説明

リード加工方法、ハーモニカおよび鍵盤ハーモニカ

【課題】 手作業の調律の問題を解消すること。
【解決手段】
ハーモニカや鍵盤ハーモニカのリード加工方法において、前記リードの材質は、銅合金からなり、前記リードに空気や不活性ガスを吹付けながら、波長が600nm以下のレーザー光線を照射して、前記リードの表面に溶融・蒸発部を形成することで所定の音程となるように調律する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、リード加工方法、ハーモニカおよび鍵盤ハーモニカに関し、特に、レーザー光線を利用してリードを調律加工する方法であって、かつ、このような調律加工方法により所定の音程に調律されたリードを用いるハーモニカおよび鍵盤ハーモニカに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハーモニカの基本構造は、例えば、特許文献1に開示されているように、複数の音孔が並列状態に設けられたハーモニカ本体と、前記ハーモニカ本体の上下面に配置され、前記音孔に個別に連通する貫通孔を有する一対のリード保持プレートと、先端側を自由端として基端側を固定端とするようにして、前記リード保持プレートの前記貫通孔に対し、振動に適した位置に配置される複数のリードと、前記リード保持プレートの上方に配置される一対のカバーとを備えた構造が知られている。
【0003】
複数の音孔に配置されたリードは、吸音と吹き音のいずれかで振動して、所定の音階の音が発生するようになっている。各リードは、所定の音階の音が発生するように、調律加工される。
【0004】
この調律加工方法は、従来から、手作業によりリードの一部をヤスリやキサゲにより削り取ることで行われていた。ところが、手作業による調律では、リードをヘラなどにより起こした状態で固定する必要があり、熟練を要するとともに、時間がかかる作業であった。
【0005】
また、ヤスリなどによる削り取り作業では、リードの周囲にバリが発生することがあり、それをそのまま放置すると、これが支持プレートに接触して音が鳴らなかったり音質が変化するので、バリの除去が必要になるという課題があった。
【0006】
ところで、特許文献2には、オルゴールのリードを調律する際に、リード先端に、リードヘッドを取り付け、リードヘッドの高比重樹脂で形成した錘部を、レーザー光線で溶解除去する調律加工方法が提案されている。
【0007】
この特許文献2に提案されている調律加工方法をハーモニカのリードの調律加工に適用すると、上述した手作業による調律の課題の解決が期待される。しかしながら、特許文献2に提案されている調律加工方法をハーモニカのリードに適用するには、以下に示す技術的な課題があった。
【0008】
【特許文献1】特開2000−66662号公報
【特許文献2】特開2006−3386号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
すなわち、特許文献2に提案されている調律加工では、高比重樹脂製の錘部を溶解除去するものであり、これをそのままリン青銅や真鍮などの銅合金を構成材料とするハーモニカのほぼ平板状に形成されたリードに適用することができない。
【0010】
本発明は、このような従来の問題点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、手作業による調律の種々の問題を解決し、ハーモニカおよび鍵盤ハーモニカのリードの調律加工に適したレーザー光線を用いる加工方法であって、かつ、このような調律加工方法で音程が調律されたリードを備えたハーモニカおよび鍵盤ハーモニカを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明は、ハーモニカや鍵盤ハーモニカのリード加工方法において、前記リードの材質は、銅合金からなり、前記リードに空気や不活性ガスを吹付けながら、波長が600nm以下のレーザー光線を照射して、前記リードの表面に溶融・蒸発部を形成することで所定の音程となるよう調律するようにした。
【0012】
このように構成したリード加工方法によれば、リードの構成材料が、りん青銅または真鍮などの銅合金であって、この構成材料でほぼ平板状に形成されたリードに波長が600nm以下のレーザー光線を照射して、リードの表面に溶融・蒸発部を形成することで所定の音程になるよう調律するが、この場合、波長が600nm以下のレーザー光線は、りん青銅や真鍮などの銅合金に対する吸収特性に優れている。
【0013】
