf)を、森永乳業株式会社より入手した。ペルオキシダーゼ結合Lf抗体(MPBio社)、ヤギ抗Lf抗体(Santa Cruz Biotechnology社)、カスパーゼ−3、切断されたカスパーゼ−3抗体(Cell Signaling Technology社)、IGBP1抗体(Sigma-Aldrich社)、及びホスフォ-Bcl-2抗体(Cell Signaling Technology社)を、推奨される希釈度で使用して、免疫ブロット分析、免疫組織化学分析及び蛍光分析を行った。抗Lfポリクローナル抗体(Thermo Fisher Scientific社)及び抗PP2Acサブユニットモノクローナル抗体(Millipore社)を、免疫共沈降のために使用した。
【0055】
細胞株
本実施例では、以下の7つの不死化肺癌細胞株を使用した。
A549(Giard DJ, et al. Journal of the National Cancer Institute 1973;51(5):1417-23);Calu-3(Fogh J, et al. Journal of the National Cancer Institute 1977;58(2):209-14);PC-14(理研Cell Bank);RERF-LC-KJ(Teraoka S, et al. Jpn J Cancer Res 1995;86(5):419-23);NCI-H23(Gazdar AF, et al. Cancer research 1990;50(17):5488-96.);LC-2/ad(Kataoka H, et al. Acta pathologica japonica 1993;43(10):566-73.);及びPL16T(Shimada A, et al. Cancer science 2005;96(10):668-75.)。
【0056】
PL16Tは、異型腺腫様過形成(AAH)由来のものである。PC-14、RERF-LC-KJ及びNCI-H23は、RPMI-1640(Invitrogen社)において増殖させたものである。A549は、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM):栄養混合物F-12(DMEM/F-12)(Invitrogen社)において培養したものである。Calu-3は、最小必須培地アルファ(MEM-アルファ)(Invitrogen社)において培養したものである。LC-2/adは、HamF12:RPMI1640(=1:1)に25mM HEPESをプラスしたもので培養したものである。これらの培地は、全て10%ウシ胎仔血清を含有する。
【0057】
増殖能アッセイ
各細胞株は、96ウェルプレートの12ウェルにおいて、1×104個の細胞/ウェル中、1.25μM bLfタンパク質有り、または無しで増殖させた。全て、37℃で72時間、5% CO2加湿雰囲気下で培養した。相対細胞数は、WST-1((4-[3-(4-ヨードフェニル)-2H-5-テトラゾリオ])-1,3-ベンゼン-ジスルフォネート)アッセイ(F. Hoffmann-La Roche社)によって決定した。WST-1から切断されていて培養培地中に存在するホルマザンの吸光度を、酵素免疫測定法(ELISA)のプレートリーダー(Varioskan、Thermo Electron社)を使用して、460nmの波長および610nmの参照波長において測定した。WST-1アッセイはまた、bLFタンパク質の様々な濃度におけるPC-14細胞の増殖を評価するためにも行った(0μM、0.625μM、1.25μM、2.5μM、5μM、10μM)。
【0058】
RT-PCR, real-time RT-PCR
逆転写PCR(RT-PCR)用に、細胞を10cmディッシュ上で培養し、80%の集密度(confluence)まで増殖させた。次に、同量の細胞を、bLf(1.25μM)で72時間処理した。RNeasy Plus Mini Kit(QIAGEN社)を用いて、製造者の指示に従ってRNAを抽出し、サンプルを、使用するまで-70℃で保管した。Agilent 2100 Bioanalyzer(Agilent Technologies社)を用いてRNAの品質を測定した。RNAのサンプル1μgを用い、TaKaRa Exscript(登録商標) RT Reagent Kit(Perfect Real Time、タカラバイオ社)を使用して、cDNA合成を行った。リアルタイム逆転写PCRを用い、SYBR Green Iメソッド及びGene Amp 7300リアルタイムPCRシステム(Life Technologies社)に基づいて、APAF-1遺伝子の発現を評価した。
【0059】
PCRプライマーはタカラバイオ社から購入した。プライマーの配列は以下の通りである。
APAF-1-F:GTCATCATCTTCTCTTAGCC(配列番号15)
APAF-1-R:CCTTGCACCATCAGCAGACC(配列番号16)
標的cDNA分子の数を、コントロールとしてのグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼcDNA分子の数まで標準化した。
【0060】
蛋白マイクロアレイ
ヒトタンパク質とLfのインビトロでの相互作用を分析するために、フィルジェン株式会社が提供するプロトアレイ(ProtoArray(登録商標) Human Protein Microarray 5.0版(Invitrogen社))を利用した。
【0061】
bLfタンパク質を、ビオチン-XX スルホスクシニミジルエステルを用いてビオチニル化した。8295種類のヒトタンパク質を含有するプロトアレイに、30マイクログラムのビオチニル化bLfを塗布し、インキュベーションを2時間行った。スキャン後、Array-Pro Analyzer(登録商標)4.5版ソフトウェアパッケージ(Media Cybernetics社)を使用してアレイを分析した。
【0062】
免疫沈降法
濃度1.25μMのbLfでPC-14細胞を処理した。72時間増殖させた後、免疫沈降緩衝液(プロテアーゼ及びホスファターゼ阻害剤(Sigma-Aldrich社)を含有する、20mM Tris・HCl pH 8.0/0.5M NaCl/5mM MgCl2/0.5% Triton X-100)中で細胞を溶解した。超音波処理後、10,000×gで10分間遠心分離し、溶解物を清澄にした。ProFound Mammalian Co-Immunoprecipitation kit(共免疫沈降用キット)(Thermo Fisher Scientific社)を使用して、免疫沈降アッセイを行った。
【0063】
要約すると、清澄にした溶解物を、コントロールゲル成分を用いて4℃で一晩インキュベーションすることによりプレクリアしてから、ゲル固定化抗Lf抗体を用いて室温で4時間インキュベーションを行った。免疫沈降物を、免疫沈降緩衝液で4回、減塩免疫沈降緩衝液(125mM NaCl)で1回洗浄してから溶出を行った。
ウエスタンブロット法を用いて、精製したタンパク質を分析した。
【0064】
Western Blotting
プロテアーゼ及びホスファターゼ阻害剤(Sigma)を含有するImmunoprecipitation Lysis/Wash Buffer(免疫沈降溶解/洗浄緩衝液)(Thermo Fisher Scientific社)中で、PC-14細胞を溶解した。同量の細胞溶解物タンパク質またはCO-IP精製タンパク質をSDS-PAGEによって分離し、二フッ化ポリビニリデン膜(Invitrogen社)上に電気ブロットした。ブロッキング後、Lf、カスパーゼ−3/切断型カスパーゼ−3、IGBP1及びPP2Acサブユニットに対する一次抗体を用いて、該膜をプローブした。抗マウスまたは抗ウサギIgGを用いたインキュベーション後、SuperSignal West DuraまたはFemot Extended Duration Substrate(Thermo Fisher Scientific社)を用いて、西洋ワサビペルオキシダーゼ結合二次抗体(Thermo Fisher Scientific社)及び抗原抗体複合体を視覚化した。画像は、画像分析器(LAS3000、富士フィルム)で取り込んだ。
【0065】
免疫染色、免疫蛍光染色