他方、例えば、YAGレーザー(波長1064nm)を用いて、リードの調律加工を行うと、レーザー照射部たる溶融・蒸発部を形成する際に、反射率が大きく吸収性が悪く、また、リードの表面の反射状態により、リード表面の溶融・蒸発量が左右されて、定量的な調律が困難になるという問題がある。また、YAGレーザーの場合には、波長が長いためリードの発熱量が多くなり、物性が変化して、耐久性が劣化するという問題もある。これに対して、600nm以下の波長のレーザー光線を用いるとこのような問題が発生しにくい。また、手作業での調律のようにリードをヘラで固定する必要はなく、リードの周囲にバリが発生することもない。
【0014】
また、本発明にかかる加工方法では、前記レーザー光線の照射の際に、空気や不活性ガスの如き、いわゆるアシストガスを吹付ける。
【0015】
アシストガスを吹付けないで、静止空気雰囲気中でレーザー光線による溶融・蒸発による切削加工を行うと、リードの加工面に堆積物(溶けた材料とその表面の酸化物の堆積)が発生し、この堆積物の影響で音程が、一定値以上には変わりにくくなり、その結果、切削回数が増加し、発熱量が多くなって、物性が変化して耐久性が劣ることになる。しかし、空気や不活性ガスを吹付けると、堆積物を排除でき、このような問題の発生を未然に防ぐことができるとともに、リードの溶けている表面以外の部分の温度を下げ、物性変化を抑えることもできる。さらに不活性ガスの吹付けにより、加工面の酸化を防止することができる。
【0016】
また、本発明は、リードを有するハーモニカや鍵盤ハーモニカにおいて、前記リードの材質は銅合金からなり、前記リードに空気や不活性ガスを吹付けながら、波長が600nm以下のレーザー光線を照射して、前記リードの表面に溶融・蒸発部を形成することで所定の音程となるように調律する。
【0017】
このように構成したハーモニカおよび鍵盤ハーモニカによれば、定量的な切削(溶融・蒸発部の形成)が可能になり、例えば、1セント単位(十二平均律の半音=100セント)での調律が可能になり、高精度の音程を有するハーモニカおよび鍵盤ハーモニカとすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るリード加工方法によれば、リードの構成材料が、銅合金であって、この構成材料でほぼ平板状に形成されたリードに波長が600nm以下のレーザー光線を照射して、リードの表面に溶融・蒸発部を形成することで所定の音程になるよう調律する。
【0019】
この場合、波長が600nm以下のレーザー光線は、りん青銅や真鍮などの銅合金に対する吸収特性に優れており、このため、ハーモニカのリードの調律に対して、照射エネルギーの吸収性が非常によく、YAGレーザー(波長1064nm)で加工したリードのような耐久性が劣化するという問題も発生しにくい。手作業での調律のようにリードをヘラで固定する必要はなく、リードの周囲にバリが発生することもない。
【0020】
また、本発明にかかるハーモニカおよび鍵盤ハーモニカによれば、定量的な切削(溶融・蒸発部の形成)が可能になるので、高精度の音程を持たせることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施の形態について、添付図面に基づいて詳細に説明する。図1〜図5は、本発明に係るリード加工方法を、10穴ハーモニカと呼ばれるハーモニカに適用した場合の実施例を示している。
【0022】
これらの図に示したハーモニカ10は、概略長方体形状のハーモニカ本体12と、平板状の一対の上,下リード保持プレート14,16と、概略平板状の一対の上,下カバー18、20とを備えている。
【0023】
ハーモニカ本体12は、複数の音孔12aが並列状態に設けられ、各音孔12aは、切り板12bにより個別に画成されている。
【0024】
上リード保持プレート14は、ハーモニカ本体12と幅および長さがほぼ同じ形状の1枚の板であって、ハーモニカ本体12の上面側に配置されて、複数のねじにより本体12に固定される。
【0025】
また、上リード保持プレート14には、音孔12aに個別に連通する貫通孔14aが穿設されている。貫通孔14aには、上リード22が配置されている。上リード22は、先端側を自由端として基端側を固定端とするようにして、上リード保持プレート14の貫通孔14aに対し、振動に適した位置に配置されている。
【0026】
下リード保持プレート16は、ハーモニカ本体12と幅および長さがほぼ同じ形状の1枚の板であって、ハーモニカ本体12の下面側に配置されて、複数のねじにより本体12に固定される。
【0027】
また、下リード保持プレート16には、音孔12bに個別に連通する貫通孔16aが穿設されている。貫通孔16aには、下リード24が配置されている。下リード24は、先端側を自由端として基端側を固定端とするようにして、下リード保持プレート16の貫通孔16aに対し、振動に適した位置に配置されている。
【0028】
上カバー18は、上リード保持プレート14の上方に装着配置され、下カバー20は、下リード保持プレート16の下方に装着配置される。
【0029】
このように構成されたハーモニカ10では、図2〜図5に示すようなメカニズムにより音が発生する。まず、ハーモニカ10は、図3に示すように、リード22側からリード保持プレート14側に向けて空気が流れると発音し、これとは逆に、リード保持プレート14側からリード22側に流れると発音しないという基本構造になっている。
【0030】
つまり、ハーモニカ10の音孔12aに息を吹き込んだ場合には、図4に示すように、上リード22が発音し、音孔12aから息を吸い込むと、図5に示すように、下リード24が発音することになる。
【0031】
図6は、本実施例のハーモニカ10に使用されているリード22,24の形状を例示している。これらの図に示したリード22,24は、いずれもりん青銅ないしは真鍮などの銅合金を構成材料とした平板を、所定の厚みを有する形状に切削加工した形態になっている。
【0032】
このようなリード22,24は、○印をつけた基端側が、リード保持プレート14,16の貫通孔14a、16aの近傍に、スポット溶接などにより固着されて、片持ち梁状に設けられる。
【0033】
各リード22,24は、その表面には、波長が600nm以下のレーザー光線、例えば波長532nmを有するグリーンレーザー光線を照射して、照射部たる溶融・蒸発部30を形成して所定の音程となるように調律したものとなっている。
【0034】
各リード22,24で音程の調律を行う場合、音程を高くする際には、溶融・蒸発部30をリードの先端側22,24に設け、リード22,24の音程を低くする際には、溶融・蒸発部30をリード22,24の基端側に設ければよい。
【0035】
溶融・蒸発部30の形状は、任意に設定することができ、例えば、図6に示したように、正方形や長方形、さらには円形などであってもよいし、複数の直線を所定の間隔を隔てて形成したパターンであってもよい。
【0036】
図7には、リード22,24を調律加工する際の状態の一例が示されている。同図に示した調律加工方法では、図示しないリード保持プレート14,16を適当な治具に保持させて、調律しようとするリード22,24の表面にレーザー光線を照射する。
【0037】
このとき用いるレーザー光線は、上記の如く、波長が600nm以下、より具体的には、市販されている波長が532nmの、グリーンレーザーと呼ばれるレーザー光線を使用することが便宜であることが判明した。
【0038】
そして、かかる波長のレーザー光線を照射することで、リード22,24の表面に溶融・蒸発部30を形成することで所定の音程となるように調律する。溶融・蒸発部30を形成した調律が行われたリード22,24は、図7に示すように、図示しない送風機などの手段により振動させて音を発生させ、これをマイクで集音して、電気信号に変換した後に、FFTアナライザにかけることで解析して、所定の音程になっていることを確認する。なお、調律の確認手段としては、この実施例で示したものに限る必要は無く、他の構成の音程測定装置や周波数測定装置であってもよい。
【0039】
このように構成したハーモニカリードの調律加工方法によれば、リードの構成材料が、りん青銅または真鍮などの銅合金であって、この構成材料でほぼ平板状に形成されたリードに波長が600nm以下のレーザー光線を照射して、リード22,24の表面に溶融・蒸発部30を形成することで所定の音程になるよう調律するが、この場合に、波長が600nm以下のレーザー光線、特に、グリーンレーザーと呼ばれている市販レーザーの波長が532nmのレーザー光線は、りん青銅や真鍮などの銅合金に対する吸収特性に優れているので、ハーモニカや鍵盤ハーモニカのリードの加工方法に最適であることが判明した。
【0040】
この点、ハーモニカ10のリード22,24の調律加工に対して、例えば、YAGレーザー(波長1064nm)を用いると、反射率が大きく吸収性が悪いので、リードの表面の反射状態により、溶融・蒸発量が左右されて、定量的な調律が困難になるという問題や、また、同レーザーの場合には、波長が長いためリードの発熱量が多くなり、物性が変化して、耐久性が劣化するという問題が発生する。しかし、本実施例の場合には、このような問題も回避することができる。手作業での調律のようにリードをヘラで固定する必要はなく、リードの周囲にバリが発生することもない。
【0041】
また、本実施例にかかる調律加工方法では、レーザー光線の照射の際に、空気や不活性ガス、いわゆるアシストガスを吹付ける。その理由は、以下に基づいている。
【0042】
すなわち、静止空気雰囲気中でレーザー光線による溶融・蒸発による切削を行うと、リード22,24の加工面に堆積物(溶けた材料とその表面の酸化物の堆積)が発生し、この堆積物の影響で音程が、一定値以上変わりにくくなり、切削回数が増加し、発熱量が多くなって、物性が変化して、耐久性が劣ることになるが、空気や不活性ガスを吹付けると、堆積物を排除して、このような問題の発生を未然に防ぐことができる。さらに不活性ガスでは、加工面の酸化を防止することができる。