コラーゲンで被覆したチャンバースライド(Iwaki Biosciences)上でPC-14細胞を培養し、メタノール中に固定した。ブロッキング後に免疫組織化学的染色を行うために、ペルオキシダーゼ結合抗Lf抗体を用いて細胞及び組織のインキュベーションを行った。液体DABプラス基質発色システム(liquid DAB plus substrate chromogen system)(Dako社)を使用して、Lfシグナルを視覚化した。免疫蛍光分析のために、抗Lf(1:50)プラス抗IGBP1(1:500)抗体または抗Lf(1:50)プラス抗PP2Ac抗体を用い、4℃で一晩、PC-14細胞のインキュベーションを行った。Alexa Fluor 488標識された二次抗体(1:1,000、Molecular Probes社)を用いたインキュベーション後、4,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI、Vector Laboratories社)を用いて細胞核の対比染色を行い、蛍光顕微鏡(BIOREVO BZ-9000、株式会社キーエンス)を用いて分析した。
【0066】
セリン/スレオニン リン酸酵素アッセイ
セイシステム(Promega社)を用い、様々な濃度のbLfにおけるタンパク質ホスファターゼ2A活性を分析した。
【0067】
1グラムのPC-14細胞を、3mlのホスファターゼ保存緩衝液(10mM Tris pH7.5、1mM EDTA、0.02%アジ化ナトリウム)において均質化し、100,000×g、4℃で1時間の遠心分離にかけ、粒子状物質を除去した。Sephadex(登録商標)を用いて細胞溶解物中の内因性リン酸塩を除去した後、複数の酵素サンプルの混合物、ホスファターゼ基質、PPase-2A 5×反応緩衝液(250mMイミダゾール pH7.2、1mM EGTA、0.1%β-メルカプトエタノール、0.5mg/ml BSA)、及び様々な濃度のbLfタンパク質またはPP2A阻害剤を、30℃で30分インキュベーションした。そして、Molybdate Dyeを用いて反応を止め、600nmのフィルターを備えたプレートリーダーを用いて、各サンプルの光学濃度を読み取った。
【0068】
2.結果
結果を図1〜3に示した。
図1は、外因性のウシラクトフェリン(bLf)が癌細胞の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導することを示す図であり、各パネルの説明は以下の通りである。
【0069】
A) WST-1アッセイを行ない、A549, PC-14, RERF-LC-KJ, NCI-H23, LC-2/ad, Calu-3及びPL16T細胞株の生存性及び増殖速度に対するbLfの効果を調べた。すべての細胞株を1.25μM bLfタンパク質で72時間処理した。データは、対照値(bLfなし)の割合として表した。* P<0.05(対照との比較)
B) bLfの異なる濃度におけるPC-14細胞株の増殖に対する効果。PC-14細胞を異なる濃度(0μM, 0.625μM, 1.25μM, 2.5μM, 5.0μM, 10μM)で72時間処理した。データは、対照(0μM bLf)の割合として表した。* P<0.05, ** P<0.001 (対照との比較)
C) 上パネル;リアルタイムRT-PCRによるPC-14細胞株におけるbLfがアップレギュレートされたAPAF-1発現の解析。棒グラフは二重測定を示している。バーはSD、*はP<0.05
中央パネル;bLf処理及び未処理PC-14細胞におけるカスパーゼ-3及び活性型カスパーゼ-3のウエスタンブロット検出を示す。
下パネル;bLf処理及び未処理PC-14細胞の光学顕微鏡像。
D) Lfのタンパク質レベル及び細胞内局在。左パネル;Lf処理及び未処理PC-14細胞におけるLfのウエスタンブロット検出。右パネル;PC-14細胞をbLfで72時間処理し、免疫組織染色を行なった。
図2は、ウシラクトフェリン(bLf)-IGBP1-PP2Ac複合体はbLf-処理PC-14細胞中で形成され、bLfによるPP2A活性の阻害を示す図であり、各パネルの説明は以下の通りである。
【0070】
A) 左パネルは、各濃度のbLfで処理したPC-14細胞中のbLf、IGBP1及びPP2Acレベルのウエスタンブロット解析結果を示す。
中央パネルは、各濃度のbLfで処理したPC-14細胞から、Lf-特異的抗体を用いて得られた共免疫沈降物を示す。当該沈降物を、Lf特異的抗体、IGBP1特異的抗体又はPP2Ac特異的抗体を用いて、ウエスタンブロットアッセイにより解析した。
右パネルは、各濃度のbLfで処理したPC-14細胞から、PP2Ac-特異的抗体を用いて得られた共免疫沈降物を示す。当該沈降物を、Lf特異的抗体、IGBP1特異的抗体又はPP2Ac特異的抗体を用いて、ウエスタンブロットアッセイにより解析した。
【0071】
B) 遊離リン酸を除去するためにSephadex(登録商標) G-25スピンカラム(Promega)を一度通したPC-14細胞溶解物(250μl)のプロテインホスファターゼ活性アッセイにより得られたデータである。サンプルを基質(100μM Ser/Thrホスホペプチド)、bLfタンパク質(0μM, 5μM, 50μM, 250μM, 500μM)、及びオカダ酸(10nM, 50nM)とともに30分インキュベートした。PP2Aホスファターゼ活性は、オカダ酸による阻害と同様にbLfタンパク質により阻害された。
【0072】
C) bLf処理又は未処理PC-14細胞における、Bcl-2のリン酸化についての免疫蛍光染色。核はDAPI染色で可視化される。
図3は、bLfで処理したPC-14細胞株において、ウシラクトフェリン(bLf)-IGBP1複合体は核に局在するがLf-PP2Acは局在しないことを示す図であり、各パネルの説明は以下の通りである。
【0073】
A) bLf(0μM, 1.25μM)を処理して72時間後、PC-14細胞を固定して、Lf及びIGBP1特異的抗体を用いた二重免疫蛍光染色を行なった。緑色の蛍光は、外から適用したLfタンパク質の局在を示す。赤色の蛍光は、IGBP1の局在を示す。核はDAPI染色により可視化される。
【0074】
B) 上記A)と同様に、bLf(0μM, 1.25μM)を処理して72時間後、PC-14細胞を固定して、Lf及びPP2Ac特異的抗体を用いた二重免疫蛍光染色を行なった。緑色の蛍光は、外から適用したbLfタンパク質の局在を示す。赤色の蛍光は、PP2Acの局在を示す。核はDAPI染色により可視化される。
以下、結果について詳細に説明する。
【0075】
2−1.ラクトフェリンは癌細胞株の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導する。
癌細胞株に対するLfの作用を調べる為に7つの肺癌細胞株についてbLf蛋白で処理した。7種類の細胞株のうち、A549, PC-14, Calu-3の3つの細胞株(3/7, 42.8%)で有意な増殖の抑制を認めた(図1A)。
この細胞増殖抑制効果がLfの濃度依存性かどうかについてPC-14株を様々な濃度のLfで処理し、wst-1吸収値を用いて解析した。
その結果、PC-14細胞の細胞増殖能は、処理するbLfの濃度を0.625μM, 1.25μM, 2.5μM, 5μM, 10μMに段階的に増量して非処理細胞と比較すると、濃度依存性に抑制された(図1B)。
【0076】
bLfによる細胞増殖能の抑制がアポトーシスによるものかどうかを解析するためにアポトーシスのイニシエーターであるapoptosis protease-activating factor-1 (Apaf-1)の発現をreal-time RT-PCR法で解析した(Campioni M, Santini D, Tonini G, et al. Experimental dermatology 2005;14(11):811-8.)。bLfで処理したPC-14におけるApaf-1の発現は有意に上昇した(図1C)。さらに我々はアポトーシスの決定的なメディエイターである活性化caspase-3の発現をwestern blot 法を用いて解析した。多くのアポトーシス関連死において32-kDaのcaspase-3の前駆体は約20, 19, 17-kDaの活性化断片に分割される(Porter AG, Janicke RU. Cell death and differentiation 1999;6(2):99-104.)。非活性型のcaspase-3が非処理のPC-14細胞に認められ、bLfで処理することによって活性化型のcaspase-3が出現した(図1C)。図 1Cに示すようにコラーゲンでコートした培養シャーレ上に播種して72時間後bLfで処理したPC-4細胞は細胞の重なりが見られず、bLf非処理コンとロールに比べて有意に細胞密度が減少していた。
以上の結果はbLfがPC-14細胞にアポトーシスを誘導して、PC-14の増殖能を抑制していることを示している。
【0077】
2−2. PC-14細胞におけるbLfの取り込み