【0043】
ここで、使用する不活性ガスは、窒素ガス、二酸化炭素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガスなどである。
【0044】
本実施例の調律加工方法では、図8の(A)で示したように、リード22を保持プレート14に固着させた状態であり、この状態で、リード22は、表面が外部に露出しているので、レーザー光線の照射が可能になっていて、溶融・蒸発部30をリード22に形成して、調律を行なうことができる。
【0045】
本実施例の調律加工方法以外に、図8(B)に示す形態での調律加工が可能である。同図の(B)に示した状態は、リード22,24を上,下リード保持プレート14,16に固着させ、これをハーモニカ本体12の上下面に組み付けた状態であり、別言すれば、ハーモニカ10の組み付け完成状態からカバー18,22を取り外した状態である。
【0046】
この状態では、図2を参照すると良く理解できるように、下リード24は、外部に露出しているのでレーザー光線の照射が可能であり、また、上リード22は、上リード保持プレート14の背面側に配置されているものの、貫通孔14aを介して、大部分が上方に露出しているので、この方向からレーザー光線の照射が可能な状態にある。
【0047】
従って、保持プレート14,16をハーモニカ本体12に組付けた状態でも、レーザー光線を照射して、溶融・蒸発部30をリード22に形成して、調律加工を行なうことができる。
【0048】
以上のような調律加工方法によれば、調律したリード22,24を有するリード保持プレート14,16をハーモニカ本体12に組み付けると、音程が変化する場合があって、これが規格から外れると、手作業の調律では、再度分解して調律することになるが、レーザー光線を用いる場合には、組み付けた状態での調律が可能になるので、調律に要する時間が大幅に短縮できる。
【0049】
なお、上記実施例では、本発明をハーモニカ10のリード22,24の加工に適用した場合を例示したが、本発明の実施は、これに限定されることはなく、例えば、鍵盤ハーモニカなどのように、枠の中で薄片が自由に振動するフリーリード楽器のリードの調律加工に適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明にかかるリード加工方法、ハーモニカおよび鍵盤ハーモニカによれば、従来の手作業による調律と比べで、熟練を必要とせず、調律の高速化と安定化を同時に達成できるので、この種の分野において、大いに貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明にかかる加工方法を適用したハーモニカの分解斜視図である。
【図2】図1に示したハーモニカの組み立て状態の断面図である。
【図3】図1に示したハーモニカの発音状態の説明図である。
【図4】図1に示したハーモニカで息を吹き付けた際の発音の説明図である。
【図5】図1に示したハーモニカで息を吸引した際の発音の説明図である。
【図6】本発明にかかる調律方法の一実施例を示す説明図である。
【図7】リードを調律する際の状態の一例を示す説明図である。
【図8】(A)は、本実施例の調律方法を示す説明図である。(B)は、本発明にかかる調律方法の他の実施例を示す説明図である。
【符号の説明】
【0052】
10 ハーモニカ
12 ハーモニカ本体
14 上リード保持プレート
16 下リード保持プレート
18 上カバー
20 下カバー
22 上リード
24 下リード
30 溶融・蒸発部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハーモニカや鍵盤ハーモニカのリード加工方法において、
前記リードの材質は、銅合金からなり、
前記リードに空気や不活性ガスを吹付けながら、波長が600nm以下のレーザー光線を照射して、前記リードの表面に溶融・蒸発部を形成することで所定の音程となるように調律することを特徴とするリード加工方法。
【請求項2】
リードを有するハーモニカや鍵盤ハーモニカにおいて、
前記リードの材質は銅合金からなり、
前記リードに空気や不活性ガスを吹付けながら、波長が600nm以下のレーザー光線を照射して、前記リードの表面に溶融・蒸発部を形成することで所定の音程となるように調律したことを特徴とするハーモニカおよび鍵盤ハーモニカ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−49106(P2010−49106A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−214505(P2008−214505)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【出願人】(000155975)株式会社鈴木楽器製作所 (7)