PC-14細胞は最も一般的なLfRであるSI-LfRを発現していない。そこで外因性のbLfがPC-14細胞の胞体内に直接移行するかどうかを確認するために、bLfの処理前後におけるPC-14細胞内のbLf量をwestern blotting法と免疫染色法で解析した。bLf処理群も非処理群も同様に解析前にPBSで3回洗浄した。
図1Dが示すように、bLf存在下で72時間培養すると、western blotting法でもLfに対する免疫染色法でも胞体内にbLfの存在が確認された。bLfの受容体はまだ明らかではないが、これらの結果は外因性のbLfはPC-14細胞の胞体内に移行し、アポトーシスを誘導していることを示している。
【0078】
2−3.ラクトフェリンはOGBP-1と結合してPP2Aの活性を制御している。
bLfによって誘導されるアポトーシスの分子機構を研究するために、bLfをプローブとしてプロテインマイクロアレイを行い、Lfと結合する性質を有する主たるタンパク質に着目した(ProtoArray Human Protein Microarray v5.0 Invitrogen)。ProtArray Human Protein Microarrayを用いるとタンパク質プローブに適切な標識を行って迅速で効率の良いタンパク質間の相互作用を検出することができる。この方法を用いて、bLfと結合する258のヒトタンパク質が同定された(表1)。
【0079】
【表3】

【0080】
表1は、プロテインマイクロアレイを用いたLf-結合タンパク質の同定結果を示すものである。Protoarray(登録商標)をビオチニル化bLfタンパク質とともにインキュベートし、GenePix 4000B(登録商標)スキャナー(Molecular Devices)でスキャンした。プロトアレイイメージは、Array-Pro Analyzer(登録商標) Ver. 4.5(Media Cybernetics, Inc.)を用いて解析し、すべてのスポットについて蛍光強度を測定した。
【0081】
その中で、immunoglobulin (CD79A) binding protein 1 (IGBP1)がLfと最も結合親和性が高かった。IGBP1は哺乳類において種々の蛋白リン酸酵素(PP2A, PP4, PP6)の触媒サブユニットである(Murata K, Wu J, Brautigan DL. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America1997;94(20):10624-9; Chen J, Peterson RT, Schreiber SL. Biochemical and biophysical research communications 1998;247(3):827-32.)。LfとIGBP1とPP2Acとの間の関連を調べる目的でbLfで処理したPC-14から抽出したタンパク質からLfと親和性のあるbLF結合タンパク質を免疫沈降させ、その後抗Lf抗体、抗IGBP1抗体、そして抗PP2Ac抗体を用いてwestern blotting法を行った。
【0082】
図 2Aで示すように、bLfで処理したPC-14細胞の総タンパク質で解析すると、処理したLfの濃度に比例してIGBP1の発現は亢進していたのに対し、PP2Acの発現には有意な変化が見られなかった。抗Lf抗体を用いた免疫沈降後、bLfで処理したPC-14細胞の抽出タンパク質の中でbLfに結合するタンパク質をwestern blottingして抗Lf抗体、抗IGBP1抗体、抗PP2Ac抗体を用いて解析した。
【0083】
図2Aに示すようにIGBP1とPP2AcはともにbLfと結合していることが明らかになった。bLF、IGBP1,そしてPP2Acの間の結合親和性を調べるために、今度は抗PP2Ac抗体を用いて免疫沈降法を行った。
図2Aに示すようにLfとPP2Acとの結合は見られなかったが、大量のPP2AcがIGBP1と結合していた。
これらの結果はProtoArrayの結果と合致している。なぜならPP2AcはProtoArrayの解析でbLfと結合するタンパク質として同定されなかったからである。
【0084】
上記の結果はbLf-IGBP1結合タンパク質はPP2Aリン酸酵素の活性を制御している可能性があり、それはIGBP1の量に依存していないことが考えられる。PP2Aは成長、分化、アポトーシスにおいて鍵となる制御機能を有する細胞性のリン酸酵素である(Janssens V, Goris J. The Biochemical journal 2001;353(Pt 3):417-39.)。PP2Aの活性を抑制するとp53(Mi J, Bolesta E, Brautigan DL, Larner JM. Mol Cancer Ther 2009;8(1):135-40.)のリン酸化と関係して、あるいはその他のアポトーシス関連タンパク質(Ray RM, Bhattacharya S, Johnson LR. The Journal of biological chemistry 2005;280(35):31091-100; Boudreau RT, Conrad DM, Hoskin DW. Cellular signalling 2007;19(1):139-51; Schweyer S, Bachem A, Bremmer F, et al. The Journal of pathology 2007;213(1):72-81)と関連して、細胞のアポトーシスを誘導するという幾つかの報告がある。
【0085】
PP2Aのリン酸酵素活性に対するLfの影響を調べるためにセリン/スレオニンリン酸酵素活性分析を行った。図2Bに示すようにPP2A活性は0.25mMから0.5mMのbLfの濃度で有意に阻害された。
【0086】
2−4.ラクトフェリンは脱リン酸化経路を介してアポトーシスを誘導する
Lf誘導性のアポトーシスにはBcl-2のリン酸化が関与しているという報告がある(Lee SH, Park SW, Pyo CW, Yoo NK, Kim J, Choi SY. Biochimie 2009;91(1):102-8.)。Bcl-2は種々の状態でアポトーシスを抑制する機能を持つミトコンドリアタンパク質であり、一般的なPP2Aの基質である(Simizu S, Tamura Y, Osada H. Cancer science 2004;95(3):266-70.)。Bcl-2はPP2Aによって脱リン酸化されその結果アポトーシス抵抗性になる(Simizu S, Tamura Y, Osada H. Cancer science 2004;95(3):266-70)。脱リン酸酵素特異的阻害剤であるOkada酸でPP2Aを阻害するとBcl-2がリン酸化されることによって不活性化することが考えられる(Singh RK, Gutman M, Bucana CD, Sanchez R, Llansa N, Fidler IJ. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 1995;92(10):4562-6.)。
【0087】
Lf誘導性アポトーシスがPP2A-Bcl-2経路に含まれることを調べるためにリン酸化Bcl-2蛋白に対する免疫蛍光染色を行った。
PC-14細胞をbLfで24時間処理し、蛍光染色のために固定した。図2C (Column 1)で赤色蛍光のみが検出されているが、これはリン酸化Bcl-2蛋白の局在を示している。Column IIはDAPIによる核染色を示している。Column IIIはcolumn IとIIの融合したものである。bLfで処理したPC-14においてアポトーシスの初期の細胞(赤の矢印)にはリン酸化Bcl-2シグナルが認められ、アポトーシスの後期の細胞(白の矢印)には核の凝縮が認められ、リン酸化Bcl-2は認められない。しかし、bLf未処理のPC-14細胞にはリン酸化Bcl-2のシグナルは検出されなかった。
【0088】
2−5.ラクトフェリンとIGBP1蛋白の複合物の核局在
bLfで処理したPC-14細胞におけるbLf、IGBP1そしてPP2Acの局在と相互関係を調べるために蛍光免疫染色を行った(図3)。図3 (Column I)は緑の蛍光のみが検出されているのは外因性のbLfタンパク質の局在が示されている。bLfで処理されたPC-14細胞には明らかに蛍光を認めるがコントロール(bLf未処理細胞)には認められない。Column IIは赤の蛍光のみで検出されているのは内因性のIGBP1(A)とPP2Ac(B)である。Column IIIは核を示している。そしてColumn IVはColumn I, II, IIIを融合したものである。
【0089】
bLfとIGBP1の融合シグナルは細胞質にも核にも認められた(図3A merged)。PP2Acに関しては赤の蛍光はLfで処理した細胞にもコントロールの細胞にもその細胞質に検出された。bLf処理細胞もコントロール細胞もその核内にはPP2Acをほとんど認めなかった(図3B merged)。これらの結果は2つの新しい発見を示唆している。1つ目はLfで処理すると、Lf-IGBP1複合蛋白は細胞質ばかりでなく、核内にも存在する。2つ目は、PP2AcはLfで処理した後、もっぱら細胞質内に存在する(図3B merged)。
【0090】
2−6.考察
Lfは種々の感染や悪性腫瘍に対して宿主抵抗性機能に関係していることが報告されてきた。動物実験では経口投与したLfが頭頸部の扁平上皮癌に対してT細胞による抑制機能があることが報告され、in vivoの研究でLfはアポトーシスを誘導し(Gonzalez-Chavez SA, Arevalo-Gallegos S, Rascon-Cruz Q. International journal of antimicrobial agents 2009;33(4):301 e1-8.)、腫瘍の増殖を阻止することが報告されている(Pierce A, Legrand D, Mazurier J. Med Sci (Paris) 2009;25(4):361-9.)。しかしLfの抗増殖作用について種々の作用機構が提唱されているが、最終的に証明されたものはない。たとえば、LfはMK細胞を調節し(Damiens E, Mazurier J, el Yazidi I, et al. Biochimica et biophysica acta 1998;1402(3):277-87.)、G1タンパク質の発現を調節し(Damiens E, El Yazidi I, Mazurier J, Duthille I, Spik G, Boilly-Marer Y. Journal of cellular biochemistry 1999;74(3):486-98.)、VEGFの関与する血管増生を阻害し、アポトーシスを助長する(Brock JH. Biochem Cell Biol 2002;80(1):1-6.)、などの報告が多数ある。しかし、これらはLfの鉄結合性能について関係づけた報告ではない。したがって、Lfの複数の生物学的効果は標的細胞や特異的な受容体の存在に依存している。
【0091】
過去の報告は小腸、肝、単球、リンパ球、血小板、線維芽細胞、骨、あるいは脳を含む種々の細胞や組織における幾つかの哺乳類のLfの受容体についても明らかにしている(Suzuki YA, Lonnerdal B. Biochem Cell Biol 2002;80(1):75-80.)。本発明者らはLfの直接的な抗腫瘍効果の分子機構について研究した。図1に示すようにbLfは濃度依存性に肺癌細胞株の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導した。
本研究のprotoarray解析ではLfと結合性のある250以上の蛋白が同定されているので、新しい細胞膜受容体タンパク質がその中に含まれている可能性がある。
【0092】
LfがPC-14細胞の中に入ると、Lfはprotoarray解析でbLfと最も高い結合性を示していたIGBP1タンパク質と結合する。IGBP1は蛋白リン酸酵素2A(PP2A)の触媒サブユニット(PP2Ac)と結合してPP2Aを制御するのに必須なタンパク質である(Kong M, Ditsworth D, Mol Cell 2009;36(1):51-60.)。
【0093】
過去の報告によれば、IGBP1が無くなるとPP2Aの脱リン酸化能が低下し、PP2Aの基質のリン酸化が起こり、その結果アポトーシスが進行する(Kong M, Fox CJ, Mu J, et al. Science (New York, NY 2004;306(5696):695-8.)。IGBP1の欠失とは反対にIGBP1の過剰発現はPP2Acの蛋白除去を起こさせないことでその発現を促進し、PP2Acの脱リン酸化能を上昇させる(Kong M, Ditsworth D, Lindsten T, Thompson CB. Mol Cell 2009;36(1):51-60.)。
【0094】
本発明者らはLfがIGBP1を介してPP2Acと結合してPP2Aの脱リン酸化能を抑制することを示した(図1C, 図2C)。その結果、Bcl-2はリン酸化されPC-14細胞のアポトーシスを引き起こした(図1C, 図2C)。さらにIGBP1遺伝子の発現が亢進したが、PP2Acの発現は亢進していなかった(図2A)。PP2AcとIGBP1複合体の増量が認められた(図2A)。これらの結果はLfがIGBP1と結合してPP2Aの機能を制御しており、その制御機構はIGBP1やPP2Aの発現レベルに依存しないことを示している。
【0095】
一方で、免疫抑制剤であるラパマイシンで治療するとリンパ球増殖能を抑えると同時にPP2Acとalpha4 (IGBP1)との関係を阻害することが報告されている(Inui S, Sanjo H, Maeda K, Yamamoto H, Miyamoto E, Sakaguchi N. Blood 1998;92(2):539-46.)。本発明者らの蛍光免疫染色で、bLfで処理したPC-14細胞の核にLfとIGBP1が同じ局在を認めることを示したが、PP2Acは核内に認められなかった(図3A)。
【0096】
IGBP1は細胞骨格蛋白で細胞質内に発現しており、Lf投与によってPC-14の核内に移入したと考えられる。これらの結果は、外来性のLfは細胞質内でIGBP1と結合し、ラパマイシンと同様にPP2AcとIGBP1との結合を阻害し、そのためにPP2Aの機能を低下させ、アポトーシスを起こさせることを示している。
【0097】
Lf-IGBP1複合体はPP2Ac-IGBP1複合体を解離させ、核内に移行し、Lfの他の機能を発揮していると考えられる。Lfは癌細胞の核を標的とし、核タンパク質である小核素と結合して乳がん細胞株のMDA-MB-231の増殖を抑制することが報告されている(Legrand D, Vigie K, Said EA, et al. European journal of biochemistry / FEBS 2004;271(2):303-17.)。
【0098】
これらの知見を総合すると、IGBP1はLfと結合してPP2Aの脱リン酸化能を阻害するという機能のみでなく、Lfタンパク質とともに癌細胞の核を標的としたプロアポトーシス機能にも関与していることを示している。
結論として、本発明者らは初めてLfと結合するタンパク質であるIGBP1を同定した。IGBP1はLfによるアポトーシス誘導機能に関与し、肺腺癌細胞株内の核結合にも関係している。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明により、ラクトフェリンを含むアポトーシス誘導剤が提供される。本発明の誘導剤は、IGBP1との結合を介してPP2Aの脱リン酸化能を阻害することによりアポトーシスを引き起こすことができる。本発明の誘導剤は、例えば癌細胞の増殖や転移の抑制剤、又は細菌やウイルスの増殖抑制剤(抗菌剤、抗ウイルス剤)として有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0100】
配列番号15:合成DNA
配列番号16:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトフェリンを含むアポトーシス誘導剤。
【請求項2】
アポトーシスの誘導は、ラクトフェリンが被検細胞の細胞質中に存在する免疫グロブリン結合タンパク質1に結合してプロテインホスファターゼ2の機能を阻害することによるものである請求項1に記載の誘導剤。
【請求項3】
ラクトフェリンを含む、プロテインホスファターゼ2の機能阻害剤。
【請求項4】
被検細胞をラクトフェリンで処理して該被検細胞の細胞質にラクトフェリンを取り込ませ、この取り込まれたラクトフェリンを前記細胞質中に存在する免疫グロブリン結合タンパク質1に結合させることを特徴とする、プロテインホスファターゼ2の機能を阻害する方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法によりプロテインホスファターゼ2の機能を阻害することを特徴とする、被検細胞にアポトーシスを誘導する方法。
【請求項6】
被検細胞が癌細胞である請求項4又は5に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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